名刺サイズ2グラムの電池が示す「発電の民主化」——ペロブスカイト太陽電池とは何か

薄い、軽い、曲がる日本発ペロブスカイト太陽電池。積水化学(4204)、東芝、パナソニック(6752)、伊勢化学工業(4107)、関東天然瓦斯開発(1663)、エネコート・テクノロジーズ - 名刺サイズ2グラムの電池が示す「発電の民主化」——ペロブスカイト太陽電池とは何か - 章扉

まず、難しい議論に入る前に「それが手元にあるとどんな感じなのか」から始めたい。ペロブスカイト太陽電池の発明者である宮坂力(みやさか・つとむ)教授が代表を務めるペクセル・テクノロジーズ(川崎市)は、縦横およそ7センチメートル角、重さわずか約2グラムという名刺サイズの太陽電池を約3万8000円で一般販売している。フィルムのようにペラペラで、手の上に乗せても重さをほとんど感じない。これが、屋根に何十キログラムものガラスパネルを載せる従来の太陽光発電とはまるで別物であることを、最も直感的に伝えてくれる実物である。

ペロブスカイト太陽電池とは、「ペロブスカイト」と呼ばれる特定の結晶構造を持つ材料を発電層に用いた太陽電池の総称だ。ペロブスカイトとはもともとロシアの鉱物学者の名にちなんだ鉱物(灰チタン石)の名前で、特定の立方体的な原子配列を指す。太陽電池に使われるのはヨウ素・鉛・有機分子などを組み合わせた「ハロゲン化鉛ペロブスカイト」で、この材料が光を吸収して電気を生み出す。

従来のシリコン太陽電池が、高純度シリコンを1000度以上の高温で結晶化させ、硬いガラス基板に封じ込めた「重く硬い板」であるのに対し、ペロブスカイトは材料をインクのように溶かし、フィルムにコーティング(塗布)・印刷して常温に近い低温でつくれる。だからこそ「薄い・軽い・曲がる」という三拍子がそろう。重さは結晶シリコン型のおよそ10分の1、厚みは1ミリメートルを大きく下回る。新聞を輪転機で刷るように、ロール状のフィルムへ連続的に印刷していく「ロール・トゥ・ロール」方式での大量生産が原理的に可能で、これが将来のコスト破壊の源泉になると期待されている。

性能面でも、もはや「おもちゃ」ではない。発電効率(光を電気に変える割合)は、2009年の発明当初こそ3.8%程度にすぎなかったが、世界中の研究競争を経て単接合セルで26%を超える水準に到達した。これは市販の結晶シリコンパネルに肩を並べる数字である。さらに後述するように、シリコンの上にペロブスカイトを重ねる「タンデム型」では30%超が視野に入り、シリコン単独の理論限界(約29%)を超える発電効率という、太陽電池の常識を塗り替える領域に踏み込んでいる。

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どこに貼れるのか——シリコンが諦めた場所を発電所に変える具体例

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ペロブスカイトの真価は、効率の数字そのものよりも「シリコンが設置をあきらめてきた場所を発電所に変える」という応用の広さにある。宮坂教授はこれを「電源立地の革命」と表現する。

すでに国内では実証が雨後の筍のように立ち上がっている。2025年に開催された大阪・関西万博では、西ゲート前のバスターミナル屋根に長さ約250メートル・面積約500平方メートルにわたってフィルム型が敷き詰められ、世界最大級の設置事例となった。JR九州は博多駅ホームの屋根という、重い従来パネルでは強度が持たない場所への設置を、エネコート・日揮ホールディングスと組んで国内で初めて実証した。リコーと東京都は東京体育館の庭園灯35本にペロブスカイトを搭載し、屋外での発電量と耐久性を2025年夏から検証している。大林組とアイシンは、ビル屋上で「ファスナーのように簡単に取り外して交換できる工法」を試し、軽さを活かした施工革新を狙う。

そして最も身近に迫っているのが「窓」と「壁」だ。後述するパナソニックは、ガラスそのものを半透明の発電体に変える「ガラス型ペロブスカイト」を開発しており、街じゅうのビルの窓や壁面が発電所になる未来を描く。電気自動車(EV)の屋根に貼って走りながら充電する用途は、トヨタ自動車とエネコートが共同で開発を進めている。曲面に貼れるため、ドーム屋根、トンネルの内壁、IoTセンサー、携帯電話基地局、さらには宇宙空間まで——シリコンの硬い平板では到底届かなかった場所が、すべて潜在的な「発電面」に変わる。日本の国土は平地が少なく、メガソーラーの適地が枯渇しつつある。だからこそ、垂直面や軽量屋根を発電に動員できるこの技術は、エネルギー安全保障の文脈で「国策」と位置づけられている。

富士フイルムの研究者が見つけた偶然——桐蔭横浜大学・宮坂力教授の物語

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この技術が「日本発」であることの中心に、一人の研究者がいる。1953年、神奈川県鎌倉市に生まれた宮坂力教授である。早稲田大学理工学部応用化学科を卒業後、東京大学大学院に進み、光化学の世界的権威である本多健一氏に師事した。本多氏は、酸化チタンに光を当てると水が分解される「本多・藤嶋効果」(1972年)の発見者として知られる。この酸化チタンの光電気化学という師の系譜が、後にペロブスカイト太陽電池の電子輸送層として酸化チタンを使うという発想に直結していく点は、科学史の伏線として実に味わい深い。

宮坂氏は1981年に富士写真フイルム(現・富士フイルム)へ入社し、インスタントカメラ用フィルムやリチウム二次電池の開発に従事した。だが手がけた事業が採算を理由に中止されるなど、研究者としての徒労感も味わったという。転機は2001年、桐蔭横浜大学の教授に就任してからだ。2003年ごろから、酸化チタンに色素を吸着させて発電する「色素増感太陽電池」の研究に本格着手し、2004年には大学発ベンチャーのペクセル・テクノロジーズを設立した。

発明は、まさに「セレンディピティ(幸運な偶然)」だった。色素増感太陽電池を共同研究するために他大学から研究室を訪れた大学院生が、ハロゲン化鉛ペロブスカイトという材料の「発光」を研究していた。光を出すなら、逆に光を吸って電気をつくれるのではないか——その着想から、色素の代わりにペロブスカイトを増感剤として使う実験が始まった。こうして2009年、宮坂氏らは「ペロブスカイトを増感剤に用いた酸化チタン電極による光発電」の論文を米国化学会誌に発表する。発電効率はわずか3.8%、しかも液体電解質を使っていたため数分で壊れてしまう不安定なものだった。当時この論文に世界が沸いたわけではなく、むしろ黙殺に近かったと宮坂氏自身が振り返っている。

潮目を変えたのは海を越えた共同研究だ。英オックスフォード大学のヘンリー・スナイス氏らと組み、液体をやめて固体の正孔輸送層を採用することで、2012年に効率10.9%という成果をScience誌に報告した。「壊れる電池」が「使える電池」へと変貌した瞬間であり、これを号砲に世界中の研究機関が一斉に参入、効率は十数年で26%超へと駆け上がった。宮坂氏はこの功績により、2017年にノーベル賞の登竜門とされる「クラリベイト引用栄誉賞」を受賞、2023年に朝日賞、2024年には日本学士院賞を受けた。毎年秋のノーベル化学賞・物理学賞の有力候補として名前が挙がる常連でもある。そして発明から15年以上が経った今も、宮坂氏は高価な材料を使わずに製造コストを3割削減し、同時に寿命を延ばす新しいセル構造の開発に挑み続けている。発明者自身がまだ走り続けているという事実が、この技術の「伸びしろ」を何より雄弁に物語っている。

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なぜ日本が強いのか——「白い黄金」ヨウ素という地の利

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ペロブスカイトを語るうえで日本の優位性として真っ先に挙がるのが、発電層の主原料となる「ヨウ素」である。ヨウ素はうがい薬やレントゲン造影剤でおなじみの元素だが、地球上の産地は極端に偏っている。世界のヨウ素生産はチリと日本の2か国だけで9割超を占め、日本はチリに次ぐ世界第2位、世界シェアおよそ3割を握る。しかも埋蔵量では日本が世界トップクラスとされる。資源小国・日本にとって、ヨウ素は数少ない「輸出できる地下資源」なのだ。

その大半は千葉県で産する。房総半島の地下に広がる国内最大級の水溶性天然ガス田「南関東ガス田」から汲み上げる地下水(かん水)に、天然ガスとヨウ素が溶け込んでいる。日本のヨウ素の約8割がこの千葉県産だ。「日本がペロブスカイトの主原料を国内で自給できる」という事実は、サプライチェーンを他国に握られない経済安全保障上の強みであり、政府が国策として推す最大の根拠の一つになっている。中国がシリコン太陽電池のサプライチェーンをほぼ独占した苦い記憶があるからこそ、原料を自前で持つこの分野には特別な期待がかかる。

そのヨウ素を握るのが、本稿の登場銘柄である伊勢化学工業(4107)とK&Oエナジーグループ(1663)だ。伊勢化学工業はガラス大手AGC(旧・旭硝子)の上場子会社で、千葉県の南関東ガス田と宮崎ガス田からかん水を採取し、国内生産の4割超、世界生産の1割を超える規模(報道により約12〜15%)のヨウ素を供給する専業メーカーである。一方、K&Oエナジーグループ(1663)は東証プライム上場の持株会社で、その中核子会社こそが社名にある関東天然瓦斯開発である。同社は千葉で天然ガスを生産し、ヨウ素原料のかん水を供給する。グループのヨウ素事業会社K&Oヨウ素は世界生産の約5%、国内シェア約15%を占める。なお、ユーザーが想起する「関東天然瓦斯開発」という事業会社そのものは非上場で、株式市場で売買されるのは持株会社のK&Oエナジーグループ(1663)である点は、投資判断上きわめて重要な区別だ。

加えて、日本にはヨウ素だけでなく、フィルム・塗布・印刷・封止といった「ものづくり」の蓄積が分厚い。フィルムの巻き取り加工は富士フイルム以来の日本のお家芸であり、積水化学の樹脂・封止技術、パナソニックや東芝の材料・プロセス技術がここに合流する。発明者を生み、原料を握り、量産プロセスの素地を持つ——この三拍子こそが、日本がペロブスカイトで世界をリードしうると言われる根拠である。

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積水化学(4204)——シャープ堺工場「居抜き」とGX補助金1,572億円

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国産量産の最前線を走るのが積水化学工業(4204)だ。同社は2025年1月、ペロブスカイト専業の新会社「積水ソーラーフィルム」を資本金1億円で設立した。出資比率は積水化学が86%、日本政策投資銀行(DBJ)が14%で、純粋な民間ベンチャーではなく官民連携の色彩が濃い。生産拠点には、液晶パネルで知られたシャープの堺工場(大阪府堺市)の建屋を取得して活用する。ゼロから工場を建てる時間とコストを節約する、いわば「居抜き」戦略だ。

この事業の規模感を決定づけたのが政府の支援である。経済産業省は2024年12月、積水化学による年産1ギガワット(GW)級の量産計画を「GXサプライチェーン構築支援事業」の対象に採択した。総事業費3,145億円のうち、その2分の1に当たる最大1,572億5,000万円(1,572.5億円)を補助金として交付する。補助対象期間は2024年11月から2029年2月末まで。これは一企業の一事業への補助として破格の規模であり、ペロブスカイトがいかに「国策」として位置づけられているかを端的に示す。計画では、2027年4月に堺工場で100MWの製造ラインを稼働させ、フィルム幅を現行の30センチメートルから1メートルへ広げながら、2030年までにGW級の供給体制を構築する。

そして2026年3月27日、積水化学はフィルム型ペロブスカイト太陽電池「SOLAFIL(ソラフィル)」として事業を正式に開始した。国内メーカー製の本格量産品としては事実上の第一号である。製品は幅1メートル・長さ1.5メートル、発電効率15%(将来目標20%)、耐久性10年(同20年)というスペックで、まずは金属屋根向けに供給する。供給先は、環境省の導入支援事業で採択されたさいたま市・滋賀県・福岡県・東京都などの自治体や、西日本高速道路(NEXCO西日本)だ。ただし2026年度は現有設備による限定生産で、生産量は年産10MW規模にとどまる。本格量産は2027年の堺ラインの稼働を待つことになる。積水化学は「2030年にはコストを主流のシリコン型と同等まで下げる」との目標を掲げており、量産による価格破壊が実現するかどうかが、この国策事業全体の成否を握る。

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パナソニック(6752)・東芝・リコー——「発電するガラス窓」と国産連合

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積水化学が「フィルムを屋根に貼る」路線なら、パナソニックホールディングス(6752)が狙うのは「ガラスそのものを発電体にする」路線だ。同社のガラス型ペロブスカイトは、独自の材料技術にインクジェット塗布とレーザー加工を組み合わせ、デザインの自由度・サイズの自在さ・光の透過性を兼ね備える。神奈川県藤沢市のスマートタウン「Fujisawa SST」では世界初のガラス建材一体型として長期実証を行い、2025年11月にはサッシ大手のYKK APと組んで大阪市の「谷町YFビル」の内窓へ実装する検証を開始した。自社の技術棟「西門真新棟」の窓でも実証を進めている。パナソニックは当初計画を2年前倒しし、2026年度中のテストマーケティング(試験販売)開始を目指す。オフィスビルや住宅の窓・壁が一斉に発電を始めれば、都市そのものが巨大な発電所に変わる——その世界観を最も具体的に体現するプレーヤーである。

東芝も技術の蓄積で存在感を放つ。同社は2021年に703平方センチメートルというフィルム型として世界最大級のモジュールで効率15.1%を達成し、2023年にはこれを16.6%まで高めた。鍵となったのは、従来2段階を要したペロブスカイト層の成膜を1段階に短縮する「1ステップメニスカス塗布法」で、毎分6メートルという量産レベルの塗布速度を実現した。近年はシリコンと積層したタンデム型のフィールド試験を東京都などと進めており、撤退の観測とは裏腹に開発を継続している。

これら大手の動きを資金面で束ねるのが政府の「グリーンイノベーション基金」だ。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)を通じ、パナソニック・リコー・エネコートの3社に5年間で総額246億円(約1億6,700万ドル)の補助を投じる。パナソニックはガラス型(建材一体型)、リコーとエネコートはフィルム型を担い、3社はそれぞれ2030年に年産200〜300MW級への引き上げを目標とする。これは約6万世帯分の電力に相当する規模だ。リコーは東京体育館の庭園灯への搭載で屋外実証を重ねており、印刷技術の知見を太陽電池に転用する独自路線を歩む。フィルム型・ガラス型・タンデム型と各社の技術が分散していることは、日本連合の「厚み」であると同時に、リソースの分散という弱点にもなりうる。

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エネコート・テクノロジーズ——京大発、トヨタが賭けるタンデム30.4%

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大企業が並ぶなかで、ベンチャーキャピタル(VC)の視点から最も注目すべきは、京都大学化学研究所(若宮淳志教授ら)発のスタートアップ、エネコート・テクノロジーズ(京都府久御山町)である。この一社が、日本のペロブスカイト・エコシステムにおける「純粋なベンチャー賭け金」のほぼ唯一の体現者だからだ。

同社は2024年7月にシリーズCラウンドを実施し、リードインベスターはトヨタ自動車グループのコーポレートVCであるWoven Capital(ウーブン・キャピタル)が務めた。2025年2月の追加調達を含めシリーズCは約63億円、創業来の累計調達額は約87億円に達する。あいおいニッセイ同和損害保険や豊田合成など事業会社も名を連ね、損保とは普及時の保険商品で資本業務提携まで結んだ。トヨタという日本最大の製造業が、CVCを通じて次世代太陽電池に本気の張り紙をした——この一点だけでも、エネコートの戦略的価値は際立つ。

技術面の到達点も鮮烈だ。2025年1月、エネコートはトヨタとの共同開発で、ペロブスカイトと結晶シリコンを積層した「4端子タンデム型」セルで変換効率30.4%という世界最高クラスを達成したと発表した。ペロブスカイト層が可視光で、下のシリコン層が赤外光で発電することで、単独では届かない高効率を引き出す仕組みだ。狙いはEVの屋根への搭載で、走行中・駐車中の発電で航続距離を延ばす「動く太陽光」である。応用範囲も広く、JR九州とは博多駅ホーム屋根、日揮HDやKDDIとはビルや携帯電話基地局での実証を進め、さらにペロブスカイトを宇宙用電源として開発する「宇宙戦略基金」にも採択された。量産では2026年夏のパイロット工場稼働を目指しており、スタートアップとして実装フェーズへの移行を急いでいる。資源総合システムや富士経済が描く市場拡大の「最初の収穫者」になれるかが問われる局面だ。

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ヨウ素株が映す「国策テーマ」——伊勢化学(4107)・関東天然瓦斯(1663)の思惑買い

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ここで投資マネーの動きに目を転じたい。ペロブスカイトが国策テーマとして報じられるたびに、株式市場で真っ先に物色されてきたのが伊勢化学工業(4107)やK&Oエナジーグループ(1663)といった「ヨウ素関連株」である。電池メーカー本体ではなく、その川上の原料を握る企業に資金が向かう構図だ。

実際、伊勢化学工業の株価は2025年に連日の最高値を更新する場面があった。ペロブスカイトの主原料という成長ストーリーに加え、ヨウ素価格の上昇が業績を押し上げるとの期待が買いを呼んだ。一方で、2025年末時点でPER(株価収益率)約29倍、PBR(株価純資産倍率)約4.7倍という水準は、素材メーカーとしては明らかに割高であり、設備投資に伴う減価償却費の増加が当面の利益を圧迫しているとの慎重論も根強い。2026年12月期第1四半期は売上高こそ約88億円と増収だったが、増益基調が続くかは見極めが要る。K&Oエナジーグループ(1663)も同様に物色対象だが、こちらは売上構成の約76%が天然ガス・都市ガス事業で、ヨウ素事業は約15%にとどまる。ペロブスカイト・テーマで株価が動いても、業績へのインパクトは相対的に限定的という構造を理解しておく必要がある。

VCや株式アナリストが冷静に指摘するのは、「ペロブスカイト向けのヨウ素需要は、現時点では世界のヨウ素総需要のごく一部にすぎない」という点だ。ヨウ素の主用途は依然としてレントゲン造影剤・液晶偏光板・医薬・工業触媒であり、太陽電池はこれから立ち上がる新規需要にすぎない。つまり足元のヨウ素株高は、確定した業績ではなく「将来こうなるはず」という思惑(テーマ)が先行した側面が強い。逆に言えば、ペロブスカイトが世界規模で普及すれば、どの国のどのメーカーが最終製品で勝とうとも、川上のヨウ素需要は構造的に増える——「つるはしを売る者が儲かる」式の長期妙味は確かにある。この「テーマの過熱」と「構造的な追い風」の二面性を切り分けて見ることが、ヨウ素銘柄と向き合ううえでの肝になる。

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VCとアナリストはどう見ているか——「技術で勝ち、事業で負ける」リスク

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市場規模の数字だけを並べれば、ペロブスカイトはまばゆい成長産業だ。世界市場は2024年に約2億6,500万ドル(約420億円)と推計され、2030年にかけて年平均7割超という爆発的成長が見込まれる。富士経済は日本市場が2040年に2.4兆円(2023年比約65倍)へ拡大すると予測する。政府の「次世代型太陽電池戦略」(2024年11月)は、2040年に約20GW——原発およそ20基分——の導入を掲げ、発電コストを2030年に14円/kWh、2040年に10〜14円/kWhまで下げる目標を置く。20GWの目標量は第7次エネルギー基本計画にも反映される見通しで、政策の本気度は疑いない。

しかし、VCやエネルギー専門のアナリストが口をそろえて鳴らすのが「技術で勝って事業で負ける」リスクへの警鐘である。米国の調査機関IEEFAなどは、日本が技術面で競争力を持つ一方、(1)中国がすでにアジア太平洋のペロブスカイト市場の約96%を占め、複数のスタートアップ(GCL、Microquanta、UtmoLightなど)がギガワット級の量産ラインを稼働させていること、(2)日本メーカー自身が想定する発電コスト(LCOE)が政府目標を大きく上回りかねないこと、(3)耐久年数が5〜12年と、25年が当たり前のシリコンに比べてなお見劣りすること——を構造的な弱みとして挙げる。英オックスフォードPVが中国のトリナ・ソーラーへ独占的特許ライセンスを供与するなど、欧州発の技術すら中国の量産力に取り込まれつつある現実も重い。

この構図は、日本の太陽電池産業がたどった苦い既視感を呼び起こす。2000年代前半、シャープや京セラ、三洋電機といった日本勢は世界の太陽電池市場を席巻していた。だが価格競争で中国勢に飲み込まれ、わずか十数年で主役の座を明け渡した。「発明と初期の量産では先行しながら、コモディティ化の波で敗れる」——その轍を再び踏むのか、という問いである。

だからこそ、VCの視点から見た日本の合理的な勝ち筋は、中国と同じ土俵(平らで安いパネルの$/ワット競争)で殴り合うことではない。シリコンには絶対に真似できない「軽い・曲がる・透ける・建材になる」という形状の自由度を武器に、ビル壁面・窓・EV・軽量屋根といった付加価値ニッチを押さえること。そして、ヨウ素という国産サプライチェーンを経済安全保障の資産として握り続けること。この二点に賭け金を集中させる「差別化戦略」こそが、各社とVCが描く現実解なのだ。積水化学の事業を政府補助金とDBJ出資が半分支え、トヨタのCVCがエネコートを率い、ヨウ素株に思惑買いが入る——資金の性格がそれぞれ「国策資本」「戦略的CVC」「テーマ株物色」と異なる点も、この産業がまだ純粋な市場原理だけでは回っていない若さの証左である。

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今後のロードマップ——2026〜2030年に何が起きるか

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最後に、これから「いつ・何が」起きるのかを時系列で整理しておきたい。

2026年は、実証から商用への移行を象徴する年になる。3月に始まった積水化学のSOLAFIL出荷が自治体や高速道路向けに本格化し、パナソニックは年度内にガラス型のテストマーケティングを開始、エネコートは夏にパイロット量産工場の稼働を目指す。続く2027年4月には積水化学が堺工場で100MWの量産ラインを立ち上げ、フィルム幅1メートルの本格生産が始まる予定だ。2028〜2029年にかけては各社の実証データが出そろい、耐久性が現行の10年から目標の20年へ近づけるか、そして公共調達による需要創出(政府は曲がる太陽電池の公共調達拡大を打ち出している)が立ち上がるかが焦点となる。そして2030年——政府が国内1GW超の生産能力を掲げ、積水化学がコストを「シリコン型と同等」へ下げると約束した節目を迎える。タンデム型の効率がさらに30%台後半へ伸びるか、鉛フリー化(スズ系など代替材料)の研究がどこまで実用に近づくかも、この前後の重要な観測点だ。

その先の2040年に、原発20基分・20GWの導入と「完全国産サプライチェーン」という野心的な目標が待つ。ここまでの道のりは、技術の成熟度よりもむしろ「コストと耐久性を、中国の量産スピードに間に合う形で詰め切れるか」という、きわめて事業的な勝負にかかっている。発明から17年、効率を3.8%から26%超へと引き上げてもなお、宮坂力教授は新構造でのコスト3割減に挑み続けている。発明者がまだ走っているという事実は、この日本発の技術がゴールではなく、いままさに最も面白い中盤戦にあることを示している。薄く、軽く、曲がるその一枚が、日本のエネルギーと産業の地図をどこまで描き替えるのか——今後数年が、その答えが見え始める正念場となる。


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