ダイヤモンド半導体とは何か——「究極の半導体」をやさしく解説

ダイヤモンド半導体と聞いて、まず宝石を思い浮かべるかもしれない。だが、ここで言うダイヤモンドは指輪の石ではなく、メタンガス(天然ガスの主成分)を原料に工場の装置の中で炭素原子を一層ずつ積み上げて合成する「人工ダイヤモンド」である。化学気相成長(CVD)と呼ばれる手法で、高純度の単結晶ダイヤモンドを作り、そこに微量の不純物を加えて電気を流せるようにし、トランジスタやダイオードといった半導体素子に仕立てる。つまりダイヤモンド半導体とは、シリコンやシリコンカーバイド(SiC)に代わる「半導体の材料」としてのダイヤモンドのことだ。
なぜダイヤモンドなのか。半導体の歴史は、より過酷な条件に耐えられる材料を求める歴史でもあった。パソコンやスマホの頭脳を担うシリコンは万能だが、電気自動車(EV)のモーターを回すインバーターや、送電網、データセンターの電源のように「大きな電力を高い電圧で扱う」パワー半導体の世界では、シリコンは熱と電圧の限界に突き当たる。そこで2010年代以降に実用化が進んだのが、シリコンより広い「バンドギャップ(電気を流す/流さないを切り替えるエネルギーの壁)」を持つSiCやGaN(窒化ガリウム)だ。SiCはすでにEVや鉄道、GaNは急速充電器や通信基地局で使われている。ダイヤモンドは、この「ワイドバンドギャップ半導体」の系譜の最終到達点に位置づけられ、SiCやGaNをさらに上回る性能を理論上備えることから「究極の半導体」「次々世代パワー半導体」と呼ばれている。
具体的に何が変わるのか。イメージしやすいのは三つの場面だ。第一にEVである。同じ性能ならインバーターを劇的に小さく軽くでき、冷却機構も簡素化できるため、航続距離や車内空間に余裕が生まれる。第二に防衛・宇宙のレーダーや衛星通信である。高い周波数の電波を大電力で増幅でき、しかも自ら発する熱を素早く逃がせるため、ドローンのような小さな脅威をより早く探知できる高性能レーダーや、宇宙空間の強い放射線下でも動き続ける通信機が実現に近づく。第三に、まさにこの技術が生まれた原点である原子炉の廃炉現場だ。福島第一原発のデブリ(溶け落ちた核燃料)周辺のような、人も通常の電子機器も近づけない高放射線環境で動くセンサーや回路を、ダイヤモンドなら作れる可能性がある。
物性で見る圧倒的優位と、40年越しの難題

ダイヤモンドが「究極」と呼ばれる理由は、物性の数字を並べると一目瞭然だ。バンドギャップはシリコンの約1.1電子ボルト(eV)に対しておよそ5.5eVと5倍に達し、SiC(約3.3eV)やGaN(約3.4eV)すら大きく上回る。電気を絶縁する強さを示す絶縁破壊電界はシリコンのおよそ30倍とされ、同じ厚みでより高い電圧に耐えられる。熱伝導率は約2,000〜2,200W/m・Kと、あらゆる半導体材料の中で最も高く、銅の数倍に相当する——つまり半導体自身が優秀なヒートシンク(放熱板)として働く。さらにキャリア移動度も高い。これらを総合し、パワー半導体材料の優劣を示す「バリガ性能指数(Baliga FOM)」で比べると、ダイヤモンドはSiCの80倍以上、GaNの10倍以上と見積もられている(旭化成の技術リポートなど)。
数字の意味を平たく言えば、「より高い電圧を、より小さな素子で、より熱くなっても、より低い損失で扱える」ということだ。理屈の上では、シリコンやSiCで作る電力変換器を一桁小さく・軽くし、エネルギー損失も大幅に減らせる潜在力を秘める。だからこそ、半導体業界は40年以上前からダイヤモンドに着目してきた。
ところが、その実用化はながらく「できそうでできない」テーマの代表格だった。難題は大きく二つある。一つは、電気を流すための不純物添加(ドーピング)、とりわけ電子を運ぶ「n型」を安定して作るのが極めて難しいこと。もう一つは、シリコンが直径300mmの大きな円盤(ウェハー)で安く作れるのに対し、単結晶ダイヤモンドはせいぜい数mm〜十数mm角の小片しか作れず、量産に必要な大きさ・均質さ・低コストを満たせなかったことだ。「人類が四十年挑んで商業化に失敗してきた材料」(Nippon.comの表現)——この長年の壁が、2020年代後半に入って日本の研究機関とスタートアップの手で次々と崩れ始めた。ここに本稿の主題がある。

日本が世界をリードする理由——25年の蓄積と「すり合わせ」文化

ダイヤモンド半導体で日本が突出している事実は、研究者の「頭数」に端的に表れる。中国を除くと、世界のダイヤモンド半導体の研究者はわずか100人あまりしかいない。そのうちおよそ4分の1が、後述する福島のスタートアップ・大熊ダイヤモンドデバイス1社に集まっており、この分野で世界的に最も論文が引用される科学者2名も同社に在籍する。これは一朝一夕の話ではなく、産業技術総合研究所(産総研)、物質・材料研究機構(NIMS)、佐賀大学、早稲田大学などが四半世紀にわたり国家資金で地道に積み上げてきた基礎研究の厚みの反映である。
東京を拠点に同社へ出資するベンチャーキャピタル(VC)Coral Capitalの創業パートナー兼CEOジェームズ・ライニー氏は、2026年4月に公開した論考「日本のアポロ計画(Japan's Apollo Moment)」で、これを「日本でしか生まれ得なかった優位性」と位置づける。彼の見立てでは、ダイヤモンド半導体の製造は標準化された量産工程というより「職人的なプロセス」であり、結晶成長から基板加工、デバイス化までの全工程で緻密な品質管理を要する。日本の「ものづくり(monozukuri)」文化と熟練労働力がこれに適しているという。加えて、三菱電機・富士電機・東芝・ロームといったパワー半導体・アナログ半導体の世界トップ級メーカーが国内に揃い、新材料を受け止める産業の受け皿(エコシステム)がある。ライニー氏は「25年分の知の集積は、潤沢な資金を持つ競合が短期間で再現できるものではない」と書く。
実際、日本のプレイヤーは大きく四つの陣営に整理できる。基盤技術の核心的課題を解く司令塔としての産総研、世界初の量産工場を建てる大熊ダイヤモンドデバイス、ウェハー(基板)の品質と大口径化で先行するOrbray(オーブレー)、そして佐賀大学発で高周波デバイスを手がけるダイヤモンドセミコンダクター(DSC)である。ここに早稲田大学発のパワーデバイス企業Power Diamond Systems(PDS)を加えると、日本の布陣がほぼ見渡せる。以下、それぞれを具体的に見ていく。
福島発・世界初の量産工場——大熊ダイヤモンドデバイス

象徴的な存在が、北海道大学と産総研の技術を母体とする大熊ダイヤモンドデバイス(本社・札幌)だ。創業者でCEOの星川尚久氏は2016年に北大の金子純一研究室を訪ね、別の会社を経営していた身でありながら「一つの産業を丸ごと変えるスケールの技術」を求めて転身。約6年かけて自ら物理を学び、研究者との信頼を築いたうえで、2022年3月に金子氏(北海道大学)、梅沢仁氏(産総研)とともに同社を設立した。出発点は事業機会ではなく社会課題——2011年の福島第一原発事故である。デブリのそばでも壊れない中性子検出器を作るという国家研究プロジェクトが、この会社の原型になった。同社は2024年9月、米Forbes Asiaの「Forbes Asia 100 to Watch 2024」にも選ばれている。
その大熊ダイヤモンドデバイスが、福島県大熊町の産業団地に建設したのが、ダイヤモンド半導体としては世界初となる量産工場だ。敷地面積は約5,800平方メートル。2025年3月27日には町長や経済産業省の副大臣、東京電力・東北電力の関係者ら70人超が集まって起工式が行われ、2026年5月29日に工場が完成して落成式を迎えた。ただし建屋の完成と本格量産は別物で、報道によれば設備の据え付けと立ち上げを経て、フル稼働(本格量産)の目標は2028年度に置かれている。生産能力は最大で年間数十万個規模。まず狙うのは廃炉ロボットなど高放射線環境向けで、そこから宇宙、防衛、通信、EVへと用途を広げる構想だ。
VCの視点から見て、この会社の戦略には「他にない筋の良さ」がある。第一に、ダイヤモンドはメタンガスから合成され、レアアース(希土類)や地政学的な対立国が握るサプライチェーンに依存しない。Coral Capitalのライニー氏はこれを「米国の条約同盟国における完全な国内生産」と評価する。第二に、ライニー氏は本技術を米アポロ計画になぞらえる。「アポロ計画は本当は月そのものが目的ではなく、材料科学・計算・通信・製造のブレークスルーが民生を一変させた。ダイヤモンド半導体も、福島の廃炉という必要から生まれ、創業者が想像もしなかった市場——防衛レーダーや宇宙、EV——にたどり着く」という論立てである。同氏は、星川CEOが「商業化が誠実なものになるまで」あえて6年待ったという技術者気質の慎重さを、誇大広告の多いディープテック投資の中でむしろ評価できる点として挙げている。
ウェハー大口径化の競争——Orbray・EDP・産総研

ダイヤモンド半導体が量産に乗るかどうかは、結局のところ「どれだけ大きく良質なウェハーを安く作れるか」にかかっている。ここで先行するのが、かつてアダマンド並木精密宝石として知られたOrbray(オーブレー)だ。同社は2インチ(直径約50mm)のダイヤモンドウェハーの量産技術にめどをつけ、4インチ基板の研究開発も進める。半導体素子に適した結晶方位を持つ世界最大級・20mm角の双晶の無い(111)単結晶ダイヤモンド自立基板の生産技術を確立し、実用化のカギを握るn型ダイヤモンド基板の開発にも取り組む。Orbrayは2024年6月、世界最大のダイヤモンド企業デビアス傘下のElement Six(エレメントシックス)と、大口径・高品質の単結晶人工ダイヤモンド事業で提携。さらにトヨタ自動車とデンソーが共同出資するMIRISE Technologies(ミライズテクノロジーズ)ともダイヤモンドパワー素子の研究開発で手を組んでおり、EV用途への布石を打っている。
人工ダイヤ製造を手がける株式会社イーディーピー(EDP)も急速に存在感を高めている。同社は2026年5月27日、複数の単結晶を横方向に接合する「モザイク結晶」構造で、四つの25mm級単結晶を貼り合わせた約53mm角の結晶を作り、表面のほぼ全面で約5nm(ナノメートル)の平滑性を達成したと発表した。これを母結晶としてレーザーで円形に切り出せば、2インチウェハーが量産できる見通しで、量産体制は2026年度下期を見込む。同社は4インチ化に向けて、50mm角以上の単結晶や100mm角超のモザイク化、さらには別方式の貼り合わせウェハー技術も並行して探る構えだ。
そして全体を技術面で先導するのが産総研である。2026年2月2日、産総研はEDPと共同で、小片のダイヤモンドウェハー(12mm角)をシリコン基板(2インチ)に1200℃の高温で接合し、熱膨張差による反りを抑える新手法を発表した(学術誌ACS Applied Engineering Materials掲載)。1000℃接合では27μmあった基板の高低差が、1200℃では9μmへと約6割改善し、界面は薬液処理や1000℃の熱処理にも耐えたという。産総研は2030年までに6インチウェハーの実現を目標に掲げ、国内企業への技術移転を加速する方針だ。「結晶を大きくする」アプローチ(Orbray・EDP)と「小片をつないで大面積にする」アプローチ(産総研の接合技術)が併走している点が、いまのウェハー開発の構図である。
デバイス勢の二刀流——パワーのPDS、高周波の佐賀大・DSC

ウェハーの上に実際の素子を作るデバイス勢は、大きく「パワー系」と「高周波系」に分かれる。
パワー系の代表が、早稲田大学の川原田洋教授の技術を母体とするPower Diamond Systems(PDS、2022年8月設立、本社・東京新宿)だ。川原田教授は1994年に水素終端チャネル、2020年に酸化シリコン終端チャネル、さらに世界初の縦型ダイヤモンドトランジスタを生み出した、この分野の世界的権威である。CEOにはロームを経てマサチューセッツ工科大学(MIT)でGaN(窒化ガリウム)デバイスを研究した藤嶌辰也氏が就き、川原田教授が共同創業者兼CSO(最高科学責任者)を務める。早稲田大学ベンチャーズ(WUV)が創業時に1億円を出資した。同社はSEMICON Japan 2025でダイヤモンドMOSFET(電界効果トランジスタ)を披露し、2026年3月にはダイヤモンドMOSFETを使った降圧型DC-DCコンバーターの連続スイッチング動作を確認、4月にはオン抵抗を従来構造の10分の1以下に抑えるモノリシック双方向スイッチを発表するなど、200V・1A級のスイッチング動作を相次いで実証している。狙うのはEVや基地局など、高電圧・高温で効く電力変換の世界だ。
高周波系を担うのが、佐賀大学の嘉数誠教授らの研究を基盤とする株式会社ダイヤモンドセミコンダクター(DSC)である。同社は2025年2月10日に設立され(代表取締役は嘉数司津子氏)、同年6月に佐賀大学発ベンチャーの称号を授与された。佐賀大はJAXA(宇宙航空研究開発機構)と組み、電子線描画でT字型の微細ゲート構造を作り、120GHzというマイクロ波・ミリ波帯で世界最高レベルの電波増幅を達成。製造装置は日本電子(JEOL)が供給し、JVCケンウッドとも共同研究を進める。DSCは2026年1月から、世界初となるダイヤモンド半導体デバイスのサンプル製造・販売を開始した。ターゲットはBeyond 5G/6Gの基地局や衛星通信といった、高周波かつ高出力の用途であり、量を追わずファブレス(自社工場を持たない)で高収益を狙うビジネスモデルを志向する。PDSが「電力を制御するパワー」、佐賀大・DSCが「電波を増幅する高周波」という二刀流で、日本はデバイス層でも世界の先頭を走っている。
出資元と資金の流れ——VC・国家・防衛マネー

技術だけでなく、誰がカネを出しているかを追うと、日本のダイヤモンド半導体が「VC・国家・防衛」の三層で支えられていることが見えてくる。
中核となる大熊ダイヤモンドデバイスの資金調達は段階的だ。2023年5月のシードラウンドでは、Coral Capitalがリード投資家として1.4億円を出資し、グロービス・キャピタル・パートナーズも参加した。続く2024年10月のプレシリーズAラウンドでは、デットファイナンスを含めて約40億円を調達。グロービス・キャピタル・パートナーズがリードし、Coral Capital、グリーンコインベスト、エースタート、ゆうちょSpiral Regional Innovation、三井住友海上キャピタル、SMBCベンチャーキャピタル、FFGベンチャービジネスパートナーズ、ほくほくキャピタル、新生企業投資が引受先に名を連ね、デットの筆頭金融機関はみずほ銀行が務めた。助成金も合わせた累計調達額は約67億円に達する。デバイス勢のPDSには前述のとおりWUVが1億円を投じている。
国家と防衛の資金も重い。Coral Capitalによれば、大熊ダイヤモンドデバイスは日本の防衛省から複数年にわたる委託研究契約を受けており、その背景には世界的な防衛費の増額——日本の防衛予算はこの3年で約2倍——がある。ダイヤモンド半導体はレーダーで高周波信号を高出力かつ低発熱で増幅でき、GaNモジュールの「載せ替え」部品として既存プラットフォームの設計を変えずに性能を底上げできるため、軍事的価値が高い。VCマネー(民間の成長資金)、国家研究プロジェクト(基礎から量産までの長期資金)、防衛調達(確度の高い初期需要)という三つの資金源が同時に注がれている点が、この領域の日本の強さを資金面から支えている。なお、こうした官民の資金が長期にわたって絶えなかったこと自体が、前述した「25年の蓄積」と研究者層の厚みを生んだ源泉でもある。

シリコンバレーと世界はどう報じているか——VCの視点

では、シリコンバレーのVCや海外メディアはこの動きをどう見ているのか。結論から言えば、最も鋭いVCの論考は、皮肉にも東京発のCoral Capitalから出ている。同社CEOのジェームズ・ライニー氏は米500 Startups出身でシリコンバレーの作法を知るアメリカ人投資家であり、その「日本のアポロ計画」論は、ディープテック+地政学+防衛という、いまのシリコンバレーが最も好む投資テーマの文法でダイヤモンド半導体を語っている。要点は、(1)材料科学の深い蓄積と量産文化、(2)レアアース不要・対立国非依存というサプライチェーンの清潔さ、(3)必要(福島)から生まれた技術が想定外の巨大市場(防衛・宇宙・EV)に届く——の三点に集約される。
海外メディアの報道も2026年に入って厚みを増した。Nikkei Asiaは「日本のR&Dが強力なダイヤモンド半導体を現実に近づけている」と報じ、Nippon.comは大熊町の工場完成を「人類が40年挑んで商業化に失敗してきた材料」を作る世界初の施設として伝えた。台湾の業界紙DigiTimesも、2026年5月に「日本のダイヤモンドチップ・スタートアップが工場とサンプルで量産へ動く」と特集している。日本政府の広報サイトJapanGovも「危機を究極のディープテックでイノベーションに変える」と位置づけており、国際的な発信は明らかに強化されている。
一方で、純粋なシリコンバレーのVCマネーがダイヤモンド半導体に大量に流れ込んでいるわけではない、という現実も冷静に押さえておきたい。米国側の資金は、むしろ国防の枠組みを通じて動いている。米国防高等研究計画局(DARPA)は「超ワイドバンドギャップ半導体(UWBGS)」プログラムを立ち上げ、これをElement Six(デビアス傘下)が主導。その国際チームには、日本のOrbray(大面積ダイヤの専門知)、レーダー大手のRaytheon/RTX、仏Hiqute Diamond、米スタンフォード大・プリンストン大が名を連ねる。米国の本気のダイヤモンド投資は防衛発であり、しかもその中核に日本のOrbrayが組み込まれている点は象徴的だ。民間の米スタートアップとしては、アリゾナ州立大学発のAdvent Diamondが全米科学財団(NSF)から75万ドル(約1.2億円)の助成などを受けてダイヤモンドダイオードやGaN-on-diamondを開発し、Adam Khan氏のAKHAN Semiconductorは6ラウンドで累計3,004万ドル(約47億円)を調達したものの、2025年6月に資産がDiamond Technologies(DTI)に取得されている。サンフランシスコのDiamond Foundryは累計3.15億ドル(約490億円)を調達し2021年に18億ドル(約2,800億円)の評価額がついた有力企業だが、その軸足は宝飾用ラボグロウンダイヤや太陽電池用ウェハーにあり、パワー半導体の主役とは言いにくい。総じて、シリコンバレーの「賢いマネー」の見立ては、「材料と人材のリードは日本にあり、確度の高い需要は米国の防衛にある」という分業的な構図に落ち着きつつある。
地政学とサプライチェーン——日米5,500億ドルと「第2のレアアース」

ダイヤモンド半導体を、より大きな地政学の文脈で押し上げているのが、2025年7月に合意した日米の通商・投資協定だ。米国が日本製品への相互関税を15%とする代わりに、日本が総額5,500億ドル(約85兆円)の対米投資を行うというこの枠組みで、両政府は2026年2月18日(日本時間)、第1陣の3プロジェクトを発表した。内訳は、AIデータセンター向けのガス火力発電が約333億ドル(約5.2兆円、オハイオ州)、米国産原油の輸出インフラが約21億ドル(約330億円、テキサス州・メキシコ湾岸)、そして人工ダイヤモンド製造が約6億ドル(約930億円、ジョージア州)である。
ここで注意したいのは、第1陣の人工ダイヤ案件はあくまで「工業用合成ダイヤ(グリット=研削・研磨用の砥粒)」の製造であり、ダイヤモンド半導体そのものの工場ではないという点だ。施設を運営するのはここでもElement Six(デビアス傘下)で、自動車・航空・半導体部材の超精密研磨・加工や量子デバイス、軍事用レーダー部品の素材を供給し、米国内需要を満たす狙いとされる。とはいえ、半導体グレードのダイヤ材料と地続きであり、何より「中国依存からの脱却」という論理は半導体用途とまったく同じだ。工業用合成ダイヤの世界生産は中国が大きなシェアを握り、その比率は報道により6割超から9割超まで幅があるが、日経ビジネスは「9割超」と伝え、これを「第2のレアアース」と警戒する見方を紹介している。
もっとも、この投資が日本の経済安全保障にどれだけ資するかには留保もある。日経ビジネスや野村総研の指摘によれば、米国で製造されるダイヤが日本に優先供給されると明記されているわけではなく、米商務省が掲げる目的は「米国内需要の充足」にとどまる。買い手候補として旭ダイヤモンド工業やノリタケといった日本企業の名も挙がり、国際協力銀行(JBIC)総裁は本案件を「相互に利益があり、十分にバンカブル(融資可能)」と評価する一方で、「日本にとっての安全保障上の果実は見えにくい」という批判も併存する。報道の揺れと不確実性を含めて理解しておくべき論点だ。いずれにせよ、ダイヤモンドという素材が、宝飾でも研磨でもなく「戦略物資」として日米の通商交渉のテーブルに載った事実は、この分野の重みを物語っている。

今後のロードマップと市場規模——いつ何が起こるか

市場規模の予測は、定義の違いから大きくばらつく。「ダイヤモンド半導体基板」に限れば、2024年の約4.2億ドル(約65億円)から2030年に約7.9億ドル(約120億円、年率約11%)という見方がある一方、放熱材なども含む「半導体向けダイヤモンド材料」で捉えると2023年の約15億ドル(約230億円)から2030年に約37億ドル(約580億円、年率約12%)へ拡大するとの推計もある。さらに強気の調査では2025年の約21億ドル(約330億円)から2034年に約178億ドル(約2.8兆円、年率約26%)に達するとするものもある。数字の大小は「何を市場に含めるか」に依存するため、特定の一社の予測を鵜呑みにせず、「年率2桁の高成長が見込まれる黎明期の市場」という認識が妥当だ。
時間軸で見ると、節目はかなり具体的に見えてきている。2026年は、大熊町工場の完成(5月)、佐賀大・DSCによる世界初のデバイス・サンプル出荷(1月)、EDPの2インチウェハー量産体制の整備(年度下期)と、「実証から供給開始」へ移る転換点だ。2027〜2028年には、大熊ダイヤモンドデバイスのフル量産(2028年度目標)や4インチウェハーの実用化が視野に入る。2030年前後には、産総研が目標とする6インチウェハーの実現と、防衛・宇宙・6Gといった高付加価値分野での採用が本格化し、2030〜2035年にはEVインバーターや産業用電力変換といったボリューム市場への展開が始まる、というのが各陣営の描く道筋である。
投資家・事業者の視点で「今後どこを計測すべきか」を整理すると、注視点は明快だ。第一にウェハーの口径(2インチ→4インチ→6インチ)とその歩留まり・コスト、第二にn型ダイヤの安定形成という積年の難題の突破、第三に防衛・宇宙からの初期受注と最初の商用採用(デザインウィン)、第四に日米5,500億ドル投資のような国家マネーが半導体グレードの材料供給へどこまで波及するか——である。これらのマイルストーンが一つ達成されるたびに、ダイヤモンド半導体の現実味は跳ね上がる。

まとめ——「割れない」材料が日本の次の輸出産業になるか

ダイヤモンド半導体は、シリコンの物理的限界を真正面から突破しうる「究極の半導体」であり、その実用化の最前線に立っているのは、まぎれもなく日本だ。世界に100人あまりしかいない研究者の4分の1を抱える大熊ダイヤモンドデバイス、ウェハーを大きくし続けるOrbrayとEDP、技術の司令塔たる産総研、そしてパワーのPDSと高周波の佐賀大・DSC——役割を分担した日本勢が、四半世紀の蓄積を土台に「研究室の夢」を「工場の現実」へと変えつつある。
シリコンバレーのVCの視点で統合すれば、この物語の本質は三つだ。すなわち、日本にしか再現できない材料・人材のリードという「堀(moat)」、レアアース不要・対立国非依存というサプライチェーンの清潔さ、そして福島の必要から生まれ防衛・宇宙・EVという巨大市場へ向かう「アポロ計画型」の射程である。資金は民間VC・国家・防衛の三層から注がれ、地政学は日米投資協定を通じてこの材料を戦略物資へと押し上げた。残る関門はウェハーの大口径化とn型ダイヤ、そして量産コストだが、2026年から2030年にかけて、その一つひとつに答えが出ていく。福島で起きた日本最悪の災害が、次の偉大な輸出産業の起点になるかもしれない——その仮説が現実になるかどうかを測る数年が、いま始まっている。