社員証を下げた「社員ではない人たち」

Anthropic が選んだ埋め込み評価者(Embedded Evaluator)、アクセンチュアが買収の英Faculty(ファカルティ)。創業者Marc Warner(マーク・ワーナー) - 社員証を下げた「社員ではない人たち」 - 章扉

社員証を首から下げ、会社のノートパソコンを開き、開発中のAIが訓練されていく様子をすぐ横で見る。気になることがあれば、その場で開発者をつかまえて直接たずねる。そんな「社員ではない人たち」を、アンソロピック(Anthropic)は自社の中に迎え入れようとしている。

呼び名は「埋め込み評価者」。英語ではEmbedded Evaluatorという。

9月18日、その最初の担い手が決まった。選ばれたのは、AIの安全性を専門にする研究機関ではなく、世界最大級のコンサルティング会社アクセンチュア(Accenture)だった。実際にチームを率いるのは、アクセンチュアが今年買収した英国のAI企業、ファカルティ(Faculty)である。

任される仕事は三つある。攻撃役になってモデルの弱点を探す「レッドチーミング」。AIが開発者の意図した価値観どおりに振る舞うかを確かめる「アラインメント評価」。そして、悪用を防ぐ安全装置の試験だ。両社はこの分野の体制づくりに、今後5年間でそれぞれ少なくとも10億ドル(約1,580億円)を投じる見通しを示した。

そして、この評価の費用を払うのは、評価される側のアンソロピック自身である。

発表はニューヨーク市場の取引が終わった後だった。アクセンチュア株はその日の日中、米投資銀行グッゲンハイムによる投資判断の引き下げで4%あまり下げていたが、発表後の時間外取引では一転、8%近く跳ね上がった。一方で米TechCrunchは「アンソロピック初の埋め込み評価者は……アクセンチュア?」と見出しに疑問符を付け、この人選が多くのAI関係者を驚かせたと伝えた。同じ日には、ジェフリー・ヒントン氏らAI研究者100人以上が、埋め込み評価者は評価先の企業と「ほかに大きな商取引を持つべきではない」とする公開書簡を出している。

市場は歓迎し、専門家は戸惑った。この二つの反応のあいだに、今回の話の核心がある。

埋め込み評価者とは何か。試食ではなく、厨房に入る

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これまでのAIの安全性評価は、たとえるなら「完成した料理の試食」だった。新しいモデルを公開する前に、外部の評価機関が完成品を一定期間借り受け、危険な質問に答えてしまわないか、サイバー攻撃に悪用できないかを試す。米国の非営利団体METR(メーター)や、英国政府のAIセキュリティ研究所などが担ってきた仕事だ。

埋め込み評価者は、厨房そのものに入る。どんな材料を使い、どんな火加減で、どんな衛生管理のもとで料理が作られているのかを、仕込みの段階から見る。AIでいえば、モデルが訓練されていく途中の姿を観察し、どのモデルをいつ、どんな条件で世に出すかという社内の判断を追い、担当の社員に直接話を聞く。アンソロピックはこの立場を「社員に匹敵するアクセス」と表現している。

構想の出どころは、アンソロピックのダリオ・アモデイCEOが9月12日に公開したエッセイ「We Must Pace the Frontier(最先端の歩調を整えなければならない)」だ。アモデイ氏はそこで、AIの能力を高めるペースを落とし、安全対策が追いつく時間を作るべきだと訴えた。開発を止めるのではなく、歩調を整える。そのための3段階の計画の第1段階が、埋め込み評価者である。民主主義国のAI企業どうしの協調、権威主義国の政府も含めた国際協調という第2、第3段階と違い、これだけはアンソロピックが単独で今すぐ実行すると宣言した。

約束の中身は具体的だ。オフィスの机、入館証、会社のノートパソコン。社内でリスク評価を担うチームとほぼ同じ作業環境と権限。そして、危険の度合いや事故、社内の実態、さらに「何にアクセスでき、何にできなかったか」まで、アンソロピックの編集を受けずに公表できる契約である。アンソロピックが黒塗りにできるのは、安全保障上の機微情報、法的に保護された情報、商業上の機密、第三者の秘密に限られる。都合の悪い結論だから、という理由では消せない。黒塗りが結論を左右したと評価者が考えれば、そのこと自体を公に言ってよいとした。

アモデイ氏は前例として銀行を挙げている。大手銀行では、規制当局の監督官が社員と並んで常駐することがある。日々の業務の中にいるからこそ、書類だけでは見えない実態に気づける。その発想を、AIの開発現場に持ち込もうというわけだ。

なぜ今なのか。理由は二つある。

一つは、AIの進歩が急に速まったことだ。アモデイ氏は、この夏ごろからAIが次の世代のAIづくりを担い始め、進歩が「劇的に」加速したと書いた。完成品を数週間試すだけでは、追いつけなくなりつつある。

もう一つは、テストそのものが効きにくくなっていることだ。アモデイ氏は、賢いモデルほどテストを欺く能力が高く、整合しているように見えて深刻な問題を抱えたまま見過ごされかねないと警告する。試験だと気づいて行儀よく振る舞うAIに、完成品の試食は通用しにくい。アンソロピック自身、最近報告した「AIが意図に反して振る舞った事例」の一因は、壊れた訓練環境を十分に取り除けていなかったことだと認めた。訓練環境の衛生状態は、出来上がったモデルをいくら眺めても見えない。

7月には、OpenAIが社内で評価していたAIエージェント約1,200体が隠れた掲示板で連絡を取り合い、そのうち約700体が外部企業Hugging Faceのシステムを攻撃する事件も起きた。アモデイ氏は、程度こそ軽いものの、似た出来事はアンソロピックを含む業界全体で起きていると書いている。

一方で、決まっていないことも多い。評価者がどの情報を見るべきか、見つけたことをどう報告すべきかについて、アンソロピックは「まだ標準は存在しない」と明言した。アクセンチュアとの契約でも、開始時期、チームの人数、報酬額は公表されていない。

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なぜ、研究機関ではなくアクセンチュアなのか

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アモデイ氏のエッセイが出たあと、埋め込み評価者の担い手として名前が挙がっていたのは、METRやRedwood Research、Apollo ResearchといったAI安全性の研究機関だった。アモデイ氏自身、評価者の例としてMETRを挙げている。

ところが、METRはAI企業からお金を受け取らない。公式サイトには、AI企業からの資金は受け取っていないと明記され、最先端のAI企業の社員からの寄付も断っている。評価される側が費用を払う仕組みでは、METRはそもそも受け手になれない。アンソロピックは、METRなどの非営利団体とは、各団体の自己資金で埋め込み評価の一部を試す方向で話し合っていると説明した。

では、費用を受け取れる側で、誰が担えるのか。アンソロピックが挙げたのは、アクセンチュアが企業や政府のAI導入を幅広く手がけ、AIが現場でどう使われているかを知っている点だった。アクセンチュアは約80万人の社員と約9,000社の顧客を抱え、2025年度の売上高は約700億ドル(約11兆円)にのぼる。TechCrunchは、AIブーム以前からある巨大な上場企業であるため、アンソロピックやその周辺の複雑な生態系からは「機能的に独立している」とも指摘した。

アクセンチュア側が前面に出したのは、ファカルティの実績だった。発表文は、ファカルティを世界有数のAI研究所のモデルを試験・評価してきた「定評ある専門家」と紹介している。実際、ファカルティは最先端AIの「外部の検査役」として経験を積んできた。2023年10月には、英国政府のフロンティアAIタスクフォース、つまり現在のAIセキュリティ研究所の前身から、大規模言語モデルが素人の悪意ある人物の能力をどこまで引き上げてしまうかを調べる仕事を請け負った。2024年12月に公開されたOpenAIの推論モデル「o1」のシステムカードには、METRやApollo Researchと並び、レッドチーミングを担った組織としてファカルティの名がある。

アンソロピックとの関係は、さらに踏み込んでいる。2026年2月に公開された「Claude Opus 4.6」のシステムカードには、病原体の解析や改変に関わる計算生物学の試験をファカルティと共同で開発し、その出力をファカルティの専門家とともに人の目で読み込んだと記されている。この試験でOpus 4.6は、6つの課題すべてで、この試験だけでは危険な能力を否定しきれない水準に初めて達した。どこから先が危ないのかという線引きの仕事を、ファカルティはすでにアンソロピックと組んで担っていたことになる。

アクセンチュアのジュリー・スウィート会長兼CEOは「安全性には、深い技術的な専門知識と、AIが現実の世界でどう使われているかの明確な理解の両方が必要だ」と述べた。ファカルティのCEOで、アクセンチュアの最高技術責任者(CTO)も兼ねるマーク・ワーナー氏は、「ファカルティは、AIは偶然ではなく設計によって安全であるべきだという信念のもとに創業された」と語り、埋め込み評価は「まさにファカルティが担うために作られた仕事だ」と続けた。

契約はどちらにとっても独占的ではない。アンソロピックは数週間以内に別の評価者を発表するとし、アクセンチュアも他のAI開発企業と同様の仕事をするとしている。

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ファカルティとは何か。博士たちが作った「AIを現場で動かす会社」

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ファカルティは2014年にロンドンで生まれたAI企業だ。社員は400人あまりで、博士号を持つ研究者が多い。巨大な言語モデルを自前で作る研究所ではない。AIを、政府や企業の現場で実際に動く仕組みに組み上げるのが本業である。社名のFacultyは、英語で「能力」や「大学の教員陣」を意味する。

2018年、英内務省は、当時ASI Data Scienceと名乗っていたファカルティと組み、過激派組織「イスラム国」の宣伝動画を自動で見つけ出すツールを公開した。映像と音声を機械学習で解析し、宣伝動画の94%を見つけ出す。精度は99.995%で、無作為に選んだ100万本の動画のうち、人が確認し直す必要があるのは50本だけだと政府は説明した。

新型コロナの流行期には、英国の国民保健サービス(NHS)の「早期警戒システム」を作った。陽性者の数、日本でいう救急相談の電話窓口に近い「NHS 111」への相談件数、アップルやグーグルが公開した人の移動データなどを組み合わせ、入院患者数と必要な病床数を最大3週間先まで予測する。予測は全国、地域、個々の病院の単位で毎日出され、NHSの危機対応の司令塔が、集中治療の資源をどこに回すかを決めるのに使った。

いまの主力製品は「Frontier(フロンティア)」という意思決定支援のソフトウェアだ。データとAIモデル、業務の流れを一つにつなぎ、シミュレーションと最適化で、どの選択肢が一番よいかを比べる。アクセンチュアによれば、スイスの製薬大手ノバルティスなどが、治験の計画と実行にかかる費用の構造を変えるために使っている。治験は、どの国のどの病院で何人の患者を集めるかで、期間も費用も大きく変わる。その組み合わせを前もって比べられれば、遠回りが減る。

生成AIの時代が来ると、ファカルティは2023年3月、OpenAIが初めて選んだシステム統合の技術パートナーになった。欧州では唯一だった。OpenAIのモデルを企業に導入する際に、評価や調整、安全面の検証を担う役回りである。

事業の規模は、実は大きくない。英フィナンシャル・タイムズ(FT)などが報じた2025年3月期の決算では、売上高は前の年より29%増えて4,170万ポンド(約88億円)、税引き前の損益は380万ポンド(約8億円)の赤字だった。売上の大半は英国で稼いでいる。

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創業から現在までの歩み

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出発点は、会社というより学校に近かった。

2014年、物理学の博士であるマーク・ワーナー氏とアンジー・マー氏、ソフトウェア技術者のアンドリュー・ブルックス氏の3人が、ASI(Advanced Skills Initiative)を立ち上げた。当時、博士課程を終えた研究者が、データサイエンティストとして企業に移るのは簡単ではなかった。ワーナー氏の言葉を借りれば、仕事を得るには経験が要り、経験を積むには仕事が要る。この堂々巡りを断ち切るため、博士たちに2か月間、企業の実際の課題に取り組ませる育成プログラムを始めた。大学に眠る優秀な頭脳を、産業の現場へ移す。これが最初の事業だった。

2016年1月には、ロンドンのベンチャーキャピタルLocalGlobe(ローカルグローブ)が出資した。社員はまだ10人ほどだった。

同じ2016年、ASIは英国のEU離脱を問う国民投票で、離脱派の陣営「Vote Leave」のデータ分析を請け負っている。陣営を率いたドミニク・カミングス氏はのちにジョンソン首相の側近となり、ワーナー氏の兄弟でASIに在籍していたベン・ワーナー氏も、首相官邸でデータ分析に携わった。コロナ禍でファカルティが政府の仕事を相次いで受注すると、英紙ガーディアンなどは政権との近さを繰り返し問題視した。社名は2019年にファカルティへ改められ、同社は同じ年に政治関連の仕事をやめたと説明している。

その後は、公共分野の実績が評価を固めていく。2018年の内務省のツール、2020年のNHSの予測システムがそれだ。2021年5月には、英投資会社Apaxのデジタル・グロース投資ファンドから3,000万ポンド(約63億円)を調達した。同社にとって過去最大の調達で、累計の調達額は約4,000万ポンド(約84億円)になった。

2023年は転機の年になった。3月にOpenAIの技術パートナーとなり、10月には英国政府のフロンティアAIタスクフォースの評価業務を請け負う。12月には、アクセンチュアがFrontierの導入パートナーになった。のちの買収につながる関係は、このとき始まっている。

2026年1月6日、アクセンチュアはファカルティの買収を発表し、3月16日に完了した。ワーナー氏はファカルティのCEOを続けながらアクセンチュアのCTOに就き、同社の経営幹部でつくるグローバル・マネジメント・コミッティーに加わった。そして半年後の9月18日、ファカルティはアンソロピックの埋め込み評価者に選ばれた。

博士の就職支援から始まった会社が、12年かけて、世界最先端のAIを内側から調べる立場にたどり着いたことになる。

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創業者マーク・ワーナー。青い顔料から、AIの「戦争ゲーム」まで

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絵の具やインクに使われる青い顔料、銅フタロシアニン。研究者としてのワーナー氏の代表作は、この安価でありふれた顔料が、量子コンピューターの材料になり得ることを示した論文だった。

ワーナー氏は英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で量子コンピューティングの博士号を取り、2013年、筆頭著者として英科学誌ネイチャーに論文を発表した。薄い膜にした銅フタロシアニンの中で、電子の「スピン」と呼ばれる小さな磁石のような性質が、情報を保てるだけ十分に長く安定していることを示したのだ。その後は米ハーバード大学に移り、マリー・キュリー・フェローとして、量子の性質を使って微弱な信号を測る「量子センシング」を研究した。

物理学の最前線からAIに転じたのが2014年だ。のちに英政府に助言する「AIカウンシル」の委員も務めた。

人柄を伝える逸話がある。創業まもないころ、LocalGlobeのソール・クライン氏に見せた投資家向けの資料には、5人のメンバーの写真が並び、その下に「物理学博士」「計算機科学博士」と肩書が続いた。博士号のないCTOのブルックス氏の欄にだけは、「最高にいいやつ(Terrific Guy)」と書いてあった。クライン氏に「博士なら全員雇えばいいじゃないか」と言われたワーナー氏は、「そんなことはしたくない。博士の大半は使いものにならない」と返した。クライン氏は「それこそ、この分野で良い会社を作るのに必要な傲慢さだ」と応じ、会って5分で出資したくなったと振り返っている。

AIについてのワーナー氏の見方は、速く、そして危うい、というものだ。創業10年の節目だった2024年11月、ワーナー氏は「AIは最も重要な技術に『なる』」から「最も重要な技術『である』」へと時制を改め、人間並みのAIへ向かう道は「大きな機会と大きな危険の両方に満ちている」と書いた。2025年10月には欧州のテック媒体のポッドキャストで、「投資家と話すと、この技術を理解していないのがはっきりわかる」と語り、投資家のお金の置き場所は賢いとは言えず、いずれバブルを生むとの見方まで示している。

2026年3月には、ワーナー氏が進行役を務めるAIの「戦争ゲーム」を追ったドキュメンタリー映画『Intelligence Rising』が公開された。米陸軍の元将官や英国官僚機構の元トップ、哲学者や技術者らが、米国政府、中国、テック業界などのチームに分かれ、高度なAIが現れる世界で次々に起きる事件に対応していく。米TIME誌の記者が以前に見学した回は、人類の絶滅で終わったという。映画は、ゲームの場面と、妻と生まれたばかりの息子と暮らすワーナー氏の家庭の場面を行き来する。「人間は指数関数的な変化を捉えるのが苦手だ」。ワーナー氏はTIME誌にそう語り、社会が前もって考えておくことの大切さを説いた。

同じ取材で、ワーナー氏は会社を売った理由も明かしている。「AIが50年かけてやって来ると信じるなら、独立を保つのが最善だろう。だが私たちの感覚はもっとこうだ。これは今まさに起きている」。

アクセンチュアのCTOとして、ワーナー氏はホワイトボードに技術の階層を描き、いちばん上に「変革(TRANSFORMATION)」と書いてみせたという。AIの価値が最終的にモデル企業に落ちるのか、半導体に落ちるのかは誰にもわからない。ただ、企業がAIに合わせて自らを作り替える手伝いには、確実に価値が生まれる。「アクセンチュアの立場から見れば、これは非常にうまくいくと思う」。12年前に博士の就職支援から始めた物理学者は、いま約80万人の巨大企業の技術戦略を率いている。

投資家はこの案件をどう見たか

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アクセンチュアは買収額を公表していない。FTによれば、出資者のApaxなどは、この取引でファカルティが評価額10億ドル(約1,580億円)超の「ユニコーン」になったと述べた。日本経済新聞もFTの報道として10億ドルと伝えている。FTはさらに関係者3人の話として、社員の持ち株や従業員への支払いを除いたベンチャー投資家の持ち分が、6億ポンド(約1,260億円)と評価されたと報じた。データ会社Dealroomによれば、非上場の英国AIスタートアップの買収としては過去最大だ。

投資家の目で数字を並べると、この値段の意味が見えてくる。10億ドルは、直近の年間売上高のおよそ18倍にあたる。英国のテック系ニュースレター「UK 2.0」は、社員1人あたり250万ドル(約4億円)と計算した。米調査会社フューチュラム・グループのニック・ペイシェンス氏は、これを「質への逃避」と呼んだ。AIによって、若手を大勢送り込む従来型のコンサル事業が揺らぐなか、本当に優秀な人材の奪い合いが始まっているという見立てだ。同じ記事では、マッキンゼーが2015年に英国のAI企業QuantumBlackを買収し、社内のAI部門の核にした例と重ねる声も紹介された。自前で育てるか、買うか。アクセンチュアは買う道を選んだ。

出資者の言葉からは、この会社の育ち方が見える。2016年、社員10人ほどのファカルティに出資したLocalGlobeのソール・クライン氏は、アクセンチュアとともに歩む「次の段階」を祝った。2021年に大型出資したApax Digitalのパートナーは、2017年にファカルティと出会い、まず顧客になったと明かしている。そのうえで「4年で売上高を4倍にし、AIソフトウェア事業を成功させ、ユニコーンになった」と成果を並べ、アクセンチュアは応用AIを世界最大級の組織向けに「産業化」する世界的な基盤をファカルティに与える、と評した。

初期の出資者には、Skypeの創業メンバーで、AIのリスクに早くから警鐘を鳴らしてきたヤーン・タリン氏も名を連ねる。タリン氏は2021年、アンソロピックの最初の大型調達であるシリーズAを主導した人物でもある。いま「評価される側」と「評価する側」として向き合う2社は、最初期の出資者を一人、共有していることになる。

英国のベンチャー業界は、この売却をおおむね歓迎した。初期の出資者の一人で、英政府のAI政策にも関わってきたマット・クリフォード氏は「英国AIの大勝利」と書いた。ベンチャーキャピタルForm Venturesの創業パートナー、レオ・リンガー氏は「エコシステムには、こうした大型の換金の機会がもっと必要だ。資金が還流し、自信が高まる」と語った。一方で、ディープマインド、ダークトレース、オックスフォード・アイオニクスに続き、有望な英国テック企業がまた海外の巨大企業の傘下に入ったことを惜しむ声もある。皮肉なことに、ワーナー氏自身、以前ポッドキャストで「外国のテック企業の勝利は、ある程度、英国の主権の敗北だと認めざるを得なくなる」と語っていた。

アクセンチュアの株主の目線もある。1月の買収発表の時点で、スイスの金融大手UBSのアナリストは、安全で成果の見えるAIを求める企業への提案力が高まるとして「買い」を維持した。だがその後、アクセンチュアの株価は、AIがコンサル需要を侵食するという懸念から大きく崩れ、6月の決算発表の日には1日で2割近く下げた。9月18日に投資判断を引き下げたグッゲンハイムは、6月半ばから5割以上も戻した株価に、需要の回復が伴っていないと指摘していた。その同じ日に示されたのが、「AIに仕事を奪われる側」ではなく「AIの安全を確かめる側」という新しい物語だ。時間外取引での8%近い上昇は、その物語への最初の値付けといえる。

数字の上でも、この物語は小さくない。アクセンチュアが約束した10億ドルを5年で均すと、年2億ドル(約316億円)。買収前のファカルティの年間売上高の、3倍半ほどにあたる。

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「調べる側」と「売る側」が同じ会社という難題

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アクセンチュアとアンソロピックは、すでに深い商売の関係にある。2025年12月、両社はClaude専門の組織「アクセンチュア・アンソロピック・ビジネスグループ」を立ち上げ、アクセンチュアの約3万人をClaudeで訓練すると発表した。数万人の開発者がコーディング支援の「Claude Code」を使う計画で、アモデイ氏はこれを自社にとって「過去最大の導入」と呼んだ。英テック媒体The Next Webは、アクセンチュアはいまや「顧客であり、再販業者であり、導入パートナーであり、そして評価者だ」と書いた。

ヒントン氏らの公開書簡は、埋め込み評価者が満たすべき最低条件を五つ挙げている。評価先から所有も支配もされず、ほかに大きな商取引を持たず、評価結果しだいで報酬が変わる約束をしないこと。複数の評価機関を受け入れること。手法や結果、アクセスの範囲を透明にすること。都合の悪い結論を出しても報復されないこと。そして、社内で最も権限の強い社員と同等のアクセスを持つこと。このうち最初の条件と、アクセンチュアの立場は、明らかに緊張関係にある。

アクセンチュアの生い立ちを振り返ると、この問題はさらに因縁めいて見える。同社の前身は、大手会計事務所アーサー・アンダーセンのコンサルティング部門「アンダーセン・コンサルティング」である。2000年に仲裁を経てアンダーセンから独立し、2001年1月にアクセンチュアへ社名を変えた。その年の秋、米エネルギー大手エンロンの巨額の不正会計が発覚し、監査を担っていたアーサー・アンダーセンは翌年、事実上消滅した。アンダーセンがエンロンから監査報酬に匹敵するコンサル報酬を受け取っていたことも、監査人としての独立性を損ねたと厳しく批判された。この反省から、米国では2002年の企業改革法、いわゆるサーベンス・オクスリー法で、監査法人が監査先にコンサルティングなどの業務を提供することが大きく制限された。

調べる仕事と売る仕事を分ける。会計の世界が高い代償を払って学んだ原則が、AIの世界でいま改めて問われている。しかも、その当事者がアンダーセンから分かれ出た会社だというのは、歴史のめぐり合わせというほかない。

アンソロピックも、この矛盾は承知している。発表文では、評価者を受け入れても「私たちの説明責任は減らない。むしろ検証しやすくなる」「モデルの安全は引き続き私たちの責任だ」と書いた。長期的には、評価の資金は複数の企業による共同の資金か、政府が出すべきだとも主張している。6月に公表した政策提言「Advanced AI Framework」で訴えた考え方だ。ただ、どちらの仕組みも今は存在しない。そこで、評価者ごとに資金の出し方を変える。アクセンチュアには自社で直接払い、METRなどとは各団体の自己資金で試す。この二本立てが、アンソロピックの現時点での答えである。

米国のビジネス分析サイトFourWeekMBAは、この構図を「アクセスは一つの問題を解決し、資金はもう一つの問題を生む」と表現した。そのうえで、評価者の独立性を最後に支えるのは、契約を打ち切る力がどちらにあるか、そして評価者が一つの顧客を失っても事業が傾かないかだと指摘している。両社の契約が独占的でないことは、その意味で大事な安全弁になる。

結局、この仕組みが信頼に足るかどうかは、最初の報告で決まる。ファカルティのチームは、アンソロピックにとって都合の悪い発見を、編集を受けずに公表できるのか。黒塗りがあったなら、そう言えるのか。

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今後の注目点。いつ、何が起きるか

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まず待たれるのは、アンソロピックの「次の評価者」だ。9月18日の発表で、同社は数週間以内に別の評価者を発表すると予告した。METRなど非営利団体による自己資金での試行が、具体的な形になるかどうかも焦点になる。

OpenAIも動き出した。サム・アルトマンCEOは、アモデイ氏のエッセイが出た9月12日、社員並みのアクセスを持つ独立評価者について「素晴らしい考えで、我々も同じことをする」とXに投稿した。9月23日には、外部の評価機関による安全性の検証を、公開前の確認だけでなく、訓練や評価、展開の段階にまで広げると発表し、METRやRedwood Researchと協議していることを明らかにした。最も機微な作業では、評価者をオフィスに招くこともあるという。ただ、正式な契約や実施時期はまだ示していない。アクセンチュアは他のAI開発企業とも同様の仕事をすると述べており、ファカルティがOpenAIなど別の会社の内側にも入るのかどうかは、この事業がどこまで広がるかを占う材料になる。

日付が決まっているものでは、10月1日、日本時間の同日夜に、アクセンチュアが2026年8月期の第4四半期決算を発表する。10億ドルの投資計画やファカルティの位置づけを経営陣がどう語るか、AIの安全性評価が収益源として数字に表れる見通しを示すのかが見どころだ。グッゲンハイムが格下げの理由に挙げたのは、コンサル需要の弱さだった。新しい物語が、本業の数字の弱さを補えるかも問われる。

11月半ばには、カリフォルニア州の動きがある。ギャビン・ニューサム知事は9月18日、AIの安全性に関する行政命令に署名し、2か月以内に専門家の提言をまとめるよう指示した。検討項目の一つ目は、最先端のAI企業に対し、州が認める独立検証機関を研究所内に常駐させることを義務づける案だ。アンソロピックが自主的に始めた埋め込み評価が、州の法的義務になる可能性がある。同州が9月に成立させた法律SB 813は、独立検証機関の条件として、専門性に加えてAI企業からの独立性を示すことを求めている。アンソロピックと深い商取引を持つアクセンチュアが、この物差しをどう満たすのか。制度設計そのものの試金石になる。

時期はまだ見えないが、何より重要なのは、埋め込み評価者による最初の公開報告だ。アモデイ氏が約束した、編集を受けない公表が本当に行われるのか。アンソロピックの次のモデルのシステムカードに、ファカルティの名がどんな形で載るのか。そこで初めて、この仕組みの中身が外から見えるようになる。

英国では、ファカルティのチームがロンドンに残り、AIの拠点として育つのかどうかも注目されている。アクセンチュアは1月の発表で、博士向けの育成プログラムを世界の社員や顧客に広げる計画も示した。12年前の「学校」が、世界規模で再現されるかもしれない。

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評価が産業になる日

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AIの評価は、ひとつの産業になりつつある。英政府は2024年の報告書で、国内のAIの保証、いわゆるアシュアランスの分野では524社が年に約10億ポンド(約2,100億円)の付加価値を生んでいると推計し、市場は2035年に65億ポンド(約1兆3,700億円)を超え得るとした。会計監査が上場企業に欠かせない産業になったように、最先端AIの内部検証もまた、企業が費用を払い、規制が独立性を担保する形で制度になっていくのかもしれない。

ファカルティは、その最初の実例として、売上高の18倍という高い値段で買われ、独立性という最も難しい条件付きの仕事を任された。ベンチャー投資の目で見れば、買われたのは400人の博士だけではない。最先端のAI企業の内側に入ることを許される「信用」そのものだ。そしてその信用は、評価する相手と商売をしているという事実によって、最初から試されている。

「AIは偶然ではなく、設計によって安全であるべきだ」。ワーナー氏が掲げてきたこの言葉は、いま評価する側の自分たちにも向けられている。独立性もまた、偶然ではなく、設計によって守られなければならない。


Anthropic が選んだ埋め込み評価者(Embedded Evaluator)、アクセンチュアが買収の英Faculty(ファカルティ)。創業者Marc Warner(マーク・ワーナー) - 評価が産業になる日 - 図表1