トヨタ・ウーブン・シティとは ―「生活のあるテストコース」というコンセプト

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Toyota Woven City(トヨタ・ウーブン・シティ)は、トヨタ自動車が静岡県裾野市の富士山麓に建設した実証実験都市である。運営は、トヨタのソフトウェア開発子会社ウーブン・バイ・トヨタ(Woven by Toyota)が担う。2020年1月、米ラスベガスで開かれた家電・技術見本市CES 2020で豊田章男氏(現・会長)が「コネクティッド・シティ構想」として発表したのが始まりで、2021年2月23日に着工、そして2025年9月25日にオフィシャルローンチ(第1期開業)を迎えた。

最も理解しやすい言い方をすれば、ウーブン・シティは「人が実際に暮らす、街まるごとのテストコース」である。トヨタはこれを一貫して「モビリティのテストコース」と位置づけている。サーキットで走行性能を試すように、自動運転車やロボット、新しいエネルギー、食や住のサービスを、研究者や技術者が生活する本物の街の中で試し、住民の反応を得ながら磨き込む。街の名は、3種類の道路が網の目のように織り込まれた(woven)姿に由来する。

具体的な暮らしの一場面を思い浮かべると分かりやすい。住民がスマホでラーメンを注文すると、商品は地上を走るトラックではなく地下の物流トンネルを通って自動搬送され、建物のロッカーに届く。カーシェアを呼び出せば、自動で動く配送ロボット「Guide Mobi」がEV「bZ4X」を玄関先まで運んでくる。街なかを走る自動運転のバッテリーEV「e-Palette」は、人の移動だけでなく、移動店舗(動くカフェや売店)としても走る。朝の交差点では、信号が歩行者を優先するよう協調制御される――こうした一つひとつが、机上の構想ではなく、街に実装された実証テーマになっている。

このプロジェクトを貫く合言葉が「カケザン(掛け算)」だ。「ウーブン・シティのマスターウィーバー(編み手の長)」を自任する豊田章男会長は開業に際し、「ここで生み出すのはカケザンだ。意味あるカケザンを一社だけで生み出すことはできない」と述べている。トヨタのモノづくりの知見、ウーブン・バイ・トヨタのソフトウェア、そして多様な異業種パートナーの専門性を掛け合わせ、一社では作れない価値を生む――それがウーブン・シティの事業思想であり、トヨタが掲げる「幸せの量産」という企業目的の実験場でもある。

街の骨格を数字で押さえておくと、開業した第1期エリアの面積は約4万7000平方メートル。旧・東富士工場(トヨタ自動車東日本、前身は関東自動車工業)の跡地に建設されており、報道ベースの全体敷地は約29万4000平方メートルにおよぶ。第1期は約300〜360人が暮らせる規模で、将来的には敷地を数倍に広げ、最終的に約2000人が暮らす構想だ。旧工場は53年間で約752万台を生産し約7000人が働いた「モノづくりの聖地」であり、その跡地が未来のモノづくりを試す場へと役割を変えた点も、トヨタが繰り返し語るストーリーである。

設計面の完成度も高い。マスタープランと都市デザインを手がけたのは、デンマークの著名建築家ビャルケ・インゲルス率いるBjarke Ingels Group(BIG)で、実施設計を日建設計、施工を大林組が担った。建物は木造を主体とし、屋根には太陽光パネルを備え、トヨタが強みとする水素燃料電池も組み合わせて街全体でカーボンニュートラルを目指す。ロボット製造技術と日本の木の伝統工芸を組み合わせた木造建築、9つの建物ブロックが中庭を囲む「3×3」の街区モジュール(一辺約150メートル)といった意匠は、単なる先端技術のショールームではなく「人が心地よく暮らせる街」を志向したものだ。

運営体制のキーパーソンは3人だ。豊田章男会長がマスターウィーバーとして旗を振り、その長男である豊田大輔氏がウーブン・バイ・トヨタのシニア・バイス・プレジデント兼ウーブン・シティ責任者として現場を統括する。ウーブン・バイ・トヨタのCEOは2023年10月に就任した隈部肇氏が務める。なお運営会社のウーブン・バイ・トヨタ自体、2018年設立のTRI-ADを源流に、2021年に「ウーブン・プラネット・ホールディングス」、2023年4月に現社名へと改称してきた経緯を持ち、その過程で米Lyftの自動運転部門Level 5(買収額5億5000万ドル=約600億円)などを取り込みソフトウェア基盤「Arene(アリーン)」を育ててきた。ウーブン・シティは、こうしたソフトウェア企業トヨタへの変身の「出口」でもある。

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網の目(Woven)状の道路設計

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ウーブン・シティの都市デザインの核心は、道を3種類に分け、それらを網の目のように織り込んだ点にある。第一に、スピードの速い車両専用の道。ここは「e-Palette」に代表される、完全自動運転かつゼロエミッションのモビリティだけが走る。第二に、歩行者と低速のパーソナルモビリティが共存するプロムナードのような道。第三に、歩行者専用の、公園内の遊歩道のような道である。異なる速度・性質の移動を無理に一本の道路へ混ぜず、目的ごとに分離しつつ交差させることで、安全性と快適性を両立させようという発想だ。

BIGの設計では、この3種の道が織りなす基本単位が一辺約150メートルの「3×3ブロック」モジュールとして構成され、9つの建物ブロックが中央の中庭を囲む。歩行者は中庭側の緑道を、クルマは外周の車両道を通り、その間をパーソナルモビリティの道が結ぶ。人とクルマの動線を立体的・平面的に解きほぐすこの構造は、「歩車分離」を都市スケールで徹底した現代版といえる。

なぜここまで道路を作り込むのか。狙いは、自動運転やロボットの実証を「街のインフラ側」から支えることにある。ウーブン・シティは車両単体の賢さだけに頼らず、交差点に設置したカメラ群の情報を街の頭脳「Woven City AI Vision Engine」に集約し、歩行者やクルマの動きをリアルタイムで解釈して危険を検知、システム全体で協調的に安全を高める設計になっている。街ぐるみで信号を協調制御し、歩行者を優先させる仕組みや、街灯・信号・センサー・カメラを兼ねる多機能ポールも、この道路設計と一体で機能する。開業時点では、歩行者優先の信号制御はまだ本格稼働に至っておらず、2026年に入ってからAI Vision EngineやANZEN(安全)システム群の実証が本格化した段階にある。

もっとも、この理想の道路網はまだ「工事中」でもある。2026年半ばに現地を取材した米メディアInsideEVsは、信号機が長時間誤作動したり、街の照明が突然一斉点灯したり、動けなくなったロボットを人手で救出する場面があったと報じている。裏を返せば、それこそが「失敗しても止まらないテストコース」を標榜する街の実像であり、実験段階ならではの生々しさでもある。

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地下物流ネットワーク

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ウーブン・シティを他の未来都市構想と一線を画すものにしているのが、地下に張り巡らせた物流ネットワークだ。日本経済新聞が「巨大地下空間」と報じたこの地下網には、歩行者やパーソナルモビリティ、自動運転車が通る地上とは切り離された物流専用のルートが確保されている。宅配便や商品の配送は地下を自動搬送ロボットが担い、荷物は建物のロッカーへ届けられる。地上からトラックなどの物流車両を排除することで、静かで安全な、歩行者と自動運転が安心して行き交える地上空間を実現しようという設計思想である。

この地下空間には物流だけでなく、暮らしを支えるインフラそのものも収められる。水素燃料電池による発電設備をはじめ、電力・通信などのライフラインを地下に集約し、地上の景観と安全を保つ。街を「三層構造」で捉えるなら、地下(物流・インフラ)、地上(人と低速モビリティ)、そして車両専用路(高速モビリティ)が役割分担しながら重なり合う。2026年4月に公開された技術群のなかでも、ゴミ収集を例に、当初は場当たり的だった地下搬送を、データ可視化で「満杯になった場所だけを回る」よう最適化したという改善事例は、地下物流が単なる配管ではなく、継続的に磨かれる「実証の対象」であることを示している。

ウーブン・バイ・トヨタは、この地下網を土台に、配送を効率化するデリバリー・プラットフォームや、将来的にクリーニング・保管まで含む「スマートロジスティクス」構想を打ち出している。地上を走る「Cocomo」歩道配送ロボットや、e-Paletteによる移動店舗と組み合わせれば、「注文したモノが地下から、あるいは動く店から届く」という物流の再発明が、街のスケールで検証できることになる。地下物流は、EC全盛時代のラストワンマイル問題やドライバー不足という社会課題に対する、トヨタ流の解の一つでもある。

先進的なスマートシティ、TOYOTA Woven City(トヨタ・ウーブン・シティ) - 地下物流ネットワーク - 図表1

異業種との協業(日清食品)

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食の領域でウーブン・シティの象徴的なインベンター(実証パートナー)となっているのが日清食品だ。同社はCES 2025で最初に発表された社外インベンターの一角として参画し、テーマに掲げるのは「食による健康寿命の延伸」、すなわち病気になる前の「未病」段階へのアプローチである。

具体的には、同社が2022年から展開する「完全メシ」ブランドをはじめとする「最適化栄養食」を、住民や来訪者が「いつでも・どこでも」食べられる環境を街に用意する。そして、それを継続的に食べた人の心身にどのような変化が生じるかを捉え、有効性を実証しようという、いわば「街まるごとの栄養介入試験」だ。日清食品はウーブン・シティ向けに約15種の専用メニューを用意し、その象徴として、約547キロカロリーに抑えつつ食塩相当量や飽和脂肪酸を低減した「オリジナルハンバーガーセット」を開発。ハンバーガーという「不健康の代名詞」を、あえて未病対策の入り口に据えた点が話題を呼んだ。同社は住民・来訪者が参加する共創コミュニティ「NISSIN FOOD INNOVATORS CLUB」を設け、「食の未来」を住民とともに考える枠組みも整えている。

この取り組みは、マーケティングの観点からも注目される。日経クロストレンドは、無料でハンバーガーを提供する狙いを「ウーブン・シティをマーケの実験場」として使う戦略だと分析している。実際の生活者が繰り返し食べる環境で、味の受容性や行動変容のデータをとれることは、通常の市場調査では得がたい価値だ。日清食品の担当者は、ロケット技術者との会話からすら調理プロセスの改善のヒントが得られるかもしれない、と異分野交流への期待を語っており、「カケザン」の思想が食の現場にまで浸透していることがうかがえる。

異業種との協業(ENEOS)

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エネルギー領域の中核パートナーがENEOSである。両社はウーブン・シティにおける水素エネルギーの利活用について早くから検討を開始し、トヨタ・ウーブン・プラネット(当時)を交えてCO2フリー水素の製造と利用を共同で推進する枠組みを構築してきた。

協業の骨格は明快だ。ENEOSがウーブン・シティの隣接地に水素ステーションを建設・運営し、そこに水電解装置を設置して再生可能エネルギー由来の水素(グリーン水素)を製造、ウーブン・シティへ供給する。トヨタは街の中に定置式の燃料電池発電機を設置し、供給されたグリーン水素で発電して暮らしを支える。さらに、街とその周辺で物流車両の燃料電池(FC)化を進め、FCモビリティを中心とした水素需要の指標づくりや、需給を管理するシステムの構築、水素供給に関する先端技術研究までを視野に入れる。街のエネルギーを「作る・運ぶ・使う」までを一気通貫で実証する構えだ。

このスキームを支える「ENEOS WOVEN CITY 水素ステーション」は2025年に稼働を開始しており、燃料電池車(FCV)への供給とウーブン・シティへの水素供給を担う、CO2フリー水素の供給拠点として位置づけられている。トヨタが長年こだわってきた水素社会構想と、ウーブン・シティのカーボンニュートラル目標が交わる象徴的な協業といえる。太陽光でまかないきれない分を水素でカバーし、EVのバッテリーを束ねて仮想発電所(VPP)として活用する仕組み(xEV-VPP)と組み合わせることで、街のエネルギーマネジメント全体を最適化しようとしている。

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異業種との協業(NTT)

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通信・デジタル基盤の面で、ウーブン・シティの背後に控えるのがNTTだ。トヨタとNTTは2020年3月24日、スマートシティ事業の事業化に向けて業務資本提携に合意した。その中身は象徴的で、両社が相互に約2000億円分の株式を取得する大型の資本提携である。トヨタはNTT株を約2.07%(約2000億円)、NTTはトヨタ株を約0.90%(約2000億円)取得する形をとった。日本を代表する製造業と通信業のトップ企業同士が、これだけの規模で手を組んだこと自体が、スマートシティを「国家的テーマ」と見なす両社の本気度を物語る。

協業の中核は、人・クルマ・家・住民・企業・自治体に関わるあらゆる領域に価値を提供する「スマートシティプラットフォーム」の共同構築だ。両社はこの基盤を研究開発・企画・設計・構築・実装し、共同でオペレーションを牽引する。先行実装の地として選ばれたのが、静岡県裾野市東富士エリア(ウーブン・シティ)と、東京・品川駅前のNTT街区の一部であり、そこで得た知見を連鎖的に他都市へ展開していく青写真を描く。国内外の報道では、この提携は米国の巨大IT(GAFA)が主導するスマートシティ覇権に対し、「オールジャパン」で対抗する布陣だと位置づけられてきた。ウーブン・シティは、トヨタとNTTが日本発のスマートシティ基盤を世界へ広げるための、いわば実証の第一号案件なのである。

なお、この2000億円規模の相互出資については、投資家保護を担うスチュワードシップの観点から「株主の納得を得られるか」という論点も当時提起された。巨額の資本を長期のプラットフォーム構築に投じる以上、事業性の説明責任が問われるのは自然な流れであり、この点は後述する「課題と展望」にも通じる。

先進的なスマートシティ、TOYOTA Woven City(トヨタ・ウーブン・シティ) - 異業種との協業(NTT) - 図表1

その他の協業

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ウーブン・シティのインベンターは、2025年9月の開業時点で約20者(うち12社はトヨタグループ)に達し、2026年4月のイベント「KAKEZAN 2026」の時点では24者規模へと拡大した。参加は個人にも及び、募集は継続中だ。食・エネルギー・通信の三本柱以外にも、暮らしの質を高める協業から、空・宇宙へとモビリティを拡張する協業まで、顔ぶれは驚くほど幅広い。

暮らしの領域では、空気のダイキン工業、コーヒーのUCCジャパン、飲料・自販機のダイドードリンコ、教育の増進会ホールディングス(Z会グループ)が代表格だ。ダイキンは、空気環境と感覚情報を制御する「パーソナライズされた機能性空間」や、花粉の不快感を減らし生産性を高める「花粉レス空間」の実証に取り組む。UCCジャパンは2025年9月に「上島珈琲店 Woven City店」を開き、店内カメラ映像のAI画像解析なども用いて、コーヒーが人の創造性・生産性や集中にどう作用するかを検証している。ダイドードリンコは自販機を起点に「新たな価値創造」を掲げ、Z会グループは託児施設を開設して、子どもの動きをカメラで分析しデータを活用した先進的な教育スタイルを試みる。いずれも「街に住む人の反応」という、実験室では得られないデータを取れる点に価値がある。

空と宇宙への広がりも、このプロジェクトのVC的な妙味だ。空の領域では、トヨタが出資する米Joby Aviationがインベンターとして加わり、空飛ぶタクシー(eVTOL)を含むエコシステムの検討に踏み込む。宇宙では、北海道大樹町のロケットベンチャー、インターステラテクノロジズが「宇宙企業として初のインベンター」に名を連ねた。トヨタは同社に約70億円を出資し、ウーブン・バイ・トヨタとの資本業務提携を通じて、トヨタ生産方式(TPS)のノウハウでロケットを「一点モノ」から量産可能な工業製品へ転換する挑戦を支援する。インターステラは2026年1月時点で、SBIグループやトヨタ系などから総額201億円規模の「シリーズF」を確保しており、同社によれば非上場の宇宙スタートアップとして最大級の調達額だという。陸・海・空、そして宇宙へ――「モビリティ・カンパニー」を掲げるトヨタの射程が、ウーブン・シティを通じて可視化されている。

さらに2026年4月のKAKEZAN 2026では、AIロボット協会(AIRoA)、カラオケの第一興商、前述のJoby Aviation、そしてモビリティ金融のトヨタファイナンシャルサービスなどが新たに加わった。加えて、スタートアップ公募「Woven City Challenge」の採択企業(Aerial Base、aillis、JOYCLE、PUBLIC Technologiesなど)も参画する。ロボット、エンタメ、金融まで巻き込むこの多様性は、ウーブン・シティが単なる自動車の実験場ではなく、「暮らしのあらゆる産業」を束ねるプラットフォームを志向していることの表れだ。アーティストのナオト・インティライミ氏が「初のアーティスト・インベンター」として参加している点も、この街が技術だけでなく文化までも巻き込もうとする姿勢を象徴している。一方で、当初から名前の挙がるENEOS、NTT、リンナイなどとは、正式インベンターの枠を超えた継続的な協議が続いている。

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入居・見学情報

先進的なスマートシティ、TOYOTA Woven City(トヨタ・ウーブン・シティ) - 入居・見学情報 - 章扉

ウーブン・シティに暮らす住民は「ウィーバーズ(Weavers)」と呼ばれる。合言葉は「Weavers Are the Heart of Woven City(ウィーバーズこそがウーブン・シティの心臓だ)」。彼らは製品やサービスを実際に体験し、フィードバックを返すことで、意味あるイノベーションを形づくる主役に位置づけられている。2025年9月の開業以降、まずはトヨタグループの従業員とその家族が最初のウィーバーズとして入居を始めた。2026年半ばに現地を取材したInsideEVsによれば、この時点で暮らしているのは約100人、50世帯で、いずれもトヨタ関係者だという。第1期は約300〜360人を想定しており、入居はなお途上にある。第2段階では、パートナー企業の社員、スタートアップの起業家、トヨタと共同研究する研究者とその家族へと住民層を広げていく計画だ。

見学・訪問については、2026年前半の時点で、誰でも自由に参加できる観光ツアーは開催されていない。現段階では、インベンターやウィーバーズによる実証実験を安全に進めることが最優先されており、地元・裾野市も「Woven Cityの見学は原則お断り」と案内している。視察の申し込みは殺到しているが、原則として受け付けていないのが実情だ。一方で朗報もある。公式には「2026年度(2026年4月以降)から一般の来訪者(ビジター)の受け入れ準備を進める」と繰り返しアナウンスされており、実証が本格化する2026年度以降、地域住民への開放や見学の受け入れが段階的に始まる見通しだ。関心のある個人・企業は、ウーブン・シティ公式サイトの問い合わせフォームから直接コンタクトするのが現実的な入り口となる。

街の拡張スケジュールも動いている。第2期エリアの造成工事は2026年秋頃まで続き、その後に建物の建設が始まる予定だ。インベンターが作った試作品を住民が実際に触って感想を述べる「Kakezan Invention Hub」や、発明とカイゼンの拠点「Inventor Garage(インベンターガレージ)」といった共創の場も順次立ち上がり、「作って・試して・直す」サイクルを街の中で回す体制が整いつつある。

課題と展望 ― VC・アナリストはどう見るか

先進的なスマートシティ、TOYOTA Woven City(トヨタ・ウーブン・シティ) - 課題と展望 ― VC・アナリストはどう見るか - 章扉

華やかなビジョンの一方で、ウーブン・シティが「壮大な実験」であり、事業としての回収時期が見えにくいことは、トヨタ自身も認めるところだ。KAKEZAN 2026でウーブン・バイ・トヨタの隈部CEOは「他者のための(For Others)イノベーション」を掲げ、豊田大輔氏は「失敗しても歩みを止めない街」と語った。裏を返せば、それは「いつ成果が出るか」への明確な回答がまだ存在しないことの表明でもある。InsideEVsの取材に対し、幹部の一人は「正直、いつ成果が出るかは分からない」と率直に述べている。清潔で未来的だが「不気味なほど閑散としている」という現地の第一印象も、実験段階ならではの現実だ。

投資家・アナリストの視線はさらにシビアだ。日本株を分析するあるアナリストは、ウーブン・シティを現時点では「オプションバリューの段階」と位置づける。すなわち、トヨタの足元の収益に直接貢献しているわけではなく、将来の可能性(オプション)に価値がある投機的な状態だという評価であり、「夢は買われているが、現実はまだ追いついていない」と表現する。同アナリストは、注視すべき「シグナル」として、参画スタートアップの決算に表れる商用連携の実績、CASE関連投資の実行、そして日本の自動運転規制の進展を挙げ、逆に「ノイズ」として、パートナー企業の発表の“数”や海外メディアの称賛記事を切り分けるよう促す。参画企業が増えること自体は、必ずしも事業の質を保証しないという冷静な指摘だ。なお同氏は、累計投資の想定上限として3000億円規模という数字にも言及しているが、これはあくまでアナリストの試算であり、トヨタは総事業費を公表していない。

もっとも、資金の裏付けは相応にある。トヨタは2021年3月、「Woven Planet債(ウーブン・プラネット債)」として最大5000億円規模(うち個人向け円建て社債が最大1000億円)の社債発行計画を公表し、その使途にウーブン・シティの街づくりと先端技術の実証を挙げた。NTTとの2000億円規模の相互出資、インターステラへの約70億円出資なども合わせれば、ウーブン・シティを取り巻く資本の厚みは、キャッシュリッチなトヨタならではのものだ。米VOAが「潤沢な現金を持つトヨタが未来のモビリティを試す街を建てる」と報じた通り、この街は潤沢な自己資本に支えられた「長期の賭け」なのである。

歴史は、スマートシティの理想が容易には実らないことを教えてもいる。アブダビのマスダール・シティは財政難とコスト超過で当初のスマートシティ計画を大幅に縮小し、カーボンニュートラル都市の看板すら下ろした。グーグル系サイドウォーク・ラボがトロント湾岸で進めた「Quayside」構想は、データ・プライバシーへの懸念や官民の主導権争いの末、2020年に撤退した。韓国の松島(ソンド)を含め、鳴り物入りで始まった都市構想が縮小・頓挫した例は少なくない。ウーブン・シティが自動運転ゴミ収集やセンサー網といった、かつてトロントが掲げた要素をいままさに現実に動かそうとしている点は示唆的だ。トヨタの強みは、これらを外部資本ではなく自社の資本と製造基盤で、しかも住民の生活と一体で回している点にあるが、「都市は遊園地でも、企業のように運営できる機械でもない」という過去の教訓が当てはまるかどうかは、これから問われる。

今後、事業性を測るうえで注目すべき節目は明確だ。第一に、2026年度中に始まる一般ビジターの受け入れ。閉じた実験場が、どれだけ外部の人や企業に開かれるかは、プラットフォームとしての拡張性を占う。第二に、2026年秋以降に本格化する第2期の建設と住民層の多様化(社外の起業家・研究者の入居)。第三に、ソフトウェア基盤Areneの次世代BEVへの搭載や、AI Vision Engine・ANZENシステムの実証成果が、実際のトヨタ車や社会インフラへ「輸出」されるかどうか。そして第四に、インターステラのロケット打上げやJobyの空飛ぶタクシーといった、陸を越えたモビリティの進展だ。これらのマイルストーンが着実に埋まっていけば、「夢」と「現実」の距離は縮まる。ウーブン・シティは、トヨタが自動車メーカーからモビリティ・カンパニーへ、そしてソフトウェア企業へと脱皮できるかを賭けた、世界でも類例の少ない「生活のあるテストコース」として、2026年以降も静岡・富士山麓でその答えを織り続ける。


先進的なスマートシティ、TOYOTA Woven City(トヨタ・ウーブン・シティ) - 課題と展望 ― VC・アナリストはどう見るか - 図表1先進的なスマートシティ、TOYOTA Woven City(トヨタ・ウーブン・シティ) - 課題と展望 ― VC・アナリストはどう見るか - 図表2