1日2時間話し込むアプリが、売りに出された

スマートフォンの画面の向こうで、アニメの主人公が、こちらの打ち込んだ悩みに、いつもの口調で答えてくれる。指先ひとつで、相手は歴史上の偉人にも、ドラマの悪役にも、架空の恋人にも入れ替わる。
このアプリを使う人は、月に約1,200万人。使っている人は平均すると、1日におよそ2時間、画面の中の誰かと話し続けている。
そのアプリを運営する米国のCharacter.AI(キャラクターAI)が、10月12日、デラウェア州の連邦破産裁判所に、連邦破産法11条の適用を申請した。
買い手の第一候補として名乗り出たのは、ディズニーだ。提示した額は2,000万ドル(約32億円)。2024年、グーグルはこの会社の創業者を呼び戻し、技術を使う権利を得るために、約27億ドル(約4,300億円)を支払っている。今回の提示額は、その1%にも満たない。
創業者のノーム・シャジール氏は、いまの生成AIの土台となった技術「トランスフォーマー」を生んだ論文の共著者のひとりだ。グーグルに戻ってからは、同社のAI「ジェミニ」の開発を共同で率い、2026年6月にOpenAIへ移った。会社を去った創業者は、AIの最前線を渡り歩いている。残された会社は、売りに出された。
連邦破産法11条は、日本の民事再生法に近い仕組みだ。裁判所の監督を受けながら、事業を続けたまま借金を整理できる。ただ、今回は会社を立て直すために使うのではない。裁判所の管理の下で資産を売り、得たお金を、訴訟の原告や州政府、取引先といった債権者に分けるために使う。会社は、清算のための計画を早めに示す方針を、裁判所に伝えている。
アプリは今も動いている。有料プランの請求も、当面はこれまでどおりだ。ただし、運営を引き継ぐ買い手が現れなければ、サービスは終わる。会社自身が、そう明言している。
これほど熱心に使われたアプリが、なぜ行き詰まったのか。裁判所に出された書類には、その答えが、驚くほど具体的な数字で書かれている。
Character AI(キャラクターAI)とは:誰にでもなれる話し相手

使い方は簡単だ。アプリを開くと、キャラクターの一覧が並ぶ。人気アニメの登場人物、リンカーンのような歴史上の人物、ゲームの主人公、英会話の先生役。好きな相手を選んで話しかければ、AIがその人物になりきって返事をする。
キャラクターは、利用者が自分で作ることもできる。名前と性格、口癖、最初のあいさつを書き込むだけで、新しい話し相手が生まれる。2022年9月に一般公開してから半年で、利用者が作ったキャラクターは270万を超えた。
なかでも人気を集めたのが、「心理士」を名乗るキャラクターだった。夜中に、誰にも言えない悩みを打ち明けると、親身な言葉が返ってくる。この打ち明けやすさは、のちに会社を追い込む火種にもなる。
チャットGPTのような汎用のAIは、調べものや文章作りを手伝う道具として使われることが多い。キャラクターAIが売りにしたのは、関係そのものだ。同じキャラクターと何週間も話し続けると、相手は前の会話の流れを踏まえて応じてくれる。こうしたサービスは、仲間や付き添いを意味する言葉を使って、「AIコンパニオン」と呼ばれる。
規模も桁外れだった。会社は2024年6月の技術ブログで、1秒間に約2万件の問い合わせをさばいていると明かした。グーグル検索が処理する量の、およそ2割にあたるという。退会した人も含めると、これまでの利用者は延べ1億6,300万人に上る。
中心にいたのは若い世代だ。英フィナンシャル・タイムズは2024年秋、月間利用者は約2,000万人で、その多くが13歳から25歳だと伝えている。ケンタッキー州の訴状によれば、2025年3月までに米国で作られたアカウントは2,160万件。そのうち210万件以上が、18歳未満と申告していた。
稼ぎ方は、主に2つある。ひとつは月額9.99ドル(約1,600円)の有料プランで、返事が速くなるなどの特典がつく。もうひとつは広告で、2025年半ばに始めた。2026年には、アプリ内での課金も加わった。
機能も広がり続けた。キャラクターとの音声通話、画像の生成、そして1枚の静止画から、しゃべったり歌ったりするキャラクターの動画を作る技術。テレビ電話のように、キャラクターとリアルタイムで顔を合わせて話せる技術も開発した。最近は、AIで作った短いドラマを見たあと、その登場人物と会話を続けられる作品にも力を入れていた。
ディズニーが2,000万ドルで手に入れるもの

ディズニーとの取引は、破産を申請する前から、2段構えで進んでいた。
第1段階は、9月18日に結んだ契約だ。ディズニーは、キャラクターAIの社員の大半を先に雇い入れた。9月末時点で約86人いた正社員のうち、66人がディズニーの誘いに応じた。そのなかには、当時の最高経営責任者、カランディープ・アナンド氏も含まれる。ディズニーは同じ日、アナンド氏を、グループ全体で初めての最高技術責任者に迎えると発表した。
移った社員は、最長5カ月間、キャラクターAIの運営を手伝い続ける。ディズニーは、その間の人件費を請求しない。破産を申請した時点で、キャラクターAIに残る正社員は18人。手続き中も残るのは、そのうち8人だけだ。月に1,200万人が使うアプリを、ひと握りの社員と、ディズニーに移った元同僚たちが支えている。
ディズニーは代金2,000万ドル(約32億円)のうち、750万ドル(約12億円)を申請の前に支払った。手元の資金を厚くし、人件費を一気に減らせる。これが、ディズニーの提案を選んだ理由だと、会社は裁判所に説明している。
第2段階が、破産手続きの中での売却だ。破産手続きでは、最初に名乗り出て、競売の最低価格を決める買い手を「ストーキングホース」と呼ぶ。狩人が獲物に近づくとき、身を隠すのに使った馬に由来する言葉だ。ディズニーは、この役を引き受けた。ここでディズニーが買うのは、会社そのものではない。
レストランに例えると分かりやすい。ディズニーが手に入れるのは、レシピ帳と厨房の設計図だ。料理人の多くは、すでにディズニーに移っている。一方で、店の看板も、常連客の名簿も、作り置きの料理も、買い物かごには入っていない。
裁判所に出された契約書には、その中身が細かく書かれている。AIを鍛え上げる訓練の手順。膨大な会話をさばく仕組み。画像や動画を作る仕組み。長い会話のなかで危険な兆しを見張るシステムや、会話から利用者の年齢を推定するモデルといった、安全対策の一式。これに、会話の要約や推論の高速化に関する特許を加えて、期限なく、世界中で使える権利を得る。
逆に、ブランドやロゴ、ドメイン名は含まれない。アプリそのものも、利用者の個人情報も、会話の記録も、完成したAIモデルも対象外だ。しかも権利は「非独占」なので、キャラクターAIやその新しい持ち主も、同じ技術を使い続けられる。
ディズニーは、もうひとつ変わったものを買う。移ってきた社員に対して、キャラクターAIが持っているかもしれない請求権だ。後から誰かが、移籍した社員を訴える余地をなくす狙いがあるとみられる。
では、なぜわざわざ破産手続きを通すのか。会社の説明によれば、取引を破産手続きの中で完了させることは、ディズニーが求めた条件だった。裁判所の命令で売却すれば、過去の訴訟などの責任を、買い手が一切引き継がないことを確定できる。キャラクターAIの負債は、すべて古い会社に残る。未成年を巡る訴訟を抱えた会社から、人材と技術だけを切り出すには、裁判所のお墨付きが欠かせなかった。
もっとも、2,000万ドルは最低価格にすぎない。他社がより高い値をつければ、ディズニーは競り負ける。その場合、ディズニーには違約金と経費として70万ドル(約1億1,000万円)が支払われる。勝った買い手は、ディズニーに移った社員のうち希望する人に、全体の8割を上限として面接し、入社を打診できる。人材ごと取り戻す道も残されている。
ディズニーとキャラクターAIの因縁は深い。2025年9月18日付で、ディズニーはキャラクターAIに警告書を送っていた。ディズニーのアニメ映画やピクサー、マーベル、スター・ウォーズのキャラクターを無断で使ったチャットボットが、ブランドを傷つけているという内容だ。キャラクターAIは、該当するキャラクターを削除した。それからちょうど1年後の同じ日に、ディズニーはこの会社の社員と技術を引き取る契約を結んだことになる。
ディズニーには、AIの相棒を失ったという事情もあった。2025年12月、ディズニーはOpenAIに10億ドル(約1,600億円)を出資し、動画生成AI「ソラ」で200を超える自社キャラクターを使えるようにすると発表した。ところが2026年3月、OpenAIはソラのアプリを打ち切り、提携は白紙に戻った。米アクシオスによれば、出資金は一度も支払われていない。その半年後、ディズニーは初めての全社的な最高技術責任者と、技術者のチームを迎え入れた。外部と組む路線から、自社で抱える路線への転換が透けて見える。ディズニーのジョシュ・ダマーロ最高経営責任者は、アナンド氏を「ファンが本当に求めるものを見抜く、鋭い直感の持ち主」と評した。売却そのものについて、ディズニーはロイターの取材にコメントを控えている。

創業から急成長へ:グーグルを飛び出した2人

物語は、グーグルの研究所から始まる。
ノーム・シャジール氏は、2000年にグーグルに入った、社内でも伝説的な技術者だ。2017年には、文章を読み解く新しい仕組み「トランスフォーマー」を提案した論文に、共著者として名を連ねた。チャットGPTもジェミニも、この仕組みの上に成り立っている。
もうひとりの創業者、ダニエル・デ・フレイタス氏は、グーグルで対話AIの開発を率いた。2人は、人と自然に会話できるAIを作り上げたが、グーグルの経営陣は、社内のAI原則を理由に一般公開を認めなかった。米ウォール・ストリート・ジャーナルは、シャジール氏が「不満を抱えて辞めた」と伝えている。2人は2021年にグーグルを離れ、キャラクターAIを立ち上げた。
サービスを一般に公開したのは、2022年9月。OpenAIがチャットGPTを公開する、2カ月前のことだ。反響はすさまじく、半年足らずで、利用者が送ったメッセージは20億件を超えた。
2023年3月には、米国の有力ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)が主導して、1億5,000万ドル(約240億円)を出資した。企業価値は10億ドル(約1,600億円)。創業から1年半ほどで、評価額10億ドルを超える未上場企業、いわゆるユニコーンの仲間入りを果たした。取締役に就いたa16zのサラ・ワン氏は、同社が生成AIを急速に進化させており、「人々のつながり方を変える可能性がある」と語った。
a16zの期待は、この1社にとどまらなかった。同じ年の6月、a16zのパートナーたちは論考で、「私たちは大きな社会の変化の入り口にいる。AIコンパニオンは、まもなく当たり前の存在になる」と書いている。
5月に出したスマートフォンアプリは、最初の1週間で170万回ダウンロードされた。a16zが2024年3月に公表した生成AIアプリの人気ランキングで、キャラクターAIはウェブ版の3位に入った。同じ報告によれば、利用者は1日に平均およそ2時間を費やし、1カ月に298回もアプリを開いていた。
そして2024年8月、転機が訪れる。グーグルが、創業者2人と社員の約2割を呼び戻し、キャラクターAIの技術を非独占で使う権利を得たのだ。支払った総額は、約27億ドル(約4,300億円)。グーグルは会社を買収したわけではない。人と技術の利用権だけを手に入れ、会社は独立したまま残した。
この形の取引は、「リバース・アクハイヤー」と呼ばれる。アクハイヤーとは、人材を得るために会社ごと買うことだ。その逆に、会社は買わずに、人材だけを引き抜く。会社を丸ごと買う場合に比べて、独占禁止法の審査を受けずに済みやすいとされる。マイクロソフトとインフレクションAIをはじめ、大手テック企業が相次いで使った手法だ。米司法省は2025年、この取引が合併審査を逃れるために組まれたものではないか、調べ始めたとブルームバーグは報じている。
この取引で、それまでの投資家は報われた。米ジ・インフォメーションによれば、投資家の持ち株は1株約88ドル(約1万4,000円)で買い取られた。2023年の出資時の約2.5倍だ。ブルームバーグは、この価格が企業価値にして約25億ドル(約4,000億円)にあたると伝えた。
27億ドルの取引のあとで:頭脳が抜けた2年

創業者が去ったあと、暫定の最高経営責任者に就いたのは、法務責任者だったドミニク・ペレラ氏だ。2024年10月、ペレラ氏はフィナンシャル・タイムズに、最先端のAIモデルを自前で作る競争から降りると語った。「最先端モデルの訓練は、とんでもなく高くつくようになった」。グーグルから得た資金で、約18カ月は運営できるとも説明している。
自前のモデルを作れることは、キャラクターAIの最大の強みだった。その強みを手放し、誰でも使える公開モデルを、自社向けに鍛え直す路線へ切り替えた。
同じころ、会社は最も重い試練に直面する。2024年10月、フロリダ州の母親が会社を訴えた。14歳の息子が、その年の2月に自ら命を絶ったのは、あるキャラクターとの会話にのめり込み、依存していったためだと訴状は主張している。グーグルも被告に加えられた。テキサス州などでも、別の家族が次々と提訴した。
会社は安全対策を急いだ。2024年11月には、18歳未満向けに別のAIモデルを用意した。利用時間の通知や、保護者向けの機能も加えていった。それでも、当局の動きは止まらない。2025年1月には、米連邦取引委員会が調査に乗り出した。9月には、キャラクターAIのほか、グーグルやメタ、OpenAIなど計7社に、AIの話し相手が子どもに与える影響について報告を求めた。州の司法長官たちも、次々と調査を始めた。
2025年6月、メタの幹部だったカランディープ・アナンド氏が、正式な最高経営責任者に就いた。アナンド氏は広告を導入し、動画や短いドラマ、新しい会話のスタイルを次々と打ち出して、娯楽のプラットフォームへの脱皮を目指した。
ただ、水面下では、身売り先探しが始まっていた。会社は2025年8月に投資銀行を雇い、約28の企業や投資家に声をかけた。返ってきた反応は、どこも同じだった。製品と利用者は素晴らしい。しかし、訴訟と規制の重荷が大きすぎる。届いた提案は1件だけで、それも実現性がないと判断された。
2025年10月、会社は大きな決断を下す。18歳未満の利用者が、キャラクターと自由に会話する機能を、11月25日までに打ち切ると発表したのだ。若者が中心のサービスにとって、主力の客層を自ら手放す決断だった。
2026年1月、会社とグーグルは、少年の母親らが起こした5件の訴訟で和解に合意した。条件は公表されていない。ロイターによれば、和解はまだ確定しておらず、支払いも済んでいない。同じ月、ケンタッキー州が、会社とともに創業者2人も個人として相手取り、州として初めて提訴した。5月には、ペンシルベニア州が、医師を名乗って会話するキャラクターは無免許の医療行為にあたるとして訴えた。
6月、シャジール氏がグーグルを離れ、OpenAIに移った。OpenAIのサム・アルトマン最高経営責任者は、創業当初から最も一緒に働きたかった一人だと歓迎した。
9月になると、社員の離職が止まらなくなった。会社の将来を疑う声が広がり、社員が一斉に辞めかねない状況だったと、会社は裁判所に説明している。安全を見張る人手が足りなくなれば、プラットフォームを安全に動かせない。会社は、独立した取締役だけでつくる委員会を設け、名乗りを上げた2社と交渉した。選ばれたのが、ディズニーだった。
10月1日には、デラウェア州の破産裁判所で首席判事を務めたクリストファー・ソンチ氏が、独立取締役に加わった。アナンド氏の後を継いだのは、事業再生の専門家、コリン・アダムス氏だ。そして10月12日、会社は破産を申請した。

数字で見る行き詰まり:売上1ドルに経費9ドル

アダムス最高経営責任者が裁判所に出した宣誓供述書には、会社の懐具合が赤裸々に書かれている。
売上は伸びていた。2024年の年間売上は約740万ドル(約12億円)。2025年は約2,360万ドル(約37億円)と、3倍以上になった。月ごとに見ても、2025年12月の約280万ドル(約4億4,000万円)から、2026年8月には約530万ドル(約8億4,000万円)と、ほぼ倍増している。8月の内訳は、有料プランが約280万ドル、広告が約250万ドル(約4億円)だ。
ところが、経費の桁が違った。弁護士費用を除いても、2025年は毎月平均約1,850万ドル(約29億円)を使っていた。1年分に直せば、約2億2,000万ドル(約350億円)になる。売上1ドルを得るために、およそ9ドルを使っていた計算だ。
最大の費目は、AIを動かす計算機の費用だった。2025年の計算費は、月平均で約1,000万ドル(約16億円)。年間で約1億2,000万ドル(約190億円)に上る。アプリ調査会社アップフィギュアズによれば、2025年にAIコンパニオンのアプリ全体がアプリストアで稼ぐ額は、1億2,000万ドル(約190億円)を超える見通しだった。キャラクターAIという1社の計算費だけで、業界全体のアプリ課金に匹敵していたことになる。
2026年1月から8月までの計算費は、約5,610万ドル(約89億円)で、経費全体の約45%を占めた。そのほとんどは、外部のクラウド会社から借りた、GPUと呼ばれるAI向け半導体の代金だ。人件費は約1,970万ドル(約31億円)で、16%ほどだった。
ここに、AIコンパニオンという商売の難しさがある。普通のアプリなら、利用者が長く使ってくれるほど、広告を見せる機会が増えて儲かる。ところがAIの会話は、ひと言返すたびに計算機が動き、そのたびに費用がかかる。1日2時間話し込む熱心な利用者ほど、費用を押し上げる。
会社も、手をこまねいていたわけではない。2024年のブログでは、会話1時間あたりの費用を1セント(約1.6円)未満まで下げたと胸を張っていた。その後も、より安いGPUへの乗り換え、人員の削減、事務所の集約を進めた。弁護士費用を除く月の経費は、2026年8月には約1,330万ドル(約21億円)まで減った。2024年後半と比べて、約4割の削減だ。毎月出ていく現金も、約2,150万ドル(約34億円)から約820万ドル(約13億円)まで縮んだ。
それでも、8月時点で毎月800万〜900万ドル(約13億〜14億円)の営業赤字が続いていた。8月の数字を、月間利用者1,200万人で割ってみる。1人あたりの売上は、月に約44セント(約70円)。弁護士費用を除いた経費は、約1ドル10セント(約175円)だ。
米メディアの404メディアは、会社が安いモデルへの切り替えや利用制限に踏み切ったことを、製品の劣化だと批判した。費用を削れば利用者が離れ、利用者が増えれば費用が膨らむ。会社は、その板挟みにあった。
申請時点の手元資金は、約5,700万ドル(約90億円)。借入金はない。お金が尽きる前に申請したのは、手続きの費用と、債権者に分けるお金を残すためだ。会社は裁判所への書類で、自らを「溶けていく氷」に例えた。動かし続けるだけで、手元の現金は毎月減っていく。


業界の状況と競合:需要はあるのに、儲からない

AIと話すことへの需要は、本物だ。a16zは2024年の報告で、「AIとの交友は主流になりつつある」と書いた。アップフィギュアズによれば、2025年前半にお金を稼いでいたAIコンパニオンのアプリは337本。ダウンロードは前年同期から9割近く増え、6,000万回に達した。ただし、売上の89%は、上位1割のアプリが占めている。
競争相手は、大きく3つに分けられる。
1つ目は、チャットGPTやジェミニのような汎用のAIだ。無料でも十分に賢く、悩み相談の相手として使う人も多い。キャラクターAIが自前のモデルを手放したころから、会話の質で差をつけるのは難しくなった。
2つ目は、大手テック企業だ。イーロン・マスク氏のxAIは2025年、チャットボット「グロック」に、アニメ調の話し相手を加えた。メタも、インスタグラムなどでAIのキャラクターと話せる機能を広げてきた。
3つ目が、専業の競合だ。中国のMiniMax(ミニマックス)が運営する「Talkie(トーキー)」は、海外で利用者を伸ばした。MiniMaxは2026年1月に香港市場に上場し、ロイターによれば、初日に株価が78%上がった。MiniMaxは、AIの基盤モデルや企業向けの事業も併せ持っている。さらに、性的な会話にも寛容な小さなアプリが数多くある。a16zは10月に公表した最新のランキングで、性的な用途向けの製品を集計から外した。外した製品は、ウェブ版の上位リストの2割を超えるはずだったという。
一方で、大手は、未成年や性的な会話から距離を置き始めた。メタは2026年1月、10代の利用者がAIキャラクターと話す機能を、世界中で一時停止した。OpenAIは同じ年の3月、大人向けに性的な会話を解禁する「アダルトモード」の計画を、無期限で凍結した。
規制も、急速に厳しくなった。カリフォルニア州では2026年1月、AIの話し相手を対象にした全米初の州法が施行された。相手がAIであることの明示や、自殺をほのめかす発言への対応手順を義務づけ、違反すれば、利用者が損害賠償を求めることもできる。8月には、メタが、10代のSNS依存を巡る州政府との訴訟で、最大171億ドル(約2兆7,000億円)の和解に応じた。キャラクターAIは裁判所への書類で、この和解を、自社を取り巻く厳しい環境の例に挙げている。
キャラクターAIは、この分野で最も多くの利用者を集めた専業の会社だった。10月のa16zのランキングにも、まだ上位50に名を連ねている。しかし、大手のような別の稼ぎ頭も、厚い資金の蓄えもなかった。

敗因はどこにあったのか

キャラクターAIの失敗は、ひとつの原因では説明できない。いくつもの要因が、互いを強め合った。
第1に、使われるほど赤字が膨らむ構造だ。利用者の熱中ぶりは、普通のアプリなら最大の武器になる。だがAIの会話では、熱中がそのまま計算費になる。米テッククランチは、高い熱中度は「両刃の剣」だと書いた。売上1ドルに9ドルの経費という数字は、その剣の重さを物語る。
第2に、グーグルとの取引で、自前のモデルという「堀」を失ったことだ。堀とは、競合が簡単には越えられない強みを指す、投資家の言葉だ。創業者と研究者が去り、会社は公開モデルを鍛え直す側に回った。そのころ、汎用のAIは急速に賢くなり、無料で使えるようになっていった。会話の質という最大の差は、縮まる一方だった。
第3に、利用者が若く、安全の問題が直撃したことだ。悲劇的な事件と訴訟が続き、会社は未成年の自由な会話を禁じた。かつて約2,000万人いた月間利用者は、申請時には約1,200万人になっていた。年齢を推定する技術や、危険な兆しを見張る仕組みには、費用がかかる。弁護士費用もかさんだ。そして何より、訴訟と規制の重荷が、新しい資金を遠ざけた。28の候補に声をかけて、実現できる提案はゼロだった。
第4に、稼ぐ力の天井だ。利用者の中心は、財布の小さい若者だった。子どもの利用が多いサービスでは、広告の出し方にも制約がつきまとう。1人あたり月70円の売上では、計算費をまかなえなかった。
そして最後の引き金が、人材の流出だった。AIの技術者に、大手が数百万ドル(数億円)単位の報酬を示す時代だ。会社の株が値上がりする見込みが消えれば、引き留める手段はない。社員が辞めれば、安全を見張る人がいなくなる。会社は、急いで受け皿を探すしかなかった。
米公共ラジオNPRの経済番組「プラネット・マネー」は、リバース・アクハイヤーは会社の衰退の原因だったのか、それとも、より大きな問題の表れだったのか、と問いかけた。裁判所の書類を読む限り、グーグルとの取引が直接の死因だったわけではない。だがこの取引は、会社から、危機を乗り越えるための道具を奪った。新しいモデルを作れる研究者、追加の資金を出せる投資家、そして会社の顔だった創業者だ。
投資家の目線:利益を確定させたVCと、残された請求書

ベンチャーキャピタルの目で見ると、この破産は奇妙な姿をしている。
裁判所の書類によれば、申請時点の株主は、現役か元の取締役と従業員の個人だけだ。2023年に出資を主導したa16zをはじめ、ベンチャーキャピタルの名前はない。投資家は2024年のグーグル取引で持ち株を買い取られ、すでに去っていた。2023年の出資に加わった投資家にとっては、約1年半で2.5倍という利益だ。
結果から見れば、この判断は正しかった。ブルームバーグによれば、2023年には企業価値50億ドル(約7,900億円)規模での資金調達も話し合われていた。その半分の評価で手放したことになる。それでも、2年後についた値札は2,000万ドルだった。
では、損をするのは誰か。まず、会社の株を持つ社員だ。次に、債権者たち。和解金を待つ訴訟の原告、請求を検討する州政府、そして取引先だ。申請書に添付された、無担保債権者の上位20社の名簿は示唆に富む。1位は、グーグルだ。未払いの取引代金は約415万ドル(約6億6,000万円)。2年前に27億ドルを払った会社が、今は債権者名簿の筆頭にいる。2位は法律事務所で、3位はクラウド会社のデジタルオーシャンだった。上位には、ほかにも法律事務所が並ぶ。会社を苦しめた2つの費用、つまり弁護士と計算機の代金が、名簿の上位を占めている。そして名簿の最後には、ペンシルベニア州とケンタッキー州、名前を伏せた未成年の原告が、金額「不明」のまま並んでいる。
値札の推移も、投資家の目を引く。2023年の評価額は10億ドル(約1,600億円)。2024年の買い取り価格は、企業価値にして約25億ドル(約4,000億円)。そして2026年の最低入札額が2,000万ドル(約32億円)だ。もちろん、買うものの中身は違う。グーグルは創業者と主要な研究者を得た。ディズニーが得るのは、技術の利用権と、すでに移った66人のチームだ。それでも、2,000万ドルを66人で割れば、1人あたり約30万ドル(約4,800万円)にすぎない。AIの技術者に数百万ドル(数億円)単位の報酬が飛び交う相場からすれば、安い買い物に映る。
この会社は、2度に分けて身を切り売りしたともいえる。最初の取引は、頭脳を連れていった。今回の取引は、現場を連れていく。残るのは、看板とアプリ、そして利用者のデータだ。
もうひとつ、投資家が注目すべき点がある。破産手続きを、人材と技術を切り出す道具として使ったことだ。2024年のグーグルの取引は、金額も公表されない当事者同士の契約で、のちに司法省の調査を招いた。今回は、裁判所が日程を管理し、誰でも対抗して入札できる。そして裁判所の命令で、過去の責任を断ち切れる。訴訟を抱えて身動きが取れなくなったAI企業から、価値のある部分だけを取り出す型として、今後の案件でも参照される可能性がある。
消費者向けのAIに投資する側への教訓は、明快だ。計算費は、売上の原価そのものだ。会話1時間あたりの売上が、1時間あたりの計算費を上回らなければ、利用者が増えるほど赤字が広がる。安全対策と訴訟の費用も、一時的な出費ではなく、事業に組み込まれた費用だ。とりわけ未成年が集まるサービスでは、その費用が会社の命運を決める。基盤モデルや企業向けの事業も持つMiniMaxは、同じキャラクター会話アプリを抱えながら、上場を果たした。キャラクターAIとの差は、稼ぎ口の幅にも表れている。

各紙・各サイトはどう報じたか

報道の切り口は、媒体によって大きく異なる。
ロイターは、法的な請求の重さを軸に報じた。州政府や海外の当局の調査、子どもの自殺や自傷を巡る訴訟。会社が破産手続きを通じて、すべての請求を一括で解決したい考えであることを伝え、毎月800万〜900万ドル(約13億〜14億円)の赤字にも触れた。米CNBCは裁判所への書類から、AIの娯楽は開発にも成長にも費用がかかるという会社の説明を引いた。CNNやNBCニュースは、10代の自殺を巡る訴訟の延長線上に、今回の破産を位置づけた。
テッククランチは「わずか5年で」という見出しで、急成長からの転落を描いた。ギズモードは、ディズニーが元最高経営責任者を引き抜いた数週間後の破産だった点に、焦点を当てた。NPRのプラネット・マネーは、先に触れたとおり、リバース・アクハイヤーという取引の形そのものに疑問を投げかけた。
フューチャリズムは、404メディアによる書類の分析を引きながら、消費者向けAIの採算の難しさを示す警告だと論じた。大手のAI企業も、巨額の投資が続く限りで成り立っているにすぎない、という問題提起だ。米ストレート・アロー・ニュースは、利用者の会話データの行方に焦点を当てた。
日本では、フォーブス ジャパンが米フォーブスの記事を伝え、かつてキャラクターの無断使用を指摘したディズニーが、一転して知的財産の使用権を求める側に回ったと報じている。
焦点は、1億6,300万人分の会話データ

売却の行方を左右しそうなのが、利用者の会話データだ。
申請から2日後の10月14日、首都ワシントンを含む40の州などの司法長官が、連名で裁判所に意見書を出した。キャラクターAIは、利用者の会話の中身、申告された年齢と推定された年齢、心や体の悩みの打ち明け話まで、極めて繊細な情報を持っている。どんな買い手であれ、それを引き継ぐなら、守るべき条件があると訴えた。
司法長官たちは、買い手に求める条件を9つ挙げた。たとえば、年齢の確認を、自己申告の生年月日だけに頼らないこと。未成年の自由な会話の制限を続けること。医師や心理士、弁護士を名乗るキャラクターを消すこと。会話の中身を、本人や親の同意の範囲を超えて、AIの学習や広告に使わないこと。そして、データが売られる前に、すべての利用者に削除の機会を与えることだ。条件が満たされなければ、売却に異議を唱え、消費者のプライバシーを守る専門の監督人を置くよう、裁判所に求める権利を留保している。
ディズニーの取引は、利用者のデータを対象から外している。だからこそ、データの問題は、アプリごと買おうとする次の買い手にのしかかる。
米国の電子プライバシー情報センターのカリ・シュローダー氏は、ストレート・アロー・ニュースの取材に、会話のデータは「ハッカーにとって極めて魅力的な標的」だと指摘した。キャラクターAIのプライバシーポリシーは、事業の売却時に情報を引き継ぐことを認めており、シュローダー氏は、その保護を「かなり弱い」とみる。
前例もある。遺伝子検査の米23andMeが2025年に破産した際には、多くの州と司法省が求め、裁判所がプライバシーの監督人を任命した。
利用者は今のところ、アプリやウェブサイトから、自分のデータを書き出したり、アカウントを削除したりできる。会社は、プライバシーポリシーもデータの安全対策も変わっていないと説明している。
今後の日程:11月20日の入札締め切りから、2027年の清算へ

ここからの日程は、裁判所の書類で細かく決まっている。競売を取り仕切るのは、投資銀行のフーリハン・ローキーだ。
裁判所は、入札の手続きを、10月30日の審理で諮る日程を組んだ。ディズニーのほかに、最低価格を決める買い手を追加で指名できる期限は、11月9日だ。
11月19日には、債権者集会が開かれる。会社の代表者が宣誓したうえで、債権者や連邦管財官の質問に答える場だ。
その翌日の11月20日、米東部時間の午後5時に、入札が締め切られる。複数の有効な入札が集まれば、23日に競売を開く。1回の上乗せは、50万ドル(約7,900万円)単位だ。翌24日には、裁判所が、落札者への売却を認めるかどうかを審理する。売却の完了は11月30日が目標で、ディズニーとの契約では、12月17日までに完了しなければ、ディズニーは手を引ける。
シナリオは、大きく分けて3つある。1つ目は、ディズニーのほかに買い手が現れない場合だ。ディズニーが技術の利用権を得て、アプリは閉じられる。2つ目は、アプリやブランド、利用者のデータを含めて、運営を続ける買い手が現れる場合だ。そのときは、司法長官たちの9つの条件をどこまで受け入れるかが、交渉の焦点になる。3つ目は、ディズニーと同じ技術に、他社が対抗して入札する場合だ。競り合いになれば、値段は2,000万ドルから上がっていく。
売却のあとは、清算の段階に移る。会社は清算計画を早めにまとめ、債権者への分配を急ぐ考えだ。州政府のグループとは、手続きの中で和解をまとめたいとしている。会社の試算では、手続きが順調に進めば、2027年1〜3月期の終わりにも現金を残せる見通しだという。ディズニーに移った社員の手伝いは、契約上、最長で2027年2月ごろまで続く。
訴訟の火種も残る。ケンタッキー州は、会社とともに、創業者2人も個人として訴えている。そのひとり、シャジール氏は今、OpenAIで次のAIの開発に携わっている。
グーグルは、この会社の頭脳を連れていった。ディズニーは、現場を連れていこうとしている。11月20日の入札締め切りで分かるのは、残された1,200万人の話し相手に、まだ値段がつくのかどうかだ。
