運転席が空のトラクタと、畑にいない農家

クボタ(6326)、自動運転農機とデータ基盤 - 運転席が空のトラクタと、畑にいない農家 - 章扉

田んぼの中を、運転席に誰も座っていないトラクタが、まっすぐに土を起こしていく。持ち主の農家は、その場にいない。別の畑で草を刈っているか、事務所で来月の出荷の段取りを考えている。手元のタブレットには、トラクタの周りの様子が映っている。人が近づけば車体は自分で止まり、異常があれば画面に警告が出て、メールも届く。作業の再開は、タブレットから指示すればいい。

クボタが2027年4月に発売する新型「アグリロボトラクタ MRシリーズ」の無人仕様は、この使い方を現実のものにする。遠隔監視による無人の自動運転に対応した国産トラクタは、クボタの調べでこれが初めてだ。車体には5つのカメラと5つのミリ波レーダーが付き、車体の周り360度を見張って、AIが人や障害物を見分ける。価格は100馬力の無人仕様で税抜き1,988万円から。耕うん、代かき、種まき、肥料まきなど8種類の作業を無人でこなし、傾斜10度までの畑にも入れる。

これまでも「無人」で動く農機はあった。ただし国の安全ルールでは、使う人が畑の中や畑のすぐそばから、目で見張り続ける必要があった。機械は無人でも、人はその場を離れられない。人手不足を補うはずの機械が、結局は人を一人、あぜ道に立たせていたわけだ。MRシリーズは、この矛盾を解く。

クボタは有人仕様も含めて、発売から1年で100台の販売を目指す。トラクタ事業を率いる西啓四郎エグゼクティブオフィサーは、日刊工業新聞の取材に「将来のより高度な無人化・自動化に向けた重要なステップだ」と語った。クボタは、無人でこなせる作業の種類が、米ディア・アンド・カンパニーなど先行する海外勢の製品より多いと説明している。

ただ、この一台のトラクタは、クボタが組み上げようとしている仕組みの、目に見える部分にすぎない。トラクタが自分の位置を数センチの精度でつかむための全国規模の補正情報網と、機械が集めた作業や収穫の記録をためるデータ基盤。クボタの本当の狙いは、この見えない土台の側にある。

自動運転農機とは。車とは違う「3つの段階」

クボタ(6326)、自動運転農機とデータ基盤 - 自動運転農機とは。車とは違う「3つの段階」 - 章扉

農機の自動運転は、乗用車の自動運転とは物差しが違う。農林水産省は安全確保の観点から、農機の自動化を3つの段階に分けている。

一つ目は、人が運転席に座ったまま、ハンドル操作の一部を機械に任せる段階だ。広い畑をまっすぐ往復するとき、人がハンドルを握らなくても、衛星測位を頼りに決めた線の上を走り続ける。いわゆる自動操舵で、すでに広く売られている。

二つ目は、人の乗らない農機が、畑の中や畑のまわりにいる人の見張りのもとで動く段階だ。典型的なのは、人が乗った1台のトラクタが前を走り、無人のもう1台が後ろに続く使い方である。1人で、耕す作業と種をまく作業を同時に進められる。クボタ、ヤンマー、井関農機の国内大手3社は、いずれもこの段階のロボットトラクタを売ってきた。

三つ目が、MRシリーズが対応する、遠隔監視のもとでの無人運転だ。機械自身が周りを見て、危ないと判断すれば止まる。人はモニター越しに見守ればいい。農水省は2017年に自動走行の安全性確保ガイドラインを作り、2024年3月の改正で、トラクタなどを遠隔監視で使うための要件を加えた。2026年3月には、遠隔監視で使うコンバインの安全策と、ロボット農機が公道を走るための制度の概要まで書き加えている。

では、無人の農機はどうやって自分の位置を知るのか。カーナビと同じように人工衛星の電波を使うが、そのままでは10メートル前後ずれることがある。10メートルもずれれば、隣の畑に入り込んでしまう。そこで、位置が正確に分かっている地上の基準点でも同じ衛星を観測し、そのずれを補正情報として農機に送る。RTKと呼ばれる方式で、誤差は2〜3センチまで縮まる。苗を植える列が、隣の列と平行に、ぴたりとそろう精度だ。

目の役割を果たすのは、カメラとレーダーだ。クボタが2023年に発表した無人コンバインは、実った稲や麦の中に人がいてもAIカメラで見つけ、ミリ波レーダーで近くの車両をとらえる。一方で、畑に舞い降りる鳥にはいちいち反応しないように学習させてある。止まりすぎれば仕事にならず、止まらなければ事故になる。農機のAIは、この線引きを田畑の現場で磨いてきた。

農機の自動運転には、車と決定的に違う点がもう一つある。車は人や荷物を運べば仕事が終わるが、トラクタは走りながら耕し、種をまき、肥料をまく。走った場所と作業の中身が、そのまま記録として残る。どの田んぼで、いつ、どれだけ肥料をまき、どれだけ収穫できたか。自動運転の農機は、同時にデータを集める端末でもある。

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なぜ今か。5年で4分の1が減った担い手

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日本の農業の担い手は、すさまじい速さで減っている。2025年の農林業センサスによると、農業を主な仕事にしている基幹的農業従事者は103万6千人で、5年前から24%減った。平均年齢は67.7歳で、65歳以上が7割を占める。

担い手が減っても、田畑がすぐに消えるわけではない。辞めた農家の土地は、地域に残る大規模な農家や農業法人に集まっていく。1軒が面倒を見る面積は広がり、機械を動かす人の手は足りなくなる。1人で2台、3台の農機を同時に動かしたいという需要は、ここから生まれる。

国もこの流れを後押ししている。2024年10月に施行されたスマート農業技術活用促進法に基づき、新しい技術を開発して現場に届ける計画は、2026年7月末までに68件が認定された。農水省は、スマート農業技術を使う面積の割合を2024年の約2割から2030年に5割へ、出荷される農機に占めるスマート農機の割合を2023年の25%から50%へ引き上げる目標を掲げている。

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クボタのデータ基盤。KSASと全国補正網「K-RIS」

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クボタのデータ基盤の中心にあるのが、2014年に始めた営農支援システム「KSAS」だ。

農家はパソコンやスマートフォンで、自分の田畑を地図の上に登録し、毎日の作業を記録する。KSASに対応したコンバインで刈り取れば、田んぼのどの場所でどれだけ収穫でき、米の味がどうだったかが、細かいマス目の地図になって表示される。収量の少なかった場所には翌年に肥料を多めに、多すぎた場所には控えめに。その設計図をKSASで作って対応する田植機に送れば、田植えをしながら、場所ごとに肥料の量を変えられる。

2024年11月末時点で、加入は約3万軒、登録された田畑は約22万ヘクタール、枚数にして約96万枚にのぼる。全国の耕地は約424万ヘクタールなので、その5%ほどにあたる。

2026年2月に発表した「中期経営計画2030」で、クボタはこの数字を大きく伸ばす目標を示した。KSASのデータで全国の農地の50%をカバーし、そのデータを使って、J-クレジットの創出支援や米の輸出といった新しい事業で稼ぐという。自動化とデータ連携を柱にした「スマートソリューション事業」は、2030年に売上高1,000億円の事業に育てる計画だ。

データが直接お金に換わる分かりやすい例が、J-クレジットだ。田んぼの水を夏にいったん抜く「中干し」を、いつもより7日延ばすと、温室効果ガスであるメタンの発生量が3割減る。クボタの「大地のいぶき」というサービスは、この削減分を、国の制度で取引できる環境価値であるJ-クレジットに変え、クボタが買い取って代金を農家に渡す。参加費や手数料はかからない。条件は、田んぼの情報と作業記録をKSASに登録していることだ。2027年産からは、申請をKSASに一本化する予定になっている。

もう一つの柱が、2026年8月1日に全国で始めたRTK補正情報の配信サービス「K-RIS」だ。国土地理院が全国約1,300カ所に置く電子基準点を使い、携帯電話の電波が届く場所なら、1つのアカウントで日本中どこでも2〜3センチの精度で位置をつかめる。ロボットトラクタだけでなく、コンバイン、田植機、ドローン、後付けの自動操舵装置にも使え、申し込みはKSASのマーケットプレイスから行う。料金は年額3万9,600円(税別)で、2027年7月末までは無料で試せる。

2017年にクボタが初めてロボットトラクタを売り出したとき、価格はRTKの基地局を付けるかどうかで130万円違った。高精度の位置情報は、それだけ手間とお金のかかる設備だった。K-RISでは、RRS方式とVRS方式という2種類の補正のやり方を組み合わせる独自技術(特許出願中)で、利用料を抑えたとクボタは説明している。

機械を売り、位置情報の配信で毎年の利用料を受け取り、たまったデータで新しい収益源をつくる。トラクタ、補正網、データ基盤の3つがそろえば、農家はクボタの仕組みから離れにくくなる。クボタは、機械の性能に加えて、この「使い続けてもらう仕組み」で稼ぐ会社に変わろうとしている。

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業界の状況。米ディアとの桁違いの差

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自動運転とデータの競争で先頭を走るのは、世界最大の農機メーカー、米ディア・アンド・カンパニー(John Deere)だ。2026年8月の決算説明会で、同社は農機をつなぐデータ基盤「オペレーションズ・センター」に、5億2,000万エーカー、およそ2億1,000万ヘクタールの農地がつながっていると明らかにした。日本の耕地全体の50倍近い広さだ。ネットにつながった機械は120万台にのぼる。

ディアは2021年に自動運転技術の米ベア・フラッグ・ロボティクスを2億5,000万ドル(約385億円)で買収し、2022年からは大型トラクタの無人運転を披露してきた。カメラで雑草だけを狙って除草剤をまく「シー・アンド・スプレー」も広がり、2026年の受注では、北米で注文された散布機のおよそ3分の1に搭載されている。

ほかの欧米大手も、自動運転の「目と神経」を大型買収で手に入れた。欧米系の農機大手CNHは、2021年に精密農業の米レイヴン・インダストリーズを企業価値21億ドル(約3,230億円)で、2023年には衛星測位機器のヘミスフィアGNSSを約1億7,500万ドル(約270億円)で買収した。米AGCOは2024年、米トリンブルの農業部門の85%を20億ドル(約3,080億円)で取得し、合弁会社「PTxトリンブル」をつくった。AGCOは、2030年までに作付けから収穫までの作業を自動化できるようにする目標を掲げる。

クボタの同じ分野の買収では、2021年のカナダのアグジャンクション(AgJunction)が代表例で、買収額は7,280万ドル(約112億円)だった。CNHやAGCOの案件と比べると、ひと桁以上小さい。

欧州では、独クラースがオランダの自動運転トラクタ新興企業アグシード(AgXeed)に出資している。中国では、FJダイナミクスが安価な後付けの自動操舵キットを武器に、140を超える国で使われていると自社で説明している。

日本国内では、クボタ、ヤンマー、井関農機の大手3社が競う。3社とも無人のロボットトラクタを売ってきたが、遠隔監視に対応した製品を先に出したのはクボタだった。もっとも、2023年夏の時点で日本経済新聞は、クボタが遠隔監視の無人農機を「26年にも実用化」すると報じていた。実際の発売は2027年4月で、当時の見立てより後ろにずれた。

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サプライチェーン。衛星、センサー、エンジン、そして販売店

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自動運転の農機は、いくつもの層が重なってできている。

一番下にあるのが、位置をつかむ層だ。人工衛星の電波、地上の基準点、補正情報を運ぶ携帯電話網。K-RISは、国土地理院の電子基準点という公共インフラの上に築かれている。

その上に、周りを見る層がある。2017年の最初のアグリロボトラクタは、レーザースキャナーと超音波ソナーで障害物を探した。MRシリーズでは、AIカメラとミリ波レーダーの組み合わせに変わった。センサーとAIの進歩が、無人化の段階を一つ引き上げた。

さらにその上に、判断する頭脳であるソフトウェアの層と、実際に力を出すエンジンや油圧、作業機の層が載る。力を出す側はクボタの本業の強みで、同社は100馬力以下の産業用ディーゼルエンジンで世界トップシェアを持ち、他社の機械にもエンジンを供給している。

興味深いのは、自動運転の「目と神経」にあたる技術が、大手の間で売り買いされてきたことだ。カナダのヘミスフィアGPSは2013年、測位機器の事業を中国のユニストロングに1,500万ドル(約23億円)で売り、残った農業向けの事業がアグジャンクションと名前を変えた。そのヘミスフィアGNSSを2023年に買ったのがCNHで、アグジャンクションを2021年に買ったのがクボタだ。一つの会社から分かれた技術が、10年ほどの間に、欧米の大手と日本の大手にそれぞれ取り込まれた。

ソフトウェアでは、クボタは外部との組み方も変えた。北米では、自動運転ソフトを開発する米アグトノミー(Agtonomy)と2024年から組み、2026年4月に出資した。アグトノミーが周囲の認識や経路の計画、遠隔監視のソフトを受け持ち、クボタが車体を受け持つ分業だ。ただしアグトノミーは、米ボブキャットのトラクタにも同じように自動運転を組み込んでいる。技術はクボタの専用品ではない。

最後に、見落とされがちなのが販売店の層だ。自動運転の機械は、売った後の設定、修理、ソフトの更新が欠かせない。アグトノミーのサービスは、米西部でクボタの農機販売店を通じて商用展開が始まった。農家のすぐ近くにある販売と整備の網は、新興企業が一朝一夕にはつくれない資産である。

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創業から現在までの歩み。水道管から無人トラクタへ

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クボタの始まりは、農機ではなく水道管だった。

1890年、久保田権四郎が大阪で鋳物の工場を興した。明治の日本ではコレラが繰り返し流行し、安全な水道づくりが急がれていた。ところが高い水圧に耐える鋳鉄管を国内でつくる技術がなく、高価な輸入品に頼っていた。権四郎は失敗を重ねながら製法を工夫し、水道用鋳鉄管の国産化にこぎつける。「食料・水・環境」を支えるという、いまのクボタの看板は、ここに根がある。

1922年には農業や工場で使う石油発動機をつくり始め、エンジンの会社になった。戦後は1947年に耕うん機、1960年に乗用トラクタ、1969年にコンバインの製造へと進み、人と牛馬の力に頼っていた日本の田畑を機械に置き換えていった。1972年には米国に販売会社を設け、小型トラクタで北米市場に食い込んだ。

データと自動化への転換は、2010年代に本格化する。2014年にKSASのサービスを始め、2017年6月には初めてのロボットトラクタ「アグリロボトラクタ」をモニター販売した。人が畑のそばで見張ることが条件で、価格はRTKの基地局付きで1,100万円(税別)だった。2020年に自動運転の田植機を発売し、2023年には世界初をうたう無人運転のコンバインを発表して、2024年1月に売り出した。これで、トラクタ、田植機、コンバインという稲作の主要3機種すべてに無人仕様がそろった。

海外では、買収と出資で足りない技術を補ってきた。2021年にアグジャンクションを傘下に収め、2022年にはインドのトラクタ大手エスコーツを連結子会社にした。2024年には、米カーネギーメロン大学の研究から生まれたブルームフィールド・ロボティクスを買収した。トラクタに付けたカメラでブドウやブルーベリーを1株ずつ撮影し、AIで生育の状態を診断する会社だ。

そして2026年は、節目が重なった。1月に、営業部門の出身者として初めて、花田晋吾氏が社長に就いた。米国駐在は3回、通算10年を超える。同じ1月、米ラスベガスの見本市CESでは、アグトノミーと開発した果樹園・ブドウ園向けの自動運転トラクタを披露した。2月に中期経営計画2030を発表し、4月にアグトノミーへ出資、8月にはK-RISの全国展開とMRシリーズの発表が続いた。

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いまのクボタ。関税の追い風と「小さい機械で、大きな仕事を」

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クボタの2025年12月期の売上高は約3兆189億円。トラクタや建設機械などの機械事業が売上高の9割近くを稼ぎ、事業の4割以上を北米が占める。

足元の業績は好調に見える。2026年8月に発表した上期決算では、純利益が前年同期比88%増の1,736億円に膨らんだ。通期では純利益2,890億円と、3期ぶりの最高益を見込む。ただし中身には一時的な要因が混じる。米国で過去に納めた関税が約700億円戻ってくる見込みで、円安も利益を押し上げた。この還付は今年限りで、来期にはなくなる。いまもクボタが米国で売る製品のほとんどに、15%の関税がかかっている。

事業の中身を見ると、北米の住宅向け需要やタイ市場の弱さを、建設機械とインドの伸びが補っている。中東情勢を背景にした原材料の値上がりも重い。米国の農業機械工業会(AEM)の統計では、2026年1〜8月の米国のトラクタ販売台数は前年より12%少なく、クボタが得意とする40馬力未満の小型機も14%減った。

こうした中で花田社長が打ち出したのが、「小さい機械で、大きな仕事を」という機械事業のスローガンだ。中期経営計画2030では、2030年に営業利益率12%、自己資本利益率(ROE)12%を目標に置き、北米では製品在庫の月数を30%減らす。北米の小型トラクタでは、無理にシェアを追わないとも明言した。

大きなトラクタを自動化するのではなく、なぜ小さい機械なのか。中期計画の説明会でアナリストに問われた花田氏は、ICTやAIの進化で、小さい機械を数多く使ってできる仕事が必ず増えると答え、一時期あった大型化の路線からは方向転換すると語った。計画の資料には、その先の姿として、複数の機械が群れで協調し、遠隔から監視と指令を受けながら、24時間365日動き続ける農場や建設現場が描かれている。

米国でこの考え方を体現しているのが、CESで披露した「M5ナロー」だ。果樹やブドウの畑向けにつくられた105.7馬力のディーゼルトラクタに、アグトノミーの自動運転を組み込んだ。カリフォルニア州ナパの大手ワイン会社トレジャリー・ワイン・エステーツの畑では、4台が草刈りや耕うん、薬剤散布をこなしている。北米法人のブレット・マクミケル最高技術責任者は「今年は試作機ではなく、商用の車両を持ってきた」と語り、フィジカルAIを「業界とクボタにとっての転換点」と位置づけた。

米国の大型農業展示会ファーム・プログレス・ショーでは、小型機や汎用機にも使える自動操舵「ワークスマート・オートステア」を打ち出した。巨大な無人トラクタで先を行くディアとは違い、手の届く自動化を小さな機械から広げる戦略だ。

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強みと課題

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クボタの強みは、大きく4つある。

一つ目は、機械そのものの厚みだ。トラクタ、田植機、コンバインのすべてに無人仕様を持ち、エンジンまで自前でつくる。自動運転のソフトだけを持つ新興企業には、この土台がない。

二つ目は、販売と整備の網である。国内でも北米でも、農家のすぐ近くに販売店がある。自動運転の機械は売った後の手当てが勝負で、ここで差がつく。

三つ目は、インフラを押さえにいく発想だ。K-RISで全国に位置の補正情報を配り、KSASで作業と収穫の記録を集める。農家が機械を買い替えても、データと補正の契約はクボタの側に残る。

四つ目は、日本の制度にいち早く合わせた製品化の速さだ。農水省が遠隔監視の要件を定めてから2年あまりで、国産初の製品を発表した。

一方で、課題も重い。

まず、規模の差だ。KSASに登録された農地は約22万ヘクタールで、ディアのデータ基盤につながる農地の広さとは比べものにならない。データの量は、AIの賢さに直結する。国内の農地の半分をカバーする目標を達成しても、世界の大手と同じ土俵に立つには、北米やインドでもデータを集める仕組みが要る。

次に、国内市場の縮小と価格の壁である。MRシリーズの無人仕様は2,000万円前後で、初年度の販売目標は有人仕様を含めて100台にとどまる。担い手の平均年齢が67.7歳という現場で、この投資に踏み切れる大規模な経営体は限られる。クボタ自身、中期経営計画で国内の農機事業を「構造改革事業」に分類し、製品を売るだけの商売から、整備やソリューションで稼ぐ形への転換を掲げている。

三つ目は、北米への依存だ。事業の4割以上を北米が占め、関税、住宅市場、金利の影響をまともに受ける。還付という追い風が消える2027年に、利益をどこまで保てるかが問われる。

四つ目は、ソフトウェアを外部に頼る危うさだ。アグトノミーはボブキャットとも組んでいる。クボタが出資しても、自動運転の中核技術を独り占めできるわけではない。

最後に、時間軸のずれがある。遠隔監視の無人農機は2026年の実用化が見込まれていたが、発売は2027年4月になった。スマートソリューション事業1,000億円という目標も、会社の正式な経営目標の「外数」と位置づけられている。

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VCと投資家はどう見ているか

クボタ(6326)、自動運転農機とデータ基盤 - VCと投資家はどう見ているか - 章扉

自動運転の農機に向けるベンチャーキャピタル(VC)の目は、この2年でがらりと変わった。

農業・食品テックに特化した米VCのアグファンダー(AgFunder)によると、2025年の世界のアグリフードテック投資は162億ドル(約2.5兆円)で、前年とほぼ横ばいだった。投資件数は12%減ったが、農業ロボットの件数は落ち込まなかった。一方、米調査会社ピッチブック(PitchBook)の集計では、2026年上期のアグテック投資は263件、24億ドル(約3,700億円)にとどまり、4〜6月期の件数は過去最低となった。同社で農業・食品テックを担当するアレックス・フレデリック氏は「資金は、測れる投資対効果を追っている。節約できた水、減らせた労働時間、削れた資材だ」と語り、2026年を回復の年ではなく、循環の底と位置づける。

とりわけ厳しかったのが、自動運転のトラクタを自前でつくる新興企業だ。電動の自動運転トラクタを掲げた米モナーク・トラクターは、2億ドル(約310億円)を超える資金を集めながら、生産の委託先を失い、販売店からは「自動で動かない」と訴えられた。2026年4月、その資産と特許は米キャタピラーに引き取られた。イスラエルのブルーホワイトは累計8,900万ドル(約137億円)を調達し、CNH傘下のニューホランドと組んで果樹園向けの後付けキットを広げていたが、5月に同国の防衛大手エルビット・システムズに買収された。3月には、米国の自動運転芝刈り機の新興企業サイス・ロボティクスも同業に買われている。3社とも、最後は大手の傘下に入った。

投資家が求めているのは、単独で完結する自動運転ではない。米国で農業ロボットに投資するリザーバーのダニー・バーンスタイン氏は「農業ロボットは成熟しつつある。化学薬品に頼らない除草、賢い作業機、そしてディアのオペレーションズ・センターのような基盤に差し込める自動運転など、実務の仕事を解く会社が出てきた」と指摘する。米ファームハンド・ベンチャーズの創業パートナー、コニー・ボーエン氏は、ロボットはまだ人を置き換えられる段階になく、人とロボットが一緒に働く形が必要だとみる。

欧州の投資家の視点も、同じ方向を向く。独クラースとともにアグシードに出資した独アマテオン・キャピタルのボリス・フェルスター氏は、2021年の出資時に「作業ごとに1台のロボットが要る仕組みに未来はない」と語り、道具を付け替えて何でもこなせる土台に賭けた。クボタがCESで見せた、伸び縮みしながら道具を自分で付け替えるロボットの試作「KVPR」は、この考え方の延長線上にある。

クボタのアグトノミーへの出資は、こうした投資家の論理を映している。アグトノミーが2025年10月に集めた1,800万ドル(約28億円)の資金調達は、テスラやスペースXに早くから投資した米DBLパートナーズが主導し、世界で200万エーカーを超える農地を運用する米資産運用大手ヌビーンも加わった。創業者のティム・ブッチャー氏は酪農家に育ち、アップルやマイクロソフトで幹部を務めた後、自分のブドウ畑を守るために自動運転トラクタの試作機をつくった人物だ。米化学大手コルテバで投資部門を率いるトム・グリーン氏は、事業会社による出資と共同開発の組み合わせが、技術が畑に届くまでの時間を縮めていると語る。ソフトの会社に、農機大手の車体と販売網、そして農地の持ち主の現場が合わさる。いまVCが勝ち筋とみるのは、この組み合わせだ。

クボタ自身も、投資家としての顔を持つ。2019年に社長直轄の組織を設け、独自の決裁でスタートアップに出資できるようにした。シリコンバレーの拠点で出資を担う長谷川幸司氏は、狙いは値上がり益ではなく事業上の成果だと説明し、果樹や野菜の分野に的を絞ってきた。その長谷川氏が生産者との対話で学んだのは、農業は1年に1回しか結果が出ないため、投資対効果を確かめるのに何年もかかるという現実だった。この時間の長さこそが、資金の続かない新興企業が倒れ、体力のある大手に技術が集まる理由でもある。

証券会社のアナリストの評価は、慎重さを増している。IFIS株予報によると、9月10日に米系大手証券が強気の判断を維持しつつ目標株価を3,250円に引き下げ、9月14日には日系大手証券が中立のまま2,900円に引き下げた。株価は9月15日時点で2,780円前後、会社予想ベースの株価収益率(PER)は約11倍だ。中期経営計画を発表した直後の2月13日につけた3,268円の高値からは、15%ほど下げている。

株価純資産倍率(PBR)で比べると、差はさらに際立つ。米グルフォーカスによると、ディアのPBRは9月初めに6.4倍。クボタは1.1倍前後にとどまる。この差は、データと自動化で継続的に稼ぐ力への期待の差でもある。裏返せば、K-RISやKSASが毎年の利用料という形で数字を出し始めれば、クボタを測る物差しそのものが変わりうる。VCの言葉を借りれば、いまのクボタは、機械メーカーの値付けに、データ基盤という選択肢が付いた状態にある。

クボタ(6326)、自動運転農機とデータ基盤 - VCと投資家はどう見ているか - 図表1クボタ(6326)、自動運転農機とデータ基盤 - VCと投資家はどう見ているか - 図表2

今後の注目点。いつ、何が起きるか

クボタ(6326)、自動運転農機とデータ基盤 - 今後の注目点。いつ、何が起きるか - 章扉

最初の節目は、第3四半期決算だ。昨年は11月7日に発表しており、関税の還付がどこまで入ったか、北米の在庫をどこまで絞れたかが見えてくる。11月13日には、2026年産のJ-クレジットの申請期限も来る。

2027年1月6日から9日には、米ラスベガスでCES 2027が開かれる。2026年に商用の自動運転トラクタを持ち込んだクボタが、次に何を見せるかが注目される。

2027年2月には、2026年12月期の決算と、中期経営計画の1年目の総括が出る。約700億円の関税還付がなくなる2027年の業績予想で、本業の稼ぐ力が問われる。

2027年4月には、MRシリーズが発売される。初年度100台という目標にどこまで迫れるか、どんな規模の農家が買うのかが、日本で遠隔監視の無人農機が広がるかどうかの試金石になる。

2027年7月末には、K-RISの無料期間が終わる。無料で使っていた農家が、年3万9,600円を払い続けるのか。有料への切り替えがどこまで進むかは、クボタのデータ基盤が稼げる事業になるかを占う、最も分かりやすい指標になる。同じ2027年産からは、J-クレジットの申請もKSASに一本化される。

制度の側では、農水省のガイドラインが、遠隔監視で使うコンバインと、ロボット農機の公道走行の枠組みにまで進んでいる。無人の農機が道路を渡って畑から畑へ移れるようになれば、1人で複数の畑を回る農業が現実味を帯びる。トラクタに続いて、どの機種を遠隔監視に対応させるのかが、クボタの次の焦点になる。

その先の2030年には、クボタが掲げる営業利益率12%とROE12%、スマートソリューション事業1,000億円、KSASで全国農地の半分をカバーするという目標の期限が来る。国のスマート農業技術の活用面積5割という目標とも重なり、北米ではAGCOが同じ年を、作付けから収穫までの自動化の目標に置く。ピッチブックは、アグテックへのVC投資の回復を、株式公開や買収による出口が戻る2027年と見込んでいる。

資金の続かない新興企業が倒れ、技術は大手に集まり、勝負は機械の性能から、データと仕組みの厚みへと移っている。運転席が空のトラクタが日本の田んぼで当たり前の風景になるかどうかは、クボタがこの数年で、機械を売る会社から、データで稼ぐ会社にどこまで変われるかにかかっている。


クボタ(6326)、自動運転農機とデータ基盤 - 今後の注目点。いつ、何が起きるか - 図表1