スマホの奥にある「電子の眼」、その半分をソニーが作っている

スマートフォンの背面に並ぶ、黒く光る小さなレンズ。そのすぐ奥に、爪の先ほどの四角いチップが一枚ずつ収まっている。

シャッターを押した瞬間、このチップの表面では数千万個の小さな「光の受け皿」が一斉に光を受け止め、その量を電気の信号に変える。人間の眼でいえば網膜にあたる部品で、イメージセンサーと呼ばれる。カメラにとっての「電子の眼」だ。

世界で売られるこの「電子の眼」の、およそ半分をソニーが作っている。

その王者が、半導体の受託製造で世界最大手の台湾TSMCと手を組む。熊本県合志市(こうしし)にあるソニーの新工場を舞台に、次世代のイメージセンサーを開発し、量産する合弁会社をつくる。両社は2026年5月に基本合意を結び、8月には法的な拘束力を持つ確定契約へ進んだ。新会社の名前は「Advanced Vision Semiconductor Manufacturing」。量産開始は2029年の予定だ。

両社が新会社に出す資金は、合わせて約7,470億円。計画どおりの生産能力をそろえるための投資は、これとは別に、日本政府の支援を前提に検討されている。日本経済新聞とブルームバーグは、事業全体の規模を約1兆円と報じた。

金額以上に重いのは、ソニーが何を変えるかだ。ソニーはこれまで、センサーのうち光を受け止める部分を、自前の工場だけで作ってきた。そこに初めて外部の会社を招き入れる。ソニーグループの十時裕樹(ととき・ひろき)社長は、この合弁を「ファブライト戦略のファーストステップ」と呼んでいる。工場を抱える重さを減らしながら、設計と技術で稼ぐ会社へ近づく。その最初の一歩という意味だ。

数千万個の「光のバケツ」と、二階建ての構造

雨の日の校庭に、小さなバケツを何千万個も敷き詰めた様子を想像してほしい。しばらくしてから、どのバケツにどれだけ水がたまったかを一つずつ測れば、雨がどんな模様で降ったのかが分かる。

イメージセンサーがしていることは、これとよく似ている。バケツの代わりに「フォトダイオード」という光の受け皿が並び、雨粒の代わりに光の粒を受け止める。たまった電気の量を一つずつ読み出せば、一枚の写真になる。この受け皿の一つ一つが「画素」だ。最近のスマホのメインカメラには、4,000万から5,000万個ほどの画素が、指先に乗るほどの面積に詰め込まれている。

受け皿を小さくすれば画素は増えるが、一つ一つに入る光は減る。夜の街で撮った写真がザラつくのはこのためだ。逆光の窓際で人を撮ると、外の景色が真っ白に飛ぶか、顔が真っ黒につぶれる。明るさの幅に、受け皿が追いつかないからだ。イメージセンサーの歴史は、この二つの壁との戦いだった。

ソニーは、その壁を何度も破ってきた。2000年代の終わりには、受け皿の上を覆っていた配線を裏側に回し、光が邪魔されずに届く「裏面照射型」をいち早く量産した。2012年には「積層型」を世界で初めて商品化した。

積層型は、二階建ての家にたとえると分かりやすい。光が差し込む二階には受け皿だけを並べ、一階には信号を処理する計算回路を置く。同じ敷地のまま、光を受ける面積も、計算する力も増やせる。スマホのカメラが小さいまま賢くなったのは、この構造のおかげだ。

大事なのは、どの階を誰が作っているかだ。二階、つまり光を受ける画素の層は、ソニーが熊本や長崎などの自社工場で作ってきた。一階の計算回路の層は、TSMCに製造を任せてきた。熊本では、ソニーの熊本テクノロジーセンターの隣にあるTSMCの子会社JASMが、こうした回路の半導体を作っている。別々に作った二枚のウエハー、つまり円盤状のシリコンの板を貼り合わせて、一つのセンサーにする。

ソニーセミコンダクタソリューションズの大池祐輔CTOは、この分業の原点を、投資の選択だったと振り返る。自分たちの強みである受け皿に力を集め、加速度的に進化する先端の回路はほかに委ね、貼り合わせることで進化を続ける。その道を選んだのだという。今回の合弁は、この線引きを一歩動かす。

次世代イメージセンサーとは何か ── 「ヨコ」と「タテ」に詰め込む

ソニーが目指す次世代センサーの方向は、ひと言でいえば「高密度化」だ。同社はこれを「ヨコ」と「タテ」の二つの方向で進めると説明している。

ヨコの高密度化は、同じ広さの部屋に、より細かい部品を詰め込むことにあたる。ソニーはこれまで、画素の層を40ナノメートル世代の加工技術で作りながら、性能を磨いてきた。次の段階では、28から22ナノメートル程度をカバーする製造装置へ一段進めるという。

加工が細かくなると何が変わるのか。大池CTOによれば、まず画素を小さくでき、画素数を増やせる。それだけではない。同じ大きさの画素でも、回路に生じる余計な電気のたまりが減るため、光から生まれた電子一つあたりの信号が大きくなり、暗い場所がよりくっきり写る。画素の中に置けるトランジスタも増えるので、明るさに応じて感度を段階的に切り替える仕組みを入れられ、逆光にも強くなる。消費電力も下がる。大池氏は加工の微細化を、画質を構成するほぼ全ての要素の「土台を引き上げる技術」だと表現する。

タテの高密度化は、家の階数を増やすことだ。受け皿と、その信号を読み出すトランジスタを別々の階に分けた「2層トランジスタ画素」は、すでに量産している。今後は三階建てや、受け皿そのものを二層にして、目に見える光と赤外線を同時に捉えるような構造も検討しているという。一階の計算回路も、22ナノメートルから12ナノメートルへ進める準備が進む。

ここで、TSMCの出番が来る。十時社長は、画素の部分は「開発力といわゆるプロセス技術に分かれる」と説明したうえで、「世界最高水準の半導体プロセス技術を持つ会社と組むことは、当社にとって大きな進化になる」と語った。陶琳(タオ・リン)CFOも、TSMCとの提携を通じて「高密度化など将来のイメージセンサーの技術競争力をさらに高める」と述べている。どんな画素を作るかを考える頭脳はソニーに残し、それを細かく正確に作り込む腕をTSMCから借りる。そういう分担だ。

両社は新会社を、高度な製造プロセス技術を使ったスマートフォン向けイメージセンサーの量産拠点と位置づけている。日本経済新聞は、ここで作るセンサーがアップルのiPhoneのカメラに供給される見通しだと報じた。

その先には、ロボットや自動車といった「フィジカルAI」がある。現実の世界を見て、判断し、体を動かすAIのことだ。大池CTOは、フィジカルAIには「現実世界とAIをつなぐ『界面』が必要になる」と話す。色の付いた画像を「見る」だけでなく、距離や動きまで「知る」眼が求められる、という意味だ。両社は基本合意の段階から、自動車やロボット向けの用途も探ると明記している。

JASMとの違い ── 主役と脇役が入れ替わった

熊本でソニーとTSMCが組むのは、これが初めてではない。2021年に発表されたJASMがある。ただし二つの会社は、誰が主役かがまるで逆だ。

JASMは、熊本県菊陽町(きくようまち)に工場を構える、TSMCの受託製造の子会社だ。株式の9割近くをTSMCが持ち、ソニー、デンソー、トヨタ自動車は少数株主にとどまる。作るのは、自動車や家電、イメージセンサーなどに使う計算用の半導体で、ソニーは株主であると同時に顧客の一社でもある。第1工場は2024年末に量産を始め、隣で建設中の第2工場は、2026年2月に最先端の3ナノメートル品を作る計画へ引き上げられた。量産開始は2028年の予定だ。総投資額は200億ドル(約3兆2,000億円)を超え、政府は二つの工場に最大で合わせて約1兆2,000億円の補助を決めている。

新会社は、この構図をそっくり裏返す。支配株主はソニーで、ソニーグループの連結子会社になり、代表取締役もソニーが選ぶ。出資額で見れば、ソニーが約6割、TSMCが約4割だ。作るのは他社から請け負う半導体ではなく、ソニー自身のイメージセンサーである。製品の企画と設計、中核技術の開発はソニーが担い、TSMCは製造技術と量産のノウハウを持ち込む。

ひと言でいえば、JASMは「TSMCの工場に、ソニーが客として加わった会社」。新会社は「ソニーの工場に、TSMCが技術とお金を持ち込む会社」だ。

お金の出し方も違う。ソニーが出す約4,650億円の一部は、現金ではなく「会社分割」という方法で出す。すでに投資して建設を進めてきた合志の新工場を、そのまま新会社に移すのだ。二人で店を開くとき、一人は自分で建てた店舗を持ち込み、もう一人は現金と腕の良い職人を出す。そんな組み方に近い。TSMCの約2,820億円は、すべて現金で出す。どちらも、市場の需要を見ながら段階的に払い込む。

十時社長は5月の説明会で、TSMCについて「本来、JVを好まず、自社でコントロールしながら進めるスタイルの会社だと理解している」と述べ、今回の合弁は「TSMCにとっても大きなチャレンジになると思う」と語った。世界の半導体製造を握るTSMCが、他社が支配する会社に少数株主として入る。ここにも、JASMとの大きな違いがある。

場所は目と鼻の先だ。合志の新工場は、ソニーの熊本テクノロジーセンターから西へ1.5キロほど。そのテクノロジーセンターの隣にJASMがある。光を受ける層を作る工場、計算回路を作る工場、そして次世代センサーの新工場が、数キロの範囲に集まることになる。

計画の大きさも、短い間に膨らんだ。経済産業省は2026年4月、この合志の新工場を経済安全保障推進法に基づいて支援すると発表した。このときはソニー単独の計画で、総投資額は1,800億円、補助は最大600億円、供給開始は2029年5月の予定だった。赤澤亮正経済産業相は、イメージセンサーを「AI時代のキーデバイス」と呼んでいる。その4カ月後に決まった新会社は、両社の出資だけで約7,470億円にのぼる。

震度7から2週間後の確定契約

2026年7月28日の夕方、熊本県をマグニチュード7.1の地震が襲った。宇城市(うきし)と氷川町(ひかわちょう)で震度7を観測し、気象庁はこれを「令和8年熊本地震」と名付けた。

半導体の工場も揺れた。ソニーの熊本テクノロジーセンターがある菊陽町は震度5強、新会社の舞台となる合志市は震度6弱だった。熊本テクノロジーセンターは地震の直後から生産を止め、8月4日から段階的に再開し、8月中旬には地震前の水準に戻す見通しを示した。2016年の熊本地震では、元の水準に戻るまで3カ月ほどかかっている。陶CFOは、被害の程度の違いに加え、前回の地震から学んだ備えが早い復旧につながったと説明した。JASMも装置の点検と調整に追われたが、建設中の第2工場の現場は被害を免れ、翌日には工事を再開している。

ソニーとTSMCが確定契約を発表したのは、その地震からわずか2週間後のことだった。

この順番は、二つのことを物語る。一つは、両社の決意の固さだ。大きな揺れの直後でも、熊本に賭けるという判断は変わらなかった。もう一つは、リスクの集中である。ソニーのイメージセンサーの主力工場の一つと、その回路を作る工場、そして次世代センサーの新工場が、同じ地震の揺れが届く範囲に並ぶ。投資家にとって熊本への集中は、強みであると同時に、常に意識しておくべき弱点でもある。

強み ── なぜソニーは「5割」を握れるのか

ソニーの強さは、まず数字に表れている。

フランスの調査会社ヨール・グループによると、2025年のイメージセンサーの世界市場は253億ドル(約4兆円)と過去最高を更新した。ソニーのシェアは2023年と24年はいずれも40%台だったが、2025年に約5割まで上がり、外部の調査でも初めて世界の半分に届いた。スマートフォン向けに限れば57%を握る。ソニー自身の集計では、金額ベースのシェアはすでに5割を超えているという。

業績も過去最高が続く。イメージセンサーを中心とする半導体部門の2025年度の売上高は約2兆1,500億円、営業利益は約3,600億円と、いずれも過去最高だった。2026年4〜6月期も、利益はこの時期として過去最高を更新している。

稼ぎ頭はスマホ、とりわけ高級機だ。ここ数年、スマホの背面のカメラの出っ張りが年々大きくなっていると感じる人は多いだろう。センサーの面積を大きくすると、一つ一つの画素が受け止める光が増え、暗い場所に強くなる。業界ではこれを「大判化」と呼ぶ。センサーが大きくなれば、値段も上がる。ヨールは、ソニーの成長を支えたのは、アップル関連の需要と、大きな光学サイズ、高い解像度、そして高度な積層構造だと分析している。

技術の面では、画素の加工、ウエハーの貼り合わせ、多層化を、量産の品質で積み上げてきた蓄積がある。大池CTOは、イメージセンサーを「ノウハウの塊」と表現する。暗い場所のノイズをどこまで抑えるか、見たままの色や明るさをどこまで再現するか。人の感覚と物理が直結する領域で優位性を磨き続けることが、競争力の源泉だという。

分野の違う製品で生まれた技術を互いに回し合う「技術の循環」も、大池氏が挙げる強みだ。スマホ、自動車、工場の検査装置では、求められる性能が違う。それぞれの市場で尖らせた技術を、時間をかけて他の分野へ広げていく。幅広い事業を持つソニーだからこそできることだ。

そして、TSMCとの長い付き合いがある。TSMCのケビン・ジャン上級副社長は、ソニーを「CMOSイメージセンサー事業における長年のパートナー」と呼び、今回の提携を協業の「次のレベル」と位置づけた。ソニーセミコンダクタソリューションズの指田慎二(さしだ・しんじ)社長も、長年の協業で培った信頼をもとに、関係を新たな段階へ進めると述べている。計算回路の層を通じて積み重ねてきた信頼が、合弁の土台になっている。

王者に迫る三つの影 ── サムスン、中国勢、そしてメモリ高騰

順風に見えるソニーにも、はっきりした不安がある。

一つ目は、韓国サムスン電子の追い上げだ。アップルは2025年8月、米国への投資を拡大する計画の中で、サムスンのテキサス州オースティン工場と組み、世界でまだ使われたことのない、チップ製造の革新的な新技術を立ち上げると発表した。製品名は明かしていないが、複数の報道は、これがiPhone向けのイメージセンサーだと伝えている。ソニーは長年、iPhoneのカメラのセンサーをほぼ一手に引き受けてきたとされ、その体制が崩れるかどうかが焦点になっている。米調査会社インターナショナル・ビジネス・ストラテジーズのハンデル・ジョーンズCEOは、サムスンがシェアを伸ばし、アップルからの受注も勝ち取っていると指摘する。EEタイムズ・ジャパンは、サムスンが2027年までにアップルのイメージセンサー需要の20〜30%を獲得するという予測も紹介している。

二つ目は、中国勢の台頭だ。ヨールによると、2025年は中国メーカー全体のシェアが21%に伸び、17%の韓国勢を抜いて、日本勢に次ぐ2位に浮上した。オムニビジョン、スマートセンス、ギャラクシーコアといった企業が、中低価格のスマホや防犯カメラ、自動車で存在感を高めている。ヨールのアナリストは、中国勢の伸びは「市場だけでなくサプライチェーンにも支えられている」と指摘する。

三つ目は、AIブームの思わぬ副作用だ。AI向けのメモリ需要が急増し、メモリの値段が跳ね上がった。そのしわ寄せで、スマホ全体の出荷が伸び悩んでいる。ソニーは2026年度の半導体部門の売上高が前年度をわずかに下回ると見込み、ヨールも2026年の市場は小幅に縮むと予想する。

そもそも、ソニーのイメージセンサー売上のおよそ8割はスマホ向けで、その中心はアップル向けとみられている。一つの顧客、一つの製品分野への依存は、強さの裏返しの弱点でもある。

ジョーンズ氏は今回の合弁を、こうしたライバルをかわすためにソニーが「勝負に出た」動きだとみている。

各紙と投資家はどう読んだか

同じ発表でも、どこに光を当てるかは媒体によって違った。

ブルームバーグは5月の基本合意を、ソニーが「チップ製造のコストを抑える取り組み」として報じ、資本の使い方の転換に焦点を当てた。日本経済新聞は8月、正式発表の前日に、総額約1兆円、出資比率はソニー約6割、TSMC約4割と伝え、iPhone向けの供給を見込むと書いた。米EEタイムズはアナリストの声を集め、「サムスンをかわすための合弁」という見立てを前面に出した。台湾の自由時報も日本の報道を引いて、サムスンへの対抗策だと紹介している。地元の熊本日日新聞は、合志市の新工場で2029年に量産が始まることを見出しに掲げた。

株価はどう動いたか。基本合意は5月8日の取引終了後に、過去最高の決算や、上限5,000億円の自社株買いと同時に発表された。週明けのソニーグループの株価は、8%を超えて上がった。8月10日、日経の報道が出た日には一時2%あまり上昇し、TSMCの株価も上がった。正式発表は祝日の8月11日で、翌営業日の株価はほぼ横ばいだった。市場は、報道の段階で材料を織り込んでいたことになる。

アナリストの見方は、大きく二つに分かれる。

アナリストの安田秀樹氏はブルームバーグに対し、「ソニーとTSMCの双方にとって、ほぼリスクのない投資だ」と話した。ソニーは設備投資の負担を軽くでき、TSMCは安定した収入を得られるからだ。一方、先のジョーンズ氏は、サムスンとの競争で「勝負に出た」動きだと見る。同じ合弁が、守りの一手にも、攻めの一手にも見えている。

半導体調査会社テックインサイツのダン・ハッチソン副会長は、さらに長い時間軸で捉える。TSMCは台湾の外に生産能力を分散させる必要があり、台湾では半導体技術者が足りない一方、日本には熟練した技術者が豊富にいる。日本政府は、安全保障の観点から国内の製造能力を欠かせないと考えている。合弁は、ソニー、TSMC、そして日本にとっての長期的な戦略の一手だという。

投資家の目で仕組みを見ると、ソニーの言う「ファブライト」は、工場を手放すことではない。新会社はソニーの連結子会社で、支配も、製品も、顧客もソニーの手に残る。変わるのは、工場を広げるお金の出どころだ。TSMCの現金、政府の支援、そして需要に合わせた段階的な払い込み。一社で抱えてきた設備投資の重さと、需要を読み違えるリスクを、外と分け合う仕組みといえる。裏を返せば、新会社が生む利益のうちTSMCの持ち分にあたる部分は、ソニーの株主の取り分にはならない。

ソニーの半導体事業が抱える「重さ」は、長く投資家の論点だった。2019年には米ヘッジファンドのサード・ポイントが半導体事業の分離を求め、ソニーは重要な成長の原動力だとして退けた。2025年4月にはブルームバーグが分離・上場の検討を報じ、ソニーは憶測だとコメントしている。切り離すのでも、すべてを抱え込むのでもなく、支配を保ったまま資本の重さを分け合う。今回の合弁は、その長年の議論への一つの答えとも読める。

VCの視点 ── フィジカルAIの資金が求める「眼」

ベンチャーキャピタルの世界では、いま「フィジカルAI」に資金が殺到している。米クランチベースの集計では、ロボットや自動運転、ドローン、センサーなどのフィジカルAI関連のスタートアップは、2026年1〜6月に474億ドル(約7兆5,000億円)を調達した。わずか半年前の約4倍だ。米ベンチャーキャピタルのエクリプスは4月、フィジカルAIの新興企業に投資し、育てるための13億ドル(約2,100億円)の新ファンドを立ち上げた。同社のパートナー、ジテン・ベール氏は、画面の中にあったものが初めて物理的な世界へ出ていく時代だと語っている。

こうした機械には、例外なく「眼」が要る。自動運転タクシーを走らせるウェイモの第6世代の自動運転システムは、1台に13個のカメラを積む。人型ロボットも、工場の検査装置も、カメラなしでは働けない。先のジョーンズ氏は、イメージセンサーの出荷数が2025年の80億個から、2035年には200億個に増えると予測し、世界的に生産能力が足りなくなるとみている。

日本政府も、この流れに乗ろうとしている。日刊工業新聞によると、政府はフィジカルAIに、2040年度までに官民で10兆5,000億円を投じる方針を固めた。

VCの目で今回の合弁を見ると、その設計は「二段構え」になっている。足元の売上を支えるのは、量も値段も読みやすいスマホ向けのセンサーだ。そのうえで、ロボットや自動車の需要が本当に立ち上がったときに生産を積み増せる器を、熊本に先回りして用意しておく。十時社長は「これまでイメージセンサーの供給は当社ファブの供給能力に限定されていた」と語り、フィジカルAIによってセンサー需要が大きく広がる可能性に備える意味でも、この合弁には大きな意味があると強調した。

ゴールドラッシュで確実に稼いだのは、金を掘る人よりも、つるはしを売る人だったという話がある。フィジカルAIの競争で、どのロボット会社や自動運転の会社が勝つかはまだ分からない。だが、勝者が誰であっても、その機械には「眼」が要る。スタートアップにどれほど資金が集まっても、機械の「眼」を大量に、安定して供給できる会社は限られている。ソニーと熊本の新会社は、そのつるはしを売る側に立とうとしている。

ソニーは別の形の布石も打っている。三菱電機と組み、工場向けのAIビジョンセンサーを手がける合弁会社を2026年10月に始動させる計画を発表した。こちらは三菱電機が6割、ソニーが4割を持つ。主役を張る合弁と、脇を固める合弁を使い分けながら、「眼」の売り先を広げようとしている。

今後 ── 2029年の量産までに見えてくる節目

確定契約は結ばれたが、新会社が実際に動き出すまでには、いくつもの関門がある。

最初の関門は許認可だ。新会社の設立と取引の完了には、関係当局の許認可を得ることが条件になっている。日本経済新聞は、両社が2026年度中、つまり2027年3月までの設立を目指していると報じた。

二つ目は、政府支援の中身と時期だ。4月に認定された合志の計画は、総投資1,800億円に対して最大600億円の補助だった。新会社の規模はそれをはるかに超える。両社は、計画した生産能力をそろえるための投資は政府の支援を前提に検討するとしており、赤澤経済産業相も財政支援を検討する考えを示している。支援の額がいつ、どの枠組みで決まるかが、1兆円の青写真がどこまで実現するかを左右する。

三つ目は、ソニー自身の投資計画だ。ソニーは2025年6月の時点で、画素の新しい加工技術を量産するための投資は、2027年度に始まる次の中期経営計画以降になるとの見通しを示していた。この新技術は、まず長崎の工場から導入する予定だった。両社は5月の基本合意で、長崎工場への新たな投資も、政府の支援を前提に検討するとしている。ソニーは新会社の準備費用として約100億円を2026年度の見通しに織り込み、経営企画担当の堀井直也執行役員は、2027年以降も「同様もしくはそれ以上の費用をかけて準備をしていくことになる」と語った。次期中期計画で、ソニーがセンサーにどれだけの資金を振り向けるかが、次の大きな手がかりになる。

四つ目は、アップルとサムスンの動きだ。サムスン製のセンサーが、どのiPhoneの、どのカメラに、どれだけ入るのか。これから出るiPhoneの分解調査やサプライチェーンの報道が、ソニーの立ち位置を測る物差しになる。

そして2028年には、隣のJASM第2工場が3ナノメートル品の量産に入る予定だ。熊本の半導体の集積は、計算の半導体と眼の半導体の両面で、もう一段厚みを増す。2029年、合志の新工場から量産品の出荷が始まれば、ソニーとTSMCの新しい分業が本当に「次世代の眼」を生み出せるのかが、製品の形で問われる。

「眼」の主導権を握り続けるために

ソニーは、イメージセンサーという「電子の眼」で、世界の半分を握るところまで来た。しかし、王座を守る戦い方は変わりつつある。画素の細かさと層の多さを競う時代に入り、一社の工場と資金だけでは、技術の進化にも需要の波にも追いつきにくくなった。

だからソニーは、どんな眼を作るかという頭脳を手元に残したまま、作り込む腕と資金を、TSMCや政府と分け合う道を選んだ。JASMではTSMCの客だったソニーが、熊本の新会社では主役として、TSMCを迎え入れる。

その先に見据えるのは、スマホの次に来る巨大な市場、物理の世界で働くAIの「眼」だ。サムスンや中国勢が距離を詰める中、2029年の量産開始まで残された時間は長くない。この新しい分業が、どれだけ早く、どれだけ良い眼を世に送り出せるか。電子の眼の王者の次の10年は、熊本の新工場にかかっている。