「日本の最良の技術を世界に」。シリコンバレーの名門、東京へ

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 「日本の最良の技術を世界に」。シリコンバレーの名門、東京へ - 章扉

「米国の最良の技術を日本に届け、日本の最良の技術を世界に届けること」。米国の巨大ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツは、10月7日に東京で開いた記者会見で、日本での目標をこう語った。

同じ日、同社は東京駅前の新丸ビルに日本オフィスを開き、日本での投資を本格的に始めた。社名が長いので、業界では「a16z」と呼ばれる。日本の会社2社には、すでに出資している。AIが自分で話して歌うバーチャルYouTuberを育てるシズクAIと、Androidの生みの親アンディ・ルービン氏が東京で立ち上げた人型ロボットの会社、ゲンキ・ロボティクスだ。日本代表には、日本マイクロソフトと日本ヒューレット・パッカードで社長を務めた吉田仁志氏が就いた。開設のイベントには、小池百合子東京都知事も祝辞を寄せた。

シリコンバレーの名門が日本で掲げた重点分野は、ロボティクスと防衛だ。AIやエネルギー、エンターテインメントの分野でも投資先を探す。防衛について、共同創業者のベン・ホロウィッツ氏は会見で、こんな計算を例に挙げた。200ドル、日本円にして3万円ほどのドローンを撃ち落とすのに、1発100万ドル、約1億6,000万円のミサイルを使う。「経済的に割に合わない」。

ドローンの話は、防衛を選んだ理由そのものだ。数万円の無人機が群れになって押し寄せる時代に、1発1億円を超えるミサイルで一つずつ迎え撃っていては、守る側のお金が先に尽きる。必要になるのは、安く大量につくれて、AIで自ら判断して動く装備だ。ホロウィッツ氏は、戦いの自律化も進んでおり、自律型のボートや潜水艇、航空機、ドローンなどの分野に新しい企業が生まれる余地があると語った。a16zは米国で、まさにそうした装備をつくる防衛スタートアップに資金を投じてきた。

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 「日本の最良の技術を世界に」。シリコンバレーの名門、東京へ - 図表1

a16zとは何者か。若い会社に賭けて、育てる

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - a16zとは何者か。若い会社に賭けて、育てる - 章扉

ベンチャーキャピタル、略してVCは、売り上げもまだ少ない若い会社に、株と引き換えにお金を出す投資会社だ。実績も担保もない会社に、銀行はなかなかお金を貸さない。VCはそこに賭ける。たとえば10社に投資して大半がうまくいかなくても、1社が何百倍にも育てば、全体では大きな利益が出る。そういう商売である。

a16zは、その世界の最大手の一つだ。フェイスブック、旧ツイッターのX、民泊のエアビーアンドビー、ネット決済のストライプ。今では誰もが知る会社に、まだ小さかったころから資金を入れてきた。運用する資産は1,000億ドル(約15兆8,000億円)を超える。

規模の感覚は、日本と比べるとつかみやすい。a16zは2026年1月、新たに150億ドル(約2兆4,000億円)を超える資金を集めたと発表した。前年に米国のVCファンドに集まったお金の18%を超える額だという。一方、日本のスタートアップ全体が2025年の1年間に調達したお金は、スピーダの集計で7,613億円だった。a16zが一度に集めた額は、日本のスタートアップ全社の年間調達額のおよそ3倍にあたる。

お金の量だけではない。a16zの特徴は、投資先を手助けする専門家を大勢抱えていることだ。幹部の採用、大企業への売り込み、広報、さらには政府との交渉まで、社内のチームが投資先のために動く。ハリウッドの芸能事務所が、所属する俳優に仕事を取ってくる姿に近い。同社は自らを「ファンドではなく、ファーム(会社)」と呼ぶ。東京オフィスが日本の起業家に差し出すのも、お金と同時に、この人脈と仕組みである。

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - a16zとは何者か。若い会社に賭けて、育てる - 図表1

ブラウザの発明者と、「HARD THINGS」の経営者

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - ブラウザの発明者と、「HARD THINGS」の経営者 - 章扉

a16zという呼び名は、社名のつづりから来ている。アンドリーセンの頭文字のAと、ホロウィッツの最後の文字のZ。その間に16文字が並ぶので、a16zだ。

マーク・アンドリーセン氏は1990年代、ウェブブラウザの草分け「モザイク」の開発に携わり、ネットスケープを共同で創業した。ベン・ホロウィッツ氏はそのネットスケープで働いた後、アンドリーセン氏とクラウドの先駆けとなる会社を興し、のちにヒューレット・パッカードへ売却した。創業経営者の苦闘をつづったホロウィッツ氏の著書は、日本でも『HARD THINGS』の題で広く読まれている。

2人がa16zを立ち上げたのは2009年。リーマン・ショックの翌年で、最初のファンドは3億ドル(約470億円)だった。名を上げたのは、ネット電話のスカイプへの投資だ。米イーベイが手放したスカイプに5,000万ドル(約80億円)を投じ、2011年にはマイクロソフトが85億ドル(約1兆3,000億円)でスカイプを買収した。同じ年、アンドリーセン氏は米紙への寄稿で「ソフトウエアが世界を食べている」と書いた。あらゆる産業がソフトウエアに置き換わっていく、という宣言で、これが同社の看板になった。

投資の守備範囲は、その後どんどん広がる。2018年には暗号資産の専門ファンドをつくり、2022年には「アメリカン・ダイナミズム」と名付けた部門を立ち上げて、防衛や宇宙、製造業のスタートアップに本腰を入れた。

海外への出方は、行きつ戻りつだった。暗号資産部門は2023年にロンドンに初の海外拠点を開いたが、2025年1月に閉鎖を決めている。トランプ政権のもとで米国の暗号資産政策が前に進むとみて、本国に力を集めるためだった。同じ年の12月には、その暗号資産部門が韓国のソウルに事務所を開いた。

政治との距離も、この数年で一気に縮まった。創業者2人は2024年の大統領選でトランプ氏の支持を表明し、アンドリーセン氏は2026年3月、大統領科学技術諮問会議の委員に任命された。ニューヨーク・タイムズの分析では、a16zは今年の米中間選挙で、政治団体に1億1,550万ドル(約180億円)を超える献金をした最大の献金者になっている。

そして2026年。過去最大の資金を集めた1月、ホロウィッツ氏は「米国が技術で勝てなければ、経済でも、軍事でも、地政学でも、文化でも負けることになる」と書いた。6月には、バイデン前政権で国家安全保障担当の大統領副補佐官としてサイバーと新興技術を担ったアン・ニューバーガー氏をゼネラル・パートナーに迎え、同盟国との技術協力を率いるグローバル・アフェアーズの責任者に据えた。同じ発表の中で、東京オフィスは「米国の最も緊密な同盟国を最優先する」姿勢の表れと位置付けられている。

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - ブラウザの発明者と、「HARD THINGS」の経営者 - 図表1

日本の投資先は、AIのVTuberと「Androidの父」の人型ロボット

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 日本の投資先は、AIのVTuberと「Androidの父」の人型ロボット - 章扉

会見で名前が挙がった日本の投資先2社は、どちらも日本ならではの強みを生かす会社だ。

1社目のシズクAI(Shizuku AI)は、「しずく」という名前のAIのバーチャルYouTuberを育てている。バーチャルYouTuber、略してVTuberは、アニメ風のキャラクターの姿で配信をする存在で、ふつうは人間が声と動きを演じる。しずくには、その「中の人」がいない。AIが自分で考えて、日本語と英語で視聴者と話し、歌も歌う。2023年1月にYouTubeでデビューし、2026年2月には見た目を一新して活動を再開した。

生みの親の小平暁雄氏は、カリフォルニア大学バークレー校の博士課程にいたころ、しずくを生み出した。リアルタイムに画像をつくる技術「StreamDiffusion」の筆頭著者で、この技術は1秒間に90枚を超える速さで絵を描き出す。米メタや、動画生成AIの米ルマAIで研究した経歴もある。

創業まもない会社が外部から初めてまとまったお金を集める段階を、シードと呼ぶ。a16zは2026年2月、シズクAIのシードラウンドを主導した。THE BRIDGEによると、会社全体につけられた値段、つまり企業価値は約120億円で、a16zにとって日本のAIスタートアップへの初めての投資だった。a16zは投資の理由に、世界水準の技術力、人の心に響くキャラクターを見抜く文化的な勘、実際にキャラクターを運営してきた経験の3つがそろっている点を挙げた。投資を説明する同社の文章には、ドラえもんやロックマンエグゼ、初音ミクの名前まで登場する。シズクAIは、日本にAIの研究拠点を設ける計画だ。

2社目のゲンキ・ロボティクス(Genki Robotics)は、スマートフォンのOS「Android」を生んだアンディ・ルービン氏が東京で立ち上げた、人型ロボット、いわゆるヒューマノイドの会社だ。2025年に約5,000万ドル(約80億円)のシード資金を集め、出資者にはa16zのほか、米半導体大手のAMDなどが名を連ねる。米メディアのアクシオスは2026年4月、同社が企業価値約10億ドル(約1,600億円)で、シードの次の段階にあたるシリーズAの資金調達を実施したと報じた。

ルービン氏が東京を選んだ理由は、はっきりしている。7月に日経新聞の催しに登壇した同氏は、日本には早稲田大学の「WABOT-1」に始まる人型ロボットの長い歴史と、優れた技術、人材がそろっていると語った。モーターや精密部品のような重要な部材を、中国に頼らないサプライチェーンで調達できる点も強調している。ロボットの体やOSが標準化されれば、勝負はソフトウエアに移り、ロボットの動作をスマートフォンのアプリのように買う時代が来る。それが同氏の描く未来だ。

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 日本の投資先は、AIのVTuberと「Androidの父」の人型ロボット - 図表1

日本で最も大きく動く投資先、アンドゥリル

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 日本で最も大きく動く投資先、アンドゥリル - 章扉

a16zの投資先で、いま日本で最も大きく動いているのは、米国の防衛テック企業アンドゥリル(Anduril)だ。

アンドゥリルは、仮想現実ゴーグル「オキュラス」を生んだパルマー・ラッキー氏らが2017年に創業した。自律型の無人機や、戦場の情報をAIで束ねる指揮システムをつくる。2026年5月には50億ドル(約7,900億円)を調達し、企業価値は610億ドル(約9兆6,000億円)と、1年足らずで倍になった。この調達を、a16zは米スライブ・キャピタルと共同で主導している。

そのアンドゥリルが、2025年12月に日本法人を設けた。同じころ、日本製の部品だけでつくった試作ドローンを公開し、「絆」を意味する「キズナ」と名付けた。ラッキー氏は「日本は、すべてを自前でつくれる数少ない国の一つだ」と語っている。海上自衛隊とは、同社の指揮システムを使った実証も進めている。ホロウィッツ氏も今回の会見で、アンドゥリルが日本国内の供給網だけでドローンをつくったことを紹介した。

2026年6月には、ロイター通信が、アンドゥリルが日産自動車の追浜工場の取得を協議していると報じた。神奈川県横須賀市にあり、60年あまりで約1,800万台の車をつくってきた工場で、日産は2028年に閉鎖する予定だ。ここを軍用ドローンの生産拠点に変える構想である。東京のベンチャーキャピタル、コーラル・キャピタルのブログによると、ラッキー氏は日本でのものづくりに数億ドルから数十億ドル(数百億円から数千億円)を投じる用意があると語っており、同社は米オハイオ州で建設中の巨大工場の日本版となる「アーセナルJ」の構想も検討している。

a16zが会見で示した防衛での日米連携には、3つの方向がある。米国の防衛スタートアップを日本に連れてくること。日本企業と組んで、部品や生産の網を日本国内に築くこと。そして、日本の防衛スタートアップを米国に連れていくことだ。アンドゥリルの動きは、このうち最初の2つがすでに始まっていることを示している。

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 日本で最も大きく動く投資先、アンドゥリル - 図表1

なぜ日本なのか。同盟国、技術、そして動いた政策

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - なぜ日本なのか。同盟国、技術、そして動いた政策 - 章扉

協力する国を選ぶにあたり、ホロウィッツ氏が挙げた条件は2つある。米国の同盟国であることと、世界水準の独自の技術を持っていることだ。同氏は「国際的なパートナーシップは同盟国である必要がある」と述べ、日経新聞によると、投資先に防衛関連の企業が多いことをその理由に挙げた。日本が防衛費を大きく増やしている点にも触れている。

ロボットでは、日米の役割分担がはっきりしている。米国が得意なのは、ロボットを賢く動かすAIの「頭脳」。日本が得意なのは、精密なモーターやセンサーといった「体」の部品と、それを供給する企業の厚い層だ。ホロウィッツ氏は、米国のAIによる制御技術と日本の部品の供給網が、互いの強みを補い合うと説明した。

政治のタイミングも重なった。5月14日、ホロウィッツ氏は首相官邸で高市早苗首相と面会し、夏までに東京に拠点を設けると伝えた。日本を選んだ理由については「高市政権でスタートアップの育成と防衛政策の両面で具体的な進展があったからだ」と述べている。高市首相は、a16zが唯一の海外拠点を日本に開き、投資の拡大と起業家の育成に乗り出すことを「高市内閣の成長戦略、安全保障戦略を進めていく上で実に心強い」と歓迎した。同じ日には赤沢亮正経済産業相とも会い、米国だけで開いている起業家育成プログラムを、将来は日本でも運営する考えを伝えた。

日本側の政策は、この1年で大きく動いている。高市首相は、防衛費を国内総生産(GDP)の2%に引き上げる目標を、2年前倒しして2025年度に達成すると表明した。政府の成長戦略は防衛産業を17の戦略分野の一つに据え、日本版SBIRと呼ばれる制度を通じて、スタートアップを研究開発から調達まで一貫して支える方針を掲げる。2026年4月には、防衛装備品の輸出を5つの類型に限ってきたルールも撤廃された。

お金の流れから見ると、もう一つの理由が浮かぶ。2024年4月にa16zが集めた72億ドル(約1兆1,000億円)には、NTTグループや東京海上日動火災保険、大手商社などが出資者として加わり、日本勢の出資は数億ドル(数百億円)、全体の約5%に達したと日経アジアは報じた。日経アジアは当時、東京拠点の狙いの一つに、こうした日本の出資者との協力を深めることを挙げている。a16zは2026年6月、出資者との窓口だった部署を「グローバル・パートナーシップ」に改め、出資者と投資先を事業の提携でもつなぐ役目を持たせた。日本の大企業は、a16zにとってお金の出し手であると同時に、投資先の顧客や提携相手の候補でもある。

「防衛」への違和感と、国内VCが越えられなかった壁

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 「防衛」への違和感と、国内VCが越えられなかった壁 - 章扉

日本で防衛に投資すると聞いて、居心地の悪さを覚える人は少なくない。会見でも、その点を問う質問が出た。

ホロウィッツ氏は「人々が居心地の悪さを感じるのは当然のこと」と認めたうえで、「新しい時代に入っている」と答えた。中国や北朝鮮という地域の脅威があり、新しい形の攻撃に備えることが大事だという。中国からの脅威について、日本の若い起業家の理解が広がっているとも述べた。ニューバーガー氏は北朝鮮のミサイル能力や中国の軍備拡大を挙げ、日本の防衛力は地域の安定に役立つと述べたうえで、「米国では『力による平和』という概念が語られる」と付け加えた。吉田氏は「日本では、長年平和に過ごしてきたため『防衛』に違和感を持つ人はいるかもしれないが、日本の技術基盤を守り、若手が挑戦できる環境を作ることは必要」と話した。

この違和感は、日本の投資の現場では、もっと具体的な壁として現れてきた。ロイター通信は7月、物資を運ぶ無人の船で起業しようとした慶応大学の23歳の学生が、国内のVCから出資を断られた例を伝えている。理由は、VCのファンドにお金を出している出資者、いわゆるリミテッド・パートナーが防衛への投資に消極的だから、というものだった。この学生は2025年5月、米カリフォルニア州で会社を立ち上げた。日本ベンチャーキャピタル協会の幹部によると、一部の出資者は、評判を損なうおそれを理由に、防衛分野への投資を制限する取り決めをファンドと個別に交わしている。

潮目は変わり始めている。日本政策投資銀行は5月に運用ルールを改め、同行が出資するVCファンドが国内の防衛関連企業に投資する道を事実上開いた。世界ではお金の流れがすでに大きく変わっており、日経新聞は9月、PitchBookのデータを基に、世界の防衛スタートアップへのVC投資が2026年1〜6月に、半期として過去10年で最高を記録したと報じた。

それでも日本では、国内のVCが長く二の足を踏んできた防衛が、スタートアップ投資の地図にぽっかりと空いた領域として残っている。米国で防衛スタートアップに賭け続けてきたa16zが日本で最も強みを出せるのは、まさにこの空白である。

「今は大企業にいる人」を探す。a16zの日本での戦い方

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 「今は大企業にいる人」を探す。a16zの日本での戦い方 - 章扉

a16zが日本で投資先を見つけるやり方は、会見で3つ示された。

1つ目はブランドだ。起業家の側から「まずa16zに相談したい」と思われる存在になる。2つ目はAIの活用で、大企業や大学にいる優秀な若手の動きをAIで追い、転職や起業を考えるタイミングで声をかける。狙うのは、ホロウィッツ氏の言葉を借りれば「今は大企業にいる人」だ。3つ目が国内VCとの連携で、ゴールドマン・サックス出身者らが立ち上げたエムパワー・パートナーズ(MPower Partners)などから、有望な会社の紹介を受ける。

ホロウィッツ氏は、日本のスタートアップが伸び悩んできた理由を2つ挙げた。技術の面では、ソフトウエアの時代の20年間、日本企業が国内市場ばかりを向き、世界で戦う力を育てられなかったこと。文化の面では、優秀な若者が起業よりも官公庁や大企業への就職を選んできたことだ。ただ、最近の調査では若者の起業への関心が大きく高まっているといい、同氏はこれを日本に投資する理由として最も大切な点に挙げた。

吉田氏が付け加えたのは、失敗の重さだ。日本では資本市場も雇用市場もリスクを避けがちで、「失敗したときの代償がものすごく大きい」。そのうえで吉田氏は「自分が社会にデビューしたときより、引退するときが良い社会になってほしい」と語り、「失われた30年」を経た日本で、若い人材が力を存分に発揮できる社会の土台づくりを支えたいと述べた。

吉田氏の経歴そのものが、日米をつなぐ役回りを物語る。伊藤忠グループで社会人を始め、米スタンフォード大学の大学院でコンピューター科学を、ハーバード大学の経営大学院で経営学を学んだ。その後は、米国のIT企業の日本法人で次々にトップを務めてきた。

投資家と各紙はどう見たか。「資金集めの拠点」から「防衛の足場」へ

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 投資家と各紙はどう見たか。「資金集めの拠点」から「防衛の足場」へ - 章扉

a16zの日本拠点の話が最初に表に出たのは、2年以上前のことだ。2024年8月、日経新聞と日経アジアが、a16zがアジアで初めての拠点を日本に置く計画だと報じた。日経新聞の見出しには「資金調達で脱中国」とあった。米中の対立が深まるなか、中国に代わるお金の出し手として日本の大企業に期待している、という読み方だった。

国内の投資家の見方も冷静だった。アンドゥリルの話にも登場したコーラル・キャピタルの西村賢パートナーは当時、X(旧ツイッター)に「日本のスタートアップへの投資は可能性は残しつつも、当面なさそう」と書き、日本のVCに対する競争上の強みはないとも指摘した。日本の投資事情を英語で伝えるニュースレター「ベンチャー・イン・ジャパン」も、新拠点の主な役目は出資者との関係づくりと、投資先の日本進出の手伝いになるという見方を紹介している。

2年後に開いたオフィスの看板は、防衛とロボットだった。各紙の見出しも、それを映している。日経新聞は「防衛やロボに投資」、インプレス・ウォッチは「日本の成長は『防衛産業』に」、TECHBLITZは「防衛・ロボティクスで描く日米連携」と打ち、テレビ東京はAIと防衛産業を中心に投資を広げる方針を伝えた。5月の首相との面会も、ブルームバーグやNHK、日経アジアが、首相への直接の表明として大きく扱った。

西村氏が所属するコーラル・キャピタル自身も、a16zと同じ船に乗った。同社は5月、a16zとスライブ・キャピタルが共同で主導したアンドゥリルの大型調達に加わっている。創業パートナーのジェームズ・ライニー氏とパートナーの矢野莉恵氏は6月のブログで、アンドゥリルの日本展開が技術や人材の移転を通じて国内の産業を育てると、投資の狙いを説明した。矢野氏はロイターの取材に「アンドゥリルで経験を積んだ日本人エンジニアらが将来起業し、国家の防衛エコシステムを進化させていくことに期待したい」と語っている。

慎重な声もある。東京大学の馬田隆明氏はロイターに対し、「改善されつつあるとはいえ、防衛事業は利益率が良くないため、時価総額1兆円を超える企業を目指すのはかなり難しいように見える」と述べた。国内の防衛大手も黙ってはいない。三菱重工業の伊藤栄作社長は、敵のドローンを撃ち落とす迎撃ドローンを3か月で試作したと明かし、既存事業の基盤を生かせば「スタートアップより早く量産できる」と語っている。

VCの目線で見ると、a16zが日本で狙う場所は、国内VCと小さなシード案件を奪い合う土俵ではない。1つ目は、日本に足りない大型の成長資金で、a16zには日本のスタートアップの年間調達額の約3倍を一度に集める財布がある。2つ目は、出資者の事情で国内VCが手を出しにくかった防衛。3つ目は、アンドゥリルのような米国の投資先と、日本の部品メーカーや政府をつなぐ人脈だ。コーラル・キャピタルやエムパワー・パートナーズのように、国内VCは競争相手というより、案件を紹介し合い、同じ会社に一緒に出資する相手として組み込まれ始めている。

次の節目は、いつ何が動くか

米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 次の節目は、いつ何が動くか - 章扉

最初の大きな節目は年末だ。政府は2026年12月に、国家安全保障戦略など安保関連の3つの文書を改める予定で、議論の最大の焦点は、AIとドローンのような無人の装備を使った「新しい戦い方」への対応だとされる。3万円のドローンと1億6,000万円のミサイルというホロウィッツ氏のたとえは、まさにこの議論の真ん中にある。2026年度の防衛予算には小型ドローンの大量調達に約1,001億円が盛り込まれ、経済産業省はドローンを特定重要物資に指定して、2030年までに国内で約8万台を量産できる体制を整える目標を掲げている。

2027年度には、お金の流れを変える仕組みが動き出す。日経新聞によると、政府は防衛生産・技術基盤整備機構(仮称)という新しい法人を2027年度に設け、VCを通じて防衛スタートアップに出資する。民間の投資を呼び込む呼び水とする狙いで、関連法案は2027年の通常国会に出す計画だ。国内の出資者の及び腰がほどければ、a16zが日本で一緒に投資できる相手も増える。

アンドゥリルと日産の追浜工場の行方も焦点だ。ロイターによれば、日産はほかの買い手候補とも話をしており、アンドゥリルが取得に踏み切るには、自衛隊からの受注を確保する必要がある。日産が工場を閉じる2028年が、一つの期限になる。

a16z自身については、東京オフィスが手がける最初の新しい投資が、どの分野のどの会社になるかが試金石だ。会見で示した3つの方向のうち、日本の防衛スタートアップを米国に連れていく3つ目は、まだ具体的な姿が見えていない。

もう少し先には、起業家育成プログラム「スピードラン」の日本版が控える。ホロウィッツ氏は5月、「オフィス開設から3〜4年以内にスピードラン(起業家の育成事業)を日本で実施する」と表明しており、2029年から2030年ごろが目安になる。米国では1社あたり最大100万ドル(約1億6,000万円)を投資し、サンフランシスコで3か月ほどの集中プログラムを行う。これまでに250社を超える会社に、合わせて3億ドル(約470億円)以上を投じてきた。

上場の側でも、追い風が吹く。東京証券取引所は2030年3月から、グロース市場に上場して5年たった会社に、時価総額100億円以上を求める。小さく上場してそれで終わり、という道は狭くなり、上場前にもっと大きく育てるためのお金が要る。a16zのような巨大な成長資金が入り込む余地は、ここでも広がっていく。

5月の面会で東京は「唯一の海外拠点」と説明されたが、a16zは6月、日本に続いて韓国にも拠点と現地のチームを置く計画を明らかにし、中東や中南米も重点地域に挙げた。2009年に2人で始めた投資会社は、いまワシントンと太いパイプを持ち、同盟国の防衛産業にまで手を伸ばす存在になった。日本のスタートアップにとってa16zは、新しいお金の出し手であると同時に、日米の安全保障という大きな物語へとつながる入り口にもなる。


米VC大手、a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)、日本上陸 - 次の節目は、いつ何が動くか - 図表1