IBMとは何か——「メインフレームの巨人」が挑む転換の途上

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事件の意味を測るには、まずIBM(インターナショナル・ビジネス・マシンズ)という会社の現在地を押さえておく必要がある。1911年創業、今年で115年になるこの企業は、かつてパソコンからハードディスク、ソフトウェアまでを自社で抱える「コンピューティングの代名詞」だった。だが2020年にアービンド・クリシュナがCEOに就任して以降、IBMは自らを「ハイブリッドクラウドとAIの会社」へと作り替える大手術を続けている。2021年にはITインフラ運用の子会社キンドリルを分離上場させ、2019年に約340億ドル(約5兆5000億円)で買収したレッドハット、そして2024年に買収したハシコープを軸に、企業向けソフトウェアへ重心を移してきた。

現在のIBMは、大きく3つの事業で稼いでいる。最も収益性が高いのがソフトウェア事業で、2025年通期の売上高は約300億ドル(約4兆9000億円)、粗利益率は83%に達する。この中にはレッドハットのハイブリッドクラウド、業務自動化、データ基盤、そして企業の基幹処理を担うトランザクション処理ソフトが含まれ、生成AIプラットフォーム「watsonx」もここに位置づけられる。次にコンサルティング事業が約210億ドル(約3兆4000億円)で、企業のシステム刷新やDXを人手で支援する。そして3つ目が、本稿の主役となるインフラ事業で、約157億ドル(約2兆5000億円)を売り上げる。この中核が「メインフレーム」だ。

メインフレームと聞いてもピンと来ない読者も多いだろうが、これは銀行の勘定系、航空会社の予約システム、クレジットカードの決済ネットワークといった「絶対に止まってはいけない」基幹業務を、数十年にわたり黙々と支え続けている大型コンピュータである。世界の大手銀行の大半、クレジットカード取引の多くが、今なおIBMのメインフレーム「IBM Z」の上で動いている。IBMは2025年4月に最新機種「z17」を発表し、6月に本格出荷を開始した。Telum IIプロセッサに搭載したAIアクセラレータで、1件の取引を処理しながらその場で不正検知の推論をかける——そうした「基幹業務に溶け込むAI」を売り物にした、同社の看板製品である。このz17の立ち上がりが好調だったからこそ、2026年1〜3月期にはメインフレーム売上が前年同期比で5割増という華々しい伸びを記録していた。その直後に、事態は暗転する。

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8日前倒しの異例の暫定決算——数字が語る失速

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2026年7月14日火曜日、IBMは通常の決算発表予定であった7月22日を待たず、8日も前倒しして4〜6月期(第2四半期)の「暫定決算」を公表した。上場企業が正式な決算を待たずに主要数値を先出しするのは、多くの場合、市場予想との乖離があまりに大きく、公表を遅らせれば選択的開示とみなされかねないときに限られる。事実上の「利益警告(プロフィット・ウォーニング)」であり、それ自体が異常事態を告げるシグナルだった。

クリシュナCEOが同日公表した投資家向け書簡によれば、四半期売上高は前年同期比1%増の172億ドル(約2兆8000億円)にとどまった。市場予想の約178億5000万ドル(約2兆8900億円)を約6億6000万ドル(約1070億円)下回る未達である。調整後(非GAAP)の営業EPSは2.93ドルで、前年から5%増えてはいたが、市場予想の3.01〜3.02ドルを8セント下回った。会計基準(GAAP)ベースの希薄化後EPSは2.27ドルと前年から2%減り、GAAPの売上総利益率は57.7%へと1.0ポイント低下した。年初来のフリーキャッシュフローは48億ドル(約7800億円)だった。

失速は事業別に見るとより鮮明になる。ソフトウェアは5%増と、前四半期の11%増から急減速し、通期目標の「10%超」を割り込んだ。コンサルティングはほぼ横ばい(為替一定で1%増)。そして最大の重しがインフラで、7%の減収に沈んだ。牽引役だったはずのIBM Zメインフレームと、それに紐づくトランザクション処理ソフトが、そろって想定を下回ったのである。わずか一四半期前に5割増だった屋台骨が失速するという急旋回に、市場は容赦なかった。

株価は前日13日終値の290.23ドル(約4万7000円)から、取引時間中に一時27%安まで売られ、終値は25.21%安の217.07ドル(約3万5000円)で引けた。1日の下落率としては同社の記録上で最大であり、1987年10月19日のブラックマンデー時の22.96%安を上回った。ブルームバーグはこれを「少なくとも58年ぶり、1960年代以来の大きさ」と表現し、フォーブスやフォーチュンは「創業115年で最大の暴落」と報じた。この1日で吹き飛んだ時価総額は約670億〜690億ドル、日本円にしておよそ11兆円に上る。暴落後のIBMの時価総額は約2040億ドル(約33兆円)まで縮み、前日の約2700億ドル(約44兆円)から一気に目減りした計算になる。

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なぜ躓いたのか——メモリ争奪戦と「AIの敗者」

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決算そのものの数字の傷は、実のところ「3.7%の売上未達、3%のEPS未達」という控えめなものだった。にもかかわらず株価が4分の1を失ったのは、市場が「一過性の取りこぼし」ではなく「構造の変化」を嗅ぎ取ったからにほかならない。その構造とは、AIブームが引き起こしたハードウェアの争奪戦である。

クリシュナ自身が書簡で説明したメカニズムはこうだ。6月下旬、IBMの顧客企業は四半期の設備投資予算を、サーバー、ストレージ、そして供給が逼迫するメモリの調達へと一斉に振り向けた。AIデータセンターの爆発的な建設ラッシュでこれらの部材が不足し、値上がりが確実視されるなか、「まず現物を押さえる」動きが企業の間で加速したのだ。その結果、本来ならIBMのソフトウェアやメインフレームに向かうはずだった予算が食われ、大型案件が想定した期日までに成約しなかった。クリシュナは「われわれは供給網の混乱をある程度は織り込んでいたが、顧客がここまでの規模でハードウェアへ予算を振り替えるとは想定していなかった」と認めた。

注目すべきは、クリシュナが外部環境のせいにするだけで終わらなかった点である。彼は「こうした環境でこそ、われわれのチームは完璧に実行しなければならない。だが今四半期、われわれはしくじった(we faltered)」「われわれは十分に速く適応し動くことができず、想定した期日までに成約しなかった数々の大型案件が、未達の大半を生んだ」と、実行の失敗を率直に認めた。加えて、サイバーセキュリティ業界を巡る懸念が顧客の意思決定をかき乱したことも一因に挙げた。日本経済新聞をはじめ各紙がIBMを「AIの敗者」と呼んだのは、この構図——AIへの投資がむしろ既存の主力事業から需要を吸い上げてしまう——を端的に言い当てたものだ。

問題は、この予算配分の変化が「循環的」なのか「構造的」なのかである。メモリ不足がいずれ解消すればソフト予算が戻ってくる一時的な混乱なのか、それともAIインフラが企業IT予算の恒久的に大きな取り分を占め続け、ソフトやサービスへの支出を継続的に細らせるのか。この論点に対して、供給側の見通しは楽観を許さない。半導体メモリ最大手のSKハイニックスは、DRAMとNANDの2026年分の生産能力が「実質的に完売」だと表明し、インテルのCEOは「2028年まで需給緩和はない」と警告している。少なくとも2027年まで逼迫が続くとの見方が支配的であり、それはIBMの説明する「一時的な取りこぼし」が、少なくとも数四半期は尾を引きかねないことを意味する。

「壊滅的打撃」——ソフトウェア・コンサル株への波及

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市場がIBMの一件を単独の失敗と見なさなかったことは、同業他社への売りの広がりに如実に表れた。7月14日、投資情報会社バイタル・ナレッジの創業者アダム・クリサフーリは、IBMの結果を「ソフトウェア/サービス株にとって壊滅的な打撃(devastating blow)だ。投資家は設備投資の転換が業界全体の重荷になると懸念するだろう」と評した。その懸念どおり、企業向けソフトとITサービスの主力銘柄が軒並み売られた。ワークデイが10%安、アクセンチュアが7.9%安、インフォシスが7.2%安、コグニザントが7%安、セールスフォースが6.2%安、オートデスクが5%安、オラクルが2.1%安、マイクロソフトも3%安で引け、ソフトウェアのセクターETF(iShares Expanded Tech-Software)は4.5%下落した。

この地殻変動を象徴するのが、2026年の勝ち組と負け組の落差である。ソフトウェアETFが年初来で12%超のマイナスに沈む一方、半導体株は74%超も値を上げてきた。IBMショックはその「AI時代の最も残酷な勝者・敗者の分断」を、決算シーズンの入り口で市場に突きつけた格好だ。資金は半導体やサーバーといった現物のハードウェアへと猛烈に流れ込み、ソフトウェアやコンサルは「AIに需要を奪われる側」として一段と厳しい評価にさらされている。IBMが引いた引き金は、投資家が業界全体に対する「業績の失望に対する許容度」を静かに引き下げるきっかけとなった。

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日本市場への波及——NEC・富士通への連想売り

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IBMショックは太平洋を越え、翌7月15日のアジア時間には東京市場のIT株を直撃した。日本経済新聞や株探、フィスコが報じたところによれば、NEC(6701)が4.44%安、富士通(6702)が5.42%安、野村総合研究所(4307)が2.94%安、ベイカレント(6532)が6.7%安と、日本のIT・システム受託関連が全面安の展開となった。

売られた顔ぶれには理由がある。NECと富士通は、メインフレームやシステムの受託開発という業態がIBMと重なる、日本を代表するITベンダーだ。IBMの大口顧客がメモリ確保に資金を回し、大型案件を先延ばしにしているという構図は、そのまま日本のベンダーにも当てはまりうる——市場はそう連想し、下値を探る展開となった。野村総研やベイカレントといったコンサル・シンクタンク系が売られたのも、「企業のIT・DX予算がハードへ流れ、外部委託のソフト・サービス支出が細るのではないか」という、IBMが露呈させたのと同じ懸念の反映である。円相場が1ドル=162円前後という約40年ぶりの円安水準にあることも、輸入するAIハードのコストを押し上げ、国内企業の予算配分の綱引きを一段と激しくしている。IBM一社の暫定決算が、日本のIT投資の力学そのものを映す鏡になったといえる。

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シリコンバレーVCと各紙の見立て——「二重のバブル」論とアナリストの分裂

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シリコンバレーのVCや市場の論客は、この暴落を単なる一企業の躓きとしてではなく、AI相場そのものへの警鐘として受け止めた。著名投資家でソーシャル・キャピタルCEOのチャマス・パリハピティヤは、IBMの一件が「AI業界全体が直面する、より根深い問題を映し出している」と指摘した。ナイルズ・インベストメント・マネジメント創業者のダン・ナイルズは、IBMの予想未達を「AI投資ブームの減速要因」の一例と位置づけ、他のソフトウェア企業にも打撃が及ぶと見通した。ワールド・トレード・セキュリティーズのニコラス・ムガリは、SaaS業界が直面しているのは「契約の解約ではなく、支出優先順位の低下」だと整理し、パランティアやサービスナウにも同様の圧力がかかりうると警告している。この「解約ではなく後回し」という現象は、一部で「SaaSの黙示録(SaaSpocalypse)」とまで呼ばれ始めた。

より大きな枠組みを提示したのが「二重のバブル」論である。経済学者スティーブ・ハンキや、BCAリサーチのピーター・ベレジンは、いま警戒すべきは株価収益率(PER)が示す「バリュエーションのバブル」よりも、利益そのものが持続不可能に膨らんだ「利益(earnings)のバブル」だと論じる。S&P500の予想PERが約22倍と、歴史的なバブルの目安である25倍を下回っているため一見割高には見えないが、その分母である企業利益が、設備投資サイクルや循環的なAI投資、緩和的な金融環境によって水増しされているなら、割安に見えること自体が罠だ——という論法だ。ベレジンは、こうした利益バブルは景気循環に敏感な業種に集中して現れ、株価の下落が業績予想の下方修正に先行するため、アナリストは崩壊のタイミングを当てられないと指摘する。IBMの25%安は、その「最初に落ちてから予想が切り下げられる」典型例として引かれた。折しも同じ週、JPモルガンは四半期で212億ドル(約3兆4000億円)の過去最高益を、ゴールドマン・サックスは84%の増益を報告していたが、JPモルガンのダイモンCEO自身が「これ以上ないほど良い」としつつ市場の過熱に警鐘を鳴らしていた矛盾も、この文脈で語られた。

一方で、当のIBMに対するアナリストの評価は、見事なまでに割れた。HSBCは投資判断を「ホールド」から「リデュース(縮小)」へ格下げし、目標株価を231ドルから191ドル(約3万1000円)へと引き下げ、これがウォール街で最も弱気な水準となった。バンク・オブ・アメリカのワムジ・モハンは「トップラインの未達の規模に驚いた」として、投資判断は「買い」を維持しつつも目標株価を330ドルから280ドル(約4万5000円)へ、2026年の売上見通しを714億ドルから696億ドルへ、EPSを12.47ドルから12.02ドルへと切り下げた。象徴的だったのはオッペンハイマーだ。同社のパラム・シンは暴落前日の7月14日に目標株価を320ドルから350ドル(約5万7000円)へ引き上げたばかりだったが、翌15日には一転して投資判断を「アウトパフォーム」から「パフォーム」へ格下げし、350ドルの目標を撤回した。「強気シナリオの実現には時間がかかり、当面は株価がレンジ内で推移すると見ている」というのが理由で、IBMが示したソフト5%増は、シンが見込んでいた12%増を大きく下回っていた。他方、モルガン・スタンレーは中立を保ちつつ目標を267ドルから293ドルへ引き上げ、ウェドブッシュのダン・アイブスやバークレイズのライモ・レンショウは350ドルの強気目標を掲げ続けた。暴落後に210ドル台へ沈んだ株価に対し、市場のコンセンサス目標株価は約297〜300ドルと、なお4割近い上値余地を残す。強気と弱気の目標株価が191ドルから375ドルまで開いたこと自体が、この四半期を「一過性か構造的か」で市場が判断しかねている証左である。

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今後いつ、何が測定されるか——7月22日とその先

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次に市場が固唾を呑んで待つのは、当初の予定どおり2026年7月22日午後5時(米東部時間)に開かれる本決算の発表と電話会議である。ここでIBMは、暫定発表では棚上げした通期見通しを説明する。焦点は、ただ一点に絞られる——先送りされた大型案件は「失注」したのか、それとも「後で成約する先送り」に過ぎないのか。7月22日の決算では、遅延した契約がその後どれだけ成約したかを定量的に示せるかが問われる。あわせて、ソフトの成長がオーガニックなものか買収由来か、粗利益率とフリーキャッシュフローの見通しがどう変わるか、そしてレッドハットが二桁成長を保てるかが、循環か構造かを見極める判断材料となる。IBMがこの四半期に入る前に掲げていた通期ガイダンス(4月の1〜3月期決算で再確認した「為替一定で売上5%超増、フリーキャッシュフローは前年比で約10億ドル増」)を維持できるのか、下方修正するのかが、株価の次の方向を決めるだろう。

IBMは反撃の材料も並べている。書簡では、レッドハットが11%増へ加速し、分散インフラが37%増と受注残5億ドル(約810億円)を積み上げたことを強調した。さらに、AIの新施策として7月8日に一般提供を開始したオープンソースの脆弱性に対処する取り組み「Lightwell」に50億ドル(約8100億円)を投じ、量子コンピューティングには今後5年で100億ドル(約1兆6000億円)超を投資し、2029年までに大規模なフォールトトレラント量子計算機を実現する計画も打ち出した。米商務省とは、CHIPS法の10億ドル(約1600億円)の助成とIBM自身の10億ドルの拠出で「Anderon」と呼ぶ量子専用ウエハー工場を建設する意向書も交わしている。クリシュナは「われわれはポートフォリオの強さと、事業の戦略的転換に確信を持っている」と結んだ。躓いたのは実行であって戦略ではない、という主張だ。

過去のパターンは、慰めと警戒の両方を示す。ベンジンガの集計によれば、1968年以降にIBM株が1日で10%以上下落したのは今回を含めて8回あり、その後の値動きは1カ月後で平均6.75%高(勝率71%)、3カ月後で平均9.26%高、12カ月後で平均7.15%高と、統計的にはリバウンドが優勢だ。ただし2002年や1992年のように、ビジネスモデルの構造的な断絶を伴った下落局面では、その後も数カ月にわたり10〜34%の下落が続いた。今回がどちらの型に属するかは、まさにメモリ争奪戦の帰趨——2027年、ものによっては2028年まで続くとされる部材の逼迫が、企業のIT予算を「AIハード優先」に固定してしまうのか、それとも需給が緩めばソフトへ予算が戻るのか——にかかっている。VCの視点で言えば、この局面は「AI以外の案件には機関投資家がまったく関心を示さない」という2026年の資金の偏りを、上場市場が改めて価格に織り込んだ瞬間でもある。IBMの11兆円消失は、一企業の決算事故であると同時に、AI設備投資の超サイクルが「AIを売る者」と「AIに予算を奪われる者」をどこまで峻別するのかを測る、最初の大きな試金石となった。


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