「スタメンはChatGPTに選ばせない」は何を意味するのか

孫正義、ChatGPTにはソフトバンクホークスのスタメン決定は出来ないと発言。人事や経営領域へのChatGPT導入は現実的なのか - 「スタメンはChatGPTに選ばせない」は何を意味するのか - 章扉

週末は1日7時間もChatGPTを使うという孫正義氏が、ソフトバンクホークスの開幕スタメンだけはChatGPTに選ばせない、と答えた。

10月13日に配信された、米投資会社ブラックストーンのポッドキャスト番組に、東京から出演したときのことだ。最後に「ホークスの開幕スタメンを、ChatGPTに選ばせますか」と聞かれた孫氏は、「ノー」と即答し、こう続けた。「それは、チームを預かる責任者の仕事です。彼には力があり、選手たちから信頼されている。それも楽しみのうちでしょう。計算ずくのものだけではないんです」。

その2週間後の10月28日、ホークスは横浜DeNAベイスターズに4連勝して2年連続の日本一を決め、孫氏も選手たちの手で5度宙を舞った。最初の3試合は、すべて延長戦にもつれた。第2戦では、1点を追う9回に代打の山川穂高選手が同点本塁打を放ち、延長10回には代走から出ていた川村友斗選手が決勝本塁打を打った。第4戦では、5月にDeNAから移ってきた山本祐大選手が、前の打者を敬遠された直後に、古巣から同点打を放っている。代打や代走の起用も、シーズン途中のトレードも、人が下した判断だ。孫氏は優勝後、「本当にみんな監督中心にしっかり頑張ってくれました」とたたえた。

では、スタメンをChatGPTに任せると、何ができるのか。打率や相手投手との対戦成績を渡せば、数秒で打順の案とその理由を書いてくる。会社の人事なら、何百通もの応募書類を同じ物差しで読み比べ、評価コメントの下書きを作り、異動案の比較表をまとめられる。これが無いと、人事担当者は書類の山に何日も費やし、読む人によって評価もぶれる。

ChatGPTは、膨大な文章から学んだパターンをもとに、問いに対してもっともらしい答えを組み立てる仕組みだ。だから速くて疲れないが、もっともらしい間違いを、自信たっぷりに書くこともある。孫氏が「計算ずくのものだけではない」と言うのは、データになっていないことはChatGPTには分からない、という主張だ。ある選手が前の晩に眠れたかどうかや、ベンチの空気は、成績表のどこにも書かれていない。ただ、睡眠の記録や選手の言葉を渡せば、ChatGPTがそうした機微な状態を適切に察知できる可能性はある。

人事に使うChatGPTは、過去から学ぶ以上、過去の偏りも身につけてしまう。ロイターが2018年に報じたところでは、米アマゾンは過去10年分の応募書類で採用AIを鍛えたが、書類の多くが男性のものだったため、AIは男性の応募者を好むように育ち、幹部が見切りをつけて開発チームは解散した。

そして、孫氏の見方では、ChatGPTには渡せないものがもう一つある。決めた結果を、決められた側が受け入れるかどうかだ。スタメンを外れた選手が、次の試合に向けて準備を続けられるかは、誰がどんな理由で決めたかに大きく左右される。会社の人事も同じで、評価や異動の理由を本人に説明し、その責任を引き受ける人がいて、初めて組織は動く。計算はChatGPTに任せられても、信頼は計算からは生まれない。孫氏の「ノー」は、そういう意味だ。

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ソフトバンクはどんな会社か ―― ChatGPTに全てを賭け、人を落とす判断は人に残す

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ソフトバンクグループが今、会社の命運を賭けている相手はChatGPTだ。10月1日には、ChatGPTを運営するOpenAIへの追加出資を払い込み終え、これまでに投じた資金は計約10兆円に達した。

孫氏が描く未来も、ChatGPTのようなAIが自ら判断する世界だ。7月の法人向けイベント「SoftBank World 2026」では、いずれ100兆個のAIエージェントが、人間の指示を待たずに判断し、互いに連絡を取り合いながら仕事を進めるようになると語り、「人間が頂点の生命体の時代は終わる」とまで述べた。

その構想を、企業に売る仕組みも作った。2025年11月にOpenAIと合弁会社「SB OAI Japan」を発足させ、AIで企業の経営を変えるという「クリスタル・インテリジェンス」を、2026年に日本で独占展開するとした。OpenAIの企業向け製品に、日本企業向けの導入支援を組み合わせて売る形で、最初の利用者はグループの通信会社ソフトバンク自身だ。グループ内では発足の時点で、業務ごとに作り込んだChatGPT、いわゆるカスタムGPTが約250万個つくられていた。マイクロソフトやグーグルも企業向けのAIを売り込む中で、自社を実験台にして、使い方ごと売るのがソフトバンクの戦い方である。

人事でも、ソフトバンクは早くからAIを使ってきた。2017年には新卒採用のエントリーシート選考にIBMのAI「ワトソン」を入れ、選考にかかる時間を約75%減らした。2020年には、エクサウィザーズと共同開発したAIで、動画面接の評価を始めている。線の引き方は、はっきりしていた。AIが「合格」と判定した応募者は次の選考に進むが、AIが「不合格」と判定した動画は、人事担当者が自分の目で確かめ、最終的な合否を決める。AIには合格しか出させず、人を落とす判断は人に残したのである。

ホークスにも、同じ考え方がのぞく。孫氏がオーナーに就いた2005年から数えて、日本一は今回で9度目になる。大型補強を続けながら、スタメンは信頼する責任者に任せる。番組での答えは、その分担をはっきり口にしたものだった。

課題は、ChatGPTへの賭けの大きさそのものだ。ロイターは、賭けの規模に加えて、投資先がOpenAIに集中していることを懸念する声が市場にあると伝えている。ソフトバンクグループの株価は、10月の1か月で約3割下がった。ChatGPTに深く賭けた会社のトップが、それでもChatGPTには選ばせず、人に残すと言った判断。この線引きを、世の中はどう見ているのか。

孫正義、ChatGPTにはソフトバンクホークスのスタメン決定は出来ないと発言。人事や経営領域へのChatGPT導入は現実的なのか - ソフトバンクはどんな会社か ―― ChatGPTに全てを賭け、人を落とす判断は人に残す - 図表1孫正義、ChatGPTにはソフトバンクホークスのスタメン決定は出来ないと発言。人事や経営領域へのChatGPT導入は現実的なのか - ソフトバンクはどんな会社か ―― ChatGPTに全てを賭け、人を落とす判断は人に残す - 図表2

人事・経営へのChatGPT導入は現実的か ―― 世の中の見方と観測ポイント

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同じ番組では、ブラックストーンで投資先企業の経営改善を率いるロドニー・ゼメル氏が、企業へのAI導入の現実を語っている。1年前なら試験導入と計画の話ばかりだったと振り返り、「2025年にAIで一番得をしたのは、ソフトウェア開発者が飼っている犬だった」という冗談を紹介した。AIで仕事を45分早く終えた開発者が、家に帰って犬を散歩させただけ、という意味だ。今は投資先の業績に効き始めたとしつつも「難しい」と認め、すべての会社がやり遂げられるわけではないと言う。助言は二つ。一つか二つに絞ること。そして技術部門だけに任せず、事業の責任者と組んで進めることだ。番組の最後には、ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマンCEOが孫氏を「家ごと賭ける人」と評し、「タイミングが少しずれても気にしない」と語った。

日本の人事の現場も、同じ線の上にいる。就職情報会社の学情が今春、企業の人事担当者に聞いた調査では、中途採用に生成AIを「すでに使っている」は28.7%で、使い道の首位は求人票の作成だった。一方、今後も人が担うべき仕事として「面接・面談」を挙げた人は75.3%にのぼり、「最後の判断の砦は人であるべき」という声も寄せられた。東京商工リサーチの調査では、会社として生成AIの活用を進める企業は全体の2割で、大企業に限ると部門単位も含めて6割に迫る。

これから見るべき点は三つある。一つ目は11月10日のソフトバンクグループの決算で、孫氏がOpenAIへの賭けとクリスタル・インテリジェンスの進み具合を、どんな数字で語るかだ。二つ目は規制。EUのAI法は、採用や昇進、解雇、仕事の割り振り、成績の監視に使うAIを「高リスク」とし、人による監督などを義務づける。その適用は延期を経て、2027年12月に始まる。欧州で人を雇う日本企業も対象になり得る。三つ目は、AIエージェントのふるい分けだ。米調査会社ガートナーは、2028年までに日々の仕事上の判断の少なくとも15%をAIエージェントが自律的に下すと見る一方で、2027年末までに、AIエージェントの導入計画の4割超が、コストの膨張や効果の不透明さ、リスク管理の不備で中止されるとも予測している。

では、いま人事や経営にChatGPTを使うなら、どう使えばいいのか。手本は孫氏本人にある。孫氏はChatGPTの答えに対して「この角度からはどうか」「2割効率を上げられないか」と問い返し、議論を重ねるという。答えをもらう道具ではなく、反論してくる相棒として使うわけだ。人事なら、自分の評価案を渡して、反対の立場から穴を突かせるのが効く。もう一つは、ソフトバンクの採用AIと同じ線を引くことだ。候補の絞り込みや下書きまではChatGPTに任せ、人を落とす、外す、下げるといった判断は、人が理由を説明できる形で下す。応募書類から名前や年齢、性別を消して読ませ、それらを入れ替えても評価が変わらないかを確かめれば、偏りにも気づきやすい。

人事や経営へのChatGPTの導入は、もう現実になっている。ただしそれは、決める人をChatGPTに取り替える形ではなく、決める人の隣に、疲れを知らない参謀を置く形でだ。ChatGPTに巨額を賭けている孫氏が、スタメンだけは信頼される人間に任せると答えたことが、いまのChatGPTと人の役割分担を何よりよく表している。


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