要旨
GoogleはMountain Viewにある本社隣接地で2026年5月19日と20日の2日間、年次開発者会議「Google I/O 2026」を開催した。基調講演では、テキスト・画像・音声・動画のあらゆる入力から映像を生成する新モデル「Gemini Omni」と、6月にも投入予定のフラッグシップ「Gemini 3.5 Pro」を発表。同時にエージェント開発基盤「Antigravity 2.0」、24時間稼働するパーソナルAIエージェント「Gemini Spark」、Samsungと組んだAndroid XRスマートグラスなどを束ねて投入し、CEOのスンダー・ピチャイは「エージェントGemini時代の幕開け」と表現した。本稿ではOmniと3.5 Proの2サービスを中心に、各紙の論調、競合との比較、シリコンバレーVCの視点を整理する。

Google I/O 2026とは — Mountain Viewで開幕した「エージェント時代」の祝典
Google I/Oは、Googleが2008年から毎年開催している年次デベロッパー会議である。AndroidやChrome、Search、Cloudなど主要プロダクトの新機能、そして近年は生成AI関連の発表が集中する場として、シリコンバレーの開発者・投資家・メディアが注視する一大イベントになっている。2026年は、Mountain View本社に隣接するShoreline Amphitheatreで、5月19日午前10時(太平洋夏時間)の基調講演を皮切りに2日間にわたって展開された。85を超えるセッションやCodeLab、ハンズオンが用意され、オンデマンドコンテンツは21日から世界に公開された。
CEOのスンダー・ピチャイは冒頭、Googleが10年前に「AIファースト」へ舵を切ってからの歩みを振り返り、いまは「実用的な価値をプロダクトに落とし込むエージェントGeminiの時代に入った」と宣言した。同氏はまた、Googleの年間設備投資が2022年の310億ドル(約4兆8000億円)から、現在は1800億~1900億ドル(約27兆9000億~29兆4000億円)規模に膨らんだと明かし、AIインフラへの投資強度を強調している(Google公式ブログ、Engadget)。これはMicrosoft、Meta、Amazonと並ぶ「ハイパースケーラー4強」の中でも最大級の支出水準であり、後述するOmniやSparkのような重い計算基盤を必要とするプロダクト群を支える地盤になっている。

キーノートで発表された主要プロダクトの全体像
2日間で発表されたプロダクト群は、過去数年でも最も詰め込まれた内容だった。中核に置かれたのは、本稿で詳述する動画生成モデル「Gemini Omni」と次世代フラッグシップ「Gemini 3.5 Pro」だが、それ以外にも語るべき発表が多い。
まず推論モデル系では、フラッグシップに先行して登場した小型・高速モデル「Gemini 3.5 Flash」が、I/O初日(5月19日)から全世界で一般提供(GA)となった。Googleの公式ブログによれば、Terminal-Bench 2.1で76.2%、MCP Atlasで83.6%、CharXiv Reasoningで84.2%、GDPval-AAで1656 Eloという数値を示し、コーディングとエージェント領域では旧フラッグシップのGemini 3.1 Proを上回ったとされる(Google公式ブログ、Engadget、LLM-Stats)。一方で、知識・抽象推論を測るHumanity's Last Examは40.2%(3.1 Proは44.4%)、ARC-AGI-2は72.1%(同77.1%)と劣後しており、「フロンティア性能」と「実務性能」を切り分けて評価する流れを象徴している。
開発者向けには、エージェント前提のIDE「Antigravity 2.0」が提示された。VS Codeをベースに「Mission Control」と呼ぶ画面から複数の自律エージェントを並列に走らせ、Web閲覧やターミナル操作まで含めて検証する構成で、SWE-bench Verifiedで76.2%という高スコアが公表された(AI Builder Club、Lushbinary)。これは2024年初期にCognitionが「世界初の自律ソフトウェアエンジニア」と銘打って公開したDevinの13.86%という当時のスコアと比較すれば、わずか2年でエージェントが実務水準に到達したことを示す指標となる。
消費者向けで最も注目を集めたのが、Gemini 3.5を頭脳に据えたパーソナルエージェント「Gemini Spark」である。TechCrunchやDecryptによれば、SparkはGoogle Cloud上の専用仮想マシンで24時間稼働し、ユーザー個別のGmailアドレスを通じてメールでも指示を受け付ける。Gmail、Docs、Slidesに加え、Canva、OpenTable、InstacartをMCP(Model Context Protocol)経由で接続し、たとえばクレジットカード明細を毎月走査して隠れたサブスクを検出したり、子供の学校メールを監視して期限のダイジェストを送るような長時間タスクを引き受ける。来週から米国のGoogle AI Ultra加入者にベータ提供される予定だ。
検索領域では、ピチャイが「過去25年で最大のアップグレード」と表現した検索ボックスの刷新が示された。テキストに加え、画像・ファイル・動画・Chromeタブを入力として受け付けるようになり、株価変動やスニーカー発売、ウェブページの変化を監視して通知するエージェント機能も搭載される(9to5Google、Android Central)。検索のAI Overviewsおよび新生「AI Mode」は、いずれもバックエンドがGemini 3.5 Flashへ切り替わった。
ハードウェア面では、Samsungおよびアイウェア大手のGentle Monster・Warby Parkerと共同開発したAndroid XRスマートグラスの実機が披露された。Geminiを音声でいつでも呼び出せる「オーディオ・グラス」が2026年秋に米国で先行発売される計画で、ナビゲーション、通知要約、リアルタイム翻訳などに対応する。価格は未公表のままだが、Samsungが7月のUnpackedで「Galaxy Glasses」として正式発表するとみられている(Samsung News、TechRadar、Android Authority)。さらにAndroid 17向けには、エージェントの稼働状況を画面上部に常時表示する「Android Halo」も予告された。
サブスクリプション体系も大胆に見直された。従来は月額250ドル(約3万9000円)だった最上位「AI Ultra」を200ドル(約3万1000円)に値下げし、加えて月額100ドル(約1万5500円)の新しい入門Ultra層を追加したのである。100ドル層には、Geminiアプリでの利用上限が既存20ドルProプランの5倍、クラウドストレージ20TB、YouTube Premium、Antigravityの優先アクセス、Gemini 3.5 Flash、そして来週開始のGemini Sparkベータが含まれる。200ドル層はProの20倍の利用上限とProject Genie(Street Viewから世界を再構築する生成3D環境)を備える(Google公式ブログ、Engadget、Digital Trends)。
これらをパッケージとして眺めれば、I/O 2026の主題が明快に浮かび上がる。「モデル(3.5 Flash/Pro)」「マルチモーダル生成(Omni)」「開発基盤(Antigravity 2.0)」「個人エージェント(Spark)」「分配チャネル(Search・Workspace・Android XR)」を一本のスタックとして垂直に揃え、用途別の価格レンジで一気に下流まで届ける、というのが今年のGoogleの設計図である。
「Gemini Omni」— あらゆる入力を動画に変える初の統合モデル
ここから、I/O 2026の二大目玉のうちひとつ「Gemini Omni」を詳細に見ていこう。
Gemini Omniは、テキスト・画像・音声・動画を任意に組み合わせて入力し、出力として高品質な動画を生成・編集できるマルチモーダル基盤モデルである。初回リリースとなる「Gemini Omni Flash」が、I/O初日からGoogle AI Plus、Pro、Ultraの全有料プラン加入者に対し、Geminiアプリと映像制作スタジオ「Google Flow」を通じて世界提供を開始した。YouTube ShortsとYouTube Create Appには無料アクセスが今週中に展開され、開発者・企業向けAPIは「数週間以内」に追加される(Google公式ブログ、TechCrunch、Engadget)。
Omniの本質は、Googleがこれまで個別に磨いてきた複数の生成モデル群──動画の「Veo」、画像編集の「Nano Banana」、シミュレーション環境の「Genie」──を、Gemini本体のマルチモーダル理解能力と統合する「アンブレラ」である点にある。公式ブログは「あらゆる入力からあらゆる出力を生成するモデル」を将来像として掲げ、現状は出力を動画に絞っているが、画像・音声出力も順次拡張されると明言している。
技術的なハイライトは三つに整理できる。
第一に、物理シミュレーションの強化である。Googleは重力、運動エネルギー、流体力学への直感的理解が向上したと説明しており、競合に対して「物理が破綻しにくい動画」を出せる点を差別化に置いている。第二に、Geminiの世界知識との接続である。Nano Banana Proが「Google Searchの巨大な知識基盤と接続されており、想像ではなく現実に根ざした画像を生成できる」と紹介されてきたのと同様、Omniも歴史・科学・文化的文脈を踏まえた映像を生成しうる。第三に、自然言語による会話編集である。「カメラを後ろに引いて」「シーンをビーチに移して」と話しかけるだけで、登場人物の整合性や物体の物理を保ったままシーンが再構成される。TechCrunchはこの編集モードを「Sora 2が生成と編集を別フローのままにしている点との明確な差別化」と評しており、ワークフロー上の優位性は単なる画質競争を超えた意味を持つと指摘した。
利用にあたっての制約も明示された。1クリップあたりの長さは現状最大10秒で、これは「モデル側の上限ではなく運用上の判断」とGoogleは説明している。音声は同期して生成され、ユーザー自身の声を素材化する「Avatars」機能も提供されるが、音声・発話の編集機能はまだ開発中で、当面はリリースを見送るとされる。生成された全動画には不可視のデジタル透かし「SynthID」が付与され、AI生成物の検証可能性が担保されている。SynthIDは現在、OpenAI、Nvidia、ElevenLabs、Kakaoも採用しており、業界標準の様相を強めている(Gagadget、TechTimes)。
提供形態は明確に「マスマーケット狙い」である。Plus、Pro、Ultraの有料層には即日提供、YouTube ShortsとCreate Appのユーザーには無料、Flowでクリエイター向けの編集体験、APIで開発者・企業向け──と、上流から下流までを5月中にカバーする計画だ。Engadgetはこの分配戦略を「Googleが消費者向け動画生成のデフォルトの座を一気に奪いに行く動き」と総括している。

競合との比較 — Sora撤退後の動画生成市場とOmniの立ち位置
Omniが登場した2026年5月の動画生成市場は、わずか数か月前とは様相が大きく異なる。最大の変化は、OpenAIの「Sora 2」が2026年3月24日にWeb版とアプリ版のサービスを停止し、APIも同年9月24日に終了予定となったことだ。Bloombergおよび業界メディアによれば、Soraは推論コストが1日あたり推計1500万ドル(約23億円)に達した一方、ローンチ以来の総売上はわずか210万ドル(約3億3000万円)にとどまり、収益化に失敗したまま撤退に追い込まれた(Bloomberg、Digital Applied、XainFlow)。
この空白を埋める形で台頭しているのが、ByteDanceの「Seedance 2.0」、Kuaishouの「Kling 3.0」、そしてRunway、Pika、Veoといった企業群である。AIMLAPIが集計する2026年3月時点のElo順位では、Seedance 2.0がテキスト→動画(1269)、画像→動画(1351)で首位に立ち、純粋な映像フィデリティではVeo 3を含む西側勢を上回るスコアを残している。コスト面ではKling 3.0が秒あたり0.07ドル(約11円)で運用でき、Sora比で65%、Runway比で44%安いと報じられた(DevTk、Pixflow)。Bloombergも4月の記事で「Kling、Runway、ViduがOpenAIのSoraを置き換える存在」と整理しており、Sora撤退後の主役交代はすでに進んでいる。
このランドスケープにおけるOmniの位置取りを整理すると、純粋な映像品質では中国勢のSeedance 2.0が依然として優位にあり、OmniはVeo 3.1の延長線上で品質差を埋めようとしている段階に近い(felloai、JxP)。ただしOmniの強みは別のレイヤーにある。テキスト・画像・音声・動画というあらゆる入力を1つのモデルで受け止め、生成と会話編集をシームレスに統合する設計は、複数モデルの結合や別ツールの併用を強いる他社の現状と一線を画す。AIJournalは「OmniはGoogleのマルチモーダル戦略における"束ね役"であり、SearchやWorkspaceといった既存分配チャネルを通じて、初期から圧倒的なリーチを獲得する」と評している。
ビジネス面で見れば、これは「フィデリティで競争する戦線(Seedance、Runway)」と「ワークフロー統合で競争する戦線(Omni、Adobe Firefly)」が分岐しつつあることを意味する。Omniの分配先には、月間視聴回数で数十億規模のYouTube Shortsと、エンタープライズで広く採用されるWorkspaceがあらかじめ用意されている。フィデリティの最後の数パーセントよりも、撮影現場や広告チーム、Eコマースの商品動画制作の「90点で素早く回せる」体験を求めるユーザーにとって、Omniは事実上の標準になりうる位置にいる。Sora撤退後の混乱期に、Googleが「重量級フィデリティ競争」ではなく「日常ワークフローの占拠」へ重心を置いた選択は、シリコンバレーのプロダクト戦略としては理にかなっている。
「Gemini 3.5 Pro」— 来月登場予定のフラッグシップ
二大目玉のもうひとつが、Geminiシリーズの新フラッグシップである「Gemini 3.5 Pro」だ。ただし、注意すべきはこの製品が「I/O当日にはローンチしなかった」点である。
ピチャイは基調講演で「あなた方が早く触りたいのは分かっている。来月までの猶予を下さい(Give us until next month to get it to you)」と述べ、Gemini 3.5 Proの正式提供を6月中とすると示唆した。同モデルはすでに社内で利用が始まっており、性能改善を確認したうえで来月公開する、というのがGoogle公式の立場である(Google公式ブログ、felloai、Let's Data Science)。
3.5 Proの正確なベンチマーク数値はI/O時点では公表されていない。Googleがこの発表で前面に出したのは、先行投入された下位モデル「Gemini 3.5 Flash」のスコアであった。Flashの数値は前述したとおりだが、特筆すべきは「Flashがすでに旧フラッグシップである3.1 Proを多くの実務系ベンチマークで上回っている」点である。すなわち3.5 Proは、その上位互換として「明確に3.1 Proを超え、競合のフロンティア機(GPT-5.X系やClaude Opus 4.X系)を超えてくる」ことが期待される位置に立っている。WhatLLMが2月にレビューした既存の3.1 Pro Previewは、GPQA Diamondで94.3%、SWE-Bench Verifiedで80.6%、ARC-AGI-2で77.1%、Terminal-Bench 2.0で68.5%という、当時としては事実上のトップ水準を示していた。
3.5 ProがFlashと共有する設計思想は「コーディングとエージェントへの最適化」である。Googleは公式ブログのタイトルそのものに「frontier intelligence with action(行動を伴うフロンティア知能)」を掲げ、単なる質問応答ではなく長時間・多段の自律タスクを完遂する能力に振り切ったメッセージを打ち出した。社内で先行運用されている3.5 Proは、Gemini Sparkのバックエンドとしてもすでに用いられているとされ、Sparkが「24時間止まらない個人エージェント」として成立しうる根拠も、ここに置かれている。
提供形態については、過去のリリースサイクルとAPIドキュメントの更新パターンから推察すれば、6月の公開と同時にGoogle AI Studio、Vertex AI、Gemini Enterprise、Geminiアプリ(Ultra/Pro)で広く利用可能になる可能性が高い。3.1 Proが2026年2月の公開時に7チャネルから利用可能となった経緯(WhatLLM)が前例として参考になる。料金体系については未発表だが、Googleがフラッグシップ価格を据え置く一方でFlashの単価を「同水準性能で半分以下」と訴求している現状を踏まえると、3.5 Proは「より高単価・高難度タスク向け」のポジショニングで投入される公算が大きい。
Gemini 3.5 Flashとの関係、そして3.5 Proが背負う期待
3.5 Proを語るうえで避けて通れないのが、5月19日に同時GAとなった3.5 Flashとの関係である。Engadgetは「Googleはフラッグシップの大型モデルを引きずり出すよりも、軽量モデルで実務性能を底上げする道を選んだ」と論評しており、TechCrunchも「Googleが次のAI波をチャットボットではなくエージェントに賭けた」と評価している。
事実、3.5 Flashはコーディング系のTerminal-Bench 2.1で76.2%、エージェント系のMCP Atlasで83.6%、Finance Agent v2で57.9%(対3.1 Proの43.0%)と、エージェント・コーディング領域で前世代のフラッグシップを凌駕している(LLM-Stats、Google公式)。スループットは「他社フロンティアモデルの4倍」(Google公式)とされ、推論コストも「比較対象モデルの半額以下」と訴求されている。Flashだけでも実務的な競争力としては十分強力で、これに3.5 Proが「より深い長文脈推論」「より高い専門領域知能」を上乗せする構図になる見込みだ。
つまり、3.5 Proに対する市場の期待は単純な「ベンチマーク王座奪還」だけではない。むしろ「Anthropic Claude Opus 4.6、OpenAI GPT-5.2系の最上位モデルに対し、コーディング、長時間エージェント、マルチモーダル理解の三領域でどこまで明確な差を付けてくるか」が焦点になる。Mizuhoのアナリストが「Gemini 4の登場はGoogleをフロンティアの最先端へ押し上げる」とコメントしたと報じられているように、3.5 Proが「実質的な4世代相当のジャンプ」を示せるかどうかが、Alphabet株のシナリオを大きく動かす変数となる(Watcher Guru、Benzinga)。

Wall Streetとアナリストの反応
二大目玉のインパクトをマーケットがどう咀嚼したのかも見ておこう。
CNBCによれば、I/O初日のAlphabet(GOOGL)株は基調講演の最中に下落した。watcher.guruが集計したベース価格では1.72%安、別ソースでは2.34%安と報じられており、複数媒体で「Wall Streetの期待には届かなかった」との論調が並んだ。背景には、5月初旬にかけて株価が史上最高値を更新し、過去1年で約140%上昇した状態でI/Oを迎えたという「期待値の高さ」がある。Alphabetの時価総額は約4兆7000億ドル(約730兆円)、PERは約30倍に達していた(Watcher Guru、CNBC、Financial News)。
しかし中長期のアナリスト見立てはむしろ強気である。S&P Globalが集計する63人のアナリストは「Strong Buy」コンセンサスを維持し、平均目標株価は約427.89ドル(約6万6300円)、レンジは下限334.22ドル(約5万1800円)から上限515ドル(約7万9800円)と開いた状態が続いている。I/Oを受けた目標株価の引き上げも相次いだ。Loop Capitalは355ドル(約5万5000円)から490ドル(約7万6000円)に、Oppenheimerは425ドル(約6万5900円)から445ドル(約6万9000円)に、Mizuhoのロイド・ウォルムズリー氏は460ドル(約7万1300円)に引き上げた。Watcher Guruが引用したコメントには「AI Loser から AI Winnerへの転換、それに相応しいプレミアムを付与すべき」との表現もある。
媒体ごとに論点の置き方には揺れがある。Engadgetは「Googleがチャットボット競争から離れ、エージェントへ全面シフトした」と前向きに評価し、TechCrunchは「次のAI波をエージェントに賭ける重い投資判断」と長期的視点で読み解いた。一方Benzingaは「Googleの全面攻勢はエージェントAIをめぐる新しい競争を呼び込む」とし、AnthropicやOpenAIとの正面衝突が激化する点を強調する。Bloombergは触れていない論点だが、CNBCはAlphabet第1四半期決算とI/Oの発表をつなげて「Cloudの収益寄与がストーリーの主役」とした上で、I/Oで提示された新しいUltra料金体系が「収益化の角度を変える可能性」を指摘した。
シリコンバレーVCの視点 — フルスタック戦略の本当の価値
VC視点でI/O 2026を読み解くうえで、最も核心を突いたコメントの一つが、Plexo Capital創業者のロー・トーニー氏のものだ。「Googleは、AIをスケールで収益化するうえで最も有利なポジションにいる。スタックのほとんどあらゆる層をコントロールしているからだ(quoted by Watcher Guru)」。この発言は、I/Oで発表されたプロダクト群を貫く戦略を端的に表している。
シリコンバレーのVCは、生成AI領域における競争優位を「モデル単体の品質」ではなく「分配チャネル、データ、計算インフラ、開発者ツール、消費者プロダクトが垂直に揃った"フルスタック"」で評価するようになっている。OpenAIはモデルとChatGPTという消費者プロダクトを持ち、Anthropicはモデルと急成長中のClaude APIを持つが、Googleはこの両者が持たない要素──Search、YouTube、Workspace、Android、Chrome、Cloud、自社設計のTPUシリコン──までを束ねている。Omniの動画がYouTube Shortsに無料で投入され、Sparkが既存Gmailの上に乗り、Antigravityがエージェント開発者をホスト環境ごと取り込むという設計は、まさにこのフルスタックを最大限活用するムーブだ。
逆に言えば、これは資本支出の重さを正当化する戦略でもある。年間1800億~1900億ドル(約27兆9000億~29兆4000億円)規模に膨らんだ設備投資は、Microsoft、Meta、Amazonに並ぶ巨額であり、AI Ultraの月額100ドル(約1万5500円)新プランと200ドル(約3万1000円)に値下げした上位プランの組み合わせは、この投資を消費者・開発者収益でできるだけ速く回収するためのチャネル設計だと読める。Sora撤退の事例(推論コスト日次1500万ドル≒約23億円、累計売上210万ドル≒約3億3000万円)が示したように、コスト構造を支える分配と価格モデルがなければ、たとえモデルが優れていてもサービスは続かない。Googleはこの罠を、自社チャネルへの直接組み込みと多層的な価格帯で回避しようとしている。
もう一つVC視点で重要なのが、Antigravity 2.0の戦略的意味である。Cursorは年経常収益10億ドル(約1550億円)を史上最速で突破し、評価額293億ドル(約4兆5400億円)で資金調達した「コーディングIDEの市場リーダー」だが、それ以上の利用層をAntigravityは無償(現時点では完全無料プレビュー)で取り込みに来ている(AI Builder Club、Lushbinary)。Cognitionのwindsurf 2.0(Devin Cloudを内蔵)、Anthropic Claude Codeとも合わせると、開発者IDEの覇権争いは「モデル×IDE×エージェント基盤」の三層戦に突入したことになる。Googleがこの戦線を無料で固めにかかれば、AnthropicやOpenAIにとっては、開発者という最大の有料ユーザー層を失うリスクが現実味を帯びる。これがI/O初日に株が下げた一方で、目標株価が連鎖的に引き上げられた背景にある「VC・アナリストの長期評価」の正体である。
今後のロードマップ — いつ、何を計測すべきか
I/O 2026の発表を踏まえ、今後数か月の重要な観測ポイントを時系列で整理しておく。
直近(2026年5月~6月)では、Gemini Sparkの一般展開が試金石となる。来週からAI Ultra加入者へのベータ提供が始まり、6月にはGemini 3.5 Proの正式公開が予告されている。Sparkが「24時間止まらないエージェント」として実際にユーザーから信頼を勝ち取れるか、3.5 Proが競合フロンティアモデルを実ベンチマークで超えるかは、Alphabetの株価ストーリーを直接動かすイベントだ。Omni APIも数週間以内に開発者・企業へ開放される見通しで、サードパーティのプロダクトに組み込まれ始めるタイミングが市場拡大の起点となる。
7月にはSamsungのUnpackedが控えており、Google・Samsung・Gentle Monster・Warby Parkerが共同開発したAndroid XRスマートグラスの正式発表(Galaxy Glasses名義の可能性)が予想される。具体的な価格と発売日が公表されれば、AppleのVision Pro系列やMetaの Ray-Ban Metaに対する競争構図が一気に動く。秋(9月~11月)にはオーディオ・グラスの米国先行発売が予告されており、AndroidとiOSの両方からペアリングできる設計は、Apple Vision系の閉域戦略との対比で議論を呼ぶだろう。
並行して注視すべき業界全体の動きも多い。OpenAIのSora APIは2026年9月24日に終了予定で、それまでにOpenAIが新たな動画生成プロダクトを出してくるのか、それとも完全撤退するのかは未確定である。AnthropicのClaude次世代モデル、ByteDanceのSeedance 3系統、KuaishouのKling 4系統の登場時期もOmniの相対的位置を左右する。さらに米国の規制動向(特にAI生成コンテンツの開示要件)が固まれば、SynthID標準への参加各社(Google、OpenAI、Nvidia、ElevenLabs、Kakao)の動きが加速する可能性が高い。
総じて、I/O 2026は「モデルの大型発表会」というより「Googleが垂直スタック全層で勝ちに行く宣言」だった。OmniとGemini 3.5 Proは、その宣言を裏付けるための象徴的二枚看板であり、来月の3.5 Pro公開とOmni APIの普及度合いが、Googleの次の四半期──そして生成AI市場の権力地図──を測る最初の物差しになる。
Sources
- Sundar Pichai: Google I/O 2026 opening keynote — Google official blog
- Introducing Gemini Omni — Google official blog
- Gemini 3.5: frontier intelligence with action — Google official blog
- Everything new in our Google AI subscriptions — Google official blog
- Intelligent eyewear with Gemini is coming this fall — Google official blog
- Gemini 3.5 Flash Model Card — Google DeepMind
- Google's Gemini Omni turns images, audio, and text into video — TechCrunch
- With Gemini 3.5 Flash, Google bets its next AI wave on agents — TechCrunch
- Google introduces Gemini Spark, a 24/7 agentic assistant — TechCrunch
- Google says Gemini 3.5 Flash rivals 'large flagship models' — Engadget
- All the news you might have missed from Google I/O 2026 — Engadget
- The Google AI Ultra plan now starts at $100 a month — Engadget
- Everything Google announced at I/O 2026 — 9to5Google
- Google I/O 2026 Live Blog updates — Android Central
- Google unveils AI model Gemini 3.5 and AI agent Gemini Spark — CNBC
- Alphabet falls short of Wall Street expectations during I/O event — CNBC
- Google Stock Price Target: Wall Street Reacts to I/O 2026 — Watcher Guru
- Google's Gemini Push at I/O 2026 Forces a New Battle Over Agentic AI — Benzinga
- Google pushes "agentic AI" at I/O 2026 with Gemini Omni, Antigravity — Cybernews
- Google's Gemini Omni Flash turns any input into video — Gagadget
- Google Launches Gemini Omni Video Model — TechTimes
- Gemini 3.5 Flash: Benchmarks, Pricing, and Complete Specs — LLM-Stats
- Gemini 3.5 Review: What Google Launched at I/O 2026 — felloai
- Google delays Gemini 3.5 Pro, releases 3.5 Flash at I/O — Let's Data Science
- Samsung and Google just showed off Android XR smart glasses — Android Authority
- Samsung and Google Give First Look at New Intelligent Eyewear — Samsung News
- Kling AI, Runway, Vidu: The AI Video Generators Set to Replace OpenAI's Sora — Bloomberg
- AI Video Market After Sora — Digital Applied
- Best AI Video Generator in 2026 — Pixflow
- Google Antigravity: The Complete Guide — AI Builder Club
- AI Coding Agents 2026 comparison — Lushbinary
- What Gemini Omni Signals About Google's AI Strategy — The AI Journal