「電気を光に置き換える」とは何か — 光電融合をやさしく解説

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - 「電気を光に置き換える」とは何か — 光電融合をやさしく解説 - 章扉

まず、今回の共同研究のテーマである「光電融合」と「フォトニクス」が何を指すのかを、できるだけ平易に押さえておきたい。

現在のコンピューターやデータセンターは、チップとチップ、基板と基板の間を「銅の配線」に電気を流して情報をやり取りしている。長らくこれで十分だったが、生成AIの学習・推論では、何万個ものGPU(画像処理半導体)を束ね、その間で天文学的な量のデータを絶え間なく動かす必要がある。すると問題になるのが、銅配線の宿命である「発熱」と「距離の限界」だ。電気信号は距離が伸びるほど減衰し、速度を上げるほど発熱して電力を食う。業界ではこれを「銅の壁(copper wall/copper bottleneck)」と呼ぶ。AIデータセンターの電力消費が国家レベルの議論になっているのは、計算そのものだけでなく、この「データを動かすための電力」が膨張しているからでもある。

そこで登場するのが「光」だ。電気の代わりに光(レーザー光)で信号を送れば、発熱は激減し、距離が伸びても速度はほとんど落ちない。スマホの動画が光ファイバー網を通じて遠くの都市から遅延なく届くのと同じ理屈を、こんどは「チップのすぐ隣」「同じパッケージの中」にまで持ち込もう、というのが光電融合の発想である。電気回路と光回路を一つのパッケージに同居させる実装方式は、業界では Co-Packaged Optics(CPO、コ・パッケージド・オプティクス) と呼ばれ、いまもっとも注目を集める実装技術になっている。NVIDIAやBroadcomが2025〜2026年にかけて相次いで投入したシリコンフォトニクス搭載スイッチは、まさにこのCPOの最初の実用例だ。

この「光の回路」を、シリコンや化合物半導体の上に微細加工で作り込んだチップが フォトニック集積回路(PIC:Photonic Integrated Circuit) である。電子回路(IC)が電気の流れを制御するように、PICは光の発生・変調・分岐・受光を1チップ上で制御する。レーザー光源、光を電気信号で点滅させる変調器、光の進み道(導波路)、光を電気に戻す受光素子(フォトダイオード)などが、米粒よりはるかに小さな領域に集積される。今回デクセリアルズが組むPITCは、まさにこのPICを「研究室の試作」から「産業の量産」へと橋渡しすることを使命とする機関である。

要するに今回のニュースは、「日本の素材メーカーが、ヨーロッパ随一の光チップ拠点と手を組み、AI時代のデータセンターの心臓部となる『光の半導体』の材料・部材で世界を狙う」という話だと理解すればよい。

デクセリアルズとPITCの共同研究 — 何が、どこで、誰と決まったのか

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - デクセリアルズとPITCの共同研究 — 何が、どこで、誰と決まったのか - 章扉

デクセリアルズは2026年6月8日、PITCとの共同研究を開始すると発表した。続く6月11日には、栃木県下野市の本社・栃木事業所で調印式を行っている。日本企業の本社にオランダの研究機関と政府関係者が出向く、いわば「国際連携の格上げ」を印象づける式典だった。

調印したのは、デクセリアルズ側が代表取締役社長の新家由久(にいや・よしひさ)氏、PITC側がゼネラルマネージャーのTon van Mol(トン・ファン・モル)氏である。式典にはオランダ大使館の特命全権公使Rob Anderson氏や、PITCの本拠地である北ブラバント州の副知事も同席し、両国の産学官が見守るかたちとなった。

共同研究は、オランダの公的研究機関 TNO(オランダ応用科学研究機構) が主導する研究プログラムの枠組みのもとで進められる。デクセリアルズは発表で、自社が持つ「機能性材料」と「光半導体」の強みに、PITCの研究開発基盤技術を掛け合わせることで、市場拡大を見据えたフォトニクス領域の技術基盤を強化すると説明した。狙いの中心にあるのが、前章で触れた光電融合(CPO)である。同社はこの協業を通じて、光電融合の実現時期そのものを前倒しすること、そしてフォトニクス分野で新たな技術を生み出すことを目標に掲げる。

経営陣の言葉も方向性を物語る。新家社長は「生成AIやデータセンター需要が拡大するなか、フォトニクス分野の重要性は増している」とコメント。執行役員のクオ・フア・サン氏は、ハイテクキャンパス・アイントホーフェンに入居する他分野の企業との連携も目指す考えを示した。単発の共同研究にとどめず、オランダの研究集積そのものに根を張ろうという意思がうかがえる。実際デクセリアルズは、オランダとドイツに販売拠点を持ち、ハイテクキャンパス・アイントホーフェン内にサテライトオフィスを構えるなど、欧州での足場づくりを先行させてきた。今回のPITCとの提携は、その布石の延長線上にある。

なお発表時点では、共同研究の出資額や費用負担の内訳といった金銭的条件は開示されていない。後述する大日本印刷(DNP)の類似案件が3年間の共同研究契約であることを踏まえると、成果が形になるまでには一定の時間軸を見込むのが自然だが、契約期間も含め具体的条件は非公開である。本稿では公表されていない金額を推測で補うことはしない。

デクセリアルズとは — ソニー由来の「縁の下の素材王者」

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - デクセリアルズとは — ソニー由来の「縁の下の素材王者」 - 章扉

ここで、主役であるデクセリアルズという会社の素性を押さえておきたい。一般消費者の目に触れる製品はほとんど作っていないが、スマートフォンやテレビ、車載ディスプレーの「中」では、同社の材料が世界中で使われている。

源流は1962年に設立されたソニーケミカル(後にソニーケミカル&インフォメーションデバイス)にさかのぼる。長くソニーグループの化学・デバイス事業を担ってきたが、ソニーが2012年3月期にかけて連続最終赤字に陥り「選択と集中」を迫られるなかで、化学品事業は独立を余儀なくされた。日本政策投資銀行(DBJ)系のファンドなどが出資する特別目的会社へ売却され、社名を「デクセリアルズ」に改めて2012年に独立。2015年7月に東京証券取引所へ株式を上場した。皮肉にも「ソニーに切り出された事業」が、その後ニッチ市場の世界王者として再生を遂げた好例として、しばしば語られる存在である。

同社の強みは、特定の機能性材料で圧倒的な世界シェアを握る「一点突破型」のビジネスモデルにある。代表格が 異方性導電膜(ACF) だ。これは縦方向にだけ電気を通し、横方向には絶縁する特殊なフィルムで、ディスプレーのガラス基板に駆動用ICを圧着して接続する際に不可欠な材料である。スマホやテレビの画面が映るのは、文字どおりこの極薄フィルムが電気の通り道を作っているからだ。このほか、画面の映り込みを抑える 反射防止フィルム(ARF)、ディスプレーの視認性を高める 光学弾性樹脂(SVR) でも世界トップシェアを持つ。いずれも数ミクロン単位の薄膜を精密に作り込む技術が競争力の源泉であり、表面実装型ヒューズなど電子部品も手がける。2026年5月29日時点の時価総額は約7,056億円。新家由久社長は福岡県出身で、近畿大学大学院を修了後、2001年にソニーケミカルへ入社し、2017年に上席執行役員、2019年3月に社長へ就いた生え抜きである。

この「薄膜と微細加工の素材屋」が、なぜ光半導体に踏み込めるのか。鍵は2022年の買収にある。同社はDBJと共同で、京都の光半導体メーカー 京都セミコンダクター を約88億円で取得し(議決権はデクセリアルズ81.1%、DBJ18.9%)子会社化した。京都セミコンダクターは受発光半導体デバイスや光通信デバイス、センシング向けデバイスを開発・製造する企業で、買収当時の売上高は約34億9,000万円だった。デクセリアルズが得意とする微細加工技術と、京都セミコンダクターの半導体設計技術を融合させ、高速通信・センシング市場で新製品を共同開発する——これがM&Aの狙いだった。さらに2024年4月、宮城県登米市の精密部品子会社などと京都セミコンダクターを経営統合し、フォトニクス事業の中核会社 デクセリアルズ フォトニクス ソリューションズ(DXPS) を栃木県下野市に立ち上げた。DXPSはIoT・5G・ビッグデータ・生成AI向けの光半導体デバイスを担い、自律移動ロボットとのテラヘルツ帯通信の世界初実証などにも取り組んでいる。素材の蓄積に、光を作り受ける半導体デバイスの能力を継ぎ足した——この二段構えが、今回のPITC連携を可能にした布石である。

なぜいま「素材会社」が光に賭けるのか — 中計と光半導体の急拡大

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - なぜいま「素材会社」が光に賭けるのか — 中計と光半導体の急拡大 - 章扉

デクセリアルズがフォトニクスへ本気で舵を切っていることは、同社自身の経営目標の「書き換え」に最も鮮明に表れている。

同社は2024年5月に中期経営計画2028「進化の実現」を策定し、フォトニクス領域を自動車領域と並ぶ「第3の成長の柱」と位置づけた。当初のFY2028(2028年度)目標は、売上高1,500億円、事業利益500億円、EBITDAマージン43%、ROE約25%というものだった。このときフォトニクス事業の売上高目標は150億円にすぎなかった。

ところがそのわずか2年後、2026年5月13日に発表した2026年3月期決算と中計の「リフレッシュ(アップデート)」で、同社は目標を大幅に引き上げた。FY2028の売上高目標は1,500億円から 1,640億円 へ、事業利益は500億円から 630億円 へ、EBITDAマージンは43%から 45%、ROEは約25%から 約31% へと上方修正された。成長領域の売上比率目標も30%から35%へ高まっている。なかでも象徴的なのが、フォトニクス事業の売上目標を当初の150億円から 325億円 へと、2倍以上に積み増した点だ。直近2026年3月期の連結売上高が約1,138億円であることを踏まえると、フォトニクス一本で売上の2割近くを稼ぐ姿を描いていることになる。会社側はこの上方修正の主因を、生成AIが牽引するフォトニクス(光半導体)需要の急拡大だと説明している。

この需要を取りこぼさないため、設備投資も先行している。宮城県登米事業所では光半導体の生産ラインが2026年4月に稼働を始め、栃木県鹿沼事業所では主力のACFを増産する新棟が2026年6月に立ち上がる計画だ。「材料(ACF・光学樹脂)」と「デバイス(光半導体)」の両輪を同時に増強し、AIデータセンター向けの素材・部材需要に応える布陣を整えつつある。

株式市場もこの物語に敏感に反応してきた。2026年5月の決算・中計アップデート前後には、株価が短期間で乱高下するほど商いが膨らんだ。投資家がデクセリアルズを「機能性材料の安定企業」から「光電融合の成長株」へと評価軸を移しつつあることの表れであり、今回のPITC連携は、その成長ストーリーに技術的な裏付けを与える出来事として位置づけられる。中計の数字を引き上げた直後に、欧州随一の光チップ拠点との共同研究を発表した——この時系列そのものが、同社の本気度を物語っている。

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - なぜいま「素材会社」が光に賭けるのか — 中計と光半導体の急拡大 - 図表1

PITCとオランダ「フォトニクス立国」 — 欧州が築いた光チップ・エコシステム

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - PITCとオランダ「フォトニクス立国」 — 欧州が築いた光チップ・エコシステム - 章扉

では、デクセリアルズが組んだ相手であるPITCとは、いったい何者なのか。これを理解するには、オランダが国家戦略として築いてきた「フォトニクス・エコシステム」を俯瞰する必要がある。

PITC(Photonic Integration Technology Centre)は、フォトニック集積回路(PIC)の産業応用を加速するためのオープンな研究開発拠点として、2021年6月に発足した。設立母体は、オランダのフォトニクス産業を束ねる中核組織 PhotonDelta、公的研究機関の TNO、そして光集積の世界的拠点である アイントホーフェン工科大学トゥウェンテ大学 の4者である。背後には、ブレインポート開発公社やオランダ経済気候政策省、北ブラバント州など州政府の支援も付く。PITCの掲げる使命は明快で、研究室レベルの光技術を「産業として成り立つ成熟度」まで引き上げ、製造・商用化への道筋を整え、世界の顧客とつなぐことにある。顧客企業から見れば、最先端の光技術と知見に早い段階でアクセスでき、新技術開発のコストとリスクを分担できる——これがPITCの価値提案だ。自動運転、ヘルスケア、データ通信、センシングといった応用分野を見据えている。今回のデクセリアルズのように、海外の素材・デバイス企業が「自社の強み」を持ち込んで光チップの実装課題に挑む、まさにその受け皿となる組織である。

PITCを生んだPhotonDelta自体が、桁違いの国家投資に支えられている。2022年、PhotonDeltaのエコシステムは官民あわせて 11億ユーロ(約1,870億円) の投資を確保した。うち 4億7,000万ユーロ(約800億円) はオランダの国家成長基金(Nationaal Groeifonds)から拠出されたものだ。6年計画でスタートアップやスケールアップへの投資、生産・研究施設の拡張、人材育成、世界クラスの設計ライブラリ構築などに充てられる。エコシステムには発足時点で26社の企業と多数の技術・研究開発パートナーが名を連ね、2030年までに数百社規模へ拡大し、年間10万枚超のウエハー生産能力を実現する目標を掲げる。EFFECT PhotonicsやLioniX International、SMART Photonicsといった有力な光チップ企業がこの輪に集う。

そして産業化を象徴するのが、TNOがアイントホーフェンのハイテクキャンパスに建設を進める インジウムリン(InP)系フォトニックチップのパイロットライン だ。総投資額は 1億5,300万ユーロ(約260億円)。EUの半導体法(European Chips Act)やPhotonDelta、オランダ経済気候政策省・国防省、TNOが資金を出し、欧州の広域連携PIXEuropeの一部に組み込まれている。4インチから6インチへとウエハーを大口径化し、産業スケールでの光チップ量産を可能にする計画で、2026年に建設が本格化した。SMART Photonicsのようなオランダ企業が利用者として想定されている。TNOでマネージングディレクターを務め、PITCのゼネラルマネージャーとしてデクセリアルズとの調印に臨んだTon van Mol氏は、この6インチ・パイロットラインを「オランダ企業にとって、そしてオランダの将来の稼ぐ力と繁栄にとってのゲームチェンジャー」と位置づけている。

なぜオランダなのか。半導体露光装置で世界を独占するASMLを擁し、アイントホーフェン工科大学を中心に光集積の研究蓄積が厚く、国家が成長基金と半導体法の資金を集中投下している——この「研究・量産・資金・人材」がひとつの地域に凝縮した稀有な土地だからである。光チップで世界をリードしようというオランダの国家戦略のただ中に、デクセリアルズは素材という独自の武器を携えて参入したことになる。

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - PITCとオランダ「フォトニクス立国」 — 欧州が築いた光チップ・エコシステム - 図表1

アイントホーフェンに集まる日本勢 — DNPとの符合

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - アイントホーフェンに集まる日本勢 — DNPとの符合 - 章扉

今回の提携をシリコンバレー的な視点で眺めると、見逃せない「符合」がある。アイントホーフェンに足場を築こうとしている日本の素材大手は、デクセリアルズだけではない。

印刷大手の 大日本印刷(DNP) は、海外初となる研究開発拠点を2025年9月にハイテクキャンパス・アイントホーフェンに開設した。連携相手は、デクセリアルズと同じTNOとPITCである。DNPはTNOと2025年7月3日に共同研究開発契約を締結し、3年間にわたって光電融合(CPO)向けのパッケージ部材、とりわけ光学材料の精密パターニング技術を研究するという。光回路と電気回路を統合する光電融合パッケージの部材開発に注力し、欧州の研究開発ネットワークを獲得して開発を加速させる狙いだ。

つまり、わずか1年足らずのうちに、日本を代表する素材・部材メーカーが2社続けて、同じオランダの研究拠点群を目がけて飛び込んだことになる。これは偶然ではない。光電融合の実用化において、レーザーやスイッチASICといった「花形の半導体」だけでなく、光と電気を一つのパッケージに精密に貼り合わせ、接続し、封止する「材料・実装」の層が決定的なボトルネックになりつつあることを、日本勢が嗅ぎ取っている証左である。微細加工と機能性材料に強みを持つ日本企業にとって、ここは「銅の壁」の先で勝負できる数少ない領域だ。そしてその実装課題を解く知見と試作環境が、いまアイントホーフェンに集中している。デクセリアルズとDNPの相次ぐ進出は、世界の光半導体サプライチェーンにおける「素材レイヤーの主導権争い」が、すでに静かに始まっていることを示している。

シリコンバレーVCの視点 — 「銅の限界」と光に流れ込む巨額マネー

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - シリコンバレーVCの視点 — 「銅の限界」と光に流れ込む巨額マネー - 章扉

ここからは、シリコンバレーのVCがこの分野をどう見ているかという視点で、世界のマネーの動きを統合してみたい。結論から言えば、光電融合は2025〜2026年にかけて「AI半導体の次の主戦場」として、戦略投資とベンチャー資金が一気に集中する領域へと変貌した。デクセリアルズの一手は、この大きな潮流のなかに置いて初めて意味が立ち上がる。

最も雄弁なのが、AI半導体の覇者NVIDIA自身の動きである。同社は2026年3月、光部品大手のLumentum(ルメンタム)とCoherent(コヒーレント)に、それぞれ20億ドルずつ、合計 40億ドル(約6,200億円) を投じると発表した。単なる出資にとどまらず、レーザー部品の長期購買契約や将来の生産能力の確保、米国内の新工場支援までを含む包括的な内容だ。発表を受けてLumentum株は約12%、Coherent株は約15%上昇した。AI計算基盤が光接続に依存を強めるなか、NVIDIAは自らレーザー光源のサプライチェーンを囲い込みにかかったのである。「計算するチップ」を握った勝者が、次に「データを動かす光」を押さえに動いた——この事実こそ、光電融合が本命であることの最大の傍証だ。

スタートアップへの資金流入も熱を帯びている。チップ間を光でつなぐ「光I/Oチップレット」を手がける Ayar Labs(アヤーラボ) は、2026年3月にシリーズEで 5億ドル(約775億円) を調達し、累計調達額は約8億7,000万ドル(約1,350億円)、評価額は 37億5,000万ドル(約5,800億円) に達した。このラウンドはNeuberger Bermanが主導し、ARK Invest、Insight Partners、カタール投資庁(QIA)、Sequoia Global Equities、MediaTek、Alchip、1789 Capitalらが名を連ねた。直前の2025年12月のシリーズDでは、AMD Ventures、Intel Capital、NVIDIAという半導体3強がそろって出資している。AI半導体の本家たちが、こぞって光I/Oの新興企業を囲い込む構図だ。同社は台湾・新竹(Hsinchu)にも拠点を広げ、CPOの量産・検査能力の増強を急ぐ。

光技術で攻めるスタートアップは他にもある。シリコンフォトニクスの3D積層エンジン「Passage」とAIアクセラレーター「Envise」を持つ Lightmatter(ライトマター) は、評価額 44億ドル(約6,800億円)、累計調達額は約8億2,200万ドル(約1,270億円)に達する。光相互接続技術「Photonic Fabric」を擁する Celestial AI(セレスティアルAI) は、半導体大手Marvell(マーベル)が2026年2月2日に買収を完了した。買収の前払い対価は約 32億5,000万ドル(約5,000億円)——内訳は現金10億ドルと、Marvell株式約2,720万株(22億5,000万ドル相当)——で、加えて売上目標の達成に応じて最大22億5,000万ドル相当の株式を追加で支払う条件付きだ。Celestial AIは2028年末までに約10億ドル(約1,550億円)の売上を見込み、その主軸はAmazonの次世代AI半導体Trainium 4とともに出荷されるCPOソリューションになるとされる。

VCの目線で全体を束ねると、いくつかの「投資テーマ」が浮かび上がる。第一に、AIのボトルネックはもはや「計算」ではなく「データの移動」だという認識の転換である。GPUをいくら積んでも、その間を結ぶ配線が遅く・熱く・電力を食えば、システム全体は頭打ちになる。だからこそ、光接続を制する者が次のAIインフラを制する、という仮説に資金が張られている。第二に、勝者による「垂直統合」と「サプライチェーンの囲い込み」である。NVIDIAの光部品出資、MarvellのCelestial AI買収はいずれも、技術と供給網を自陣に取り込む動きだ。第三に、見落とされがちな「素材・実装レイヤー」の価値の再発見である。レーザーやスイッチが脚光を浴びる裏で、光と電気を精密に貼り合わせる材料こそが歩留まりとコストを左右する。前章で見たデクセリアルズやDNPのアイントホーフェン進出は、まさにこの第三のテーマに日本勢が賭けていることを意味する。シリコンバレーの巨額マネーが「光のチップそのもの」に向かう一方で、その土台を支える「光の素材」の主導権を、日本の老舗素材メーカーが欧州の研究集積を借りて握りにいく——今回の共同研究は、この構図のなかで読むと一段と立体的に見えてくる。

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - シリコンバレーVCの視点 — 「銅の限界」と光に流れ込む巨額マネー - 図表1

日本の文脈 — NTT IOWNと光電融合競争

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - 日本の文脈 — NTT IOWNと光電融合競争 - 章扉

光電融合は、海外勢だけの物語ではない。日本には、この分野で世界に先行してきた巨大な旗振り役が存在する。NTTが掲げる次世代基盤構想 IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network) である。

IOWNは、ネットワークやサーバーの内部で従来の電気信号を可能な限り光に置き換え、低消費電力・大容量・低遅延を同時に実現しようという構想だ。その中核が、通信網を端から端まで光で貫く オールフォトニクス・ネットワーク(APN) と、デバイスの内部にまで光を引き込む 光電融合(Photonics-Electronics Convergence=PEC) 技術である。NTTはPECを応用領域ごとに4世代に区分しており、データセンター間をつなぐ第1世代はAPNとしてすでに商用化された。次の第2世代(Gen2)はBroadcomと共同開発を進めており、2026年中の商用化を見込む。NTTは光電融合によって、消費電力を2026年に現状の8分の1へ、2032年ごろには100分の1へ削減することを目標に掲げる。2026年のMWCバルセロナでも、APNを活用したAI映像解析やネットワーク内処理、AI推論の効率化といったデモを披露し、フォトニクスがAIインフラを作り替える姿を示した。

この文脈に置くと、デクセリアルズの動きの意味がさらに鮮明になる。NTTが「ネットワークとシステムの設計者」として光電融合を牽引し、NVIDIAやBroadcomが「光を載せた半導体」を量産するなら、その実装を成り立たせる「材料・部材」を供給するプレーヤーが必ず必要になる。デクセリアルズやDNPは、まさにそのレイヤーで存在感を高めようとしている。日本は、構想(NTT)・素材(デクセリアルズ、DNP)という二つの強みを持ちながら、肝心の「光チップそのものの量産基盤」では欧州や台湾に厚みがある。デクセリアルズがオランダのPITC・TNOと組むのは、自国に不足するこの量産・試作基盤を、世界最先端のエコシステムから取り込む合理的な選択でもある。

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - 日本の文脈 — NTT IOWNと光電融合競争 - 図表1

市場規模と今後の時間軸 — いつ、何が動くのか

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - 市場規模と今後の時間軸 — いつ、何が動くのか - 章扉

最後に、市場の大きさと、これから何がいつ動くのかを整理しておきたい。

市場規模では、シリコンフォトニクスの世界市場が、調査会社によって幅はあるものの2025〜2026年時点でおおむね30億〜40億ドル(約4,800億〜6,200億円)規模とされ、2030年には100億〜110億ドル(約1兆5,000億〜1兆7,000億円)規模へ、年率25〜29%前後で拡大するとの予測が並ぶ。さらに2034年には220億〜290億ドル(おおむね約3兆4,000億〜4兆5,000億円)規模に達するとの試算もある。クラウド事業者と半導体メーカーが、データセンター向けにシリコンフォトニクス系の光トランシーバーやCPOの採用を加速させていることが、成長の主因とされる。光電融合は、まだ立ち上がり期にある巨大市場なのである。

時間軸については、業界の見立てはおおむね一致している。CPOの最初の本格採用は2026〜2027年で、まずBroadcomのTomahawk 6を基盤とするスケールアウト向けや、NVIDIAのQuantum-X/Spectrum-X系スイッチで始まる。この初期段階では外付けのレーザー光源を用い、信頼性の検証に主眼が置かれる。続く2027〜2028年は、故障時の交換・保守のしやすさ(serviceability)が論点となり、量産パイロットから本番運用へと移る。そして2028〜2030年にかけて、調査会社Yoleなどが見込む大規模展開のフェーズに入り、こんどは光パッケージの生産能力そのものが新たなボトルネックになる、というのが大筋のシナリオだ。NVIDIAが2028年に投入を計画するラックシステム「Feynman」がCPOによるスケールアップ接続を採り入れる見通しであることも、この時間軸を裏づけている。

ではデクセリアルズとPITCの共同研究について、今後どこに注目すべきか。第一に、共同研究の具体的な成果物——光電融合パッケージ向けの材料や部材、あるいは試作デバイス——が、今後1〜3年の時間軸でどのような形で公表されるかである。DNPの類似案件が3年契約であることを踏まえると、まず技術ピースの確立、次いで顧客評価へと段階的に進むとみるのが自然だ。第二に、デクセリアルズの設備と業績である。2026年4月稼働の登米・光半導体ラインと6月稼働の鹿沼・ACF新棟が、フォトニクス売上をどこまで押し上げるか。会社が掲げるFY2028のフォトニクス売上325億円という野心的目標に対する進捗は、四半期決算ごとに点検できる。次回の中計アップデートや通期決算(例年5月)が、最初の重要な節目になるだろう。第三に、アイントホーフェンの動きである。TNOの6インチInPパイロットラインの立ち上がりや、ここに集う日本・欧州企業の連携拡大は、素材レイヤーの主導権争いの行方を映す鏡となる。

いずれにせよ、デクセリアルズが「機能性材料の安定企業」から「AI時代の光電融合プレーヤー」へと自らを再定義しようとしていること、そしてその賭けが世界の巨額マネーが流れ込む潮流と方向を一にしていることは、もはや疑いようがない。今回のPITCとの共同研究は、その再定義に向けた、静かだが象徴的な一歩である。

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - 市場規模と今後の時間軸 — いつ、何が動くのか - 図表1

まとめ/論点

デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - まとめ/論点 - 章扉

本稿で見てきたように、デクセリアルズとPITCの共同研究は、単なる一企業の海外提携ではなく、AIデータセンターの「銅の壁」を光で突破しようとする世界的な技術転換のなかに置かれた一手である。ソニー由来の素材王者が、京都セミコンダクター買収(2022年)とDXPS設立(2024年)で光半導体の足場を築き、中計のフォトニクス目標を倍増させ(2026年5月)、欧州随一の光チップ拠点と組む(2026年6月)——この一連の流れは、明確な戦略意思のもとに進んでいる。

シリコンバレーのVCの視点でこの動きを評価するなら、注目すべきは「素材・実装レイヤー」という、派手さはないが収益性とスケーラビリティの両面で要となる領域に、日本勢が早くから張っている点だ。NVIDIAやMarvell、Ayar Labs、Lightmatterが「光のチップ」を巡って数千億〜数兆円規模のマネーを動かす一方で、その土台を支える材料の主導権は、まだ勝者が定まっていない。デクセリアルズはそこに、世界トップシェアの薄膜・微細加工技術という独自の武器で挑む。

同時に、論点も残る。共同研究の金銭条件や契約期間は非公開であり、フォトニクス売上325億円という目標の確度は今後の四半期で検証していく必要がある。CPOの本格普及は2028〜2030年とされ、成果が業績に反映されるまでには時間がかかる。素材レイヤーで日本勢(デクセリアルズ、DNP)が並走することは、協調と競合の両面を生むだろう。それでも、AIインフラの省電力化という巨大な社会課題に対し、日本の老舗素材メーカーが欧州の知を借りて正面から挑む構図は、今後の日本のものづくりの一つのモデルケースとして注目に値する。次の節目は、共同研究の初期成果と、デクセリアルズの次回決算・中計アップデートである。


デクセリアルズ(4980)、オランダの研究機関 フォトニック・インテグレーション・テクノロジー・センター(PITC)と光電融合などフォトニクス(光工学)分野で共同研究 - まとめ/論点 - 図表1