なぜいま次世代の光ファイバが必要なのか — AIが起こした「容量の飢餓」

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光ファイバと聞くと、すでに完成した枯れた技術という印象を持つ人が多い。家庭にも光回線が普及し、海底ケーブルが大陸をつなぎ、私たちは日々その上で動画を観てメッセージを送っている。ところがその「完成したインフラ」が、いま静かに限界に突き当たりつつある。引き金を引いたのは生成AIである。

理解の手がかりとして、AIデータセンターの内部を覗いてみよう。ChatGPTのような大規模言語モデルを動かすには、数千〜数万個のGPU(画像処理半導体)を高速につなぎ、膨大なデータをやり取りさせる必要がある。NVIDIAの最新世代「Blackwell」では、72個のGPUを1つの単位(ノード)として束ねるが、業界団体Fiber Broadband Associationによれば、こうした72GPUノードは従来のクラウド向けスイッチラックに比べて実に16倍もの本数の光ファイバを必要とする。GPUの計算能力が上がるほど、それらをつなぐ「配線」としての光ファイバの需要が指数関数的に膨らんでいくのだ。

従来、通信容量を増やす方法は主に二つだった。一つは光の色(波長)を細かく分けて多重化する波長分割多重(WDM)、もう一つは信号を高速化する変調技術の高度化である。だが、現在主流の「シングルモードファイバ(SMF=1本のガラスに光の通り道が1本だけ)」は、入れられる光の強さに物理的な上限(非線形性やファイバヒューズと呼ばれる現象)があり、1本あたりおよそ100テラビット毎秒前後で容量が頭打ちになることが知られている。NTTの技術資料も、現行のSMFが「容量限界」に近づいていると明言している。AIが要求する容量の伸びに、1本1コアのファイバはもう追いつけない。ここに、次世代の物理層を作り替える必然性が生まれる。その答えの最右翼が、本稿の主題である「マルチコア光ファイバ」だ。

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マルチコア光ファイバをやさしく解説する — 1本の中に「車線」を増やす

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マルチコア光ファイバ(MCF:Multi-Core Fiber)とは、その名のとおり、1本の光ファイバ(正確には1本のクラッド=ガラスの被覆層)の中に、光の通り道であるコアを複数本そなえた光ファイバである。

高速道路に例えると分かりやすい。現在のシングルモードファイバは「片側1車線の道路」だ。車(光信号)をいくら速く走らせても、1車線で運べる交通量には限界がある。これに対してマルチコアファイバは、同じ1本の道路の幅の中に2車線、4車線、あるいは19車線を引いてしまう発想に近い。道路そのものを太くせず(=ファイバの外径を太くせず)、車線数だけを増やせれば、既存のケーブル設備や敷設工事の作法をできるだけ変えずに容量を何倍にもできる。この「同じ太さで車線を増やす」という多重化の考え方を、空間分割多重(SDM:Space Division Multiplexing)と呼ぶ。WDM(波長=光の色で分ける)が「同じ車線に色違いの車を流す」発想だとすれば、SDMは「車線そのものを増やす」発想であり、両者は補完関係にある。

ここで決定的に重要になるのが、ファイバの「外径」を標準規格に合わせられるかどうかだ。現在世界中で使われている光ファイバのガラス外径は125マイクロメートル(0.125ミリ、髪の毛ほどの細さ)に統一されている。コネクタも融着接続機も測定器も、すべてこの125μmを前提に作られている。もしコアを増やすためにガラスを太くしてしまえば、既存のエコシステム全体を作り替えねばならず、普及は絶望的に遠のく。そこでフジクラ・住友電工・古河電工といった国内勢が共同で目指してきたのが、「ガラス径を125±0.7μm、被覆径を235〜265μmという現行の国際規格に収めたまま、1本1本のコアが汎用シングルモードファイバと同等の伝送品質を持つ」マルチコアファイバの実現である。すでにフジクラは、この標準外径のまま4コアを通したファイバを長さ100km超にわたって作製した実績を持つ。

具体例を挙げよう。フジクラは2025年、非圧縮の8K映像を扱う実システムに、4コア標準外径マルチコアファイバを8本束ねたケーブル(直径わずか3ミリ)を世界で初めて実装した。このたった3ミリのケーブルは、従来同じ用途で使われていた単芯シングルモードファイバ32本分に相当する。同じ太さで本数(容量)を約4倍に、しかもケーブル全体としては大幅に細く・軽くできる——これがマルチコア化がもたらす実利である。AIデータセンターのように、ラックとラックの間、サーバとサーバの間を文字どおり数万本の光ファイバが埋め尽くす世界では、この「同じ空間でより多くをつなぐ」能力が死活的な価値を持つ。

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「弱結合型」と「結合型」— 二つの設計思想とMIMOの有無

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マルチコアファイバには大きく二つの設計思想がある。この違いを理解することが、フジクラ・アンリツの研究の位置づけを掴む鍵になる。

一つは「弱結合型(非結合型とも呼ばれる)」である。これはコア同士の間隔を十分に空けて配置し、隣のコアへ光が漏れ込む現象——後述するクロストーク——を可能な限り小さく抑える設計だ。各コアが互いにほぼ干渉せず、それぞれが独立した1本のシングルモードファイバのように振る舞う。最大の利点は、受信側で複雑な信号処理(光MIMO:複数の信号の混ざり合いを数学的に解きほぐす処理)を必要としない点にある。既存の通信機器や運用手順をほぼそのまま流用でき、最も早く実用化できる「現実解」として、世界は今このタイプを4コア構成で標準化しようとしている。フジクラとアンリツが共同で評価したのは、まさにこの弱結合型4コアファイバである。

もう一つが「結合型」だ。これはコアをあえて近接させ、コア間で光が混ざり合う(結合する)ことを前提に設計する。コアを密に詰められるため、同じ太さでより多くのコア(たとえば19コア)を収容でき、長距離・大容量では理論性能が高い。代償として、混ざり合った信号を受信側でMIMO信号処理によって分離・復元する必要があり、装置が複雑かつ高消費電力になる。後述するNICTと住友電工の「19コアで毎秒1.02ペタビット」という世界記録は、この結合型を用いたものだ。

整理すると、結合型は「研究室や長距離基幹網で記録を狙う尖った技術」、弱結合型は「データセンターやメトロ網に明日にでも入れられる実用技術」という棲み分けになる。フジクラとアンリツが取り組むのは後者、つまり「いますぐ商用ネットワークに実装するための地に足のついた研究」である。派手な世界記録ではなく、普及の最後の一歩を詰める作業——ここに両社の協業の本質がある。

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測れなければ普及しない — クロストークという見えない壁とOECC 2025の成果

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マルチコアファイバの泣きどころは、コアとコアの間でわずかに光が漏れ込む「コア間クロストーク」である。隣の車線の車がこちらの車線に少しはみ出してくるようなもので、これが大きいと信号品質が劣化し、通信エラーの原因になる。弱結合型は設計上クロストークを小さく抑えてはいるが、「小さい」だけでは商用化できない。製造したファイバ1本1本が、敷設後・接続後も含めて本当に規格内に収まっているかを正確に「測れる」ことが、量産と現場展開の絶対条件になる。作る技術と同じくらい、測る技術が普及の律速段階(ボトルネック)なのだ。

ところがクロストークの測定は難しい。従来の光パワーメータを使う方式は、ファイバ全体としての漏れ量は分かっても「どの地点で・どれだけ漏れているか」という距離方向の分布までは見えにくい。しかも複数のコアを1本ずつ測り直していては、量産検査にも現場検査にも時間がかかりすぎる。

ここでフジクラとアンリツが2025年に踏み込んだのが、測定方式そのものの信頼性検証である。両社は2025年6月26日(米国向けは6月29日)に共同成果を発表し、6月29日から7月3日まで札幌で開かれた光技術の国際会議OECC 2025(OptoElectronics and Communications Conference)で詳細を披露した。評価対象はフジクラが製造した標準外径125μmの4コア弱結合型マルチコアファイバ。これに対し、光パワーメータを用いる2方式と、アンリツのOTDR(光パルス試験器:ファイバに光パルスを入れ、跳ね返ってくる光から距離方向の状態を測る装置)を用いる2方式の、合計4つの異なる測定方式でコア間クロストークを測った。結果は、波長1550nmにおいて4方式すべてが互いに±1.0dB以内で一致した。異なる原理の測定器が同じ答えを出すという事実は、測定値が方式に依存しない「信頼できる物差し」であることを意味し、量産・標準化に向けた測定の土台を固める成果となった。

この研究は単なる学会発表に留まらなかった。アンリツはこの成果を製品へと結実させ、2025年11月に国内先行で、2026年3月に世界に向けて「マルチチャネルファイバテスタ MT9100A」を投入した。同機はマルチコアファイバの伝送品質を評価できる業界初のOTDRをうたい、4チャネルのOTDRを同期動作させることで、最大4つのコアの伝送損失・反射減衰量に加え、コア間クロストークの分布を距離方向に可視化する。しかも片端からの測定(シングルエンド測定)に対応し、ファイバの両端が遠く離れた現場でも作業者を片側に置くだけで検査が完了するため、敷設・運用の手間を大きく減らせる。この装置の中核をなすマルチチャネルOTDR方式は、東北大学の中沢正隆特別栄誉教授が考案した技術に基づくもので、大学発の基礎研究が産業用の測定器として社会実装された好例でもある。アンリツは2025年9月末から10月初めのECOC 2025(コペンハーゲン)、そして2026年3月17〜19日のOFC 2026(ロサンゼルス、ブース#2011)と、世界の二大光通信学会・展示会で、4コア・約20kmのファイバを使った実演展示を続けている。

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フジクラ(5803)— 「作る側」の主導権を握る電線の老舗

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フジクラの歴史は、いまから140年前にさかのぼる。1885年(明治18年)2月、創業者の藤倉善八が東京・神田淡路町で絹・綿巻線(電線の絶縁被覆の原型)の製造に乗り出したのが始まりだ。従業員12名、自宅兼工場は3部屋という小所帯だった。善八はアーク燈という当時最先端の照明を見て「これからは電気の時代が来る」と直感し、自らの繊維加工・巻線の技術を電気の用途へ転用したと伝えられる。1910年に藤倉電線株式会社として法人化し、戦後は電力9社の送電網と電電公社(現NTT)の通信網という二大インフラにケーブルを納め、住友電工・古河電工と並ぶ「電線御三家」の一角を占めるに至った。1992年に商号を株式会社フジクラへと改めている。

現在のフジクラは大きく三つの事業セグメントを持つ。第一が情報通信事業で、データセンター向けの光ファイバケーブルや光関連部品(光コンポーネント)が主軸だ。第二がエネルギー・インフラ事業で、電力ケーブル、自動車用ワイヤーハーネス、さらには核融合発電向けの超電導線材まで手がける。第三がエレクトロニクス事業で、フレキシブルプリント基板(FPC)などを供給する。

技術面の強みは、光ファイバそのものの設計・製造から、それを束ねるケーブル、端面をつなぐコネクタ、融着接続機、さらにはマルチコアファイバの各コアへ光を出し入れするファンイン・ファンアウト(FIFO)デバイスまで、光配線の上流から下流までを一気通貫で押さえている点にある。象徴的な製品が、現社長・岡田直樹が開発を主導した間欠接着型テープ心線「Spider Web Ribbon®(スパイダーウェブリボン)」だ。光ファイバ同士を全面ではなく間欠的に接着することでケーブルを高密度かつ柔軟にでき、AIデータセンターで多数のファイバを狭い空間に詰め込む用途で世界的に評価されている。岡田は1986年に藤倉電線へ入社し、34年にわたり光ファイバケーブルの研究開発に従事した技術者で、2022年に社長CEOへ就いた、いわば「光ファイバ一筋」の経営者である。

この技術力が、いまAI相場の主役へとフジクラを押し上げた。2026年3月期の連結決算は、売上高1兆1,824億円(前年度比20.7%増)、営業利益1,887億円(同39.2%増)と過去最高を更新。とりわけ情報通信事業は売上高6,530億円(同44.7%増)、営業利益1,527億円(同65.7%増)と急伸し、全社営業利益のおよそ8割をこの一事業で稼ぎ出す構図となった。株式市場の評価も劇的で、2026年4月13日には終値ベースの時価総額が初めて10兆円を突破した。本稿の主題であるマルチコアファイバの研究において、フジクラは紛れもなく「ファイバを作る側」の中核であり、後述する国際標準化の枠組みでも中心的な役割を担う。

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アンリツ(6754)— 「測る側」の物差しを担う日本初の通信機メーカー

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アンリツのルーツは、日本の通信産業の黎明期そのものである。1895年創業で有線通信機の先駆けだった共立電機と、1900年設立で無線通信機の先駆けだった安中電機製作所——この二社が1931年に合併して誕生したのがアンリツ(当時の社名は安立電気)だ。社名は「安中」の安と「共立」の立から一字ずつ取ったもので、1985年に現在のカタカナ表記「アンリツ」へ改めた。安中電機は1912年に「TYK式無線電話機」を完成させ、1916年に世界初の実用無線電話を実現した歴史を持ち、アンリツは「日本初の通信機メーカー」の系譜を引く企業として知られる。

通信機メーカーとして出発したアンリツは、やがて「通信を測る」計測器の分野へと軸足を移し、現在は三つのセグメントで事業を展開する。主力は通信計測事業で、5G/6Gの基地局・端末試験から光通信、ネットワークインフラの測定までを担う。第二が食品・医薬品の異物検査などを手がける製品品質保証(PQA)事業、第三が環境計測事業である。連結従業員数は約3,966名と、フジクラに比べれば小ぶりだが、特定の計測分野で世界的なシェアを握るニッチトップ型の企業だ。

アンリツの強みは、まさに「測る」ことへの一点突破の専門性にある。光ファイバの試験装置市場で同社は、フジクラ傘下のAFL、コーニング、フルーク(ダナハー傘下)、EXFO、VIAVIといった世界の強豪と競い合う主要プレーヤーの一角を占める。市場調査各社によれば光ファイバ試験装置の市場規模は2026年に概ね10億〜14億ドル(約1,660億〜2,300億円)程度とされ、5G・FTTH・データセンターの拡大を追い風に年率5〜8%程度で伸びると見込まれている。アンリツが今回のマルチコアファイバ評価で果たした役割は、この「測る側」の代表として、新しい物理層に対応する測定方式とその信頼性を確立することだった。前述のMT9100Aと、その基盤である中沢正隆・東北大特別栄誉教授のマルチチャネルOTDR技術は、その具体的な成果物である。

業績面では、生成AIの追い風を受けて回復基調にある。2026年3月期は売上収益1,174.6億円(前期比4.0%増)、営業利益148.3億円(同22.3%増)、営業利益率は前期の10.7%から12.6%へ改善した。主力の通信計測事業は減収ながら利益率15.7%へ高め、データセンターの新設・大容量化に対応する需要が伸びている。2027年3月期は売上収益1,400億円(同19.2%増)、営業利益200億円(同34.9%増)と一段の伸長を見込む。

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両社の協業の意味と、それぞれの強み・課題

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フジクラとアンリツの協業は、「作る側」と「測る側」という、本来は別々の役割を担う二社が手を組んだ点に意味がある。新しい物理層を社会に実装するには、優れたファイバを作るだけでも、優れた測定器を作るだけでも足りない。製造現場と試験装置が同じ「物差し」を共有し、測定値が方式に依存しないことを相互に保証して初めて、量産品質の管理と現場での受け入れ検査が成立する。今回の4方式比較評価は、まさにその物差しの目盛りを両社で突き合わせる作業だった。

この協業は、より大きな標準化の動きへとつながっている。2026年2月から3月にかけて、フジクラの米国法人America Fujikura(AFL)、コーニング、住友電工、そしてシンガポールのTeraHopの4社が、「SDM4 MCF MSA」と呼ばれる業界標準(マルチソース・アグリーメント)の策定で連携すると発表した。これはデータセンター用途の受動光接続に向けた4コアマルチコアファイバの設計・性能・相互接続要件を定めるもので、対象はO帯(1260〜1360nm)の短距離・キャンパス内インターコネクトである。4社は主要なハイパースケーラーの支持を得て「数カ月のうちに」初版仕様を公開する方針を示しており、弱結合型4コアファイバがデータセンターの事実上の標準になる地ならしが進んでいる。フジクラが「作る側」の標準化を主導し、アンリツが「測る側」の方式を確立する——この二つが噛み合って初めて、マルチコアファイバは研究室から商用網へと橋を渡る。

もっとも、両社が抱える課題は対照的だ。フジクラの最大のリスクは、技術ではなく株価のバリュエーション(企業価値評価)にある。AI需要への期待が先行して株価が急騰した結果、市場は会社の公式計画を上回る成長を織り込みやすく、わずかな期待外れでも大きく振れる。実際、2026年5月19日に同社が新中期経営計画を発表すると、2027年3月期の単年度ガイダンス(営業利益2,110億円)が市場予想を下回ったことを嫌気し、株価は同日に17%安の4,695円で引けた。5月14日に付けた上場来高値7,933円から、1週間足らずでほぼ半値まで売り込まれた格好で、Bloombergは「中期計画が投資家の期待値を超えられず、市場の反応は冷ややか」と報じた。情報通信事業に利益の8割を依存する収益構造、AI投資サイクルの循環性、そして高い期待値そのものが、フジクラの構造的な課題である。

一方アンリツの課題は、事業規模の小ささと、計測器需要が通信投資サイクルに大きく左右される点にある。実際、前中期経営計画GLP2023では、2024年3月期の当初計画(売上1,400億円・営業利益270億円)に対し、コロナ禍や米中貿易摩擦、部品不足を背景とした5G計測器市場の失速で、実績は売上1,100億円・営業利益90億円と大幅な未達に終わった。この苦い経験を踏まえ、2024年4月策定のGLP2026では、6Gに加えて産業計測・EV/電池・医薬/医療という三つの新領域へ事業を広げ、通信一本足からの脱却を図っている。AIデータセンター向けの計測需要はその回復を後押ししているが、フジクラのような「桁違いの増収」をもたらすものではなく、堅実な専門企業としての立ち位置を着実に固める段階にある。

世界の競争地図 — 記録・標準化・ハイパースケーラー

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マルチコアファイバをめぐる競争は、日本勢が一貫してリードしてきた分野である。研究の最前線では結合型が世界記録を塗り替え続けている。2025年4月、情報通信研究機構(NICT)と住友電工は、標準外径(0.125mm)の19コア光ファイバを用い、毎秒1.02ペタビットの信号を1,808kmにわたって伝送する世界記録を達成した。容量と距離の積に換算すると1.86エクサビット毎秒・kmに達し、標準外径ファイバとしての世界記録を更新した。この成果では住友電工が結合型19コアファイバの設計・製造を、NICTが19コアを同時に増幅する光中継技術と全体の実証を担い、米サンフランシスコのOFC 2025で最優秀ホットトピック論文に選ばれた。さらにNICTは2025年末にも、国際標準径のファイバを用いたマルチモード伝送で430テラビット毎秒の世界記録を打ち立てている。

日本のSDM開発はオールジャパンの分業体制で進む。住友電工が結合型19コアや多モードファイバの設計・製造で記録を狙い、フジクラが標準外径4コアの実用ファイバとファンイン・ファンアウトデバイスを手がけ、古河電工とNECがマルチコアファイバを収めた光海底ケーブルの基盤技術を担い、NICTがシステム全体の実証と最適化を引き受ける。NTTもこの流れの中核にあり、IOWN構想の大容量光伝送基盤を支える要素技術として4コアマルチコアファイバの研究開発を進め、2020年代後半の実用導入を目指している。IOWNは伝送容量を従来比125倍、遅延を200分の1に引き下げることを掲げており、その物理層の主役がマルチコアファイバだ。

需要側の主役は、いまや通信事業者ではなくハイパースケーラー(巨大データセンター事業者)である。前述のSDM4 MCF MSAがハイパースケーラーの支持を前提に進むことは、マルチコアファイバの最初の大口顧客がAIデータセンターであることを端的に示す。素材・部品大手も一斉に動いており、コーニングは2026年3月のOFC 2026で、マルチコアファイバ、データセンター間をつなぐマイクロケーブル、次世代コネクタ、そして共封止光学(CPO)システムまでを含むAI向け製品群を発表した。中国の光ファイバ大手YOFC(長飛光纖)は2025年11月、武漢大学と組んで分布振動センシング機能を埋め込んだマルチコアファイバの開発に乗り出し、中国国家ファンドからの1.2億元(約16.5百万ドル、約26億円)の支援を受けている。OFC 2026の会場が「電話会社の展示会からデータセンターとAIの祭典へと数年で様変わりした」と長年の参加者が語るほど、この分野の重心は急速にAIへ移っている。

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VC・投資家・市場はどう見ているか

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投資家の視線は、マルチコアファイバそのものよりもむしろ「AIデータセンターの光化」という大きな潮流に注がれており、その中でフジクラとアンリツの位置づけが評価されている。

フジクラに対する証券アナリストの評価は強気が大勢を占める。2026年6月27日時点のコンセンサスは、強気買い8人・買い1人・中立2人で、平均目標株価は6,977円。野村証券は2026年6月22日、目標株価を5,500円から7,000円へ引き上げ、最上位の「バイ」を継続した。注目すべきは引き上げの論拠で、野村は「光ファイバの生産能力にあまり依存しない光コンポーネント製品でハイパースケーラーから受注があった」点を評価し、2027年3月期の連結営業利益予想を2,700億円から3,500億円へと大幅に上方修正した。これは会社自身の同期ガイダンス(2,110億円)を大きく上回り、中期計画の2028年度目標(3,150億円)をも超える強気の数字である。会社側の保守的なガイダンスと、アナリストの強気な見立てとの間に大きな開きがあること自体が、この銘柄の期待と不確実性の大きさを物語る。一方でBloombergや日本経済新聞、Newsweek日本版などは、5月の中計発表後の急落を「業績好調なのになぜ急落するのか」「期待と死角が交錯するAI相場の危うさ」と評し、好業績と株価の乖離、すなわちバリュエーション過熱への警鐘も鳴らしている。

VC(ベンチャーキャピタル)の資金が直接マルチコアファイバの素材メーカーに向かうことは少ないが、その隣接領域である「データセンター内の光インターコネクト」には巨額のリスクマネーが流入している。光と電子を同一パッケージに集積する共封止光学(CPO)やシリコンフォトニクスのスタートアップがその主戦場だ。代表格のAyar Labsは2026年3月に5億ドル(約800億円)を調達し、累計調達額は約8.7億ドル(約1,390億円)、評価額は37.5億ドル(約6,000億円)に達した。同社の旗艦製品TeraPHYは、8基のシリコンフォトニクスエンジンで2テラビット毎秒の帯域をGPUやスイッチの隣に集積する。Lightmatterは評価額44億ドル(約7,000億円)・累計調達8.22億ドル(約1,300億円)規模で、200テラビット毎秒超の入出力を持つ光インターポーザ「Passage」を展開する。Celestial AIは2025年12月、半導体大手マーベルに50億ドル(約8,000億円)超で買収され、その光チップレット技術「Photonic Fabric」をハイパースケーラーが採用し始めたことが評価の根拠となった。市場調査のLightCountingは、光トランシーバ向けレーザーと光集積回路(PIC)の売上が2023年の24億ドル(約3,840億円)から2029年には59億ドル(約9,440億円)へ拡大すると予測する。NVIDIA自身も、CPOを内蔵したSpectrum-Xイーサネット・フォトニクススイッチ(最大409.6テラビット毎秒)を2026年後半に投入する。

この投資地図の中でフジクラとアンリツを捉え直すと、両社の戦略的価値が浮かび上がる。CPOやシリコンフォトニクスがGPU間の「最後の数センチ〜数メートル」を光化する技術だとすれば、マルチコアファイバはラック間・棟間・キャンパス内の「数メートル〜数キロ」を太く束ねる技術であり、両者は競合ではなく補完関係にある。スタートアップが半導体に近い側で評価額を競う一方、フジクラは光ファイバとケーブルという「物理の本丸」を、アンリツはその品質保証という「縁の下」を、それぞれ実需に裏打ちされた事業として押さえている。派手な調達ニュースの陰で、地に足のついた素材・計測の両社が、AIインフラの土台を静かに固めているという構図である。

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今後、いつ何が「計測」されるか

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この分野で次に動く「計測点」を時間軸で整理すると、近い将来から順に複数のマイルストーンが見えてくる。

最も近いのが標準化だ。SDM4 MCF MSAの4社(AFL/フジクラ、コーニング、住友電工、TeraHop)は、2026年2〜3月の発表時点で「数カ月のうちに」4コアマルチコアファイバの初版仕様を主要ハイパースケーラーの支持を得て公開すると表明している。この初版仕様が確定すれば、データセンター向け弱結合型4コアファイバの本格的な調達・量産が始動し、フジクラのファイバとアンリツの測定方式がその上で実装される。アンリツのMT9100Aは2026年3月に世界販売へ移行したばかりで、量産検査・現場検査の現場導入が今後の試金石となる。

製品レベルでは、NVIDIAのCPO内蔵スイッチSpectrum-Xフォトニクスが2026年後半に出荷予定で、AIデータセンターの光化が一段と進む。学会では、毎年9月前後に欧州で開かれるECOC、翌年春に米国で開かれるOFCが、マルチコアファイバの新記録と新製品が披露される定点観測の舞台であり続ける。中長期では、NTTがIOWN構想のもとで4コアマルチコアファイバの実用導入を2020年代後半に計画しており、結合型を含むより多コア・長距離の技術が研究室から実フィールドへ降りてくる。フジクラ自身は2026年5月の中期経営計画で、米国に最大2,600億円、日本に400億円の合計最大3,000億円を投じて光ファイバ・光ケーブルの生産能力を現状比最大3倍に引き上げる方針を示し、2028年度に売上高1兆6千億円・営業利益3,150億円、2035年度には売上高2兆8千億円・営業利益5,800億円という長期目標を掲げた。

「作る側」のフジクラと「測る側」のアンリツが共有する物差しの上で、4コア弱結合型マルチコアファイバはこの1〜3年で標準化・量産・現場展開へと進む。世界記録を追う結合型の華やかさの陰で、地味だが普及を左右するこの実用研究こそが、AIインフラの容量危機を解く現実的な鍵を握っている。


フジクラ(5803)とアンリツ(6754)が進める次世代光通信を支える弱結合型マルチコア光ファイバの研究 - 今後、いつ何が「計測」されるか - 図表1