要旨
弱冠 25 歳の MIT 中退組がわずか 3 年で年間経常収益 20 億ドル(約 3,000 億円)を達成し、SpaceX による 600 億ドル(約 9 兆円)の買収オプション付き提携を勝ち取った。本稿は Cursor を提供する Anysphere の CEO Michael Truell の生い立ちから創業物語、シリコンバレー VC の冷ややかな懐疑と熱狂が同居する評価まで、最新の 2026 年 5 月時点のソースで多角的に掘り下げる。

Anysphere と Cursor とは何か
Anysphere, Inc. は、サンフランシスコに拠点を置く AI スタートアップで、2022 年に MIT の 4 人の学生が立ち上げた会社である。同社が提供するフラッグシップ製品が、AI ネイティブのコードエディタ「Cursor」だ。Microsoft 製の人気エディタ Visual Studio Code を「フォーク」(オープンソースのコードベースを枝分かれさせて改造)した上で、Anthropic の Claude や OpenAI の GPT、さらには Anysphere 自社開発の Composer モデルなどを統合し、開発者が自然言語で指示するだけでファイルをまたぐ複雑な変更を自動生成できる点が特徴である。
Cursor の主要機能は、コードを書きながら次の数行を予測する「Tab」補完、コードベース全体を意味的にインデックスして自然言語で質問できる「Codebase Chat」、自律的に複数ファイルを編集する「Agent Mode」、GitHub のプルリクエストを自動でレビューしバグやセキュリティ脆弱性を指摘する「Bugbot」(2025 年 7 月リリース、月額 40 ドル=約 6,000 円)など多岐にわたる。料金体系は、無料の Hobby プランから、月額 20 ドル(約 3,000 円)の Pro、月額 200 ドル(約 3 万円)の Ultra プランまでの個人向け課金と、ユーザー単価 40 ドル(約 6,000 円)以上のチーム/エンタープライズ向け料金が並ぶフリーミアム型 SaaS だ。
同社の急成長ぶりは SaaS 業界の歴史を塗り替えた。年間経常収益(ARR)は 2025 年 1 月に 1 億ドル(約 150 億円)を超え、同年 6 月に 5 億ドル(約 750 億円)、11 月に 10 億ドル(約 1,500 億円)、そして 2026 年 2 月にはついに 20 億ドル(約 3,000 億円)に到達した。これは Slack、Zoom、Snowflake をはじめとするあらゆる B2B SaaS 指標を上回るスピードであり、Crunchbase の集計によれば B2B ソフトウェア史上最速の成長軌道である。フォーチュン 500 企業のおよそ 67% が Cursor を利用しており、エンタープライズ売上が総売上の約 6 割を占めるまでになった。
ニューヨーク・ホレースマンで芽生えた天才性
Michael Truell(マイケル・トルエル)は 2000 年前後にニューヨーク市で生まれ育ち、ブロンクス区にある名門私立校ホレースマン・スクールに通った。同校は J. ロバート・オッペンハイマーや作家のジャック・ケルアックを輩出した歴史を持つ、米北東部でも屈指のプレップスクールである。両親や家族構成についてはあえて表に出していないが、複数のインタビューによれば、彼が「コードに本気で恋をした」のは 11 歳のとき、自分でモバイルゲームを作りたい一心で独学でプログラミングを始めたことがきっかけだったという。
ホレースマン在学中の Truell は、すでに同年代の少年たちとは隔絶した存在だった。同校の同級生 Benjamin Spector とともに、2016 年(Truell 14〜15 歳のころ)に「Halite」というオンライン AI プログラミング競技プラットフォームを共同開発した。Halite は誰でも自作の Bot をアップロードして仮想ゲーム盤上で他者の Bot と戦わせられる仕組みで、初学者でもすぐ参加できる一方、強化学習やヒューリスティック探索に通じた熟練プログラマーにも歯ごたえのある奥行きを持たせるという、極めて野心的な設計思想で作られていた。Halite は後に金融大手 Two Sigma と提携して 2 シーズンを開催し、世界中から 5,500 人を超える参加者を集める「学生発のグローバル競技プラットフォーム」へと成長した。
この功績によって Truell と Spector は、2017 年に米計算機学会(ACM)と米コンピュータ科学教師協会(CSTA)が共同で授与する「ACM/CSTA Cutler-Bell Prize in High School Computing」を受賞している。同賞は全米の高校生プログラマーに毎年 4 名のみ与えられる最高峰の栄誉で、賞金 1 万ドル(約 150 万円)と AT&T 主催のテック・ジャンボリーへの招待が伴う。受賞のための条件は「コンピュータサイエンス分野で並外れた業績を残し、知的革新と社会的インパクトを両立させていること」とされ、ACM のプレスリリースは Halite を「自分自身も学び、同時に世界中の若者にも学習機会を提供した稀有なプロジェクト」と評した。
加えて Contrary Research のレポートによれば、Truell は USA Computing Olympiad(USACO)のファイナリストであり、国際情報オリンピック(IOI)にも触れる経歴を持つ。同レポートは彼を「14 歳でプログラミング・ゲームを作り上げた早熟の天才」と紹介している。なお、ホレースマンを共に過ごした Spector も後にプリンストン大学で機械学習を専攻し、別の AI スタートアップに身を投じる存在になっており、二人の関係は「アメリカ東海岸の高校発スター・プログラマー」の典型例として、教育界でもしばしば引き合いに出される。
MIT 入学と「人生を変えた」グーグル夏期インターン
ホレースマン卒業後、Truell はマサチューセッツ工科大学(MIT)に進学し、コンピュータサイエンスと数学のダブルメジャーを選択した。MIT 在学中の彼は、純粋数学・統計学の研究、LLM ベースのレコメンデーションシステム、創薬パイプライン向け高スループット計算など、極めて多岐にわたる分野で研究助手を務めている。本人がパーソナル・サイト mntruell.com で簡潔に列挙している経歴は、それだけで通常の修士課程修了者数人分に相当するボリュームだ。
しかし、後の Anysphere 誕生に直結する転機は、18 歳の夏に獲得したグーグルでの夏期インターンシップだった。Truell が配属されたのはニュースフィードのランキングを担当するチームで、彼自身が後に LinkedIn のプロフィールで「フィードランキングのための言語モデル(language models for feed ranking)」と紹介した、まさに後の GPT 時代を先取りするような業務に取り組んでいた。Fortune 誌が 2026 年 4 月 22 日の特集記事で詳細に伝えたところでは、このインターン中に Truell は、Facebook や Airbnb の初期投資家として知られる Ali Partovi と運命的に出会う。
Partovi は当時、若手エンジニア向けの育成プログラム「Neo Scholars」のスカウト活動を行っており、Truell に書面式のコーディングテストを課した。Truell はこのテストを Partovi が「これまで見たことがないほどの記録的なスピード」で解き終えたという。Forbes 誌は Partovi のコメントとして「Truell が将来何を作ろうと、私はそれに投資する」と即座に決断したと伝えており、後の Anysphere のごく初期のラウンドで Partovi は実際に小切手を切ることになる。Truell 自身は MIT 在学中、グーグル以外にも金融工学の Two Sigma や、創薬テック Octant でもインターンを経験しており、Contrary Research は「彼の学生時代のインターン履歴は MBA 学生のクラスメート全員分を合わせても並ばない」と評している。
CAD ツールで「砂漠をさまよった」創業初期
Anysphere は 2022 年、Truell が MIT 在学 3 年目の 22 歳のときに、同級生の Aman Sanger、Sualeh Asif、Arvid Lunnemark の 3 人と共同で創業された。創業時の合言葉は「コーディングを根本から作り直す(reinvent coding)」だったが、当初、彼らが着手したのはまったく違う領域、すなわち機械工学の CAD(Computer-Aided Design)ソフトウェアに対する AI オートコンプリート機能だったというのは、現在に至るまでファウンダー界隈で語り草となっているエピソードである。
2026 年 4 月の Fortune インタビューで Truell は当時を「砂漠をさまよっていた(wandering in the desert)」と振り返っている。理由は単純で、4 人とも機械工学のドメイン知識を一切持っていなかったからだ。CAD ユーザーの真のペインポイントが理解できないまま設計したプロトタイプは、想定ユーザーからは「面白いけれど自分の仕事には合わない」と冷ややかに受け止められた。それでも創業期に Ali Partovi の Neo Scholars プログラムを通じて 40 万ドル(約 6,000 万円)のプレシード資金を 2022 年 4 月に確保していたことが、彼らに「方向転換する時間」を与えた。
転機が訪れたのは 2022 年の半ばである。GitHub Copilot が一般公開された後、4 人は熱心にこれを使い込みながら「VS Code のプラグインとしての Copilot には根本的な天井がある」と感じていた。Truell は Lex Fridman のポッドキャストでこの時期を回想し、「私たちは本当に心の底からコーディングの未来にワクワクしていることに気づいたんだ(we realized we were really inherently excited about the future of coding)」と語っている。同年夏、4 人は機械工学向けプロダクトを完全に放棄し、AI ファーストの統合開発環境(IDE)を一から作るという賭けに打って出た。VS Code を一からスクラッチで置き換えるのではなく、フォークしてユーザーの学習コストを最小化するという判断は、後にユーザー獲得を爆発的に押し上げる決定的な戦略となる。
2023 年 3 月、Cursor の最初の公開版がリリースされた。同年、Anysphere は OpenAI Startup Fund 主導の 800 万ドル(約 12 億円)のシードラウンドを獲得し、OpenAI のアクセラレータ・プログラムも卒業している。Truell は「最初の 10 人の採用には半年かけてもいい(agonized over the first hires)」「最初の 10 人を正しく選び抜くことが、将来の組織を加速させる」と語り、極端に少数精鋭の初期メンバー構成を貫いた。Anysphere の社員 1 人当たり ARR は、2026 年初頭時点でソフトウェア企業として史上最高水準とされ、Contrary Research と JobsByCulture は、いずれも「245〜300 名程度の少数チームで 20 億ドル規模の ARR を回している」と分析している(一部メディアの「社員 50 人」表記は古い数字で、現在は数百名規模に達している)。
仲間たち、そして「優秀な共同創業者の去り際」
Truell が共同創業者として迎えた 3 人は、いずれも MIT 屈指の俊英だった。Aman Sanger は医療 AI とエンタープライズ機械学習で実績を積み、現在は Anysphere の最高執行責任者(COO)として全社オペレーションを統括している。2025 年版の Forbes 30 Under 30 にも選出された。Sualeh Asif は最高プロダクト責任者(CPO)として Cursor のプロダクト戦略を率いており、特筆すべきは出身国パキスタンの代表として国際数学オリンピック(IMO)に出場した経験を持ち、IBM 在籍時にはニューラル機械翻訳の研究に従事していたという経歴である。Arvid Lunnemark は IOI でメダルを獲得した競技プログラミング出身者で、Stripe や Jane Street でのインターン経験を経て、Anysphere の創業期 CTO を務めた。
ところが Anysphere の物語は、4 人組のサクセス・ストーリーで完結しなかった。Wikipedia や複数のメディアが伝えているように、Arvid Lunnemark は 2025 年 10 月、安全志向の AI 研究ラボ「Integrous Research」を立ち上げるために Anysphere を離れた。離脱は友好的なものとされ、Truell はあるインタビューで「我々は AI コードエージェントが日常になる世界を作ろうとしているが、その先で求められる『安全に巨大な能力を持つ AI』の研究も同じくらい重要だ」と Lunnemark の決断を支持している。シリコンバレーの VC 関係者によれば、Lunnemark のような研究志向の人材がエージェント型 AI の能力拡張から「安全性」に軸足を移したこと自体が、業界の成熟段階を示すシグナルとして捉えられている。
社内文化について、JobsByCulture の集計では Glassdoor 総合評価が 5 点満点中 4.7 と非常に高く、価値観・カルチャー(4.7)、ダイバーシティ&インクルージョン(5.0)が抜きん出ている一方、ワークライフバランスは賛否両論で、3.5〜4.8 まで評価が割れる。月給ベースで個別エンジニアの総報酬中央値は 80 万〜110 万ドル(約 1.2 億〜1.65 億円)レンジに達するというデータもあり、シリコンバレーでも 1 人当たり付加価値が最も高い職場の一つと評されている。採用面接では「最初のラウンドで AI ツールを使ってはならない」「世界中どこにいる候補者でも会いに行く」「実際のコードベースを使った課題を課す」など、ハリウッド映画的とも言えるエピソードがメディアに頻出する。

$29.3B → $50B → $60B、半年で 2 倍化する評価額の謎
資金調達の歴史を時系列で追うだけでも、Anysphere がいかに異常なペースで投資家の熱狂を掴んでいったかがわかる。2022 年 4 月、Neo Scholars 経由のプレシード 40 万ドル(約 6,000 万円)。2023 年 10 月、OpenAI Startup Fund 主導の 800 万ドル(約 12 億円)シード。2024 年 7 月には 6,000 万ドル(約 90 億円)のシリーズ A で、評価額 4 億ドル(約 600 億円)。2025 年 6 月のシリーズ C では 9 億ドル(約 1,350 億円)を 99 億ドル(約 1.5 兆円)のバリュエーションで調達した。
そして 2025 年 11 月 13 日、Cursor の公式ブログと CNBC は、Accel と Coatue Management が共同リードを務めるシリーズ D ラウンドで 23 億ドル(約 3,450 億円)を 293 億ドル(約 4.4 兆円)のポストマネー評価額で調達したと発表する。既存投資家の Andreessen Horowitz と Thrive Capital に加え、戦略投資家として NVIDIA と Google が新たに参加した。同社ブログは「300 人を超えるエンジニア、研究者、デザイナー、オペレーターのチームで、世界最高の AI コードエディタを目指す」と高らかに宣言している。
ここから先の動きは、シリコンバレー史でも稀に見るスピード感だ。TechCrunch が 2026 年 4 月 17 日のスクープで報じたところによれば、Anysphere は新たに 20 億ドル(約 3,000 億円)超の調達をおよそ 500 億ドル(約 7.5 兆円)の評価額で進めており、Andreessen Horowitz と Thrive Capital が再びリードを取る、Battery Ventures が新規参加候補として浮上、戦略投資家として NVIDIA も継続――というラインアップが組まれた。「ラウンドはすでにオーバーサブスクライブ(応募過多)」というのが TechCrunch の関係筋情報だが、TechCrunch 自身が記しているように「条件は流動的でまだ最終確定していない」。なお Newcomer のスクープでは、関係筋情報として「最大 50 億ドル(約 7,500 億円)の規模で、評価額は 600 億ドル(約 9 兆円)に達しうる」とも言及されており、報道機関ごとに数値に揺れがある点はそのまま明記する必要がある。
そして 2026 年 4 月 21 日――TechCrunch、CNBC、Bloomberg がほぼ同時に伝えた衝撃のニュースが、Elon Musk 率いる SpaceX が Anysphere を 600 億ドル(約 9 兆円)で買収する「権利」を取得したという発表である。SpaceX は xAI と 2026 年 2 月に統合(自社評価額 1.25 兆ドル=約 187.5 兆円)し、6 月 12 日に Nasdaq 上場を控える状況にあった。買収契約はオプション形式で、SpaceX が 2026 年中に買収を実行しない場合は、共同で進めている開発作業の対価として「ブレイクアップフィー」10 億ドル(注:CNBC は「100 億ドル=約 1.5 兆円」と報じており、媒体によって数値に揺れが残るため要注意。本記事では Bloomberg / CNBC が一致して報じた「100 億ドル」を採用する)を Cursor に支払うという、極めて異例の構造をとっている。SpaceX の IPO 目論見書は 5 月 20〜21 日に公開される見込みとされ、その後 30 日以内に正式買収を発表する展開が業界では予想されている。

VC の本音、媒体の温度差――「passé か、次の大物か」
Cursor を巡る現在のシリコンバレー VC コミュニティの空気感は、ジャーナリストの Eric Newcomer が彼のニュースレターで端的に言い当てている――「ある企業が同時に『時代遅れ(passé)』と『次の大物(next big thing)』だと宣言される、こんなことが本当に可能だろうか?」というのだ。Newcomer は Anysphere をめぐる投資家たちの議論が、ここまで激しく二極化したケースを過去 10 年で見たことがないと述べている。
Andreessen Horowitz と Thrive Capital の動きは、業界における「コンビクション派(強い確信を持つ派)」の代表例だ。Bloomberg は 2026 年 4 月 22 日の解説記事で、両社が SpaceX のオファーをそのまま受ければ、シードからシリーズ D までの累計投資から「数倍規模のリターン」を一気に確定できる――まさに棚ぼたの大型 IPO 級リターンであると指摘した。a16z は 2026 年の最新ファンドで「AI アプリケーションとインフラ」セクターに 34 億ドル(約 5,100 億円)という同社史上最大の単一セクター・コミットメントを行っており、Anysphere はその看板ポートフォリオである。Marc Andreessen 自身が公の場で繰り返している「ソフトウェアがソフトウェアを書く時代」というナラティブの中核に Cursor を据える戦略的意図は明白だ。
その一方で、慎重派や懐疑派の声も同じくらい大きい。Contrary Research の事業分析は「Cursor は基盤モデルを Anthropic と OpenAI に依存しており、コア技術の支配権を持たない構造的脆弱性がある」と指摘する。同レポートはまた、「個人開発者向けセグメントでは粗利が赤字のままであり、エンタープライズで黒字化したとはいえ、ユニットエコノミクスは未だに証明されていない」と書いている。AInvest や Tech-Insider のアナリストは「2025 年から 2026 年初頭にかけての爆発的な ARR 成長は、AI コーディング・ツールの一時的な採用ウェーブを反映したものに過ぎず、持続的競争優位の証ではないかもしれない」と警鐘を鳴らす。
競合勢の追い上げも凄まじい。Pragmatic Engineer による 2026 年 2 月の調査では、エンジニア 906 人を対象としたアンケートで Anthropic の Claude Code が「最も愛されている AI コーディングツール」首位(46%)に立ち、SemiAnalysis は Claude Code が 2026 年 3 月時点でパブリック GitHub コミット全体の約 4% を生成しており、年末には 20% に達する可能性を予測している。OpenAI Codex は週次アクティブユーザーが直近 1 か月で 200 万から 300 万に膨張、Codex のチーム導入は 2026 年だけで 6 倍に伸びた。Microsoft の GitHub Copilot は依然として 470 万人の有償ユーザーとフォーチュン 100 の 9 割という巨大なディストリビューションを握っており、業界市場シェアの約 37% を維持している。一方、Codeium が開発する Windsurf は 2026 年初頭のわずか 1 か月の間に所有権が 3 度変わるという混乱を経験しており、業界の再編がいかに苛烈に進んでいるかを示している。
中国 AI 規制とラスト・マイル――2026 年後半に何が来るのか
シリコンバレーの楽観的なムードに冷や水を浴びせたのが、米下院による調査だ。2026 年 4 月 29 日、Semafor のスクープと米下院の正式リリースで、共和党のジョン・ムーレナール下院議員(中国に関する米下院特別委員会委員長、ミシガン州選出)とアンドリュー・ガルバリーノ下院議員(国土安全保障委員会委員長、ニューヨーク州選出)が連名で Anysphere と Airbnb 宛に書簡を送付したことが明らかになった。問題視されているのは、Anysphere が 2026 年 3 月にリリースした自社モデル Composer 2 が、中国・北京の Moonshot AI が開発するオープンソースモデル「Kimi K2.5」を継続事前学習のベースに用いている点である。書簡は「中国製 AI モデルの選択経緯、安全性審査の有無、Moonshot AI 等とのコミュニケーション履歴」を 30 日以内に開示するよう求めており、回答内容次第ではエンタープライズ販売に対する規制リスクが顕在化する可能性がある。
加えて、Anysphere は技術面での「ラスト・マイル」課題にも直面している。Business Standard が 2026 年 5 月 7 日に公開した解説記事は、Elon Musk が SpaceX を通じて Cursor を取り込もうとしているのは、「AI のラスト・マイル」――すなわち推論用 GPU の確保、専有データセンター、リアルワールドの製造業データへのアクセスなど、Cursor 単体では絶対に超えられない壁を Musk が一気に解決できる立場にあるからだと分析する。実際、TechCrunch は 4 月 17 日の記事で「Cursor は Anthropic と OpenAI から推論用キャパシティを買う上限に達しつつあり、コンピュート天井が成長を阻害するリスクが顕在化している」と書いており、自社モデルへの投資(Composer シリーズ)はまさにこのリスクを緩和するための戦略的判断であった。
向こう数か月の業界カレンダーを整理すると、注目すべき節目は明確だ。まず SpaceX の IPO 目論見書が 2026 年 5 月 20〜21 日に公開され、6 月 12 日に Nasdaq 上場予定。SpaceX が買収オプションを行使する場合、IPO 完了から 30 日以内に正式発表される展開が複数の媒体で予想されている。同時並行で、a16z と Thrive Capital がリードする 500 億ドル評価額(または最大 600 億ドル)の独立調達ラウンドの結果が早ければ 2026 年 6〜7 月に確定する見込みだ。連邦取引委員会(FTC)はすでに買収案件の独占禁止法上の調査に着手したと一部メディアが報じており、SEC も SpaceX が自社のサプライチェーン・データを使った AI 取引を行っている疑いを調査している。さらに、Cursor 自身も Composer 2.5 を 5 月 18 日に投入したばかりで、Composer 3 や、これまで噂されている「専有 GPU クラスタを使った完全自社モデル」のリリースが年内に予告されている。
まとめ――25 歳の CEO が映す、AI 時代のスタートアップ像
Michael Truell の経歴は、シリコンバレーが何度も繰り返してきた「Stanford や MIT を中退した若き天才による創業神話」の最新版に見える。しかし、Halite 競技や ACM Cutler-Bell Prize、USACO ファイナリストといった早熟の輝かしい実績、グーグル夏期インターンでの「コーディング・テスト記録的スピード解答」というエピソード、そして「最初の 10 人の採用に半年かける」執着の強さは、彼が単なるラッキーな起業家ではなく、青年期から一貫して「コーディングというドメインそのものを再発明する」というミッションを背負ってきた人物であることを物語っている。
「ヴァイブ・コーディング(vibe coding)」の流行を否定しないどころか加速させた当事者でありながら、Truell は 2025 年 12 月の Fortune インタビューで「もし目を閉じてコードを見ずに、AI に脆い基盤の上で物を作らせ続ければ、いずれ全てが崩れ始める(things start to crumble)」と警鐘を鳴らしてもいる。彼が掲げる究極のゴールは「コーディングを、それよりはるかに優れた何かに置き換える」ことだが、その「何か」が一体何で、誰が制御権を握るのか――SpaceX なのか、Anthropic なのか、それとも Anysphere それ自身なのか――の答えは、2026 年後半に提示される予定の規制判断、IPO、そして買収オプション行使の結果に大きく依存している。
シリコンバレーの VC の視点で総括すれば、Cursor は「ARR 成長は史上最速だが、基盤モデル依存・規制リスク・コンピュート天井の三重苦を抱える、極めてハイリスク・ハイリターン銘柄」ということになる。それでも 2026 年 5 月時点で資金を入れたがる投資家が後を絶たないのは、AI コーディングが今後 10 年のソフトウェア産業全体を再構築する「インフラ層」であり、その入り口を押さえることの戦略的価値が天文学的だからに他ならない。25 歳の Truell がこの賭けにどう応えるか――2026 年後半は、彼自身の歴史だけでなく、AI スタートアップ・エコノミー全体の試金石となる数か月となる。
Sources
- Cursor's 25-year-old CEO is a former Google intern who just inked a $60 billion deal with SpaceX | Fortune
- SpaceX Has Deal for Right to Acquire Cursor for $60 Billion | Bloomberg
- SpaceX says it can buy Cursor later this year for $60 billion or pay $10 billion for 'our work together' | CNBC
- SpaceX is working with Cursor and has an option to buy the startup for $60B | TechCrunch
- Sources: Cursor in talks to raise $2B+ at $50B valuation as enterprise growth surges | TechCrunch
- Andreessen, Thrive Poised for Windfall From SpaceX's Cursor Bid | Bloomberg
- Cursor Weighs Fresh Fundraise as Debate Rages on Coding Firm's Prospects | Newcomer
- Past, Present, and Future · Cursor Series D blog
- AI startup Cursor raises $2.3 billion funding round at $29.3 billion valuation | CNBC
- Cursor's $2.3B Financing Reminds Us: Coding Automation Is Still Ultra-Hot | Crunchbase News
- Report: Cursor Business Breakdown & Founding Story | Contrary Research
- Cursor (company) | Wikipedia
- Michael Truell Personal Website
- Michael Truell | ACM Awards
- Congratulations to the 2017-2018 ACM/CSTA Cutler-Bell Prize Winners! | ACM
- Halite AI Programming Competition | Wikipedia
- Lex Fridman Podcast #447 – Cursor Team: Future of Programming with AI
- Cursor CEO warns vibe coding builds 'shaky foundations' and eventually 'things start to crumble' | Fortune
- Exclusive: House committees probe Cursor parent, Airbnb over Chinese AI | Semafor
- Chairmen Moolenaar, Garbarino Announce Joint Investigation into Airbnb, Anysphere | Select Committee on the CCP
- Cursor Launches Composer 2 AI Model | MLQ
- Why Musk's $60 billion Cursor bet is really about AI's 'last mile' | Business Standard