ナトリウムイオン電池とは——「塩」で動く"揺り椅子"

ナトリウムイオンバッテリー(ナトリウムイオン電池:NIB) 日本電気硝子 (5214)、GSユアサ (6674)、戸田工業 (4100) 、旭化成 (3407) - ナトリウムイオン電池とは——「塩」で動く

ナトリウムイオン電池(Sodium-ion battery、以下NIB)は、いま普及しているリチウムイオン電池(LIB)と、動く仕組みがほとんど同じである。専門家がしばしば「ロッキングチェア(揺り椅子)方式」と呼ぶように、電池のなかでは電荷を運ぶイオンが正極(プラス側)と負極(マイナス側)のあいだを行ったり来たりしている。放電するときはイオンが負極から抜け出して電解液という「廊下」を通り正極へ移り、そのたびに電子が外側の回路を流れてスマートフォンやモーターを動かす。充電はその逆で、外から電圧をかけてイオンを負極へ押し戻す。違いはただ一点、この乗客役のイオンがリチウムイオン(Li⁺)ではなくナトリウムイオン(Na⁺)である、という点に尽きる。リチウムが地殻中にわずか20〜70ppm(32番目の存在度)しか存在しない希少金属であるのに対し、ナトリウムは地殻の約2.5%を占める6番目に豊富な元素で、食塩(塩化ナトリウム)や海水からいくらでも採れる。原料の炭酸ナトリウム(ソーダ灰)は1トンあたり約300ドル(約5万円)前後で安定しているのに対し、炭酸リチウムはこの十数倍〜数十倍で激しく上下する。「資源の民主化」がNIBの出発点である。

ただし、乗客をリチウムからナトリウムに替えると、いくつかの物理的な"ハンデ"も背負い込む。ナトリウムイオンはリチウムイオンより一回り大きく(代表的な数値でイオン半径102pm対76pm、約34%大きい)、原子そのものも約3.3倍重い。さらにナトリウムはリチウムより電位が高い(標準電極電位で−2.71V対−3.04V)ため、同じ正極と組み合わせても電池の電圧をやや低くしか取り出せない。この「大きい・重い・電圧が低い」の三重苦が、NIBのエネルギー密度(重さあたりに蓄えられる電気量)をLIBより低くする根本原因になっている。IEA(国際エネルギー機関)の整理では、最新のNIBセルがおおむね最大175Wh/kg程度であるのに対し、リン酸鉄リチウム(LFP)は最大205Wh/kg、ニッケル系(NMC)は最大255Wh/kg。同じ大きさの車なら、NIBの航続距離はSUVで最大350km程度と、リチウム系の400〜600kmに一歩譲る計算になる。

面白いのは、この「弱点」を裏返すと明確な「強み」に変わる点だ。第一に、負極の集電体(電気を集める金属箔)に、LIBで必須だった銅ではなく、3分の1の軽さで安価なアルミを両極とも使える。ナトリウムはリチウムと違ってアルミと合金をつくらないためで、CATLも自社のNIBセルで「負極集電体はアルミ箔」と明言している。第二に、NIBのセルは電圧を0Vまで完全に放電しても壊れない。コンデンサーのように"完全に眠らせて"輸送・保管でき、その状態では短絡による発火(熱暴走)の危険がほぼ消える。リチウムイオン電池が常に一定の充電量を保っていなければ劣化する「乾かしすぎ厳禁の観葉植物」だとすれば、NIBは電池を空にして放置しても問題ない。加えて低温に強く、CATLのセルはマイナス40℃でも出力の約9割を保つとされる。エネルギー密度が要らず、むしろ安全・低温・長寿命・低コスト・輸送のしやすさが効く用途——定置用の蓄電システム、データセンターのバックアップ、寒冷地、二輪車やフォークリフト、通信基地局——こそが、NIBの主戦場になる。

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正極3系統とハードカーボン負極——材料の地図

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NIBの性格は、正極にどの材料を選ぶかでほぼ決まる。大きく3系統ある。ひとつめは層状酸化物系で、ナトリウムと遷移金属(マンガン・鉄・ニッケル・銅など)の酸化物を層状に積んだ材料。3系統で最もエネルギー密度が高く、CATLの175Wh/kgもこの系統である。半面、空気や水分に弱く、扱いに気を遣う。ふたつめはプルシアンブルー類似体(PBA/プルシアンホワイト)で、青色顔料でおなじみの鉄シアノ錯体を骨格に使う。常温・水溶液で合成できるため原料・製法が最も安く、スウェーデンのAltris(アルトリス)や、後述する米Natronが採用した。結晶中の水分の制御が課題になる。みっつめはポリアニオン系(NASICON型のリン酸・フッ化リン酸塩)で、フランスTiamat(ティアマット)のNVPF(Na₃V₂(PO₄)₂F₃)やBYDのNFPP(フッ化リン酸鉄ナトリウム)が代表格。頑丈な骨格ゆえにサイクル寿命と熱安定性が3系統で最も優れ、Hithiumのセルは2万回超のサイクルを謳う。電気を通しにくいため炭素コーティングが要る点や、バナジウム系はコスト・毒性が難点になる。

負極側はもっと単純で、事実上「ハードカーボン(難黒鉛化炭素)」一択である。LIBの負極に使う黒鉛(グラファイト)は、リチウムはうまく取り込めるのにナトリウムはほとんど取り込めない。層の隙間(約0.335nm)が小さすぎ、ナトリウムを押し込むと構造が不安定になるからだ。ちょうど、小型車用に設計した立体駐車場(黒鉛)に配送トラック(大きなナトリウムイオン)を無理に停めようとするようなもので、入らないうえに構造を壊す。そこで層間が広く(約0.37〜0.40nm)内部に微細な孔を持つ「難黒鉛化炭素=ハードカーボン」という別の"駐車場"が必要になる。原料はヤシ殻や木材などのバイオマス、石炭・ピッチ、フェノール樹脂、糖、そして製紙副産物のリグニンなどさまざまで、最近の中国勢はコストと生産効率の観点からヤシ殻から無煙炭(アンスラサイト)系へ切り替える動きが2026年に報じられている。ハードカーボンの最初の充電で失われる電気量が大きい(初回クーロン効率が60〜90%とばらつく)ことが実用上の関門で、材料各社はここを改良で競っている。

見落とされがちだが、この負極材の有力サプライヤーはまさに日本勢だ。クラレの「KURANODE(クラノード)」は公式にリチウムイオン電池・リチウムイオンキャパシタと並んで「ナトリウムイオン電池」への適合を明記しており、呉羽の「カルボトロン」は学術論文で標準材料として繰り返し登場する。後述するGSユアサの国家プロジェクトにクラレが名を連ねているのは偶然ではない。正極材でも負極材でも、日本は「電池セルの量産」ではなく「基幹材料」で存在感を残している——これが本稿の4社を読むうえでの伏線になる。

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「脱リチウム」の経済学——資源・安全、そして2026年のリチウム価格反発

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NIBが語られるとき必ず出るのが「リチウムより安い」という宣伝文句だが、2026年の現実はもう少し込み入っている。まず前提として、2023〜24年にリチウム価格が暴落したことで、NIBの最大の売りだったコスト差はいったん縮小し、欧米では開発を縮小・撤退する企業が相次いだ。ところが2026年に入ってリチウムは急反発した。Trading Economicsによれば、電池グレードの炭酸リチウム(中国スポット)は7月17日時点でおよそ15万2,000元/トン(約340万円)と年初来で約128%上昇し、5月には一時2年ぶりの高値20万元台をつけた。IEAも「2026年初の価格は前年同期の2倍超」と確認している。この反発はNIBにとって明確な追い風で、日経は「CATL、EV用ナトリウム電池を年内量産 安定供給へ脱リチウム依存」と報じ、原料分散・供給安定という文脈でNIBを位置づけた。

ただし投資家として最も重要な論点はここにある。NIBの本当の競争相手は「リチウム鉱石の価格」ではなく「LFPセルの完成品価格」だ。 ソーダ灰が炭酸リチウムの数十分の一で安定していても、電池セルにするとNIBはまだLFPより割高になりがちである。中国の業界データではナトリウムセルは1Whあたり0.4〜0.5元(1kWhで約55〜69ドル、約9,000〜1万1,000円)で、LFPの0.3〜0.4元/Whと同等かむしろ割高だ。BloombergNEFの2025年12月の年次調査でも、リチウムイオン電池パックの平均は108ドル/kWh(約1万7,500円)、LFPパックは81ドル/kWh(約1万3,100円)、定置用蓄電池パックは過去最安の70ドル/kWh(約1万1,300円)まで下がり、最も安いLFPセルは36ドル/kWh(約5,800円)に達した——ナトリウムはこのLFPの背中をまだ追う立場にある。コスト・パリティ(同等)はセルで2026年末、システムで2027年という「予測」であって、達成された事実ではない。ここで投資家が押さえておくべき決定的な数字がある。専門アナリストのThunder Said Energyは「炭酸リチウムが1kgあたり約40ドル(1トンで約4万ドル、約650万円)を持続的に超えて初めて、コスト面でナトリウム電池を量産する意味が出る」と試算するが、2026年に倍増した後でも足元のリチウムは1kgあたり約18〜21ドル(1トンで約300万〜340万円)と、その分岐点のなお半分程度にすぎない。つまり2026年のリチウム反発はNIBの追い風ではあっても、コストだけでLFPに勝てる水準には遠く、足元の物色はセンチメントと供給分散の思惑が主で、コスト優位が実証されたわけではない。BloombergNEF(BNEF)が「NIB普及の最大リスクは高いリチウム価格ではなく、LFPがさらに値下がりし続けること」と警告するのはこのためだ。裏を返せば、NIBが確実に効くのは、エネルギー密度ではなく安全性・広い温度域・長サイクル・受動冷却による運用コスト減・地政学的な供給分散が価値を持つ用途——定置用ESS、AIデータセンター向けバックアップ、寒冷地、二輪・フォークリフト・低価格EV——に絞り込まれる。IEAも「NIBは2030年までEV用電池の1割未満にとどまり、定置用でシェアを伸ばす」「量産すればLFP比で最大3割安になりうる」と、補完的な位置づけを崩していない。

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主戦場は中国——CATL「Naxtra」量産と、西側スタートアップの淘汰

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NIBの現実を象徴する製品を挙げるなら、まず中国だ。世界最大の電池メーカーCATLは2025年4月にNIBブランド「Naxtra(ナクストラ)」を立ち上げ、エネルギー密度175Wh/kg(量産ナトリウム電池で世界最高と自称)のセルを、長安汽車の乗用EV「Nevo A06」に搭載して2026年2月5日に「世界初の量産ナトリウムイオン乗用車」として公開した。市場投入は2026年半ば、CATLは同年に1万〜2万台のNIB搭載EVを見込む。もっとも、当初「2025年12月までに量産」としていた計画は後ろ倒しになり、本格ランプは2026年後半にずれ込んでいる——ここは強気の見出しと実態のギャップとして押さえておきたい。定置用では「TENER Sodium」ブランドで、1万5,000サイクル・25〜30年寿命を掲げ、2026年9月に初出荷、年内累計約1GWh、HyperStrongとは3年で60GWhという「世界最大級のナトリウム電池供給契約」(2026年4月)を結んだ。CATL創業者の曽毓群は「ナトリウムは長期的に電池市場の3〜4割を置き換えうる」と語る。中国では他にも、BYDが二輪・超小型EV向けに江蘇省徐州で30GWh級の合弁工場を進め、世界初の量産ナトリウムフォークリフトも投入。中国科学院発のHiNa(中科海鈉)は、2024年1月に世界初の量産ナトリウムEVとして納車されたJAC「花仙子(Flower Fairy)」にセルを供給し、湖北省・大唐の50MW/100MWhという系統用蓄電所も稼働させている。EVE Energyは2025年12月に2GWh工場を着工、フォルクスワーゲンが出資するGotionは2026年5月にエネルギー密度261Wh/kgを謳う高性能版を発表した。中国は既にNIB材料生産の8〜9割、市場の6割以上を握る。

対照的に、西側の純粋NIBスタートアップは2025〜26年に厳しい淘汰を経験した。最も象徴的なのが米Natron Energyだ。プルシアンブルーを正負両極に使いデータセンターのバックアップ電源を狙った同社は、ミシガン州に約3億ドル(約490億円)の初工場を構え、ノースカロライナ州に14億ドル(約2,300億円)・年産14〜24GWh(媒体で数値が割れる)のギガファクトリーを計画していたが、追加資金を確保できず2025年9月3日に操業を停止、従業員約95人を解雇した。累計調達は2億ドル台〜3.6億ドル(約320〜580億円)とされ、シェブロンやユナイテッド航空系のファンド、ARPA-Eの1,980万ドル助成まで得ていたにもかかわらず、値下がりを続けるLFPに勝てず、UL認証の遅れとデータセンター需要の立ち上がりの遅さに沈んだ。米Bedrock Materialsも2025年4月に事業を畳み、資金の大半を投資家に返している。欧州では、約150億ドルを集めたスウェーデンのNorthvoltが2025年3月に破綻し、その旗艦だったNIB開発も消滅した。資産を買った米Lytenはリチウム硫黄・NMC専業でナトリウムを引き継がなかった。

生き残った西側勢は戦略を大きく切り替えている。米Peak Energyは系統用ESSに用途を絞り、受動冷却(空調レス)のナトリウム蓄電で気を吐く。2024年のシリーズA(約5,500万ドル=約90億円、TDK Venturesなどが参加)に続き、2026年6月にはGM Venturesが戦略出資、7月にはサクラメントに7,100万ドル(約115億円)・年産4GWhの「米国初の系統用NIB専用工場」を発表した(出荷は2027年第1四半期見込み)。Axiosは同社がプレマネー4.75億ドル(約770億円)で8,000万ドル(約130億円)のシリーズBを調達中と報じている(単独報道・進行中の数値)。スウェーデンのAltrisは自前のギガ工場を諦め、材料(プルシアンホワイト正極「Fennac」)とIPに特化する「アセットライト」へ舵を切り、2026年1月にチェコDraslovkaと組み、2月にはEICアクセラレーター(250万ユーロ=約5億円の助成+最大1,000万ユーロ=約19億円の出資枠)に採択された。同社CEOは「オフテイク契約を取って資金を集め採用・拡大する時代はもう差し迫っていない。持続的なスケールには(既存工場を持つ)パートナーが要る」と率直に語り、中国のリチウム生産ラインを借りてナトリウム用に転換する交渉も進める。英Faradionはインドの財閥Reliance傘下(2024年10月に約1億3,600万ドル=約220億円で完全子会社化)でジャムナガルの量産計画に組み込まれたが、立ち上げ時期はH2 2025からH2/2026後半へ約1年ずれ込んだ。仏Tiamatはステランティスやアルケマ、公的機関Bpifranceの資金でアミアン近郊に5GWh工場を計画するが、2024年に発表した1.5億ユーロ(約285億円)ラウンドは未クローズで、第1期の稼働も2025年から後ろ倒しになっている。日経クロステックが「中国圧倒も『日本に勝機ある』」と書いたように、西側が学びつつあるのは「自前のセル大量生産では中国に勝てない。勝機は基幹材料・差別化技術にある」という教訓であり、これは日本の4社の立ち位置とそのまま重なる。

日本電気硝子(5214)——「オール結晶化ガラス全固体」という異端

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4社のなかで技術的に最も尖っているのが日本電気硝子(NEG)だ。同社のNIBは、ほかのどの企業とも違い、正極・負極・固体電解質という電池の主要3部材のすべてを「結晶化ガラス(ガラスセラミック)=酸化物」で構成する全固体電池である。2021年11月に世界初の「オール酸化物」全固体ナトリウムイオン電池を、2023年3月には固体電解質までガラス化した世界初の「オール結晶化ガラス」電池を発表した。酸化物全固体電池の最大の難点は、硬い酸化物どうしを一体化できず界面抵抗が高くなることだが、NEGは「設計したガラスを加熱すると軟化して濡れ広がり、その後に狙った結晶を析出させる」というガラス特有の現象を使い、正極・負極の結晶を固体電解質と強固に接合する。IH調理器のトッププレートや光通信部品で70年以上培ったガラス技術を電池へ横展開した、模倣の難しい独自プロセスである。

性能面の差別化は際立っている。公称電圧2.9V(現行LIBに匹敵)を保ちつつ、標準品の作動温度域はマイナス40〜プラス100℃、耐熱仕様品はマイナス40〜プラス200℃(短時間なら300℃)と、二次電池として世界一広い。液体電解質を使わず硫化物・塩化物・フッ化物も含まないため発火や有毒ガスの危険がなく、産業技術総合研究所の釘刺し試験や20V超の過充電でも発火しない。0Vまで放電しても劣化しない。想定用途は、宇宙(真空×低温)、海洋(高圧×低温)、医療機器、半導体製造装置、100℃超のデバイスのワイヤレス化、微小電流で充電するエナジーハーベスティング、回路基板への直接実装といった、既存電池が入り込めない過酷環境・高付加価値ニッチである。裏を返せば、ここがNEGの最大の限界でもある。公式カタログの容量は標準品で80mAh、耐熱品にいたっては4mAh(高密度開発品でも500mAh)と極めて小さく、CATLがしのぎを削るEV・大型定置用の"大容量・低単価"市場とは土俵がまったく違う。標準品のサンプル出荷は2024年2月、耐熱仕様品は同年8月に始まり、有償サンプル提供の段階にある。「2025年中の上市を目指す」という担当者の発言はあるが、本格量産・受注・売上の確定発表はまだ確認できず、事業化時期は未確定だ。同社自身、実用化にはパートナーの確保が不可欠だと技術論文で明言している。

財務は4社で群を抜いて健全だが、ここで投資家が注意すべき点がひとつある。NEGは3月決算ではなく12月決算である。 直近実績の2025年12月期は売上高3,114億円(前期比+4.1%)、営業利益341億円(前期の減損の反動と資産売却益が寄与)、純利益296億円。2026年12月期は売上3,200億円・営業利益330億円と小幅減益を見込む。本業はディスプレイ用ガラスと半導体用サポートガラス(世界シェア約7割)が二本柱で、NIBは中期経営計画「EGP2028」が掲げる注力4分野の「エネルギー」に属する新規事業のタネにすぎず、決算に載る規模ではない。時価総額はおよそ5,000億円前後、PBRは0.8〜0.9倍と1倍を割れ、自己資本比率は約70%で実質無借金に近い。つまりNEGのNIBは、潤沢なガラス本業のキャッシュで赤字先行を吸収できる「安く放置された長期オプション」として株価にほとんど織り込まれていない。参考までに、富士経済はNIB市場を2024年の約60億円から2045年に約1.3兆円へと試算するが、不確実性は極めて大きい。

GSユアサ(6674)——国家プロジェクトの担い手、ただし本命は全固体

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2026年7月、NIBの日本銘柄として一躍名前が挙がったのがGSユアサだ。7月9日、東京理科大学の駒場慎一教授を代表とする産学官連合の「次世代ナトリウムイオン電池の技術開発」が、NEDOの「革新型蓄電池技術開発・高度解析」事業に採択された。参画するのは東京理科大を代表機関に、GSユアサ、クラレ(ハードカーボン負極)、MUアイオニックソリューションズ(共同実施は三菱ケミカル、電解液)、東亞合成、武蔵エナジーソリューションズ、東北大・東京大・早稲田大・東京農工大・群馬大・大阪大産業科学研究所・物質・材料研究機構(NIMS)という産学官13機関(三菱ケミカルを別に数えれば14者。日経は「東京理科大+12機関」、読売は「14団体」と表記が割れる)。用途は定置用の高安全・低コスト型で、GSユアサは「セルの設計検証」と「自社のリチウムイオン電池設備を使った試作実証」を担当し、2027年度に充放電100回以上の耐久性実証、2030年代半ばの実用化を目指す。NEDO事業の支援規模について日経は約2年で約8億円規模と報じているが、金額は公式リリースには明記されていない。正極の結晶系も公式には非開示だが、日経が開発目標を「コバルト含有比率を下げつつ高容量となる正極」と伝えていること、代表者の駒場教授がナトリウム系層状酸化物とハードカーボン負極の世界的権威であること、参画企業の顔ぶれから、層状酸化物系正極+ハードカーボン負極である可能性が高い(推定)。

ここで投資家が冷静に見るべきは、GSユアサにとってNIBは「本命」ではなく「保険」だという点である。1895年創業、国産初の鉛蓄電池に遡る同社の2026年3月期は、売上高6,090億円(+4.9%)、営業利益602億円(+20.3%)、純利益419億円(+37.6%)と過去最高を更新したが、けん引したのは自動車用鉛蓄電池、車載リチウムイオン電池(ホンダとの合弁ブルーエナジー、2020年からトヨタにも供給)、そして米IRA補助金であって、NIBの寄与はゼロだ。2027年3月期はそのIRA補助金の一括計上の反動で純利益360億円(−14.0%)と減益を見込む。同社が次世代の"本丸"に据えているのはむしろ全固体電池で、こちらはNEDOグリーンイノベーション基金の事業総額72億円・助成43.9億円のプロジェクト(2022〜27年、目標875Wh/L)として明確に位置づけられ、2025年には容量1.5倍・充放電300回を確認済みだ。第七次中期経営計画(FY2026〜28、FY2028に売上7,200億円・営業利益750億円以上)でもNIBは個別に数値化されず、基盤投資の「次世代電池の研究・開発」に内包されるにとどまる。時価総額は約6,000億円、予想PER約19倍、PBR約1.7倍と、AIデータセンター・再エネ・防衛といった追い風で相対的に高い評価を受けているが、その評価の源泉は鉛・リチウム・宇宙航空であってナトリウムではない。100年超の電池量産・品質・安全の実績と、鉛→リチウム→ナトリウムへ製造設備・電極プロセスを横展開できる技術資産は本物の強みだが、車載セルでは世界大手に対し規模・時間軸で後発であり、NIBの収益貢献は当面見込めない。

戸田工業(4100)——酸化鉄で挑む、最小の"純度100%"テーマ株

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「ナトリウムイオン関連株」として個人投資家メディアで最も純度高く名前が挙がるのが戸田工業だ。1823年に岡山で弁柄(べんがら=赤色酸化鉄)づくりを始め、2023年に創業200年を迎えた無機顔料・酸化鉄の老舗で、この本業の強みをそのままNIBに持ち込んだ。2024年3月、鳥取大学と共同で、酸化鉄の一種であるナトリウムフェライト(NaFeO₂)を正極と負極の"両方"に使うレアメタルフリーのNIBを開発。とくに自社開発のα-NaFeO₂が負極として(コンバージョン反応で)働くことを世界で初めて見いだした点が新規性で、リチウム・コバルト・ニッケルを一切使わない。プルシアンブルー系と混同されがちだが、戸田の核心はあくまで自社が長年手がけてきた「鉄系酸化物」の微粒子制御技術である。2024年6月に「レアメタル不要NIBの動作成功」が報じられた際は株価が大幅反発しており、テーマ株としての感応度は4社で最も高い。もっとも、研究チーム自身が充放電性能を「決して高くない」と認める学術段階(科研費ベース)の取り組みで、戸田の役割は試料・情報の提供にとどまる。

もっとも、投資判断では規模と財務体力を直視する必要がある。戸田工業は東証スタンダード上場で、時価総額はわずか約83億円と4社で最小。2026年3月期は売上高280億円(前期比約1割減)で営業損益こそ8.6億円の黒字に転換したが、BASFとの正極材合弁の持分法損失や構造改革費用が下押しし、最終損益は34.6億円の純損失に沈んだ。前期に続く2期連続の30億円超の最終赤字で、2019年3月期を最後に無配が続く。2027年3月期にようやく5億円の最終黒字(初の黒字転換)を計画するが、これはBASF合弁の持分法損失が消えることを前提とした数字だ。自己資本比率は約2割(21.7%)、有利子負債277億円と、財務は明らかに脆弱である。

背景にあるのは、EV減速を受けたリチウムイオン電池正極材からの実質撤退だ。2025年にはLIB前駆体を手がけるカナダ子会社を解散し(前駆体売上は24億円→4億円へ縮小)、2026年3月にはBASFとの正極材合弁の持分34%を全部BASF側へ譲渡して合弁を解消した。会社の重心は、AIサーバー向けMLCC(積層セラミックコンデンサー)用の誘電体材料や磁石材料、そして財務再建へと移っている。見落とされがちな点として、戸田のナトリウムフェライトには電池だけでなく「CO₂回収材」というもう一つの出口がある。NEDO事業でエア・ウォーターや埼玉大学と組み、2025年の大阪・関西万博で燃焼排ガスからのCO₂回収を実証しており、実は電池よりこちらの商用化のほうが近い。つまり戸田のNIBは、酸化鉄の老舗と大学研究が生んだ将来の技術シーズであり、テーマ性は高いが収益事業ではない。「最も純粋なNIB材料プレイ」であることは、裏返せば「テーマの浮沈に株価が最も振られやすく、かつ本業の稼ぐ力が細い」ことを意味する。リチウム価格の反発やCATLの量産報道、国内の採択ニュースといったヘッドラインに機敏に反応する"薄商いのテーマ株"としての性格が濃く、業績の裏付けを伴う投資というより、材料株的な値動きを取りにいく対象と位置づけるのが現実的だ。

旭化成(3407)——セパレータ世界大手の「保険」としてのナトリウム

ナトリウムイオンバッテリー(ナトリウムイオン電池:NIB) 日本電気硝子 (5214)、GSユアサ (6674)、戸田工業 (4100) 、旭化成 (3407) - 旭化成(3407)——セパレータ世界大手の「保険」としてのナトリウム - 章扉

旭化成は、4社のなかで最も"間接的"にNIBに関わる。結論から言えば、2026年7月時点で同社に「ナトリウムイオン電池専用」の製品・開発プログラム・パートナーシップは確認できない。2025年4月発表の中期経営計画2027にもNIBへの言及はなく、電池戦略の主軸はあくまでリチウムイオン電池用の湿式セパレータ「ハイポア(Hipore)」の北米・日本・韓国での増産と、電解液技術「Acetolyte」のライセンス供与(相手はLFP向けで、NIBではない)にある。ではなぜ関連銘柄に数えられるのか。理由は、NIBもLIBと同じ「正極―セパレータ―負極」構造で、一般にポリオレフィン系セパレータを使うため、ハイポアや乾式の「セルガード(Celgard)」の膜・塗工技術が原理的にはNIBにも転用できるからだ。ナトリウム塩の電解液は濡れ性の要件が異なり表面改質やコーティングが重要になるが、これはむしろ塗工技術を持つ旭化成に有利にも働きうる論点である。

旭化成のセパレータ資産そのものは強力だ。かつて東レと並ぶ世界2強だった同社は、2015年に米Polyporeを約22億ドル(買収当時で約2,600億円)で買収してセルガードとダラミック(鉛蓄電池用)を取得した。もっとも、中国・上海恩捷(SEMCORP)が2018〜19年頃に数量シェアの首位を奪い、旭化成のシェアは一時1割を割れ、Polypore関連では2022年度に約1,850億円の減損(「買い損」)を計上して最終赤字に転落した。現在は高付加価値の湿式・車載向けに軸足を移す「選択と集中」を進め、2025年12月に鉛蓄電池用ダラミックを譲渡(セルガードとハイポアは継続保有)、カナダ・オンタリオ州にホンダとの合弁で約1,800億円を投じ年産7億m²の湿式一貫工場を建設中(2027年稼働)、豊田通商とも北米での供給契約を結んだ。IRAや対中関税で中国製が排除される北米で先行者利益を築きつつある。全社の2026年3月期は売上高3兆745億円(+1.2%)、営業利益2,312億円(+9.1%)、純利益1,588億円(+17.6%)と2期連続で最高益だが、利益の牽引役はヘルスケア(+30.3%)と住宅(ヘーベルハウス)であり、セパレータを含むマテリアル事業はむしろ減益(営業利益−14.5%)だった。時価総額は約2.5兆円、PER約15.5倍、PBR約1.2倍。

投資家目線での要点は明快だ。旭化成にとってNIBは、名指しの重点テーマではなく「セパレータ技術の将来オプション」にすぎない。しかもNIBはコスト訴求型で、セパレータ1枚あたりの付加価値がLIBより抑えられやすく、実装・供給網は中国主導(セパレータも恩捷や星源が本命)だ。旭化成の強みが最も生きるのは「高品質・高単価が要求される車載LIB」であって、NIB市場の主流とは必ずしも一致しない。時価総額2.5兆円の巨艦にとって、NIBは株価を動かす材料には当分なりえない——だが、万一NIBが定置用や車載で一定規模化した場合に、既存の膜・塗工・量産ノウハウを横展開できる"効きうる保険"を持っている、という理解が妥当である。

投資家はどう見ているか——テーマ株物色とアナリストの温度差

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セルサイドとメディアの主流評価は、NIBを「リチウムの脅威」ではなく「補完」として捉えるものだ。IEAは2026年を商業化の「転換点」と呼びつつ、LFPが2030〜35年まで主流を維持し、NIBは定置用・エントリーEV・寒冷地のニッチで伸びると整理する。BNEFは2026年の世界蓄電池導入を158GW/459GWh(前年比+41%)と予測し、NIBは「食い込んでシェアを伸ばす」補完的成長と位置づけながら、繰り返し「LFPの一段の値下がりがNIB商業性の最大リスク」と釘を刺す。一方でMIT Technology Reviewは2026年の10大ブレークスルー技術にNIBを選び、Natureも特集を組むなど、技術としての注目度はむしろ高まっている。要するに「長期の可能性は本物、ただし当面の主役はLFP」というのがコンセンサスだ。

VC・投資家のセンチメントは二極化している。米国では「Natron破綻=EV・汎用用途の失敗」と「Peak躍進=系統用ESSの成功」に色分けされ、資金の出し手も純民間VCより、GMやステランティス、シェブロンといった事業会社の戦略投資と、Bpifrance・EIC・InnoEnergyなど公的グリーンマネーが中核になっている。IEEE SpectrumがNatronの失敗を総括して引いた専門家の言葉——「我々は技術に偏重しすぎた。製造経験が乏しく、歩留まりはひどく、人材も訓練されていない」「中国の既存基盤を考えると米国は大きく不利だ」——は、西側全体が直面する構造問題を言い当てている。

日本の4銘柄は、個人投資家メディアでは「脱リチウム/ナトリウムイオン電池関連」として確かにテーマ化されているが、まだ「静かだが存在感を増す」新興テーマの段階で、証券会社がNIBを主因に投資判断を出した例は確認できない。会社四季報オンラインやマネクリ(マネックス)、株探、みんかぶなどのテーマ記事に頻出するのは戸田工業・日本電気硝子・セントラル硝子(電解液)・クラレ(ハードカーボン負極)・小松製作所(NIBフォークリフト試作)で、GSユアサは2026年7月のNEDO採択で新たにこの文脈に加わった。旭化成はセパレータ経由の間接関連にとどまる。ここで投資家が肝に銘じるべきは、4社のいずれもNIBによる収益貢献は当面ゼロに近く、足元の株価反応はもっぱらセンチメント(リチウム価格、CATLの量産報道、国内採択ニュース)で説明されるという事実だ。業績の裏付けを伴うストーリーではないため、「テーマの値動きを取りにいく」のか「長期の技術オプションを安く仕込む」のかを、投資家は自分のなかで明確に切り分ける必要がある。なお一部の検索まとめには特定銘柄の急騰倍率が流布しているが、元記事で裏取りできないものは事実として扱えない。

改めて4社を俯瞰すると、日本勢がバリューチェーンのまったく異なる層に賭けていることが見えてくる。日本電気硝子は「他社が真似できない差別化セル(全固体・過酷環境ニッチ)」、GSユアサは「国家プロジェクトのセル統合役(ただし本命は全固体で、NIBは低コスト定置用の保険)」、戸田工業は「純度は高いが最小・財務脆弱の材料プレイ」、旭化成は「セパレータ世界大手にとっての将来オプション」。日経クロステックが言う「日本の勝機は基幹材料・差別化技術」という見立ては、まさにこの4社の布陣に符合する。逆に言えば、CATLが握る"量産・低単価の本流"で戦う日本企業はこの4社にはいない。

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今後のカタリスト——2026年後半〜2030年代のタイムライン

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投資家が今後追うべき節目は、時間軸ごとに整理できる。2026年後半は世界のNIBが「実証から量産へ」移る山場で、長安「Nevo A06」の市場投入、CATL・TENER Sodiumの9月の系統用初出荷と年内約1GWh、そしてCATLのEV用NIBの本格量産ランプ(年内〜年末)が並ぶ。国内では10月13〜16日のCEATEC 2026(幕張メッセ)が次世代電池のショーケースになるが、NIBの個別出展の確定情報は現時点で未公表だ。日本電気硝子はBATTERY JAPANなどで200℃動作の実演を続けており、「2025年中上市」目標の達否と、量産・パートナー・受注に関する具体的な開示が次の焦点になる。

2027年には、米Peak Energyのサクラメント工場(年産4GWh)が第1四半期に出荷を開始し、旭化成×ホンダのカナダ・セパレータ工場が稼働、東京理科大・GSユアサらの国内コンソーシアムが充放電100回以上の耐久性実証を目指す。2029年前後は仏Tiamatのアミアン5GWh工場のフル稼働目標(第1期は後ろ倒し中)、2030年代半ばが国内NIB(定置用)の実用化目標という長い時間軸になる。政策面では、経産省のGX予算にNIBを名指しした専用補助は今のところ確認できず、国内NIB開発の資金導線はNEDO「革新型蓄電池技術開発」が中心である点も、投資家は割り引いて見ておきたい。

最後に、最も注視すべき"外部変数"は逆説的にリチウム価格とLFPセル価格だ。2026年のリチウム反発(年初来+128%)はNIBに追い風だが、これが一過性で終わりLFPがさらに安くなれば、NIBのコスト優位は縮小し、日本4社の"オプション価値"の実現も遠のく。逆にリチウム/LFPが高止まりし、かつAIデータセンターや系統用ESSで安全・長寿命・広温度域のニーズが本格化すれば、材料(戸田・クラレ・旭化成)と差別化セル(日本電気硝子)、国家プロジェクト(GSユアサ)という日本の布陣にも順番が回ってくる。いずれにせよ、これらは数四半期で決着するテーマではなく、リチウム価格・CATLの量産進捗・国内採択という三つのヘッドラインを手掛かりに、数年がかりで見極めるべき長期テーマである。


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