OPV(有機薄膜太陽電池)とは何か——「印刷でつくる、光を通す発電フィルム」

OPV(Organic Photovoltaic、有機薄膜太陽電池)を一言で説明すると、「炭素を骨格とする有機物のインクを、ペットボトルと同じPETフィルムの上に印刷してつくる太陽電池」である。屋根に載っている黒く重いシリコンパネルとは、材料も製法も見た目もまったく違う。
いま身の回りで最も近い実例は、テレビのリモコンかもしれない。スウェーデンのエピシャイン(Epishine)が手がける屋内光ハーベスティング用の印刷型有機太陽電池は、2025年11月に発表されたグーグルのテレビ用リモコン「Google TV G32」に採用されている。天井の照明という、屋外の1000分の1にも満たないわずかな光を電気に変え、乾電池の交換をなくす。同じ技術を面積方向に大きく引き伸ばし、ビルの窓ガラス一面に貼れるようにしたものが、本稿の主役である半透明OPVだ。
技術の源流をたどると、そこには二つの日本発のノーベル賞がある。ひとつは白川英樹博士による導電性高分子の発見(2000年ノーベル化学賞)で、「プラスチックのような有機物でも電気を通す」という常識の転換をもたらし、有機半導体という概念そのものを成立させた。もうひとつは鈴木章博士のクロスカップリング反応、いわゆる鈴木・宮浦カップリング(2010年ノーベル化学賞)で、π共役分子の骨格を狙いどおりに精密設計・合成する道を開いた。GSIクレオスと合弁会社ウロボロス・パワー・ハーベスティングは、公式資料でこの二つの受賞技術をOPVの基盤として明示している。
発電の仕組みはシリコンとは異なる。シリコンでは、光が当たると電子と正孔が比較的自由な状態で生まれる。ところが有機半導体は比誘電率が3〜4と低いためクーロン引力が遮蔽されず、光を吸収してできる電子と正孔が0.1〜0.5電子ボルトの束縛エネルギーを持つ「励起子(エキシトン)」になる。この励起子は失活する前に5〜20ナノメートルしか動けない。だからこそ、電子を出しやすい材料(ドナー)と受け取りやすい材料(アクセプター)をナノメートル規模で入り混ぜ、界面を膜全体に張り巡らせた「バルクヘテロ接合」という構造が必然になる。混ぜ合わせたインクを塗る、というのがOPV製造の核心であり、だからこそロール・ツー・ロール(R2R)の連続印刷が成立する。
材料の歴史は、おおむね三つの世代に分けられる。広島大学の尾坂格教授が応用物理学会のコラムで整理しているところによれば、2000年代のポリチオフェン系P3HTとフラーレン誘導体PCBMの組み合わせは変換効率5%程度にとどまっていた。2000年代後半にPTB7-Thに代表されるドナー・アクセプター型ポリマーが登場して10%を超え、2015年に北京大学の占肖卫(Zhan Xiaowei)グループがITICを発表し、2019年に中南大学の邹应萍(Zou Yingping)グループが『Joule』誌でY6を報告したことで、いわゆる「非フラーレンアクセプター(NFA)」の時代が始まった。占氏自身が2020年の総説で「フラーレン誘導体は1995年から2015年まで電子アクセプター材料を支配した」「フラーレン系の理論効率限界は大きなエネルギー損失のため約13%に制限される」と書いているとおり、この転換が効率を一気に18%超へ押し上げた。現在の主力はドナーがPM6(PBDB-T-2F)やD18系、アクセプターがL8-BOやBTP-eC9系である。
製造プロセスの穏やかさも、この技術の性格を決めている。GSIクレオスが公表する比較表によれば、OPVの製造プロセス温度は120度未満で、シリコンの約700度と一桁以上違う。ドイツ・ドレスデンのヘリアテック(Heliatek)は、TÜVラインランドの認証を受けたLCA値として、カーボンフットプリントを1平方メートルあたり14.52キログラムCO2e、発電量あたり3〜15グラムCO2e/kWh、エネルギーペイバックタイム(製造に投じたエネルギーを発電で回収するまでの期間)を2〜7か月と公表している。フラウンホーファーISEの年次レポートによれば結晶シリコンPVシステムのエネルギーペイバックタイムは0.9〜1.1年だから、桁がひとつ違う。同社によれば太陽電池フィルム1平方メートルに使う有機材料はわずか1グラムで、EUの重要原材料50超のうち必要なのはアルミと銅だけだという。大気中で印刷でき、真空炉も高温炉も不要という工程の軽さが、そのまま環境負荷と設備投資の軽さにつながる——これがOPV陣営の主張する「低コスト」の中身である。


研究室の21%と、商品棚の7%——OPVの実力を正しく読む

OPVを評価するとき、最も誤解が生じやすいのが変換効率の数字だ。同じ「OPVの効率」という言葉が、まったく違う三つの層を指して使われている。
第一の層は、極小面積の研究室セルである。ここには公式チャートと論文の乖離という厄介な問題がある。世界の太陽電池記録を管理してきた米国立再生可能エネルギー研究所(NREL、2025年12月1日付でロッキー国立研究所=NLRに改称)のデータテーブルによれば、単接合OPVセルの現記録は19.4%(面積1.003平方センチメートル、中国のHyperPV、中国国家光伏産業計量測試中心が測定、2025年9月)である。マーティン・グリーンらが編む「Solar Cell Efficiency Tables」のバージョン67(2026年1月31日公開)も同じ19.4%を採録している。一方で、論文の世界ではより高い値が飛び交う。中国科学院国家ナノ科学技術センターのグループが2026年4月28日に『Nature Materials』で報告した三元系は認証効率21.01%を掲げ、香港城市大学のグループは2026年4月29日付『Nature』でスピン三重項励起子の再利用による高効率化を報告し、pv magazineはこれを20.5%認証と報じた。日経クロステックは2024年8月に上海交通大学が20.8%を実測し第三者認証で20.1%と確認されたと報じている。公式チャートは認定試験機関の証明書提出と受理を要求するのに対し、論文の「certified」は認証機関名すら書かれないものが多い。「OPVの世界記録は21%」と単純に書くのは危険であり、公式記録は19.4%と押さえるのが正確だ。
第二の層は、実用サイズに近づけたモジュールである。NLRのモジュール記録テーブルによれば、OPVモジュールの現記録は14.46%(開口面積204.1平方センチメートル、ドイツのエアランゲン・ニュルンベルク大学=FAUとユーリヒ研究センター、フラウンホーファーISEが認証、2023年11月測定)で、この記録は2年8か月にわたって更新されていない。成果は2024年4月に『Joule』誌に掲載され、使われた材料が後述するカナダのブリリアント・マターズ(Brilliant Matters)製の有機半導体だった。面積が数百倍になると効率は5ポイント前後落ちる。2026年3月に『Nature Communications』へ掲載された中国科学院大学の研究は、同じ材料系で剛性セル20.51%→フレキシブル19.13%→1.0平方センチメートル19.04%→15.7平方センチメートルモジュール17.48%→67.2平方センチメートルモジュール15.37%という一連のスケールダウンを示しており、面積が広がるだけで5ポイント落ちる様子を一つの論文で追える。
第三の層が、実際に買える製品の数字だ。ここが最も厳しい。ヘリアテックが販売する「HeliaSol 436-2000」は、同社が「世界初のIEC 61215およびUL 61730認証を取得したOPV製品」と称する市販品だが、公開データシートによれば、幅436ミリ×長さ2000ミリのモジュールで公称出力50ワット、開口効率7.2%。上位グレードでも55ワット・8.0%である。有効面積ではなく総面積で割ったモジュール効率は5.7〜6.3%になる。エアランゲン・ニュルンベルク大学のクリストフ・ブラベック教授らは2026年1月16日付の『Advanced Energy Materials』でこう書いている——「有機薄膜太陽電池は、20%超の効率を記録した実験室セルと、その最大でも半分の効率にとどまる商用ロール・ツー・ロール印刷モジュールとの間に、大きな隔たりを示している」。
GSIクレオスが提携するブラジルPHD社の量産型半透明OPVも、この水準に符合する。日刊工業新聞のインタビューで、GSIクレオスのナノテクノロジー開発室長(当時)柳澤隆氏は「PHDが手がける量産型の半透明OPVは現時点で変換効率7〜8%、可視光透過率は30%程度」と述べ、材料開発を進めて2030年までに変換効率15%以上、透過率40〜50%を目指すとしている。GSIクレオスの2025年1月27日の資料は、PHD側の技術水準を「セルベース変換効率20%を達成、30cm角モジュールでは14%」と記している。透明にするということは、光の一部を素通りさせるということであり、発電量を意図的に犠牲にしている。効率と透明度は原理的にトレードオフの関係にある。
なお、GSIクレオス側の公表資料のなかでも、単位面積あたりの発電量を示す数字は文脈によって異なる。2026年5月20日のプレスリリースに添付されたシリコンとの比較表では「約100W/m²」(シリコンは約230W/m²)とされ、合弁会社ウロボロス・パワー・ハーベスティングの公式サイトの比較表では「150W/㎡(急速に向上中)」と記載されている。後者には脚注があり、出典はBasu et al., Joule 8, 970-978, 2024——つまり前述したFAU/HI-ERNの204平方センチメートル・14.46%のモジュール論文である。14.46%は日射1000W/m²のもとで約145W/m²に相当するから、この「150W/㎡」は文献上の記録値であって、PHDの量産品の値ではない。同じサイトの輸送効率の試算欄では、印刷型を「50W/0.5kg」毎平方メートルとして計算している。柳澤氏がインタビューで語った7〜8%は、日射1000W/m²換算で70〜80W/m²にあたる。
効率以外の物理特性では、OPVははっきりと優位に立つ。ヘリアテックのデータシートは、HeliaSolの最大出力温度係数を摂氏25度から65度まで0.00%/℃と記載している(65〜85度では−0.11%/℃)。シリコン結晶系が高温で出力を数%〜十数%落とすのに対し、OPVは真夏の壁面や屋根でも、少なくとも65度までは出力が落ちない。同じデータシートは、日射200W/m²という曇天相当の弱い光の下でも開口効率が7.2%のまま変わらないことを示している。GSIクレオスの比較表も、200ルクスという室内照明レベルの明るさでの発電量を、OPVが約4µW/cm²、シリコン型が約1µW/cm²としている。
軽さと柔軟性も桁違いだ。GSIクレオスの比較表では重量が1平方メートルあたり0.5キログラム未満(シリコン型は約20キログラム)、直径5センチのロールでの巻取テストを3万回以上繰り返しても性能低下がないとされる。ヘリアテックのHeliaSolは1枚1.6キログラム・0.872平方メートルで、面積換算1.83キログラム/m²、厚さ2ミリ未満、最小曲げ半径50センチ。ドイツのASCAは自社製品を500グラム/m²未満としている。輸送効率でも差が出る。GSIクレオスの試算では、20フィートコンテナ1本に積み込める太陽電池の総発電量は、フィルム型OPVが2.5メガワット、シリコン型が0.13メガワットと約20倍の開きがある。
耐久性は依然として最大の弱点だが、ラボの数字は着実に伸びている。香港理工大学のグループが2024年12月に『Nature Communications』で報告した逆構造セルは、大気中保管試験(ISOS-D-1)で8,904時間後に初期性能の94.2%、1sun連続照射の最大電力点追従試験(ISOS-L-1)で7,724時間後に81.5%を維持した。商用側では、ヘリアテックが2024年4月にTÜVラインランドからIEC 61215:2021とIEC 61730:2016を取得し、2025年3月にUL認証を追加、製品保証5年・出力保証20年を掲げている。ただし、実フィールドで20年を経た半透明OPVのデータは、まだ世界のどこにも存在しない。



ペロブスカイトとの違い——鉛、重さ、透明度、そして「RoHSの誤解」

日本で「次世代太陽電池」といえば、まずペロブスカイト太陽電池(PSC)の名前が挙がる。積水化学工業、カネカ、東芝、パナソニックが開発を進め、経済産業省が普及支援に力を入れる、いわば国策級のテーマだ。発明者である桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授は、2026年6月19日に第41回京都賞(先端技術部門)の受賞が発表され、11月10日に国立京都国際会館で授賞式を迎える。賞金は1億円である。OPVはその陰に隠れてきた。両者は何が違うのか。
効率では圧倒的にPSCが上回る。NLRのデータテーブルによれば、単接合ペロブスカイトセルの記録は28.0%(0.051平方センチメートル、海南大学、2026年2月)、ペロブスカイト/シリコンタンデムは35.2%(1平方センチメートル、LONGi、JRC-ESTI、2026年2月)で、LONGiは2026年7月14日に35.5%への更新を発表した。フラウンホーファーISEが同じペロブスカイト単接合を26.9%と記載しているのは、同レポートが「面積1平方センチメートル以上の記録のみ掲載」という方針を採っているためで、28.0%は切手の50分の1ほどの極小セルの値である。モジュールでは、Renshine/南京大学が813.8平方センチメートルで22.1%(JET認証、2026年1月)、LONGiがペロブスカイト/シリコンタンデムで1,600.6平方センチメートル31.1%、Trina Solarが1.523平方メートルの実サイズで27.2%を記録している。OPV側には、1平方メートル級の実サイズモジュール記録がそもそも存在しない。
材料そのものの違いが、次に来る。ビジネスジャーナルの記事によれば、実用レベルの高性能PSCの多くはヨウ化鉛メチルアンモニウム(CH₃NH₃PbI₃)など鉛化合物を発電材料に用いる。2026年2月の『RSC Advances』掲載論文は、標準的なデバイスの鉛面密度を1平方センチメートルあたり約70マイクログラム——1平方メートルあたり約0.7グラム——とし、1.4平方センチメートルのモジュールが破損すると子どもの血中鉛の安全閾値を超えうる量が放出されうると指摘している。
ここで、日本語圏で頻繁に見かける誤解を正す必要がある。「ペロブスカイトはRoHS指令の規制対象になり得る」という指摘は、実は建物用途では成立しない。EUのRoHS指令(Directive 2011/65/EU)第2条4項(i)は、適用除外として次のように定める——「公共・商業・産業・住宅用途で太陽光から電力を得るために、専門家が設計・組立・設置し、特定の場所で恒久的に使用することを意図した太陽電池パネル」。つまり、プロが屋根や壁に恒久設置する太陽電池モジュールは、そもそもRoHSの対象外である。Oeko-Institutが運営するRoHS適用除外データベースにも、ペロブスカイトPVに関する申請は存在しない。OPVの「鉛フリー」という優位が制度上はっきり効くのは、屋内IoT機器や民生機器のように可搬型製品として扱われる領域だ。実際、エピシャインは自社の屋内OPVについて「適用除外なしのRoHS認証」を明示的に訴求している。
ただし、規制がかからないことと、顧客が気にしないことは別である。日刊工業新聞は、山梨県の営農型実証でOPVが選ばれた背景について「同じく薄くて軽く曲げられるPSCは鉛含有をリスクと捉えたようだ」と書いている。GSIクレオスが2023年のプレスリリースで「使用する原料から製造法まであらゆる工程で毒性がなく、環境負荷も極めて少ない」と強調するのは、農業用ハウスや学校、自治体施設という、日本で最も稟議が通りにくい領域での商談を意識してのことだろう。
第三の違いが重量だ。GSIクレオスの半透明OPVモジュールは1平方メートルあたり0.5キログラム程度で、日本経済新聞とビジネスジャーナルはこれをペロブスカイトの半分以下と報じている。実際、積水ソーラーフィルムがJET型式認証を取得した金属屋根パネル(SFL1015-C01〜C03、各110W)は、1,450×985×30ミリで1枚6.4キログラム、面積換算4.5キログラム/m²である。中国の極電光能(UtmoLight)が2026年6月に発表した超軽量型「創世S1」は0.72平方メートル・4キログラムで5.6キログラム/m²。ヘリアテックの1.83キログラム/m²、ASCAの0.5キログラム/m²未満という数字と比べれば、フィルム型ペロブスカイトでもガラス封止を伴う限り、OPVより一段重い。
第四が透明度である。GSIクレオスの資料はST-OPVの光透過性を「最低20%、最大50%」としている。学術の世界では、窓用途の統一指標として変換効率と平均可視光透過率(AVT)の積である光利用効率(LUE)が使われる。2026年6月の『Advanced Materials』はOPVセルでLUE 6.09%という記録を報告し、半透明ペロブスカイトの最高値5.73%を上回った。モジュールでは、フラウンホーファーISEとフライブルク大学が2025年6月に、金属フリーのPEDOT:PSS上部電極を使った11.4平方センチメートルモジュールでPCE 7.9%・AVT 50.8%・LUE 4.0%を報告している。フラウンホーファーISEのOPV部門が公式に説明しているとおり、有機半導体は分子ごとに吸収波長を設計でき、可視域を素通しして近赤外だけを吸う「バンド端を持たない」設計が可能だ。これはシリコン・無機薄膜・ペロブスカイトのようにバンド端を持つ半導体には原理的にできない。
柳澤氏は日刊工業新聞のインタビューで、PSC側の窓向け提案について「現時点でPSCの窓向けはガラス基板が主体だが、内窓タイプになるので設置自由度が高いとは言えない。当面の間、PSCと直接的な競合は想定していない」と語っている。実際、YKK APが2025年10月から大阪・谷町YFビルの6階と7階に設置した27窓は、いずれもガラス型PSCの内窓である。パナソニックホールディングスは804平方センチメートルで18.1%(第三者認証)を掲げ、2026年3月から大阪府門真市の西門真新棟の窓に5枚を実装して長期実証に入った。ただし6ミリ+6ミリの合わせガラス構成で、軽さでは勝負していない。
太陽電池材料に詳しいエネルギー政策研究家の佐伯俊也氏は、両者の関係をこう整理している。「ペロブスカイトとOPVは競合というより、適材適所で棲み分ける技術だと捉えるべきだ。ペロブスカイトが変換効率を武器に大規模発電や屋根置き用途を狙うのに対し、OPVは軽さと透明性を生かした建材一体型や窓向けの用途に強みがある。どちらも量産段階でのコストと耐久性の実証が普及の鍵を握る」。
GSIクレオス自身の市場認識も、この棲み分け論に沿っている。同社は2026年5月20日のリリースで、狙う市場を「Si-PVやペロブスカイト型太陽電池(PSC)とは異なる特長である半透明領域のみの市場」と定義し、6年にわたる市場調査の結果、その需要が国内だけでも年間数千万平方メートル以上あると判断したと記している。屋根と地面はシリコンとペロブスカイトに譲り、垂直な「窓」という未開拓の面だけを取りにいく、という割り切りである。



世界のOPV産業地図——€100Mを失った欧州、2026年1月に消えた米国

OPVを商業生産している企業は、世界を見渡してもごく限られる。この技術は一度、産業として死にかけた歴史を持ち、いまも死にかけている。
始まりの失敗は米コナルカ(Konarka)である。2001年にマサチューセッツ大学ローウェル校からスピンアウトし、私募で少なくとも1億8,500万ドル(約300億円)を調達したが、2012年5月下旬に連邦破産法第7章(清算)を申請し、約80人を解雇した。日本でも三菱化学(現・三菱ケミカル)がJSTのS-イノベ事業で2009年度から2018年度まで塗布型OPVの研究開発を進め、2011年に9.2%のセル効率、2014年にZEB実証棟への外壁ユニット導入まで到達したが、環境省の資料は「日本唯一の有機太陽電池供給事業者であった三菱化学(現:三菱ケミカル)が有機太陽電池の製造から撤退した(2017年)」と記している。JSTの事後評価は、同プロジェクトの最終ステージで「ペロブスカイト系材料の研究・開発を実施」したと明記しており、日本の代表的なOPVプログラムはその末期にペロブスカイトへ舵を切っていた。NLRのモジュール記録テーブルには、いまも東芝の9.7%(26.14平方センチメートル、2015年)と8.7%(802平方センチメートル、2014年)、住友化学の5.2%(294.5平方センチメートル、2012年)が残る。日本はかつてOPVモジュールで世界をリードしていた。
生き残った企業は、この「冬の時代」を越えてきた顔ぶれである。
ヘリアテック(ドイツ・ドレスデン) は、真空蒸着によって低分子オリゴマーを積層する独自ルートを採る。三接合の有機太陽電池を直列につないだ構造で、溶液印刷が主流のOPV業界では異端に近い。2012年にドレスデンで生産施設を開設し、2014年にはBMW創業家のシュテファン・クヴァント氏らから1,800万ユーロ(約33億円)、2016年9月にはinnogyがリードするラウンドで8,000万ユーロ(約148億円、うちエクイティ4,200万ユーロ、欧州投資銀行InnovFin融資2,000万ユーロ、ザクセン州などの助成約1,800万ユーロ)、2017年10月にはアジアと独の同族企業を新規投資家に迎えて1,500万ユーロ(約28億円)を調達した。商業登記に記載された株主にはE.ON、innogy、RWE、ロバート・ボッシュ、TUDAG(ドレスデン工科大学系)、CEE Groupなどが並び、自社サイトの投資家一覧にはこれらに加えてENGIE、BASF、BNPパリバ、Wellington Partners、eCapitalが挙がる。生産能力は自社サイトの記載で年産100万平方メートルと200万平方メートルの二つの数字が併存する。設置実績は20か国超で75件以上、2025年9月にはケルン・ボン空港の火力発電所の高さ27メートルの煙突に80枚、2026年2月にはBMWのディンゴルフィング工場で高さ45メートル超のコンクリートタワー3基のファサードに約25キロワット分が施工された。
ここまでは順調に見える。ところが、ドイツの官報(Bundesanzeiger)に提出された決算数値を追うと、まったく別の風景が現れる。同社の売上高は2019年の679万ユーロを頂点に、2021年657万ユーロ、2022年430万ユーロ、2023年202万ユーロと減り続け、2024年には71万3,865ユーロ(約1億3,200万円)まで落ち込んだ。2023年の売上高は2014年(398万ユーロ)を下回る。一方で当期損失は2019年の1,813万ユーロから2023年には4,517万ユーロへ拡大し、2014年から2023年までの10年間の累積損失は約2億2,600万ユーロ(約419億円)に達する。従業員数は2023年の届出で264名だったが、Tracxnの集計では2026年3月末に83名まで減っている。登記資本金は2021年1月の2,020万ユーロから同年7月に2,670万ユーロ、2023年12月に4,580万ユーロ、2024年12月に6,360万ユーロへと4度増資されており、株主が繰り返し資金を入れた形跡はあるが、2017年10月の1,500万ユーロ(約28億円)を最後に、同社は資金調達を一度も公表していない。ドレスデン区裁判所の商業登記(HRB 24834)に倒産手続の記載はなく、破綻したわけではない。だが、2023年9月にグイド・ファン・タートウェイクCEOが独Elektroniknetのインタビューで「我々は生き延びた——それが何より重要なことだ」と語り、同年の売上を約1,000万ユーロと見込み、2025年までに年産200万平方メートルへ拡大すると述べたその年の実績が202万ユーロだったという事実は、この産業の経済的現実を残酷に示している。pv magazineのドイツ版は、BMW案件を報じる際に「HeliaSolは量産品ではない(kein Massenprodukt)」という留保を付けた。
ASCA(ドイツ・キッツィンゲン) の歴史は、さらに直接的な失敗の記録である。もともとフランスのアルモール(ARMOR)グループが2010年から育て、2019年秋にドイツのOPVIUS GmbHを買収して事業を広げた。ところが2023年6月27日、アルモールはOPV事業をフィルムロールの生産に集中させ、ソリューション設計・建築案件から撤退すると発表する。同社のリリースは、ASCAが「largely loss-making(大幅な赤字)」であり、投じた額は約1億ユーロ(約185億円)、そして「sales did not take off(売上が立ち上がらなかった)」と記した。同年11月3日、ドイツの建設企業ヘリング(HERING)グループがASCA GmbHの資産——キッツィンゲンの生産設備、在庫、知的財産、商標、特許——を買収し、社名はASCA GmbH & Co. KGとなった。
そして、この撤退の理由を最も端的に語ったのが、アルモールのユベール・ド・ボワルドン社長(PDG)である。同社が2023年11月14日にフランスの太陽電池メーカーHoloSolisへ20%出資したことを報じたpv magazineの記事で、同氏はこう述べた——「我々は数年にわたって有機薄膜太陽電池(OPV)に注力してきたが、それは非常に有望ではあるものの、いまだ成熟していない技術であることが判明した。そこで我々は、シリコン上のタンデム型ペロブスカイトセルへと努力の方向を切り替えることにした」。約1億ユーロを投じた当事者が、OPVからペロブスカイトへ乗り換えると公言したこの一文は、この10年の資金の流れをそのまま説明している。アルモールグループは2025年に売上高4億2,700万ユーロ(約792億円)、従業員2,400名の企業として存続しているが、2025年・2026年のニュースにPVやOPV、ASCAの言及は一つもない。現在のASCAは自社サイトで自らを「有機薄膜太陽電池の世界市場リーダー」と称し、生産能力を技術ページで年産100万平方メートル、会社概要ページで年産50万平方メートルと記載している。フランスでの生産は消滅した。
PHD(ブラジル・ベロオリゾンテ) が、GSIクレオスの提携相手である。正式名称はPHD Semicondutores Impressos LTDA.で、David Travesso氏が会長兼社長、Felipe Travesso氏がCEOを務める。傘下にブラジルのSUNEW社と米国のGO OPV-ORENgEを持つ。日刊工業新聞は「PHDグループは年間100万平方メートル以上のOPV製造能力を持つ」と報じ、GSIクレオスは一貫して同社を「世界最大のOPV製造グループ」と表現している。
このSUNEWこそ、OPV産業の第三の失敗事例だった。2014年設立・2015年11月操業開始で、スイスCSEMとFir Capitalの合弁として2006年に設立されたCSEM Brasilを母体とし、ブラジル開発銀行の投資部門BNDESParが筆頭株主に入り、総額1億レアル(約32億円)が投じられた。公称生産能力は年産30万平方メートル。2016年にTOTVS本社に当時世界最大の200平方メートルOPVファサード、2019年にNatura本社に1,800平方メートルを納入し、Iveco、Petrobras、Mercedes-Benz、PepsiCo、3Mといった顧客名も並ぶ。ところが同社の2021年12月時点の累計生産実績は、自社サイトのカウンターで10,953リニアメートルにとどまっていた。2019年決算は純売上1,453万レアル、当期損失1,104万レアル、累積損失4,071万レアル。2021年12月に「1月に閉鎖の可能性」と報じられ、2022年5月にはBNDESParが追加出資を拒否し、清算が株主総会の議題に上った。sunew.com.brは現在DNSが解決せず、LinkedInの在籍者は7名である。
GSIクレオスが引用する「年産100万平方メートル以上」という数字は、この会社群に対する評価である。PHD自身の英文サイトが掲げる数字は「2,000平方メートルのラボ/スケールアップ施設」と「材料・プロセスの専門家40名超」で、年産能力の記載はない。ASCAが「世界市場リーダー」を自称し、GSIクレオスがPHDを「世界最大」と呼ぶという、二つの主張が並立しているのが現在のOPV業界の実像である。
そして2026年、最も新しい失敗が米国で起きた。低照度太陽電池のアンビエント・フォトニクス(Ambient Photonics、カリフォルニア州スコッツバレー) である。2019年にボストンのWarner Babcock Institute for Green Chemistryからスピンアウトし、2022年5月にアマゾンのClimate Pledge FundがリードするシリーズAで3,100万ドル(約50億円)、2023年9月にフィデリティ系のFine Structure VenturesがリードするシリーズA2で3,000万ドル(約49億円)を調達。Bloombergの2025年4月の記事によれば、エクイティ6,100万ドル(約99億円)に加えて1,750万ドル(約28億円)のデットも引いていた。投資家には、ネスト創業者トニー・ファデル氏のFuture Shapeも名を連ねる。同氏は2022年のシリーズA発表時にこう語っていた——「IoTセンサーはいたるところにある。そしてそのひとつひとつに、交換されて有害廃棄物に加わる電池が入っている。アンビエント・フォトニクスの革新的な低照度太陽電池は、電池もワイヤーもいらないIoTネットワークという聖杯を手の届くところに引き寄せる」。同社は4万3,000平方フィートの工場を「米国初の高volume低照度太陽電池製造施設」と称し、従業員70名(うちスコッツバレー45名)を抱え、グーグル、Universal Electronics、Chicony、Primax、そしてレノボの自己充電Bluetoothキーボード(CES 2025で展示)といった採用実績も並べた。ところが地元報道機関Lookout Santa Cruzが2026年1月28日に報じたところによれば、同社は事業を停止し、設備はThe Branford Groupの競売にかけられた。競売のタイトルは「Ambient Photonics — Closure of $15mm Silicon Valley Solar Panel Manufacturer」で、2026年1月27日から2月3日にかけて、グレンツェバッハの無人搬送車、ABBとKUKAのロボット、EKRAのスクリーン印刷機、環境試験槽など463ロットが売りに出された。
投資家の一人であるAt One Venturesの創業パートナー、トム・チー氏がLookoutに語った言葉は、OPVに限らずクリーンテック製造業の現在地を映している。関税が輸入材料と装置のコストを法外にしたとして「It's chaos.(混乱そのものだ)」と述べ、「The cost of capital equipment for processing is borked.(加工用の設備投資コストは壊れている)」と続けた。同社は他の投資家の出資額にマッチする提案までしたが、ディールはまとまらなかったという。「We had to make the tough call [to close the company]. We'd worked really hard to get this done. We wish the investment had gone differently, but our team did what we could do.」——厳しい決断を下さざるを得なかった、投資が違う結末を迎えていたらと願うが、チームはできることをやった、と。なお同社の技術は一般に低照度PV/色素増感系と説明されており、厳密なOPVではない。
一方で、屋内向けには勢いのあるプレーヤーもいる。ドラキュラ・テクノロジーズ(フランス・ヴァランス) はインクジェット印刷でOPVを製造し、2024年9月に2,500平方メートルの「Green MicroPower Factory」を稼働させた。装置の大部分は、生産を停止したASCAから買い取ったものである。従業員46名、2025年10月時点の受注残は約2,000万ユーロ(約37億円)に達し、同月にシリーズAを総額3,000万ユーロ(約55億円、うちエクイティ2,000万ユーロ)でクローズした。Paragon IDのXgenTag-Lが2025年12月に量産へ移行し、年間数十万モジュールの複数年発注を受けている。CES 2026では次世代品「LAYER V2.0」を出展し、新規特許取得の青色活性材料インクで総合性能を30%高め、銅のバスバーを微細なスクリーン印刷の銀に置き換えたと発表した。
エピシャイン(スウェーデン・リンショーピング、2016年創業、従業員41名) は、前述のグーグルTVリモコンのほか、電子棚札のプライサー(Pricer)、Minew、mClimate、ニチコン、e-peasといった顔ぶれをパートナーに並べる。同社の2024年度は売上高1,210万スウェーデンクローナ(約2億円)に対し経常損失5,590万クローナ(約9億4,000万円)で、年間のバーンレートに対し2024年末の自己資本は3,150万クローナしかない。2025年10月にはスウェーデンエネルギー庁から3,370万クローナ(約5億7,000万円)の直接助成を受けている。同社の屋内モジュールは500ルクスで約18〜22µW/cm²、1ルクスから動作し、厚さ0.2ミリ、曲げ半径1センチ、1万回の曲げに耐える。
アジアには、モジュールではなく材料で世界に食い込む企業がある。天光材料科技(Raynergy Tek、台湾・新竹サイエンスパーク) は2014年8月設立で、2020年5月にメルク(Merck KGaA)のOPV・OPD材料ポートフォリオ(特許297件)を取得した。ASCAとは2014年から、エピシャインとは2023年7月から材料を供給しており、ASCAが2022年に達成したモジュール出力70Wp/m²超・従来比プラス40%は、同社のNFA系半導体と新世代の正孔輸送層によるものだった。台湾経済部の商工登記によれば実収資本額は1億9,465万台湾ドル(約9億7,000万円)で、2025年7月から2026年6月の間に、上場企業のPixArt Imaging(原相科技、TWSE:3227)が発行済株式の約71.9%を握り、5人の取締役のうち3人を送り込んでいる。ただしPixArtが2025年8月の決算説明会で語った投資理由は「天光は主に有機光センサー材料を開発している。短波長赤外(SWIR)技術の潜在力を評価して投資した」というもので、狙いはOPVではなく有機フォトダイオードにある。
そして中国では、広州追光科技(ChasingLight Technology) が2020年に設立され、2024年12月に1億元弱(約24億円)のシリーズAを調達、2025年5月に広州市黄埔区で650×550ミリまでのOPVモジュール量産ライン「星河一号」を稼働させた。pv magazineによれば同社のiLuxモジュールは1000ルクス・4000K LED下で100.71µW/cm²を出し、2026年1月にはCES 2026でWacomと世界初の有機薄膜太陽電池搭載スタイラスを発表している。GSIクレオスの2029年度国内量産を日本経済新聞が「アジア初」と報じたのは大面積の光透過型モジュールを指してのことで、屋内向けの小面積モジュールという別の土俵では、中国勢がすでに量産と出荷を始めている。



サプライチェーンの三層構造——材料はケベックと中国、フィルムはブラジル、後工程は日本

OPVのサプライチェーンは、大きく三つの層に分かれる。発電を担う有機半導体材料をつくる層、それをフィルムに印刷する層、そしてフィルムをモジュール化して建物に施工する層である。GSIクレオスの構想の面白さは、この三層すべてに関与しようとしている点にある。
最上流の材料層に位置するのが、カナダ・ケベック州のブリリアント・マターズだ。2016年2月創業、CEOはジャン=レミ・プリオ氏、CTOはフィリップ・ベルアール博士で、従業員はGSIクレオスの開示によれば2021年6月に24名、2023年7月に11名。同社の核心技術はDHAP(直接ヘテロアリール化重合)で、ラヴァル大学のマリオ・ルクレール教授と創業者らが開発した。従来のスティルカップリングなどが有機スズ化合物という毒性の高い副生成物を伴うのに対し、DHAPは安定な前駆体から直接炭素–炭素結合を形成する。同社は分子量分布を5%以内に管理してバッチ間のばらつきを抑え、R2R印刷に必要なインク粘度の再現性を担保している。
GSIクレオスは2017年にこの会社の創業者らと出会い、2018年以降に市場調査を進めたうえで、2021年6月に資本参加した。この2021年のシードラウンドはEcofuel Fundがリードし、Investissement Québec、Anges Québec、GSIクレオスが参加している。さらに2023年6月21日付で追加投資を実行し、同年9月28日に総額510万カナダドル(約5億9,000万円)のラウンドとして公表された。このラウンドはEcofuel FundとGSIクレオスが共同リードを務め、デジャルダン・キャピタル(Desjardins Capital)も参加している。日本の中堅商社が、ケベックのクリーンテックVCと肩を並べてディープテックのラウンドを共同リードするという構図は、それ自体が珍しい。ブリリアント・マターズは2024年にOPV材料の本格量産を開始し、2025年8月27日には活性層ブレンド「BM10」を発表した。グローブボックスなしの大気環境で1sun照射下の安定化変換効率10%超、非ハロゲン溶媒使用、低温R2R対応というスペックである。同社の材料は前述のFAU/HI-ERNによる204平方センチメートル・14.46%のモジュール世界記録にも使われ、2026年6月にはヘンケル(Henkel)とR2R金属化用スクリーン印刷銀インクで戦略提携を結んだ。
もっとも、この層の実像は「世界に数社の小さな会社」である。ブリリアント・マターズの生産規模は自社サイトで「グラム単位の実験室バッチからマルチキログラム生産まで」と記載され、GSIクレオスは同社が「100kgを超えるような大量生産にも優れている事を実証済み」と説明する。カタログ価格を見れば、この産業がまだ研究用試薬の世界にいることがよくわかる。英オシラ(Ossila)の公表価格でPM6は100ミリグラム495ドル(1グラムあたり約4,950ドル)、Y6は50ミリグラム225ドル(同約4,500ドル)である。ところが2021年に『National Science Review』へ掲載されたコスト分析によれば、PM6の材料原価(MOC)は1グラムあたり46.9ドル、市販価格3,380ドルで約72倍の開きがある。同じ論文はD18を原価63.4ドル対市販3,850ドル、PTQ10を149.2ドル対1,650ドルと算定した。つまり現在のOPV材料価格は量産価格ではなく研究用試薬の小分け価格であり、量産移行で1〜2桁下がる余地がある。この価格ギャップを埋めることこそが材料メーカーのビジネスだ。
供給元の国籍構成も、投資家が見ておくべき論点である。化学品データベースChemicalBookに掲載されるサプライヤーを国別に数えると、Y6(CAS 2304444-49-1)は18社すべて、PM6は17社すべて、L8-BO・BTP-eC9も17社すべて、D18は18社すべてが中国企業だった。同じデータベースでPTQ10には英オシラが、PC61BM・PC71BMには米国企業が掲載されていることを考えれば、この偏りは単なるデータベース側のバイアスでは説明しきれない。フラーレン系という旧世代の材料には西側の供給者が残っているのに、Y6世代のNFAと高性能ドナーでは西側が消えている。深圳の睿迅光電材料科技(Derthon)は、ドナー中間体27サブカテゴリ・アクセプター中間体41サブカテゴリという中間体まで自社カタログに持ち、最終材料だけでなくその一段上の層も内製化している。
だからこそ、GSIクレオスが2025年1月27日の資料に書いた一文が意味を持つ。「当社OPVモジュールの原材料はすべてG7内で調達可能であり、最重要の光電変換層向け半導体高分子も当社が筆頭株主のカナダ企業のものです」。同社はさらに「当社と出資先のカナダ企業は、既に第二世代の半導体高分子の研究開発を進めています。当社は第一世代の独自高分子で本OPV事業を開始しますが、2030年までに第二世代の半導体高分子を光電変換層として搭載する」と記している。中国依存の回避を正面から売りにしているOPVプレーヤーは、世界的にも稀である。
中間のフィルム層を担うのがPHDである。GSIクレオスは2025年1月27日にPHDと戦略的事業提携契約を締結し、OPVフィルムの安定調達と、日本国内での後工程・敷設体制を整えた。そして2026年4月、この関係は合弁会社の設立という次の段階に進んだ。最下流の後工程・施工層は、商社であるGSIクレオスが最も得意とする領域だ。同社はPHDから調達したフィルムに電極、コネクター、DC/DCコンバーターなどを取り付けてモジュール化し、実証施設に敷設してきた。
もっとも、三層のうちGSIクレオスが会計上支配しているのは最下流だけである。同社の第96期有価証券報告書によれば、持分法適用関連会社はブラジルの透析持株会社RENAL GSI HOLDING PARTICIPACOES LTDA.の1社のみで、ブリリアント・マターズは連結子会社にも持分法適用会社にも含まれていない。過去5期分の有価証券報告書を通じて「カナダ」という文字列は一度も現れない。すなわち材料層への関与は少数持分の投資有価証券という位置づけにとどまり、実質的な関係は資本ではなく商流——GSIクレオスが持つ日本を中心とするアジアでの独占販売権——にある。垂直統合というより、三層をまたぐアライアンスと呼ぶのが正確だ。



繊維商社GSIクレオス——生糸輸出から99年、「事業創造型商社」への長い転身

OPVという最先端の話題の主役が、なぜ繊維商社なのか。その答えは、同社の100年に届こうとする歴史のなかにある。
起点は1927年10月、林大作が横浜市に個人商店「林大作商店」を開き、米国・欧州へ生糸と絹撚糸の輸出を始めたことにさかのぼる。林大作は鈴木商店の元幹部で、鈴木商店の破綻を受けて自ら商店を興したとされる。1931年10月、資本金5万円で株式会社林大作商店を設立。1934年4月には生糸の主要供給元であった郡是製絲の資本参加を受けて株式会社郡是シルクコーポレーションに商号変更し、1939年5月に本社を神戸へ移した。1942年1月、戦時下の言語政策を反映して郡是産業株式会社に改称。1945年3月には取扱品目に織物・編物その他繊維加工品と雑貨を加え、同年8月に日本商事株式会社を合併して、絹の輸出商から総合的な繊維商社へと姿を変えていく。
戦後の展開は、そのまま日本の貿易史と重なる。1952年2月に本社を東京都中央区へ移転、1955年4月にはGunze New York, Inc.(現GSI Exim America, Inc.)を設立して米国に橋頭堡を築いた。1956年7月には取扱品目に農林水産品、染料、助剤、一般化学製品、肥料、医薬品、医療器具、鉱工品、機械類を追加しており、この時点で「繊維+工業製品」の二本柱という現在の骨格ができあがっている。1961年に日中友好商社の指定を受け、1970年にはデュッセルドルフと香港に拠点を開設。1971年9月に商号をグンゼ産業株式会社へ改め、1973年2月に東京証券取引所市場第二部、同年11月に大阪証券取引所市場第二部、1978年11月に東京・大阪両取引所の市場第一部へと上場を果たした。
そして2001年11月、商号を株式会社GSIクレオスに変更する。GSIはGlobal Sophisticated Intelligence(グローバルで洗練された知性)の頭文字、クレオスはCreate(創造)、Reorient(新しい方向へ)、Eos(曙の女神)を合成した造語である。同じ2001年、同社はナノテクノロジー事業に参入した。カップ積層型カーボンナノチューブ「カルベール®」がその成果で、川崎市川崎区のナノ・バイオ開発センターが開発拠点となっている。この2001年の二つの決断——グンゼの名を外したことと、ナノテクに踏み込んだこと——が、25年後のOPV事業に一直線につながっている。同社が2025年1月の資料で自社の強みとして挙げたのは、「20年以上に及ぶナノテクノロジー事業を通じて、国立研究開発法人や国立大学法人、関連する有力企業との協働ネットワーク、共同研究体制を構築している」ことだった。
グンゼとの関係は、現在では資本というより歴史的な縁に近い。2026年3月31日時点の大株主は、日本マスタートラスト信託銀行(信託口)が11.46%で筆頭、以下、日本生命保険3.61%、みずほ銀行3.10%、グンゼ株式会社3.10%、東レ株式会社2.69%、日本カストディ銀行(信託口)2.67%、QR2号ファンド投資事業有限責任組合2.45%、GSIクレオス従業員持株会1.24%と続く。グンゼは主要な取引先であり続けているが、支配株主ではない。
現在の同社は、繊維事業(ファイバー、アウター、インナー)と工業製品事業(セミコンダクター、ケミカル、ホビー&ライフ、マシナリー&イクイップメント)の7セグメント体制で、国内9・海外27の拠点を持つ。連結従業員845名、単体322名(平均年齢41.9歳、平均勤続15.2年、平均年間給与767万7,901円)、資本金71億8,600万円、連結子会社18社という規模である。ホビー&ライフには、模型ファンにはおなじみのMr.HOBBYブランドが含まれ、アクリル系模型用塗料「Mr.カラー」は1977年の登場以来、1981年のガンプラ・ブームとともに定番となった。近年は2025年3月に三菱ケミカル傘下だったトリアセテート繊維事業「ソアロン」の全株式を取得し、同年にはフランス・グラースに化学品の研究拠点を開設している。
2026年3月期の連結業績は、売上高1,886億7,700万円(前期比14.0%増)、営業利益36億500万円(同22.2%増)、経常利益39億2,400万円(同54.0%増)、親会社株主に帰属する当期純利益25億4,400万円(同7.9%増)。売上高と純利益は過去最高を更新した。総資産893億500万円、自己資本322億1,000万円、自己資本比率36.1%、海外売上高比率69.4%である。2027年3月期の会社予想は売上高1,860億円、営業利益38億円、経常利益38億円、純利益26億円で、1株当たり配当金は106円(11期連続増配)を見込む。



ウロボロス・パワー・ハーベスティング——51%合弁の中身と2029年度量産計画

2026年4月1日、GSIクレオスはOPV事業会社「株式会社ウロボロス・パワー・ハーベスティング(Ouroboros Power Harvesting、略称OPH)」を設立した。公表は5月20日である。
本社は神奈川県川崎市川崎区南渡田町1-1 京浜ビル8階。資本金は5,100万円(予定)、出資比率はGSIクレオス51%、PHD49%(予定)。代表取締役社長には、長年OPVを推進してきたGSIクレオスのフェロー柳澤隆氏が就いた。事業内容はST-OPVの研究開発・製造・販売、次世代有機系太陽電池の研究開発・製造・販売、ST-OPVの輸出入業、省エネルギー・環境負荷低減デバイスの企画・提案である。
ここで一点、開示上の含みがある。OPHの公式サイトは同社を「株式会社GSIクレオスの100%出資子会社です」と明記しており、GSIクレオスの有価証券報告書も出資比率を「(予定)」と付記している。すなわち2026年7月時点では、PHDの49%出資はまだ実行されておらず、OPHはGSIクレオスの完全子会社として動いている。重要な契約の欄には契約期間が「自2026年5月1日、至 定めなし」と記載されている。技術移転の進捗と歩調を合わせて出資が実行されていく設計とみられる。
事業計画は3段階に区切られている。2026〜2027年頃は製造技術の移転と製造装置・材料の評価、そして複数の実証実験と一部パイロット実装。2027〜2028年頃は製造施設および装置の導入と試作、サプライチェーン整備と都市部・地方都市での面的展開、一部実装の開始。そして2029年度以降に国内施設での生産を開始し、広範囲な社会実装に入る。生産量の目標は、製造開始初年度が年産1万平方メートル・およそ1メガワット、5年後が年産100万平方メートル・0.1ギガワット超である。売上目標は、本格的な国内製造開始後の数年以内に数十億円規模、2030年代半ばに100億円規模とされる。当面の体制は立ち上げ準備と事業開発を中心とした5人程度で、製造の準備段階に合わせて拡充する計画だ。
この計画を読むうえで、投資家が押さえるべき変化が一つある。2025年1月27日の提携発表時点では「2028年度以降にOPVフィルムの国内製造開始も計画」とされ、そこには「実証研究を通じて十分な『投資予見性』が得られる前提で」という条件が明記されていた。2026年5月の合弁設立時、この目標年度は「2029年度以降」に改まっている。実証を1年重ねた結果として量産開始が1年後ろにずれた、という事実は、公式資料を並べれば読み取れる。
もう一つ、開示されていないものがある。投資額である。第96期有価証券報告書の「設備の新設、除却等の計画」欄は「重要な設備の新設等の計画はありません」と記し、「研究開発活動」欄も「特記すべき事項はありません」としている。中期経営計画「GSI CONNECT Phase 2」(2026年3月期〜2028年3月期)のキャッシュアロケーションで示された3年間の成長投資枠は約50億円、インフラ投資が約10億円、株主還元が約40億円で、この成長投資枠はOPV専用ではなく全社の新規事業・M&A向けである。年産100万平方メートルのR2Rラインをどの程度の資本で立ち上げるのか、その数字は現時点で公表されていない。
比較の物差しは、ペロブスカイト側が提供してくれる。積水化学工業と日本政策投資銀行(出資比率86%対14%)が2025年1月に設立した積水ソーラーフィルムは、旧シャープ堺工場に100メガワットの第1ラインを建設するのに900億円、GW級までの累計で約3,145億円(うち経済産業省GXサプライチェーン構築支援事業の補助金上限が1,572億5,222万円)を投じる計画で、2027年4月の稼働を予定する。NEDOのグリーンイノベーション基金は「次世代型太陽電池の開発」プロジェクトに事業規模1,051億円を計上し、カネカと長州産業のタンデム量産実証だけで94億円が充てられた。京都大学発のエネコートテクノロジーズはトヨタ系のWoven CapitalをリードとするシリーズCで創業来累計約87億円を調達している。中国では協鑫光電(GCL Optoelectronic)が江蘇省崑山にGW級のタンデム生産基地を総投資50億元(約1,200億円)で建設中だ。この資本の奔流と比べたとき、GSIクレオスの3年間で約50億円という成長投資枠は、まったく別のスケールの話であることが分かる。
なお、OPVのビジネスはケミカルセグメントに属する。同セグメントの2026年3月期は売上高150億7,300万円(前期比11億6,300万円増)、営業利益7億2,700万円(同1億9,000万円減、在庫の一部で評価減)で、従業員は80名。中期経営計画ではケミカルの営業利益目標を2025年3月期実績9億円から2028年3月期13億円へ引き上げるとしている。2030年代半ばのOPV売上100億円という目標は、現在のケミカルセグメント売上の約3分の2、連結売上高の約5%に相当する規模である。


BIPVかBAPVか——「窓」という13,418kWの空白地帯

GSIクレオスの狙う市場を正確に理解するには、BIPVとBAPVという二つの用語を区別する必要がある。BIPV(Building Integrated PV、建材一体型)は、太陽電池をあらかじめ建材そのものに組み込む方式で、新築や大規模改修が前提になる。これに対しBAPV(Building Attached PV、建材貼付型)は、既存の建材にあとから貼り付ける方式だ。GSIクレオスは2026年5月20日のリリースで「一般に知られるBIPVではなく、BAPVによる実装を進めます」と明記している。狙いは新築の建材市場ではなく、いま日本に建っている膨大な既存ビルの窓ガラスである。
その理由は日本の建築事情にある。同社の説明によれば、日本の高層建築は世界でも有数の高い窓ガラス比率を持つ。地震の揺れに追従できる柔軟なサッシ構造と高強度ガラスの開発が進んだためで、その結果、開放的な室内空間が実現した半面、外からの太陽熱が入りやすく冷房負荷が非常に大きいという課題を抱えることになった。特に南側や西側では冬季でも冷房が必要とされる例が多い。ここにST-OPVを貼れば、発電しながら遮熱もできる。創エネと省エネを同時に実装する、というのが同社のコンセプトだ。超低荷重のため窓ガラスへの構造補強は原則不要で、曲面や大型ガラスにも適合する。
この「窓」という面が、いかに手つかずかを示す公的なデータがある。環境省が2026年3月30日に公表した政府部門のポテンシャル調査(2024年度実施、防衛省施設を除く)によれば、政府施設に次世代型太陽電池を設置できる潜在量は合計約9万キロワットで、その内訳は屋根が60,410キロワット(建築物3,346件、利用可能面積901,643平方メートル)、外壁が14,363キロワット、そして窓が13,418キロワット(設置可能面積209,649平方メートル)である。政府の建物だけで、窓面に20万平方メートル超・13メガワット強の余地がある。政府部門はこれを受けて2026年6月18日に導入目標を定め、2035年に5万〜7万キロワット、2040年度に10万キロワット以上を掲げた。上位の政策枠組みは、2024年11月28日に官民協議会が公表した「次世代型太陽電池戦略」で、「2040年には約20GWの導入を目指す」「2025年20円/kWh、2030年14円/kWhが可能となる技術を確立」「2040年に自立化可能な発電コスト10円〜14円/kWh以下」と明記されている。第7次エネルギー基本計画(2025年2月18日閣議決定)は、2040年度の太陽光比率を22〜29%程度と定めた。
欧州では規制が需要を直接生み出している。2024年4月24日に採択されたEPBD改正指令(Directive (EU) 2024/1275)の第10条第3項は、技術的に適合し経済的・機能的に実行可能な場合という条件付きで、太陽エネルギー設備の設置を段階的に義務づけた。2026年12月31日までに有効床面積250平方メートル超のすべての新築公共・非住宅建築物、2027年末までに2,000平方メートル超の既存公共建築物と500平方メートル超の改修対象非住宅建築物、2028年末までに750平方メートル超、2030年末までに250平方メートル超の既存公共建築物、そして2029年末までにすべての新築住宅と建物に隣接する屋根付き駐車場、という順序である。国内法化期限は2026年5月29日ですでに到来している。日本側でも建築物省エネ法の改正により2025年4月1日から原則すべての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合が義務化され、東京都は同じ2025年4月から、年間都内供給延床面積2万平方メートル以上の事業者(約50社)を対象に、延床2,000平方メートル未満の新築へ1棟あたり2キロワットを基準量とする太陽光設置を義務づけた。
市場規模の予測は、調査会社によって桁が違うと言ってよいほど散らばっている。2026年のBIPV世界市場について、Mordor Intelligenceは166億6,000万ドル(約2兆7,100億円)、360iResearchは286億ドル(約4兆6,500億円)、Persistence Market Researchは389億ドル(約6兆3,200億円)を提示する。年平均成長率も13.90%から23.06%まで開き、首位地域さえ一致しない。日本市場では、富士経済が2025年8月27日に公表した「軽量・フレキシブル太陽電池」の国内市場予測が2025年度見込み139億円、2040年度449億円(2024年度比4.9倍)で、2040年度は用途の5割強がBAPVになるとしている。矢野経済研究所が2026年3月に発行したタンデム型ペロブスカイトの調査は、2040年の国内累積導入量を単接合・タンデム合計で12.5ギガワットと予測しており、政府目標の約20ギガワットを37%あまり下回る。官民の見立てには、この程度のギャップがある。
そしてOPV単独の市場規模となると、数字はさらに心もとない。富士経済の2024年版調査はOPV世界市場を2023年の260億円から2040年に1,000億円(3.8倍)としているが、同社の2023年版は同じ1,000億円を2035年の値としており、1年で5年分の後ろ倒しがあった。同じ調査のペロブスカイト世界市場予測は2024年版の2兆4,000億円から2025年版で3兆9,480億円へと上振れしており、格差は開く一方だ。加えて、海外の調査会社が出すOPV単独予測は2026年ベースで1億8,500万ドルから12億5,200万ドルまで6.8倍のばらつきがあり、年平均成長率も10.7%から37.8%まで開く。ヘリアテックの2024年売上71万ユーロ、エピシャインの2024年売上1,210万クローナといった実数を積み上げると、世界のOPV年間売上は数千万ドル規模にとどまる可能性が高い。infinityPVのフレデリック・クレブスCEOは、2025年に『Advanced Energy Materials』へ発表した研究で28,000超の成果と100社超のデータを分析し、pv magazineにこう語っている——「最も驚くべき事実は、我々が特定した多くの企業のうち、ごくわずか13%程度しか実際の財務データを公表していないことだ。つまり実際の市場発展を見ることが不可能なのだ」。
実証はすでに動いている。2026年4月から、SDRS株式会社(旧サンデン・リテールシステム、東京都墨田区、代表取締役社長 森益哉)の赤城事業所大会議室で共同実証が始まった。この会議室は南向きの大面積窓を持ち、以前から日射による室内温度上昇が激しく、ブラインドをしても空調が十分に機能しないという課題を抱えていた。Phase 1は2026年4月から2027年4月までの約1年間、大会議室の約10平方メートルにST-OPV18枚を貼付し、SDRS製の冷蔵型・非冷蔵型自動販売機への給電能力と、遮熱効果による空調出力の低減を評価する。十分な結果が得られればPhase 2として2027年4月から2028年4月まで、大食堂の南面約150平方メートル(270枚)へ拡大する。この試みの先にあるのが「自立型レジリエンス避難拠点」の提案で、ST-OPVと蓄電池、そしてSDRS製自動販売機をパッケージ化し、災害時に外部電源が途絶しても照明・通信・端末充電と飲料・物資を最低72時間提供する、という構想である。SDRSは全国20か所以上のメンテナンス拠点を持ち、運用・保全・回収までのワンストップ提供を目指す。
公共フィールドの実証も獲得した。2026年7月2日、GSIクレオスは川崎市の令和8年度「環境技術産学公民連携公募型共同研究事業委託」に採択され、市有施設でのST-OPV共同研究を開始すると発表した。評価項目は、直射・散乱・低照度・部分影での発電特性、温湿度・紫外線・風雨による屋外耐久性への影響、施工性の三つで、加えて都市景観への影響度合い(視認性、意匠)も評価する。令和8年度内に設置・評価を段階的に実施し、令和9年度以降に発電など主要指標を評価する。同社はリリースのなかで、この採択の意義を「公共フィールドでの実証という信用補完を梃子に、民間案件への展開を加速します。中長期の収益機会(製品販売/EPC/保守/ライセンス)の創出を図ります」と、きわめて率直に説明している。将来は標準的な施工方法を策定・公開し、「川崎発のフィルム型太陽電池の標準施工」となることを目指すという。
窓型発電は、しかし多くの企業が挫折してきた領域でもある。米カリフォルニアのユビキタス・エナジー(Ubiquitous Energy)は、紫外・赤外だけを選択吸収する透明太陽電池で13年間に7,000万ドル(約114億円)超を調達し、2021年にはENEOSと日本板硝子が日本拠点に採用、2022年1月には窓大手アンダーセン主導で3,000万ドル(約49億円)を調達したが、Canary Mediaは2024年12月、同社が2024年4月に従業員を帰宅させ事実上停止したと報じた。他方、オーストラリアのClearVue Technologies(ASX:CPV)は2025年9月に出力50W/m²超の第3世代ソーラーガラスを発表し、2026年7月にはIECEE CB、CE、TÜV MARKの認証を取得、インド市場への参入も決めている。透明PVは全滅したわけではなく、明暗が分かれている。



IoTと農業——低照度と波長選択という、もう二つの出口

窓以外に、OPVには二つの出口がある。ひとつは屋内、もうひとつは畑と温室である。
IoT向けの用途は、屋内の弱い光での発電特性に支えられている。2026年2月に『ACS Energy Letters』へ掲載された技術横断ベンチマークによれば、1000ルクスの白色LED下での変換効率は色素増感(DSSC)が38.1%、OPV(PM6:Y6)が34.8%、ペロブスカイトが32.0%、アモルファスシリコンが21.0%だった。屋内スペクトルの最適バンドギャップは1.74〜1.78電子ボルトで、ガラス越しに近赤外が落ちるため狭ギャップのシリコンは不利になる。GSIクレオスの比較表も、200ルクスでST-OPVが約4µW/cm²、シリコン型が約1µW/cm²と4倍の差がつくとしている。IoT Analyticsの2025年10月時点の集計では、接続IoTデバイスは2025年に211億台、2030年に390億台へ増える見通しで、電池交換の手間とコストが本体価格を上回る機器がその大半を占める。すでに実装も始まっており、電子棚札大手のVusionGroup(旧SES-imagotag)は2025年4月、スウェーデンExegerの色素増感セル「Powerfoyle」を搭載した光ハーベスティング版「EdgeSense」を、TOPPAN経由で大阪・関西万博のセブン-イレブン・ジャパン店舗に世界で初めて導入した。この領域ではエピシャインやドラキュラ・テクノロジーズが先行しており、GSIクレオスは現時点で窓面の大面積用途に軸足を置いている。
そして農業分野が、OPVにとって最も政策的な追い風と逆風が交錯する出口である。日本の営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)は、農林水産省が2025年12月に公表した集計によれば、制度開始の2013年度から2023年度末までに一時転用許可が累計6,137件、下部農地面積が1,361.6ヘクタールに達した。ただし2023年度の新規許可は791件で、前年度の1,020件から22%減り、初めて減少に転じている。しかも同じ集計は、営農に支障が生じている設備が1,221件・全体の24%に上ることを示す。前年度の927件・22%から2ポイント、件数で294件増えた。支障の内訳は「単収減少・生育不良(営農者に起因)」が71%(872件)で圧倒的に多い。
なぜ単収が落ちるのか。答えは遮光である。農水省の高収益農業実証で示された事例では、秋田市のえだまめ圃場が遮光率31%、島田市の茶・ブルーベリー・キウイ圃場が遮光率50%だった。不透明な結晶シリコンパネルを頭上に並べる以上、その面積分の光は農作物に届かない。その結果として何が起きているかは、栽培作物の分布に表れている。営農型設備の下で最も多く育てられているのは観賞用植物で36%(2,147件)、なかでもさかき・しきみが32%(1,901件)を占める。農水省自身が「太陽光パネルで遮光することを前提とした特徴的な作物が多く栽培されている」と記すとおり、日本の営農型は日陰に強いニッチ作物に偏り、主食用作物にはほとんど広がっていない。
制度は厳しくなる方向にある。2024年3月25日付のガイドライン(5農振第2825号、同年4月1日施行)は、従来通知で定めていた許可基準を農地法施行規則に格上げし、下部農地の単収が「市町村の区域内の平均的な単収と比較しておおむね2割以上減少する場合」を不許可とすること、最低地上高2メートル以上を確保することなどを明文化した。一時転用期間は原則3年以内で、認定農業者などの担い手が営農する場合、遊休農地を再生利用する場合、第2種・第3種農地を活用する場合に限って10年以内が認められる。参考までに、ドイツのDIN SPEC 91434(2021年5月発行)は「参照収量の66%以上」を求めており、日本の8割基準はこれより厳しい。さらに農水省は2025年5月に「望ましい営農型太陽光発電に関する検討会」を設置し、2026年3月の資料では「遮光率が30%未満であること」「遮光環境下で一定の収量確保が確認されており食料安全保障にも資する米・麦・大豆が推奨品目」という考え方を示した。検討会では「水稲においては、減収を2割程度に抑えられる遮光率は30%程度であるといった知見が蓄積されつつある」との意見も出ている。
この「遮光率30%」という数字が、半透明・波長選択型PVにとって決定的に重要になる。千葉大学の丸山典子氏らが2026年2月に『npj Sustainable Agriculture』で公表した実証では、水稲(もち米)は遮光率27%で減収5%(統計的に有意でない)に収まった一方、大豆は遮光率33%で31%減、サツマイモは31%で40%減と、作物によって耐性がまったく違うことが示された。水稲ではパネルの陰で水温が約2度下がり、2024年の高温ストレスを緩和する「日傘効果」も観測されている。不透明パネルは遮光率で頭打ちになるが、波長選択型なら、作物が光合成に使う青と赤の波長を通し、使い残す緑と近赤外だけを発電に回せる。同じ遮光率でも農作物への実害を小さくできる、という理屈だ。
その研究の最前線に立つのが大阪大学である。産業科学研究所の家裕隆教授らは、公立諏訪東京理科大学の渡邊康之教授らと組み、ドナーにP3HT、アクセプターに緑色光を選択的に吸収するFNTz-FAを用いた波長選択型OPVを2024年8月に『Materials Today Energy』で発表した。「青色と赤色光を農業、緑色光および近赤外光を発電に用いる『ソーラーマッチング』」というコンセプトである。続いて2026年6月9日には『Chemical Engineering Journal』に、合成が容易で低コスト化しやすい新規非フラーレンアクセプターFNTz-F-CNzを用い、ロール・ツー・ロールでメートルサイズのモジュールを作製した成果を報告した。農業用ハウスでトマト、ヒマワリ、トルコギキョウ、ホウレンソウを栽培し、通常のハウス条件と同等の生育を確認している。日刊工業新聞によれば、この緑色光波長選択型OPVのエネルギー変換効率は約5%で、2024年12月に岡山県立真庭高校へ1メートル×40センチのパネル24枚、2025年7月に山梨県果樹試験場へ約6平方メートルが設置され、実用化目標は2030年とされる。山梨県のブドウ棚では、渡邊教授と組んだ実証で、厚さ0.3ミリ・0.4キログラム/m²のOPVを約6平方メートル設置し、県オリジナル品種「サンシャインレッド」に夜間LED照射を組み合わせて着色向上を確認した。実証期間は2025〜2027年度である。
海外にも同種の知見が積み上がっている。カリフォルニア大学サンタクルーズ校のMichael Loik教授らは2017年に『Earth's Future』で、マゼンタ色の発光色素を封入した波長選択型パネル(WSPV)の下でトマトなど20品種7種を栽培し、果実の個数と生果重への影響が最小限で、水使用量が減ることを報告した。イスラエルのTriangle Research and Development Centerがキュウリ苗で行った比較試験では、公称効率4%の半透明OPV(実効2.8%)の下で収量への影響が「無視できる(negligible)」水準にとどまり、光透過性が良いため果実の平均重はむしろ大きくなった。
そして日本の営農型には、いま最大の経済的転換点が訪れている。調達価格等算定委員会が2026年4月に国会へ提出した報告は、「現在支援対象区分となっている事業用太陽光発電(地上設置)については、2027年度以降、FIT/FIP制度における支援の対象外とすることとした」と明記した。営農型は地上設置に分類されるため、2027年度以降は新規のFIT/FIP認定の道が原則閉ざされる。2026年度の調達価格は地上設置10キロワット以上50キロワット未満で9.9円/kWhまで下がっており、売電収入に依存するモデルはすでに成立しづらい。この環境で残る出口は、自家消費とPPA(電力購入契約)である。既存のビニールハウスの屋根に載せられて土地造成費がかからず、自家消費を前提にでき、遮光率規制と親和的な半透明フィルムPVは、「FIT後」の営農型において構造的に有利な位置にある。
GSIクレオスの動きも、まさにここに向かっている。同社は、ST-OPVが光の吸収波長を最適化しており、農業用温室では植物の光合成に必要な波長を透過させながら発電できると説明する。近年の温暖化で温室内部の温度上昇による農作物への熱線被害が問題になっているが、ST-OPVの遮熱効果によって温度上昇を抑制しつつ発電できる、という論理だ。この構想が具体化したのが、2026年7月16日に締結された北海道中富良野町(町長 小松田清)との包括連携協定である。同町にとって19件目の官民連携協定にあたる。実証はPhase 1で役場内町長室の南側窓にST-OPVを貼付して発電・遮熱性能と蓄電池への給電能力を確認し、Phase 2で応接室・事務所スペースに加えて町内の農業施設へ拡大、農業用ハウスでの遮熱・発電性能を検証する。発電した電力を蓄電池に充電し、24時間体制でハウス内のサーキュレーターなどに給電するエコサイクルの実証も予定されている。Phase 3では町有建物全般へ設置を大幅に拡大し、平常時の省エネと災害時のオフグリッド運用を検証する。
この案件で、小松田町長が日刊工業新聞に語った言葉は、OPVの用途を一言で言い当てている——「庁舎のどこにでも付けられ、(冬季に積もる)雪が重くて屋根に新しいシリコンを設置できないので中富良野町の特性に最も合う」。吉永直明社長は「中富良野町と全国の自治体のモデルとなり、新しい価値を発信していきたい」と応じた。北海道ではエアコンの設置率が極めて低く、近年の夏場の温度上昇への対応が喫緊の課題であるという地域事情も、同社は実証設計の理由に挙げている。
なお、農業分野ではペロブスカイト陣営も先行している。積水ソーラーフィルムは2026年3月24日、テラ、千葉大学、千葉銀行、ひまわりグリーンエネルギーと組み、千葉大学柏の葉キャンパスでフィルム型ペロブスカイトを用いた水田での営農型実証を3年間の予定で開始した。稲の収量・品質だけでなく、水田からのメタン発生量への影響まで検証項目に含めている。



投資家はどう見ているか——PBR0.96倍に埋め込まれた「無料のオプション」

株式市場は、この挑戦をどう値づけているのか。
irbankによれば、GSIクレオス株は2026年7月17日終値で2,537円、時価総額は約320億4,000万円、PBRは0.96倍、予想PERは11.94倍、配当利回りは4.18%、52週高値2,800円・安値1,631円である。1株当たり配当金は2027年3月期予想で106円、配当性向50.0%、11期連続増配。同社は配当性向50%以上の維持と、1株当たり100円を下限とする累進配当を株主還元方針に掲げている。自己株式取得も進めており、2026年2月9日の取締役会決議で上限30万株(自己株式を除く発行済株式総数の2.44%)・7億円、取得期間2026年2月10日から10月31日までとし、6月30日時点で14万5,400株・3億5,902万5,700円を取得済みだ。
この数字が意味するのは、いまの株価がOPVをほとんど織り込んでいない可能性である。PBR0.96倍は、株式市場がこの会社を解散価値とほぼ同額でしか評価していないことを示す。予想PER11.94倍も、既存の繊維・工業製品事業の利益を淡々と割り引いただけの水準だ。2030年代半ばに100億円というOPV売上目標は、実現すれば連結売上高の約5%、ケミカルセグメントを一段大きな事業に変えるインパクトを持つが、その期待値は現在の時価総額にほぼ含まれていない。裏を返せば、実証が失敗しても既存事業のバリュエーションが毀損される余地は小さい——投資家がしばしば「フリーオプション」と呼ぶ構図がここにある。
もっとも、株価がまったく動いていないわけではない。株探によれば2026年7月16日、日本経済新聞が「第2のペロブスカイト『OPV』、アジア初量産へ」と報じたことを材料に、同社株は一時251円高の2,676円まで買われた。52週安値1,631円から高値2,800円までの値幅は約1.7倍で、OPV関連ニュースが出るたびに買われる「テーマ株」としての性格を帯び始めている。
会社側の長期目標も、市場との対話を意識したものになっている。統合報告書2025で吉永直明社長は、2017年の社長就任以降に純利益が約2.5倍へ成長し、株価はこの5年で約4倍(同期間の日経平均・TOPIXは約2倍)に上昇したと振り返ったうえで、創立100周年にあたる2031年に向けて売上高2,000億円、純利益40億円、時価総額500億円超という目標を掲げている。現在の時価総額約320億円から500億円へ——このギャップを埋める物語として、OPVは最も分かりやすい素材だ。ただし同報告書は、PBRが1倍を下回る0.9にとどまったことも率直に記している。第三者の評価としては、アストリス・アドバイザリー・ジャパンによるスポンサード・リサーチが公開されており、2026年3月期決算発表後の取材を反映した更新版が2026年7月7日付で公表された。同社はGSIクレオスのESGレーティングを「Amber」としている。
VC・投資家の視点から見たとき、OPVという分野の評価は厳しいと言わざるを得ない。コナルカは1億8,500万ドル超を集めながら2012年に清算され、アルモールは約1億ユーロを投じて「売上が立ち上がらなかった」と総括し、ヘリアテックは10年で約2億2,600万ユーロの累積損失を積み上げて2024年に売上71万ユーロ、サンウはブラジル開発銀行の資金1億レアルを投じて累計生産1万メートル級で終わり、アンビエント・フォトニクスはエクイティ6,100万ドルとデット1,750万ドルを集めながら2026年1月に消えた。トム・チー氏の「It's chaos.」という言葉は、この連鎖の最後尾で発せられたものである。
では、その資金はどこへ行ったのか。答えははっきりしている——ペロブスカイトである。2023年8月、米カリフォルニアのCaeluxはシンガポールのテマセクをリードにシリーズAで1,200万ドル(約19億円)を調達し、リライアンス・ニューエナジー、コースラ・ベンチャーズ、三井不動産が参加した。2024年6月には米スウィフト・ソーラーがEni NextとFontinalis Partnersの共同リードで2,700万ドル(約44億円)、2025年3月には米タンデムPVがEclipseのリードで5,000万ドル(約81億円、デット含む)を集めた。Eclipseのグレッグ・ライコウ・パートナーはCanary Mediaの取材にこう語っている——「効率の大きな飛躍と、実製品として意味のあるパネルサイズでの実証と、必要とされる耐久性、この三つを同時にやってのける企業を我々はこれまで見たことがなかった。タンデムのチームに会ったとき、彼らには三つすべてへの道筋があることが明らかだった」。2024年2月には米CubicPVが10ギガワットのシリコンウエハー工場計画を中止し、ペロブスカイト・タンデムに資源を集中させると発表している。名指しでOPVとペロブスカイトを比較して投資判断を語ったVCは見当たらないが、アルモール社長の「いまだ成熟していない技術」という総括と、この資金の流れは同じ方向を向いている。
対照的に、いまOPVを支えているのはVCではなく公的資金である。エピシャインは2025年10月にスウェーデンエネルギー庁から3,370万クローナ(約5億7,000万円)の直接助成を受け、日本ではNEDOのプロジェクトが2件のOPVを支え、GSIクレオス自身は川崎市の公募事業に採択された。ベンチャーキャピタルが去った後の空白を、政府と自治体、そして事業会社の自己資金が埋めている——これが2026年のOPV産業の資本構造である。
それでも民間の金が動いている領域はある。ドラキュラ・テクノロジーズは2025年10月に総額3,000万ユーロのシリーズAをクローズし、受注残2,000万ユーロを抱える。広州追光科技は2024年12月に1億元弱を調達して量産ラインを立ち上げた。共通するのは、いずれも屋内IoTという「電池を置き換える」市場から入っていることだ。大面積の屋外BIPVで採算を取ろうとした企業がことごとく倒れ、屋内の小面積から入った企業が生き残っている——これがこの10年でOPV業界が示した最も明快な教訓である。
その意味で、GSIクレオスが自社を投資家として位置づけている点は注目に値する。2023年のブリリアント・マターズの510万カナダドルのラウンドで、同社はEcofuel Fundと共同リード投資家となった。事業会社が海外ディープテックのラウンドを共同リードし、その材料を自社の新規事業の上流に据えるという動きは、日本の中堅商社としては珍しい。中期経営計画も、前中計期間(2022年4月〜2025年3月)のM&A・事業投資実績45億円のなかに「有機薄膜太陽電池向け高分子事業(カナダ)」を明記し、トリアセテート繊維事業の買収やブラジルの透析クリニック事業と並ぶサステナブル分野への投資として位置づけている。
強みと課題——三層を貫くポジションと、四つの関門

GSIクレオスの強みは、技術そのものではなく、技術と技術を「つなぐ」位置取りにある。
第一の強みは、上流材料から下流施工までの三層に同時に足をかけている点だ。有機半導体材料はカナダのブリリアント・マターズ、OPVフィルムはブラジルのPHD、モジュール化と施工・保守は日本国内。この三点を一本の線でつないでいるプレーヤーは、世界を見渡しても他にいない。ヘリアテックは自社で材料も製造も持つが施工市場は限定的で、ASCAは製造とデザインに強いが材料は台湾の天光材料などに依存し、ブリリアント・マターズは材料専業である。GSIクレオスは、どの層も所有していないがゆえに、どの層とも組める。これは商社という業態の本質的な強みであり、柳澤氏の「GSIクレオスは自社や取引先ネットワークを生かし、工場や商業施設、自治体など幅広い産業にOPVを提案できる」という言葉の意味でもある。
第二の強みは、規制リスクとサプライチェーンリスクの小ささである。鉛を含まないという一点は、学校、病院、農業用ハウス、そして自治体の公共施設という、日本で最も稟議が通りにくい領域での商談を可能にする。実際、同社が最初に押さえたのが川崎市の公募事業と中富良野町の包括連携協定であることは偶然ではない。加えて「原材料はすべてG7内で調達可能」という主張は、活性層材料の供給元がほぼ中国に集中しつつある現状に対する、明確な差別化になっている。
第三の強みは、後付け(レトロフィット)という市場の入り方だ。新築建材市場に参入するには、建材メーカーとゼネコンの長い認定プロセスを通らなければならない。既存の窓に貼るという方式なら、意思決定者はビルオーナーやテナントであり、判断は「空調費が下がるか」という単純な経済計算に落ちる。遮熱フィルムやブラインドの代替として売れば、発電はいわばおまけになる。同社が「創エネ+省エネ+建材付加価値(ブラインド、遮熱フィルム代替)」という三点セットで提案しているのは、この計算を意識してのことだろう。
課題は、四つの関門として整理できる。
第一の関門が効率である。量産型半透明OPVの現状は7〜8%。2030年に15%以上という目標は、公式記録の19.4%と商用の7.2%の間にある12ポイントの谷を、5年で半分埋めるという意味だ。JSTのALCA-Nextでは、広島大学の尾坂格教授を代表に、大阪大学の家裕隆教授、理化学研究所の但馬敬介チームリーダー、京都大学の大北英生教授、千葉大学の吉田弘幸教授が参画し、5年で22〜23%、10センチ角モジュールで15%という目標を掲げている。2026年3月23日には京都大学らが新規ポリマーPTNT1-Fにより電圧損失と電荷生成のトレードオフを解消したと『Communications Materials』で発表し、7月にはその後継ポリマーPTNT2Tも報告された。基礎研究は着実に前進している。ただし尾坂教授自身が「中国による研究の進展は相当早く、我々は相対的に遅れ気味」と述べ、家教授は中国との研究競争を「軍艦に木造船で挑むようなもの」と表現している。日本の基礎研究の成果がカナダの材料会社とブラジルの製造会社を経由して日本の量産ラインに戻ってくる保証もない。
第二の関門が耐久性だ。紫外線・水分・熱による劣化は有機材料の宿命であり、シリコン系が20年以上の実績を積み上げてきたのに対し、半透明OPVの長期実フィールドデータは世界的に不足している。川崎市との共同研究が「温湿度・紫外線・風雨による屋外耐久性への影響の評価」を明示的な柱に据えているのは、この弱点の裏返しである。窓ガラスに貼ったフィルムが5年で色褪せた、という事例が一件でも出れば、市場形成は数年単位で遅れる。
第三の関門がコストと「鶏と卵」の循環である。安価に供給するには大量生産が前提だが、価格が下がらなければ建材メーカーやゼネコンは動かない。OPV陣営が主張する低コスト性は、低温・大気中でのR2R印刷という工程の軽さ、輸送効率の高さ、架台不要の施工性に由来するもので、現時点でワットあたりの価格でシリコンを下回ることが公開データで実証されているわけではない。実際、ヘリアテックのHeliaSolはドイツの太陽光専門メディア42wattの2026年4月の記事で1平方メートルあたり約200ユーロ(約3万7,000円)、ワットあたり約4ユーロと報じられている。フラウンホーファーISEが記録する2025年のシリコンモジュール世界平均販売価格は約0.10ドル/Wpだから、桁が二つ違う。同記事は比較対象として、CIGS系BIPVのAVANCIS SKALAを0.40〜0.60ユーロ/Wp、Onyx Solarの透明BIPVガラスを1平方メートルあたり400〜1,200ユーロと挙げている。OPVは薄膜のなかでも、まだ最も高い部類にある。だからこそGSIクレオスは、発電単価ではなく「発電+遮熱+意匠+レジリエンス」という複合価値で売る新しいビジネスモデルの検証を、実証と並行して進めている。柳澤氏自身、性能向上や低コスト化と並ぶ課題として「社会受容」を挙げている。
第四の関門が、資本と実行体制、そして政策支援の非対称性である。OPHの当面の陣容は5人程度、GSIクレオスのケミカルセグメント全体でも従業員80名、川崎のナノ・バイオ開発センターに至っては6名である。有価証券報告書には重要な設備投資計画の記載がなく、中計の成長投資枠は3年で約50億円。2029年度に年産1万平方メートルで立ち上げ、5年後に100万平方メートルへ——この100倍のスケールアップを、誰の資金と誰の人材で実行するのかは、まだ描かれていない。
そして支援の非対称は、当事者の言葉と制度の文面の両方に表れている。NEDO再生可能エネルギー部の鈴木敦之チーム長代理は、日刊工業新聞の取材にこう答えている——「OPVは、(研究開発対象の選択と集中の観点から)一時期は支援対象から外れていました。PSCなどとの変換効率競争でかなり後れを取っていたためです」。支援が再開されたのは2023年度で、現行の「太陽光発電導入拡大等技術開発事業」(2025〜2029年度)の採択24件のうちOPVは2件にとどまる。柳澤氏も「事業化を後押しする予算支援もPSCは潤沢だが、OPVは乏しい」と率直に認めている。
制度の文面で言えば、東京都の「Airソーラー」事業が象徴的だ。都は2026年度にAirソーラー普及拡大へ20億6,400万円を計上し、設置事業者支援事業では助成率10分の10(上限3億円)という破格の条件を用意している。ところが助成対象は、NEDOグリーンイノベーション基金事業でJETなどの性能評価を受けたフィルム型モジュールに限定され、有機薄膜(OPV)の記載はない。現時点でJETの型式認証を得ているのは積水ソーラーフィルムの3型式(各110ワット)だけである。環境省のGX需要家支援事業も、対象を「性能基準を満たすフィルム型ペロブスカイト」と定め、耐荷重10キログラム/m²以下、1施設5キロワット以上、自家消費率50%以上という要件のもとで補助率3分の2〜4分の3、上限10億円を用意するが、2025年度の採択は3回の公募で5件・計約80キロワットにとどまる。
規制インフラの整備も道半ばだ。NEDOは2026年3月18日に「フレキシブル太陽電池を利用した太陽光発電システムの設計・施工ガイドライン2026年度版」を公表したが、消防法の危険物施設安全基準、工場立地法の面積算定、そしてBIPVに対する建築基準法の適用関係の明確化は、いずれも2026年度中に措置する方針が示された段階であり、通達の発出は完了していない。柳澤氏は「日本政府にはともかくも太陽電池の設置面積を増やしたい、という強い方針がある。我々のOPVの完成度はすでに実装レベル。今後、実証や実装が進むにつれて支援体制が充実してくると期待している」と語るが、現時点では期待にとどまる。



これから何が計測されるのか——2026年後半から2029年度までのカレンダー

投資家にとって、この物語の進捗は比較的はっきりした日程で計測できる。
直近では、2026年8月10日に2027年3月期第1四半期決算の発表が予定されている。OPH設立後、初めての四半期開示にあたる。連結業績への影響は軽微とみられるが、OPV事業の進捗コメント、そして2026年2月9日決議の自己株式取得(上限30万株・7億円、取得期間は10月31日まで)の進み具合が確認できる。
2026年度後半から2027年3月期にかけては、実証データが積み上がる局面に入る。SDRS赤城事業所のPhase 1は2027年4月まで約1年間続き、南向き大面積窓での発電量(kWh/㎡、方位・季節・照度別)、低照度時の出力特性、ピークカット効果、遮熱効果、冷蔵設備への給電能力が評価される。冷房需要のピークである夏季と、日射角の低い冬季の両方を通したデータが揃うのは2027年春だ。川崎市との共同研究は令和8年度内に設置・評価を段階的に実施し、令和9年度(2027年度)以降に発電など主要指標を評価する。屋外耐久性が確認できるかどうかが、この共同研究の最大の焦点になる。中富良野町では、Phase 1の役場町長室での実証(2026年8月〜2027年8月)に続き、Phase 2で町内の農業施設へ展開する計画で、農業用ハウスでの遮熱・発電データが出てくる。
政策側の節目も同じ時期に集中する。農林水産省の「望ましい営農型太陽光発電」の考え方は、農山漁村再生可能エネルギー法の基本方針への明記が想定されており、「遮光率30%未満」という基準が制度化されれば、波長選択型の半透明PVの位置づけは一変する。2027年度からは事業用太陽光(地上設置)へのFIT/FIP支援が停止し、営農型の収益モデルは自家消費とPPAへ移行を迫られる。消防法・工場立地法・建築基準法にまたがる規制整理は2026年度中の措置が予定されており、通達がいつ、どの範囲で出るかが、窓面BAPVの商用化スピードを直接左右する。
2027年4月にはSDRS実証がPhase 2へ移り、設置面積が約10平方メートルから約150平方メートルへと15倍に拡大する。ここで270枚のモジュールを扱うことになり、施工の標準化と歩留まりという製造業的な論点が初めて実地で試される。同じ2027〜2028年頃、OPHは製造施設および装置の導入と試作に入る計画で、この段階では設備投資額と立地が具体化するはずだ。有価証券報告書の「設備の新設、除却等の計画」欄に初めて数字が載るタイミングが、この計画の本気度を測る最も客観的な指標になる。
2028年3月期は中期経営計画「GSI CONNECT Phase 2」の最終年度にあたり、売上高1,770億円、営業利益40億円、経常利益40億円、純利益30億円、ROE10%超という定量目標の達成が問われる。もっとも売上高については、2026年3月期の実績1,886億7,700万円がすでに最終年度目標を上回っており、次期中計での目標の建て直しが必要になる。2027年度は創業者・林大作が個人商店を興してから100年の節目でもあり、この年に次の中期経営計画が示される公算が大きい。同社が2031年(創立100周年)に掲げる売上高2,000億円、純利益40億円、時価総額500億円超という長期目標のなかで、OPVがどれだけの比重を与えられるかが、そこで明らかになる。
技術面では、GSIクレオスとブリリアント・マターズが「2030年までに第二世代の半導体高分子を光電変換層として搭載する」と明記している点が、変換効率15%目標の実現可能性を測る手がかりになる。第一世代の高分子で事業を立ち上げ、第二世代で性能を跳ね上げる——この二段構えが計画どおり進むかどうかは、ブリリアント・マターズの製品発表を追えば外部からも観測できる。
そして2029年度、国内施設での生産開始。初年度目標は年産1万平方メートル、およそ1メガワットである。この規模は、ヘリアテックのドレスデン工場の将来計画(年産200万平方メートル)やASCAのキッツィンゲン工場(年産50万〜100万平方メートル)と比べれば、まだ試験生産の域を出ない。勝負が決まるのはその5年後、年産100万平方メートル・0.1ギガワット超という目標に到達できるかどうかだ。
一つ確かなのは、GSIクレオス自身が「投資予見性」という言葉で条件を明示していることである。2025年1月の提携発表時に置かれたこの条件は、いまも生きている。実証で発電量と遮熱効果、そして屋外耐久性が期待どおりに出れば投資は前に進み、出なければ計画はもう一度後ろにずれる。2028年度から2029年度へと一度ずれた前例が、すでにある。コナルカ、三菱化学、アルモール、サンウ、アンビエント・フォトニクス——OPVの墓標はすでにいくつも立っている。窓という未開拓の面に、日本のフィルムを貼れるかどうか。答えは、赤城事業所の大会議室と川崎市の市有施設と、中富良野町のビニールハウスから、これから3年かけて出てくる。
