ダイヤモンドに掘られた「逆さのピラミッド」

人工ダイヤモンドの小さな板に、ピラミッドを逆さまにして押し込んだような四角い穴が、一つ掘られている。幅は0.1ミリに満たない。髪の毛1本の太さほどの穴だ。電圧をかけたときだけ、この穴の斜面に電気の通り道が生まれ、電流が板の表から裏へ抜ける。そんな仕組みのダイヤモンドのトランジスタが、世界で初めて動いた。
斜面は薄い絶縁の膜で覆われ、その上に電極が載っている。電極にマイナスの電圧をかけると、斜面のすぐ内側に、ごく薄い通り道が浮かび上がる。電流は、じょうごを伝う水のように斜面を滑り降り、穴の底から板の裏側へ流れていく。電圧を抜けば通り道は消え、電流は止まる。揚げ物の油よりはるかに熱い300℃でも、この開け閉めはきちんと働いた。
穴の四つの斜面は、どれも同じ角度で底へ落ち込む三角形だ。この三角形は、天然ダイヤモンドの原石が見せる面と同じ種類の面である。原石は、ピラミッドを上下に二つ貼り合わせたような「八面体」の形で見つかることが多い。その八面体を包む三角形の面が、そのまま穴の斜面になっている。ダイヤモンドでは、この向きの面にしか、電気の通り道となる「反転層」を作れなかった。
発表したのは、金沢大学と産業技術総合研究所(産総研)の研究チームで、2026年9月18日のことだ。正式な名前は「トレンチ型反転層チャネルダイヤモンドMOSFET」。溝や穴を意味する「トレンチ」を掘り、その壁に「反転層」の通り道を作る。トレンチと反転層を組み合わせたダイヤモンドのトランジスタは、これまで誰も動かせていなかった。
研究を率いたのは、金沢大学ダイヤモンド研究センター長の徳田規夫教授だ。論文には、同大学博士後期課程の中村勇斗さんと、産総研 先進パワーエレクトロニクス研究センターの長井雅嗣研究員が、そろって筆頭著者として名を連ねる。論文は学術誌「ダイヤモンド・アンド・リレーテッド・マテリアルズ」に9月4日にオンライン掲載され、誰でも無料で読める形で公開されている。

パワー半導体は「電気の蛇口」

電気自動車のアクセルを踏むと、床下の電池の電気が、モーターを回すための交流に作り替えられる。この変換を受け持つのがインバーターで、その心臓部には、電気を流したり止めたりする半導体のスイッチが並ぶ。スイッチは1秒間に1万回を超える速さで開け閉めを繰り返し、そのたびに、わずかな電気が熱になって失われる。
こうした大電力用のスイッチを「パワー半導体」と呼ぶ。代表的な形がMOSFETで、たとえるなら電気の蛇口だ。水道管にあたる電気の通り道があり、ハンドルにあたる「ゲート」に電圧をかけると蛇口が開いて、電流が流れる。
蛇口の素材は長くシリコンだった。いまの電気自動車では、より高い電圧と熱に耐えるシリコンカーバイド、つまりSiCが主役になりつつある。ダイヤモンドは、そのさらに先にある素材だ。産総研は2016年の発表で、ダイヤモンドの熱の伝わりやすさはシリコンの14倍、電気的な破壊に耐える強さは100倍に達すると説明している。同じ電力を、より小さな素子で、より熱に強く、より少ない損失で扱える計算になる。徳田教授は2017年、日経クロステックに掲載された記事の中で「次世代材料でシリコン系パワーデバイスをすべて置き換えられるのは、ダイヤモンドだけ」と語っていた。
ただ、この素材で実際に使える蛇口を作るのは、極端に難しかった。

押している間だけ流れる「水飲み場の蛇口」

公園の水飲み場は、ボタンを押している間だけ水が出て、手を離すと止まる。パワー半導体にも、この性質が欠かせない。ゲートに電圧をかけていないときは電流が流れず、かけたときだけ流れる。これを「ノーマリーオフ」と呼ぶ。停電や故障で制御の信号が途絶えても、スイッチがひとりでに閉じるので、装置を安全に止められる。金沢大学と産総研は、故障しても安全側に倒れる「フェイルセーフ」の観点から、この性質をパワー半導体に不可欠なものと位置づけている。
ダイヤモンドのトランジスタには、大きく二つの作り方がある。
一つは「水素終端」と呼ばれる方式だ。ダイヤモンドの表面を水素の原子で覆うと、そのすぐ下に、電気を通す薄い層がひとりでに現れる。作りやすく、電流も多く流せるため、早稲田大学の川原田洋教授のグループなどが長くこの分野を引っ張ってきた。ただ、何もしなくても通り道があるので、止めるためには押し続けなければならない蛇口、つまり「ノーマリーオン」になりやすい。2024年に発表された総説論文も、水素終端のダイヤモンドMOSFETは一般にノーマリーオンになると指摘している。表面の一部を酸化するなどの工夫でノーマリーオフにした例はある。それでも金沢大学と産総研は、これまでに報告されたトレンチ型は、原理上、ノーマリーオフを安定して実現するのが課題だったと説明する。
もう一つが、今回の「反転層」方式である。ふだんは電流の運び手がほとんどいない層に、ゲートの電圧で運び手を呼び集め、表面にだけ一時的な通り道を作る。パソコンやスマートフォンの中で働くシリコンのトランジスタも、基本的にこの原理で動いている。電圧を抜けば通り道は消えるので、原理そのものがノーマリーオフだ。どの電圧で開き始めるかを、設計で狙って決めやすい利点もある。
ダイヤモンドで初めてこの反転層を作ったのは、2016年に金沢大学と産総研、デンソーの研究者が発表した成果だった。電圧をかける膜とダイヤモンドの境目をきれいに作るのが難しく、それまで誰も実現できていなかった。ただ、このときの素子は、電流が板の表面を横に流れる「横型」だった。

平地の道路から「じょうご」へ

横型の素子では、電流は板の表面を横に走る。平地に一本道を敷くようなものだ。高い電圧に耐えさせるには道を長くするしかなく、そのぶん素子は大きくなり、抵抗も増える。高い電圧と大きな電力を扱うパワー半導体には向かない。
そこで電流を、板の表から裏へ、縦に流す。これが「縦型」で、狭い土地にビルを建てるように面積を節約できる。縦型には二つの形がある。
一つは「プレーナ型」だ。スイッチの部分は平らな表面に置き、電流はそこから下へ曲がって流れる。ただ、隣り合うスイッチの間で電流の通り道がくびれて損失が生じ、スイッチを敷き詰められる密度にも限りがある。
もう一つが「トレンチ型」だ。表面に溝や穴を掘り、その壁をスイッチにする。電流は壁を伝ってまっすぐ下へ流れるので、途中のくびれがない。壁を使うぶん、同じ面積にスイッチを多く詰め込める。発表資料は、トレンチ型を「低損失化に最も有利なMOSFET構造」と説明している。
この順番は、SiCがたどった道でもある。ロームは2010年12月、SiCのMOSFETの量産を世界で初めて始めた。このときの素子は平らな構造だった。そして2015年、溝を掘ったトレンチ型のSiC MOSFETを世界で初めて量産すると発表し、電気の流れにくさを示すオン抵抗をおよそ半分に下げたと説明した。フランスの調査会社ヨール・グループは、SiCのパワー素子の市場が2030年に約100億ドル(約1兆6,000億円)に達すると見込む。ダイヤモンドが将来食い込もうとしているのは、こうした市場である。
ダイヤモンドの反転層方式は、2016年の横型から、プレーナ型を経ずにトレンチ型へ進んだ。発表資料の言葉を借りれば「一足飛び」だ。プレーナ型もトレンチ型も縦型の一種なので、反転層を持つ縦型のダイヤモンドMOSFETが動いたのも、今回が世界で初めてになる。10年をかけて、階段を一段飛ばしで上ったことになる。

ニッケルと水蒸気で、結晶の面を掘り出す

では、なぜトレンチ型の反転層素子は、これまで作れなかったのか。鍵は、あの八面体の面にある。
ダイヤモンドの結晶は、サイコロのような立方体の骨組みでできている。そこには、サイコロの平らな面にあたる向きと、サイコロの角を斜めに切り落とした切り口にあたる向きがある。原石の八面体を包んでいるのは、後者の切り口の面だ。ダイヤモンドで反転層を作れる表面は、これまでこの切り口の面に限られていた。穴を掘るなら、その壁をぴったりこの向きにそろえなければならない。
ところが、半導体の加工で一般的なプラズマを使った削り方では、そうした壁を狙って作るのが難しい。しかもダイヤモンドは、プラズマで表面が傷つくと素子の性能が落ちる。
研究チームが持ち込んだのは、薬品もプラズマも使わない独自の削り方だった。ダイヤモンドの上にニッケルの膜を載せ、高温の水蒸気の中で熱する。すると、砂糖がお湯に溶けるように、ダイヤモンドの炭素がニッケルの中へ溶け込んでいく。ニッケルが触れている部分だけが、ダイヤモンドから削り取られるわけだ。
この削れ方には、はっきりした癖がある。角の切り口にあたる八面体の面だけが、極端に削れにくい。やわらかい地層が先に崩れ、硬い岩盤だけが崖として残るように、ほかの向きが先に削れて、最後に八面体の面が壁として残る。サイコロの平らな面の向きをした板を上から掘り進めると、四方の壁がひとりでに八面体の面にそろい、逆さのピラミッド形の穴ができあがる。
この削り方を最初に報告したのは、2018年に発表された長井研究員らの論文だった。長井氏は当時、金沢大学に所属していた。1000℃の水蒸気の中で1分間に8.7マイクロメートル、髪の毛の太さのおよそ10分の1を掘り進む速さで、プラズマを使う方法を大きく上回ったという。8年前に削り方を生み出した研究者が、今回、素子を完成させた論文の筆頭著者に名を連ねている。

300℃で、むしろ電流が増えた

今回の素子は、この穴の斜面をそのままスイッチに使う。表側に電気の入り口となるソースがあり、その下に、ふだんは電流を通さないよう窒素を加えた層、高い電圧を受け止めるためにホウ素を薄く加えた厚い層、ホウ素を濃く加えた層が重なる。いちばん下が出口のドレインだ。斜面はアルミナの薄い膜で覆われ、その上にゲートの電極が載る。
発表資料のグラフによると、室温では、ゲートの電圧がおよそマイナス4.9ボルトに達するまで、電流はほとんど流れない。300℃ではこの境目がマイナス6.2ボルトへずれたが、電圧をかけなければ電流が止まる性質は保たれた。しかも300℃のほうが、同じ条件で流れる電流は多い。ゲートにマイナス12ボルト、ドレインにマイナス15ボルトをかけた条件で、電流はゲートの幅1ミリあたり、室温でおよそ0.5ミリアンペア、300℃でおよそ0.9ミリアンペアだった。シリコンのパワーMOSFETは、温度が上がるほど抵抗が増えて電流が流れにくくなるのが普通だ。それとは逆の振る舞いである。
この組み合わせには、量産を考えるうえで見逃せない意味もある。ダイヤモンドのウェハーで大型化が先に進んでいるのは、サイコロの平らな面の向きのほうだ。オーブレー(Orbray)が2021年に量産技術を開発した直径2インチのウェハーも、この向きで作られている。一方、八面体の面をそのまま表面に持つ基板は、同社が2025年に20ミリ角、2026年3月に30ミリ角の製造技術を発表した段階で、直径約50ミリの2インチにはまだ届かない。今回の方法は、大きく作りやすい向きの板に穴を掘り、その壁として八面体の面を取り出す。反転層に必要な面を、ウェハー大型化の流れに逆らわずに手に入れられることになる。

強み——原理で安全、熱に強く、大きなウェハーに乗る

いちばんの強みは、安全性が後付けの工夫ではなく、原理から来ていることだ。電気自動車や送電網のように、止まるべきときに確実に止まらなければならない用途では、ノーマリーオフは入場券にあたる。実際、窒化ガリウム、つまりGaNのトランジスタも本来はノーマリーオンの性質を持ち、製品では構造を変えたり別の素子と組み合わせたりして、オフの側に倒している。その手間が要らないことは、部品の数や信頼性の面で効いてくる。
二つ目は、熱への強さだ。300℃で動き、しかも電流が増えた。米国のダイヤモンド半導体スタートアップ、ダイヤモンド・クオンタ(Diamond Quanta)の共同創業者は、業界誌への寄稿で、ダイヤモンドが300℃を超える温度で動けることは、大がかりな冷却の仕組みを不要にしうると論じている。冷却装置が小さくなれば、インバーターは軽く、安くなる。
三つ目は、先に触れたウェハーとの相性と、加工の素性の良さだ。プラズマを使わないので表面を傷めにくく、削る速さも速い。
四つ目が、チームの積み上げである。金沢大学と産総研は、2016年の反転層、2018年の削り方に加え、2020年にはシリコンのウェハーの上に育てたダイヤモンドで反転層の素子を動かし、2025年には、電圧をかける膜との境目を原子の並びのレベルで平らにして、動作時の抵抗を下げた。日刊工業新聞はこの成果を「電気抵抗1ケタ改善」と報じている。さらに2026年7月には、金沢大学のグループが、反転層を作れないとされてきたサイコロの平らな面の向きでも、反転層の素子を動かしたと別の論文で報告した。壁を平らにする技術、境目をきれいにする技術、面の制約を外す技術が、同じ研究室の中でそろい始めている。金沢大学は2025年10月にダイヤモンド研究センターを設け、パワー半導体からウェハー、量子技術まで、六つのグループで研究を束ねている。

課題——電流はまだ細く、耐圧はこれから

最大の課題は、流せる電流の小ささだ。今回の素子が流した電流は、ゲートの幅1ミリあたり1ミリアンペアに届かない。一方、水素終端方式の縦型素子は、早稲田大学が2018年に発表した時点で、1ミリあたり200ミリアンペアを超えていた。
実用に近い水準では、差はさらに開く。早稲田大学発のスタートアップ、パワー・ダイヤモンド・システムズ、略してPDSは2026年3月、1個の素子で550ボルトに耐え、0.8アンペアを流せるダイヤモンドMOSFETを発表し、200ボルト・1アンペアでのスイッチングを実現したと明らかにした。同じ月には、このMOSFETを使って電圧を下げる電源回路、DC-DCコンバーターを実際に動かしたとも発表している。産総研と本田技術研究所も2025年3月、水素終端の素子を314個並べてつなぎ、2.5アンペアの電流を数十ナノ秒で切り替える高速動作を示した。電流の太さでは、反転層方式はまだ大きく後れを取っている。
原因の一つは、電流の運び手の動きやすさを表す「移動度」にある。反転層の素子の移動度は、2016年の最初の素子で8、2019年の改良で20だった。ダイヤモンドの結晶そのものが持つ値は数千に達する。研究チームのこれまでの論文は、膜との境目にできる段差や欠陥が運び手の足を引っ張っていることを、主な原因の一つに挙げている。長井研究員が2025年度から3年計画で進める研究は、穴の壁を原子レベルで平らにし、移動度1000以上の素子を作ることを目標に掲げる。
二つ目は、耐えられる電圧だ。今回の発表では、素子がどこまでの電圧に耐えられるかという値は示されていない。高い電圧を受け止める層は構造に組み込まれているが、パワー半導体としての実力が問われるのはこれからだ。研究チームは今後、素子の構造を最適化して、さらに損失を減らすとしている。
三つ目は、一つの穴から、たくさんの穴を敷き詰めたチップへの道のりだ。電気自動車のインバーターが扱う電流は、数百アンペアに及ぶ。今回はまだ一つの穴で動作を確かめた段階で、穴の形や壁の平らさを、ウェハー全体でそろえて作れるかどうかは、これからの勝負になる。
四つ目は、材料そのもののコストだ。米化学会の週刊誌C&ENは2026年7月、ダイヤモンドのウェハーは現状、シリコンより桁違いに高いと伝えた。オーブレーと、デビアス・グループ傘下のエレメントシックス(Element Six)は同年6月、直径3インチの結晶の製造技術を確立し、4インチの開発に着手したと発表した。それでも、シリコンの12インチ、SiCの8インチとの差はなお大きい。


お金の地図——二つの陣営と、両方に賭ける国

資金の出どころは、二つの方式ではっきり分かれている。
水素終端の陣営には、民間の資金と事業会社がついている。PDSは2024年11月、JICベンチャー・グロース・インベストメンツ、早稲田大学ベンチャーズ、QBキャピタル、みずほキャピタルを引受先に約7億円を調達し、2025年1月には三菱UFJキャピタルから約1億円を追加した。産総研は本田技術研究所と2023年に共同研究を始め、2026年2月には、産総研のつくばと関西の拠点に「Honda R&D-産総研ダイヤモンド×エレクトロニクス連携研究室」を開いた。
一方、今回の反転層方式の研究を支えているのは、国の研究費だ。発表資料には、新エネルギー・産業技術総合開発機構、NEDOの先導研究プログラム、文部科学省の研究大学強化事業「J-PEAKS」、日本学術振興会の科学研究費、科学技術振興機構の創発的研究支援事業が並ぶ。NEDOの先導研究プログラムは、2040年以降に実用化が期待される要素技術を育てるための枠組みだ。金沢大学は2023年12月に、J-PEAKSの対象校に選ばれている。
興味深いのは、PDSの2026年3月の成果も、同じNEDOの事業の支援を受けていることだ。国は水素終端と反転層の両方に賭けている。産総研自身も、ホンダとは水素終端、金沢大学とは反転層と、二つの方式を並行して走らせている。どちらが勝っても技術が国内に残る、分散投資の構図である。
自動車業界の関心も古い。2016年の反転層の世界初の成果には、デンソーの研究者が名を連ねていた。トヨタ自動車とデンソーが出資する車載半導体の研究会社ミライズテクノロジーズは、2023年にオーブレーと共同研究を始め、縦型のダイヤモンドパワー半導体の実現を目指すとした。日本経済新聞によると、ミライズの幹部は10年後の実用化を目指すと語っている。3年の予定で始まったこの共同研究は、2026年に区切りを迎える。
ウェハーの側にも資金が流れ込む。オーブレーは、エレメントシックスが率いる米国防高等研究計画局、DARPAの超ワイドバンドギャップ半導体プログラムに、レーダー大手のレイセオンなどと並んで加わっている。2インチのウェハーは、エレメントシックスの米オレゴン州の工場で量産準備の最終段階に入った。東証グロース上場のイーディーピーは、小さな結晶を貼り合わせた2インチのウェハーの製品化を進める。ただ、2026年3月期は売上高5億円あまりに対し、最終損益は24億円の赤字だった。2027年3月期は売上高11億円、最終赤字2億円程度への縮小を見込む。
量産の先頭を走るのは、北海道大学と産総研の技術から生まれた大熊ダイヤモンドデバイスだ。2024年にデットを含めて約40億円を調達し、2026年5月、福島県大熊町にダイヤモンド半導体の工場を完成させた。本格量産は2028年度を予定する。佐賀大学発のダイヤモンドセミコンダクターは、2026年1月からダイヤモンド半導体デバイスのサンプル販売を始めた。ただ、両社が最初に狙うのは、原発の廃炉や宇宙、安全保障、次世代通信といった、放射線や高い周波数への強さが効く分野だ。電気自動車の心臓部を担うパワースイッチは、その先にある市場になる。
海外では、フランスのディアムファブ(Diamfab)が2024年4月、仏アステリオン・ベンチャーズや、フランスの公的投資銀行が運用するフレンチ・テック・シードなどから、870万ユーロ(約16億円)を調達した。アステリオンの担当者は、欧州にとって重要な産業を域内に取り戻す意義を強調している。同社は2026年にグルノーブルで試験工場を開き、2030年ごろの量産市場向けの供給を目指す。
投資家の目で見ると、水素終端の陣営には、すでに事業化の器と民間資金がある。反転層の陣営には、原理上の安全性と独自の加工技術があるが、今のところ大学と産総研の研究として進んでいる。金沢大学発のスタートアップとしては、単結晶の黒いダイヤモンドを宝飾品として売るKanazawa Diamondがあるが、パワー素子を手がける会社ではない。反転層のトレンチ素子が電流の壁を越えたとき、それを誰が事業にするのか。そこが次の投資テーマになる。


報道と投資家は、どう見ているか

今回の成果を報じたのは、主に技術系のニュースサイトだった。EE Times Japanは9月28日、「『世界初』新たなトレンチ型ダイヤモンドMOSFETの動作実証」との見出しで、ノーマリーオフ動作と300℃での動作を前面に出した。この記事はYahoo!ニュースにも転載された。マイナビのTECH+も翌29日に「世界初成功」と伝えている。
ダイヤモンド半導体そのものは、2026年に入って、テレビや全国紙でも扱われる話題になった。読売新聞は6月18日の夕刊に徳田教授への取材記事を載せ、NHK Eテレの「視点・論点」には、6月10日に同センターの松本翼准教授が出演した。テレビ東京系列も6月の番組で大熊ダイヤモンドデバイスを取り上げ、8月にはワールドビジネスサテライトで「究極」のダイヤモンド半導体を特集している。
海外では、米化学会のC&ENが7月、「シリコンは忘れよう。ダイヤモンドが次の半導体材料かもしれない」と題した記事を載せた。ディアムファブのゴーティエ・シコCEOは、単結晶ダイヤモンドのウェハーづくりを「ある意味で料理に似ている」と表現している。
投資家の側で最も踏み込んだ見立てを示したのは、東京を拠点とするベンチャーキャピタル、コーラル・キャピタル(Coral Capital)だ。創業パートナーのジェームズ・ライニー氏は2026年4月、「日本のアポロ・モーメント」と題した論考で、中国を除くと世界のダイヤモンド半導体の研究者は100人強にすぎず、その約4分の1が同社の投資先である大熊ダイヤモンドデバイスに集まっていると書いた。そのうえで日本の強みを、25年にわたる公的な研究の蓄積と、職人的な製造の文化に求めている。今回の成果は、その蓄積が大熊とは別の大学、別の方式にも厚く広がっていることを示した。
実用化の時期については、慎重な見方が多い。日本経済新聞は2023年の時点で、ダイヤモンドのパワー半導体は2020年代後半から2030年代に実用化が見込まれると書いた。

次の節目——いつ、何が見えてくるか

最初の節目は11月に来る。中国の商務省などは2025年10月、人工ダイヤモンドの単結晶や微粉末、ダイヤモンドを育てる一部のCVD装置とその技術を、輸出規制の対象に加えた。翌11月には、この規制の実施を2026年11月10日まで停止した。9月上旬の時点で、中国側は延長するかどうかを明らかにしていない。日本や欧州で半導体用のダイヤモンドを育てるのは、主にマイクロ波を使うCVD装置で、規制の対象になった直流プラズマ方式の装置とは仕組みが違う。それでも、中国がダイヤモンドを戦略物資として扱い始めた事実は変わらない。期限の前後に何が発表されるかは、日米欧の供給網の議論を左右する。
同じ11月の11日から13日には、九州大学の筑紫キャンパスで、第40回ダイヤモンドシンポジウムが開かれる。国内のダイヤモンド研究者が集まる年に一度の場だ。12月12日から16日には、半導体素子の分野で最も権威のある国際会議の一つ、IEDMが米サンフランシスコで開かれる。
ウェハーの側では、2インチの量産が目前に迫る。エレメントシックスとオーブレーは2インチのウェハーの量産に向けた最終準備に入り、3インチの結晶の研磨技術を開発している。イーディーピーも2インチの貼り合わせウェハーの製品化を進める。
研究の側では、長井研究員の3年計画が2027年度に終わる。穴の壁を原子レベルで平らにし、移動度1000以上を実現できるかどうかが、反転層方式の電流の弱さを覆せるかを占う試金石になる。2028年度には、大熊ダイヤモンドデバイスが福島の工場で本格量産に入る予定だ。ミライズの幹部が語った「10年後」は2033年ごろにあたり、NEDOの先導研究プログラムが見据えるのは、さらにその先の2040年以降である。
投資家が追うべき指標は、四つに絞れる。一つ目は、ゲートの幅1ミリあたりの電流が、今のミリアンペア級から、水素終端方式が示してきた数百ミリアンペア級へ近づけるか。二つ目は耐えられる電圧で、値が示され、数百ボルトから千ボルト級へ伸びるか。三つ目は移動度で、20から100、そして1000へ上がるか。四つ目は、この方式に賭ける企業や投資家が名乗りを上げるかどうかだ。


「一段飛ばし」の先にあるもの

2016年、金沢大学と産総研は、ダイヤモンドで初めて反転層を作った。それから10年。今回、プレーナ型という中間の段を飛ばし、低損失パワー半導体の究極形の一つとされるトレンチ型で、反転層の素子を動かしてみせた。手を離せば止まる。熱に強い。大きなウェハーに乗る。原理の面では、ダイヤモンドの蛇口に求められる条件がそろい始めた。
一方で、流せる電流はまだ細く、水素終端方式と民間資金の先行を追う立場にある。国は両方の方式に資金を配り、自動車大手は10年先を見据えて席を確保し、欧米ではウェハーと防衛の資金が動く。地球の奥深くで長い時間をかけて形づくられた八面体の面を、ニッケルと水蒸気で掘り出す技術が、電気自動車の床下までたどり着けるかどうか。次の手がかりが出てくる場は、11月の国内の学会と、12月の国際会議だ。