座っていれば、健康な人にしか見えない

OpenAIナンバー2、AGI担当CEO フィジ・シモ、病気による休職から退任へ。非常勤アドバイザーに。 - 座っていれば、健康な人にしか見えない - 章扉

椅子から立ち上がった瞬間、心臓が一分間に三十回も余計に打ちはじめる。視界が白くかすみ、そのまま床に崩れ落ちる人もいる。座っている間は何ともない。だから周りの人間には、どこも悪くない人にしか見えない。

この体を七年抱えたまま、OpenAIという会社の三分の二を動かしていた人物が、七月九日、全ての役職を手放した。フィジ・シモ、四十歳。肩書は「CEO of AGI Deployment」。サム・アルトマンに次ぐ実質的なナンバー2であり、社内では「もう一人のCEO」と呼ばれていた人物である。

病名は体位性起立頻脈症候群、英語の頭文字を取ってPOTSと呼ばれる。自律神経のバランスが崩れ、立ち上がったときに血圧を保てなくなる。めまい、極度の疲労、頭に霧がかかったような感覚、動悸、失神。命を奪う病ではないが、生活を丸ごと奪うことがある。2019年に診断がつくまで三年かかり、自分の身に何が起きているのかを理解するために四十人を超える専門医に会っている。

四月、彼女は数週間の予定で医療休職に入った。三か月後、Xに投稿された文章はこう始まっている。「三か月前、七年間つき合ってきた慢性疾患が激しく悪化して、休職せざるを得なくなりました。その期間に、回復への道は想像よりずっと長く、ずっと複雑だとはっきりしました。そして、そこに全力を注ぐ必要があると」

full-timeの職を降り、非常勤のアドバイザーに退く。ウォール・ストリート・ジャーナルが最初に報じ、本人がXで確認した。アルトマンの反応は短かった。「本当に悲しい。フィジがOpenAIにしてくれたこと全てに、そして彼女との友情と、彼女という人間そのものに感謝している。一日も早い回復を祈っている。最悪だ」

彼女がその投稿を出した同じ日、OpenAIは新モデル群GPT-5.6と、文書や表計算を丸ごと仕上げる業務エージェント「ChatGPT Work」を公開していた。彼女が一年近く準備してきた「スーパーアプリ」構想の到達点である。会社にとって最大級の発表の日に、その責任者が去った。

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研究者ではない。OpenAIが外から連れてきた「経営者」

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OpenAIの幹部というと、論文を書き、モデルを訓練する研究者を思い浮かべる人が多い。シモはその対極にいる。コードを書く人ではなく、できあがった技術を「商品」にして「事業」にする人だ。

2025年5月、アルトマンは全社向けメモでこう説明している。OpenAIはもともと研究所として始まったが、ここ二年半で二つの別の会社を内側に抱えてしまった。世界で数億人が使うプロダクト企業と、その計算資源を自前で建てるインフラ企業である。「そのひとつひとつが、それ単体で巨大な会社になり得る規模の仕事だ」。だから、プロダクトと事業の側を丸ごと任せられる経営者を外から連れてくる。それがシモだった。

役職名は「CEO of Applications」。アルトマンの直属で、当時のCOOブラッド・ライトキャップ、CFOサラ・フライア、CPOケビン・ワイルが彼女に報告する体制になった。アルトマン自身は研究・計算資源・安全性に集中する。要するに、OpenAIという会社はこの時点でCEOを二人置いたのである。

その後、会社の重心がAGI(汎用人工知能)そのものへ移り、機能を単一のスーパーアプリに束ねる方向が固まると、彼女の肩書は「CEO of AGI Deployment」に変わった。AGIを研究する人ではなく、AGIを世の中に届ける側の最高責任者、という意味である。フォーチュン誌によれば、この時点で組織の三分の二が彼女の下にぶら下がっていた。プロダクト開発とエンジニアリングだけでなく、営業、財務、マーケティング、広報、政策、法務、人事まで。

在任中に彼女が世に出したものを並べると、この役職が何をする席だったかがよく分かる。医療記録やウェアラブルのデータをつないで個人向けの健康アドバイスをする「ChatGPT Health」を今年1月に立ち上げた。同じ月に、ChatGPTへの広告導入を発表している。無料層と低価格層に広告を入れるという、OpenAIにとって初めての本格的な広告事業だ。導入にあたっては社員百人近くを集めたラウンドテーブルを重ね、どこまでやっていいかの原則を先に決めてから踏み込んだ。この広告事業は8月末に年換算で10億ドル(約1,600億円)の売上ペースに到達しており、開始からおよそ200日での到達である。今年の目標は25億ドル(約4,000億円)とされる。

そしてもう一つ、社内でよく引用される彼女の言葉がある。3月の全社会議で、彼女はこう言った。「私たちは、サイドクエストに気を取られてこの瞬間を逃すわけにはいかない」。ゲーム用語で言う「寄り道」である。面白いが本筋ではない企画を止め、コーディング支援と法人向けに戦力を寄せる。この方針転換の直後に、彼女はテック系ポッドキャスト「TBPN」を買収するという意表を突く手も打っている。

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2026年、OpenAIから十数人の幹部が消えた

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彼女の四月の休職メモは、実は彼女一人の話ではなかった。同じメモで二つのことが同時に発表されている。

一つは、COOのブラッド・ライトキャップが日常業務を離れ、アルトマン直属の「特別プロジェクト」担当に移ること。もう一つは、マーケティング責任者のケイト・ラウチが、がんの治療に専念するため退くことである。ラウチはOpenAIに着任した直後に進行乳がんと診断され、それを抱えたまま一年半仕事を続けていた。彼女がLinkedInに書いた文章は痛切だ。「この仕事が好きです。このチームが好きです。だからこそ、私は離れずに両方やった。OpenAIで指揮を執りながら、激しいがん治療を受けながら。人生で一番きついことでした。どこかの時点で、自分の限界について正直にならなければいけない。私はそこに達しました」

四月にはこのほかにも数人が去った。その中には、科学分野担当の責任者だったケビン・ワイルもいる。

そして八月、堰が切れる。11日、ライトキャップが八年在籍したOpenAIそのものを離れると表明した。その二日後の13日、昨年12月にスラックのCEOから移ってきたばかりの最高収益責任者デニース・ドレッサーが、就任八か月で退任した。後任には、グーグルが320億ドル(約5.1兆円)で買収したセキュリティ企業Wizの社長兼COOだったダリ・ラジックが座った。同じ週に、倫理と安全の責任者、そして「チーフ・フューチャリスト」を名乗る幹部も抜けている。25日には、データセンター責任者のクリス・マローンが前週に退社していたことが報じられた。OpenAIの最大の武器である計算資源の、物理的な土台を担っていた人物である。

テッククランチの集計では、年初から十数人の幹部が去った。CNBCは、その多くが健康上の理由と組織再編の二つに分かれると整理している。

抜けた穴を埋めているのは、共同創業者で社長のグレッグ・ブロックマンだ。シモの担当の大半を引き継ぎ、残りは最高戦略責任者ジェイソン・クォンとCFOのフライアに割り振られた。インフラ部門も再編され、マローンが直接ブロックマンに報告する体制から、副社長サチン・カティの下に置かれる形に変わった。役員が突然二段下がれば、辞めるのは不思議ではない。

ブロックマンは2019年にアルトマンがCEOになった際に管理職務の大半を外れ、2024年には一時サバティカルも取っている。その彼が、IPOを目前にして再び全社の実権を握りつつある。OpenAIのAPIとアプリを率いるティボー・ソティオはテッククランチにこう言っている。「結局のところ、全員がグレッグに報告している、と私はよく言うんです」

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地中海の漁師町、セート

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彼女の出発点は、南フランス、地中海に面した人口四万四千人ほどの漁港セートである。イタリア・シチリアからの移民の系譜で、一族は代々漁で食べてきた。

祖父ロッコは漁船の船長だった。父ジャックも下積みから叩き上げて自分の船を持った。彼らの一日は午前二時に始まり、午後八時に終わる。十八時間の日もある。持ち帰るのはスズキ、シタビラメ、メルルーサ、アンコウ、イワシ、カタクチイワシ。祖母ヴィヴィアンヌは、夫が獲ってきた魚を町の中心にある小さな店で売る魚屋だった。

孫娘は、この家業を継げないことを早くから知っていた。父の船に乗るのは楽しかったが、彼女は徹底的に船酔いする体質だったのである。「父は何度も私を海に連れ出そうとしました。でも私はひどい船酔いで」。この体質は大人になっても治らなかった。

代わりに彼女は陸にいた。町の庭園でスケッチブックを開き、ガウディやシュルレアリスムに影響された絵を描いていた。あるいは母親の店にいた。母は服のブティックを営んでおり、娘は母が客と接する率直で温かいやり方と、その商売っ気を見て育った。ちなみに「フィジ」という名前も母がつけたもので、フランスのファッションブランド、ギ・ラロッシュの香水「フィジー」に由来する。

彼女の中に今も残っている場面がある。ある晩、祖父が食卓の上に置いていた無線機が突然鳴った。緊急通信だった。荒れた海で一隻の漁船が危機に陥っている。父や町の漁師たちが救助に飛び出していく間、彼女は祖父の隣に座り、船長たちが無線越しに互いの動きを組み立てていくのを聞いていた。危機の中で、誰も取り乱さなかった。

父と祖父が繰り返し口にしていたのは、船長の責任は乗組員を無事に帰すことだけではなく、一人ひとりに「自分は価値がある」と感じさせることだ、という話だった。二人とも、自分がやりたくない仕事を人に振ることはしなかった。甲板を洗い、絡んだ網をほどく。彼女はその倫理をひとことで要約している。「クルーが先。いつでも」

九歳で「HECに行く」と決めた

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テレビが、この町と外の世界をつないでいた。「小さな町で育つと、世界とつながるのはメディアなんです。アメリカのテレビ、そしてアメリカン・ドリーム。毎晩、テレビの中にアメリカン・ドリームがありました」

九歳のとき、彼女はフランスの名門ビジネススクール、HECパリのドキュメンタリーを見た。その日から、そこへ行くと決めていた。

問題は二つあった。学力と、金である。彼女は一族で初めて高校を卒業した人間だった。これは家の中で連鎖を起こしていて、娘の卒業に触発された母親が、後から自分の高校卒業資格を取り直し、そしてブティックを開いている。大学に進めたのは奨学金があったからだ。2025年、母校の卒業式に寄せた彼女のスピーチにこうある。「HEC財団の奨学金がなければ、私はここに来られなかったと思います。あれが本当に私の人生を変えました」

在学は2004年から2008年。同じスピーチで彼女は、HECの中でも自分を軽く見る人間はいた、と率直に触れている。そのうえで卒業生にこう言った。「あなたが直面する最大の限界は、あなた自身が静かに同意してしまった限界です」

このスピーチは録音で流された。カリフォルニアからパリまで飛んだものの、慢性疾患の激しい再燃で壇上に立てなかったのである。2025年6月。彼女がOpenAIに着任する二か月前のことだった。

学生時代のエピソードで最も彼女らしいのは、二十歳の夏の話だ。彼女は漁業界のロビイストとしてインターンをしている。実家の家業そのものである。「会議に出ると、私と、引退した老漁師たちだけ。つまり私はもう、その時点で完全な男社会にいたわけです」。後にフェイスブックの会議室で自分だけが女性という状況に何百回と置かれることになる人間の、最初の訓練がここにある。

もうひとつ、彼女がアメリカを目指した理由はかなり俗っぽい。南カリフォルニアを舞台にした青春ドラマ「The O.C.」に取り憑かれていたのである。修士課程の最終年、彼女は交換留学先としてUCLAアンダーソン経営大学院を選んだ。ロサンゼルス行きの機内で、彼女はヘッドフォンでファントム・プラネットの「California」——「The O.C.」の主題歌——を大音量で流していた。歌詞はこうだ。「カリフォルニア、いま向かってる」

この移動には同行者がいた。十代のときに知り合ったレミー・ミラレス。パリのHECにも彼女についてきていて、ロサンゼルスにもついてきた。二人は2011年に結婚し、娘が一人いる。ミラレスは技師だったが、後に専業主夫を経てカリフォルニアでショコラティエになっている。

HECのプログラムを通じて、彼女はアメリカでeBayのインターンを経験した。ここで「テクノロジーに恋をした」。そしてインターン先を口説き落として、アメリカでの正規のポジションを勝ち取った。2007年、戦略チームの一員としてeBayに入る。

フェイスブックの十年——モバイル広告を解き、動画を立ち上げた

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eBayでの四年間、彼女は地域コマースと売買掲示板事業を立ち上げ、経営陣にブランド戦略の助言をしていた。2011年、フェイスブックに移る。

最初の二年はニュースフィード広告のマーケティングだった。しかし彼女は、自分が「マーケターというより作る側の人間」だと気づく。2014年、プロダクト開発のディレクターに転じた。

ここから先が彼女の評価を決めた仕事である。当時のフェイスブックにとって最大の問題は、モバイルで金を稼げないことだった。パソコンの画面には広告枠があるが、スマートフォンの狭い画面には枠がない。多くの人が無理だと思っていたこの問題を、彼女はニュースフィードそのものの中に広告を溶かし込む仕組みで解いた。フェイスブックが2018年に550億ドル(約8.8兆円)を超える売上を上げる土台になったのが、この仕組みである。

次にぶつかったのが動画だった。YouTubeには八年の先行がある。勝てるはずがないというのが社内外の見立てだった。彼女のチームはフェイスブック・ライブとフェイスブック・ウォッチを作り、フィードで動画が自動再生される仕様を持ち込んだ。2017年、動画・ゲーム・収益化担当のバイスプレジデントに昇格し、七百人のエンジニアとプロダクトマネージャーを率いる。

2019年3月、マーク・ザッカーバーグはフェイスブック本体アプリの責任者に彼女を据えた。組織の規模は約六千人。ニュースフィード、ストーリーズ、グループ、動画、マーケットプレイス、ゲーミング、そして出会い系まで、二十億人以上が触れるもの全ての責任者である。

同僚たちの評価は具体的だ。当時のCOOシェリル・サンドバーグは「フィジは並外れたリーダー。八年前に初めて会った瞬間から、彼女が全体像を見る力と、細部に潜って仕事を終わらせる力の両方を持つ、稀なタイプだと分かった」と述べている。彼女自身はザッカーバーグから学んだことを「ザックの学校」と呼んでこう説明する。「優れた実務家の多くは、日々の泥臭い仕事はできてもビジョンがない。ビジョンがある人の多くは、実行がまるでできない。マークは両方を持っている。それが私を形作りました」

一方で、彼女の直截さを示す逸話もある。ビジネス・インサイダーの取材に応じた元メタ社員によれば、荒れた会議の後、彼女は一行だけのメールを送ってきた。自分は考えを変えそうにないので、説得に時間を使わないほうがいい、という趣旨だった。

この時期に、彼女の体は壊れ始めていた。めまい、吐き気、頻繁な失神。診断がついたのがPOTSである。彼女はそれを理由に降りなかった。長い会議で血圧が落ちないように、リクライニングチェアを役員会議室に持ち込んで座り続けた。

そしてこの頃、フェイスブックは彼女に一年間の医療休職を提示している。「私は一秒も迷わなかった。即座に断りました」。ザッカーバーグは「長い目で見たほうがいい」と言った。七年後、彼女はXにこう書くことになる。「聞いておけばよかった」

彼女の弱さの話も残っている。娘を妊娠したとき、長年の子宮内膜症の合併症で、彼女は妊娠期間の最後の五か月をベッドから動けずに過ごした。当時プロダクト責任者だった彼女は、化粧もせず髪も洗わないままベッドからビデオ会議でチームを率いた。「信用を失って、みんなに『やっぱりこの人は偽物だ』と気づかれると本気で怖かった」。インポスター症候群——自分の成功は不相応だという感覚——について、彼女はこう言い切っている。「私は漁師の家に生まれた。フェイスブックのアプリを率いている理由なんて、どこにもない。むしろインポスター症候群がないほうがおかしい」

技術業界の服装文化に合わせようとして失敗した話も彼女は隠さない。「エンジニアと打ち解けたいならトーンを落としてパーカーを着ろ、と言われて、一日だけやりました。全然自分じゃなかった」。フランス訛りを消すための発音矯正コースにも通ったことがある。「明らかに効きませんでした」。結論はこうだ。「自分以外の何かになろうとして全エネルギーを使うか、自分でいて、そのエネルギーを全部『作るもの』に注ぐか。そう考えれば答えは明らかです」

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インスタカート——「あなたのキャンバスだ」と言われて

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2021年1月、彼女はフェイスブックに在籍したままインスタカートの取締役に加わった。スーパーの棚から代わりに買い物をして届ける、食料品配達の会社である。創業者アプールヴァ・メータが、彼女の大規模組織の運営経験を買って声をかけた。

「インスタカートの『人が食べ物にアクセスできるようにする』という使命は、私に深く響きました。何世代も海から食べ物を獲って陸に運んできた家に育った人間として、これは先祖代々の、文化的なつながりなんです」

その夏、会社は後継CEOを探し始める。彼女を推したのは、インスタカートへの最初の投資を主導したセコイア・キャピタルのマイケル・モリッツだった。モリッツは彼女に、フェイスブックでCEOの椅子を待っていたら年を取るだけだ、と皮肉まじりに言った。そして——「CEOになって自分のビジョンで何ができるか試したいなら、インスタカートはあなたのキャンバスだ」

引き受けるのは怖い賭けだった。コロナ特需が終わり、取扱高は二桁で減少していた。シリコンバレーには「インスタカートは永遠に黒字にならない」という囁きがあった。モリッツは彼女の自宅に何度も通い、夫のマドレーヌのレシピの話をしながら口説いた。2021年8月、彼女はCEOに就任する。

彼女がやったことは、大づかみに言えば「敵を味方にする」ことだった。就任してすぐ、彼女はインスタカートとスーパー各社の間に緊張があることに気づく。小売側から見て、インスタカートは味方なのか、それとも客を奪う相手なのか、はっきりしなかった。彼女は「Grow the Pie」——パイそのものを大きくする——という言葉を掲げ、百を超えるチェーンに、見た目はそのスーパーのものだが中身はインスタカートが動かすオンラインストアを作った。客がどちらから注文しても双方が儲かる形にしたのである。

店内側も攻めた。AI搭載の買い物カート企業Caper AIを買収し、商品を入れると自動でスキャンして合計金額を表示し、そのままレジを通らずに支払える手押しカートを店に入れた。カートの画面は広告枠にもなる。

彼女は実際に自分でも買い物代行をやってみている。サンフランシスコのグッズという店で駐車場所を見つけるだけで一苦労し、客が指定した特定ブランドのコンブチャ——「魚とじゃがいもで育った女」の彼女が飲んだこともない飲み物だった——を棚の中から探せずに、店長に助けてもらった。「買い物代行の人たちがどれだけ機転を利かせているか、そしてこれがどれほど難しい仕事か、身に染みました」

広告は利益の柱になった。ペプシコ、ゼネラル・ミルズ、ユニリーバを含む五千五百社以上が出稿し、広告が実際の売上を平均15%押し上げるという、この業界では異例の数字を出せるようになった。2024年の広告関連売上は約9億5,800万ドル(約1,530億円)で、総売上のおよそ三割を占めるまでになっている。

2023年夏、インスタカートは五四半期連続の黒字を達成した。彼女は社員に約束していた——市場が開いたら、真っ先に上場する会社になる、と。9月19日、公開価格30ドル(約4,800円)でナスダックに上場。テック企業のIPOが二十年ぶりの長い干ばつに入っていた時期を、この一社が破った。

上場の演出も彼女らしかった。普通は経営陣数人がニューヨークに飛んで鐘を鳴らす。彼女はナスダックの職員にサンフランシスコまで来てもらった。三千人を超える社員全員が参加できるようにするためである。前夜、夫は彼女にこう言っていた。「明日は千の方向に引っ張られる。次のことばかり考えることになる。頼むから、その瞬間を味わってくれ」

当日、社員食堂にCARTのティッカーが掲げられた会場には、八歳の娘ウィローと、フランスから来た両親、そして元魚屋の祖母ヴィヴィアンヌがいた。「彼らの目を通してこの光景を見始めたんです。私は大げさにしていなかったから、たぶん何が起きるか分かっていなかったと思う。でも、彼らの目に涙が浮かんでいるのを見た瞬間、私の中で何かが切り替わりました」。特に、手に刺さった釣り針を顔色ひとつ変えずに引き抜くような漁師だった父ジャックが、誇らしさで泣いていた。「カメラが切れた直後、私は号泣していました」

セコイアのパートナーで、かつてインスタカートのCFO兼COOだったラビ・グプタは、彼女をこう評している。「彼女はCEOになるために作られている。ボールを欲しがる人だ。リーダーシップに伴う責任を欲しがる人だ」

2025年5月7日、彼女はOpenAIへの移籍を発表した。インスタカートCEOの座は8月15日にクリス・ロジャースへ引き継ぎ、自身は8月18日にOpenAIへ着任。取締役会長の職も11月に降りている。

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「メトロドラ」という、消えた診療所

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彼女の経歴には、日本語圏でほとんど語られていない、うまくいかなかった事業がある。

2021年10月、インスタカートのCEOになった直後に、彼女は神経免疫系の病気に特化した診療所兼研究機関「メトロドラ・インスティテュート」を共同創業した。名前は五世紀ごろのギリシャの女性医師に由来する。自分自身が診断まで三年をさまよった経験が動機である。診断がつかない、治療法が分からない、そして患者の多くが女性であるために研究費が回ってこない——そういう病気を、一か所で診る。2023年、ユタ州ソルトレークシティ郊外に開院した。長期コロナ後遺症や筋痛性脳脊髄炎の患者たちから、大きな期待が寄せられた施設だった。

その診療所は、二年あまりで閉じた。2025年7月16日に臨床業務を停止している。

医療専門メディアのThe Sick Timesは、九か月をかけてこの閉院を取材した。元患者たちの証言と診療記録の精査に基づく記事には、厳しい内容が並ぶ。数万ドル規模の自費を払って遠方から通ったのに、受けた検査が処理も返却もされなかったという訴え。保険会社との調整がなく、支払いをめぐって第三者の債権回収業者から連絡が来た患者。予約の直前キャンセル。ある患者は処置後に膀胱破裂の危険な状態になり救急搬送されている。エネルギーが限られた病気の患者にとって、問い合わせを繰り返すこと自体が症状を悪化させた。「一歩ドアを出た瞬間、彼らはあなたの存在を忘れる」と一人は語っている。

閉院に先立つ2025年2月、共同創業者の科学者ローラ・ペイスや免疫学者アン・メイトランドら、看板だった専門医たちが相次いで施設を去っていた。退職時の守秘条項を理由に匿名を求めた元従業員は、この施設を「発想としては本当に良かったから、特別だった」と評しつつ、こう続けている。保険からの償還が採算ラインに届いていなかった、と。

閉院後、施設が持っていた非営利部門は「Complex Disorders Alliance(CODA、旧メトロドラ財団)」として存続し、シモが創業者兼会長を務めている。そして施設の元幹部たちは、次の会社に移った。

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シリコンバレーのVCは、この一年をどう値付けしているか

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彼女の起用と離脱を、ベンチャーキャピタルの側から眺めると、一つの型がはっきり見える。

創業者が製品を作る。会社が大きくなったら、外から実務経験のある経営者を連れてきて規模を作り、上場させる。テック業界が何十年も繰り返してきた分業である。インスタカートでモリッツが彼女に「あなたのキャンバスだ」と言ったのも、OpenAIがアルトマンの上にではなく横に彼女を置いたのも、同じ型の反復だった。テッククランチのティム・ファーンホルツは、シモとケビン・ワイルという「複数のテック企業を渡ってきたベテラン」の起用にその力学があった、と書いている。そして今、その二人が抜け、ブロックマンの影響力が戻っている。

問題は、この型が壊れたときに投資家が何を見るか、である。

CNBCが八月に取材したOpenAIの現役投資家二人は、ドレッサーの突然の退任に驚いたと述べた一方で、混乱はOpenAIの速い企業文化の一部だ、とも語っている。同社を長く見てきた人間ほど、この会社の不安定さを織り込んでいる。2023年にアルトマンが取締役会に解任され数日で復帰した「ザ・ブリップ」を経験している投資家であればなおさらだ。

しかし、上場を控えた局面ではその織り込みが効かなくなる。ニューヨーク・ベンチャー・パートナーズ創業者でアーリーステージ投資家のトレース・コーエンは、こう整理している。デューデリジェンスで問うべきは「なぜドレッサーが辞めたのか」ではなく、ブロックマンへの権限集中が法人営業の仕組みを本当に直すのか、それとも責任者の名前が変わっただけなのか、である。Wizのプレイブックが、まるで買い手の違う消費者規模の研究所にそのまま移植できるとは限らない。そして彼はこう続ける。「これはまさに、公開市場の投資家がディスカウントを付けるタイプのガバナンスの動揺だ。しかもそれが、アンソロピックが正反対のものを意図的に演出している最中に起きている」

AIスタートアップSignAudit.AI創業者のケビン・マコーミックの見方はより直截で、「IPO前に幹部が抜けていくのは巨大な赤信号だ」と述べている。彼が注目したのは金の動きだ。就任一年未満で辞めるということは、大きな報酬パッケージを置いていくということである。次の会社がそれを補填していないなら、辞めた理由は金ではない。

ロードショーで機関投資家が引き受けるのは、売上曲線と同じくらい経営陣そのものである。一年で十数人という数字は、個々の説明がどれだけ真っ当でも、S-1のリスクファクターに書かれ、決算説明会のたびに聞かれる種類のパターンになる。実際、OpenAIは6月8日にSECへ非公開でIPO申請を済ませているが、上場は2027年へ後ろ倒しになる見通しが強まっている。直近の民間評価額は8,520億ドル(約136兆円)で、アルトマンは1兆ドル(約160兆円)での上場を模索していると報じられている。

対照的なのがアンソロピックだ。CFOのクリシュナ・ラオは八月から投資家向けの事前説明を始めており、投資家側の見立てでは10月に2兆ドル(約320兆円)規模での上場もあり得るとされる。こちらは今年、比較対象になるような経営陣の流出を起こしていない。同じ時期に同じ投資家層と話す二社が、経営の安定という一点で真逆の絵を見せている。

ここに、もう一つの読み筋が重なる。フォーチュンのMost Powerful Women担当エディター、エマ・ヒンチリフは、OpenAIが二年かけて集めた女性幹部——シモ、フライア、ラウチ、ドレッサー——のうち、当初の職に残っているのはフライアだけになった、と指摘している。三人のうち二人は健康上の理由であり、会社の責任ではない。ただし後任は全員男性だった。慈善家メリンダ・フレンチ・ゲイツは、シモとラウチが相次いで倒れた直後の五月、フォーチュンにこう語っている。「ようやくテクノロジーの頂点に女性が増えた、と思ったところで、二人を一度に失った。悲劇としか言いようがありません」。コーン・フェリーのジェーン・スティーブンソンは、この構造をこう説明する。「男性に毎日起きていることと違いはない。ただ、代わりになる女性がそもそも少ないから、一人あたりのコストがずっと高い」

なお、シモはOpenAIの外に一つ席を残している。2021年12月から務めるショッピファイの取締役である。今年6月16日の株主総会でも再選されており、報酬・人材委員会のメンバーを務めている。

OpenAIナンバー2、AGI担当CEO フィジ・シモ、病気による休職から退任へ。非常勤アドバイザーに。 - シリコンバレーのVCは、この一年をどう値付けしているか - 図表1OpenAIナンバー2、AGI担当CEO フィジ・シモ、病気による休職から退任へ。非常勤アドバイザーに。 - シリコンバレーのVCは、この一年をどう値付けしているか - 図表2

血液3,500本と、153テラバイト

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七月の退任表明のあと、彼女が最初に受けた取材はフォーチュンだった。そこで明かされたのが、次に何に賭けているかである。

会社の名はChronicleBio。2025年8月に、シモ、CEOのロヒト・グプタ、会長のリシ・レディの三人で立ち上げた。三人とも自分か家族が慢性疾患を抱えている。ヘルスケア投資を手がけるTarsadia Investmentsなどが出資し、累計調達額は1,500万ドル(約24億円)である。

彼女の見立てはこうだ。生物学には、大規模言語モデルにおけるインターネットにあたるものが存在しない。「LLMがあれだけうまくいくのは、インターネットが先に存在したからです。私たちには『生物学のインターネット』がない」。今のAI創薬の多くは電子カルテを使うが、カルテはノイズだらけで、体がどう動いているかを教えてくれない。だから血を集める。

創業一年で、ユタ、アリゾナ、テキサス、そしてインドの患者709人から890回の採血を行い、3,500本以上の血液を保管する生体試料バンクを作った。そこから抽出したデータは153テラバイトになる。八月11日からは移動採血のトラックを使い、米国の希望者の自宅まで採血に行く受付を開始した。狙いは、寝たきりで通院できないために医療データセットにほとんど登場しない、最も重症の患者に届くことである。先着250人は無料、以降は原価の400ドル(約6万4,000円)。「私たちの目的は儲けることではありません。治療法を見つけるためにデータを集めることです」

すでに主張していることが一つある。POTSという一つの診断名の中に、生物学的にまったく異なる五つの「サブ疾患」が存在する、というものだ。免疫系が引き起こしているものもあれば、ミトコンドリアが原因のものもある。症状は同じなのに、原因が違う。「症候群の名前は症状からつけられます。POTSは『立つと心拍が上がる』という症状の名前でしかない」。臨床試験が失敗する典型的な理由がここにある——効く患者と効かない患者を事前に分けられないまま、同じ診断名の全員に薬を配ってしまう。彼女たちは、既存薬をこのサブ分類ごとに自社の患者集団で試す計画を、2026年内に始めるとしている。使っているモデルは、OpenAIとアンソロピックの市販モデルの組み合わせだという。

投資データベースのDealroomは、この会社をかなり冷静に評している。五つのサブ疾患は会社側の主張であって査読を経た知見ではなく、結果はまだ公表されていない。薬の試験も始まっていない。そして1,500万ドルは製薬企業の研究予算の前ではあまりに小さい。400ドルの検査は、Neko Healthなどがひしめく消費者向け血液検査市場に踏み込むことでもある。

彼女自身が、状況を隠していない。「身体的には、人生で最悪の状態です。でも同時に、治らないとされてきた病気を解くための道具が、史上最も揃っている瞬間でもある」

慢性疲労症候群の話をするときの彼女は容赦がない。あらゆる疾患の中で最も生活の質を奪う病気だとされているのに、研究費は「話にならないほど惨め」だ。理由を彼女は二つ挙げる。患者の多くが女性であること。そして、生活を完全に破壊するが、たいていは死なないこと。「発症するのはたいてい二十代から四十代です。人生の盛りで、丸ごと生活から引き剥がされる」

OpenAIナンバー2、AGI担当CEO フィジ・シモ、病気による休職から退任へ。非常勤アドバイザーに。 - 血液3,500本と、153テラバイト - 図表1

次に何が測れるようになるか

OpenAIナンバー2、AGI担当CEO フィジ・シモ、病気による休職から退任へ。非常勤アドバイザーに。 - 次に何が測れるようになるか - 章扉

これから数か月、いくつかの数字と日付が答えを出す。

ChronicleBioは、既存薬を自社患者に投与する試験を2026年内に開始すると明言している。ここで何らかの手応えが出れば、「AIで慢性疾患を解く」という主張は主張でなくなる。出なければ、メトロドラで見たのと同じ、期待と実装の落差が繰り返されることになる。移動採血の登録者数と、集まった血液の総量が、その前段の進捗を測る目盛りである。

OpenAI側の目盛りはIPOだ。上場が2027年にずれるなら、S-1に載る経営陣の顔ぶれと、リスクファクターの書きぶりが最初の答え合わせになる。一年で十数人が抜けた事実を、引受幹事はどう整理して見せるのか。ダリ・ラジックが、前任者が越えられなかった在任一年の壁を越えるかどうか。そして、シモが担っていた製品と事業の統括を、ブロックマンが一人で持ち続けるのか、もう一度外から誰かを連れてくるのか。

その手前に、比較材料が置かれている。アンソロピックの上場観測が10月である。同じ時期に同じ投資家と話す二社のうち、経営陣が落ち着いているほうがどう評価されるかは、そのまま「幹部の流出はいくらのディスカウントか」という問いへの市場の回答になる。

シモ本人については、二つの席が残っている。OpenAIの非常勤アドバイザーと、ショッピファイの取締役である。彼女は今もOpenAI経営陣のスラックチャンネルにいて、アルトマンやブロックマンと定期的にやり取りしていると語っている。ブロックマンの妻アンナもPOTSを含む三つの慢性疾患を抱えており、この二人の会話は仕事の話だけではないはずだ。

七月のXの投稿の最後に、彼女はこう書いていた。「私はずっと、機会というのは貴重なもので、目の前に現れたら両手で掴むものだと信じて育ちました」。漁師の家から、奨学金で、九歳のときにテレビで見た学校へ行った人間の言葉である。同じ投稿で、彼女はこうも書いている。「今学んでいるのは、根性と持久力だけが、何十年も影響を与え続けるために必要な技能ではない、ということです。時にはもっと難しいのは、止まって、耳を澄まして、今日自分をいたわることが明日もっと長く貢献することを可能にするのだと信じることのほうなんです」


OpenAIナンバー2、AGI担当CEO フィジ・シモ、病気による休職から退任へ。非常勤アドバイザーに。 - 次に何が測れるようになるか - 図表1