Hondaのロボット戦略の全体像 ― 「歩く」から「手」へ、そして機能の分解

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ホンダのロボット事業を理解する最短の道は、この会社が一貫して「移動の自由」を売ってきた企業だという点を押さえることだ。二輪・四輪・汎用エンジン・航空機(HondaJet)へと広げてきた事業ドメインの延長線上に、ロボティクスは「人そのものの能力を拡張する」フロンティアとして位置づけられている。だからこそホンダのロボットは、掃除機やペット型のような単機能プロダクトではなく、人間の身体機能(歩行・把持・移動)を機械で置き換え、あるいは拡張するものが並ぶ。

戦略上の最大の転換点は、2021年ごろに訪れた。本田技術研究所でロボティクス領域を率いる吉池孝英エグゼクティブチーフエンジニアは、Honda Storiesのインタビューで、かつてのASIMOのように「一体の完璧な人型」を丸ごと造り込むのではなく、ASIMOが積み上げた能力を「足の技術」「手の技術」といった個別機能へと分解し、それぞれを社会実装の速い順に世に出していく方針を示している。ホンダはこれを「ASIMOのDNAを受け継ぐ」と表現する。人型という完成形へのこだわりを一度手放し、実用価値の高い部分から切り出す――この機能分解こそが、現在のホンダ・ロボット戦略の背骨である。

その上で技術思想として掲げられているのが「Embodied AI(エンボディードAI/身体を持つAI)」と「Cooperative Intelligence(協調人工知能、CI)」だ。前者は、現実世界と物理的に接触しながら学習・行動するAIを指し、多指ハンドによる器用な操作の研究がその中核に据えられている。後者は、認識と意思決定は人間(操作者)が担い、実行の難所をAIが補正する――人と機械が役割を分け合う思想で、後述するアバターロボットの設計原理そのものである。

投資家の視点で全体像を捉えると、ホンダのロボット戦略には二つの際立った特徴がある。第一に、外部資本に頼らない自己資金型であること。後述するFigure AIが10億ドル超(約1,600億円)のシリーズCで評価額390億ドル(約6.3兆円)を付けたのとは対照的に、ホンダは世界有数のモビリティ企業が生むキャッシュフローで研究を賄う。資金燃焼(バーンレート)に追われず腰を据えて長期テーマに投資できる強みがある半面、VCマネーで加速するスタートアップに対して開発スピードで見劣りしないかという問いが常につきまとう。第二に、汎用人型ロボットという「一発逆転の月面着陸(ムーンショット)」を追わず、工場で使える多指ハンド、企業向けに売れるパーソナルモビリティといった、用途を絞ったB2B実装から積み上げる姿勢だ。この「ユースケース優先」の思想は、業界全体の熱狂とは意図的に距離を置いている。

象徴的なのは、ASIMOという名が消えずに別の場所で生き続けている事実だ。ホンダは次世代EV「Honda 0(ゼロ)シリーズ」に搭載する独自の車両用基本ソフトを「ASIMO OS」と名付け、2026年からグローバル市場に投入する。ソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)の中核として、自動運転・ADAS・車載インフォテインメントを統合制御しOTAで進化させる頭脳に、二足歩行ロボットの名が冠された。ロボットで培った知能化技術がクルマへ流れ込む――ホンダにとってロボティクスは独立した一事業ではなく、モビリティ全体を賢くするための技術供給源でもある。

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ロボット開発の歴史 ― E0からASIMO、そして「卒業」まで

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ホンダの二足歩行研究は1986年、航空機や自動運転車の研究と並ぶ「夢の技術」の一つとして、社内でひそかに始まった。初期の実験機E0からE6までで、まず「歩く」という行為そのものを工学的に解き明かし、続く1993年からのP(Prototype)シリーズで人型へと近づいていく。決定的だったのが1996年に公開されたP2で、外部電源やケーブルにつながれずに自律的に安定歩行し、動的な歩容や階段昇降までこなす姿は、それまで理論上の存在とされていた自立型ヒューマノイドを現実に引きずり出した。このP2は2026年4月、社会に25年以上影響を与えた技術革新に贈られるIEEEマイルストーンに認定され、ヒューマノイド研究の歴史的転換点として公式に刻まれている。翌1997年のP3を経て、2000年、それらを小型・軽量化した二足歩行ロボットASIMO(Advanced Step in Innovative Mobility)が誕生した。

ASIMOはその後、単なる歩行ロボットの枠を超えていく。2005年には時速6kmで走り、2011年の新型では、人の動きを予測して自ら進路を判断する自律行動制御、時速9kmでの走行、片足ジャンプ、そして手話を表現できる器用な指先を獲得した。2014年には日本科学未来館を訪れたオバマ米大統領(当時)とサッカーボールを蹴り合い、走り、挨拶する姿は、日本の技術力を象徴するアイコンとして世界に発信された。累計で20年以上にわたり、ASIMOは研究機であると同時にホンダの「顔」であり続けた。

しかし、その完成度の高さは、そのまま事業化の難しさでもあった。人が生活する空間で人型ロボットを安全に働かせるハードルは高く、明確な稼ぐ用途(ユースケース)を描けないまま、ホンダは2010年代後半にASIMOそのものの開発を実質的に収束させていく。表舞台からの引退は2022年3月に訪れた。Honda ウエルカムプラザ青山での「ASIMO開発の歩み」特別展示と最後のステージショーは同年3月31日で幕を閉じ、日本科学未来館でも「THANK YOU ASIMO!」と題した卒業イベントが催された。ホンダは同時に、今後は遠隔操作型のアバターロボット技術に注力する方針を明確にした。ここで重要なのは、開発が止まったのはあくまで「ASIMOという一体のパッケージ」であって、二足歩行や制御の研究そのものは継続している点だ。ASIMOで得た倒立振子・バランス制御・多指ハンドといった要素技術は、この後に登場する歩行アシスト、UNI-CUB、そしてアバターロボットへと確かに受け継がれていく。

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Willow Drive ― 「人を超える指先」を生んだ独自駆動

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ホンダが「歩く」から「手」へ舵を切った到達点を象徴するのが、2026年5〜6月に日本で初開催されたHumanoids Summit Tokyo 2026で一般公開された新型の多指ロボットハンドと、それを支える独自駆動方式「Willow Drive(ウィロウ ドライブ)」だ。ロボット専門メディアのロボスタが伝えた仕様によれば、このハンドは4本の指で約20の自由度を持ち、前腕に内蔵した18個のモーターで駆動する。最大の特徴は、指先の力と繊細さという本来は相反する二つを同居させた点にある。把持力は最大約12kgf(キログラム重)と人の約2倍に達し、5kgの金属部品を難なく扱う一方で、直径1.6mmのM1.6という微小ネジを回し、針の穴に糸を通すような1mm以下の挿入精度をこなす。まさに「万力の握力」と「時計職人の指先」を一つの手に収めた格好だ。

この両立を可能にしたのが、Willow Driveという駆動機構である。ロボットハンドの世界では従来、指を動かす力をワイヤーや腱(けん)に見立てた索(ケーブル)で伝える方式が主流だった。これに対しWillow Driveは、薄型のギヤやリンク機構を活用し、指先へ大きな力を伝えながら駆動部を人間の腕に近いサイズへ収める、ホンダ独自のアプローチを採る。特許分析を行った技術ブログの整理によれば、その基盤は「人の手を模した機械構造(ASIMO時代からの蓄積)」「センサーや配線・制御基板を小さな手に収める実装技術」「遠隔操作やAI学習による知能化された手の制御」という三層の特許群に支えられている。耐久性については、ホンダの研究開発ページがハンドシステムとして45万回超の作動に耐える試験結果を示す一方、一部報道では要素部品レベルで800万回という数字も伝えられており、後者は確定仕様というより技術的な到達可能性を示すシグナルとして受け止めるのが妥当だ。

センシングも作り込まれている。関節トルク制御に加え、手首の6軸力覚センサー、指や手のひらに分布させた触覚センサー、必要に応じた光学センサーを組み合わせ、触れた感触をもとに握り方を微調整する。ホンダの研究では、この手が日常動作の約8割に相当する14種類の把持姿勢を再現できるとされる。そしてこの器用さを引き出す頭脳として、大規模並列の強化学習、視覚と言語を結ぶVision-Languageモデル(VLM)、自律学習を組み合わせ、コネクタ挿入や配線、ボルト締結といった組立作業のスキルを自動獲得させる研究が進む。想定される主戦場は、自動車部品のピッキングやバッテリー組み立てをはじめとする製造現場だ。開発を率いる吉池孝英エグゼクティブチーフエンジニアが掲げるのは「ないものをつくる」「人間の真似をしない」という思想で、人の手をそのまま模写するのではなく、人を超える性能へと突き抜けさせる点にホンダらしさがにじむ。

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Hondaアバターロボット ― 分身が拡張する「時間」と「身体」

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Willow Driveの手が向かう先の一つが、ホンダが2030年代の実用化を見据えて開発するHondaアバターロボットだ。アバターとは「分身」を意味し、ホンダはこのロボットを通じて「時間価値の最大化」と「身体機能の拡張」という二つの価値を提供しようとしている。前者は、移動に費やす時間をゼロにする発想――遠隔地のロボットに乗り移ることで、その場に行かずとも作業できる「4次元モビリティ」であり、後者は、人の力を超えた作業や、人が立ち入れない危険環境・宇宙などへの進出を可能にする身体の拡張だ。

その手は、Willow Drive公開以前からホンダが磨いてきた多指ハンドを源流に持つ。公式サイトによれば、アバターロボットの手は前腕に11個のモーターを内蔵し、4本の指に合計16の関節を持つワイヤー駆動方式で、ASIMOと比べて指先の力を5倍以上に高めている。コインをつまみ、缶のプルタブを起こし、ペットボトルの蓋を開け、最大15kgを保持する――日常の手作業の多くをカバーする器用さだ。

この手を意のままに操るための思想が、前述のCooperative Intelligence(協調人工知能)である。ホンダのアバターは、完全自律でもなく単純な遠隔操縦でもない。認識して何をするかを決めるのは人間(操作者)が担い、AIは操作者の意図を推定して実行を補正する。具体的には、操作者の視線や手の動きから「どの対象を、どう握ろうとしているか」を推定し、3次元計測で位置と角度を合わせ、各種センサーで把持状態を確かめ、力加減の補正や振動フィードバックを返す。飲み物を注ぐときに中身の量に応じて握力を自動で調整する、といった「難所だけAIが肩代わりする」設計だ。遠隔操作とAI支援自律を状況に応じて切り替えられる点が、他社のグリッパー中心のアバターに対するホンダの差別化点になっている。

想定用途は、救命救急など一刻を争う医療現場での遠隔処置、各種機器のメンテナンスや故障対応、災害現場の危険作業、さらには月面や宇宙での作業まで幅広い。ホンダは実用化を2030年代と長めに置き、その道筋を自前だけで走らず、外部の企業・研究機関とのオープンイノベーションで進める構えを見せている。投資家目線でこのタイムラインを評価すると、テスラが汎用人型Optimusの一般販売を2027年ごろと掲げるのに比べ、ホンダのアバターは明らかに保守的だ。ただしこれは臆病さではなく、「明確な用途と安全性が固まるまで無理に量産しない」という一貫した設計思想の反映であり、医療・宇宙という高付加価値・高信頼性の領域に照準を合わせている点で、量販型ヒューマノイドとは別の勝ち筋を狙っている。

UNI-CUB と U3-X ― パーソナルモビリティへの分岐、そしてUNI-ONEへ

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ASIMOで培ったバランス制御技術は、人型ロボットとは別の方向、すなわち人が乗るパーソナルモビリティへも枝分かれした。その第一歩が2009年に公開されたU3-Xだ。ASIMOの姿勢制御技術に、前後左右・斜めへ自在に動ける世界初の全方向駆動車輪機構「HOT Drive System(Honda Omni Traction Drive System)」を組み合わせた一輪型の乗り物で、複数の小径ローラーを環状に並べて一つの大きな車輪を成し、体重移動だけで全方位へ滑らかに動く。本体は幅160×奥行315×高さ650mm、重量10kg未満、リチウムイオン電池で約1時間駆動、最高時速6km。着座しても足を接地でき、目線は歩行者と同程度に保たれる。米タイム誌は2009年の「最良の発明50」に選んでいる。

この技術を実用形へ育てたのが、2012年5月発表のUNI-CUBだ。UNI-CUBは着座式・倒立振子型のパーソナルモビリティで、搭乗者の肩幅に収まるサイズのまま全方向へ移動でき、行きたい方向へ体を傾けるだけで前後左右・斜めへ進む。同年6月からは日本科学未来館とホンダの共同実証が始まり、科学コミュニケーターが館内で運用しながら来館者の声を開発へフィードバックした。2014年10月には改良版「UNI-CUB β」の来館者向けレンタルサービスが始まり、この種のパーソナルモビリティとしては日本初の常設レンタルとして、実験段階から社会実装の入り口へと歩を進めた。もっともUNI-CUB自体は研究開発コンセプトの色合いが濃く、広く一般販売される量産商品には至らなかった。

転機は近年になって訪れる。ホンダはUNI-CUBとU3-Xの系譜を受け継ぐ後継機「UNI-ONE」を2022年の国際ロボット展で公開し、2023年からの有償実証、2025年1月の「小型モビリティ車両」型式認証取得を経て、2025年9月8日に事業化を正式決定した。手放しで乗れるハンズフリー性はそのままに、UNI-ONEは「目的地で使うモビリティ」という新カテゴリーを掲げる――クルマなどで移動した先の施設内や職場で、着座したまま体重移動だけで動き、両手が自由に使える乗り物だ。2025年9月24日から法人向けに提供が始まり、価格は月額制で、3年契約が月12万円(10台未満)または月10万円(10台以上)、6年契約が月9万円または月8万円、短期レンタルは1日5.5万円。販売は2030年までの5年間で1,000台を上限とし、初号の導入先にはサンリオのハーモニーランド(大分県、2025年10月19日運用開始)が名を連ねた。

投資家の視点では、この一連の流れはホンダのロボット事業で数少ない「研究から商品への着地」を示す事例として重要だ。ASIMOが商品化に至らず、後述の歩行アシストが事業譲渡に至ったなかで、パーソナルモビリティだけは16年越しでB2Bの有償プロダクトへ結実した。ただし上限1,000台という慎重な立ち上げ規模は、ホンダがなお大きな需要を確信しきれていない現実も映している。

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Honda歩行アシスト ― 倒立振子モデルの医療応用と事業の譲渡

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ASIMOの歩行理論は、ロボットや乗り物だけでなく、人の歩行そのものを支える医療・リハビリ機器にも応用された。それがHonda歩行アシストである。二足歩行の理論である倒立振子モデルに基づき、股関節の動きをモーター内蔵のセンサーが検知し、制御コンピューターがモーターを駆動して脚の振り出しを誘導することで、効率的な歩行練習を支える装着型の機器だ。ホンダは2015年7月にこれを発表し、同年11月からリハビリ施設や病院向けにリース販売を開始した。リース価格は月額4万5,000円、期間3年で、年間の保守や理学療法士向けトレーニングを含み、初年度は医療・介護施設に450台の導入を見込んだ。位置づけとしては、病気の診断・治療・予防を目的とする医療機器ではなく、健康増進や歩行練習を補助する機器である点に留意が必要だ。

もう一段進んだ研究機として、ホンダは体重の一部をモーターで支え、歩行・階段昇降・中腰姿勢を楽にする「体重支持型歩行アシスト」も開発してきた。サドル状の機構に腰掛ける形で下肢の負担を軽減するもので、生産現場での長時間作業などへの応用が探られた。

ただし歩行アシスト事業は、ホンダの手を離れることになる。ホンダは2023年12月末をもってHonda歩行アシストの取り扱いを終了し、2024年1月からは物理療法・リハビリ機器を手がけるオージー技研株式会社が同事業(顧客サービス)を引き継いだ。この事業譲渡は、ホンダのロボティクスにおける「選択と集中」を端的に示す出来事だ。倒立振子モデルという中核技術を医療機器へ横展開しながらも、専業メーカーの販路と保守体制に委ねるほうが顧客価値が高いと判断すれば、事業そのものは潔く手放す。ASIMOの開発収束、UNI-CUBの商品化見送り、そして歩行アシストの譲渡――これらは失敗の列挙ではなく、限られた研究資源を、より社会実装の速い「手」の領域へ振り向けるためのポートフォリオ整理として読むのが正しい。

課題と今後 ― VC・投資家はホンダのロボット戦略をどう見るか

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ホンダのロボット戦略を投資家がどう評価すべきかは、いま世界を覆う「ヒューマノイド・ゴールドラッシュ」を背景に置くと立体的になる。ゴールドマン・サックスは2035年の人型ロボットの総市場規模(TAM)を380億ドル(約6.1兆円)と、以前の60億ドル(約9,700億円)から6倍超に上方修正し、出荷台数も同年に140万台へと4倍に引き上げた。中国産業技術リサーチ責任者ジャクリーン・ドゥ氏によれば、素材コストの約4割低下により1台あたりの製造コストは従来の5万〜25万ドル(約800万〜4,000万円)から3万〜15万ドル(約480万〜2,400万円)へ下がり、2030年には25万台超(そのほぼ全量が産業用途)が出荷される見通しだという。モルガン・スタンレーは2026年6月、中国のヒューマノイド出荷予測を倍増させ、中国市場だけで2026年に約20億ドル(約3,200億円)、2030年に約150億ドル(約2.4兆円)へ拡大すると見積もる。資本市場の熱狂はスタートアップの評価額にも表れており、米Figure AIは2025年9月に10億ドル超(約1,600億円)のシリーズCを実施し、評価額は390億ドル(約6.3兆円)――2024年2月のシリーズB時(26億ドル、約4,200億円)の15倍、2023年5月のシリーズA時(5億ドル、約800億円)の約78倍という異常な急騰を見せた。

このうねりのなかで、先駆者ホンダは意外なほど冷静だ。吉池孝英エグゼクティブチーフエンジニアはITmedia AI+の取材に対し、群雄割拠の現状に「悔しさがないことはない」と本音をのぞかせつつ、いまのブームは「少し加熱しすぎている」と評した。深層強化学習とハードウェアの進化で「一般の人でも簡単に(人型を)作れるようになった」と指摘し、話題性だけで人型を出すことはしない、人型への本格再参入は「ユースケース次第」だと条件を付ける。米国・中国勢が「フィジカルAI」領域で先行している現実を認めながらも、触覚情報を言語化して扱う制御など、ホンダが積み上げてきた手の技術に競争力の源泉を見いだしている。ゴールドマンが「西側企業が最も洗練されたAIソフトを持ち、アジアが部品の製造ハブになる」と分析するとおり、どの国も決定的な覇権を握っていない現段階で、ホンダはソフト・ハード双方の中間に独自のポジションを探っている。

投資家として見極めるべき論点は三つに整理できる。第一に、機能分解型・B2B実装先行という戦略の是非だ。汎用人型という完成形を追わず、Willow Driveの手を工場へ、UNI-ONEを施設へ、アバターを医療・宇宙へと用途を絞って刻む手堅さは、明確な収益化への近道になり得る半面、VCマネーで一気に汎用性を積み上げるFigureやテスラ、中国勢に「プラットフォームの覇権」を先取りされるリスクをはらむ。昨年世界で出荷された人型ロボット約1万3,000台の上位5社を中国企業が占め、Figureが7位、テスラが9位という現実は、量産の主導権争いでホンダの名がまだ表に出ていないことを示す。第二に、自己資金型ゆえのスピードだ。外部資本の圧力がないぶん腰を据えられる一方、資本市場の期待を追い風にできないため、開発と量産の加速では不利になりかねない。第三に、商品化の実績だ。ASIMOは商品に至らず、歩行アシストは譲渡され、パーソナルモビリティも上限1,000台と慎重で、「研究は一流、事業は道半ば」という評価を覆せるかが問われる。

今後の計測ポイントは比較的近い。もっとも早く成果が見える可能性が高いのは、Willow Driveの多指ハンドの製造現場への実装だ。2026年に公開された技術が、コネクタ挿入やバッテリー組み立てといった具体的なラインでの実証・採用へ進むかどうかが、2026〜2027年の注目材料になる。次いで、次世代EV「Honda 0 シリーズ」への「ASIMO OS」搭載が2026年からグローバルで本格化し、ロボティクス由来の知能化技術がクルマの事業成果として現れ始める。UNI-ONEは2030年までの5年間で1,000台という初期枠の消化ペースが需要の実像を映し、アバターロボットは2030年代の実用化に向けたオープンイノベーションの提携相手や実証事例が、進捗の先行指標となる。そして最大の分岐は、ホンダが「ユースケース次第」とする人型ロボットへの本格再参入に踏み切るか否かだ。テスラOptimusのGen3が2026年夏に初期生産へ、2027年夏に量産体制へと動くとされるなか、先駆者が沈黙を続けるのか、それとも「悔しさ」を力に変えて再び表舞台へ戻るのか――ホンダの次の一手は、2026年後半から2027年にかけての人型ロボット競争の重要な変数であり続ける。


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