受注残46.7兆円の主役、迎撃ミサイルPAC-3とは何か

アメリカの防衛大手ロッキード・マーティンが抱える「まだ納めていない注文」が、9月末で約46.7兆円に達し、過去最高を更新した。そのうち約8.4兆円は、たった一種類のミサイルの注文だ。迎撃ミサイル「PAC-3」である。
北朝鮮がミサイルを撃つたびに、東京・市ヶ谷の防衛省の敷地で、空に向けて斜めに構えた四角い発射機がニュースに映る。あの箱の中身が、PAC-3だ。日本のミサイル防衛は二段構えで、まず海のイージス艦が大気圏の外で迎え撃ち、撃ち漏らしたものを地上のPAC-3が最後に仕留める。
PAC-3の仕事は、言葉にすれば単純だ。音速の何倍もの速さで落ちてくる弾道ミサイルに、正面から体当たりして壊す。古い迎撃ミサイルは、目標の近くで爆発して破片を浴びせていた。PAC-3は先端の小さなレーダーで自ら目標を捉え、命中の直前まで向きを細かく直しながら、弾頭そのものにぶつかる。会社はこれを「ヒット・トゥ・キル」、直撃破壊と呼ぶ。改良型の「MSE」は、燃料を2回に分けて燃やすロケットモーターを積み、より高く、より遠くまで届く。
よく混同されるのが「パトリオット」との関係だ。パトリオットは、レーダーや発射機まで含めた防空システム全体の名前で、まとめ役はRTX傘下のレイセオンが務める。PAC-3は、そこから撃ち出される弾にあたり、こちらをロッキードが作っている。採用国はアメリカを含めて17カ国。日本の航空自衛隊もその一つで、三菱重工業がライセンス生産している。値段は1発およそ6億円だ。
これが無いと何が困るのか。それを見せつけたのが、2026年2月末に始まった、アメリカ・イスラエルとイランの戦争だった。中東の米軍基地や周りの国々に向けて、イランの弾道ミサイルが次々に撃ち込まれた。米シンクタンクの戦略国際問題研究所、CSISの推計では、開戦前に約2,330発あった米軍のPAC-3は、4月に一時停戦した時点で約1,030発まで減った。わずか40日ほどで、半分以上を撃ち尽くした計算になる。その後、戦闘が再開すると在庫はさらに減り、CSISは7月の時点で、開戦前の3分の1ほどになったとみている。
弾が尽きれば、次に飛んでくるミサイルは止められない。需要の変わりようは、予算にも表れている。過去10年、アメリカが買ってきたパトリオットのミサイルは年平均225発ほどだったが、2027会計年度の予算要求では3,203発と、14倍に跳ね上がった。そして米国防総省は7月、ロッキードと7年間にわたるPAC-3の生産契約を結んだ。年600発ほどだった生産能力を、2030年末までに約2,000発、3倍以上に引き上げる内容だ。この契約のうち約8.4兆円分が、7〜9月期に一気に受注残へ積み上がった。受注残は、いわば将来の売上の予約票だ。その束が3か月で3割近く厚くなり、会社が見込む今年の売上高の3年半分を超えた。



ロッキード・マーティンはどんな会社か 水上飛行機の兄弟から世界最大の防衛企業へ

ロッキードという名前を、日本では1976年のロッキード事件で覚えている人も多いだろう。旅客機の売り込みをめぐって、田中角栄元首相が逮捕された事件だ。ただ、いまのロッキード・マーティンは旅客機を作っていない。兵器の売上で世界最大の防衛企業である。
源流は、どちらも1912年にアメリカ西海岸で生まれた2つの飛行機会社にさかのぼる。1つは、アランとマルコムのローヒード兄弟が始めた水上飛行機の会社で、のちに綴りを発音どおりの「ロッキード」に改めた。もう1つは、飛行家グレン・L・マーティンが起こした会社だ。冷戦が終わって国防予算が細った1995年、両社の流れをくむ2社が合併し、いまの形になった。
事業の柱は4つある。最大の稼ぎ頭は戦闘機F-35で、これを含む航空部門が売上の4割近くを占める。残りを、PAC-3などのミサイル部門、シコルスキーのヘリコプターなどの部門、人工衛星などの宇宙部門が分け合う。客の約7割はアメリカ政府で、残る約3割が日本を含む海外だ。
今回の決算で変わったのは、その重心である。ミサイル部門の受注残は昨年末の約3倍、約22.4兆円に膨らみ、会社全体のほぼ半分を占めるようになった。この部門の年間売上の、およそ9年分にあたる。
率いるのは、2020年に最高経営責任者(CEO)に就いたジム・タイクレット氏だ。空軍のパイロット出身で、携帯電話の基地局用の鉄塔を貸す米アメリカン・タワーの経営者として名を上げた。国防総省に、民間企業のような商習慣を取り入れるよう長年働きかけてきた人物で、PAC-3の7年の枠組みについても、その積み重ねが実ったものだと語っている。
競う相手は、パトリオットでは組む間柄のRTXや、ノースロップ・グラマン、そして新興のアンドゥリルだ。一方で、PAC-3の要の部品は他社に頼っている。ミサイルの「目」にあたるシーカーはボーイングが、ロケットモーターはL3ハリスが作る。ロッキードはこの秋、ボーイングにシーカーの生産を3倍にするための最大約2.3兆円、L3ハリスに推進装置の約7,400億円の契約を出した。完成品を増やすには、まず部品が増えなければならない。
課題もある。稼ぎ頭のF-35では、決算と同じ日に、国防総省と、10年で少なくとも850機を納める枠組みで合意した。ただ、次の生産分の正式な契約はまだ結べておらず、今年1〜9月の引き渡しも前の年より3割以上減っている。PAC-3の7年契約も、価格などの条件が固まる前に作業を始められる、暫定契約の形をとっている。注文は積み上がったが、それを作り、届け、代金を受け取るまでには、まだ関門がいくつもある。


市場はどう見たか 予算と量産、これからの観測ポイント

市場は、この数字を歓迎した。決算を発表した10月22日、ロッキードの株価は前日より7%高く引け、翌日も値を上げた。タイクレット氏は決算説明会で、防衛の需要は「恒久的に見える」と語り、「我々の製品は抑止力だ」と言い切った。CSISのセス・ジョーンズ氏も、米公共放送PBSの番組で「十分な在庫がなければ、敵を抑止することはできない」と語り、在庫を積み増してこなかった米軍の判断を、大きな誤りだと批判している。
投資家が注目したのは、契約の中身だ。これまでアメリカの兵器の調達は1年ごとの予算に縛られ、メーカーは工場への大きな投資に踏み切りにくかった。今回の7年契約では、インフレの分を毎年値段に上乗せでき、工場を立ち上げる時期には、会社の手元の資金が減らないよう政府が手当てする。将来の政権が数量を減らしても、投じた資金は回収できる。タイクレット氏は「過去と同等以上の財務成果が得られないなら、こうした契約は結ばない」と述べた。
それでも評価は割れている。UBSは、ミサイル部門が引っ張る長期の成長を株価はまだ織り込んでいないとして、目標株価を引き上げた。一方、RBCキャピタル・マーケッツは中立の評価を据え置き、先々の予算リスクを指摘した。米投資情報サイトのマーケットビートは「受注残はできあがった。それを現金に変えられるかこそ、いま注視すべき点だ」と書いている。
今後の焦点の1つ目は、ワシントンの予算だ。2027会計年度の国防予算はまだ決まらず、12月11日までのつなぎ予算でしのいでいる。政権は過去最大となる約235兆円の国防予算を求めたが、米政治メディアのパンチボウル・ニュースは、要求どおりの予算が通る見通しは「日に日に暗くなっている」と伝えた。
2つ目の焦点は、工場の立ち上がりだ。フランク・セント・ジョン最高執行責任者(COO)はブルームバーグに対し、PAC-3 MSEをこのところ月80発前後のペースで作っていると語った。年2,000発に届くには、これを2倍以上に引き上げる必要がある。カギを握るボーイングのシーカーは、日本にも響く。ロイター通信は2024年、三菱重工は年30発ほどを作っており、シーカーが増えれば60発程度まで増やせると報じていた。進み具合は、例年1月下旬に出る通期決算で確かめられる。最高財務責任者(CFO)のエバン・スコット氏は、来年も1桁台後半の増収が見えていると語っている。
3つ目の焦点は、安い迎撃弾との競争だ。1発6億円の弾を、安いドローンや巡航ミサイルにまで使い続ければ、守る側の財布が先に尽きる。ロッキード自身、7月にMSEの半額以下で作れる「PAC-3 ACE」を発表した。ミサイル部門を率いるティム・ケーヒル氏は、性能はおよそ3分の2、値段はおよそ半分だと説明する。新興のアンドゥリルは、MSEの3分の1の値段を目指す迎撃ミサイル「スチールフィン」を発表し、2028年末から2029年初めに本格量産に入る計画だ。同社のクリス・ブローズ社長は、既存の迎撃ミサイルは「規模を拡大できない」と言い切る。
このニュースが示しているのは、迎撃ミサイルが、必要になってから買う物から、何年も先まで予約して作らせる物に変わったということだ。約46.7兆円の受注残は、分厚い予約票の束だ。年600発の工場を2,000発の工場に作り替え、その予約票を約束の時期と値段どおりに実物のミサイルへ変えられるかどうかが、この過去最高の数字の本当の値打ちを決める。


