1ギガワットを決める席が、空いた

テキサス州アビリーンの平原に、8棟の巨大な箱が並んでいる。中では50万基規模のGPU(H100換算、調査機関Epoch AIの推計)が唸りを上げ、その電気を賄うためのガスタービン発電所が敷地内で回っている。あなたがChatGPTに一行打ち込むとき、実際に熱くなっているのはこの建物だ。
どこの土地に、何ギガワットで、いつまでにこういう建物を建てるのか。それを決める仕事をしていた人物が、8月にOpenAIを去った。名前はクリス・マローン。肩書きは「ヘッド・オブ・データセンターズ」、日本語にすれば全社のデータセンター責任者である。
最初に報じたのはウォール・ストリート・ジャーナルだった。OpenAIの広報はCNBCとブルームバーグに対し、マローンが「すでに社にいない」ことを認めたうえで、こう説明している。「われわれは仕事の規模とスピードに合わせて、インフラ組織を最近再編した。強力で経験豊富なデータセンターチームが揃っており、明確なリーダーシップと計画を実行する技術力がある」。
再編の中身は、報道を突き合わせるとかなりはっきりしている。マローンはそれまで社長のグレッグ・ブロックマンに直接報告していたが、組織変更でヴァイスプレジデントのサチン・カッティの下に入った。カッティは2025年末にインテルの最高技術責任者兼AI責任者から移ってきた人物で、2026年7月に「VP、コンピュート戦略およびGPTインフラ」に就いている。さらにデータセンターの実務は3人に分割された。データセンターチームを率いるウダイ・ルダーラジュ、建設と引き渡しのプログラムを見るブレント・メイヨー、そしてエンジニアリング全体を見るスパス・ラザロフである。ルダーラジュとメイヨーは、イーロン・マスクのxAIがメンフィスに建てたスーパーコンピュータ「コロッサス」を短期間で立ち上げた中心人物で、ルダーラジュは2026年7月に「CTO、コンピュート」に昇格していた。
つまり、マローンの上には新しい上司ができ、横には自分の職掌を分け合う3人が並び、その直後に本人がいなくなった。ブルームバーグはさらに、OpenAIが「データセンター施設をまるごと賃借する案件を復活させつつあり、マローンの代わりに別の人間がそれを率いている」と報じている。

2026年、OpenAIを去った人たち

マローンの退職は、単発の出来事ではない。2026年に入ってからのOpenAIは、上層部が入れ替わり続けている。
4月には4人がまとめて抜けた。動画アプリ「Sora」を率いていたビル・ピーブルズ、最高プロダクト責任者から科学向け組織「OpenAI for Science」の責任者になっていたケビン・ワイル、法人向けアプリケーションの技術責任者スリニヴァス・ナラヤナン、そしてマーケティング責任者のケイト・ラウチである。
7月には、プロダクトと事業の全体を見ていたフィジー・シモが役職を退いた。インスタカートのCEOからOpenAIに移り、事実上のナンバー2と目されていた人物だ。同じ月には倫理部門のトップだったクロエ・バカラー、安全システムチームを率いていたヨハネス・ハイデッケも去っている。月末には、初期からの安全性責任者だったジョシュア・アキアムも退いた。
そして8月。11日に、8年間在籍した最高執行責任者ブラッド・ライトキャップが「新しいことを始める」と表明。その2日後の13日には、ライトキャップの職務の大半を引き継いだばかりの最高収益責任者デニス・ドレッサーが、就任8か月で退任した。後任には、グーグルが約5.1兆円で買収したセキュリティ企業Wizの元COO、ダリ・ラジックが充てられている。そして8月下旬、マローンである。
ビジネスインサイダーは2026年の幹部退職を13人と数えた。テッククランチは「これは若手が辞めているのではない。会社のもっとも上位の椅子が空いているのだ」と書いている。
社長のブロックマンはCNBCの単独インタビューでこう反論した。「これが特別に異常だとは思わない。OpenAIと他の組織の違いは、うちがあまりにスポットライトを浴びているせいで、退職のひとつひとつが他社ではありえない精度で詮索されることだ」。そのうえで彼はこう続けている。「時代ごとに違う顔ぶれのリーダーがいた。私は不変で、サムも不変だ。その回復力と多様性があるからこそ、われわれは強い」。

データセンター責任者は、何を決める仕事なのか

この職種は日本ではあまり馴染みがないので、少しだけ噛み砕いておきたい。
AIの学習に使う施設は、もはや「サーバー室」ではない。単位はギガワットである。1ギガワットは、中規模都市がまるごと使う電力にほぼ等しい。OpenAIのアビリーン拠点は最終的に1.2ギガワットに達する計画で、これを1か所に集めるのは、発電所を1基抱え込むのと同義だ。マローン自身、業界誌DCDの取材でこう言っている。「われわれは今、ギガワット級のコンピューティングを当たり前のことのように語っている。しかしこれは前例のないことだ」。
この仕事が決めるのは、おおむね4つになる。第一に土地と電力——どの州の、どの変電所の隣に建てるか。第二に建物そのものの設計——AI用のラックは重く、熱く、水冷が要る。第三に建てる速度——資材と、そして何より現場の職人をどう確保するか。第四に、電力会社との折り合いだ。
最後の点はイメージしにくいので補足すると、AIの学習は数万台のGPUが同時に計算を止めたり再開したりする。すると数百メガワット単位の電力需要が一瞬で消えたり戻ったりする。これは送電網にとって極めて厄介で、マローンは「根本的に、われわれが電力網にそんな負担をかけるわけにはいかない」と述べ、無停電電源装置やチップの近くに置くコンデンサで揺れを吸収する方向を語っていた。xAIがテスラの大型蓄電池で同じ問題を解いたことについては、「あれは問題への非常に興味深いアプローチだ」と評している。
そしてマローンが繰り返し口にしていたのが、ボトルネックの順番だった。「年間で何ギガワットも建てるとして、電力の次に立ちはだかる制約は何か。確実に、現場の職人だ。この建設現場には本当に大勢の人間がいる。では人間の側のスケールをどうやって作るのか」。

学歴と出自 — 記録が語ること

クリス・マローンという人物について、生い立ちを語る一次情報はほとんど流通していない。創業者型の経営者ではなく、20年以上を大企業の技術職として過ごしてきた人だからだ。その代わり、彼の来歴は特許と論文という形で、異様なほど濃密に記録されている。
まず学位。2009年、データセンター業界の中立機関であるアップタイム・インスティテュートが公開した講演映像で、彼は「Dr. クリストファー・G・マローン、サーマル・テクノロジーズ・アーキテクト、データセンターR&D、Google」と紹介されている。博士号の保持者である。
学術面の評価は数字で追える。彼のGoogle Scholarのプロフィールには、被引用数3,700件超、h指数35、i10指数90が並ぶ。研究分野は「データセンター、コンピュータシステム、伝熱、電力配分、再生可能エネルギー」。実質的に、彼の仕事は「熱と電気」の一点に絞られている。特許の登録数は200件を超える。
そして専門家集団からの評価も、記録に残っている。ひとつは米国機械学会(ASME)のフェロー選出だ。フェローは同僚技術者からの推薦と長期の実績が要件で、自己申告では取れない称号である。もうひとつが、データセンター産業の職能団体インフラストラクチャー・メイソンズ(iMasons)の殿堂入りだ。彼は2022年、モナコで開かれた同団体のイベントで「ルミナリー」として殿堂に迎えられた。同年の殿堂入りはわずか3人で、iMasonsは彼を「25年以上にわたり、大規模な効率化プログラムに携わってきた。最初はヒューレット・パッカードで、次にGoogleで、そして今はMetaで」と紹介している。
学生時代の逸話を語るサイトは英語圏にもいくつかあるが、出典のたどれる一次情報は見当たらない。確度をもって言えるのは、彼が1990年代後半に社会に出て、以来一貫して同じ問題——箱の中の熱をどう外に出し、そのために電気をどう配るか——を解き続けてきた、ということである。

HP時代 — 1台のサーバーのファンから始まった

マローンの名前が公的記録に最初に現れるのは、2000年9月29日にヒューレット・パッカードが出願した特許だ。題名は「電磁干渉を減衰させるコンピュータシステム用バルクヘッドプレート」。要するに、サーバーの筐体に開ける穴の話である。
そこから数年の出願一覧を並べると、この人が何をしていたかがそのまま見える。プリント基板コネクタの着脱機構、バス終端デバイスの取り付け金具、空気の流れを均す基板ガイドフレーム、ヒートパイプを部品に直接触れさせるヒートシンク、折り畳めるファンブレード、遠心ファンのクラッチ機構——すべて、1台のサーバーの内部の話だ。2001年には噴霧冷却システムの特許を2件出しており、液体を直接吹き付けて半導体を冷やす、当時としてはかなり野心的な領域にも踏み込んでいる。
やがて視野が箱の外に出る。2005年から2006年にかけての出願には「データセンターの気流分配・換気システム」「二重床型データセンターの気流バランス制御」「IT機器の位置特定システム」が並び、対象が1台のサーバーから、部屋そのものへ移っている。
決定的だったのが2006年の論文だ。同じHPにいたクリスチャン・ベラディと共著で「データセンターとIT機器のエネルギー使用を特徴づける指標」を発表する。データセンターの効率を測る物差し——今日、業界の共通言語になっているPUE(電力使用効率)の系譜に連なる仕事である。2008年には米空調学会ASHRAEの論文集に「データセンターのTCO最適化」を発表し、効率指標とインフラのコストモデルを結びつけた。彼のHPでの肩書きは「サーマル・テクノロジーズ・アーキテクト」だった。
2008年、彼はHPを辞めてGoogleに移る。当時、データセンター業界のブログがその動きを書き留めている。HPが自社誌でPUEの記事を出し、そこでマローンの見解——「ほとんどのデータセンターは非効率で、実際に機器を動かすより冷却に多くの電力を使っている」——を引用したのだが、ブログの筆者はこう嘆いた。その記事が出た頃には、マローンはもうGoogleにいた、と。ベラディも同時期にマイクロソフトへ去っており、筆者は「この分野の功績を認められる立場をHPは自ら手放した」と書いている。同僚と業界による評価としては、なかなか率直な一文である。
Google 12年 — 世界の物差しを公開した側にいた

Googleでの約12年は、彼のキャリアの中心にあたる。
移籍の翌2009年、彼はアップタイム・インスティテュートの場に立ち、Googleが公開したPUEの数字について講演している。テーマは「Googleが公表したPUEの結果は、データセンター効率の新しい基準を打ち立て、業界に相当な議論を巻き起こした。その中核となった技術と実践、そしてGoogleが設計した6つのデータセンターの最新PUEデータを明かす」というものだった。当時、自社データセンターの効率を実数で公開する企業はほとんどなかった。彼は、それを公開する側にいた。
2015年には半導体の熱設計の国際会議SEMI-THERMで基調講演に立つ。当時Googleが運用していた12のデータセンターについて語り、「小さなデータセンターですら、すでに数十メガワットを消費する。数千戸の住宅を抱えた小さな都市に相当する」と述べている。彼が強調したのは運用の考え方だった。サーバーの中身は毎年入れ替えて計算能力を増やしながら消費電力は下げる、しかし建物とインフラは数十年使い続ける——という時間軸の分離である。
Google時代の到達点として分かりやすいのが、2020年にコンピュータアーキテクチャの主要国際会議ASPLOSで発表された論文だ。題名は「中電圧電力プレーンと優先度考慮型キャッピングによるデータセンターの電力オーバーサブスクリプション」。マローンは共著者の一人として名を連ねている。契約電力よりも多くの機器を詰め込み、ピーク時だけソフトウェアで賢く抑える、という仕組みをハードウェアとソフトウェアの両側から作り込んだもので、論文は「数億ドル規模のデータセンターコストを削減した」と報告している。彼の肩書きは、この頃には「ディスティングイッシュト・エンジニア(傑出技術者)」になっていた。Googleでの最後期の出願には「データセンターのラック上の電池ユニットの熱管理」もあり、電力の揺れを蓄電池で吸収する発想は、この時点で彼の手の中にあったことがわかる。
Meta 5年 — データセンターをAI用に作り替える

2020年前後にMetaへ移り、ここでも「ディスティングイッシュト・エンジニア」として約5年を過ごした。DCDの表現を借りれば、この期間の彼の役割はデータセンター戦略そのものである。
Metaがこの時期に直面していたのは、既存のデータセンター設計がAIに合わないという問題だった。同社は建設中の複数拠点を止め、設計をやり直している。空冷前提のホールを、チップに直接冷却水を当てる方式に切り替え、供給水温を摂氏30度に定め、その規格をオープン・コンピュート・プロジェクト(OCP)を通じて業界に広げようとした。マローンの役割は、業界メディアの表現では「同社のAIファーストなデータセンター・アーキテクチャへの転換を主導し、大規模な学習・推論システムを可能にした」というものだった。
2022年の殿堂入りは、この最中の出来事である。iMasonsの紹介文は「クリスはMeta全社の多分野チームと連携し、次世代のデータセンター、ハードウェア、ソフトウェアを統合したソリューションを開発している」と書いている。同時に、サステナビリティ部門に対してエネルギー削減と炭素技術投資の助言もしていた。
ここまでを一度まとめると、彼の職歴には気持ちのいい一貫性がある。HPで「1台の熱」、Googleで「1つの建物の電気」、Metaで「AI時代の建物そのものの作り替え」。そして次が、それを最速で何十棟も建てろ、という仕事だった。

OpenAI 17か月 — 「自分たちで建てるべきだ」と言った人

マローンがOpenAIに入ったのは2025年3月。トランプ大統領のもとで「スターゲート」——OpenAI、ソフトバンクグループ、オラクルによる、4年で約80兆円を米国のAIインフラに投じる構想——が発表された直後だった。在籍は17か月である。
彼が公の場で何を主張していたかは、はっきり残っている。2025年9月の業界カンファレンス「Yotta 2025」で、彼はこう述べた。「われわれには容量を調達するチャネルがたくさんある。だが自分たちで建てることも重要だと考えている」。そして「スケーリングについて非常に強い確信がある。経営陣からの直接の支持もある」。
彼は同時に、業界の常識を疑ってもいた。「19インチのキャビネットは長年ここにあるが、それが唯一の答えである必要はないと思う。クラスタの有効寿命が数年で測られる世界なのだから、なぜ素早く入れ替えられる形で容量を届けないのか」。ここで言う19インチキャビネットとは、サーバーラックの幅を決めている半世紀以上前の規格のことだ。彼はそれを、AI時代には作り直すべき前提だと見ていた。
さらに踏み込んで、その設計を独占しないとも言っている。「業界として前に進めるのはわれわれの責務だ。インフラを秘密にしておくこと、たとえば秘密のOpenAI専用ラック形状を持つことに、大した価値があるとは思わない。業界全体のスケールを活かせるのだから、そういう解決策を後生大事に抱え込みたくはない」。
DCDの長編取材では、彼はもっと根本的なことを語っていた。「15年前のデータセンターの建て方を見ると、30メガワットが巨大だと言われていた。そして300メガワットのデータセンターを建てるとき、われわれがやったのは同じものを10倍やることだった」。次の一段はそれではだめだ、と彼は言う。「もっと大きな部品、もっと高い統合度、もっと製造業的なやり方で、途方もない規模を届けられないか」。そして、「データセンターは人間の制約に合わせて設計されている。温度も、高さも、重さも、違う考え方ができないか。仮定の話とはいえ1メガワットのラックを語っている今、2年前に主流だった10キロワットのラックとはまったく違う状況なのだから」。
電力の長期解については、系統との接続を「きわめて有益」としつつ、系統外の自家発電と並行して「小型モジュール炉(SMR)や核融合のような、炭素を出さないベースロード電源が長期的な解の一部でなければならない」と述べていた。
問題は、彼の在籍した17か月のあいだに、会社の方針が何度も揺れたことである。2026年2月、OpenAIは投資家に対し2030年までの計算資源への総支出を約96兆円と伝えた。3月にはCNBCが、OpenAIはデータセンターを1つも所有しておらず当面その予定もない、オラクルやマイクロソフト、アマゾンから容量を買い集める方向だ、と報じた。同じ3月、旗艦であるアビリーン拠点の600メガワット増設計画がオラクルとの交渉決裂で白紙に戻っている。
ところが7月、方針はまた振れる。同社は2030年までの計算資源支出を約120兆円へ引き上げ、同時にジョージア州エフィンガム郡で自社建設プロジェクト「カメリア」を発表した。投資額は約3.2兆円、ジョージア・パワーと3.2ギガワットの受電契約を結び、2028年から2032年にかけて段階的に電力を受ける。冷却は一度水を満たして循環させ続ける閉ループ方式を採り、地域には約128億円の還元枠を用意する。マローンが1年前に「自分たちでも建てるべきだ」と言った、その自社建設である。
そして8月17日、OpenAIはオハイオ州南部の案件を公表した。ソフトバンク傘下のSBエナジーが施設を建設・運営し、OpenAIが20年の賃借契約を結ぶ。NVIDIAはこの拠点に独占的にチップを供給する見返りとして、賃料と電力支払いの条件付き保証を最大約17兆円ぶん引き受け、さらにSBエナジーへ約2,400億円を出資した。IT容量にして約8ギガワット。自社で建てるのではなく、他人に建てさせて丸ごと借りる形である。
その1週間後、マローンは会社を去り、ブルームバーグは「施設をまるごと賃借する案件が復活し、彼に代わって別の人間がそれを率いている」と報じた。

同僚と業界からの評価

マローン本人が退職について語った公の発言は、いまのところ存在しない。ブルームバーグの記者がLinkedIn経由で送ったメッセージにも、すぐには返答がなかったと記事は書いている。
社内からの評価としてもっとも実質があるのは、彼と並んで取材に応じていた同僚たちの言葉だ。物理インフラ部門のディレクターであるキース・ヘイド——Metaに4年在籍した後、2024年終盤にOpenAIへ移った人物——は、同じ取材でスターゲートの実務を語り、「学習拠点のスイートスポットは1ギガワットから2ギガワットのあいだだ。2ギガワットを超えると、バックエンドのネットワーク距離が長くなりすぎて少し馬鹿げてくる」と述べている。マローンとヘイドは、ラックの形が8年後も今のままなのか、という同じ問いを別の角度から語っていた。計算資源計画の責任者ジョエル・モリスは、需要側から「GPTが完璧に動けば私はいい人、そうでなければ悪い人だ」と冗談を言っている。技術的な議論が成立していたチームであることは、記録から読み取れる。
一方で、OpenAIが公式に出したコメントは、彼個人に触れていない。「強力で経験豊富なデータセンターチームが揃っている」という、組織についての一文である。長期在籍者が去るときに会社が贈る種類の賛辞は、少なくとも公表されていない。
社外からの評価は、むしろ厚い。ASMEフェローの選出、200件を超える特許、被引用数3,700件超、そしてiMasonsの殿堂入り。この分野で「複数世代のハイパースケール・データセンター設計を実際に手がけた人間」は、世界に数十人しかいない。2008年に彼がHPを去ったとき、業界ブログが「この分野の功績を認められる立場を自ら手放した」と書いたのは、その希少性を当時から皆が理解していたからだ。
シリコンバレーのVCはこの退職をどう読んでいるか

投資家の側から見ると、この一件は「幹部がまた1人辞めた」という話ではない。OpenAIという会社の性格が、この2年で変わったことと直結している。
数字で言えばこうなる。OpenAIの年換算売上高は2026年8月時点で約6.4兆円を突破し、2025年末の倍に達した。法人向けが個人向けを初めて上回っている。悪くない。だが同社が2030年までに買うと言っている計算資源は約120兆円で、サム・アルトマンが2025年11月に語った今後8年間のコミットメント総額は約224兆円にのぼる。売上と支出の桁が合っていない、というのがすべての議論の出発点である。
この落差をどう埋めるかで、資金の性格が変わった。NVIDIAはOpenAIに最大約16兆円を投資すると発表し、オハイオ案件では最大約17兆円の支払い保証まで引き受けた。CNBCの取材に応じたアナリストたちは、この構図を1990年代末のドットコム・バブルを支えたベンダーファイナンス——機器メーカーが顧客に資金を貸して自社製品を買わせる仕組み——になぞらえている。つまり、OpenAIはもはや純粋なソフトウェア企業ではなく、電力と土地と建設労働力の上に載った資産集約型の事業体として値付けされ始めている。
その視点に立つと、データセンター責任者という椅子は、最高収益責任者の椅子より重い。売る人がいなくても製品は動くが、計算資源が足りなければ製品そのものが動かないからだ。マローン自身が「われわれは常に容量不足で、それがモデルの進歩の邪魔をしている」と語っていたとおり、この会社のボトルネックは一貫して物理側にある。ブロックマンがCNBCで「計算資源はAI時代の新しい石油になりつつある」と言うのなら、油田を掘っていた人間が抜けたことは、営業部長が抜けたのとは意味が違う。
投資家の反応は、8月半ばの段階ですでに表面化していた。CNBCは既存投資家2人の証言として、ドレッサーの突然の退任が資金の出し手を驚かせたと報じている。フューチュラム・グループCEOのダニエル・ニューマンは「OpenAIは、市場が無謀な成長と支出を必ずしも評価しないという現実に気づいた。市場は、支出を正当化できるペースで売上が伸びているのを見たいのだ」と語る。ガートナーのアナリスト、アルン・チャンドラセカランは、OpenAIが自前建設から調達へ舵を切った動機を「今すぐ容量をくれる事業者から、取れるだけ取ろうと言い始めている」と要約した。
そしてもうひとつ、VCの目線から見て象徴的なのが、後任人事の入り口である。ドレッサーの後任となったCROダリ・ラジックをOpenAIに紹介したのは、同社の主要株主であるスライブ・キャピタルの創業者ジョシュ・クシュナーだった、と関係者はCNBCに証言している。投資家が経営陣を供給する段階に入っている、というのは、上場準備企業としては珍しくない光景であると同時に、社内から後継が立たないことの裏返しでもある。
上場そのものの緊張も高まっている。OpenAIは2026年6月にSECへ極秘でS-1を提出済みで、最高財務責任者のサラ・フライアーは8月の全社会議で「われわれは2027年に上場企業になる」と明言した。一方でアルトマンは、企業価値1兆ドル(約160兆円)を下回る上場には応じないと投資家に伝えていると報じられている。現在の非公開評価額は約136兆円。そしてOpenAIに巨額を投じたソフトバンクグループには、約6.4兆円のブリッジローンが2027年3月25日に期限を迎える。上場価格を待ちたい側と、待てない側が、同じ船に乗っている。
こうした前提の上で、公開市場の投資家がS-1のリスク要因欄で最初に読むのは、経営陣の安定性と、コミットした設備投資を実行できる体制があるかどうかである。2026年に13人の幹部が去り、そのうち最後の1人が建設の実行責任者だった、という事実は、その2項目の両方に触れる。ある意味では、OpenAIの反論も筋が通っている。データセンターの実務は3人体制に分割済みで、その中核はxAIでコロッサスを最短距離で建てた人間たちだ。設計思想を語る人から、工期を守る人へ、という交代として読むこともできる。どちらの読みが正しいかは、アビリーン第2期とジョージアの工程表が答える。
最後に、人材そのものの値段の話をしておきたい。ハイパースケーラーの設備投資はJPモルガンの推計で2026年だけ約111兆円に達する。この規模の建設を設計できる人間は極端に少なく、NVIDIAはこの1年でNscale、Groq、Lambda、TensorWaveといったAIインフラ企業に繰り返し出資している。ディールルームの集計では、OpenAI出身者が興した企業は65社、うちユニコーンが15社、合計企業価値は約1.3兆ドルにのぼる。マローンの次の行き先はまだ報じられていないが、200件超の特許と3社ぶんのハイパースケール設計経験を持つ技術者が市場に出たという事実は、シリコンバレーの投資家にとっては空席のニュースであると同時に、供給のニュースでもある。

各紙の報じ方、そして次に何が動くか

報道の温度差は、そのまま各媒体の関心の在処を示している。
ウォール・ストリート・ジャーナルは第一報として、組織再編と報告ラインの変更という人事の構造を押さえた。ブルームバーグは「施設まるごとの賃借案件の復活」という戦略転換に焦点を当てた。CNBCは退職を米国内のデータセンター反対運動と接続し、共和党全国上院委員会が「データセンターは中間選挙サイクル全体の潜在的争点になる」と警告する内部メモを引いている。テッククランチは率直で、「なぜ辞めたのかは、はっきりしない」と書いたうえで、13人という数字を並べた。オランダ拠点のThe Next Webは、OpenAIが計算資源担当の最高技術責任者を新設し、データセンターの職掌が「置き換え」ではなく「分割」されたことを強調している。業界専門紙DCDは、彼のGoogleでの約12年とMetaでの約5年という技術者としての経歴を丁寧に振り返った。
そしてフォーチュンは、この退職を米国世論の変化と重ねた。サム・アルトマンはタイム誌にこう語っている。「明らかに、人々はデータセンターを嫌っている——少なくとも今は。人々はAIにかなり否定的だ」。ギャラップが5月に公表した調査では、米国人の10人に7人が自分の地域へのデータセンター建設に反対し、うち48%が「強く反対」と答えた。地域の反対で止まった、あるいは滞った案件は48件、投資額にして約25兆円にのぼる。7月時点で38州、120件以上の建設モラトリアムが提案された。テキサス州のグレッグ・アボット知事は送電網への接続申請を精査するよう規制当局に指示し、州の電力系統を運営するERCOTには記録的なピーク需要の5倍を超える474ギガワットもの接続要請が積み上がっている。ペンシルベニア州のジョシュ・シャピロ知事は8月18日、AI向けデータセンターを迅速許認可の対象から外す知事令に署名した。
これから何が、いつ観測できるのか。直近の焦点は3つある。
ひとつは10月12日から15日まで米サンノゼで開かれるOCPグローバルサミットだ。テーマは「AI時代に向けたイノベーションのスケーリング」で、1メガワット級ラックに向けた高電圧直流配電や液冷が主要議題になっている。マローンは「秘密のOpenAI専用ラックを持つことに価値はない」と言っていた。彼が去ったあとのOpenAIが、実際に設計を業界に出すかどうか。ここは、彼の思想が組織に残ったのかを測る、いちばん分かりやすい観測点になる。
ふたつめは工程だ。アビリーンの第2期は2026年第4四半期のフル稼働が目標で、NVIDIAとOpenAIは最初の1ギガワット分のシステムを2026年後半に立ち上げると発表している。ここが遅れるかどうかが、「実行体制は問題ない」という会社の説明の答え合わせになる。オハイオ案件は初期4.25ギガワット、オプション行使でさらに3.75ギガワット。ジョージアのカメリアは2028年から2032年にかけての受電で、これは次の政権期にまたがる長期案件である。
みっつめは11月3日の米中間選挙だ。データセンターが実際に選挙の争点として機能するなら、州レベルの許認可はさらに重くなり、OpenAIの工期にそのまま跳ね返る。フォックス・ニュースの調査では、共和党支持者の60%がデータセンター建設に反対している。政権が推進し、支持者が反対する構図である。
そしてその先が2027年。OpenAIの上場と、ソフトバンクの3月25日の期限。マローンが去ったあとの17か月で何ギガワットが実際に通電したかという数字が、そのときには目論見書に載っている。

