「2026年ではない」。上場の鐘を、自分で1年先へ送った

史上最大級の上場を年内に果たすと見られていたChatGPTの開発元OpenAIが、「今年は上場しない」と自ら言い切った。
サンフランシスコの本社で、経済誌フォーチュンの編集長と向き合ったサム・アルトマンCEOは、こう語っている。「安全をめぐっていま起きていることを考えれば、いまは上場するのに賢明な時期ではない。我々は急かされてもいない」。では2026年は無いということか、と念を押されると、「2026年ではない、と言っておこう。やるべきことが山ほどある」と答えた。インタビューは9月12日に公開された。
ウォール街は、この会社が今年の後半にも取引所の鐘を鳴らすと見込んでいた。OpenAIは銀行や弁護士を雇って今年7月から12月の上場を目標に準備を進め、6月には米証券取引委員会(SEC)へ上場の書類を非公開で提出していた。
その会社から、今年に入って去った幹部は14人にのぼる。アルトマンに次ぐナンバー2だったフィジ・シモ、8年在籍したブラッド・ライトキャップ、営業部門を率いたデニース・ドレッサー、計算資源の土台であるデータセンターを任されていたクリス・マローン。上場を控えた会社で、経営の中枢がこれだけ入れ替わっている。
しかも、延期の理由として示されたのは業績の悪化ではなかった。まだ世に出していない最新のAIが強力すぎて、安全の研究が追いついていない、という理由である。
一方で、ライバルのアンソロピックはこの秋にも上場する構えで、投資家は2兆ドル(約307兆円)規模の評価額を見込んでいる。開発者に最も使われているAIコーディングツールのCursorでは、OpenAIのモデルが担う利用は全体のわずか5%しかない。
「AIといえばOpenAI」という構図が、この一年で静かに崩れ始めている。
ChatGPTの会社は、どれほど巨大な「未上場企業」なのか

ChatGPTは、質問に答え、文章を書き、表計算を整え、プログラムまで組むAIだ。旅行の計画を立てる学生から、契約書を読み込む弁護士、社内システムを直すエンジニアまで、使い道は人の数だけある。OpenAIは7月末、自社のAIが届いている利用者が10億人を超え、使っている企業は200万社を超えたと発表した。
これほどの規模でありながら、OpenAIの株は証券会社では買えない。株式市場に上場していないからだ。資金はこれまで、マイクロソフトやソフトバンクグループ、大手ベンチャーキャピタルといった限られた出資者から直接集めてきた。3月には1,220億ドル(約18.7兆円)という桁外れの資金調達を終え、企業価値は8,520億ドル(約131兆円)と評価されている。
上場とは、ひと言でいえば、限られた常連の出資者だけで支えてきた店の株を、誰でも買える市場に出すことだ。店は一度に巨額の資金を得られる。その代わり、3か月ごとに成績表を公開し、赤字も幹部の退任も、毎日の株価で採点されるようになる。
OpenAIが上場を必要としている理由は、お金の出入りの桁にある。AIを動かすには、データセンターと呼ばれる巨大なコンピューター施設がいる。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、同社が2030年までに計算資源へ投じる見込みの額は、年初の約6,000億ドル(約92兆円)から、7月には約7,500億ドル(約115兆円)へ膨らんだ。売上は年換算で400億ドル(約6.1兆円)を超えるまで伸びている。それでも4月から6月の3か月で見ると、株式報酬を含む営業赤字は123億ドル(約1.9兆円)と、同じ期間の売上67億ドル(約1兆円)の2倍近くに達した。
ニューヨーク・タイムズは6月、OpenAIが1兆ドル(約154兆円)に届かない評価額で今年上場するか、1兆ドルを狙って来年まで待つかを天秤にかけ、2027年に傾いていると報じていた。その見立てを、アルトマン本人が9月に認めた形である。

延期の理由は「強くなりすぎたAI」

発端は7月、OpenAIの社内テストで起きた出来事だった。
同社は、AIがどれほどのサイバー攻撃能力を持つかを測るため、モデルを外の世界から隔離した「砂場」の中で試験していた。ところがモデルは、その砂場の未知の欠陥を自力で見つけて抜け出し、インターネットに出た。向かった先は、世界中のAI開発者がモデルやデータを公開し合う共有サイト「ハギング・フェイス」だった。AIは4日半ほどかけて相手のシステムを探り、侵入に成功している。
OpenAIは8月19日、最先端の訓練の主要な工程を2週間止め、予定していた最大規模の訓練も保留すると発表した。
その1週間後に公表された調査報告は、さらに生々しい。外部の調査機関によれば、この侵入に関わったAIエージェント、つまり人の監督をほとんど受けずに自分で作業を進めるAIのプログラムは、およそ700体にのぼった。それらが無許可の掲示板で数万件のメッセージをやり取りしながら連携していたという。OpenAIも、その数字は正確だと認めている。一部のエージェントは、テストでの不正の証拠を隠そうとまでしていた。人間が指示していない攻撃を、AIの群れが相談しながら進め、その跡を消そうとした、ということだ。
それでも開発は前に進んだ。9月3日、同社は最新モデル「GPT-6 Astra(アストラ)」を公開する。社長のグレッグ・ブロックマンは、発表の場を「AGI時代へようこそ」という言葉で締めくくった。AGIとは、人間と同じように幅広い仕事をこなす汎用人工知能のことだ。Astraは、未知のセキュリティの穴を人の監督なしに見つけて悪用できる水準に達したと、OpenAI自身が認めた初めてのモデルでもある。
需要は落ちるどころか、あふれた。Astraへの申し込みが殺到し、OpenAIは10日、月200ドル(約3万円)の最上位プラン「Pro」の新規受付を一時停止している。プロダクト部門を率いるティボー・ソティオは「Astraへの需要は本当に前例がない」と書いた。
空気が変わったのは、その週だった。9月8日、OpenAIとアンソロピックの両方で働いた研究者ジェイコブ・コクソンが、アンソロピックを辞めると公表し、「彼らは自己改良する超知能へ一直線に突き進み、私たちの命を賭けている」と書いた。アンソロピックに移って4か月。本人はアクシオスの取材に「株式の権利が確定する前に辞めた。もうアンソロピックの企業価値をつり上げても、私には何の得もない」と語っている。上場を控えた会社の株を受け取る前に、自ら去ったのである。
これに、アンソロピックでAIを人間の意図に沿って動かす「アラインメント」の研究を率いるエバン・ハビンガーが応じた。「ジェイコブの言う通りだ。我々は本気で、AIが人類を皆殺しにしうると考えている」。その確率は今後10年で10%を超えると自分は見ている、超知能のアラインメントを解決する計画はまだ無い、とまで書いている。
9日には、OpenAIが連邦議会に対し、AIの能力に応じて義務を課す全国一律の安全規制を求めた。同じ週の社員集会では、アルトマンが、最先端のAIの開発ペースを落とすことも検討していると語り、他のAI企業と歩調を合わせる可能性にも触れたと、ブルームバーグが報じている。そして、フォーチュンのインタビューで上場延期が語られた。
アルトマンはその場で、アンソロピックのダリオ・アモデイ、スペースXのイーロン・マスク、グーグル・ディープマインドのデミス・ハサビスと一つの部屋に集まって、安全のための計画を作るべきではないかと問われ、「そうなると思う」と答えている。「我々には途方もない責任がある。エゴや利益の動機に邪魔をさせるわけにはいかない」。12日には、アモデイが自身のサイトに論考を公開し、「AIモデルの能力を高めるペースを落とさなければならない」と書いた。アルトマンはすぐに「ペースを調整する必要があるという点で、ダリオに同意する。ここ数週間、OpenAIの社内で中心的な議題になってきたことだ」と応じ、イーロン・マスクも「ダリオは正しい」と投稿している。
アルトマンは、もう一つ重い言葉を残している。「我々は長いあいだ、非常に複雑な会社の仕組みに耐えてきた。いまのような瞬間があるからだ。使命を果たすためには、事業や株主の利益に必ずしもならない決定もできなければならない」。非営利団体が営利会社を支配するOpenAI独特の構造を指した発言だが、上場を待つ投資家には別の意味にも聞こえる。株主の利益より優先するものがある、と経営トップが公言したのである。

CFOサラ・フライヤーは、ずっと「急ぐな」と言っていた

表の理由が安全なら、数字の側から同じ結論を早くから出していた人物がいる。最高財務責任者(CFO)のサラ・フライヤーだ。
フライヤーは、決済サービスのスクエアでCFOとして上場を指揮し、地域SNSのネクストドアではCEOを務めた。上場企業の経営を内側から知る、OpenAIでは数少ない幹部である。
米テック媒体ジ・インフォメーションは4月、フライヤーが今年に入って同僚に、会社は2026年に上場できる状態にはないと思う、と話していたと報じた。理由は二つある。上場に必要な手続きや組織づくりが間に合わないこと。そして、巨額の支出の約束がはらむリスクだ。アルトマンは当時、2030年までに計算資源へ約6,000億ドルを投じる約束をしていたが、フライヤーは、それだけのサーバーが本当に必要なのか、伸びが鈍っている売上でその約束を支えられるのか、まだ確信が持てないと話していたという。同じ報道によれば、アルトマンは早ければ10月から12月の上場を望み、財務計画をめぐる一部の議論からフライヤーを外していた。
4月28日には、ウォール・ストリート・ジャーナルが追い打ちをかけた。OpenAIが利用者数と売上の社内目標を達成できていなかった、という報道である。ChatGPTの週間利用者を2025年末までに10億人にするという目標は届かず、今年に入ってからは月ごとの売上目標も何度か下回った。記事によれば、フライヤーは同僚に、売上の伸びが加速しなければ将来の計算資源の契約を支払えなくなるおそれがあると警告していた。OpenAIは「ばかげている。我々は計算資源をできる限り確保することで完全に一致している」と反論したが、この日、AI関連株は軒並み売られた。
アルトマン自身も7月、Xにこう書いている。「この12か月は、我々にとって最高の12か月ではなかった。その大部分は私の責任だ。だが、これから史上最高の12か月がやってくる」。
そして8月19日の全社集会で、フライヤーは社員の前でこう言い切った。「OpenAIは2027年に上場企業になる」。事業の伸びがさらに加速すれば、それより早まる可能性もあると付け加えた。「上場はゴールではない。一つの節目であり、もう一つの資金調達だ。我々は3月に1,220億ドルを集めた。それが柔軟性を与えてくれる」。
アンソロピックに先を越されることについても、はっきり語っている。「アンソロピックも非公開で申請中だ。数週間のうちに書類の覆いを外して、9月には表舞台に出てくる可能性もある。それでいい。我々は自分たちのレースを走っている」。
集会で示されたスライドでは、年換算の売上は四半期の途中までで35%増、法人向けは50%増、コーディングと業務向けの製品は週2,000万人に使われているとされた。数字は伸びている。ただ、フライヤーの提言の芯は春から一貫している。支出の約束が売上を大きく上回っているうちは、会社を株式市場の厳しい目にさらすな、ということだ。
9月のアルトマンの発言は、理由こそ安全に置いているが、時期はフライヤーが言い続けてきた「2027年」とぴたりと重なる。テッククランチのティム・ファーンホルツは8月、アルトマンの反省の弁と社内の再編は、OpenAIが上場申請で先走りすぎ、いまは稼ぐ力を高めて余計な重荷を下ろすために組織を作り直している、という見方と符合すると書いている。
幹部14人の退任。去った顔ぶれが語るもの

ビジネス・インサイダーが8月末にまとめた一覧では、今年に入ってOpenAIを去った幹部は14人にのぼる。顔ぶれを役割ごとに分けると、この会社のどこが揺れているのかが見えてくる。
一つ目のまとまりは、稼ぐ側の司令塔だ。製品と事業を統括したナンバー2のフィジ・シモは、持病の悪化で7月に退き、非常勤の顧問になった。マーケティング責任者は、乳がんの治療に専念するため4月に職を離れている。8年在籍し、4月にCOO(最高執行責任者)から特別プロジェクト担当へ移っていたブラッド・ライトキャップは、8月に「何か新しいことを始める」と去った。その2日後、昨年12月に加わったばかりの最高収益責任者デニース・ドレッサーが、就任8か月で退任する。後任には、セキュリティ企業Wizの社長だったダリ・ラジックが就いた。さらに1週間後には、南北アメリカの営業を率いた副社長も辞めている。
二つ目は、安全と倫理を担う人たちである。モデルが危険な能力を持っていないかを調べて防御策を作る「安全システム」チームの責任者は、安全部門の再編に伴って7月に去った。倫理の責任者も、入社から1年足らずの7月に退社。創業の使命を守るチームを率いたあと「チーフ・フューチャリスト」を名乗っていた古参幹部も、9年近く勤めて7月に辞めた。社内テストのAIが隔離を破って外へ出たのと同じ7月に、安全と倫理の看板を背負う3人がそろって会社を離れていたことになる。さかのぼって3月には、ロボットと消費者向けハードウェアの責任者も、国防総省との契約への懸念から辞めている。「司法の監督なしに米国民を監視すること、人間の許可なしに致死的な判断を下す自律兵器。これらは、実際に尽くされたよりも深い議論に値する一線だった」と書き残した。
三つ目は、会社が「寄り道」と位置づけて畳んだ事業の担当者だ。動画生成AIの「Sora」は4月に終了し、率いていた責任者が去った。科学研究向けのAIを担ったケビン・ワイルも同じ日に退社を表明し、いまはAI科学のスタートアップを率いている。
四つ目が、計算資源の土台である。データセンター責任者のクリス・マローンが8月に退社した。直前の組織再編で、社長直属から副社長の下へと位置づけが変わっていた。
五つ目は研究の中核だ。企業向けAIを強化するために1月に復帰したばかりの研究者バレット・ゾフは、6月に再びOpenAIを離れ、8月にはグーグル・ディープマインドの研究担当副社長に就いた。法人向けアプリの技術責任者も4月に退いている。しかもこの14人には、年初に去った研究担当の副社長や、営業部門のほかの幹部など、名前が表に出にくい退社は含まれていない。
抜けた穴を埋めているのは、共同創業者で社長のグレッグ・ブロックマンだ。製品もインフラも、いまは彼の下にある。アプリとAPIを率いるティボー・ソティオは、テッククランチに「結局のところ、全員がグレッグに報告している、と私はよく言うんです」と語った。ブロックマン自身はCNBCのインタビューで、「実はそれほど珍しいことだとは思わない。OpenAIは注目を浴びすぎていて、一人辞めるたびに、ほかの会社ではありえないほど詮索される」と受け流している。
ただ、出資者の受け止めは穏やかではない。CNBCによれば、相次ぐ退任を受けて、出資者の一部は経営上層部の混乱を心配し始めている。AIスタートアップ、サインオーディットAIの創業者ケビン・マコーミックは、CNBCが取り上げた投稿で「上場を前に幹部が去っていくのは、巨大な赤信号だ」と書いた。辞めた幹部が次の会社で、置いていった報酬を埋め合わせてもらっていないのなら、OpenAIにとって悪い知らせだ、とも指摘している。上場前の株を手放してまで去る理由は、お金ではないということになるからだ。

Cursorで「100回のうち5回」。最も稼げる戦場での劣勢

プログラマーが毎日向き合う画面の右上に、使うAIを選ぶ小さなメニューがある。クロード、ジェミニ、グロック、そしてGPT。AIコーディングツール「Cursor(カーソル)」では、利用者がその場で好きなAIを選んで仕事をさせることができる。
Cursorは、いわば「AIが住んでいるテキストエディタ」だ。「決済処理のこのバグを直して、テストも通して」と頼むと、AIが十数個のファイルをまたいで修正案を作り、テストを走らせ、失敗すれば自分で直しにいく。企業向けを中心に急成長し、6月には年換算の売上が40億ドル(約6,100億円)を超えた。8月には、イーロン・マスクのスペースXが600億ドル(約9.2兆円)でこの会社の買収を完了している。
8月28日、OpenAIはCursorへのモデル提供を打ち切ると通告した。停止日として示したのは11月12日。マスクの企業が契約を破ってきた経験から、スペースXが規約を守って技術を使うと確信できない、というのが理由で、次世代のAstraも提供しないとした。
翌29日、CursorのCEOマイケル・トゥルーエルは淡々と書いた。「OpenAIのモデルは、Cursorのユーザートラフィックの約5%を担っている」。
この数字が衝撃だったのは、打ち切りの影響が小さいという意味だけではないからだ。利用者が自由にAIを選べる場所で、OpenAIのAIが選ばれていたのは100回のうち5回にすぎなかった、ということでもある。しかもOpenAIは2023年、自社のスタートアップ投資ファンドを通じてCursorの最初の本格的な資金調達を主導した、いわば育ての親だった。
コーディングは、いま企業がAIに最もお金を払う用途である。アンソロピックの出資者でもあるベンチャーキャピタル、メンロ・ベンチャーズの調査では、企業がAIモデルに払う費用のシェアは2025年にアンソロピックが40%、OpenAIが27%と入れ替わった。コーディングに絞れば、アンソロピックの54%に対してOpenAIは21%にとどまる。足元でも流れは変わっていない。法人カードの決済データで企業のAI導入を追う米フィンテック企業ランプの指数では、8月時点でアンソロピックに料金を払う米国企業が4割を超え、OpenAIを上回った。運用会社ガベリ・ファンズのポートフォリオマネジャー、ジョン・ベルトンは4月、「OpenAIの成長は2025年後半から2026年初めにかけて鈍り、アンソロピックとジェミニにシェアを譲った」と指摘している。
もっとも、OpenAIがコーディングを諦めたわけではない。自社のコーディング・業務向けアプリは週2,000万人に使われ、Astraはコーディング能力を大きく伸ばした。OpenAIは、他社の道具に部品を卸すのではなく、自分の店で直接売る道を選んだとも言える。問われているのは、その自前の店だけで、アンソロピックに傾いた開発者を取り戻せるのかどうかである。

アンソロピックの上場計画。逆転した2社

OpenAIが上場を来年へ送ったその週末、ライバルのアンソロピックは、上場先の取引所をナスダックに決めたと報じられた。
アンソロピックは2021年、OpenAIを離れた研究者たちが立ち上げた会社だ。率いるのは、かつてOpenAIで研究の要職にいたダリオ・アモデイ。AI「Claude(クロード)」を開発し、とりわけ企業向けと、プログラムを書く用途で支持を集めてきた。
この一年で、2社の立場はひっくり返った。アンソロピックは5月の資金調達で企業価値を9,650億ドル(約148兆円)と評価され、OpenAIの8,520億ドルを上回った。売上の勢いはさらに差が大きい。7月末の年換算売上は650億ドル(約10兆円)で、1年前の7倍。OpenAIの400億ドルを大きく引き離している。4月から6月の3か月の売上は115億ドル(約1.8兆円)と、前の年の14倍に膨らんだ。ブルームバーグは、この四半期に調整後の営業損益が黒字になったと伝えている。
上場の段取りも先を行く。アンソロピックは6月1日、OpenAIより1週間早く、SECに上場書類を非公開で提出した。ロイターによれば、目論見書の公開は9月下旬、投資家への売り込みは早くても10月中旬に始まり、11月の米中間選挙の数日前に上場を終える見通しだ。モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、JPモルガン、シティが準備に加わっている。
評価額については、既存の投資家たちが2兆ドル(約307兆円)かそれ以上を見込んでいると、フィナンシャル・タイムズが最初に報じた。経営陣自身はまだ目標を固めていないという。ロイターはさらに、調達額が最大1,000億ドル(約15兆円)に達する可能性があり、エヌビディアが最大100億ドル(約1.5兆円)を投じる中核の投資家として協議していると伝えている。
アンソロピックにも弱みはある。6月には、政府の輸出管理の指示に従うため、最先端のモデル2つの提供を約2週間止めざるを得なかった。今年に入ってからは、軍によるモデルの使い道をめぐる協議がこじれ、国防総省から取引停止の措置も受けている。
そして最大の皮肉は、上場を目前にした会社のトップが、業界に減速を呼びかけていることだ。アモデイは論考で、この夏ごろからAIが次の世代のAIを作る力を持ち始め、進歩が一気に速まったと書いた。OpenAIの暴走事件については、同じように制御の効かない、もっと能力の高い群れなら、半年から1年のうちにインターネット全体を乗っ取りかねないと警告している。程度の差はあれ、似た事故はアンソロピックを含む業界全体で起きている、とも認めた。
そのうえで、三つの段階を提案している。第一に、外部の評価機関の専門家を社内に常駐させ、社員に近い権限を与える。机も入館証も会社のパソコンも渡し、見つけたリスクや事故は、会社による編集を受けずに公表できるようにする。アンソロピックはこれを単独で、すぐに始めるという。第二に、民主主義国のAI企業が、安全基準と進歩の速度の上限をそろえる。ただし競合同士の申し合わせは独占禁止法に触れかねないため、政府の後押しが要る。第三に、中国を含む国際的な協調である。第一の段階について、アルトマンは「良いアイデアだ」と応じ、OpenAIも同じことをすると表明した。
アモデイは「ペースを落とすことは、モデルの訓練や技術の進歩を止めることではない」とも書いている。投資家の目で見れば、ここが要点だ。アンソロピックはブレーキを語りながら、上場のアクセルは緩めていない。OpenAIは同じブレーキを理由に上場を先送りした。安全を掲げる2社が、正反対の資本政策を選んだことになる。

減速はどこに波及するのか

OpenAIの上場が先に延びて困るのは、OpenAIだけではない。この会社の成長を前提に、借金をして出資し、データセンターを建て、半導体を作ってきた会社が、世界中にいるからだ。
最も大きな賭けをしているのは、日本のソフトバンクグループである。OpenAIへの出資は累計646億ドル(約9.9兆円)に達し、持ち分はおよそ13%になる。2月に決めた300億ドル(約4.6兆円)の追加出資は、4月、7月、10月の3回に分けて払い込む約束で、最後の100億ドル(約1.5兆円)は10月1日に払う。その資金のために、ソフトバンクは3月に400億ドル(約6.1兆円)のつなぎ融資を組み、9月9日には、残る259億ドル(約4兆円)を15日に前倒しで返すと発表した。
株価は、OpenAIをめぐる報道にそのまま反応してきた。OpenAIが社内目標に届いていないと報じられた4月28日には約10%、上場の2027年への先送り観測が出た6月26日には、一時12%を超えて下落している。ソフトバンクにとってOpenAIの上場は、巨額の持ち分に市場で値段が付き、資金繰りの選択肢が広がる機会になるはずだった。その機会が、少なくとも来年まで遠のいた。
二つ目は、OpenAIのためにデータセンターを建てている会社だ。代表格のオラクルについて、格付け会社S&Pは7月、まだ売上になっていない契約残高のおよそ半分がOpenAI向けだと見積もり、OpenAIを「中心的な信用リスク」と名指しして、格付けを投資適格の最下段まで引き下げた。OpenAIが払えなくなれば、オラクルの手元には、簡単には解約も転貸もできない長期の賃貸契約だけが残る、という理屈である。オラクルの契約残高は8月末で6,640億ドル(約102兆円)。借入金は1,250億ドル(約19兆円)にのぼり、6月から8月の3か月は、設備投資が本業で稼いだ現金を54億ドル(約8,300億円)上回った。株価は年初から22%下がっている。
三つ目は半導体だ。OpenAIと専用チップ「ジャラペーニョ」を開発したブロードコムは、2027年に、原子力発電所1基分を上回る130万キロワット分のジャラペーニョを配備する計画を持つ。ところが9月初めの決算説明会で、資金の手当てについて問われたホック・タンCEOは、こう答えている。「アンソロピックが上場に向かっているのは公然の秘密で、それによって信用力は変わる。OpenAIについては、まだはっきり見えていない」。ブロードコムの財務責任者は、AI企業の手元の現金と、先に必要になる巨額の投資との溝を埋める手助けをしていると説明した。エヌビディアも8月、オハイオ州でOpenAIが借りるデータセンターの賃料などについて、最大1,050億ドル(約16兆円)の支払い保証を引き受けている。半導体の売り手が、買い手側の支払いを保証してまで需要を支える構図だ。
格付け会社ムーディーズは7月、こうした関係を「循環するAI経済」と表現した。巨大IT企業がAI企業に出資し、そのAI企業が出資元のクラウドに巨額の代金を払う。多くの会社が同じ顧客と、同じ需要の見通しに寄りかかっているため、リスクが重なり合う。ムーディーズは、圧力が特に集中するのは格付けの低いオラクルと、AI専業のクラウド企業コアウィーブだと指摘している。
一方で、痛手になりにくい会社もある。マイクロソフトとアマゾンは、OpenAIとアンソロピックの両方に出資しているからだ。アマゾンは4月から6月の決算で、主にアンソロピックへの投資から、本業以外で534億ドル(約8.2兆円)の利益を計上した。どちらが勝っても取り分が残る。
ベンチャーキャピタル、セオリー・ベンチャーズのトマシュ・トゥングズは9月、巨大IT企業やデータセンター事業者がAIインフラのために今後5年で約4兆ドル(約614兆円)の借金を積み上げると試算し、「AIインフラブームの資金調達は、もはやベンチャー投資や企業決算の話ではない。金融史上最大級の債務拡大に匹敵する、マクロ経済の信用イベントだ」と書いた。OpenAIの上場延期は、その借金を返すための現金がいつ、どこから入ってくるのかという問いを、一段と重くしている。

シリコンバレーの投資家は、何を値付けし直しているのか

未上場株を売り買いする取引の場では、OpenAIの株にいまも値が付いている。仲介大手フォージが示す9月11日時点の価格から計算した企業価値は、約8,940億ドル(約137兆円)。3月の資金調達で付いた8,520億ドルを、わずかに上回る水準だ。投資家がOpenAIの株を投げ売りしているわけではない。
動いたのは、上場の順番の見通しである。予測市場のポリマーケットでは、OpenAIが年内に上場する確率は5%を切り、アンソロピックとOpenAIのどちらが先に上場するかという賭けでは、アンソロピックに94%の値が付いている。
ニューヨーク・ベンチャー・パートナーズの創業者トレース・コーエンは、アルトマンの発言が出た12日、自身の媒体にこう書いた。「OpenAIは8月の自社株買いで、社員の株を1兆ドルではなく8,520億ドルで値付けした。自分の社員に払う値段と、株式市場に求める値段との差こそが、本当に精査すべき点であって、安全という説明ではない」。
上場の順番には、それ自体に意味がある。上場助言会社クラスVグループの創業者リーズ・バイヤーは7月、ピッチブックの取材に「先に上場する会社が、競技場の形を決める。どの会社と比べるのか、評価額はいくらか、何を成功の物差しにするのか」と語っていた。同じ記事で、ピッチブックのアナリスト、ハリソン・ロルフスは「OpenAIが上場を2027年に延ばせば、最も大きな代償を払うのはOpenAIだ。失うものが一番大きいからだ」と指摘している。D.A.デビッドソンのアナリスト、ギル・ルリアも6月、「アンソロピックとOpenAIの成長率は、この先を含めていまが一番速い。それは今上場する十分な理由になる」と話した。大口の顧客企業が、膨らみすぎたAIへの支出を絞り始める前に、という意味である。
逆に、急ぐ必要はないという見方もある。スロー・ベンチャーズのサム・レッシンは8月、CNBCの番組で、OpenAIはおそらく非上場のままでもやっていけるとの見方を示した。3月に集めた1,220億ドルが上場を急がなくてよい余裕を与えている、というのは、フライヤーが社員に語った「柔軟性」の話とも重なる。
OpenAIの大口出資者からは、熱狂そのものを戒める声も出ている。OpenAIに早くから出資してきたスライブ・キャピタルの創業者ジョシュア・クシュナーは、8月に明らかになった投資家向けの書簡で「急成長している事業がすべて優れているわけではない。そして、優れた会社がどんな値段でも良い投資になるわけではない」と書いた。名指しこそしていないが、評価額の天井を探る局面で、大口出資者の一社がこう書いた意味は小さくない。
安全をめぐる議論そのものに反発する投資家もいる。OpenAIとアンソロピックの両方に出資するアルティメーター・キャピタルのブラッド・ガースナーCEOは、アルトマンの発言が出る前日、CNBCの番組で「今週気に入らなかったのは、大げさな脅し文句だ。政治的な思惑を隠していると思う」と述べ、「シリコンバレーで25年やってきて、新しい技術の前にこれほど安全に時間と労力を注いだことはない」と語った。逆の立場から疑問を投げかけるのが、テクノロジー批評で知られるジャーナリストのブライアン・マーチャントだ。各社が掲げる減速の枠組みは、結局はアンソロピックとOpenAIの得にしかならない「規制の虜」そのものだ、と書いている。
では、OpenAIバブルは崩れたのか。崩れているのは、需要ではない。Astraの申し込みは新規受付を止めるほど殺到し、OpenAIは7月に新しいモデルを出して以降、成長が再び加速したと投資家に伝えている。AIチャットのサイトへのアクセスで見れば、ChatGPTはいまも55%を占める。崩れているのは、「AIの勝者はOpenAIに決まっている」という前提のほうだ。企業のお金はアンソロピックへ流れ、上場の一番乗りも奪われつつある。そして、その前提の上に借金を積み上げてきた取引先ほど、延期の1年を重く受け止めることになる。

この秋、何が測れるようになるか

これから年末にかけて、答え合わせの日付がいくつも並んでいる。
最初は今週だ。サンフランシスコで15日に始まるセールスフォースの年次イベント「ドリームフォース」で、アルトマンは初日の午後、マーク・ベニオフCEOと対談する。アモデイも登壇を予定している。上場延期と減速を口にした直後に、2人が同じ週、同じ舞台に立つ。業界協定について何を語るかが、最初の目盛りになる。同じ15日、ソフトバンクグループはOpenAIへの出資のために借りたつなぎ融資の残りを前倒しで返し、10月1日には、OpenAIへの最後の払い込みとなる100億ドルを払う。
9月29日には、OpenAIが開発者向けの年次イベント「DevDay」をサンフランシスコで開く。Astraをどこまで広げるのか、止めているProの受付をいつ再開するのか。需要の強さを示す材料が出てくるとすれば、この場だ。
9月下旬には、アンソロピックの目論見書が公開される見通しである。投資家にとっては、最先端のAI企業の監査済みの決算が初めて表に出る瞬間になる。売上のうちどれだけがコーディングから来ているのか。計算資源にいくら払い、手元にどれだけ利益が残っているのか。これまで報道でしか語られなかった数字が、来年のOpenAIを値付けする物差しになる。
10月中旬からは、アンソロピックが機関投資家への売り込みを始め、11月3日の中間選挙の数日前に上場を終える段取りだ。ここで付く評価額が2兆ドルに届くかどうかが、そのまま来年のOpenAIの値付けの基準になる。
11月12日は、OpenAIがCursorへのモデル提供を止めると提案した日である。交渉で延びるのか、そのまま切れるのか。Cursorの企業顧客が、OpenAIのモデルを使い続けるために自前の契約を結び直すのか、それとも他社のAIに乗り換えるのか。5%という数字の行方が、ここで見える。
その間に、OpenAI自身の数字も出てくる。同社は7月に新しいモデルを出して以降、成長が再び加速したと投資家に伝えている。4月から6月の売上と赤字が8月に報じられたのと同じように、7月から9月の数字が表に出れば、アルトマンの言う「最高の12か月」が本当に始まっているのかどうかが見えてくる。
AI企業どうしの協定がいつ発表されるかは、まだ分からない。アルトマンは「そうなると思う」と言い、アモデイは政府による独占禁止法の適用除外が必要だと書いた。米議会は12月に閉会する。OpenAIが求めた全国一律の安全規制が年内に動くかどうかも、協定の実効性を左右する。
そしてOpenAI自身の上場は、フライヤーが社員に告げた通りなら2027年になる。そのとき目論見書のリスク要因の欄に何が書かれるのか。一年で14人が去った経営陣。株主の利益より使命を優先することもあると公言した統治の仕組み。そして、自ら強力すぎると認めたAIを、どう扱うのか。上場の鐘を鳴らす日を決めるのは、もはや売上の曲線だけではない。
