鐘が鳴っても売買されなかった株 ―― OPayとは何か

取引開始の鐘が鳴り、立会場には会社のロゴが掲げられた。それなのにその日、この会社の株は、取引時間が終わるまで1株も売買されなかった。
ナイジェリアを中心に月5,000万人が使う金融アプリ「OPay(オーペイ)」の運営会社が、ニューヨーク証券取引所への上場を、取引開始の当日に取りやめた。上場で約480億円を集め、評価額は約6,300億円になるはずだった。会社が理由に挙げたのは、国名を明かさない、ある国の規制当局からの照会だった。
アメリカの新規株式公開では、前の晩に値段を決めて投資家への割り当てを済ませ、翌朝から取引所で売買が始まる。OPayは10月29日の夜、あらかじめ示した値幅の下限で値段を決めた。翌30日の朝には、ナイジェリアの元財務相で同社ナイジェリア法人の会長を務めるシャムスディーン・ウスマン氏と、共同CEOのラース・ボイルセン氏が鐘を鳴らした。ところがブルームバーグによると、午後2時の時点で示された初値の目安は公開価格を1割以上下回り、午後3時半には、取引所の配信に「発表待ち」の売買停止が表示された。OPayはその後、引受証券会社と合意して引受契約を解消したと発表した。
会社の説明は短い。照会は「中核事業にとって重要ではない国」に関するもので、近いうちに満足のいく形で決着すると確信している、ナイジェリアなど4か国のサービスは普段どおり続ける、というものだ。どの国の、どの当局が、何を調べているのかは明かしていない。
OPayは、スマートフォンのアプリひとつで、送金、買い物の支払い、公共料金の支払い、貯金、借り入れまでをこなす。日本でいえば、PayPayのような決済アプリに、ATMと小口ローンを足したものに近い。
ATMの役目を担うのは、街角の雑貨店や露店だ。OPayの決済端末を置いて代理店になり、客はそこで現金を自分の口座に入れたり、引き出したりする。OPayがこれまでに出荷した端末は130万台にのぼる。目論見書によれば、アフリカでは大人の4割あまりが銀行口座を持たず、銀行の支店も少ない。2023年に紙幣の切り替えで現金が街から消え、銀行のアプリが止まりがちになったとき、人々が頼ったのがOPayだった。いまでは毎日アプリを開く人が2,700万人近くにのぼり、調査会社フロスト&サリバンの集計では、ナイジェリアのあらゆるアプリの中で2番目に多い。
稼ぎ方に、この会社の本質がある。2026年1〜6月の売上高は約740億円で、その半分は自社で貸したお金の利息だった。毎日の支払いで集まる利用の記録を手がかりに、銀行が相手にしない人や小さな商店に、少額を短い期間で貸す。支払いは入口で、利益の柱は融資なのだ。そしてこの仕組みを作ったのは、ナイジェリアの起業家ではない。


OPayはどんな会社か ―― 中国人起業家がブラウザー「オペラ」から育てた金融網

OPayはナイジェリアの国民的アプリだが、持ち株会社はケイマン諸島にあり、本社はシンガポールに置く。創業者で筆頭株主は、中国の起業家、周亜輝(ジョウ・ヤーフイ)氏だ。
周氏は1977年生まれ。清華大学で機械工学を学び、2008年にネットゲーム会社の崑崙万維(クンルン・テック)を立ち上げ、2015年に深センで上場させた。2016年にはノルウェー発祥のブラウザー「Opera(オペラ)」の買収を主導し、2018年に米ナスダックへ上場させている。一方、同じころ手に入れた同性愛者向け出会い系アプリ「Grindr(グラインダー)」は、安全保障上のリスクがあるとして米政府の対米外国投資委員会に売却を迫られ、2020年に手放した。周氏の事業が外国の当局の審査にさらされるのは、今回が初めてではない。
OPayの土台は、オペラの利用者だった。通信量を抑えるオペラのスマホ用ブラウザーは、回線の細いアフリカで広く使われ、オペラは2016年、アフリカの利用者が1億人を超えたと発表していた。その上に支払いを載せようと、2018年、ナイジェリアの地元決済会社を買い取る形でOPayを始めた。
2019年には中国の有力ファンドなどから資金を集め、バイクタクシーの配車や料理の宅配まで手を広げた。中国のスーパーアプリを、アフリカでそのまま再現しようとしたのだ。だが2020年2月、最大都市ラゴスの州政府が中心部などでバイクタクシーを禁止し、新型コロナも重なった。OPayは7月に金融以外の事業を止め、大幅に人を減らした。周氏はこの年の4月、崑崙万維の会長を退き、OPayに専念している。
金融に絞ったOPayに、2021年、ソフトバンク・ビジョン・ファンド2が主導して出資した。このときの評価額は、今回の公開価格で決まった評価額のちょうど半分だ。2023年の現金不足では、アプリ分析のシミラーウェブの集計で、OPayともう一つの中国系アプリ「PalmPay(パームペイ)」が、金融アプリのダウンロード数で銀行を抑えて1位と2位に並んだ。急拡大は当局の目も引き、2024年4月には中央銀行が本人確認の不備などを理由に、OPayを含むフィンテック各社に新規顧客の受け入れを止めさせた。解除は6月だった。
最終損益は、2024年の約80億円の赤字から、2025年は約110億円の黒字に転じ、2026年は1〜6月だけで約140億円と前の年1年分を超えた。上場前の持ち株は周氏が約21%、オペラが約9%、ソフトバンクのファンドが約7%。経営は、オペラの元CEOのラース・ボイルセン氏と、アリババ系のアント・グループで香港版アリペイを率いたスティーブン・ウェン氏の共同CEO体制だ。中国メディアは、OPayを「アフリカのアリペイ」と呼ぶ。
国内では、地元発で商店向けの決済端末に強い「Moniepoint(モニーポイント)」や、中国のスマホ大手トランシオンが後ろ盾のパームペイと利用者を奪い合う。課題は、売上の9割をナイジェリア1国に頼り、通貨ナイラが下がれば決算の数字がそのまま目減りすること。そして、融資が膨らむほど貸し倒れへの備えも膨らむことだ。2026年1〜6月の貸し倒れ引当ての費用は約190億円と、前年同期の3倍になった。

世の中はどう見ているか ―― 名前の出ない「照会」と、再上場への観測ポイント

市場の目は、照会の前から厳しかった。折しもAI関連株が売られるなか、ロイター通信は、相場の乱高下と割高感への警戒から、上場をめざす企業が買い手を集め、望む値段をつけるのが難しくなっていると伝えた。OPayの公開価格が値幅の下限にとどまり、初値の目安がそれを割り込んでいたのは、その表れだ。
ビジネスメディアのスタートアップ・フォーチュンは、値決めの後での取り下げは珍しく、照会が遅い段階で、しかも強く効いたことを示すと書いた。国名も中身も明かさない説明については、「投資家を安心させるより、立ち止まらせる」と指摘している。アフリカのテック媒体ウィートラッカーは、ここ数年で最も期待されたアフリカのフィンテック上場が「鐘の音ではなく、鈍い音とともに終わった」と書き、非上場の段階でついた高い評価額が、公開市場でもそのまま通るとは限らないと論じた。中国の経済メディア新浪財経は、「アフリカのアリペイ」という看板の下にあるのは、支払いを入口にした消費者金融の会社だと分析している。ソフトバンクにとっては、2021年の出資時の2倍の評価で、持ち分に市場の値段がつく場面が目前で遠のいた。
最大の焦点は、照会の正体と決着の時期だ。OPayは「近いうちに」決着するとし、重要な進展があれば知らせるとしている。どの国の、どの当局が、何を問うているのかが分かって初めて、投資家はリスクの大きさを測れる。
次に、上場計画の組み直しだ。今回の上場には、アフリカ最大の銀行グループである南アフリカのスタンダード銀行が、最大約315億円を出資する約束がついていた。この出資は上場が条件で、10月に取締役会と株主の承認を得たナイジェリア取引所への2次上場も、ニューヨーク上場の後に続く段取りだった。ナイジェリア取引所グループのテミ・ポポーラCEOは、ナイジェリアで稼ぐ企業の株をナイジェリアの人々が持てるようにすべきだと訴え、大手フィンテックの一つとしてOPayを名指ししていた。米証券取引委員会への届け出をどう扱い、いつ、どんな条件で出直すのか。その発表が、再挑戦の本気度を示す。
そして、融資の質だ。延滞が90日を超えた貸し出しの比率は、6月末で4.3%と、前の年末の5.2%から改善した。市場がOPayを決済の会社ではなく貸し手として値踏みする以上、次に開示される数字でこの比率と引当ての費用がどう動くか、通貨ナイラが持ちこたえるかが、値段を直接左右する。
競合との争いも続く。ナイジェリアの中央銀行は2025年10月に出した新しい指針で、2026年4月から、街角の代理店が組める相手を1社に限った。ナイジェリアのテック媒体テックカバルによれば、およそ200万の代理店が、OPay、モニーポイント、パームペイなどの中から組む相手を1社に絞ることになった。代理店網はOPayの強みそのもので、その奪い合いの行方が利用者の伸びを左右する。
OPayは、銀行が届かない場所でお金を動かし、貸すことで利益が出せることを、数字で示した。それでも上場の直前で足を止めたのは、事業の外側にある、国境をまたぐ規制のリスクだった。再挑戦の成否を決めるのは業績ではなく、この名前のない照会を、どれだけ早く、どれだけはっきり片づけられるかである。
