他人の家に入って、ベッドを整えて帰ってきた

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一度も入ったことのない他人の家に、人型ロボットが歩いて入っていく。リビングの床に散らばった十数個のおもちゃを一つずつ拾ってカゴに放り込み、洗濯済みのタオルをたたんでカゴに入れ、寝室ではベッドの枕を置き直し、掛け布団の四隅を引っ張って整える。誰かが遠隔で操縦しているわけではない。その家の間取りも、そこにあったおもちゃも、ロボットは学習中に一度も見ていない。

米Figureが2026年9月17日に公開した「Helix 2.5」の実験である。サンフランシスコ湾岸の30軒、すべて事前にデータを取っていない家で、同一の学習済みモデルをそのまま動かした。成功率は56%。10回のうち4回以上は失敗している計算で、決して「解決した」と呼べる数字ではない。ただし比較対象を並べると意味が変わる。同じ設計で事前学習だけを抜いたモデルは、同じ30軒で9%しか成功しなかった。人間の日常動作の映像を大量に事前学習させたかどうかだけで、成功率が6倍以上に開いたということだ。

この「6倍」が、いま世界中の投資家がフィジカルAIに殺到している理由を一行で説明している。ロボットの性能が、機構の設計ではなくデータの量で決まり始めた。それは、言語モデルで起きたことと同じ現象が、体を持った機械でも起き得ることを意味する。

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フィジカルAIとは何か

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ChatGPTに「冷蔵庫から卵を取ってきて」と頼んでも、当然だが何も起きない。文章は出てくるが、手がない。フィジカルAIは、このAIに目と手足をつけたものだと考えると早い。カメラやマイク、触覚センサーから現実世界を受け取り、「いま何が起きているか」を理解し、モーターをどう動かすかという出力まで一気通貫で生成する。NVIDIAは自社の定義として、運動技能を使って現実世界を理解し関わるモデル、と説明している。

具体的にイメージしやすいのは、文章生成との対比だ。文章の生成は、間違えても読み手が読み飛ばせば終わる。物理の生成は、卵を強く握れば割れ、弱ければ落ちる。しかも正解が一つではない。同じ「卵を掴む」でも、机の上にあるときと冷蔵庫のポケットにあるときでは手の入れ方が違う。この「毎回少しずつ違う状況で、体ごと正しく動く」という部分が、コンピュータにとっては驚くほど難しい。チェスで世界王者に勝つAIが四十年近く前からあるのに、洗濯物をたたむロボットが2026年になってようやく「56%」なのは、ここに理由がある。

技術の中身は、大きく三つの層に分かれている。一番下が、腕や脚を実際に動かすアクチュエータや減速機といった駆動部。その上が、カメラ画像と言語指示を受けて動作を出力するモデルで、業界では視覚・言語・行動を一体で扱うことから「VLA」と呼ばれる。さらにその上に、シミュレーターの中で世界の物理法則を再現し、実機を壊さずに何万回も試行錯誤させる仕組みが乗る。NVIDIAはこの三層すべてに製品を並べており、2026年1月のCES基調講演では自動運転向けの推論モデル「Alpamayo」と、ヒューマノイド向け基盤モデル「Isaac GR00T」の最新版を同時に発表し、モデルの重みもシミュレーターのソースコードも公開した。6月のGTC台北では、Unitreeの車体にJetson Thorの計算機と五本指の触覚ハンドを載せた「参照設計」まで出している。研究者が自前で骨組みから作らなくていいように、土台を無料で配って自社チップの上に全員を乗せる——スマートフォンでAndroidが取った戦略と同じ形である。

最大のボトルネックは、意外にもデータだ。言語モデルはインターネット上の文章を丸ごと学習できたが、「人間が手でどう物を扱っているか」の映像は、ネット上にきれいな形で存在しない。Figureが8月25日に公開した「Index」は、この問題への一つの回答で、一般ユーザーがスマートフォンアプリで自分の家事や作業を一人称視点で撮影して投稿する仕組みだ。同社によれば週あたりの利用者は4万4000人を超え、アプリのダウンロードは26万4000件、108を超える国から毎日およそ5年分に相当する人間の作業映像が集まっている。冒頭の「9%が56%になった」のは、このデータで事前学習したからだ。

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業界の現在地:7兆円が入り、出荷はまだ数万台

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カネの流れは、率直に言って異常な水準にある。Crunchbase Newsの集計では、フィジカルAI関連のスタートアップに2026年上半期だけで474億ドル(約7兆5000億円)、521件の投資が入った。2025年下半期は120億ドル(約1兆9000億円)だったから、半年で4倍近い。2022年から2024年の3年間の合計が419億ドル(約6兆6000億円)だったことを考えると、半年で3年分を超えたことになる。最大の案件は自動運転のWaymoが2月に調達した160億ドルで、防衛ドローンのAnduril、無人艇のSaronicと続く。ヒューマノイドだけの話ではなく、「AIが現実世界で動くもの」全体に資金が雪崩れ込んでいる。国別では米国と中国で8割を占める。

出口も動き出した。中国のUnitreeは8月19日に上海証券取引所の科創板へ上場し、公開価格150.80元に対して初値が1100元、初日終値は公開価格の5.6倍という値がついた。公開価格ベースの時価総額は約610億元(約1兆4000億円)だったものが、初日終値では3420億元(約8兆円)まで膨らんでいる。ただしその後は下げ、9月上旬には株価が550元を割り込んで時価総額はピークの半分以下に戻った。熱狂と現実のあいだで値が振れている、という言い方がいちばん正確だろう。米国では倉庫向けヒューマノイド「Digit」のAgility Roboticsが、特別買収目的会社との合併によるナスダック上場を6月に発表した。企業価値は買収前評価で25億ドル(約3900億円)、年内の完了を見込む。

ではモノはどれだけ動いたのか。ここが数字の温度差が出るところだ。中国のUBTECHは2025年通年で大型ヒューマノイドを1079台納入し、その8割以上が工場に入ったと開示している。同社は2026年に年産5000台、2027年に1万台の体制を目指すとしている。Agility Roboticsは9月17日に新型「Digit 5」を公開し、複数年契約ベースで3億ドル(約470億円)超の受注残を持つと説明したが、上場関連の開示ではその大半が単一顧客との3年間・1000台の契約に由来し、実際の売上として計上されたものではないことも同時に示された。2025年の営業費用は約1億1100万ドル、現金の流出は約1億ドルである。

証券会社の予想も、ここ1年で大きく上方修正された。ゴールドマン・サックスは2026年の出荷を7万5000台、2030年を89万台とし、2030年の見通しを従来の25万6000台から3倍以上引き上げた。2035年には650万台、1380億ドル(約22兆円)の市場になるという。バンク・オブ・アメリカは2026年9万台から2030年に120万台、2035年に1000万台という、さらに強気の線を置く。モルガン・スタンレーに至っては2050年に累計10億台、5兆ドル(約790兆円)という数字を出している。

これらを額面通りに受け取らない人も当然いる。ルンバを生んだiRobotの共同創業者で、ロボット工学の大御所であるロドニー・ブルックスは、この分野への投資を端的に「無駄遣い」と切り捨てた。とりわけ、人間の作業映像を見せるだけでロボットに器用さを教えられるという発想を「純粋な空想的思考」と呼んでいる。人間の手には約1万7000個の触覚受容器があり、そこに追いつけるロボットハンドは存在しない、というのが理由だ。彼は「大きな熱狂のあとに、失望の谷が来る」と予言している。

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Tesla Optimus ― 工場ごと作る者の強み、消えていく期日という課題

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Teslaの強みは、一言で言えば「工場を持っていること」に尽きる。人型ロボットの原価の大半は、関節を動かすアクチュエータ、減速機、モーター、そして電池だ。これらはすべて電気自動車を年間百数十万台作るために同社が内製・調達してきたものと重なる。加えて、車載向けに自社設計した推論チップがある。4月に量産前の最終設計段階に到達した次世代チップ「AI5」について、イーロン・マスクは車よりも先にOptimusとスーパーコンピュータへ搭載すると述べている。頭脳、体、工場、電池を一社で垂直統合している会社は、世界を見渡してもTeslaと、中国の数社しかない。

そして計画の桁が違う。2026年第1四半期の株主向け資料でTeslaは、フリーモント工場のModel S/Xの生産ラインを撤去し、そこに年産100万台を想定したOptimusの第一世代ラインを据えると明記した。さらにテキサス州のギガファクトリーには、長期的に年産1000万台を想定した第二世代ラインを準備しているという。9月中旬にはテキサスの敷地内で、Optimus専用棟とみられる約65万平方メートル規模の建屋の鉄骨組みが急ピッチで進んでいる様子が報じられている。マスク自身の報酬パッケージ——2025年11月の株主総会で75%超の賛成を得て承認された——の達成条件の一つにも、Optimusを100万台引き渡すことが据えられている。経営陣の取り分が、この一点に賭けられている。

課題は、その期日が繰り返し後ろへずれていることだ。第3世代Optimusの公開は当初2026年第1四半期とされたが、マスクは3月末に「歩き回ってはいるが、見せる前に仕上げが要る」として延期した。4月の決算説明会では、フリーモントでの生産開始は7月下旬から8月と説明され、同時に「1万点の固有部品があり、今年の生産ペースを予測するのは文字通り不可能だ」とも述べている。ところが7月22日に出た第2四半期の株主向け資料では、Model S/Xのラインは完全に撤去済みで第一世代ラインを据え付け中、生産は「年内に見込む」という、より幅のある表現に置き換わった。9月下旬の時点でも、第3世代の全体像は公開されておらず、Teslaの定例の生産・納車リリースにOptimusの行が立ったことは一度もない。

技術面の詰まりどころは、手だとされる。第3世代では片手の自由度を22まで増やし、駆動用のアクチュエータを前腕側にまとめて腱で指を動かす構造を採っている。人間の前腕とほぼ同じ発想だが、片手あたり25個、両手で50個の精密アクチュエータを、レアアース磁石と極小公差の機械加工で量産しなければならない。2025年に中国が一部のレアアースに輸出規制をかけたことも、この部分に直接効いてくる。加えて2025年6月には、Optimusプログラムを2022年から率いてきたエンジニアリング責任者が退社し、自動運転部門の責任者が兼務する体制に変わった。

言い換えれば、Teslaは「誰よりも多く作れる体制」を先に作りにいっており、その代わり「まだ作れていない」という状態が続いている。

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Figure 03 ― データで殴る者の強み、56%という課題

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Figureの取り方は逆だ。工場も作るが、賭けているのは明確にデータと計算資源である。

2025年10月に発表したFigure 03は、前世代より質量を9%削り、アクチュエータの速度を2倍にし、手のひらにカメラを埋め込み、3グラムの力を検知できる自社開発の触覚センサーを指先に入れた。足裏のコイルで2kWのワイヤレス充電ができ、ミリ波で10Gbpsのデータを吸い上げる。外装は工具なしで外せて丸洗いできる布で覆われている。家庭に置くことを最初から想定した設計だ。

量産の立ち上がりも速い。同社が4月29日に公開した数字では、自社工場BotQでの生産ペースが1日1台から1時間1台へ、120日足らずで24倍になった。この時点で第3世代を350台超出荷し、アクチュエータは10種類以上のSKUで9000個以上を作っている。第一世代ラインの設計能力は年1万2000台、4年で10万台を目標に置く。

顧客も具体的だ。BMWのサウスカロライナ州スパルタンバーグ工場では、前世代のFigure 02が11カ月にわたって稼働し3万台の車の生産に関わった後、6月末から第3世代が部品の「シーケンシング」——組立ラインが必要とする順番に、乱雑に積まれた容器から部品を取り出して台車に並べる作業——に入っている。5月には、JCPenneyやブルックス ブラザーズを傘下に持つ小売持株会社Catalyst Brandsと、ネバダ州の物流センターへの導入で合意した。

そして9月3日、英国のAIインフラ企業Nscaleと、NVIDIAの次世代プラットフォーム「Vera Rubin」で最大10万基のGPUを使う契約を結んだと発表した。初期のコミットメントが35億ドル(約5500億円)、将来的に60億ドル(約9500億円)超まで拡大する意向で、稼働開始は2027年後半を見込む。Nscale側はFigureに出資もする。ロボット会社が、データセンター規模の計算資源を自ら押さえにいった格好だ。ブレット・アドコックCEOは「我々のモデルHelixは、あらゆる学習システムと同じく、データと計算が増えるほど賢くなる」と述べている。

評価額は2025年9月のシリーズCで390億ドル(約6兆1000億円)。Parkway Venture Capitalがリードし、NVIDIA、インテル キャピタル、クアルコム・ベンチャーズ、LGテクノロジーベンチャーズ、セールスフォース、T-Mobileベンチャーズ、ブルックフィールド、マッコーリーが参加した。半導体、通信、ソフトウェア、インフラ投資会社が一列に並ぶ顔ぶれで、これ自体が「このロボットは我々の産業の顧客になる」という各社の読みを表している。

課題は、やはり56%だ。Figure自身が但し書きしている通り、同社の言う「ゼロショット」は、テスト対象の家とその物品についてデータを取っていないという意味であって、三つの作業自体は別の場所で集めた実演データで学習させている。家事を任せられる水準には程遠い。そしてこの数字も、学習則のグラフも、すべて同社の自己申告であり、第三者による再現は存在しない。公開されたデモ映像が作業完了の直前で切り替わる点も指摘されている。評価額6兆円という値付けに対し、売上は開示されていない。8月の非公開株取引の気配値は、シリーズCの水準に届いていなかったと報じられている。

とはいえ、Figureが示した「事前学習の有無で9%と56%」という対照実験は、この一年でこの業界が出したいちばん硬い数字でもある。デモの派手さではなく、統制された比較で効果量を出してきた点は、投資家が見るべき部分がどこかを変えた。

日本勢の強み ― 体を作れる国

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日本の立ち位置は、ここまでの話の「体」の側にある。

まず部品だ。人型ロボットの関節には、モーターの回転を減速して大きな力に変える精密減速機が大量に要る。ハーモニック・ドライブ・システムズの波動歯車装置はこの分野の世界首位で、東洋経済によればヒューマノイド1体あたりの搭載数は従来の産業用ロボットの6〜10倍に達するとされる。同社は2026年2月に東証スタンダードからプライム市場へ移り、日経クロステックの取材では2030年度のフィジカルAI向け部品売上を2025年度の7倍に引き上げる計画を示している。モルガン・スタンレーがヒューマノイドの受益企業100社として挙げたリストにも、ハーモニック・ドライブ、ナブテスコ、ニデックという日本の部品メーカーが並ぶ。胴体を誰が作るかが決まっていなくても、関節は日本製である確率が高い——これが現時点でいちばん確かな日本の強みだ。

次に、現場を持っていること。ファナック、安川電機、川崎重工業は産業用ロボットで世界の上位を占め、それぞれ異なる賭け方をしている。安川電機は2025年に、早稲田大学発で多指ハンドと全身制御を手がけていたロボットベンチャーを完全子会社化し、自律型ロボット「MOTOMAN NEXT」でモーション制御の中にAIを取り込む方向へ進んだ。ファナックは人型そのものとは距離を置き、NVIDIAと組んでロボット制御のオープン化に寄せている。川崎重工業は2015年から続けるヒューマノイド「Kaleido」を第9世代まで進め、2026年5月にはシリコンバレーのサンノゼに「Kawasaki Physical AI Center」を開所した。同社のロードマップは率直で、2030年頃に工場など管理された空間での遠隔操縦作業、2035年頃に不特定多数の環境での自律行動、2040年頃に屋内外すべての環境という時間軸を公表している。最終的な適用先として据えているのは災害現場だ。

7月16日には、富士通がファナック、安川電機、川崎重工業の3社と、NVIDIAの技術を使ったフィジカルAIの事業検討を同時に開始すると発表した。業務システムとロボット制御をつなぎ、ロボットが業務プロセス全体の計画に沿って自律的に動く環境を作るという構想で、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOは「次の産業革命もMade in Japanとなるでしょう」と述べている。もっとも現時点では「事業検討の開始」であり、製品も事業化時期も決まっていない。

自動車側も動いている。トヨタ自動車はTRI(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)が開発する大規模行動モデル「LBM」を軸に据える。言語の大規模モデルが次の単語を予測するのに対し、LBMは次の「振る舞い」を予測するもので、熟練工の溶接の微妙な手加減のような、言葉にしづらい動作を吸収できる。2025年8月にはBoston DynamicsのAtlasにこのLBMを載せ、歩行と物体操作を組み合わせた長時間のタスクを新しいコードを一行も書かずに追加できることを示した。中嶋裕樹副社長は、2028年から年1兆円超を投じて世界60工場を更新し、グループとサプライヤーで合わせて約40万台あるロボットを置き換えていくと説明している。置き換え対象が40万台あるということは、国内に40万台分の「現場データ」が眠っているということでもある。

本田技研工業は手に集中した。5月に東京で開かれたヒューマノイドの国際会議で初公開した多指ハンドは、4本指で16自由度、手首を含めて18自由度。18個のモーターをすべて腕の根元に収め、指先でつまむ瞬間最大出力は12.3kgf、かつてのASIMOの油圧ハンドの12倍に当たる。それでいてハンド全体の重量は2.2kgに収まる。2027年には社外を含む実証を始める計画だ。ASIMOの開発終了で散ったと思われていた技術と人材が、ロケットやeVTOLと並ぶ先端研究のテーマとして生き残っていた。

京都では、村田製作所、マブチモーター、カヤバ、NOK、ソニーグループ/ソニーCSL、早稲田大学、沖縄科学技術大学院大学などが参加する一般社団法人「京都ヒューマノイドアソシエーション(KyoHA)」が、純国産ヒューマノイドの共同開発を進めている。災害対応向けの力持ちタイプと、研究者向けの俊敏なタイプの2種類を想定し、2026年3月に最初の試作機、年末に2号機という段取りだ。

現場に入り込んでいる企業も育っている。ロボットの制御ソフトを手がけるMujinは2025年12月に、NTTグループとカタール投資庁を共同リードとするシリーズDで364億円(うちエクイティ209億円、デット155億円)を調達し、累計調達額は596億円に達した。同社のMujinOSはティーチング不要で産業用ロボットを動かすことを売りにしており、Bloombergは2026年6月、同社が数年内の株式公開を目指していると報じた。警備や点検の現場にロボットを入れているugoは、NTT西日本をリードとする調達で累計40億円を超えた。

日本勢の課題 ― 頭と、カネと、時間

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弱いのは「頭」、つまり基盤モデルの側だ。そして国はそれを正面から認めたうえで、かなりの額を張ってきた。

2026年3月26日、AIロボティクスに関する関係府省連絡会議が「AIロボティクス戦略」を公表した。目標は明快で、2040年に60兆円規模と見込む世界の多用途ロボット市場で、米中に並ぶ第三極として世界シェア3割超・20兆円を獲得すること。国内では18分野で1000万台規模のAIロボットを導入すること。対象分野には製造業や物流だけでなく、造船、インフラ保守、宿泊、飲食、医療、介護、警備、農業、林業、廃棄物処理、災害対応、警察活動、防衛までが並ぶ。短期はまず「見廻る」「モノを動かす」という比較的簡単な8タスクから入り、指先の器用さを要する作業は2030年頃以降と割り切っている。日本の勝ち筋として書かれているのは、現場データと実装ノウハウを核に社会実装を先行させ、データ取得とモデル改善の循環を回すこと。「技術開発を先行させてから導入を促す」従来のやり方を転換する、と明記されている。

資金も動いた。経済産業省とNEDOは6月30日、「AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデル開発事業」の実施者として、Noetraと産業技術総合研究所を採択したと発表した。事業期間は2026年度から2030年度。ロボスタや日経Roboticsなどの報道によれば、初年度の支援規模は約3873億円、5年間の総額は約1兆円に達する。Noetraはソフトバンク、ソニーグループ、NEC、本田技研工業をはじめ40社を超える企業が出資する新会社で、言語だけでなく音声・画像・動画・センサーデータを扱う国産のマルチモーダル基盤モデルを開発し、学習済みの重みを国内に広く提供する役割を負う。別建てで、一般社団法人AIロボット協会(AIRoA)が開発する国産ロボット基盤モデルは、2027年6月頃にベータ版をオープンソースで公開する予定が戦略文書に書き込まれている。AIRoAはすでに8月、GENIACの成果として約5000時間・68種類のタスクのクレンジング済みデータと、オープンソースのVLAモデルに継続事前学習をかけたモデルを公開した。標準機35台以上を使い、10万時間規模のデータセット構築を目指している。

それでも距離はある。三つの数字を並べるとわかりやすい。世界のフィジカルAIスタートアップが2026年上半期に集めた資金は474億ドル、約7兆5000億円。同じ半年に日本のスタートアップ全体が集めた資金は3779億円だ(INITIAL調べ、前年同期比12%増)。Figure一社の評価額が約6兆1000億円である。つまり日本のスタートアップ市場が半年で調達する総額は、Figure一社の評価額の6%ほどにしかならない。

民間の挑戦がないわけではない。自動運転AIのTuringを共同創業しCTOを務めた人物が2025年末に立ち上げたヒューマノイド企業アトムは、2026年5月にシードで30億円を調達し、8月にはみずほ銀行から15億円の融資を受けて累計45億円に達した。試作機の段階で200〜300社から引き合いがあるという。東大発のHighlandersは7月9日、三菱自動車工業と基本合意を結び、京都工場の遊休建屋を使って2027年の早い時期にヒューマノイドの生産を始めることを検討している。自動車メーカーの量産設計・品質保証のノウハウをロボットに移す狙いだ。Preferred NetworksとPreferred Roboticsは9月9日、屋内移動ロボット向けに20億パラメータ以下の小型な環境理解モデル「PLaMo-SemGround」の共同開発を発表し、2028年度末までに10拠点以上での実証と自社ロボットへの実装を掲げた。同社は6月からトヨタの研究開発部門と、自社AIチップ「MN-Core L」による推論高速化の共同研究も始めている。

ただし金額の桁は米中と一桁から二桁違う。アトムの45億円は約2900万ドル、Figureが一度に押さえたGPU契約35億ドルの1%に満たない。日本の強みが「現場データと実装力」であるという戦略文書の見立ては正しいとしても、その現場データを集めるロボットを何千台も現場に置くには、結局は資本がいる。国の1兆円は、この一桁を埋めるための賭けだと読むのが素直だ。

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投資家はどこに賭けているか

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ベンチャーキャピタル側の議論は、いま二つに割れている。

一つは「頭」に賭ける流派だ。ロボットの筐体は誰が作ってもいずれコモディティになるから、価値はその上で動くモデルに集まる、という読み方である。Physical Intelligenceは2025年11月にAlphabet傘下のCapitalGがリードする6億ドル(約950億円)のシリーズBで評価額56億ドル(約8800億円)となり、TechCrunchによれば2026年3月には110億ドル(約1兆7000億円)超での10億ドル調達を交渉していた。Google DeepMindは7月30日、全身制御と端末内実行に対応した「Gemini Robotics 2」を発表し、ApptronikのApollo 2で実演した。そのApptronikは2月に5億2000万ドル(約820億円)を追加調達してシリーズAを9億3500万ドル(約1470億円)超に積み上げ、評価額は約50億ドル(約7900億円)。出資者にはGoogle、メルセデス・ベンツ、ジョン・ディア、カタール投資庁が並ぶ。9月初めにはOpenAIのサム・アルトマンCEOが、自社でヒューマノイドを「確実にやる」と明言した。出荷時期も台数も価格も何も決まっていない段階の発言だが、モデル側の巨人が筐体まで取りに来る意思を示したこと自体が、この流派の緊張を高めている。

もう一つは「つるはしとシャベル」を買う流派だ。誰が勝つか読めないなら、どの勝者も必要とする部品と計算資源を持つ会社を買えばいい。モルガン・スタンレーの「ヒューマノイド100」がまさにこの発想で、日本の減速機・モーター各社がそこに含まれるのは前述の通りである。ソフトバンクグループの動きはさらに極端で、2025年10月にABBのロボティクス事業を53億7500万ドル(約8500億円)で取得すると発表した。孫正義会長兼社長は「ソフトバンクの次のフロンティアはフィジカルAIだ」と述べ、既存のSkild AI、Agile Robots、AutoStore、Berkshire Greyと束ねる構想を示している。欧州委員会は2026年3月にこの買収を承認済みで、同社は2026年半ばから後半の完了を見込む。産業用ロボットの世界四強の一角を、モデルもチップも持たない投資会社が丸ごと買った——という事実は、この業界の主導権がどこに移りつつあるかを示している。

日本国内でも、この二つ目の流派に沿った資金が組成され始めた。ミスミグループ本社は9月17日、米国子会社を通じて5000万ドル(約77億円)規模のCVCファンドを10月に設立し、ロボティクスやフィジカルAIのスタートアップへ投資すると発表した。アステリアは16億円規模のファンドを立ち上げている。金額は小さいが、部品と生産網を持つ側が資本の出し手に回り始めた点は見ておく価値がある。

冷静な見方も同時に強まっている。All Star SaaSが公開した分析は、日本の起業家に対して汎用基盤モデルの競争を避け、業界特化型のRaaS(サービスとしてのロボット)で戦うべきだと主張する。規制対応と既存システム統合という参入障壁が効き、日本の精密機械・センサー技術と相性がよく、特定タスクでの精度と再現性という日本の得意分野が価値を持つからだ。同分析はBCGの試算として、人間と同等の器用さに到達せずとも、視覚による認識ができる段階だけで総保有コストを最大50%削減し得ると紹介する一方、最悪の場合は近年最大級の産業資本の誤配分になりかねないとも指摘している。Applied IntuitionのCTOの言葉として引かれた一節が、この業界の評価軸を端的に表している——20年後に記憶されるのは、2027年時点で最も優れた世界モデルを持っていた企業ではなく、知能を継続的に実運用システムへ転換できた企業だ、と。

今後、何がいつ計測されるか

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年内にいちばん大きい観測点は、TeslaがOptimusの生産を本当に始めるかどうかだ。同社は7月の株主向け資料で「年内に見込む」としており、10月下旬に予定される第3四半期の決算発表が、この約束の最初の答え合わせになる。第3世代の公開も、マスクが「生産開始に近いタイミングで」と述べている以上、そこに合わせてくる可能性がある。逆に、四半期の生産・納車リリースにOptimusの行が立たないまま年を越せば、期日はもう一年後ろへ動くと見ておくのが現実的だ。ハーモニック・ドライブをはじめとする日本の部品メーカーの業績は、この時期とほぼ連動する。

Figure側の次の観測点は、Nscaleとの契約が動き出す2027年後半だが、それより前に、BMWとCatalyst Brandsの現場で稼働台数と稼働時間が開示されるかどうかを見たい。台数と成功率と稼働時間の三つが揃って初めて、56%という数字が経済的に意味のある水準まで上がったかを外部から判定できる。同社の株式公開については、S-1の提出は確認されておらず、2027年から2028年というのが市場関係者の見立てである。

年内の他の日程では、Agility Roboticsの上場完了が予定されている。ソフトバンクによるABBロボティクスの取得完了も、2026年半ばから後半という会社の見通しどおりなら、年内に決着する。日本国内では、10月13日から16日まで幕張メッセで開かれるCEATEC 2026が「フィジカルAI」を前面に出しており、三菱電機グループは精密組立を自律制御でこなすロボットと、形や大きさの違う商品を棚に並べるヒューマノイドの実演を予告している。9月29日には、Preferred NetworksのCEOが次世代基盤モデルとロボティクスの展望を語る国内カンファレンスも控えている。

2027年に入ると、日本側の数字が初めて外に出てくる。AIRoAの国産ロボット基盤モデルは6月頃にベータ版がオープンソースで公開される予定で、これが出てはじめて、日本の基盤モデルが海外のVLAモデルとどれだけ離れているかを誰でも測れるようになる。Noetraのマルチモーダルモデルも、5年・約1兆円の初年度の成果物が問われる。三菱自動車の京都工場でのヒューマノイド生産は2027年の早い時期、本田技研工業の多指ハンドの社外実証も2027年、Teslaのテキサス工場の本格稼働も2027年とされている。つまり2027年は、この記事に登場したほぼ全員の「言ったこと」が同時に検証される年になる。

現時点で「本命はここだ」と言い切れる材料はない。言えるのは、評価の軸が確実に移ったということだ。2024年までは、階段を登れるか、バク転ができるかという映像が価値を持っていた。2026年に価値を持つのは、何軒の知らない家で、何%成功し、何台が何時間止まらずに働いたか、という三つの数字である。Figureはそのうち一つ目と二つ目を、自己申告ながら出した。UBTECHとAgilityは三つ目を部分的に出した。Teslaはまだ一つも出していない。日本勢は、体の部品では確実に売上が立つ一方、頭の側は2027年6月までカードを伏せたままだ。

この三つの数字を最初に揃えて公開した会社が、本命として扱われることになる。


フィジカルAIの本命はどこか。Tesla Optimus、Figure 03、そして日本勢の距離 - 今後、何がいつ計測されるか - 図表1