買収の全容――「低数億ドル」の真相

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OpenAIは2026年4月2日、自社のニュースルーム「openai.com/index」を通じて、Silicon Valleyのデイリーライブ番組TBPNを買収したと発表した。OpenAI初の「メディア企業買収」である。同社は取引条件を開示していないが、Financial Timesは買収額が「low hundreds of millions of dollars(低位の数億ドル)」に達したと報じており、為替レート1ドル=150円で換算すると、おおむね300億円から450億円規模の取引となる。OpenAIの直近の年次評価額8,520億ドル(約128兆円)や、2026年3月に完了した1,220億ドル(約18兆3,000億円)のラウンドと比較すれば大した金額ではないが、問題は対象企業の規模にある。

TBPNは2024年10月に「Technology Brothers Podcast」として立ち上がり、2025年3月に「TBPN」へと改称。番組は平日毎日、太平洋時間午前11時から午後2時まで3時間生配信されるトーク番組で、YouTube、X、LinkedInで同時配信される。ホストのJohn CooganとJordi Haysはいずれも連続起業家で、Cooganは食事代替飲料Soylentとニコチン代替製品Lucyの共同創業者であり、Peter ThielのFounders Fundで客員起業家(EIR)を務めた経歴を持つ。一方のHaysはYouTube広告会社Branded Nativeや、スタートアップ向け資金調達プラットフォームParty Round(後のCapital)を立ち上げ、2023年8月にRho Technologiesへ売却している。番組が抱える従業員はわずか11名、YouTube登録者数は約58,000人、Xフォロワーは約33万人程度にとどまり、平均視聴者数は1配信あたり約70,000人という極めてニッチな規模だ。

2025年の広告売上は約500万ドル(約7.5億円)に過ぎなかったが、2026年はすでにGoogle Gemini、Ramp、Plaid、Figma、Shopify、AppLovinなど25社以上のスポンサーと契約し、ニューヨーク証券取引所とも提携、年間広告売上は3,000万ドル(約45億円)に達する見通しだった。さらに2025年末にはクリエイティブ・アーティスツ・エージェンシー(CAA)と契約し、スーパーボウルの地域広告枠を購入するまでに至っている。つまりOpenAIは、売上3,000万ドル(約45億円)の会社に対して少なくとも2億ドル(約300億円)、すなわち売上高の約7倍から10倍以上で買い取ったことになる。メディア業界の伝統的な取引倍率(2〜4倍)を大きく超える水準であり、アナリストが「stunning multiple」と評する所以である。


指揮官はChris Lehane――「ヴァスト・ライトウィング・コンスピラシー」の生みの親

OpenAIの愚かな戦略、人気メディア「TBPN」を買収し、批判の口を塞ぐ 図表02OpenAIの愚かな戦略、人気メディア「TBPN」を買収し、批判の口を塞ぐ 図表02b

買収後のTBPNは、OpenAIの「Strategy Organization(戦略本部)」直下に組み込まれ、報告ラインはOpenAIのChief Global Affairs OfficerであるChris Lehaneに設定された。この人事こそが本件を「影響力買収」と位置付ける最大の根拠となっている。

Lehaneは1995年、クリントン政権のホワイトハウス時代に「vast right-wing conspiracy(広範な右翼の陰謀)」というフレーズを記した内部メモを執筆した人物として知られる。このフレーズは後にヒラリー・クリントンが世に広め、クリントン政権への批判報道を政治的攻撃として処理する防御術の象徴となった。その後Lehaneは、2015年から2022年までAirbnbのグローバル政策・広報責任者として、地方自治体による短期賃貸規制を次々と骨抜きにする戦略を主導。2022年以降は、暗号資産業界のスーパーPAC「Fairshake」を立ち上げ、2024年の米国選挙で反暗号資産の候補者を標的にした数億ドル規模のネガティブキャンペーンを指揮した。The New Yorker誌が2024年に掲載したプロフィール記事では、彼は「political dark arts(政治の暗黒芸術)」の達人と描写されている。OpenAIに移籍したのは2024年で、現在は各州政府によるAI規制を先手で封じる戦略、外国政府に著作権付き学習データへのアクセスを確保させる外交圧力、データセンター建設を加速させるための環境規制緩和などを主導している。

CNNビジネスが4月3日付で掲載した「OpenAI isn't just buying a podcast — it's buying influence(OpenAIはポッドキャストではなく影響力を買っている)」と題された記事では、Lehaneの買収コメントが引用されている。彼は「企業やエンティティがメディア資産を所有・買収することは、1926年にRCAがNBCを創設した頃から続く歴史的な慣行だ」と述べ、歴史的正当性を強調したが、CNNは記者の分析として「これは単なるコンテンツ取得ではなく、戦略的な影響力構築である」と断じた。さらに、コミュニケーション担当チーフの立場でTBPNの買収を社内で主導したFidji Simoが従業員向けメモで語った「標準的な広報プレイブックは我々には通用しない。我々は普通の企業ではない。我々は非常に大きな技術的転換を推進しているのだ」という発言について、複数の評論家が「これはMark Zuckerbergが2018年のCambridge Analytica騒動時に出したコメントとほぼ同じ弁明である」と指摘している。


シリコンバレーVCの反応――内部からも「意味不明」の声

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本件で最も注目すべきは、OpenAI自身の出資者から批判が噴出している点である。Irish Times(アイルランド系メディアによる英国版FTの二次取材)が2026年4月14日に掲載した記事によると、あるOpenAI初期投資家は「I don't get it frankly, it doesn't make any sense to me. It's a distraction and it irks me(率直に言って理解できない。まったく意味が分からない。気が散っているし、苛立ちを覚える)」と匿名で発言している。別のOpenAI幹部出資者は「It's a deeply unfocused company(極めて焦点を欠いた会社だ)」と論評し、同社が消費者向けChatGPTのスケール拡大と法人向け市場への本格参入という二正面作戦を抱えながら、さらにメディア事業にまで手を広げたことを問題視した。

この投資家心理を理解するには、OpenAIが2026年3月に完了させたばかりの1,220億ドル(約18兆3,000億円)の巨大調達ラウンドの背景を押さえておく必要がある。ラウンドにはSoftBank、Amazon、Nvidia、Andreessen Horowitz、Sequoia CapitalThrive Capitalなど25社以上のトップVC・戦略投資家が名を連ねた。しかし同じタイミングで、Anthropic(Claudeを開発)の年換算売上(ARR)は2025年末の90億ドル(約1兆3,500億円)から2026年3月時点で300億ドル(約4兆5,000億円)へと急拡大し、OpenAIのARR約250億ドル(約3兆7,500億円)を追い抜いた。OpenAIへの投資家は、実際のIPO評価額が1.2兆ドル(約180兆円)を上回る前提でエクセル上の「underwriting」を行ってきたが、Anthropicの攻勢でその仮定が崩れつつある。そのさなかでの「数億ドルのメディア買収」は、一部のLPにとって「金庫の中から時計職人の趣味を買っているように見える」(匿名VC発言)と受け止められたわけである。

他方でAndreessen Horowitzのパートナー、Katherine Boyleは、自身のXアカウントでむしろ本件を擁護する方向で発言した。彼女は「6年前のコロナ以降、制度的信頼が崖から落ちた後なのに、今でも『編集の独立性』を気にする視聴者がいると思っていることが信じられない」と述べ、現代の視聴者は媒体の所有構造よりもパーソナリティとの信頼関係を重視していると主張した。この論調はa16zが2021年に短期間で畳んだメディア事業「Future」や、American Dynamism投資テーマに沿った防衛系スタートアップへのメディア露出戦略と一脈通じるものだ。Katherine BoyleがOpenAI買収発表のわずか数週間前に本人としてTBPNに出演し、国防総省改革と防衛スタートアップについて語ったことも、VC業界における「TBPNはa16z American Dynamismの拡声装置」という見方を強めている。なお、OpenAIへの出資経験を持たないFounders Fund出身のCooganが番組の共同創業者である点も、a16zとFounders Fundの両派閥が「OpenAIの懐に入った媒体」を通じて今後どのようにポジションを取るかを占う上で重要な論点となる。

一方、Silicon Valley最も影響力のあるアナリストであるBen Thompson(Stratechery)は、2026年4月6日付の有料会員向け記事「OpenAI Buys TBPN, Tech and the Token Tsunami」の冒頭で「OpenAI's purchase of TBPN makes no sense, which may be par for the course for OpenAI(OpenAIによるTBPN買収はまったく意味をなさない。これはOpenAIにとって今や標準コースなのかもしれないが)」と切り捨てた。Thompsonは同社を「巨大市場に背中から転げ落ち、それ故に機能的なビジネスへと発展できなかった企業」と形容し、Twitter(現X)との類推を持ち出して論じている。彼が挙げた例証は辛辣で、「広告は悪だと言っていたのに、いつの間にか収益計画の柱になる。Metaの幹部を大量雇用する。AppleがパートナーだったはずなのにJony Iveを引き抜く。そして今度はポッドキャストを買う。そこには首尾一貫した戦略も、誰が舵を取っているのかも見えない」という主旨だった。

Om Malik(GigaOm創業者、現在はTrue Venturesのパートナー)は自身のブログで、本件を「レーニンのPravda紙と同じ論理」と断じた。革命運動は常に自前のメディア装置を必要としてきたという歴史的類推で、OpenAIが自社の技術的変革物語を統制するために「standard PR playbookは通用しない」と言い張るのは、結局のところ「自分たちに都合の良い言論空間を買い取っている」ことの婉曲表現に過ぎないと論じた。John Gruber(Daring Fireball)はこれに加えて、「自社の事業基盤に自信がある企業は、こんな出費に走らない」と端的にコメントし、OpenAIの広報戦略が「守りに入っている」兆候だと指摘した。


各紙・各サイトの論調

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主要メディアの反応は概ね二分されたが、批判的論調が圧倒的に多い。NPRは2026年4月8日放送の「Why OpenAI bought 'SportsCenter for Silicon Valley'」で、歴史家Margaret O'Mara(ワシントン大学・シリコンバレー史研究)の「これらは所有者とスポンサーの目標を推進する乗り物だ」という辛辣なコメントを前面に出した。SlateのAlex Kirshnerはさらに踏み込み、4月3日付の論説「Why Sam Altman's purchase of TBPN is so sleazy(なぜAltmanのTBPN買収は汚らしいのか)」で、ホストの二人が株主としてOpenAI礼賛を強めるインセンティブを新たに得たこと、Lehaneの下で活動することの構造的利益相反、そしてOpenAIが最近、内部のAI安全研究を抑圧したとされる報道への対応が後ろ向きだったことを結びつけ、「非批判的なテック報道は今やロケットのように伸びており、AIこそ厳格な監視が必要なこの時期に、伝統的なアカウンタビリティ・ジャーナリズムが消滅しようとしている」と警鐘を鳴らした。

Bloombergは4月2日の速報で、OpenAIが「メディア業界への稀な進出」に踏み切ったと穏当に報じた一方、TechCrunchは同日に「buzzy founder-led business talk show」と親しみを込めつつも、Chris Lehaneの報告ラインを強調し、編集の独立性が実質的に機能しないリスクを指摘した。The Hollywood Reporterはむしろ本件を「富豪によるメディア買収ブームの再来」という視点で捉え、Larry EllisonとDavid Ellison父子によるCNN(1,110億ドル、約16兆6,500億円規模)とParamount/The Free Press買収、Jeff Bezosの250百万ドル(約375億円)Washington Post買収、Marc BenioffによるTime誌買収、Patrick Soon-ShiongのLos Angeles Times買収、さらにはJPMorgan ChaseのJamie Dimonが検討中とされるメディア事業立ち上げなどと並べて論じた。THRの結論は、こうした買収はしばしば「虚栄の延長線上にあり、持続可能なビジネスモデルではない」というものだった。

Puckのメディア業界担当記者Dylan Byersは、「OpenAI's Chris Lehane Explains Why They Bought TBPN」の中で、Lehane本人の言葉として「TBPNは開発者、ビルダー、起業家、AI分野の思想的リーダーとの対話の型を完成させた。重要なのはスクープや速報ではなく、AIの背後にあるアイデア、その『どのように』と『なぜ』を解剖することだ」と紹介したが、PuckはMatt BelloniのPower Lunch欄で「OpenAIは言論の自由と影響力の境界線を曖昧にするリスクを抱え込んだ」と警告した。Fortuneは4月11日付のJonathan Hunt(HubSpot Mediaのバイスプレジデント)による論説を掲載し、「talent(才能)、media(媒体)、influence(影響力)が一つに収斂しつつある」という新時代の論理を提示した。HuntはOpenAIの真の買収対象は番組でもチームでもなく「創業者・投資家・オペレーターという極めて特定の聴衆とその配信チャネル」であったと分析し、HubSpot自身が近年メディア事業に巨額投資している現実と重ね合わせた。

Garbage DayのRyan Broderickは4月の同誌で、「OpenAI bought a livestream no one watches(誰も見ていないライブ配信を買ったOpenAI)」という辛辣なタイトルで、TBPNの実際の再生データを細かく分析した。YouTubeライブ配信の典型的な視聴数は4,000〜7,000回に過ぎず、最も再生された動画でも37万回、Xでの直近ライブ配信は約14,000回という数字を挙げた上で、Coogan本人が「TBPNが1,000万人の登録者に達したら、それは何かが決定的に間違ったサインだ」と公言していた点を引き合いに出し、「OpenAIはシリコンバレーの約20万人のインサイダー層にリーチするために、視聴者一人当たりおよそ1,000ドル(約15万円)を支払った計算になる」と皮肉った。BroderickはOpenAIが自社のAI技術によって失った「信頼性」と「人間が作ったコンテンツの本物感」を、TBPN買収で取り戻そうとしているのではないかとの仮説を示している。

日本国内でも複数のIT系メディアが本件を翻訳・論評しているが、CNETジャパンやITmediaといった主要媒体は概ね「影響力構築の試み」として中立的に紹介するにとどまり、Slateやフォーチュンのような鋭い批判論調の翻訳は限定的である。欧州、特にフランスではLe Mondeが過去のAltman寄稿の文脈でOpenAIの広報戦略全般を疑問視しており、欧州委員会のAI Act関連の議論でOpenAIのロビイング手法が繰り返し引き合いに出される中、TBPN買収は「米国の規制回避・世論操作マシン構築の一環」として警戒されている。OpenAI自身は2026年3月に公表した「EU Code of Practice」関連の公式ブログで欧州規制当局との対話姿勢を強調しているが、Chris Lehaneが州レベルのAI規制を阻止する戦略を主導している事実と、TBPNという「制度的信頼装置」を傘下に収めた事実が欧州側には一体の動きとして映っている。


シリコンバレーVC視点からの統合分析――なぜ「愚か」と呼ばれるのか

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Silicon ValleyのVCコミュニティが本件を「愚か」と断じる理由は、単に価格が高いからではない。少なくとも四つの戦略的誤算が指摘されている。

第一に、「内輪ウケ媒体の独立性は買収された瞬間に消滅する」という媒体経済の基本法則である。TBPNの魅力は、Mark Zuckerberg、Satya Nadella、Mark Cuban、そしてSam Altman本人までもがゲストとして出演してきたことで示されるように、競合他社のトップが気軽に登場できる「中立的な水飲み場」であった点にある。New York Timesのシリコンバレー担当記者Mike Isaacが「TBPNはもはやOpenAIのマーケティング装置と変わらない」と断じた通り、この中立性は数日〜数週間の単位で急速に失われる可能性が高い。実際には買収発表の直後にもAnthropicやGoogleの関係者が出演したが、VC業界関係者の多くは「あと1、2四半期でAnthropicのDario Amodei、GoogleのDemis Hassabis、MetaのYann LeCunといった有力人物はTBPNへの出演を控えるようになる」と予測している。こうなれば、OpenAIが数億ドルを払って手に入れたのは「競合との対話が途絶えた独演会場」に過ぎなくなる。

第二に、「信頼の購入は信頼の破壊を意味する」というパラドックスである。Garbage DayのBroderickが鋭く指摘したように、OpenAIが欲したのは、同社自身がAI技術の氾濫によって損なった「人間が作ったコンテンツの本物感」だった。しかし、オーディエンスが「これはOpenAIの子会社が発信する番組だ」と認識した瞬間、その本物感は消え失せる。これはMurdochがFox Newsを購入した段階の話ではなく、Yahoo!がTumblrを買収して文化を殺した段階の話に近い。シリコンバレーでは「OpenAIはTBPNを買った瞬間に、買いたかったはずの資産を破壊した」という冗談が飛び交っている。

第三に、「Chris Lehaneの下に置いた時点でジャーナリズムの擬態すら不可能になった」という構造的な問題だ。買収したメディアを報道担当ではなく戦略本部(それも政治工作員の直轄下)に置くということは、OpenAI自身が「これはジャーナリズムではなくコミュニケーション戦略の一部だ」と認めているに等しい。Fidji Simoが従業員に宛てたメモで「我々は普通の企業ではない」と書いた瞬間、編集独立性の約束は「見せかけ」の域を出ない。Mark Zuckerbergが2018年にFacebook News Feedのアルゴリズム変更時に出した声明と同じ「特権的立場を根拠にする論法」であり、ジャーナリズムの文脈では信頼を生まないロジックだ。

第四に、「メディア事業は技術企業のP&Lには合わない」という業界常識である。Andreessen Horowitzの2021年の短期間で閉鎖されたメディア事業「Future」、Chris HughesのThe New Republic、そしてBezos傘下でもレイオフが繰り返されるWashington Postの実例が示すように、実際のニュースルーム運営は技術企業の経営スタイルとは根本的に相容れない。OpenAIのような巨大インフラ企業が、年間3,000万ドル(約45億円)の広告事業を維持・成長させるために必要な編集・営業・タレント管理のオペレーションを内製化するのは、経営資源の無駄遣いに近いという見方が多い。

他方で擁護論もあり、FortuneがHubSpot Media論説で提示した「talent、media、influenceの収斂」論理、Axiosが紹介したSam Altmanの「TBPNは私の一番好きなテック番組だ。楽しくて、扇情的でなく、深い技術的内容に入っていく」というコメントに見られるような「コミュニケーション資産としての有用性」評価、そしてKatherine Boyleが主張する「編集独立性はもはや視聴者の関心事ではない」という現実主義も存在する。しかし、これらの擁護論ですら、「なぜ数億ドルも払う必要があったのか」という問いには答えきれていない。TBPN側が積極的に売り込んだわけではなく、OpenAI側から提案したという複数の報道を踏まえると、業界の一部では「これはSam Altmanの個人的偏好が経営判断を歪めた例だ」という見方すら存在する。


今後の展望――計測可能な動きのタイムライン

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本件をめぐる今後の動きは、いくつかの観測点を時系列で追うことで予測可能である。

2026年4月後半から5月にかけて、最初の試金石となるのはAnthropic・Google・Meta・xAIなど競合AI企業の幹部がTBPNに出演し続けるかどうかである。Dario Amodei(Anthropic CEO)がすでに番組出演を控える方針を関係者に伝えているとの未確認情報がSSBCrack Newsを含む複数のテック系メディアで報じられており、仮にこれが事実となれば、TBPNの番組価値は急速に低下する。5月中旬には最初の四半期広告売上の実績が見え始めるため、2025年比600%増と言われていた成長軌道が買収後も維持できているかが次の焦点となる。

2026年第2四半期(6月末)までに、OpenAIは年次の「State of AI」関連コンテンツや、GPT-5後継モデル(社内コードネーム「Orion」または「Strawberry-2」)のローンチイベント向け特別番組をTBPN経由で配信する可能性が高い。Fidji Simoが医療休暇に入っているため(POTS=体位性頻脈症候群の再発)、買収プロセスの実務的な統合は遅れる可能性があるが、社内のCommsチームは独自に番組編成に介入する権限を強める見込みだ。この時点で、編集独立性の覚書(Editorial Independence Covenant)が実質的に機能しているかどうか、内部リーク情報で検証されるだろう。

2026年後半(第3四半期)には、米国のいくつかの州でAI規制法案が本格的に議論入りする。カリフォルニア州のSB-1047後継法案、ニューヨーク州・テキサス州・フロリダ州のAI透明性法案などが俎上に上り、Chris Lehaneが主導するOpenAIのロビイング戦略は正念場を迎える。この局面でTBPNがAI規制を「イノベーションを阻む」フレームで特集する回数が増えれば、批判派は「買収の本当の目的が明らかになった」と主張する材料とするだろう。逆に、TBPNが規制支持派の論者を積極的に招くならば、編集独立性の擁護者は一定の反論素材を得る。

2026年末から2027年初頭にかけては、OpenAI自体のIPO準備が本格化する可能性が高い。この段階で、TBPN買収がS-1書類上でどのように説明されるか(無形資産の減損、のれんの処理、セグメント開示の有無)が会計上の注目点となる。OpenAI投資家の一部が「焦点を欠いている」と批判する現状を踏まえれば、IPOロードショーでTBPN買収の戦略的正当性を説明できるかは、評価額維持の分水嶺となる。また、2027年1月には早くもFTCや欧州委員会による競争法的な予備調査が入る可能性もあり、「AI企業が議論のプラットフォームまで所有することが市場の競争条件を歪めるか」という論点で初の先例判断が形成される可能性がある。

主要なサービス・プロダクトの面では、OpenAIが2026年夏以降にTBPNの動画アーカイブを自社のAI学習データとしてどのように活用するかも注視点である。Plaidの共同創業者Zach Perretや、Rampの共同創業者Eric Gleymanなど、番組の主要スポンサーや常連ゲストが関わるフィンテック・B2B SaaS分野のスタートアップ群(Cursor、Mercor、Harvey AI、Anysphereなど)は、OpenAI傘下のメディアが自社を継続的にプロモーションしてくれる構図からさらなる資金調達やエグジットの加速を期待しており、シリコンバレーの資本循環はTBPN買収を前提に再配線されつつある。一方で、Thrive Capitalや他のOpenAI出資VCにとっては、ポートフォリオ企業の宣伝装置として番組を機能させる暗黙の期待と、出資者として株主価値を毀損する買収への不満とが同居する、複雑な力学が続くことになる。


結語――歴史に残る「愚かな買収」となるか

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総じて、OpenAIによるTBPN買収は、Silicon ValleyのVC・メディア・政策コミュニティから「愚かな戦略」と評されている。Ben Thompson、Om Malik、John Gruberといった業界で最も信頼される論者三名がそろって批判側に回り、OpenAI自身の出資者の一部も内輪で不満を漏らし、Katherine Boyleのような擁護論者すら「編集独立性などどうでもよい」という一種のシニシズムに訴えざるを得ない状況は、OpenAIが「AGI時代の規範的リーダー」としてのイメージを自ら毀損しつつあることを示している。

しかし本件の真の重要性は、個別の買収の是非を超えたところにある。つまり、技術・資本・政治・メディアがこれほどまでに直接的に融合する時代に、公共的なAI議論の空間をどのように守るのかという問題である。Chris Lehaneという「political dark arts」の達人がTBPNを傘下に置くということは、彼が過去にAirbnbや暗号資産業界で用いた戦術――制度的信頼の買収、批判者の周辺化、規制の先回り――をAI産業の最中核で再現することを意味する。それが成功すれば、OpenAIは少なくとも短期的にはAGIをめぐる言論空間の支配者となる。失敗すれば、本件は「シリコンバレーの企業が自らの影響力を買おうとして、代わりに信頼を失った歴史的事例」として教科書に掲載されるだろう。どちらに転ぶにせよ、2026年後半から2027年にかけての展開は、AIと民主主義、資本と言論の関係を問い直す試金石となることは間違いない。


Sources

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