国産第1号から57年、「総合ロボットメーカー」の全体像

川崎重工のロボット事業の起点は古い。1968年に社内へ「産業用ロボット国産化推進室」を設け、米Unimation社と技術ライセンス契約を締結。翌1969年、明石工場で完成した「川崎ユニメート2000」が国産第1号の産業用ロボットとなった。初号機は重量1.6トンに対して可搬質量わずか12kg、価格は当時1,200万円という機械で、最初の用途は自動車の溶接工程だった。それから57年、公式の事業レポート「Kawasaki Robotics Report 2024」によれば累計販売台数は30万台に達し、自動車の溶接・塗装から半導体ウエハ搬送、医薬・医療、そしてヒューマノイドまでを覆う「総合ロボットメーカー」に育っている。
組織面の特徴は、2021年に二輪(カワサキモータース)と鉄道車両(川崎車両)を分社化した後も、ロボットが社内カンパニー「精密機械・ロボットカンパニー」のロボットディビジョンとして本体に残っている点だ。加えて、CORLEOやソーシャルロボットの事業化を担う「社長直轄プロジェクト本部 ソーシャルロボット事業戦略部」が置かれ、稼ぎ頭の産業用ロボットと未来投資のサービスロボットを二層構造で走らせている。経営の羅針盤は2020年11月発表のグループビジョン2030「つぎの社会へ、信頼のこたえを」で、注力フィールドに「安全安心リモート社会」「近未来モビリティ」「エネルギー・環境ソリューション」の3つを掲げ、ロボットを売上そのものに加えて全事業の競争力を高めるシナジー源と位置づける。橋本康彦社長は2022年1月の日刊工業新聞系ニュースイッチのインタビューで、当時950億円規模だったロボット関連売上高を2030年度に4,000億円へ約4倍化する構想を示している。
直近の数字も押さえておきたい。2026年5月発表の2026年3月期決算は、売上収益2兆3,112億円(前期比8.5%増)、事業利益1,451億円、純利益1,081億円(同22.9%増)と受注・売上・利益すべてが過去最高だった。精密機械・ロボットセグメントは売上収益2,591億円、事業利益143億円で利益はほぼ倍増。ロボット事業単体の売上収益は929億円と前期の946億円から微減だが、中身では構造転換が進んでいる。セグメント間取引を含む用途別では、AI半導体ブームを受けた半導体製造装置向けが379億円となり、長年の主役だった車体組立・塗装向け(368億円)を上回った。2027年3月期はロボット事業で1,150億円(約2割増)を計画し、半導体向けと車体向けをそれぞれ460億円へ引き上げる算段だ。同社はウエハ搬送クリーンロボットで大手半導体製造装置メーカー向けシェア約60%(公式Report 2024)を握っており、AIデータセンター投資の恩恵を最も直接的に受ける日本のロボットメーカーの一角である。創立130年を迎えた2026年には、米サンノゼのフィジカルAI開発拠点(5月開所)と仏ストラスブールの欧州イノベーション拠点(3月稼働)が加わり、ロボット戦略は明確にグローバル・AIシフトの局面に入った。

四足歩行型CORLEO——水素エンジンで野山を駆ける「乗れるロボット」

CORLEOはひと言でいえば「バイクのように乗れる四脚ロボット」である。ライダーは鞍にまたがり、あぶみ(ステップ)とハンドルに仕込まれたセンサーが検知する体重移動だけで操縦する。タイヤでは踏破できない山岳・岩場・水場を4本の脚で進み、脚先は草地から瓦礫まで面で捉える左右二分割構造のラバー製ひづめになっている。モーターサイクルの「Fun to Ride」と四脚ロボティクスを融合した新カテゴリーで、川崎重工は2025年4月3日に「2050年のコンセプトモデル」として発表し、大阪・関西万博の「フューチャーライフ万博・未来の都市」パビリオンに「移動本能」をテーマとしてALICE SYSTEMとともに出展した。会場の実機は自走しないポーズ動作のみの実物大モデルだったにもかかわらず、SNS上の累計リーチは約12億回(川崎重工発表)に達し、Forbes、designboom、New Atlasなど海外メディアが相次いで取り上げる万博屈指の話題作となった。パビリオン来場者は約190万人にのぼる。
エンジニア視点で見るべきは動力系だ。CORLEOは150ccの発電用水素エンジンで発電し、4脚と胴体の電動アクチュエータを駆動するシリーズハイブリッドで、必要定格出力は15kW。エンジンはポペット弁付き過給の2ストローク直噴・希薄燃焼という凝った仕様でNOx生成を抑える。水素は乾電池のように交換できる水素吸蔵合金キャニスター(長さ違い2種、計6本)で後方から供給する。バッテリー駆動の脚式ロボットが抱える稼働時間の壁を、水素の高いエネルギー密度で越えようという発想だ。制御は1ミリ秒以下の周期のトルク制御に模倣学習から強化学習へ進む機械学習を重ね、ライダーの技量に応じて自律制御の介入度を変える「適応型共有制御」を採用する。後脚が前脚と独立して縦にスイングする機構により、急な登坂でも乗車部を水平に保ち、ライダーが進行方向の地形を見やすい姿勢を維持する。開発では神戸大学馬術部がテストライダーとしてエルゴノミクス検証に協力し、特許・意匠・商標の出願は10件を超えた(川崎重工技報2025年11月号)。開発体制も興味深く、ロボットカンパニーではなく社長直轄プロジェクト本部ソーシャルロボット事業戦略部を中心に、カワサキモータースの先進技術開発部門と技術研究所が加わる事業横断の混成チームである。
そして2025年12月3日、川崎重工はCORLEOの製品化に向けた開発着手を正式発表した。社長直轄の専任組織「SAFE ADVENTURE事業開発チーム」を立ち上げ、2027年中にライディングシミュレータを完成させてゲーム・eスポーツ業界への展開も視野に入れ、2030年のサウジアラビア・リヤド万博で会場内モビリティとしての採用を目指し、2035年にレジャー・観光業界向けに発売するというスケジュールだ。日経クロステックによれば、橋本社長は「2040年には事業規模として少なくとも3,000億円を狙いたい」と述べている。価格は未公表。発表当初「2050年のコンセプト」だった計画が反響を受けて15年前倒しされた格好で、万博展示機は2026年3月27日から神戸のカワサキワールドで常設展示されている。日経は2026年5月、サンノゼ新拠点に絡めてNVIDIAのシミュレーション技術をCORLEO開発へ適用する計画を報じた。
ソーシャルロボットNyokkey——病院で生まれ、台湾のNurabotへ育つ

Nyokkeyは、双腕と全方位移動台車を組み合わせたソーシャルロボットである。2022年の報道公開時点の試作機は高さ150cmで、首を最大約190cmまで「ニョキッ」と伸ばせる伸縮機構を持ち、重量約75kg、ハンドを除く最大可搬質量6kg、最高速度6km/h。前後LiDARと頭部・手先のRGB-Dカメラ、胸部の魚眼カメラで環境を認識する。技術的な肝は、産業用で培った遠隔協調システム「Successor」を土台に、自律動作でエラーが出た場面だけ人が遠隔で介入するハイブリッド運用を最初から設計に組み込んだことだ。完全自律にこだわって現場投入が遅れるより、人の遠隔支援込みで早く実用ラインに乗せるという思想である。
開発の起点はコロナ禍の2021年春、入院患者の見守りニーズだった。同年10月に藤田医科大学病院で搬送ロボットによる実証を開始し、2022年2月には双腕型のNyokkey試作機が3フロア6病棟で検体集荷、ICカードリーダー操作、ドア開閉までを実証。2022年3月の国際ロボット展(iREX2022)で対外デビューした。その後は明石工場の総合事務所でお茶を届ける受付業務の実証(2022年夏)、羽田イノベーションシティのロボットレストラン「AI_SCAPE」での配膳・下げ膳の実運用と経験を積み、2023年6月にはメカナムホイールによる全方向移動と7軸アーム化を施した新型に進化した。2024年7月には介護付有料老人ホーム「ディアージュ神戸」で認知症の入居者との会話が成立することを確認し、同年11月に介護向けソーシャルロボット開発への本格着手を発表している。
2025年以降、Nyokkeyの物語は国際展開へ広がった。川崎重工は鴻海(Foxconn)と看護師補助ロボット「Nurabot」を共同開発し、2025年4月から台湾・台中栄民総医院で実証中で、2026年度の市場投入を目指す(2025年7月4日発表)。鴻海側の発表や報道ではNVIDIAのフィジカルAI技術の活用も言及されている。2025年8月には藤田医科大学岡崎医療センターで、配送ロボットFORROが運んだ検体をNyokkeyが取り出して臨床検査機器へ自動投入する「世界初」のロボット連携実証に成功し、搬送から検査装置投入までの全自動化に道筋を付けた。2026年1月には、トヨタ紡織・大同大学と連携した水素駆動Nyokkeyが公開された。人手で交換できる水素吸蔵合金タンクと小型燃料電池で充電待ちなしの長時間稼働を実現し、排出は水のみ。CORLEOと同じく「脚・腕のあるロボットに水素で電力を供給する」という川重らしいアプローチだ。2026年4月からはお台場のKawasaki Robostageで、エウレカロボティックスのAIビジョンを搭載した物販ピッキングのデモも始まっている。
RHP Bex——ヤギ型四脚が示したプラットフォーム構想とCORLEOへの系譜

RHP Bexは2022年3月のiREX2022で初公開された四脚歩行ロボットで、モチーフはヤギ属のアイベックス。険しい岩場を荷を背に登る野生ヤギの姿そのままに、最大100kgの可搬質量を持ち、人がシートにまたがって騎乗することもできる。移動機構がユニークで、不整地は四脚で歩き、整地では膝を折り畳んで膝部と腹部の車輪で高速走行する脚車輪ハイブリッド方式を採る。脚式の踏破性と車輪の効率という二律背反を、姿勢変化で切り替えるという素直で堅実な解だ。下半身にはヒューマノイドKaleido(第3世代系)の脚技術が転用され、歩行制御にはアスラテックの「V-Sido」が採用された。上半身をモジュール換装して農薬散布や設備点検など用途ごとに作り替えるプラットフォーム構想も特徴で、日刊工業新聞系ニュースイッチは2022年9月時点でリース・サブスクリプション型での2023年度実用化方針を報じていた。
その後のBexは、2024年5月のIEEE ICRA 2024(横浜)でKudanのSLAM技術を組み合わせて展示された以降、単独の製品化発表は出ていない。大阪・関西万博にもBex自体は出展されておらず(川崎重工の出展公式総括に記載されたのはCORLEOとALICE SYSTEM)、iREX2025の川重ブースの展示リストにも含まれなかった。ただしこの系譜は途切れたわけではない。川崎重工自身が2025年4月のリリースで、万博に出すCORLEOをBex発表から3年の開発を経て進化させた四脚パーソナルモビリティと位置づけており、「荷物や人を乗せて不整地を走る四脚プラットフォーム」という発想はBexからCORLEOへ、騎乗体験と事業性を強化しながら引き継がれたと見るのが正確だ。実験機として役目を終えつつあるBexは、CORLEOという商業プロジェクトの技術的な母体になった。
FORRO——病院の廊下を24時間走る「実装済み」の配送ロボット

FORROは屋内配送サービスロボットで、川崎重工のサービスロボット群の中で最も商用化が進んだ存在である。原型は2021年10月に藤田医科大学病院へ投入した搬送実証機で、2023年7月10日から同院で川崎重工・藤田医科大学・SEQSENSEの3者によるトライアルサービスを開始。2024年3月末までの約9カ月で配送8,500件超をこなし、配送係を務めていた看護補助者3名を別業務へ振り替える効果を確認した上で、2024年4月1日に正式導入された。本院ではA棟4〜12階と臨床検査部・薬剤部・救急外来を結んで3台が24時間稼働する。技術面では、病院での常時運転としては全国初となる「エレベーターの人とロボットの相乗り」を実現しており、SEQSENSE・近計システム・デジタル・インフォメーション・テクノロジーと共同開発したクラウドシステムがエレベーターの停車指示と乗降を制御する。現行機は容量約140リットル・最大積載30kgのセキュリティロック付き荷室を持ち、アプリで解錠する。通信は公衆4G/LTEで動くため専用Wi-Fiの敷設が要らず、既存建物への導入障壁が低いのが実装上の効き所だ。
導入は着実に広がっている。公式サイトの導入実績には藤田医科大学の各施設のほか、慶應義塾大学病院、埼玉医科大学国際医療センター、神戸大学医学部附属病院、横浜市立みなと赤十字病院など医療機関を中心に13施設が並ぶ。2025年には総戸数1,002戸の大規模マンション「三田ガーデンヒルズ」で、宅配物を各住戸へ届ける「FORRO PORTER」が4台体制で本格運用に入った。走行ルートは約6.6kmとマンション向けでは国内最大級で、大成建設のロボット連携基盤「RoboHUB」経由でエレベーターや自動ドア、セキュリティエリアと接続し、試験運用3カ月でリピート利用率は50%を超えた。医療現場でも、藤田医科大学岡崎医療センターが2025年7〜9月の試験運用で看護職の配送に伴う離席時間を病棟エリアで1日平均29%、外来エリアで32%削減できたと確認し、2025年10月から「みどり」「さくら」の愛称が付いた2台が24時間体制で本格稼働している。前述の通り2025年8月にはNyokkeyとの検体受け渡し連携も実証済みで、FORROは「実証止まり」と揶揄されがちな国内サービスロボットの中で、料金を取って毎日働くロボットになっている。
RHP Kaleido——「倒れても壊れない」ヒューマノイド、10年目の第9世代

RHPはRobust Humanoid Platform(頑丈なヒューマノイド・プラットフォーム)の略である。開発の発端は2014年、当時ロボットビジネスセンター長だった橋本康彦氏(後の社長)が技術者の掃部雅幸氏(工学博士)にヒューマノイド開発の立ち上げを指示したことに遡る。掲げたコンセプトは「倒れても壊れない二足歩行ヒューマノイド」と「24時間365日働ける実用性」。人間の代役として災害現場に入る機械は、転倒を前提に設計しなければならないという割り切りが、派手なバク転デモを競う海外勢と川重を分ける思想的な分水嶺になった。2016年に初号機が完成し、iREX2017で「Kaleido」(身長175cm・体重85kg・外部給電)として初公開。2019年にはバッテリーと制御装置を内蔵したスタンドアローン機が二足歩行を披露し、要救助者を抱きかかえて搬送する災害救助デモを行った。2021年には車輪移動式のスリム派生型「Friends」(168cm・54kg)が加わり、これが前述のNyokkeyやNurabotに連なる系譜となる。iREX2023の第8世代では顔がディスプレイになり、災害避難所を想定した瓦礫の片付けや人との共同搬送を実演。同展では人機一体社がKaleidoベースの力制御遠隔操作機「零一式カレイド」を出展しており、プラットフォームとして外部へ提供する戦略も動いている。
現行の第9世代「Kaleido 9」は、2025年12月3〜6日のiREX2025(東京ビッグサイト)で初披露された。身長190cm・体重99kg、全身30軸(ハンド除く)、最大可搬18kg(前モデル比35%増)。腰部・脚部の構造を販売開始を見据えた部品定格厳守の設計に刷新し、関節トルクを維持したまま脚の動作速度を2倍に高めた。速い脚はバランスを崩した瞬間の踏み出しに直結するため、転倒耐性の向上そのものである。胸部LiDARによるSLAM自律歩行、頭部ステレオカメラの映像をMeta Quest 3で見ながらの直感的な遠隔操縦、生成AIによる音声指示への対応が加わり、会場では工場・家庭・災害現場の3シーンを実演した。工場では複数ロボット一括制御基盤「RoboX」と連携して据置型ロボットに作業開始を指示し、家庭では竹ぼうきでの落ち葉掃きとゴミ捨てを自律でこなし、災害現場では遠隔操縦で放水ホースによる消火と、約30kgの倒れた棚を起こしての要救助者(ぬいぐるみの猫)救出をやってみせた。学習にはNVIDIAのIsaac Simを使い、シミュレーション上で数千体を同時に動かす強化学習を回している。移動には専用の車椅子型ユニット「Kaleido Station」を用意し、平坦地はステーションで高速移動して現場で降りて作業、待機中は給電を受ける。脚で長距離を歩くのはエネルギーの無駄という、電池容量に正直な設計だ。マイナビニュースによればバッテリー稼働は約30分で、ここでも水素化を進める同社の動機が透けて見える。
実装のロードマップについて、川崎重工の公式ブログ(2026年3月16日)は、2030年頃に工場・プラントなど管理された空間での遠隔操縦による単独作業と作業支援、2035年頃に不特定多数環境での自律行動、2040年頃に防水・防塵・耐熱を備えた屋内外あらゆる環境への対応という三段階を示す。iREX2025会場での説明を報じたITmediaは、2030年頃に工場の単純作業と医療・介護でのコミュニケーション支援、2040年頃に機械組立や高所作業、2050年頃に災害現場対応という区分で伝えている。精密機械・ロボットカンパニーの松田義基プレジデント(常務執行役員)は「防火服をはじめとした今ある道具がそのまま使えるよう、あえて人間のサイズにこだわっている」「人が働けない場所で、もしくは人と一緒に、頑丈で信頼性のあるロボットを作りたい」と語り、既に小型化した第10世代の開発が始まっている。開発拠点は2024年11月に羽田の共創施設「CO-CREATION PARK - KAWARUBA」へ明石から移転し、東京大学の稲葉雅幸教授が顧問として参画。お台場のショールームKawasaki Robostageも2025年11月に「人とロボットの共存」を体験する施設へ改装された。

手術支援ロボットhinotori——国産初の一番手、累計1万5,000症例から欧州へ

hinotori(ヒノトリ)サージカルロボットシステムは、外科医が3D画像を見ながらコックピットで操作し、8軸の手術アームが体内で鉗子を動かすマスタースレーブ型の手術支援ロボットである。ロボットが勝手に切るのではなく、医師の手の動きを震えのない精密動作に変換する機械だ。開発・製造は川崎重工とシスメックスが50%ずつ出資する神戸のメディカロイド(2013年設立、現社長は川重出身の宗藤康治氏)で、生産は産業用ロボットと同じ明石工場が担う。産業用アームで蓄積した減速機・サーボ制御・信頼性設計の資産を医療グレードに転用した、川重の技術横展開の代表例である。2020年8月に国産手術支援ロボットとして初の製造販売承認(泌尿器科)を取得し、同年12月14日に神戸大学医学部附属病院で初症例となる前立腺全摘手術を実施。2022年10月に消化器外科・婦人科、2024年4月に呼吸器外科へ適応を広げ、現在の4診療科は国内のロボット支援手術症例の9割超をカバーするとシスメックスは説明している。
普及は右肩上がりだ。シスメックスのIR資料によれば、累計導入台数と症例数は2024年3月期末の55台・4,225症例から、2025年3月期末には89台(国内86台・海外3台)・9,400症例へ拡大し、2026年3月期第3四半期決算資料では2025年12月末時点で約100台・約15,000症例に達した。一方、中期計画の「2026年3月期末に144台・約2万症例」に対しては、リース設置が多く台数ベースで約1年遅れという会社評価(2025年5月時点)で、シスメックスのメディカルロボット事業売上は2025年3月期53.7億円、2026年3月期計画100億円と、2023年公表の中計目標270億円には届いていない。官報公告ではメディカロイド単体の2024年度売上高は70.35億円(前期比63.1%増)、純損失33.46億円。シスメックスの持分法投資損失は2025年3月期の20.7億円から2026年3月期は13.6億円へ縮小しており、赤字幅を狭めながらの拡大局面にある。日経は2025年4月、hinotoriの価格帯を1台1〜2億円と競合(2〜3億円)より安価と報じ、シスメックスが2030年度に事業売上1,000億円を目指すと伝えた。
海外展開は東南アジアから欧州へと進む。2023年9月にシンガポールで国外初の販売承認を取得し、2024年10月にシンガポール総合病院で海外初の手術を実施。マレーシアでは2024年9月に承認、2025年2月にマラッカのMahkota Medical Centreで初症例を迎え、2026年6月11日にはベトナムで4カ国目の販売承認を得た。欧州では2025年3月にEU医療機器規則(MDR)に基づくCEマーク認証を申請中で、2026年7月時点で取得発表はまだないが、日経は2026年2月、川崎重工が2026年内の欧州認証取得を見込みhinotoriなど医療ロボット3機種を欧州投入する計画で、海外初の開発拠点を3月にフランスへ設けると報じた。トレーニング網はベルギーのOrsi Academy(2023年、アジア外初のhinotori設置)と仏ストラスブールのIRCAD(2025年)に築かれている。米国はシスメックス資料で2026年度の市場参入計画とされるが、FDA申請の公式発表はない。技術面の到達点を示すのが遠隔手術実証の系譜で、2021年の藤田医科大学での国内初実証から、2023年10月のシンガポール-日本間約5,000km、2025年2月のNTTのIOWN APNによる片道伝送遅延0.28ミリ秒の弘前-つがる間実証を経て、2025年6月17日には仏ストラスブールから神戸のロボットを操作する欧州-日本間初の遠隔手術実証に成功した。指揮を執ったのは2001年の大西洋横断遠隔手術「リンドバーグ手術」で知られるジャック・マレスコー氏である。国内では静岡がんセンターがhinotoriを用いた手術自律化の世界初の臨床研究を進めており、競合ではIntuitive Surgicalのda Vinciが国内800台超(2025年5月時点)と依然圧倒的だが、日経は世界の手術支援ロボット市場が2030年に約420億ドル(約6.3兆円)へ育つと報じており、国産一番手としての足場固めは着実に進んでいる。

屋台骨の産業用ロボット群——半導体が自動車を抜いた

派手な四脚やヒューマノイドの裏で、事業を支えるのは産業用ロボット群である。ラインアップは、小・中型汎用のRシリーズ(2025年11月には半導体・電機電子向けの新鋭機RS025Sを投入)、2023年発売の大型汎用MXPシリーズ、スポット溶接のB/Mシリーズ、防爆仕様の塗装用K/KJシリーズ、そして可搬350〜1,500kgの超大型MGシリーズまで揃う。最大可搬1,500kgのMG15HLはカウンターウェイトレス構造のハイブリッドリンク機構で、自動車のボディやコンクリート製品といった重量物を扱う。異色なのは2015年発売の双腕スカラロボットduAroで、人ひとり分のスペースに置けて台車ごと移動でき、腕を手で動かして教示するダイレクトティーチに対応する。2017年発表の遠隔協調システム「Successor」は熟練技能者の操作をロボットに写し取る仕組みで、研削・バリ取り用のSuccessor-Gとして製品化された。このSuccessorの遠隔技術がNyokkeyやKaleidoの遠隔操縦に流れ込んでおり、産業用とサービスロボットが技術的に地続きであることが川重の強みだ。協働ロボットでは独NEURA Roboticsと共同開発したCLシリーズ(可搬3〜10kgの4機種、繰返し精度±0.02mm、IP66)を2023年に欧州で発表し、日本ではJapan Robot Week 2024で披露した。半導体分野では1997年からウエハ搬送ロボットを手がけ、現行NTシリーズを含むクリーンロボットは前述の通り大手装置メーカー向けで約60%のシェアを持つ。2026年に入っても、中国市場専用戦略機CF022Nの投入(1月)、高速パレタイザCP110L(2月)、米国の物流AIロボットユニコーンDexterity向けアーム開発(2025年5月発表)と手数は多く、iREX2025ではEtherCATで周辺機器を統合同期制御する次世代オープンコントローラー構想も示した。生産は明石・西神戸の国内2拠点に加え、中国・重慶の合弁が6軸多関節機の現地生産を担う。
市場環境は追い風と逆風が交錯する。国際ロボット連盟(IFR)のWorld Robotics 2025によれば、2024年の世界の産業用ロボット年間設置台数は54万2,000台と10年前の2倍超で、稼働台数は466万台。中国が29万5,045台と世界の54%を占め、その中国では地場メーカーのシェアが57%に達して初めて外資を逆転した。日本は設置4万4,500台で世界2位、IFRは日本を「世界随一のロボット生産国」と評する。業種別では2024年に電機・電子(12万8,899台)が自動車(12万6,088台)を再び上回り最大顧客となっており、川重のロボット売上で半導体向けが車体向けを抜いた構図は、世界統計の縮図でもある。競合ではファナック・ABB・安川電機・KUKAの4強が世界市場の合計約55%(Statista)を占め、川重は業界メディアの推計で国内3位グループ。中国ではEstunが2025年第1四半期に中国系として初めて出荷首位に立つなど地場勢の攻勢が激しく、川重が防爆塗装・超大型・ウエハ搬送などニッチ首位分野と中国ローカル生産で守りを固める構図が続く。

各紙・アナリストはどう報じているか——「踊らないヒト型」への評価

川重ロボット戦略への報道の視線は、2025年12月のiREX2025を境に一段と熱を帯びた。日本経済新聞は「『踊らない』ヒト型ロボで逆転狙う日本勢」と題し、宙返りや踊りで注目を集める米中勢に対し、産業用ロボットの実装知見を武器に消火や救助といった実用で勝負する川重の路線を紹介。英語版のNikkei Asiaも「日本のロボットメーカーは形より機能を選ぶ」と報じ、Kaleido 9が人間的な外観や大規模AIをあえて追わないことを日本流として位置づけた。一方で台湾の調査会社TrendForceは2025年12月のレポートで、日本勢は精密減速機などコア部品で高い参入障壁を築くが、米中がフルシステムの量産に向かう中、川重の2030→2040→2050年という段階的ロードマップは中国勢の2026年量産目標と比べ機会損失のリスクがあると指摘しており、「堅実さ」と「遅さ」は表裏一体だという冷静な評価も存在する。CORLEOについては、発表直後からForbes、designboom、New Atlas、electriveなど欧米メディアが「水素で動くロボット馬」として繰り返し取り上げ、2025年12月の事業化発表を受けてNew Atlasが「コンセプトが本当に生産へ向かう」と続報するなど、日本発ハードウェアとしては近年稀な持続的話題を生んでいる。
株式市場の評価も変わりつつある。川崎重工は2026年2月に通期予想を一転最高益へ上方修正し、株主還元方針のDOE(自己資本配当率)4%目安への変更と1株を5株にする株式分割(2026年4月1日実施)を発表、株価は急騰した。みんかぶ集計のアナリストコンセンサス(2026年6月時点)はレーティング「買い」(強気買い8・買い2・中立3)で、増収要因として半導体製造装置向けロボットの拡大が挙げられている。防衛・航空宇宙が牽引する同社株において、ロボットは「シクリカルな脇役」から「AI・半導体関連の成長ドライバー」へ物語が書き換わり始めた、というのが2026年上期の市場の見立てである。政策面でも、経済産業省が2026年1月に「AIロボティクス戦略検討会議」を始動し、3月には半導体・デジタル産業戦略でフィジカルAIを最重点分野に位置づけた。日経は2026年6月、政府の成長戦略でフィジカルAIに2040年度までに官民10.5兆円を投資するロードマップを報じており、経産省の会議資料はAI・ロボット人材が2040年に339万人不足するとの推計も示す。川崎重工自身、2025年8月と2026年7月2日にNEDO事業(ロボットSI効率化、製造現場の視触覚データ収集)への採択を発表しており、国策と同社戦略の重なりは太くなっている。
VCマネーと市場予測——川重を取り巻く世界のロボット資本地図

ヒューマノイドを中心とするロボット産業への資金流入は、2025年から2026年にかけて質量ともに桁が変わった。市場予測では、Goldman Sachsが2024年2月にヒューマノイド市場を2035年に380億ドル(約5.7兆円)・出荷140万台へと従来予測から6倍超に上方修正したのを皮切りに、Morgan Stanleyが2025年2月にバリューチェーン100社を整理した「The Humanoid 100」を公表(「身体」側の主要企業としてハーモニック・ドライブ・システムズ、ナブテスコ、ニデックら日本の部品メーカーを多数収載)、同年4月には2050年に市場4.7兆ドル(約700兆円)超・稼働約10億台という長期予測を出した。Citiは2024年11月に2050年で7兆ドル(約1,050兆円)・6.5億台、Bank of Americaは2026年3月に年間出荷が2025年の2万台から2030年に120万台、2035年に1,000万台へ伸び、2060年に世界で30億台が稼働するという予測を示している。数字の幅自体が、この市場の不確実性と期待の大きさを物語る。
個別の資金調達では、Figure AIが2025年9月にParkway Venture Capitalのリードで10億ドル(約1,500億円)超のシリーズCを調達し評価額390億ドル(約5.9兆円)に到達(NVIDIA、Intel Capital、LG、Salesforce、Qualcomm Venturesらが参加)。2026年に入ってもSkild AIが1月にソフトバンクグループのリードで14億ドル(約2,100億円)を調達して評価額140億ドル(約2.1兆円)超、Apptronikが2月に5.2億ドル(約780億円)の追加調達で評価額50億ドル(約7,500億円)、家庭用ヒューマノイドNEO(価格2万ドル=約300万円、月額499ドル=約7.5万円のサブスクも用意)を2026年後半に米国家庭へ届ける1X Technologiesは投資会社EQTと最大1万台の法人展開契約を結んだ。Alphabet系CapitalGは2025年11月にPhysical Intelligenceへ6億ドル(約900億円)を投じ(評価額56億ドル=約8,400億円)、Agility Roboticsは2025年4月に4億ドル(約600億円)を確保した。川重の協働ロボットパートナーである独NEURA Roboticsも2026年6月10日、Tether、Qualcomm、Amazon、NVIDIA、Bosch、Schaeffler、欧州投資銀行などから最大14億ドル(約2,100億円)のシリーズCを発表し評価額は約70億ドル(約1兆円)に達した。そして中国の宇樹科技(Unitree)は2026年3月に上海科創板へIPOを申請し(調達約42億元=約880億円、目標時価総額約420億元=約8,700億円)、6月1日に上場委員会を通過。目論見書ベースの分析では2025年にヒューマノイド5,500台超を出荷し世界シェア32.4%で首位とされ、中国ヒューマノイド企業初の上場が2026年内に実現する見通しだ。日本勢では、ソフトバンクグループやKDDI、Airbus Ventures、そして鴻海が出資するTelexistence(累計調達275億円超)が代表格で、その鴻海が川重とNurabotを共同開発しているように、VCマネー・巨大製造業・日本の重工の利害はすでに複雑に絡み合っている。川重はこの資本レースに直接は参加せず、自己資金とパートナーシップで戦う道を選んでいるが、NVIDIA(Isaac Sim/フィジカルAI)、Foxconn(Nurabot)、NEURA(協働ロボット)と、レースの主要プレイヤーとことごとく接続している点は見逃せない。

水素とフィジカルAI——重工ならではの二本柱がロボットに合流する

川崎重工のロボット戦略を他社と分かつ最大の資産は、水素とプラント・モビリティを含む重工技術の総合力である。同社は液化水素サプライチェーンの商用化実証を進めており、2025年11月に川崎市扇島で液化水素受入基地「川崎LH2ターミナル」を起工(2030年度稼働目標)、世界最大となる4万立方メートル型液化水素運搬船の建造契約も締結した。2026年3月には大型商船向け水素燃料エンジンが実機で水素混焼率95%以上の運転に成功している。この水素インフラの潮流が、150cc水素エンジン発電のCORLEO、水素吸蔵合金カートリッジで動くNyokkeyという形でロボットに合流してきた。バッテリー駆動の脚式ロボットは稼働時間との戦いを宿命づけられており(Kaleido 9のバッテリー稼働は約30分とマイナビニュースは報じる)、交換式水素カートリッジによる「充電待ちゼロ」はロボットの稼働率を直接引き上げる。エネルギー会社とロボット会社を兼ねる企業だけが打てる手であり、人事面でも松田義基常務執行役員が精密機械・ロボットカンパニープレジデントと水素戦略・社長直轄プロジェクト担当を兼務し、二本柱の統合は組織設計に織り込まれている。
もう一本の柱がフィジカルAIだ。2026年5月21日、川崎重工は米シリコンバレーに「Kawasaki Physical AI Center San Jose」を開所し、NVIDIA、Analog Devices、Microsoft、富士通と連携してロボットへのAI実装を加速すると発表した。まず医療・介護を入口に、Nyokkey、FORRO、hinotori、CORLEOを束ねた「病院ワンストップソリューション」を構築し、その後半導体・自動車・モビリティ分野へ広げる計画で、2026年3月に稼働した仏ストラスブールの「Kawasaki Innovation Centre Europe」とも連携する。ストラスブールはhinotoriの欧州遠隔手術実証やIRCADトレーニング拠点のある土地であり、欧州医療進出とAI開発拠点が地理的に重なる配置だ。KaleidoのIsaac Simによる数千体同時強化学習、NurabotでのフィジカルAI活用と合わせ、「ハードは自前の頑丈さ、知能はグローバル連携」という川重の役割分担がはっきりしてきた。ハードウェアの信頼性で50年勝負してきた会社が、知能側を外部エコシステムに開いたことこそ、2026年の川重ロボット戦略の最も重要な転換である。
今後の注目時期——2026年後半から2035年までのマイルストーン

今後の動きはかなり具体的に予定が見えている。2026年内では、hinotoriの欧州CEマーク認証の可否が最大の節目で、日経が報じた「2026年内取得見込み」が実現すれば国産手術ロボットの欧州展開が正式に始動する。6月に承認を得たベトナムでの初症例、鴻海と組むNurabotの2026年度中の市場投入、Unitreeの上海科創板上場、1XのNEO米国家庭への出荷開始(2026年後半)も年内の注目イベントだ。国内では12月2〜4日に日本ロボット工業会と日刊工業新聞社の新設展示会「RoboNext 2026」がインテックス大阪で開かれ、川崎重工の2027年3月期第1四半期決算は例年通りなら8月上旬、統合報告書は10月頃に出る。2027年には、CORLEOのライディングシミュレータが年内完成目標を迎え、ゲーム・eスポーツ展開の輪郭が見えてくるほか、1月6〜9日のCES 2027、隔年開催の慣例に沿えば12月に次回国際ロボット展(iREX2027)が控え、小型化されたKaleido第10世代の姿が披露される可能性が高い。
その先の里程標も明確だ。2030年にはリヤド万博でのCORLEO会場内モビリティ採用、Kaleidoの工場・プラントでの遠隔操縦実装、川崎LH2ターミナルの稼働、そしてグループビジョン2030が掲げるロボット関連売上4,000億円とシスメックスのメディカルロボット事業1,000億円という数値目標の審判が重なる。2035年はCORLEOのレジャー・観光向け発売とKaleidoの不特定環境での自律行動、2040年はSAFE ADVENTURE事業3,000億円とヒューマノイドの全環境対応(報道ベースでは2050年頃の災害現場対応が最終目標)が見据えられている。Goldman SachsやMorgan Stanleyが描く巨大市場の中で、VCマネーで突っ走る米中スタートアップと、57年分の産業実装と水素・医療・重工の資産を束ねて段階を踏む川崎重工。TrendForceが指摘する「機会損失リスク」を実装の確かさで跳ね返せるか、その最初の答え合わせが2026年後半から始まる。
