要旨
DeNA(ディー・エヌ・エー、東証プライム2432)は2026年5月12日、創業者で取締役会長の南場智子氏(64)が15年ぶりに代表取締役社長兼CEOに復帰すると発表した。岡村信悟現社長は代表権を維持したまま会長へ就く。発効は6月27日の第28回定時株主総会後となる。会見で南場氏は「DeNAは永久ベンチャーだ。3年をめどに組織改革を成し遂げる」と語り、生成AIによる産業構造の地殻変動を「インターネット黎明期と並ぶ第2の創業」と位置づけ、AIへのフルコミットを宣言した。市場の低評価と『Pokémon Trading Card Game Pocket(ポケポケ)』の反動減、多角化事業の伸び悩みという三重の課題を背負う創業者の決断は、日本企業がAIエージェント時代をどう生き抜くかを示す試金石となる。

DeNAとは何か――ゲームを核に、ライブ・スポーツ・ヘルスケア・AIへ広がる多角企業
DeNAという社名はDNA(遺伝子)と「e」を掛け合わせた造語であり、Webサービスを通じて社会の中核遺伝子を書き換えるという南場智子氏の宣言が出発点となっている。1999年に有限会社として産声を上げた同社は、現在では時価総額約3,126億円(2026年5月13日時点)、連結従業員約3,000人を抱える日本有数のインターネット企業へと変貌した。事業は大きく五つの柱で構成されており、それぞれが独立採算の事業会社的色彩を強めながら有機的に連携している。
中核を成すのはやはりゲーム事業である。DeNAは自社プラットフォーム「Mobage」を運営しつつ、任天堂やThe Pokémon Companyとの戦略提携を強みに、世界的ヒットとなったスマートフォン向けトレーディングカードゲーム『Pokémon Trading Card Game Pocket(ポケポケ)』を共同開発・運営し、2024年10月の配信以降、グローバルで桁違いのダウンロード数を記録した。このほか『ポケモンマスターズ EX』『逆転オセロニア』など長期運営タイトルも数多い。第二の柱はライブストリーミング事業であり、ライバーとリスナーが双方向に交流するライブ配信アプリ「Pococha」と、1台のスマートフォンとイラスト1枚でキャラクター配信が可能な「IRIAM」を擁する。Pocochaは2025年に法人向け展開「Pococha for Business」を開始し、IRIAMはZ世代を中心にVTuberカルチャーの新潮流を生んでいる。
第三の柱はスポーツ・スマートシティ事業だ。2011年12月に横浜ベイスターズの運営会社を取得して以来育ててきた横浜DeNAベイスターズは、2024年のセ・リーグ3位通過から日本シリーズ制覇という「3位の奇跡」で球団史を塗り替え、観客動員数も急増した。バスケットボールBリーグの川崎ブレイブサンダース、サッカーJリーグのSC相模原、常設型ライブビューイング施設「THE LIVE」、2026年春に開業する没入型体験施設「ワンダリア横浜」、アーバンスポーツ拠点「カワサキ文化公園」など、街と一体化したエンタメ事業を組み合わせ、横浜・川崎・相模原を結ぶ「神奈川スマートシティ構想」を着実に進めている。
第四の柱はヘルスケア・メディカル事業で、健診結果連動型のヘルスケアエンターテインメントアプリ「kencom」、AIが音声特徴量を解析して認知機能の変化をチェックする「ONSEI」、高齢運転者向けのタブレット式認知機能検査「MENKYO/MOGI」、医療従事者間コミュニケーション・遠隔診療基盤「Join」シリーズ、健診業務をDX化する「つな健」などを展開する。子会社アルムが手がける医療プラットフォームと合わせ、医療現場と健保組合・自治体の現場業務をAIで再設計するインフラを志向している。第五の柱が新領域とAI事業群であり、セコムと共同開発したバーチャル警備員、起業家支援VCの「デライト・ベンチャーズ」、企業向けAI導入支援の「DeNA AI Link」、後述するエンタープライズAIサービス「リーダーズAI」などが該当する。ゲームの収益で生み出したキャッシュをライブ・スポーツ・ヘルスケア・AIへと巡らせるポートフォリオ経営――これがDeNAの基本骨格である。

新潟の少女から「マッキンゼー史上3人目の日本人女性パートナー」へ
南場智子氏は1962年4月21日、新潟県新潟市に生まれた。父は石油卸売業を営む経営者で、家庭は厳格な父親像と、東京の文化に憧れた感性豊かな母の組み合わせだったとされる。幼少期の南場氏は近所でも知られた負けず嫌いで、男の子に交じって遊びを取り仕切る活発な少女だった。新潟市立南万代小学校、新潟市立宮浦中学校を経て、県下随一の進学校として知られる新潟県立新潟高等学校に進学する。新潟高校時代は弁論や生徒会活動でも頭角を現し、当時の同級生からは「考え抜いた言葉で議論をひっくり返す存在」と評されていた。
東京への進学を強く希望した南場氏が選んだのは津田塾大学学芸学部英文学科だった。津田塾は明治期に津田梅子が設立した日本屈指の女性高等教育機関であり、英語と少人数教育で知られる。在学中の南場氏は学業面で群を抜き、4年次には「成績1位の学生に与えられる奨学金」によって、津田塾大学の姉妹校であるブリンマー大学(米ペンシルベニア州、女子高等教育の最高峰の一つ「セブン・シスターズ」を構成する名門リベラルアーツ・カレッジ)に1年間留学を果たした。この留学体験は南場氏のキャリア観に決定的な影響を与えたとされ、後年のインタビューで「英米のリベラルアーツ教育が叩き込んでくれた、自分の頭で考えて意見を表明する訓練が、その後の交渉や経営判断のすべての土台になった」と述懐している。新潟の高校・大学時代を通じ、南場氏は「優秀さよりも、悔しさをバネに突き抜けようとする粘り強さで頭一つ抜けた存在だった」と複数の元同級生が語っている。
津田塾を卒業した1986年、南場氏はマッキンゼー・アンド・カンパニーの日本法人に新卒入社した。当時のマッキンゼーは新卒採用がほとんどなく、女性アソシエイトはさらに少数派という極めて男性中心の文化だった。南場氏は入社後、消費財・通信・IT分野のグローバルプロジェクトで頭角を現し、入社2年目の1988年にハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に派遣留学する。HBSでは1990年6月にMBA(経営学修士)を取得した。HBSの同期からは「圧倒的にプロアクティブで、ケースディスカッションで誰よりも質問が鋭かった」「日本人留学生で唯一、米国人を本気で言い負かす存在だった」と評されている。
帰国後マッキンゼーに復帰した南場氏は、寝る間も惜しんで案件をこなす「プロフェッショナリズムの塊」と称され、1996年には日本人女性として歴代3人目のパートナー(共同経営者)に就任した。当時のマッキンゼー東京オフィスでは34歳でのパートナー昇格は最年少クラスであり、業界紙が大きく取り上げた。同時期にマッキンゼーで共に働いた元同僚たちは、南場氏について「クライアントの本音を引き出すヒアリング力」「データを徹底的に煮詰めて構造化する論理力」「会議の流れを一瞬で変えるユーモア」の三拍子を備えた稀有なコンサルタントだったと口を揃える。コンサルティングのプロジェクトリーダーとしてソニーグループのインターネット子会社ソネット(So-net)の戦略策定に深く関与した経験が、後にDeNA創業の直接的な引き金となる。
創業――ソネット案件から生まれたインターネットオークションの夢
DeNAの創業ストーリーは、1999年初頭にソニーのソネット担当者から南場氏に投げかけられた一言から始まった。「南場さん、いつも提案ばかりじゃなくて、自分でやってみたらどうですか」――この何気ない挑発に南場氏は心を動かされる。当時の南場氏は34歳、マッキンゼーで安定したキャリアを築いていたが、米国で勃興するインターネット商取引、特にeBayのオークション市場の急成長を目の当たりにし、「日本でも個人間取引のオークションが必ず巨大市場になる」と確信していた。
1999年3月、南場氏はマッキンゼーの同僚2名(川田尚吾氏、渡辺雅之氏)と共に、ソネットを筆頭株主とする形で有限会社ディー・エヌ・エーを設立、同年8月に株式会社化した。社名のDNAには「インターネットを通じて社会の遺伝子を書き換える」という宣言を込めた。初期の主力サービスは個人間オークション「ビッダーズ(Bidders)」で、ヤフー!オークションへの真っ向勝負を仕掛けた。しかし結果は手痛い挫折となった。ヤフオクが既に築いていたネットワーク効果の壁は厚く、外注先のシステム開発が「実は何も作られていなかった」という致命的なトラブルにも見舞われた。創業初年度に黒字化を計画していたが、結局4年間にわたって赤字が続いた。
それでもDeNAが生き延びられたのは、2000年3月に13億円、2001年に9.1億円という当時としては破格の資金調達に成功したからだ。リクルート、伊藤忠商事、JAFCOといった日本の主要VCと事業会社が南場氏の人物と構想に投資した。著書『不格好経営:チームDeNAの挑戦』(日本経済新聞出版、2013年)で南場氏は、この時期を「会社が潰れない奇跡を毎月味わいながら、社員に給与を払うために頭を下げ続けた」と振り返っている。
突破口となったのが2004年3月にローンチした携帯電話向けオークション「モバオク」だった。PC市場ではヤフオクに先行を許したが、当時黎明期だったフィーチャーフォン(ガラケー)のモバイル市場は競合がほとんど存在せず、DeNAは月額315円の有料会員制という当時のEC業界では型破りなビジネスモデルで一気にシェアを獲得した。FY2005のQ3にはモバイル売上がPC事業を上回り、会社の重心がモバイル領域へと完全に移った。続いて2006年に立ち上げたソーシャルゲームプラットフォーム「モバゲータウン(後のMobage)」が爆発的に成長し、2010年代前半にはDeNAは『怪盗ロワイヤル』『Rage of Bahamut』といった大ヒットタイトルを連発、グリーと並んでソーシャルゲームの二大巨頭として東証一部上場(当時)を果たした。
2011年の電撃退任――夫の闘病と「美談ではない交代劇」
2011年5月25日、業界に激震が走った。好決算を発表したばかりの大型連休明け、南場氏が突如、夫の闘病看護のため社長を退任すると発表したのだ。後任はCOOの守安功氏(当時37歳、東京大学大学院航空宇宙工学修了、日本オラクル経て1999年DeNA創業時にシステムエンジニアとして入社)が昇格、南場氏は非常勤の取締役へと退いた。実は同年4月28日の決算発表時点では「南場・守安両輪体制の続投」がIR上明示されたばかりで、社内外を問わず、これほど早い世代交代は誰一人予期していなかった。
南場氏の夫はマッキンゼーで共に働いた紺屋勝成氏で、連休明けに突如体調を崩し、手術と長期療養を要する重い病だと診断された。南場氏は迷わず仕事を脇に置き、看病に専念する道を選ぶ。2011年6月の日本経済新聞のインタビューで南場氏は「夫の病気にも圧勝する」と語り、経営者としての修羅場と家族の修羅場を同列に並べる姿勢が大きな共感を呼んだ。一方で当時の業界紙の一部は、ちょうどコンプガチャ問題や球団買収など同社が世論の批判を浴びていた時期の交代であったことから、退任の動機を巡って様々な憶測を報じた。本人がその後も繰り返し「夫の介護以外の理由は一切ない」と明言してきた経緯がある。
南場氏は退任後、夫を支えながら横浜DeNAベイスターズの経営に深く関わるようになる。2011年12月、TBSホールディングスから旧横浜ベイスターズの株式を約95億円で取得したDeNAは、当初赤字垂れ流しのお荷物球団と見られていた横浜を、徹底したファン体験設計と地域密着で再生していく。南場氏は2015年1月、プロ野球12球団史上初の女性オーナーに就任した。10年がかりで進めた横浜スタジアム改修、ハマスタを中心とした「ボールパーク化」、女性ファン取り込み策、データ・ドリブンな選手評価制度の導入などにより、横浜DeNAベイスターズは2024年シーズン、レギュラーシーズン3位ながら日本シリーズを制覇するという「3位の奇跡」を成し遂げた。スポーツビジネス論文では「ベイスターズ・モデル」と呼ばれる経営事例として国内外で頻繁に引用される存在となっている。
経団連史上初の女性副会長、そして政府の経済財政諮問会議委員へ
2021年6月、南場氏は経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)の副会長に就任した。1946年の経団連発足以来、実に75年間にわたって男性のみで占められてきた副会長ポストに初めて女性が座る歴史的人事だった。日本経済新聞は「経団連、ようやくの第一歩」と題し、長年続いた重厚長大企業の男性会長会議という閉鎖的な構造に風穴を開ける象徴的事件として大きく報じた。
南場氏の副会長就任は、当時の十倉雅和会長(住友化学)が主導した経団連改革の旗印として位置づけられた。南場氏はスタートアップ・新興企業の代表として、デジタル化、教育、女性活躍、スタートアップ・エコシステム整備といったテーマで政策提言を主導し、岸田政権下で開催された「新しい資本主義実現会議」や「教育未来創造会議」でも積極的に発言した。特にスタートアップ庁構想、エンジェル税制改革、ストックオプション税制の合理化、若手起業家の海外修行支援プログラム「The Startup」などの政策実現に大きく貢献している。経団連内では「南場副会長の発言は常に若い世代の現実から組み立てられる」「重厚長大企業の代表たちが普段聞かない論理を持ち込む」と評価され、女性活躍だけでなく世代間ダイバーシティの推進役としても機能している。
さらに2025年11月、南場氏は内閣府の経済財政諮問会議の民間議員に就任した。同会議は首相と関係閣僚、日銀総裁、財界・学界の有識者4名(民間議員)で構成される、日本の経済財政運営に関する最重要会議体である。経団連副会長と経済財政諮問会議委員という、日本の政策形成における「最も重い椅子」を女性で初めて占めた人物が南場氏だ。米国時代に培ったハーバード流のディスカッション文化と、新潟の負けず嫌い精神を併せ持つ南場氏は、官僚作文を遠慮なく切り捨てる姿勢で会議の議論を活性化させているとされる。

「AIにオールイン」宣言と1年の進捗――生産性向上の影で生まれた「ジレンマ」
南場氏の社長復帰の伏線は、2025年4月に同氏自身が打ち出した「AIにオールイン」宣言にあった。生成AI、特にClaudeやGeminiといった汎用大規模言語モデル、そしてAnthropic社が提唱したAIエージェント時代の到来を「インターネット黎明期と並ぶパラダイムシフト」と位置づけ、DeNAは全社的なAIネイティブカンパニーへの転換を宣言した。具体的な戦略は三つで、第一に全社生産性向上、第二に既存事業の競争力強化、第三に新規事業の創出とグロースである。
宣言から1年が経過した2026年3月、南場氏は自社イベント「DeNA × AI Day 2026 Proof.」で進捗を率直に共有した。プロダクト開発の一部プロジェクトでは作業の95%をAIエージェントが代替する事例が生まれ、リーガルチェック業務は90%効率化された。Gemini Advancedの全社員導入、開発・テスト工程へのDevinなどAIエージェントの全面導入も進んだ。2025年12月には社内のAI活用事例100件を体系化した『DeNAのAI活用事例100選』を一般公開し、AIエージェントの実装手法、評価指標、人材育成、ガバナンスまでをカバーする実務知の宝庫として、企業のAI担当者の間で大きな反響を呼んだ。
しかし南場氏は同時に深刻なジレンマを告白する。「効率化は進んだ。ところが作業が楽になった分、社員は自ら仕事を詰め込むことが分かった」――真面目な社員ほどAIで生まれた余剰時間を、新規事業ではなく既存事業の追加業務に充てていたのだ。当初の「3,000人のうち半数を新規事業にシフトし、10人1組でユニコーン企業を量産する」というビジョンは、社員の自発的な「真面目さ」によって停滞していた。南場氏は「マネジャーの人事評価指標に『人材の輩出』を組み込み、より乱暴とも言えるリーダーシップで配置転換を進める必要がある」と語った。この「乱暴さの必要性」発言は、その後の社長復帰の根本的な動機となったと多くの報道が指摘している。
DeNAのAI戦略を象徴する具体的なプロダクトとして、2026年4月21日にDeNA AI LinkがTHAと共同で提供開始した「リーダーズAI」がある。これは経営者やリーダーの思考・判断基準・暗黙知をAIエージェント化し、「あの人に聞かないと分からない」を社内の誰もが瞬時に解消できるエンタープライズ向けサービスで、第一三共ヘルスケアでの初導入を皮切りに、複数の大企業がパイロット導入を進めている。THAが先行提供してきた中小企業向け「AI社長」の知見と、DeNAグループのプロダクト運営力を融合させた点が業界から注目を集めている。さらにDeNAは2027年度新卒採用から、職種の枠を超えてAIで価値を生む人材を育てる「AIジェネラリスト」コースを新設し、既存の「AIスペシャリスト」コースと併走させる二本立て採用に移行した。

15年ぶりの社長復帰会見――「永久ベンチャー」の決意
2026年5月12日、DeNAは同日午後にオンラインで開催した2026年3月期通期決算説明会と並行する形で、南場智子取締役会長の代表取締役社長兼CEO復帰、岡村信悟代表取締役社長兼CEOの代表取締役会長就任を発表した。発効は同年6月27日の第28回定時株主総会後となる。南場氏の社長復帰は実に15年ぶりであり、創業者が15年のブランクを経て社長に戻る事例は、上場企業では極めて異例である。
決算説明会で南場氏は復帰の理由をこう語った。「株価が横ばいになっているのが悔しい。成長企業と見られるDeNAにもう一回しっかりなろう、ということで決定した」「DeNAは永久ベンチャーだ。3年をめどに組織改革を成し遂げる」――「永久ベンチャー」というキーワードは、南場氏が以前から繰り返し用いてきた経営理念であり、規模が大きくなっても挑戦の遺伝子を失わないという同社の自負を体現する言葉だ。南場氏はさらに、AIによる産業構造の地殻変動を「インターネット黎明期と並ぶ第2の創業」と表現し、AI領域への重点投資・組織改革・M&A・新規事業創出を全面加速する方針を明確にした。
会見と同時に発表された決算は厳しい内容だった。2026年3月期の連結業績は売上収益が前期比9.9%減の1,477億円、営業利益は35.5%減の186億9,400万円、最終利益は21.3%減の190億4,800万円と減収減益で着地した。原因は『ポケポケ』が2024年10月のローンチ直後の歴史的初速から想定どおりに反動減に入ったこと、医療系子会社アルムののれん減損損失96億円を計上したことだ。セグメント別ではゲーム事業の営業利益が23%減の296億円となる一方、ライブストリーミング事業はPocochaの法人向け強化が奏功して39億円の黒字に転換した(前期は2億1,000万円の赤字)。南場氏は減収減益の背景を率直に説明したうえで、「ヒット作の継続的な発掘とAI軸の新規事業の量産で次の成長カーブを描く。それを創業者として責任を持ってやり切る」と語った。
岡村信悟氏の側は、東京大学大学院人文科学研究科で中国古代史を学んだ後、1995年に郵政省(現総務省)に入省した異色の経歴を持つ。総務省で情報通信政策に深く関与したのち、2016年4月にDeNAに入社し、横浜スタジアム代表取締役社長、横浜DeNAベイスターズ代表取締役社長を経て2021年4月に同社の社長兼CEOに就任した5年余の在任で、ベイスターズの日本一達成、Pocochaの黒字化、『ポケポケ』のグローバル大ヒットといった成果を残した実務派経営者だ。今回の人事で代表権のある会長として残ることになり、岡村氏は社内向け書簡で「南場とのツートップで、3年計画を必ずやり切る。これはDeNAにとっての復活と進化の3年間だ」と表明している。
報道各紙の論調――「背水の復帰」と「市場の低評価への決別」
南場氏の社長復帰について、日本の主要メディアは概ね好意的かつ慎重な評価を示している。日本経済新聞は「DeNA、南場智子会長が15年ぶり社長復帰 事業モデル変革へCEO兼任」(5月12日付)として速報し、続く分析記事「南場氏DeNA社長復帰、AI全振りで第2の創業 野球以外は多角化不発」(5月13日付)では、横浜DeNAベイスターズ以外の多角化事業の伸び悩みと株価が2011年のピークを下回ったまま停滞している現実を率直に指摘した。日経はその上で、南場氏が標榜する「AI全振り」を成長軌道再起動の決め手と位置づけている。
時事通信は「DeNA、南場会長が社長復帰 15年ぶり、創業者自ら改革」(5月12日付)として、創業者主導の改革と政府の経済財政諮問会議委員という南場氏の立場との連動性に注目した。ITmedia ビジネスオンラインは「DeNA南場会長、背水の社長復帰 3年で挑む“AI全振り”と『市場の低評価』からの決別」と題し、「背水」というキーワードを掲げて、株価低迷・ポケポケ反動減・多角化不発の三重苦に対する創業者の責任の取り方として復帰を位置づけた。新潟日報や東奥日報など地方紙も、新潟出身の南場氏の社長復帰を「郷土の星」として温かく報じ、特に新潟日報は「DeNA、南場智子会長(新潟市出身)が社長に復帰 創業者として変革をリードする視線の先は…」と題して、新潟の進学校から世界へ飛び出した一人の女性経営者の人生サイクルとして読み解いた。
論壇プラットフォームのアゴラには、「南場智子氏が社長に復帰するDeNAは再生するか?」と問う論考が掲載され、南場氏の「若い人にチャンスを与え失敗を許す心の広さ」を高く評価する一方、「DeNAの明確なアイデンティティが必ずしも構築できていない」「スマホゲームは本質的に流行性ビジネスでヒット依存」といった構造的課題を指摘した。海外メディアでは、Bloomberg、Reuters、Financial Timesがいずれも「Japanese internet pioneer Tomoko Namba returns as CEO to lead AI overhaul」のトーンで取り上げ、特にBloombergは「One of Japan's most prominent female business leaders returns to operational helm at age 64」と表現し、日本のCEO人事における女性経営者の存在感の象徴的事例として位置づけた。
VC視点で読み解く――3年で何を成し遂げるべきか
VC(ベンチャーキャピタル)の視点から南場氏の復帰を解釈すると、これは単なる人事ニュースの域を超えて、日本の上場テック企業が「AIエージェント時代の経営構造」をどう設計するかという、より普遍的な問いに対する一つの解答実験として読み解ける。米国ではOpenAIのSam Altman氏、AnthropicのDario Amodei氏らが「数人で運営するユニコーン」の可能性を繰り返し語り、欧州ではMistral AIが少数精鋭で急成長している。日本にも同じ波が押し寄せているが、3,000人規模の上場企業が組織ぐるみで小さな単位に分裂・再構成し、複数のユニコーン候補を同時並行で育てる試みは前例がない。
第一の論点は組織設計だ。AIによって個人の生産性が20倍に達する事例が現実に生まれている今、組織はピラミッドからネットワーク状の「アメーバ+AI」へと再構築される必要がある。南場氏が掲げる「10人1組でユニコーンを量産する」モデルは、米シリコンバレーのスタジオ型スタートアップ(Atomic、Pioneer Square Labs、Founders Fundの社内スタジオ等)と、日本企業の組織文化を融合させる試みと位置づけられる。VCの観点では、これがうまく回り始めれば、DeNAは「上場企業の中で最も多くのユニコーン候補を量産する企業」になる可能性がある一方、停滞すれば既存事業の足を引っ張る組織分裂リスクも内包している。
第二の論点はキャッシュフローの再配分だ。DeNAは時価総額3,126億円、自己資本比率約70%という極めて健全な財務体質を持つ。ポケポケが生み出した潤沢なキャッシュをどこに振り分けるか――既存事業の防衛か、新規AIスタートアップ群への投資か、M&Aによる時間の購入か――この選択は3年間の業績を大きく左右する。すでにDeNAはデライト・ベンチャーズを通じた起業家支援やDeNA AI Linkを通じた企業向けAI提供を進めており、過去にはタクシー配車サービス「GO」やAIスタートアップ「ALGO ARTIS」を生み育てて独立させた実績を持つ。今後3年で同社が買収・出資・スピンアウトでどのような布陣を組むかが、日本のAI VC市場全体の流動性にも影響を与える可能性がある。
第三の論点は資本市場との対話の再設計だ。南場氏が会見で「成長企業と見られるDeNAにもう一回しっかりなろう」と語った真意は、株価がPBR1.18倍に留まる現状を、AI企業としての成長プレミアムが乗る評価へと転換させたいという経営者の意思表明である。これを実現するには、四半期ごとに具体的なAI事業のKPI(リーダーズAIの導入企業数、新規事業のARR、AIによる生産性向上の定量化など)を継続的に開示し、市場との対話を再構築する必要がある。米国のテック企業が「AI×プラットフォーム」のナラティブで時価総額を数倍に伸ばしてきたように、DeNAも自社のストーリーを「ゲーム+多角化」から「AIネイティブ・カンパニー」へと書き換える必要があるとVCコミュニティでは語られている。
今後の動き――2026年下期から2029年までの注目点
最初の重要なマイルストーンは2026年6月27日の第28回定時株主総会である。ここで南場氏の社長復帰と岡村氏の代表取締役会長就任が正式承認され、新体制が始動する。総会後の役員人事では、AI担当の新設役員、新規事業担当役員の若返り、社外取締役の増員などが見込まれている。発表によれば取締役は計28名規模の体制刷新となる予定で、AIネイティブな組織への切り替えを象徴する人事として注目されている。
2026年下期には、新中期経営方針の発表が予想される。これまでDeNAはROE 8%を目標として掲げてきたが、AI戦略の本格始動を機に、新たに「AIによる労働生産性指標(一人当たり営業利益、AIエージェント運用数、新規事業ARRの伸長率など)」を組み込んだ多面的なKPI設計が示される可能性が高い。並行して、AI Day 2026の続編やリーダーズAIの大型導入事例の発表など、企業向けAIサービスの拡販に直結するマーケティング活動が加速する見通しだ。ワンダリア横浜の正式開業に伴うエンタメ×AI×リアル空間の融合実証も、2026年下期から2027年上期の話題となる。
2027年3月期の決算は、南場体制1年目の成果が問われる節目となる。市場のコンセンサスは現時点で営業利益200億〜250億円程度を見込むが、AIによる生産性向上、リーダーズAIの売上拡大、新規事業のスケール次第ではこのレンジを大きく超える可能性も指摘される。同時に、ヘルスケア事業の構造改革、Pocochaの法人向け事業の本格マネタイズ、横浜DeNAベイスターズの興行収入最大化、川崎ブレイブサンダースのアリーナビジネス強化など、複数のレバーが同時に引かれる。
2028年〜2029年にかけては、南場氏が宣言した「3年で組織改革を成し遂げる」期限を迎える。この時期に注目すべきは三点ある。第一に、AIによって10人1組で立ち上げられた新規事業のうち、何件が独立可能なユニコーン候補となるか。第二に、株価とPBRがAI企業としての成長プレミアムを取り戻せたか。第三に、南場氏自身が次の世代の経営者にバトンを渡す準備をどう進めるかである。今回の復帰は明確な3年計画であり、その先には新世代CEO育成と、おそらくは南場氏自身がより政策・財界活動へとシフトする青写真があると複数の関係者が指摘している。経済財政諮問会議の民間議員という重責も担う南場氏が、企業経営と政策形成の両輪を回しながら日本のAI産業政策にどう関与していくかは、産業界全体にとっての重要な観察ポイントとなる。
DeNAという「永久ベンチャー」が、創業者の指揮の下で再びリスクを取りに行く決断――この3年間は、日本の上場テック企業がAIエージェント時代をどう生き延びるかの大型実験として、VCコミュニティ、経営学者、政策当局のすべてが注視する期間となるだろう。1999年にビッダーズという小さなオークションサイトから始まった会社は、四半世紀を経て、再び創業者の手で「世界の社会の遺伝子を書き換える」挑戦の入り口に立っている。
Sources
- DeNA、南場智子氏が社長兼CEOに復帰へ - ITmedia NEWS
- DeNA南場会長、背水の社長復帰 3年で挑む“AI全振り”と「市場の低評価」からの決別 - ITmedia ビジネスオンライン
- DeNA、南場智子会長が15年ぶり社長復帰 事業モデル変革へCEO兼任 - 日本経済新聞
- 南場氏DeNA社長復帰、AI全振りで第2の創業 野球以外は多角化不発 - 日本経済新聞
- DeNA、南場会長が社長復帰 15年ぶり、創業者自ら改革 - 時事ドットコム
- DeNA、南場智子会長(新潟市出身)が社長に復帰 - 新潟日報
- DeNA南場氏が社長復帰 変革リードに創業者必要 - 東奥日報
- 南場智子氏が社長に復帰するDeNAは再生するか? - アゴラ
- DeNA、26年3月期決算は売上収益9%減、営業益35%減に - gamebiz
- 「AIにオールイン」宣言から1年、DeNA南場会長が明かす進捗 - ITmedia AI+
- DeNA南場智子が語る「AI時代の会社経営と成長戦略」全文書き起こし - フルスイング by DeNA
- DeNAが挑む「AIネイティブカンパニー」への全社的取り組み - フルスイング by DeNA
- 掛け声だけではない「AIオールイン」の実態 - フルスイング by DeNA
- DeNA × AI Day 2026 Proof.
- リーダーの思考をAI化するエンタープライズ向けサービス『リーダーズAI』 - DeNA公式
- 「あの人に聞かないとわからない」が解消する『リーダーズAI』提供開始 第一三共ヘルスケアで初導入 - DeNA公式
- DeNA、2027年度新卒採用より「AIジェネラリスト」コースを新設 - DeNA公式
- DeNA事業紹介ページ - DeNA公式
- DeNA Our People(役員一覧) - DeNA公式
- 南場智子 - Wikipedia(日本語版)
- Tomoko Namba - Wikipedia(英語版)
- 守安功 - Wikipedia
- 経団連、初の女性副会長にDeNA南場氏 - 日本経済新聞
- 女性活躍、経団連ようやく第一歩 DeNA南場氏副会長に - 日本経済新聞
- 「夫の病気にも圧勝する」 DeNA南場社長、退任への思い - 日本経済新聞
- DeNA、家族看病で南場社長が退任 後任に守安取締役 - 日本経済新聞
- 専門は中国古代史で総務省出身 DeNAが10年ぶりに社長交代 - ニュースイッチ
- DeNAの歴史 | 長期業績の推移 | 経営判断 - the-shashi.com
- マッキンゼーではトコトン仕事をする姿勢を身につけた|DeNA取締役ファウンダー 南場智子氏 - 外資就活ドットコム
- 株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)ファウンダー 取締役 南場智子 - 東京大学
- Tomoko Namba, DeNA Co Ltd: Profile and Biography - Bloomberg Markets