プリンター部品の膜が、光のシャッターになった

住友化学(4005)と九州大学、TFLN の 3 倍の効率を出す新材料 KNN で光変調器を 180 Gbaud 動作。光電融合の材料争いに化学メーカーが参入 - プリンター部品の膜が、光のシャッターになった - 章扉

プリンターのインクを弾き出す部品や、小さな鏡を首振りさせる部品のために開発されてきた薄い膜が、光のシャッターとして動いた。1秒間に1,800億回、光を通しては止める。

膜の正体は、KNN(ニオブ酸カリウムナトリウム)という結晶だ。住友化学がこの膜をウエハーの上に作り、九州大学先導物質化学研究所の横山士吉(よこやま・しよし)教授らのグループが、光の信号を生み出す「光変調器」に仕立てた。両者は9月28日、この変調器が1秒間に1,800億回の切り替え、業界の単位でいう180ギガボーで動いたと発表した。

数字はもう一つある。光を切り替えるのに必要な電圧の小ささ、つまり変調の効率が、次世代の光変調器材料の本命と目されてきたTFLN(薄膜ニオブ酸リチウム)の標準的な値と比べて、約3倍に達した。成果は9月にスペインのマラガで開かれた光通信の国際会議ECOC 2026で、締め切りの後に届いた特に新しく重要な研究だけを集める「ポストデッドライン論文」に選ばれた。一般に採択率が低い、狭き門の発表枠である。

なぜ光のシャッターがそこまで大事なのか。エヌビディア(NVIDIA)のジェンスン・フアンCEOは2025年3月の基調講演で、GPU1個をネットワークにつなぐには差し込み式の光トランシーバーが6本要り、それだけで180ワットを使うと説明した。GPUを100万個並べれば、光の出入り口だけで180メガワット。100万キロワット級の原子炉1基の、2割近い電力だ。

光トランシーバーは、手のひらに乗るほどの細長い金属の箱で、ネットワーク機器の差し込み口に挿して使う。その中で、電気の信号を光の点滅に変える部品が光変調器である。少ない電圧で、小さく、速く動く変調器を作れるかどうかは、AIデータセンターの電力と、光の部品をどこまで計算チップに近づけられるかを左右する。電子回路と光回路を一体にする「光電融合」の要となるこの部品の材料争いに、日本の化学メーカーが本格的に名乗りを上げた。

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光変調器とは――光を1秒に1,800億回まばたかせる「高速シャッター」

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光ファイバーの中を流れるデータは、光の点滅でできている。明るければ1、暗ければ0。懐中電灯でモールス信号を送るのと同じ理屈だ。ただ、レーザーそのものを1秒に何千億回も点けたり消したりすると、光の質が乱れ、速さにも限界がある。そこでレーザーはつけっぱなしにしておき、その先に置いたシャッターで光を通したり止めたりする。このシャッターが光変調器だ。

シャッターといっても、機械の羽根が動くわけではない。よく使われる仕組みはこうだ。光の通り道を途中で二股に分け、片方の道にだけ電圧をかける。電圧のかかった結晶の中では、光の進み方がほんのわずかに遅れる。二つの道を再び合流させたとき、波の山と山がそろえば明るくなり、山と谷がぶつかれば打ち消し合って暗くなる。電圧のオンとオフが、そのまま光の明暗に置き換わるわけだ。

電圧でどれだけ光の進み方が変わるかは、材料で決まる。その実力を測る物差しが、VπL(ブイパイエル)という指標だ。光を明るい状態から真っ暗な状態まで切り替えるのに必要な電圧と、素子の長さを掛け合わせた値で、小さいほど優秀になる。

KNNの変調器は、この値が0.7ボルト・センチメートル未満だった。長さ1センチの素子なら、0.7ボルトに満たない電圧で光を消せる。比較に使われたTFLNの標準的な値は約2.0で、同じ1センチなら約2ボルトが要る。言い換えれば、同じ電圧ならKNNは素子の長さを3分の1にでき、同じ長さなら電圧を3分の1にできる。

電圧が小さいことの意味は大きい。計算チップがそのまま出せる電気信号は、1ボルト前後と小さい。変調器がそれ以上の電圧を求めれば、間に増幅器を挟まなければならず、その分の電力と場所を食う。素子が短くなれば、たくさんの変調器を狭い場所に並べられる。

速さはどうか。今回の実験は、オンとオフの2段階で光を点滅させる方式で、1秒に1,800億回、つまり毎秒180ギガビットの信号を作った。いま最先端の光トランシーバーは、明るさを4段階に分けて1回の点滅に2ビットを載せ、1本の光の道で毎秒200ギガビットを送る。次の世代では、これを毎秒400ギガビットに倍増させる計画が動いており、4段階の明るさを使っても、1秒に2,000億回を超える切り替えが必要になる。180ギガボーは、その次世代の入り口に手をかける速さだ。

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TFLNはなぜ本命になり、どこでつまずいているのか

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ニオブ酸リチウム、略してLNは、光変調器の世界では古くからの定番材料だ。海をまたぐような長距離の光通信では、LNの結晶で作った変調器が長年使われてきた。ただ、結晶の塊を加工して作る従来型は細長く大ぶりで、データセンターの中に大量に並べるには向かなかった。

流れを変えたのは2018年、米ハーバード大学のマルコ・ロンチャー教授らが英科学誌ネイチャーに発表した論文だ。LNを1マイクロメートルに満たない薄い膜にして光の通り道を作り込むと、計算チップ並みの低い電圧で、毎秒210ギガビットの信号を作れることを示した。これがTFLN、薄膜ニオブ酸リチウムである。成果を事業にするためにハイパーライト(HyperLight)が設立され、TFLNは次世代変調器の本命として一気に注目を集めた。

その後の資金の流れも太い。ハイパーライトは2026年6月、台湾の半導体設計大手メディアテックが主導する8,000万ドル(約126億円)の資金調達を発表した。電子機器の受託製造で知られるフォックスコンやジェイビル、台湾のファウンドリーUMCの投資部門、カタール投資庁なども加わった。同社は1本の光の道で毎秒200ギガビットの製品に対応し、400ギガビット版をサンプル出荷している。量産はUMCなどと組み、6インチと8インチのウエハーで進める。日本でも、LN変調器を手がけてきた住友大阪セメントが、早稲田大学などとともに、薄膜LNで200ギガヘルツ級の変調器を目指す情報通信研究機構(NICT)の委託研究に2025年度から加わっている。

では、TFLNはどこでつまずいているのか。一つは作り方だ。TFLNの基板は、LNの単結晶の塊にイオンを打ち込んで薄くはがれる面を作り、別のウエハーに貼り合わせてから、薄い層だけを割り取るという手間のかかる工程で作る。2026年8月に公開された研究論文は、イオン注入、切り出し、貼り合わせという難しい工程の積み重ねが、製造コストと工程の複雑さを大きく押し上げ、TFLNの量産拡大の大きな障害になっていると指摘した。

供給の細さもある。欧州連合(EU)が支援したELENAプロジェクトは2025年6月、TFLNの土台となる基板の供給網が、これまで「EU域外のたった1社の商業サプライヤー」に頼ってきたと説明し、欧州で初めての量産供給とファウンドリーの立ち上げを打ち出した。

調査会社ライトカウンティング(LightCounting)の見立ても慎重だ。同社は2025年2月のリサーチノートで、データセンター向けの製品について「TFLNには、必要な量と低コストを支える製造能力が足りない」と書き、データセンター同士を結ぶような、より長い距離のコヒーレント通信のほうが、TFLNの入り口になりうるとした。そのうえで「シリコンフォトニクスと同様、この新技術の普及には10年以上かかる」と見通している。TFLNには、電圧をかけ続けると動作点が少しずつずれていく「DCドリフト」という、長期安定性の課題も指摘されてきた。

TFLNの弱点は、性能よりも「作りやすさ」と「量」にある。KNNが突こうとしているのは、まさにそこだ。

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KNNとは――「動き」の材料として育った、ニオブ酸の仲間

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周期表のいちばん左の列には、リチウム、ナトリウム、カリウムが縦に並ぶ。性質のよく似たアルカリ金属の仲間だ。TFLNの材料であるニオブ酸リチウムは、リチウムとニオブと酸素でできている。KNNは、リチウムの代わりにカリウムとナトリウムを組み合わせた、同じ「ニオブ酸」の仲間である。結晶の形は異なるが、材料の顔ぶれはよく似ている。

ただ、KNNはもともと光ではなく、「動き」の材料として育ってきた。電圧をかけるとわずかに伸び縮みし、逆に押されると電気を生む「圧電材料」だ。インクジェットプリンターのヘッドや、デジタルカメラやカーナビで手ぶれや傾きを感じ取るセンサーには圧電の薄い膜が使われてきたが、主役はチタン酸ジルコン酸鉛、通称PZTという、鉛を多く含む材料だった。環境規制が強まるなか、鉛を使わない代わりの材料として期待されてきたのがKNNだ。

ところがKNNは、薄い膜にするのが難しかった。カリウムもナトリウムも蒸発しやすく、成分の比率がすぐに崩れてしまうからだ。この壁を越えたのが日立電線で、2013年までに、半導体工場で広く使われる「スパッタリング」という方法で、4インチのシリコン基板の上に緻密なKNN膜を作る技術を確立した。スパッタリングは、材料の板にイオンをぶつけて原子をはじき出し、向かいに置いたウエハーの上に雪のように降り積もらせる成膜法だ。米国特許の権利の移り変わりをたどると、この技術は日立電線から日立金属、サイオクスという会社を経て、住友化学へ受け継がれてきたことがわかる。

住友化学はいま、直径200ミリ、つまり8インチのウエハーにKNN膜を作っている。フランスの研究機関CEA-Leti(セア・レティ)は2023年、住友化学が200ミリのウエハーに成膜したKNNを使い、鉛を使わない圧電アクチュエーターを試作したと発表した。2025年12月には住友精密工業のMEMS(メムス)ファウンドリー部門が、住友化学が提供するKNN膜を加工する受託サービスを始め、2026年8月にはセイコーエプソンが、プリンターヘッド向けを皮切りに住友化学と圧電薄膜の技術提携を結んだ。圧電の世界でKNNは、すでに量産の入り口に立っている。

伸び縮みの材料が、なぜ光のシャッターになるのか。実は、電圧で形が変わる性質と、電圧で光の進み方が変わる性質は、どちらも結晶の中で原子の並びが対称でないことから生まれる、兄弟のような性質だ。ニオブ酸リチウム自身も、スマートフォンの電波を選り分けるフィルターに使われる圧電材料である。圧電で鍛えた膜を光に転用する発想には、物理の裏付けがある。

九州大学の横山研究室は、光を操る材料を乗り換えながら記録を伸ばしてきた。2020年には日産化学と組んだ電気光学ポリマーの変調器で、100度を超える高温でも安定して動くことを確かめた。2024年には、鉛を含むPLZTという強誘電体の膜をシリコン基板の上に育て、1秒に1,700億回を超える変調を実現し、2025年の国際会議OFCでは2,000億回の動作を報告している。ポリマー、PLZTと歩んできた研究室が、今回は量産技術を持つ化学メーカーと組み、鉛を含まないKNNで1,800億回にたどり着いた。

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強み――3倍の効率、工場で作れる膜、量産の足場

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KNNの強みは、大きく三つある。

一つ目は効率だ。同じ電圧なら素子を短く、同じ長さなら電圧を低くできる。光の出入り口を計算チップのすぐ隣に詰め込むCPO(コパッケージド・オプティクス)では、限られた面積にたくさんの変調器を並べなければならず、短くて低電圧の変調器はそのまま設計の余裕になる。住友化学と九州大学が成果を「CPO向け」と位置づけたのも、この点にある。

二つ目は作り方だ。TFLNが結晶の塊から薄い層をはがし取って貼り合わせるのに対し、KNNはスパッタリングでウエハーの上に直接降り積もらせて作れる。住友化学は、既存の半導体製造プロセスとの相性がよく、TFLNの基板より低いコストで作れる見込みだと説明している。圧電向けでは、すでに8インチのウエハーで膜を作っている実績もある。

三つ目は、量産の足場がすでにあることだ。住友化学は圧電MEMS向けで、量産規模の製造技術を培ってきた。同じ住友の名を持つ住友精密工業がKNN膜の加工を請け負う体制もでき、九州大学には変調器を設計し評価する力がある。材料、加工、デバイスの三つがそろい始めている。

鉛を含まないことも見逃せない。欧州のRoHS(ロース)やREACH(リーチ)といった規制で、鉛を使う部材には年々厳しい目が向けられている。九州大学が以前使ったPLZTは高い性能を示したが、鉛を含む。

ビジネスの立ち位置も独特だ。今回の共同研究で住友化学が担ったのは、変調器そのものではなく、その土台となる「KNN薄膜基板」を作ることだった。事業になれば、TFLNの世界で基板を供給する会社と同じ場所に立つ。どの変調器メーカーが勝っても、土台の材料は売れる。化学メーカーらしい張り方といえる。

課題――「3倍」の物差しと、まだ見えない数字

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まず、3倍という数字の物差しだ。比較の相手は、論文で広く報告されている標準的なTFLNの代表値、約2.0ボルト・センチメートルである。TFLNも進化を続けており、2024年11月に公開された論文では、設計を工夫したTFLN変調器が光通信の主要な波長帯で1.33ボルト・センチメートルを記録し、速さの余力を示す帯域も見積もりで220ギガヘルツ級まで広げた。最先端のTFLNと比べれば、KNNの優位は3倍ではなく、2倍ほどに縮む。

次に速さだ。180ギガボーは立派な数字だが、記録ではない。TFLNでは2025年、カナダのマギル大学などが、4段階の明るさで1秒に2,250億回を切り替え、8本合わせて毎秒3.2テラビットを送る実験を発表している。チタン酸バリウム、略してBTOという別の材料でも、2026年3月の国際会議OFCで、マギル大学とカナダの通信機器大手シエナ、スイスのルミフェーズが、1本あたり毎秒448ギガビット、4本で正味1.6テラビットの伝送を示した。九州大学自身も、PLZTですでに2,000億回の動作を報告している。今回の180ギガボーは、次世代の競争に加わるための入場券であって、勝敗を決める数字ではない。

そして、まだ示されていない数字がある。光が素子を通るときにどれだけ弱まるかという損失、長く使ったときの安定性、温度が上がったときのふるまい、4段階の明るさを使う方式での性能、そしてウエハー全体での均一さだ。TFLNでさえDCドリフトに悩まされてきたように、強誘電体の膜では長期の信頼性が実用化の関門になる。MEMSで問われたのは「どれだけ大きく動くか」だったが、光で問われるのは「どれだけ光を損なわずに通すか」だ。同じKNNの膜でも、求められる品質は別物である。

最後に時間だ。TFLNはファウンドリーで量産する体制を築きつつあり、電気光学ポリマーも大手ファウンドリーの設計キットに入り始めた。KNNの変調器については、ファウンドリーや設計キットの話はまだ出ておらず、住友化学はサンプル出荷や事業化の時期を明らかにしていない。三菱ケミカルの投資子会社で光の材料に投資した担当者は、新しい材料を量産に乗せるには「何年にもわたる顧客の認定と、一貫した品質、そして安定した供給が要る」と語っている。

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材料争いの地図――化学メーカーが次々と名乗り

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いまデータセンターの光の部品で主役を張るのは、二つの材料だ。差し込み式の光トランシーバーでは、インジウムリン、略してInPで作るレーザー一体型の変調器と、シリコンの上に光回路を作るシリコンフォトニクスが主力を担う。エヌビディアやブロードコムが進めるCPOでも、シリコンフォトニクスが使われる。ただ、1本の光の道で毎秒400ギガビットという次の世代では、シリコンの変調器は速さの面で限界に近づくとされ、新しい材料の出番が来ると見られている。

その候補が、TFLN、BTO、電気光学ポリマー、そしてKNNだ。TFLNは性能と実績で一歩先を行く。BTOはシリコンの上で最大級の電気光学効果を示し、300ミリのウエハーにも広げられるとされる。電気光学ポリマーは、有機の材料を完成したシリコンのチップの上に塗って作れる手軽さがあり、1ボルトを切る低い電圧での駆動をうたう。

この争いに、日本の化学メーカーが次々と加わっている。有機の電気光学材料を開発する米エヌエルエム・フォトニクス(NLM Photonics)は9月8日、三菱ケミカルの投資子会社ダイヤモンドエッジ・ベンチャーズなどから出資を受けたと発表した。素材分野に強いカナダのベンチャーキャピタル、パンゲア・ベンチャーズが主導した資金調達で、金額は公表されていない。エヌエルエムには以前から、半導体材料の東京応化工業や出光興産も出資している。電気光学ポリマーは、九州大学が日産化学と開発を進めてきた材料でもある。

そして住友化学は、この夏から光と半導体の材料で発表を立て続けに出してきた。8月18日にセイコーエプソンと圧電薄膜の技術提携、8月31日には茨城工場で光通信向けのInPエピウエハーの量産と販売を始め、9月24日には、光電融合デバイスの光の接続部にも使える、屈折率が1.06と空気に近い膜材料を発表した。そして9月28日のKNNである。InPはいまの光部品を支える材料、KNNは次の世代の変調器を狙う材料だ。現在と未来の両方に張る構えといえる。

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投資家とメディアの受け止め――InPには買い、KNNには静観

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株式市場の反応は対照的だった。InPエピウエハーの量産開始などを材料に、住友化学の株価は9月1日、前の営業日より8.37%高い620.1円まで買われ、東証プライム市場の値上がり率で首位に立った。一方、KNNを発表した9月28日の終値は580.2円と、前の営業日から1%下がった。その後も10月2日まで570円台から580円台で推移し、目立った反応は出ていない。

差がついた理由ははっきりしている。InPはすでに量産と販売が始まり、2030年代半ばに売上高100億円規模という目標も示された。KNNは研究成果の段階で、売上の目標も時期も示されていない。しかも100億円という規模は、住友化学の2026年3月期の売上収益2兆3,285億円から見れば、0.5%にも満たない。住友化学の2025年12月の個人投資家向け説明会の資料でも、「勝ち筋」事業として前面に出ていたのは、半導体材料ではフォトレジストや高純度の薬品で、光の材料はまだ表舞台に出ていない。投資家にとってKNNは、目先の業績ではなく、将来の選択肢として値付けされる段階にある。

報道も落ち着いている。オプトロニクスや日刊ケミカルニュース、ゴムタイムスといった国内の専門媒体が伝えたが、中身は発表内容の紹介が中心だった。

一方で、光変調器の新しい材料には、世界のお金が流れ込んでいる。ハイパーライトの8,000万ドル、エヌエルエムへの出資に加え、電気光学ポリマーを手がける米ナスダック上場のライトウェーブ・ロジック(Lightwave Logic)は、2026年3月にイスラエルのファウンドリー大手タワーセミコンダクターと、毎秒400ギガビット級の変調器を同社の製造プロセスに組み込む開発契約を結び、株価は52週高値を更新した。ライトカウンティングは2024年5月、TFLNの変調器を載せた光チップの売上が、当時のほぼゼロから2029年には7億5,000万ドル(約1,200億円)に伸びると予測した。2026年5月のレポートでは、TFLN、BTO、ポリマーという新しい薄膜材料ごとに出荷の予測を示している。その分類に、KNNの名前はまだない。

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次の節目――いつ、何が見えてくるか

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最初の節目は11月2日だ。住友化学は2026年度上期の決算を発表し、電話会議を開く。KNNやInPについて、サンプル出荷の計画や顧客との評価の進み具合に触れるかどうかが、一つの目安になる。

年末にかけては、CPOの市場づくりが本格化する。エヌビディアは、イーサネット向けのCPOスイッチを2026年後半に投入する計画を示している。競合材料の側でも、試作から顧客評価への動きが重なる。ライトウェーブ・ロジックとタワーは2026年中に複数回の試作を予定し、エヌエルエムは毎秒1.6テラビットと3.2テラビットの光チップを顧客にサンプル出荷し始めた。ハイパーライトの400ギガビット版も、サンプル出荷の段階にある。

次の大舞台は、2027年3月7日から11日に米ロサンゼルスで開かれる光通信の国際会議OFC 2027だ。KNNの陣営が、4段階の明るさを使う方式で1本あたり毎秒400ギガビット級の伝送を示せるか。光の損失や長期安定性のデータを出せるか。そして、変調器や光トランシーバーを作る企業との提携を打ち出せるか。この三つが、実用化までの距離を測る物差しになる。

標準化も動いている。イーサネットの規格を作るIEEE 802.3では、2026年3月に1レーン毎秒400ギガビットの研究グループが発足し、7月には標準化の計画書が承認された。規格の議論が進むほど、どの材料の変調器が量産に間に合うかという「締め切り」がはっきりしてくる。そのさらに先、2027年秋のECOCでは、KNNが1年でどこまで進んだかが問われる。

ライトカウンティングが言うように、新しい光材料の普及には10年単位の時間がかかる。KNNがいま立っているのは、そのレースのスタートラインだ。それでも、TFLNが「結晶を薄くはがして貼る」ことで切り開いた道に、KNNは「工場で膜を降り積もらせる」という別の道で挑む。AIの電力問題を解く鍵の一つが化学メーカーの成膜装置の中にもあることを、今回の180ギガボーは示した。


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