宇宙ゴミ(スペースデブリ)とは何か ― 4万6,100個のカタログと1億4,000万個の破片

宇宙ゴミ(スペースデブリ)の除去サービス、アストロスケールホールディングス(186A)。先行投資が重い負担となるが売上収益2.4倍と急成長 - 宇宙ゴミ(スペースデブリ)とは何か ― 4万6,100個のカタログと1億4,000万個の破片 - 章扉

スペースデブリとは、役目を終えた人工衛星、故障して制御を失った衛星、ロケットの上段部、ミッション中に放出された部品、そして爆発や衝突で生じた破片の総称である。地上のゴミと決定的に違うのは、それが秒速7〜8キロメートル(低軌道の場合)で飛び続けている点だ。1センチメートルの金属片でも、この速度では手榴弾に匹敵する運動エネルギーを持つ。10センチメートル級の物体が衛星に当たれば、その衛星は一撃で粉々になり、新たなデブリを数千個ばらまく。

規模感を数字で押さえておきたい。欧州宇宙機関(ESA)宇宙デブリ室が公開する統計(2026年7月31日更新)によれば、地上の宇宙監視網が定常的に追跡している物体は約4万6,100個である。ただしこれは「見えているもの」にすぎない。ESAのMASTER-8モデルによる推計では、10センチメートルを超える物体が約5万4,000個(うち稼働中の衛星は約9,300個)、1〜10センチメートルが約120万個、1ミリメートル〜1センチメートルにいたっては約1億4,000万個が地球を回っている。軌道上に存在する人工物の総質量は1万7,000トンを超える。これまでに約7,320回のロケット打上げで約2万7,490機の衛星が軌道に投入され、うち約1万8,840機がまだ軌道上に残り、機能しているのは約1万6,100機にとどまる。破裂・爆発・衝突・原因不明の異常といった破砕イベントは、確認されているだけで660件を超えた。

ESAが2026年5月1日に発行した第10版の年次報告書「ESA's Annual Space Environment Report」は、過去20年間の平均で、意図せぬ破砕が年9.8件のペースで起き続けていると指摘する。2024年には推進系に起因するとみられる破裂が相次ぎ、カタログ化された破片が3,000個以上も一気に増えた。象徴的だったのが2024年8月6日の中国・長征6号Aロケットで、高度約810キロメートルという混雑した軌道で上段が破砕し、700個を超えるデブリを生成した。この高度では自然な軌道減衰に数十年から数百年を要するため、生まれた破片は事実上その場に居座り続ける。

さらに深刻なのは、報告書が明示している次の見通しだ。仮に今日以降、人類が一機も衛星を打ち上げなかったとしても、すでに軌道上にある物体どうしの衝突によって低軌道のデブリ数は増え続けると予想されている。いわゆるケスラー・シンドロームの入口に、現実の宇宙環境はすでに立っている。ESAは長期持続性のリスク指標を200年先まで外挿し、現状のまま推移した場合の risk は「持続可能な環境への第一目標」の4倍に達すると試算した。

現場の運用者にとって、この環境悪化は抽象的な話ではない。英サウサンプトン大学のヒュー・ルイス教授の分析としてアストロスケールが引用しているデータによれば、スペースXのStarlink衛星群が実施する衝突回避マヌーバの頻度は、2023年下半期の「10.8分に1回」から、2024年に「5.2〜5.3分に1回」、そして2025年上半期には「1.8分に1回」(1時間あたり32回)にまで跳ね上がった。回避のたびに燃料が減り、寿命が縮み、地上での運用工数が積み上がる。デブリはすでに衛星ビジネスの収益性を直接削る要因になっている。

2026年7月には、静止軌道(GEO)にも新しい警鐘が鳴った。英ウォーリック大学のチームがカナリア諸島ラパルマのアイザック・ニュートン望遠鏡の過去データを画像処理で再解析したところ、5センチメートル級の微小破片が静止軌道帯に想像以上に漂っていることが判明した。検出された微弱な光跡のうち約8割が公開カタログに存在しない、つまり誰も追跡していない物体だったという。数億円から数百億円の通信衛星が並ぶ静止軌道が、実は「見えない地雷原」だったことになる。

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「デブリ除去サービス」の中身 ― 非協力物体へのRPOという一点突破

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では、デブリ除去サービスとは具体的に何をするのか。イメージしやすいのは「宇宙のレッカー車」である。サービサー衛星と呼ばれる作業用の衛星を打ち上げ、目標のデブリに接近し、掴み、抱えたまま高度を下げて大気圏に突入させ、燃やし尽くす。

言葉にすれば単純だが、技術的な難所は「掴む」より前の段階にある。宇宙で二つの物体が出会う操作を「ランデブ・近傍運用(RPO:Rendezvous and Proximity Operations)」と呼ぶ。国際宇宙ステーションへの補給船ドッキングのように、相手が生きていて、正確な軌道情報を送り、姿勢を制御し、必要なら軌道を微修正し、掴むための取っ手や目印まで用意してくれている場合、これを「協力物体へのRPO」という。50年以上にわたり各国の宇宙機関が繰り返してきた技術だ。

デブリ除去が相手にするのは、その正反対の「非協力物体」である。通信は途絶し、軌道情報は古く粗く、姿勢制御は失われて回転(タンブリング)しており、当然ながら掴むための機構も目印もない。しかも相手は数トンの金属塊で、下手に接触すれば自分もろとも破砕して事態を悪化させる。ここに接近して、相手の回転を計測し、回転に自分の姿勢を同期させ、確実に捕獲する ― これが軌道上サービスにおける最大の技術障壁であり、アストロスケールが「民間企業として世界で唯一、軌道上で実証した」と主張する領域である。

同社のRPO技術は六つの段階に分解されている。対象物体の軌道を同定してサービサーの打上げタイミングを決め、GPS等を使う絶対航法で近傍まで到達し、光学センサやLiDARを使う相対航法に切り替え、点検しながら対象の運動と回転率を推定して自機を同期させ、捕獲して姿勢を安定化させ、そのうえで除去・軌道変更・燃料補給といったサービスを実行する。

捕獲の手段は大きく二つある。一つは磁石で、あらかじめ衛星側に「ドッキングプレート」という強磁性の金属板を貼っておき、サービサーが磁力で吸着する方式。もう一つはロボットアームで、事前準備のないデブリを機械的に掴む方式である。前者は将来打ち上げられる衛星にしか使えないが、確実で安価。後者は既存デブリにも使えるが難度が高い。アストロスケールは両方を持ち、2023年に発表した第2世代ドッキングプレートは磁石とロボットアームの双方で捕獲できる設計になっている。2025年3月にはエアバス・ディフェンス・アンド・スペースが100個超をまとめて発注し、同年8月以降はGPS代替を狙う米Xona Space Systemsなどからも受注が続いて、打上げ予定の累計は1,000個を超えた。「あらかじめ取っ手を付けておく」という発想を業界標準に育てられるかどうかが、除去サービスのコスト構造を決める。

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軌道上サービスは5領域に広がった ― 観測・寿命延長・燃料補給・修理・除去

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創業時のアストロスケールは、社名どおり「宇宙のゴミ拾い」の会社だった。しかし現在の同社は、自らを「軌道上サービス(In-Orbit Servicing)のフルスタック・プロバイダー」と位置づけている。同社が2026年7月29日に開示した「事業計画及び成長可能性に関する事項」では、事業が五つの領域に整理されている。

第一が観測・点検(ISSA:In-situ Space Situational Awareness)で、軌道上まで出向いて対象を至近距離から見る。第二が寿命延長・燃料補給(LEX:Life Extension)で、燃料が尽きた衛星に外付けエンジンとして取り付いて姿勢制御と軌道保持を代行するか、あるいは推進剤を補給する。第三が修理・改修で、既存衛星を機能拡張する。第四が運用終了後の衛星の除去(EOL:End-of-Life Service)、第五が既存デブリの除去(ADR:Active Debris Removal)である。

この五領域という枠組みは、単なる事業拡大の言い訳ではない。同社の説明資料は、物流・エネルギー・通信といった他産業では「研究開発 → 製造・試験 → 販売 → 利用 → アフターサービス(修理・点検・メンテナンス・廃棄)」というバリューチェーンが当たり前に存在するのに対し、宇宙産業だけが「研究開発 → 製造・試験 → 打上げ → 運用」で終わり、アフターサービスが丸ごと欠落していると指摘する。デブリ除去はその欠落部分の一角にすぎず、埋めるべき空白はもっと広い、という論理だ。

具体的なミッション名で見ると理解しやすい。2021年3月に打ち上げた「ELSA-d」は、サービサー衛星と模擬デブリ衛星をセットで打ち上げ、磁石で捕獲・分離・再捕獲を繰り返す技術実証で、非協力物体へのRPOを民間として初めて軌道上で示した。2024年2月18日にロケットラボの「エレクトロン」でニュージーランドから打ち上げた「ADRAS-J」は、日本のH-IIAロケット上段(全長約11メートル、直径約4メートル、質量約3トン)という実在の大型デブリに接近し、周回観測を行い、最短15メートルまで寄り、自律的な衝突回避まで実証した。ADRAS-JはJAXAの商業デブリ除去実証(CRD2)フェーズIとして受注総額19億円の案件であり、2026年3月25日に運用を終えて軌道降下に入った。5年以内に自然落下する高度まで自ら降りたうえで、最終的に大気圏で燃え尽きる。

その後継が「ADRAS-J2」で、同じH-IIA上段に再び接近し、今度はロボットアームで実際に掴んで軌道離脱させる。CRD2フェーズIIの契約規模は120億円(税抜)、契約期間は2024年8月から2029年3月まで、打上げは2028年4月期を予定する。大型デブリの実物除去は世界でまだ誰も成功しておらず、成功すれば文字どおりの世界初となる。

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創業秘話 ― 大蔵省、マッキンゼー、そしてドイツの学会で買った文字ブロック

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アストロスケールの創業者兼グループCEO、岡田光信氏は1973年3月生まれ。有価証券報告書に記載された経歴は、宇宙エンジニアのそれではない。1997年4月に大蔵省(現財務省)に入省し、2001年7月にマッキンゼー・アンド・カンパニーへ移り、2004年8月にターボリナックスの取締役兼CFO、2006年にかざかフィナンシャルグループ取締役、2008年8月にベインキャピタルへ入社。2009年8月にシンガポールでSUGAO PTE. LTD.を設立してCEOとなり、2012年8月には高齢者向け生活支援を手がけるMIKAWAYA21の設立に参画している。官庁・戦略コンサル・PE・連続起業という、日本の宇宙業界ではきわめて異質な経歴だ。

転機は2013年に訪れる。JAXAが公開しているインタビューで、岡田氏は40歳を目前にした一種のミッドライフ・クライシスを語っている。ITビジネスで成功しても社会に何も貢献していないという感覚に悩み、子どもの頃に抱いていた宇宙への憧れを思い出したという。2013年2月に参加した宇宙関連の学会でデブリ問題の深刻さを知り、同年4月にドイツで開かれたデブリ専門の国際会議に足を運んだ。そこで岡田氏が発見したのは、問題の巨大さを世界中の研究者が認識しながら、それを解決する具体的な事業主体が誰もいないという事実だった。

会議の期間中、岡田氏は現地の文房具店に走ってアルファベットの文字ブロックを買い、机の上で並べ替えながら社名を考えた。そうして生まれたのが「Astroscale」である。周囲からは「市場がない」と反対された。岡田氏の答えは、JAXAのインタビューで次のように記録されている。市場がないということは競争相手もいないということであり、それは大きなチャンスになると確信した、と。翌5月、ASTROSCALE PTE. LTD.をシンガポールで設立した。会議に出てから会社設立まで、およそ1カ月である。

その後の拠点展開は、宇宙関連予算の大きい国を追いかける形で進んだ。2015年2月に日本法人の株式会社アストロスケールを設立し、2017年3月に英国のハーウェルにAstroscale Ltd、2019年に米国デンバーにAstroscale U.S. Inc.、2020年6月にはイスラエルの衛星寿命延長企業Effective Space Solutionsの知的財産と人材を取得してイスラエル拠点を得た。この買収で獲得した静止軌道の寿命延長技術が、現在のLEXIシリーズの源流である。2023年6月にはフランス・トゥールーズにAstroscale France SASを設立した。2026年4月末時点で5カ国7拠点、グループメンバー691名(うち正規従業員593名)、エンジニア比率74%、女性比率28%という陣容になっている。

もう一人、経営陣で注目すべきはグループCOOのクリストファー・ブラッカビー氏だ。2002年10月にNASA本局に入り、2012年8月からは在米国大使館NASAアジア代表部の代表を務めた人物で、2017年8月にアストロスケールへ移った。米国の宇宙政策の中枢にいた人物をCOOに据えたことが、その後の米国防総省案件の獲得につながっている。

資金調達は上場前だけでシリーズGまで積み上がった。2018年10月にはINCJや三菱地所などから約56億円、2023年2月のシリーズGでは三菱電機、実業家の前澤友作氏、三菱UFJ銀行、三菱商事、日本政策投資銀行、FELから約101億円を調達し、累計調達額は約435億円に達した。そして2024年6月5日、東京証券取引所グロース市場に上場する。公開価格850円に対し初値は1,281円、吸収金額は約192億円、調達額は約200億円だった。日本の宇宙スタートアップとしては3社目の上場である。

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2026年4月期決算の解剖 ― 売上収益2.4倍、売上総利益は初の通期黒字

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2026年4月期(2025年5月1日〜2026年4月30日)の連結業績は、成長と赤字が同居する典型的なディープテック企業の姿を示した。

売上収益は59億4,061万円で前期比141.8%増、およそ2.4倍である。同社が独自指標として開示する「プロジェクト収益」(売上収益+政府補助金収入)は115億671万円で89.0%増、うち政府補助金収入は55億6,609万円(53.3%増)だった。IFRSでは政府補助金収入は「その他の収益」に計上されるため売上収益には入らないが、補助金案件も競争入札を経て衛星を製造・運用する点で通常案件と建付けは同じであり、事業活動の総量を示す指標として同社はこれを重視している。

利益面での最大のニュースは、売上総利益が1,924万円のプラスで着地し、上場後はじめて通期黒字になったことだ。前期は38億8,059万円の赤字だった。改善の内訳は二つで、一つは前期第1四半期に計上した32億円の受注損失引当金繰入がなかったこと、もう一つはプロジェクト・ミックスの改善である。ただし売上総利益率は0.3%にすぎず、四半期ベースでは第2四半期がマイナス0.6%、第4四半期がマイナス2.7%と、依然として損益分岐点上をなぞる水準にとどまる。

営業損失は99億7,538万円で、前期の187億5,500万円から大幅に縮小した。この改善の主因は、寿命延長サービス衛星「LEXI-P」の製造コストを2026年4月期第1四半期から資産計上(建設仮勘定)に切り替えたことである。従来は費用処理していた未受注案件の先行開発費用が、前期の60億800万円から2億5,700万円へと95.7%減った。研究開発費全体も109億2,370万円から75億3,357万円へ31.0%減少している。会計方針の変更ではなく、開発が資産化要件を満たす段階に進んだことによる処理変更だが、営業損益の改善幅のかなりの部分がこの処理に支えられている点は、投資家として押さえておく必要がある。

税引前損失は66億9,585万円、当期損失は71億1,400万円だった。ここには円安による為替差益36億5,087万円(金融収益)が効いている。同社は2026年5月18日に通期予想を最終赤字107億円から69億円へ上方修正しており、その主因もこの為替差益だった。なお同社は2026年7月6日、決算短信の訂正を開示している。会計監査の過程で為替差益に係る税効果会計を精査した結果、繰延税金負債を追加計上する必要が生じ、当期損失が66億9,724万円から71億1,400万円へ、親会社所有者帰属持分が80億7,549万円から76億5,700万円へ修正された。1株当たり当期損失も49.78円から52.89円に変わっている。

キャッシュフローは厳しい。営業活動によるキャッシュ・フローが124億8,599万円のマイナス、投資活動が69億2,716万円のマイナスで、フリー・キャッシュ・フローは194億1,315万円のマイナスとなった。前期のマイナス132億9,400万円からさらに悪化している。投資CFの中身は有形固定資産の取得53億5,886万円と無形資産の取得15億3,910万円で、これはLEXI-P衛星の製造費とミッション関連ソフトウェアの資産化である。この結果、現金及び現金同等物は前期末の213億円から100億2,182万円へ、112億7,904万円減少した。

貸借対照表では有形固定資産が60億2,531万円から110億6,332万円へ83.6%増えた。増加分のほぼすべてが建設仮勘定51億5,781万円(前期末は3,364万円)であり、その主要な中身がLEXI-Pである。無形資産も2億7,387万円から18億2,263万円へ増え、うち15億3,653万円が自己創設のミッション関連ソフトウェア(ソフトウェア仮勘定)だった。

地域別の売上収益を見ると、日本が36億1,199万円、英国が20億5,924万円、米国が2億2,724万円、フランスが4,212万円である。主要顧客は防衛省が17億9,951万円、JAXAが17億4,527万円、Eutelsat OneWebの英国法人Network Access Associates Limitedが11億4,604万円、英科学・イノベーション・技術省(DSIT)が6億9,249万円。同社自身がリスク情報で明記しているとおり、政府機関および防衛機関からの収入が2026年4月期の収益の99%を占める。

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受注残高379億円とパイプライン ― 何が積み上がり、何が減ったのか

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軌道上サービスのように収益認識が長期にわたる事業では、期の売上より受注残高のほうが実態を映す。2026年4月末時点の受注残高は379億3,812万円で、前期比14.6%減となった。内訳は契約済みの受注残総額274億3,545万円と、受注内定済み案件(競合が存在しない後続フェーズ等)105億200万円である。年度中の受注高は84億4,507万円で、前期の307億400万円から72.5%減った。

減少そのものは、前期にADRAS-J2やISSA-J1といった大型案件をまとめて受注した反動という側面が大きい。しかし同社自身が決算説明で「新規受注の遅れにより受注残高が減少」をネガティブ要素として掲げ、期初に見込んでいた案件の採択プロセスや契約交渉が想定より長引いて期ずれしたと説明している点は重い。顧客需要が消えたわけではない、という同社の認識が正しいかどうかは、2027年4月期の受注実績で検証されることになる。

一方で、受注残高の「質」は着実に良くなっている。全額拠出案件比率(提案範囲の費用を全額顧客が負担する案件の比率)は2023年4月の11%から、2024年4月80%、2025年4月89%、2026年4月94%へと上昇した。平均案件期間も4.1年 → 4.0年 → 3.6年 → 2.8年と短縮している。案件期間が短くなれば、同じ受注残高でも年あたりの収益認識額は増える。同社が「案件期間の短縮を通じた受注残高からプロジェクト収益への転換加速」を掲げるのはこのためだ。

受注残高に含まれる主要プロジェクトを並べると事業の全体像が見える。政府案件では英国のEOL実証「ELSA-M」(フェーズ3が1,479万ユーロ=22億円、フェーズ4が1,395万ユーロ=20億円)、JAXA向けの退役衛星観測「ISSA-J1」(フェーズ1が18億円、フェーズ2が63億円、フェーズ3が38億円で計120億円)、大型デブリ除去の「ADRAS-J2」(120億円)、英国/ESAの捕獲実証「CAT-IOD」、経済安全保障重要技術育成プログラム(旧K Program)の燃料補給案件「REFLEX-J」(総額最大108億2,600万円のうち初年度10億6,700万円と2年目30億6,400万円の計41億3,000万円を受注済み)、JAXA宇宙戦略基金による静止軌道の電気推進薬補給案件(12億5,000万円)がある。防衛関連では米宇宙軍向け燃料補給実証「APS-R」(4,120万米ドル=57億円)、英国防衛の「Orpheus」(515万ポンド=9億円)、防衛省案件(66億円)、米空軍研究所案件(870万米ドル=12億円)が並ぶ。民間はまだ4億6,700万円と小さい。

将来のパイプラインはさらに大きく描かれている。2026年4月時点で政府案件が31件・想定受注総額約610億円、防衛関連が54件・約2,060億円、民間が27件である。防衛関連は2025年10月時点の38件・約1,800億円から件数・金額とも増え、なかでも「事前協議中」の段階にある案件が8件・約300億円から29件・約1,040億円へ急拡大した。政府案件で唯一「入札/契約交渉中」に進んでいるのが、英国の国家デブリ除去ミッションであるCOSMICフェーズ3(約120億円)である。

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業界地図(1)競合 ― ノースロップ、スターフィッシュ、クリアスペース、そして中国

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軌道上サービスの競争は、この1年で一気に現実の局面に入った。

最大の動きは、2026年7月21日に起きた。ノースロップ・グラマン傘下のSpaceLogisticsが、ロボットアーム2本を備えた「ミッション・ロボティック・ビークル(MRV)」の初号機と、3基の「ミッション・エクステンション・ポッド(MEP)」を、ケープカナベラル宇宙軍基地からファルコン9で打ち上げたのである。MEPは静止軌道の衛星に取り付いて推進力を提供し、少なくとも6年の寿命延長を可能にする外付けジェットパックで、MRVがそれを目標衛星まで運んで装着する。ロボットアームは米海軍研究所(NRL)がDARPAとの連携で開発したものだ。顧客としてはインテルサットの衛星2機とオーストラリアのオプタス1機がすでに確定している。ノースロップはこれ以前にも、2020年にMEV-1をインテルサット901号に、2021年にMEV-2をインテルサット10-02号にドッキングさせた実績を持つ。静止軌道の商業サービスという意味では、同社が最も先を走っている。

米国のスタートアップでは、シアトル近郊タクウィラのStarfish Spaceが急伸している。2026年4月7日、Point72 Venturesがリードし、Activate CapitalとShield Capitalが共同リードするシリーズBで1億ドル超(約160億円超)を調達した。2024年11月のシリーズAが2,900万ドル(約46億円)だったから、規模が一気に3倍以上になった格好だ。同社はすでに、米宇宙軍のSTRATFIで3,750万ドル(約60億円)、宇宙軍のAPFIT枠で5,450万ドル(約87億円)、宇宙開発庁(SDA)から衛星の軌道離脱で5,250万ドル(約84億円)、NASAから機能停止衛星の点検で1,500万ドル(約24億円)、さらに商業ではSESの静止軌道衛星寿命延長を受注している。従業員は約90名で、さらに40〜50名を採用する計画だという。従業員600名規模で年間200億円近いキャッシュを燃やすアストロスケールと比べると、はるかに軽量な体制で政府案件を積み上げている点が投資家の目を引く。

欧州では、スイスのClearSpaceがアストロスケールの最大のライバルである。ESAから8,600万ユーロ(約158億円)で受注した「ClearSpace-1」は、2013年のヴェガロケットが残したペイロードアダプタを除去する計画だったが、その目標物自体が追跡不能なデブリと衝突していたことが判明し、より迅速かつ低コストな方式へと計画を変更した。ESAとは技術実証と商業サービスの橋渡しを狙う「PRELUDE」を2027年打上げ目標で進めている。そして英国では、UK Space Agency(UKSA)が発注する国家デブリ除去ミッションをめぐって、アストロスケール英国法人の「COSMIC」とClearSpaceの「CLEAR」が一騎打ちの状態にある。両社ともフェーズ2までのフィージビリティ検討と予備設計審査を完了しており、あとは本契約の発注を待つだけだ。European Spaceflightが2026年7月20日に報じたところによれば、UKSAは当初2026年3月30日を発注期限としていたが期限を逃し、現在は2026年夏を目標としている。契約規模はVAT抜きで6,300万ポンド(約134億円)、VAT込みで7,560万ポンド(約160億円)だが、承認された支出枠はVAT抜きで8,393万ポンドに達している。UKSAは遅延の理由も新しい正確な日程も説明していない。

イタリアのD-Orbitは、軌道間輸送機「ION Satellite Carrier」を軸に、軌道上サービスとインオービット・コンピューティングへ事業を広げている。2026年1月にAzimut GroupがリードするシリーズDで5,300万ドル(約85億円)を調達し、M&Aと生産能力の拡張に充てる。2025年の売上高は5,241万ドル(約84億円)とされ、この分野では数少ない実売上のある企業だ。

米Orbit Fabは競合というよりパートナーに近い。軌道上に燃料デポを置く「宇宙のガソリンスタンド」を目指す企業で、アストロスケールのAPS-Rミッションでは、APS-Rが自機の燃料をOrbit Fabのデポから補給する計画になっている。

そして地政学上の最大の変数が中国である。2025年7月、中国の実践21号(SJ-21)と実践25号(SJ-25)が静止軌道でドッキングしたと、米国の宇宙状況把握企業COMSPOCなどが観測データから報告した。燃料の尽きたSJ-21にSJ-25が推進剤を移送したとみられ、事実であれば静止軌道における世界初の衛星間燃料補給となる。米国がまだ実現していない能力を中国が先に示した形で、これが米宇宙軍の危機感を一気に高めた。実際、米宇宙軍は2025年9月に次世代の宇宙領域把握(SDA)衛星プログラムで燃料補給能力を必須要件とする計画を発表し、2026年1月には長期指針「Future Operating Environment (FOE) 2040」で軌道上のRPOと燃料補給能力を安全保障の核心的要素と位置づけた。アストロスケールの防衛パイプラインが2025年10月からの半年で約1,800億円から約2,060億円へ膨らんだ背景には、この地殻変動がある。

日本国内では、スカパーJSAT発のスタートアップOrbital Lasersが、レーザー照射でデブリの軌道を変える方式を開発している。2026年3月にシリーズAで30億2,000万円を調達し、シードからの累計エクイティ調達額は39億2,000万円となった。興味深いのは、そのスカパーJSAT自身が2026年6月にアストロスケールへ8億円を出資し、資本業務提携を結んだことである。方式の異なる二つのアプローチに同時に張る格好になっている。

宇宙ゴミ(スペースデブリ)の除去サービス、アストロスケールホールディングス(186A)。先行投資が重い負担となるが売上収益2.4倍と急成長 - 業界地図(1)競合 ― ノースロップ、スターフィッシュ、クリアスペース、そして中国 - 図表1宇宙ゴミ(スペースデブリ)の除去サービス、アストロスケールホールディングス(186A)。先行投資が重い負担となるが売上収益2.4倍と急成長 - 業界地図(1)競合 ― ノースロップ、スターフィッシュ、クリアスペース、そして中国 - 図表2

業界地図(2)サプライチェーン ― ロケットも部品も他社に依存する構造

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アストロスケールは衛星を設計・製造・運用するが、打上げ手段は持たない。同社が有価証券報告書のリスク情報で自ら「当社は、衛星打上げ技術を有していないため、外部の政府機関及び防衛機関や民間事業者等と打上げに関する契約を締結する必要があります」と明記しているとおり、ロケットは外部調達である。

その調達先は、ミッションごとにかなり分散している。ADRAS-Jはロケットラボの「エレクトロン」でニュージーランドから打ち上げた。ISSA-J1は2025年9月にインド政府宇宙庁傘下のNewSpace India Limited(NSIL)と契約し、2027年春にサティシュ・ダワン宇宙センターからPSLVで打ち上げる。ELSA-Mは2026年3月にドイツのIsar Aerospaceと契約し、ノルウェーのアンドーヤ宇宙センターから「Spectrum」ロケットで打ち上げる予定である。

この分散は交渉力の確保という意味では合理的だが、リスクも抱える。とくにIsar AerospaceのSpectrumは開発途上の新型機であり、ELSA-Mという520キログラムのサービサー衛星を運ぶ実績はまだない。ロケットの遅延や失敗が事業計画に直結する構造は、垂直統合を進めるスペースXやロケットラボとは対照的だ。

部品・試験設備でも外部依存は大きい。LEXI-Pの相対航法ソフトウェアは、スペインのGMVのロボティクス研究所で6自由度の閉ループ試験を実施した。ADRAS-J2のロボットアームは自社技術と位置づけられているが、精密機器としての衛星は「僅かな欠陥でもシステム全体に対して甚大な影響を及ぼす」(同社リスク情報)性質を持ち、サプライヤの部品納入遅延が運用開始の遅延に直結する。

一方、同社が「上流」を押さえにいっている領域がドッキングプレートである。エアバスやXona Space Systemsのような衛星メーカー・運用者に磁性の捕獲用金属板を先に売り込み、将来のEOLサービスの対象母数を確保する。これは自社サービスのサプライチェーンというより、需要側の標準化投資であり、事業上の意味は大きい。ELSA-Mの顧客であるEutelsat OneWebは、約600機の衛星群にあらかじめドッキングプレートを搭載している。

生産設備そのものも、2026年の資金調達の主要な使途になった。調達した306億円のうち40億円が日本子会社と英国子会社の生産設備拡大、30億円が既存設備の維持・拡充に充てられる。東京・墨田区錦糸町の本社ビル「ヒューリック錦糸町コラボツリー」は、大株主のヒューリックが同社のために建設したものであり、生産能力の拡張はこの不動産パートナーとの共同課題になっている。

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VC・投資家の視点 ― 株価3,015円から1,012円へ、市場は何を織り込んだか

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マクロの資金環境は、この2年でアストロスケールに追い風となってきた。Space Capitalの集計によれば、2026年第1四半期は148社に360億ドル(約5.8兆円)が投じられ四半期として過去最高となり、第2四半期も129社に316億ドル(約5.1兆円)が入った。2025年通年の553億ドル(約8.8兆円)を大きく上回るペースである。Seraphim Spaceの集計でも、2025年のスペーステック民間調達は124億ドル(約2.0兆円)で前年比48%増と、2021年のピークを超えた。投資テーマとしても、軌道上サービスとモビリティは明確に一つの潮流を形成しており、Starfish Space、Portal Space Systems、D-Orbit、Katalyst Spaceといった名前が並ぶ。

市場規模の見立てはどうか。アストロスケールが引用するNorthern Sky Researchの「In-Orbit Services Report」第7版によれば、軌道上サービス市場は2023年から2033年までの累計で182億ドル(約2.9兆円)と見込まれる。年平均に均せば決して巨大ではないが、成長の順序が重要だ。同社の想定では、短中期の成長ドライバーは防衛需要であり、中長期に民間の寿命延長サービス(LEX)が立ち上がり、その後にコンステレーション事業者向けの運用終了後除去(EOL)が続く。純粋なデブリ除去(ADR)は、当面は各国政府と国際宇宙機関が「グローバルベストプラクティスの確立」のために発注する長期的・継続的ミッションとして位置づけられている。

政府側の予算環境も追い風だ。Novaspaceの「Government Space Programs」によれば、世界の政府宇宙関連支出は2024年に620億ドル(約9.9兆円)、2016〜2024年の年平均成長率は5.9%。防衛宇宙関連支出は2024年に730億ドル(約11.7兆円)で、2016〜2024年の年平均成長率は16.2%、2023年から2024年だけで23.7%増と加速している。ESAは2025年11月の閣僚級会合(CM25)で3年分の総加入額221億ユーロ(約4.1兆円)を決め、これは前回比32%増だった。うち宇宙安全プログラムには9億5,500万ユーロ(約1,760億円)が割り当てられ、要求額を上回る30%増となった。その最優先課題の一つが「能動的デブリ除去と軌道上サービス(ADRIOS)」であり、標準化ドッキングインターフェースを検証するCAT軌道上実証の着手が決まった。日本ではJAXA宇宙戦略基金が10年で約1兆円規模、第1期3,000億円・第2期3,000億円・第3期2,000億円という枠で走っている。

にもかかわらず、アストロスケールの株価は激しく振れた。2024年6月5日の上場初値1,281円をつけた後、2024年8月には513円まで沈んだ。2025年は523円から958円のレンジで推移し、2026年は1月5日に670円の安値をつけている。ここから急変したのが2026年5月だ。日本の成長戦略で宇宙と防衛の双方が重点分野に位置づけられ、宇宙関連銘柄が同時多発的に買われるなか、同社株は5月19日に306億円の資金調達を発表。5月27日には3,015円の高値をつけた。しかし7月31日の終値は1,012円で、高値からの下落率は約66%にのぼる。時価総額は約1,435億円、発行済株式数は1億4,178万株、実績PBRは約18倍である。

この乱高下を投資家目線で読み解くと、いくつかの論点が浮かぶ。

第一に、306億円の調達スキーム自体が希薄化を織り込ませた。内訳は海外一般募集による2029年満期ユーロ円建転換社債100億円(潜在希薄化率3.27%、モルガン・スタンレーとみずほインターナショナルが引受)、ヒューリックへの第三者割当転換社債163億円(同5.33%)、ヒューリックとスカパーJSATへの普通株式第三者割当43億円(希薄化率1.80%)である。転換社債はいずれもゼロクーポンで、転換価額は2,208円。株式に換算した潜在希薄化率は合計10.4%にのぼる。株価が2,208円を超えて定着すれば転換が進んで実質的なエクイティになるが、下回り続ければ2029年6月5日の満期に263億円を現金で償還しなければならない借金である。7月31日終値1,012円は転換価額の半値以下にある。

第二に、株主構成の変化がある。2025年4月期末に9%だった海外機関投資家の比率は2026年4月期末に25%へ跳ね上がり、逆に未上場時投資家は27%から7%へ低下した。同社は「オーバーハング懸念はほぼ解消」と説明する。上場時の売出しを実施しなかったぶん、既存VC等の売却圧力が長く残っていたが、それがようやく抜けた形だ。創業者の岡田氏は2026年4月末時点で2,483万6,900株、18.28%を保有している。

第三に、業績予想と市場コンセンサスの乖離である。会社側の2027年4月期予想は当期損益がマイナス106億円〜マイナス96億円だが、株予報Proが集計するアナリスト予想の経常利益は2026年7月31日時点でマイナス76億円と、会社予想より赤字幅が小さい。会社の業績予想が「受注済み案件のみ」を根拠とする保守的なレンジ開示であり、期中の新規受注で上方修正される前提で作られているためだ。同社CFOの松山宜弘氏も決算説明会で「収益認識方法の変更や為替変動といった要素も考慮していない、極めて保守的な数値」と説明している。裏を返せば、市場は「上方修正が出て当然」という前提で株価を形成しており、受注が遅れれば失望が直撃する構造になっている。

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強みと課題 ― 「先行投資が重い負担」の正体

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強みから整理する。第一は、非協力物体へのRPOを軌道上で実証した唯一の民間企業であるという技術的地位だ。ELSA-dで磁石捕獲と非協力物体への接近を、ADRAS-Jで15メートル接近・周回観測・自律衝突回避を示した。岡田氏が決算説明会で述べたとおり、この分野には「先に実証し、運用実績を積み上げた企業が市場を獲得する」という構造があり、短期的に売上総利益が出にくい一品一様の案件や自社一部拠出の案件を積極的に取ってきたのは、この実績を先に積むための意図的な選択だった。

第二は、5カ国7拠点というグローバル体制である。米国はロナルド・ロペス氏、英国はニコラス・シェーブ氏、フランスはフィリップ・ブラット氏と、各国法人のトップに現地人材を据え、設計から製造・営業まで現地で完結できる体制を作った。その結果、日本企業でありながら米空軍研究所、英国防省、フランス政府といった機微な防衛案件へアクセスできている。防衛案件は本来、外国企業が最も入りにくい領域であり、この構造は容易に模倣できない。

第三は、規制形成とブランドである。国連宇宙空間平和利用委員会(UN COPUOS)やITUの議論に関与し、チャールズ3世が提唱した宇宙の持続可能利用の規範「アストラ・カルタ」の紋章をELSA-Mに搭載した。2026年3月にはチャールズ3世本人がELSA-Mを視察し、同年4月2日には高市総理大臣とフランスのマクロン大統領が同社日本本社を公式訪問して、日仏連携の強化を確認している。同じ日にフランスのExotrail社との軌道離脱ミッション開発契約が締結された。ルールを作る側に座り、国家元首がショーケースに使う企業になったことは、政府案件が主戦場である以上、無視できない資産である。

課題は、より構造的だ。

最も本質的なのは、収益認識方法である。同社の顧客契約の大半はマイルストーン支払型だが、IFRSの原則である進捗度に基づく収益認識ではなく、より保守的な「原価回収基準」を採用している。軌道上サービスは技術の新規性と個別性が強く、見積総原価を合理的に測定できないためだ。原価回収基準では、各期に発生した売上原価の金額までしか収益を認識しないため、契約期間中の売上総利益率は構造的に0%になり、利益は契約が終わる最終年に一括で計上される。つまり同社の損益計算書は、事業の実力よりも常に悪く見える設計になっている。同社はこれを認識しており、進捗度見積りの精度を上げて原則的な収益認識方法へ移行することを目標に掲げているが、時期は示されていない。この移行が実現すれば、契約期間にわたって一定のマージンが認識され、足元の損益は大きく改善する。逆に言えば、それまでは黒字化が構造的に遅れる。

第二の課題は、一部拠出案件が生む構造的な赤字である。2026年4月期の連結財政状態計算書には受注損失引当金24億8,225万円が計上されており、これは英国子会社で認識されたものだ。EY新日本有限責任監査法人はこの「受注損失引当金に関連する原価総額の見積り」を監査上の主要な検討事項(KAM)として挙げている。見積総原価が契約金額を上回る案件は、受注した時点で損失見込額を引当金として計上しなければならず、以後は契約終了まで売上総利益がゼロになる。同社が目標とする売上総利益率は政府案件20%、防衛案件30%、民間案件40〜50%だが、現状の0.3%との距離は遠い。

第三が、LEXI-Pをめぐる資産化リスクである。同社は民間向け寿命延長サービスの初号機LEXI-Pの製造費を2026年4月期から資産化し、期末の建設仮勘定は51億5,781万円に達した。さらに有形固定資産の取得に関するコミットメントとして69億3,798万円が開示されており、その主な内容がLEXI-Pの衛星製造費用である。ここで見落とせないのは、決算短信が「LEXI-Pについては、契約締結に向けて最終段階に入っています」と記していること ― すなわち、2026年6月時点でまだ顧客契約は締結されていない。同社の説明資料は、静止軌道で運用中の衛星590機のうち約8割が同社サービスの協議対象で、毎年20〜30機の退役が見込まれ、運用中のLEXI衛星1機あたり年間1,000万〜1,500万ドル(約16億〜24億円)の寿命延長料を想定するとしている。しかし初号機の契約が締結できなければ、100億円を超える規模の資産の回収可能性が問われることになる。ソフトウェア仮勘定15億3,653万円も「未だ使用可能でない無形資産」として毎期の減損テスト対象である。

第四が、顧客集中と資金繰りだ。政府・防衛が売上の99%を占め、同社自身がリスクとして開示している。フリー・キャッシュ・フローは年間194億円のマイナスで、306億円の調達後も2年強で使い切る計算になる。2026年7月17日には、みずほ銀行との極度額30億円の特別当座貸越契約を2029年6月30日まで延長することを決議した。この契約には財務制限条項が付いており、各年度末の連結純資産をマイナスにしないこと、連結貸借対照表の現預金と「現預金補完価額」(契約期間中に資金化が見込まれる営業債権)の合計を50億円以上に維持することが求められる。同社は「財務健全性に懸念はありません」としているが、コベナンツの存在自体が、資本市場が同社をどう見ているかを示している。

第五が、打上げ依存と為替である。前述のとおり打上げ手段を持たず、ISSA-J1はインドのPSLV、ELSA-Mはドイツの新型機Spectrumに委ねられている。為替については、円安が円建てコストを押し上げる一方で外貨建て現預金の評価益を生むという両面性がある。2026年4月期は為替差益36億円が最終損益を大きく押し上げたが、2027年4月期はこれが剥落するため、営業損失が改善しても当期損失は前期より拡大する見通しだ。

なお、デブリ除去という事業そのものへの根源的な疑問も、無視すべきではない。NASAの技術政策戦略室(OTPS)が2023年に公表した「Cost and Benefit Analysis of Orbital Debris Remediation」とその2024年の続報は、費用対効果でみたとき最も効率的な対策は、大型デブリを一つずつ捕獲して除去することではなく、1〜10センチメートルの小型デブリの除去や、大型デブリを衝突予測経路から「押しのける」こと、そして運用終了後の廃棄期間を短縮することだと結論づけている。1機の大型デブリを除去するのに数十億円かかるビジネスが、どこまで規模の経済に乗せられるのか ― この問いに対する答えが、同社の言う「継続受注案件」の獲得である。少数の共通プラットフォームを繰り返し使い、案件ごとの新規開発コストを圧縮する。営業利益率20%台半ばという長期目標に到達できるかどうかは、この一点にかかっている。

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今後 ― 2026年夏から2030年までに計測されるマイルストーン

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投資家が今後18カ月で確認すべき事象は、比較的はっきりしている。

最も近いのが、英国UKSAによる国家デブリ除去ミッションの本契約発注である。当初期限の2026年3月30日を過ぎ、European Spaceflightの報道によればUKSAは2026年夏を目標としている。アストロスケール英国法人のCOSMICが選ばれれば、同社が「入札/契約交渉中」に唯一分類している約120億円の案件が受注残高に加わる。ClearSpaceに敗れれば、英国事業の中期シナリオを描き直すことになる。2026年9月中旬には2027年4月期第1四半期決算が発表される。

打上げのラッシュは2027年に始まる。2027年4月期中には、米宇宙軍向け燃料補給実証機APS-Rが打ち上がる予定だ。これが成功すれば、静止軌道での米国初のヒドラジン補給実証となり、中国のSJ-25が2025年7月に示したとされる能力に米国が並ぶ意味を持つ。同社にとっては、防衛分野で「実証済みプロトタイプをベースにした継続受注」を狙う足がかりになる。2027年春にはISSA-J1がインドのPSLVで打ち上がり、日本が2000年代に打ち上げた地球観測衛星「だいち(ALOS)」と「みどりII(ADEOS-II)」という2機の退役衛星に接近して状態を点検する。英国防衛のOrpheusは2027年4月期または2028年4月期の打上げを見込む。

2028年4月期は、事業モデルの分水嶺になる。この期にELSA-M(Isar AerospaceのSpectrumでEutelsat OneWeb衛星を除去)、LEXI-P(民間向け寿命延長サービス初号機)、ADRAS-J2(大型デブリの実物除去)の三つが集中する。EOL、LEX、ADRという三つの主力サービスが同時に「実証」から「サービス」へ移る年であり、ここで同社が掲げる継続受注モデルが立ち上がるかどうかが決まる。同社は2027年4月期についてAPS-Rの一部拠出が終了することを明示しており、2028年4月期以降は補助金案件の開発費用が政府補助金収入で賄われる全額拠出案件のみとなるため、実質的な販管費は年間90億円台前半の「その他の販管費」だけになる見通しだ。営業黒字化の可否は、この構造転換とプロジェクト収益の伸びの競争になる。

その先には、2029年4月期のCOSMIC打上げ、2030年4月期のREFLEX-J打上げ、そして2030年を目標とするExotrailとのフランス発の商用軌道離脱ミッションが並ぶ。財務面では2028年6月5日以降に転換社債の130%コールオプション条項が発動可能になり、2029年6月5日が満期を迎える。株価が転換価額2,208円を回復しているかどうかが、この時点で問われる。

同社が掲げるゴールは三段構えである。2027年頃までに防衛機関および政府から信頼されるパートナーになること、2030年までに軌道上サービスを日常的なものにすること、2035年までに循環型宇宙経済を実現すること。岡田氏は決算説明会の冒頭で、2027年4月期に営業赤字が前年と同水準にとどまる見通しについて「これは収益改善の足踏みではなく、2030年までに軌道上サービスを当たり前にするという目標の実現と、将来の安定的かつ高収益なビジネスモデルへの転換に向けた意図的な取り組みです」と述べた。売上収益2.4倍という成長率と、194億円のフリー・キャッシュ・フロー赤字。この二つの数字のどちらが同社の実像なのかは、2028年4月期の三つの打上げが答えを出す。


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