要旨
ChatGPTを運営するOpenAIが、早ければ2026年5月22日にも非公開でIPO(新規株式公開)の申請書類を米当局へ提出すると、ウォール・ストリート・ジャーナルやブルームバーグなど米主要メディアが相次いで報じた。ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーを起用し、足元の企業価値8520億ドル(約135兆円)を土台に9月の上場を視野に入れる。一方で、競合アンソロピックの初の四半期営業黒字見込み、ChatGPTの利用者数の伸び鈍化、動画生成AI「Sora」の撤退など逆風も強まっている。本稿では各紙の報道を多角的に整理し、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)の受け止め、そしてマルタ共和国との提携をはじめ数少ない明るいシナリオまでを掘り下げる。
「明日22日にも申請」報道の全体像 — 各紙は何を伝えたか
2026年5月20日(米国時間)、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が「OpenAIが数日から数週間以内にIPO申請書類を提出する準備を進めている」と報じたのを皮切りに、ブルームバーグ、CNBC、ロイターが追随し、日本でも日本経済新聞が「22日にも上場申請」と伝えた。CNBCは事情に詳しい複数の関係者の話として、早ければ金曜日(5月22日)にも提出される可能性があると報道している。各社の報道を突き合わせると、共通項は、主幹事がゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーであること、上場は早ければ9月を見込むこと、そして直近の非公開評価額は8520億ドル(約135兆円)で、上場時には1兆ドル(約158兆円)超も探るとされること——というおおむね三点に整理できる。
ただし注意すべきは、これが「非公開(confidential)」の申請である点だ。米国では、IPOを目指す企業がまず証券取引委員会(SEC)にドラフト登録届出書を非公開で提出し、当局と非公開でやり取りを重ねたうえで、後日あらためて公開版の目論見書(S-1)を提出するという二段構えが一般的になっている。今回報じられた「申請」はこの第一段階にあたり、上場日や公開価格をその場で確定させるものではない。タイトルにある「上場申請」は、正確にはこの非公開ドラフトの提出を指す。
報道には揺れもある。WSJは「数日から数週間以内」とし、CNBCは「早ければ22日」と踏み込んだ。上場時期についても、WSJが2026年1月に報じた時点では「2026年第4四半期」だったものが、今回は「早ければ9月」へと前倒しされている。後述するように、社内では上場時期をめぐって最高経営責任者(CEO)と最高財務責任者(CFO)の見方が割れており、関係者は一様に「時期はなお流動的だ」と口をそろえる。OpenAI自身は公式コメントを控えている。確定情報と観測情報が入り混じった、いかにも「上場前夜」らしい報道状況だといえる。


OpenAIはどこまで来たのか — 10年で「6人」から世界最大級へ
OpenAIは2015年12月、サム・アルトマン、グレッグ・ブロックマン、イリヤ・サツケバー、そしてイーロン・マスクらによって、非営利の人工知能研究組織として設立された(共同創業者にはジョン・シュルマンやボイチェフ・ザレンバも名を連ねる)。設立当初はピーター・ティールやアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、インフォシス、YCリサーチなどが支援を表明し、合わせて約10億ドル(約1580億円)規模の拠出が約束されていた。当時の従業員はわずか6人だったとされる。
転機は2022年11月のChatGPT公開だ。組織は急膨張し、従業員数は2022年の335人から、2023年に770人、2024年に2500人、2025年に3000人超、そして2026年4月末時点では約8800人(調査会社トラックスンの集計)にまで膨らんだ。研究所というより、すでに巨大企業の体である。
法人としての姿も大きく変わった。2025年10月28日、OpenAIはカリフォルニア州とデラウェア州の司法長官の承認を得て、営利部門を「OpenAIグループPBC(公益法人)」へと改組した。非営利組織は「OpenAIファウンデーション」と改称され、PBCを支配下に置く構図となっている。株式の保有比率は、OpenAIファウンデーションが約26%、マイクロソフトが約27%(評価額にして約1350億ドル=約21兆円)、残る約47%を従業員やその他の投資家が握る。それでも取締役の指名権は非営利のファウンデーションが握り続ける建付けだ。この営利企業への移行こそ、伝統的な株式市場への上場の前提条件であり、IPOへの地ならしでもあった。
資金調達の規模も桁違いだ。2026年3月31日、OpenAIは1220億ドル(約19兆円)の調達ラウンドを完了し、ポストマネー(調達後)評価額は8520億ドル(約135兆円)に達した。ブルームバーグ、CNBC、ジャパンタイムズなどが一致して報じている。このラウンドはアマゾン(500億ドル=約7.9兆円)、エヌビディア(300億ドル=約4.7兆円)、ソフトバンクグループ(300億ドル)が中核を担い、ソフトバンクがアンドリーセン・ホロウィッツ、D.E.ショー・ベンチャーズ、MGX、TPG、T.ロウ・プライスなどとともに共同主導した。2月に公表された1100億ドル(約17兆円)から積み増され、うち約30億ドル(約4700億円)は個人投資家から集めたという。収益面では、売上高が2024年の推計37億ドル(約5800億円)から2025年に約130億ドル(約2兆円)へ拡大し、2026年は月次で約20億ドルのペース(年換算で約240億ドル=約3.8兆円)に乗せた。OpenAI自身は2026年通年で約294億ドル(約4.6兆円)の売上高を見込む。法人向け(エンタープライズ)事業は売上高の4割超を占めるまでに育ち、有料の法人ユーザーは900万人超、利用組織は100万を超え、フォーチュン500企業の92%がChatGPTを使うという。10年で6人の研究組織から世界最大級のテクノロジー企業へ——その膨張の速度こそが、今回のIPO報道の背景にある。

なぜ「9月」なのか — アルトマンとフライヤーCFOの時間差
なぜ今、しかもなぜ急ぐのか。最大の理由は、巨額の資金需要である。OpenAIはデータセンターと計算資源に向けて、今後数年で約6000億ドル(約95兆円)規模の支出を約束しており、一部報道はインフラ関連の総コミットメントを1兆4000億ドル(約221兆円)とも伝える。2026年だけで約140億ドル(約2.2兆円)の赤字が見込まれ、キャッシュフローが黒字化するのは2030年ごろ、それまでに2000億ドル(約32兆円)超を「燃やす」とされる。ソフトバンクなどと進めるデータセンター構想「スターゲート」だけでも5000億ドル(約79兆円)規模だ。アルトマンCEO自身、資金需要を理由にIPOは「ありうる」と認めてきた。ロイターは2025年10月時点で、OpenAIが当初少なくとも600億ドル(約9.5兆円)の調達を目指す可能性があると報じている。上場は、もはや選択肢というより資金繰り上の必然に近い。
しかし社内には温度差がある。フォーブス(日本版)が「上場の鍵を握るのは財務トップ、アルトマンCEOではない」と報じたように、CFOのサラ・フライヤーは上場を2027年に遅らせるべきだと主張してきたとされる。上場企業に求められる厳格な情報開示・報告体制がまだ整っておらず、売上高の伸びが加速しなければ、約6000億ドルの支出コミットメントが「投資家にきれいなバランスシートを示そうとするまさにその瞬間に」財務を圧迫しかねない、というのがその懸念だ。一方のアルトマンは2026年第4四半期、あるいはそれより早い上場を望んでいると報じられてきた。OpenAIはこうした報道を「ばかげている」と否定し、両者は計算資源の購入方針で「完全に一致している」との共同声明を出している。それでもアルトマン自身は、上場会社のCEOになることに複雑な感情を隠さない。「上場会社のCEOになるのが楽しみかと聞かれれば、ゼロ%だ」「ある意味では楽しみだが、ある意味では本当に厄介だろう」と公の場で語っている。
それでも申請に向けて足が速まった背景には、二つの「障害物の除去」がある。一つは前述のPBCへの移行完了(2025年10月)だ。もう一つは、共同創業者イーロン・マスクが起こした訴訟の決着である。2026年5月18日、カリフォルニア州の連邦地裁で、9人からなる助言陪審はわずか2時間足らずで、マスクが2024年に起こした訴訟は出訴期限を過ぎていると全員一致で判断した。イボンヌ・ゴンザレス・ロジャース判事もこれを認め、訴えを退けた。マスクはアルトマンとブロックマン、OpenAIを相手取り「慈善団体を盗んだ」と訴え、マイクロソフトの幇助も主張していたが、いずれも退けられた。マスクは「判事も陪審も事案の本質ではなく暦上の技術論で判断したにすぎない」として控訴を表明したものの、この判決が上場計画に重くのしかかっていた法的リスクを当面取り除いたとの見方が支配的だ。加えて、市場には先行する巨大IPOの存在もある。マスクのスペースXは6月12日にもナスダックへの上場を目指し、評価額1兆7500億ドル(約277兆円)、調達額750億ドル(約12兆円)と、史上最大規模のIPOになると報じられている。日経が「スペースXに続く巨大IPO」と表現したように、OpenAIにはこの追い風を逃したくないという計算も働く。


シリコンバレーのVCの受け止め — 熱狂と懐疑の同居
シリコンバレーのVCはこの動きをどう受け止めているのか。まず数字が異様だ。2026年第1四半期のVC投資額は全業種で2970億ドル(約47兆円)に上り、その81%がAI関連に流れ込んだ。OpenAIの1220億ドル調達は、この四半期のAI向け資金の約41%を一社で吸い上げた計算で、2024年以前のどの四半期のAIセクター全体よりも多い額を、たった一つのディールが飲み込んだことになる。
強気の論拠は需給構造にある。株式相場が高値圏にあり、AIへの投資意欲が旺盛な今、上場ずみの純粋なAI関連株が限られるなかで、OpenAIのような「AIネイティブ」企業には公開市場の需要が集中するとの見方だ。S&Pグローバル、FTSEラッセル、ナスダックはいずれも、上場後12カ月という伝統的な「猶予期間」を飛ばして、スペースX、OpenAI、アンソロピックを上場後まもなく主要株価指数へ組み入れる「ファストトラック」ルールを検討中とされる。実現すれば、指数連動ファンドからの自動的な買いが発生する。すでに調達ラウンドに名を連ねるアンドリーセン・ホロウィッツ、ソフトバンク、スライブ・キャピタルといった既存投資家にとっては、待望の「出口」でもある。
一方で懐疑論も根強い。VC情報のピッチブックのアナリストは、OpenAIにとって望ましい上場時期はむしろ「2027年半ばから後半」であり、それまでに数四半期の「クリーンな実行」を見せる必要があると指摘する。HSBCは2030年までに2070億ドル(約33兆円)の資金不足が生じると試算し、上場後もなお追加調達が必要になりうるとみる。ロイターのコラムニスト、カレン・クォックは、1兆ドルの評価に見合うには「OpenAIは今日のマイクロソフトと同規模の事業を、わずか4年で築かねばならない」と書いた。2008年の住宅バブル崩壊を当てた投資家マイケル・バーリは、AI関連株への弱気の賭けを拡大し、パランティアの空売りやエヌビディア、オラクルへのプット(売る権利)を積み増していると報じられている。
VCの間で最も警戒されているのが「循環取引(サーキュラー・ファイナンス)」だ。エヌビディアがOpenAIに出資し、そのOpenAIがエヌビディアのGPUを買う——という資金の輪である。調査会社ニューストリート・リサーチは、エヌビディアがOpenAIに100億ドル(約1.6兆円)出資するごとに、約350億ドル(約5.5兆円)相当のGPU購入・リース料として戻ってくると試算する。ブルームバーグは「マイクロソフト、OpenAI、エヌビディアが互いに支払い合う構図」を図解した。かつて取り沙汰された1000億ドル(約16兆円)規模のエヌビディア・OpenAI出資案は冷え込み、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOは2026年3月、今回の300億ドルの出資が「最後になるかもしれない」と述べ、1000億ドル出資は「ありえない」と語った。投資家は今、内部の補助金や循環的な取り決めに依存しない「クリーンな」売上高を求めている。1990年代末のドットコム・バブル終盤に横行したベンダー・ファイナンス(売り手による顧客融資)との不気味な相似を指摘する声も多い。要するにシリコンバレーは、熱狂と懐疑を同居させたまま、OpenAIのIPOを「AIバブルの試金石」として固唾をのんで見守っている。


上場までの「100日間」 — 次に何が、いつ計測されるか
では、今後いつ、何が「計測」されるのか。非公開のドラフト登録届出書を提出した後は、SECとの非公開のやり取りが数週間から数カ月続く。修正を重ねたうえで公開版のS-1を提出し、ここで初めてOpenAIの監査済み財務諸表が世界の目にさらされる。続いて投資家向けの説明行脚(ロードショー)、公開価格の決定(プライシング)、そして初日の取引へと進む。報道どおりなら、上場は「早ければ9月」。5月21日から数えれば、約100日強というかなり圧縮された日程である。上場先の取引所や証券コードは正式には確定しておらず、フライヤーCFOは公開枠の一部を個人投資家向けに確保する考えを示している。
当面の最重要の先行指標は、6月12日にも予定されるスペースXのIPOだ。史上最大規模となるこの上場が好調なら、巨大テックIPOへの市場の食欲が確認され、OpenAIにとって追い風になる。逆に低調なら、9月の日程は容易に後ろ倒しになりうる。さらに2026年後半にはアンソロピック自身の上場観測もあり、スペースX・OpenAI・アンソロピックの「三巨頭」が同じ年のAI向けIPO需要を食い合うとの懸念もくすぶる。
最大の試練は、非公開のやり取りを終えて公開版S-1が出る瞬間だ。そこには赤字額、計算資源への支出コミットメント、循環取引の実態、利用者数の推移といった「不都合な数字」が、SEC基準の開示として並ぶ。投資家がOpenAIを「将来の成長」で値付けするのか、それとも足元の「資金燃焼」で値付けするのか——その分かれ目は、確定した上場日ではなく、このS-1公開の瞬間に訪れる。VCや機関投資家が新たな動きを見せるのも、まずはこのタイミングだろう。

競合アンソロピックの「初の四半期営業黒字」見込み
OpenAIの申請報道とほぼ同じ2026年5月20日、競合のアンソロピックからは対照的なニュースが流れた。同社が、現在進行中の四半期(2026年6月期)に初の四半期営業黒字を見込んでいることを明らかにしたのだ。ブルームバーグやロイター、テッククランチによれば、6月期の売上高は109億ドル(約1.7兆円)と第1四半期の48億ドル(約7600億円)から約130%増え、営業利益は約5億5900万ドル(約880億円)に達する見通しだという。ただしこの営業利益はモデルの学習コストを含む一方で株式報酬費用を除いた数字であり、アンソロピック自身も、計算資源への支出増のため通年での黒字維持は保証できないと注意を促している。あくまで「見込み(予測)」であって確定した実績ではない点には留意が必要だが、それでも、昨夏に投資家へ示した「2028年まで通年黒字化はない」という見通しからの急転換であることは間違いない。
成長の軌跡も鮮烈だ。アンソロピックの年換算売上高(ARR)は2025年1月の10億ドル(約1580億円)から、同年6月に40億ドル(約6300億円)、12月に90億ドル(約1.4兆円)、そして2026年4月には300億ドル(約4.7兆円)へと駆け上がった。CEOのダリオ・アモデイは開発者会議で、第1四半期は「年率10倍」を計画していたところ「売上と利用で80倍の成長」を記録したと語っている。一部報道は、この300億ドルのARRがOpenAIの約250億ドル(約4兆円)を上回ったとし、しかもアンソロピックはモデル学習にOpenAIの約4分の1のコストしかかけていないと伝える。売上の約8割を法人顧客が占め、年間100万ドル(約1.6億円)超をClaudeに支払う企業顧客は1000社を超えた。2月のシリーズG発表時の500社から、2カ月足らずで倍増した計算だ。
ただし、この数字には論争もある。OpenAIの最高売上責任者(CRO)デニーズ・ドレッサーは社内に4ページのメモを送り、アンソロピックの300億ドルという数字は約80億ドル(約1.3兆円)過大に計上されていると主張した。争点は、AWSやグーグル・クラウド経由で請求される売上を、パートナーの取り分を差し引く前の「グロス(総額)」で計上すべきか、差し引いた後の「ネット(純額)」で計上すべきかという会計上の問題だ。アンソロピックは自社がこれらの取引の「主体(プリンシパル)」であり価格を決めているため、グロス計上が正しいとの立場をとる。報道各社が伝える数字にこうした幅があること自体は、記しておくべきだろう。いずれにせよ、OpenAIが赤字を抱えたまま上場を申請しようとするまさにその時に、競合が黒字化への道筋を示した——この時間差は、OpenAIの物語にとって痛烈である。


かげりの兆候 — 利用者数の鈍化とSora撤退
OpenAI本体にも、かげりの兆候が複数現れている。第一に、ChatGPTの利用者数の伸びの鈍化だ。週間アクティブユーザー(WAU)は2025年10月の8億人から2026年2月に9億人へ増えたものの、市場が注目していた「10億人」の大台には届かなかった。ChatGPTの米国モバイルアプリのシェアは初めて40%を割り込み、月間の訪問回数も2026年4月に55.1億回と、3月の57.3億回から3.84%減少した。前年同月比で見れば依然として巨大な規模ではあるが、伸びが頭打ちになりつつあるのは確かだ。背景には、アンソロピックのClaudeやグーグルのGeminiへの利用者の流出がある。アンソロピックのアプリの1日あたりアクティブユーザー(DAU)シェアは、わずか3カ月で2%未満から10%へと跳ね上がった。
第二に、動画生成AI「Sora」の撤退だ。OpenAIは2025年9月にSNS機能を備えた「Sora 2」を投入したが、2026年4月26日にSoraのウェブ版とアプリ版のサービスを終了し、さらにSoraのAPIも2026年9月24日に終了すると、自社のヘルプセンターで告知している。OpenAIは公式には理由を説明していないが、報道は、動画生成が文章や画像より格段に高コストで、Soraが1日あたり約100万ドル(約1.6億円)の計算資源を消費していたこと、コスト圧力、そして中核の法人向け製品への注力シフトを背景に挙げる。Soraの利用者は約100万人でピークを打った後、終了告知時には50万人を割り込み、アプリ内課金による生涯売上はわずか約210万ドル(約3億円)にとどまったという。ディズニーとのキャラクター利用に関するライセンス契約も終了に向かう。上場を控えた企業が看板級の消費者向け製品を畳むことは、市場へのメッセージとしては座りが悪い。もっとも、これは「赤字製品の整理」という規律あるコスト管理の表れとも読める——その両義性については最終章であらためて触れる。


「包囲」されているのはどちらか — 立ち位置の多角的比較
ここで、OpenAIとアンソロピックの「立ち位置」を多角的に比較しておきたい。注目すべきは、アンソロピックがAI業界のほぼすべての陣営から支援・協力を取り付けている点だ。グーグル(アルファベット)は出資比率14%(上限15%)の株主であると同時にTPU(独自AIチップ)の供給元であり、アマゾンは主要クラウド・学習パートナーとしてこれまでに130億ドル(約2兆円)の株式を投じた。両社の出資とクラウド契約を合わせたコミットメントは700億ドル(約11兆円)を超える。さらに2025年11月にはマイクロソフトが最大50億ドル(約7900億円)、エヌビディアが最大100億ドル(約1.6兆円)の出資を表明した。OpenAIを長年定義づけてきたはずのマイクロソフトとエヌビディアが、競合にも資金を入れたという事実は重い。
イーロン・マスクとの関係も象徴的だ。マスクのスペースX/xAI(両社は2026年に統合された)は、テネシー州メンフィスのスーパーコンピューター「Colossus 1」の計算能力すべてをアンソロピックに貸し出す契約を結んだ。22万基超のエヌビディア製GPUと300メガワット超の能力を提供し、アンソロピックは2029年5月まで月額12億5000万ドル(約2000億円)を支払う。総額は400億ドル(約6.3兆円)超に達しうる。これは出資ではなく、あくまで計算資源の賃貸契約だ。しかし、わずか数カ月前にマスクがアンソロピックを「邪悪だ」と非難していたことを思えば、アクシオスが「イーロンはいかにしてアンソロピックを愛するようになったか」と報じたほどの劇的な歩み寄りである。ビル・ゲイツとの接点もある。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は2026年5月14日、世界保健や教育、経済的流動性の分野で総額2億ドル(約320億円)・4年間のAIパートナーシップをアンソロピックと結んだ。これは同財団として過去最大のAI関連の取り組みだ。これも個人としての株式投資ではなく財団による慈善的提携だが、同財団は2026年1月にOpenAIにもアフリカの診療所拡充で5000万ドル(約80億円)を拠出しており、アンソロピック向けはその約4倍の規模にあたる。資金と協力の重心は、静かにアンソロピックへ傾いている。
ではOpenAIは「孤立」しているのか。資金面では、まったくそうではない。直近で1220億ドルを調達し、マイクロソフト(27%)、アマゾン(500億ドル)、エヌビディア(300億ドル)、ソフトバンクという強力な後ろ盾を持つ。問題は資金量ではなく、その関係の「形」だ。OpenAIをめぐる資金は、エヌビディアが出資し→OpenAIがエヌビディアのチップを買い、マイクロソフトが出資し→OpenAIがアジュールを買い、ソフトバンクやオラクルがスターゲートで絡む——という、少数の当事者の間で循環する構造になっている。しかもその縁(へり)はほつれ始めている。エヌビディアのフアンCEOは追加出資に慎重な姿勢を示し、共同創業者マスクは訴訟の相手方となった。つまりOpenAIの「孤立気味」とは、資金が乏しいという意味ではなく、関係が一握りの当事者に集中し、循環的で、一部は敵対的ですらある——という意味だ。あらゆる陣営を巻き込む幅広い連合を築きつつあるアンソロピックとは、その点で対照的な像を結ぶ。
それでも残る明るいシナリオ — マルタ、法人事業、そして「AIの公益化」
もっとも、報道の基調が総じて慎重・弱気に傾くなかでも、OpenAIには明るいシナリオが残されている。その象徴が、地中海の小国マルタ共和国との提携だ。OpenAIは2026年5月16日、マルタ政府(およびマイクロソフト)と組み、短いAI講座を修了したマルタの全居住者にChatGPT Plusを1年間無償で提供すると発表した。国民全員へのChatGPT Plus提供は世界初で、マルタが2026年予算で示した1億ユーロ(約170億円)のデジタル化予算が裏付けとなる。提供分の小売価格換算は約1億3000万ドル(約210億円)相当とされるが、財務条件は非公開で、OpenAIの実際の提供コストは小売価格より大幅に低いとされる。重要なのは金額そのものより、この提携が「国家規模での採用」のテンプレートになりうる点だ。ある分析が「ChatGPTへのアクセスを国家が裏付ける公共インフラに変える」と評したように、もしOpenAIが国家単位の契約を積み上げられれば、それは循環取引とは無縁の、粘着性の高い新しい収益・関係のカテゴリーになる。マイクロソフトとも建設的に協働する形であり、ほつれかけた関係を補修する文脈とも読める。
足元の事業にも光はある。法人向け事業は売上高の4割超を占めるまでに育ち、年内には消費者向けと肩を並べる見通しで、法人の採用は前年同期比340%増、フォーチュン500の92%が利用する。法人売上は解約率が低く継続性が高い——公開市場の投資家が最も見たい性質の収益だ。消費者向けの伸びが踊り場に入ったとしても、エンジンを法人へ載せ替える道は開けている。構造的なリスクも二つ取り除かれた。マスク訴訟は退けられ、PBCへの移行も完了済みだ。資金需要の裏返しではあるが、1220億ドルの調達(うち個人投資家から30億ドル)を成立させ、指数への早期組み入れ観測まである——市場に確かな需要が存在することは、すでに証明されている。さらに、看板製品Soraの撤退すら、1日約100万ドルを失う赤字事業を切るコスト規律の表れと読めば、アンソロピックが見せたのと同じ「黒字化への道筋」をOpenAIが描ける可能性を残す。
総じて見れば、逆風は本物だ。赤字を抱えたまま申請に踏み切るタイミングは、競合が黒字化へ転じ、利用者が静かに離れ始めるなかで、決して恵まれていない。それでもOpenAIに道がないわけではない。マルタ型の国家連携、法人事業というエンジン、取り除かれた法的・構造的リスク、そして実証ずみの資金需要——これらは十分に説得力のある強気シナリオを描く。9月という窓が試すのは、市場がOpenAIを「その道筋」で値付けするのか、それとも「資金燃焼」で値付けするのか、である。早ければ明日提出される非公開の書類は、その長い問いの、ほんの最初の一行にすぎない。
Sources
- CNBC「OpenAI to confidentially file for IPO as soon as Friday: Source」(2026年5月20日)
- Bloomberg「OpenAI Is Preparing to File for an IPO in the Coming Weeks」(2026年5月20日)
- Bloomberg(日本語)「OpenAIが早ければ22日にもIPO申請、今秋の上場を目指す-関係者」
- 日本経済新聞「OpenAI、22日にも上場申請と米報道 スペースXに続く巨大IPOへ」
- Reuters / U.S. News「OpenAI Aiming for Speedy IPO, Source Says, as Market Awaits SpaceX Filing」
- Forbes JAPAN「OpenAI上場の鍵を握るのは財務トップ、アルトマンCEOではない」
- Inc.「OpenAI Is Reportedly Prepping to File for an IPO. Here's Why Sam Altman Says It Could Be 'Really Annoying'」
- Bloomberg「OpenAI Valued at $852 Billion After Completing $122 Billion Round」(2026年3月31日)
- CNBC「OpenAI closes record-breaking $122 billion funding round as anticipation builds for IPO」
- OpenAI公式「OpenAI raises $122 billion to accelerate the next phase of AI」
- CNBC「OpenAI completes restructure, solidifying Microsoft as a major shareholder」(2025年10月28日)
- OpenAI公式「Our structure」
- CNBC「OpenAI CFO Sarah Friar on IPO timeline, Musk v. Altman case」
- NPR「Jury dismisses all claims in Elon Musk's lawsuit against OpenAI CEO Sam Altman」(2026年5月18日)
- CNBC「Musk slams Altman trial verdict as a 'technicality,' vows to appeal」
- Fortune「OpenAI's own forecast predicts $14 billion loss in 2026」
- Fortune「Nvidia's $100 billion investment in OpenAI has analysts asking about 'circular financing'」
- Bloomberg「AI Circular Deals: How Microsoft, OpenAI and Nvidia Keep Paying Each Other」
- TechCrunch「Anthropic says it's about to have its first profitable quarter」(2026年5月20日)
- Bloomberg「Anthropic on Pace for First Profitable Quarter as Revenue Surges」
- Reuters「Anthropic nears first quarterly profit, agrees to pay SpaceX $1.25 billion monthly for computing power」
- TechCrunch「Anthropic will pay xAI $1.25B per month for compute」
- xAI公式「New Compute Partnership with Anthropic」
- CNBC「Anthropic, SpaceX announce compute deal that includes space development」(2026年5月6日)
- Fortune「Elon Musk called Anthropic 'evil' 3 months ago. Now he's taking $4 billion to become its landlord」
- Axios「How Elon grew to love Anthropic」
- CNBC「Anthropic valued in range of $350 billion following investment deal with Microsoft, Nvidia」(2025年11月18日)
- Anthropic公式「Anthropic raises $30 billion in Series G funding at $380 billion post-money valuation」
- Anthropic公式「Anthropic forms $200 million partnership with the Gates Foundation」
- Gates Foundation公式「Making AI work for more people」
- OpenAIヘルプセンター「What to know about the Sora discontinuation」
- Reuters / Investing.com「OpenAI seals deal in Malta to give all Maltese access to ChatGPT Plus」
- Engadget「OpenAI is offering ChatGPT Plus to citizens of Malta for a year」
- TradingKey「SpaceX IPO Date Set for June 12 at a $1.75 Trillion Valuation」
- Bloomingbit「OpenAI Growth Fears Surface as ChatGPT Weekly Active Users Stay Below 1 Billion」