中古船が「海に浮かぶAIデータセンター」になる ― 3社が動いた

商船三井と日立製作所、日立システムズ、中古船を活用した浮体式データセンター(FDC)の共同開発を開始 - 中古船が「海に浮かぶAIデータセンター」になる ― 3社が動いた - 章扉

まず、何が起きたのかを具体的に押さえておきたい。2026年3月30日、海運最大手の商船三井(9104)と、日立製作所(6501)およびその中核IT子会社である日立システムズの3社は、「中古船を改造した浮体式データセンター(Floating Data Center、以下FDC)」の開発・運用・商用化に向けた基本合意書(MOU)を締結した。役目を終えて解体(スクラップ)に向かうはずだった大型船を、海に浮かべたまま巨大なサーバー室に作り替え、生成AIの計算需要に応えるデジタルインフラとして「第二の人生」を歩ませる、という構想である。

イメージしやすいよう、想定されている船を具体的に描いておこう。3社が例に挙げるのは、新車を何千台も積んで大西洋や太平洋を渡る自動車運搬船(PCTC=Pure Car and Truck Carrier)だ。この種の船は、車を何層にも積み重ねるために平らで頑丈な甲板が何十層も連なっており、内部の床面積を合計すると約5万4,000平方メートルにも達する。これは日本国内でも最大級の陸上データセンター1棟に匹敵する広さだ。すでに空調・発電・海水の取り込み設備といった「建物」としての基本機能を船体が備えているため、そこにサーバーラックと通信・冷却の設備を持ち込めば、更地から建てるより格段に速く、安く、データセンターが立ち上がる――これが発想の核心である。

3社は役割を明確に分けている。商船三井が担うのは、船舶改造の企画・推進、寄港先の港湾当局との協議、係留(けいりゅう=船を岸や海底につなぎ留めること)や保守といった海上運用の要件整理、そして資金調達スキームの検討だ。海の上でモノを安全に浮かべ、動かし、法規制と折り合いをつける部分は、まさに海運会社の本業である。一方、日立製作所と日立システムズは、データセンターそのものの設計・建設・運用の技術検討、ネットワークやセキュリティといったITインフラの要件定義、現地知見の活用、そして顧客開拓を受け持つ。3社は、日立グループが陸上データセンターの運用実績を持つ日本を主軸に、陸上データセンター関連サービスの提供実績があるマレーシアと米国も対象に据え、2027年以降の稼働開始を見据えて需要検証・基本仕様・運用手順の詰めを進めるとしている。

改造にかかる期間は約1年。陸上に新設する場合、用地取得から電力確保、建屋建設までに3年以上を要することが多いため、開発期間を最大3年短縮できるというのが3社の主張だ。冷却には周囲の海水や河川水をそのまま使うため、真水を大量に消費せずに済み、電力効率も高められる。中古船の再利用は、船の建造に必要な鋼材などの原材料と、それに伴うCO2排出を丸ごと節約できる循環型(サーキュラー)の取り組みでもある。日立側は、社会インフラ向けの次世代AIソリューション群「HMAX」を将来的にFDCの運用最適化へ組み込む構想も示している。

重要なのは、これが商船三井にとって初めての洋上データセンター構想ではない、という点だ。同社は約9か月前の2025年7月7日、トルコの発電船大手カラデニズ・ホールディング傘下のKinetics(キネティクス)社と、「発電船から電力供給を受ける洋上データセンター」の共同開発で基本合意している。日立との今回の合意は、電源の確保先や技術パートナーを広げた、いわば「第2の矢」にあたる。商船三井は海の上に計算資源を浮かべるという同じゴールに向けて、複数の座組みを並行して走らせているのだ。

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浮体式データセンター(FDC)とは何か ― 陸の限界を海に逃がす発想

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そもそもデータセンターとは、企業や個人のデータを預かり、ウェブサービスやAIを動かす大量のサーバーを、電源・空調・通信とともに集中管理する施設である。私たちが検索し、動画を観て、生成AIに質問するたびに、どこかのデータセンターのサーバーが火を噴くように稼働している。近年のAIブームで需要が爆発し、この「デジタル社会の心臓部」を、いかに速く、大量に、安く建てるかが世界的な争点になった。

ところが陸上データセンターの建設は、いくつもの物理的な壁にぶつかる。第一に土地だ。数十万平方メートル規模の平坦な用地を、通信網と電力網の近くで確保するのは、都市部ではもはや至難である。第二に電力。AI専用施設は1棟で100メガワット(MW)を超える電力を食うことも珍しくなく、これは人口8万人の都市が使う電力に匹敵する。第三に水と冷却だ。高密度のAIサーバーが出す膨大な熱を捌くため、従来型の空冷や冷却塔は大量の真水を蒸発させる。米国では、データセンターが地域の水資源を奪うとして住民の反対運動が起きるほどになっている。加えて騒音や景観をめぐる近隣の反発(NIMBY)、そして電力会社への接続待ちが、建設をさらに遅らせる。

浮体式データセンターは、この「土地・電力・水・冷却・許認可」という五重苦を、海(あるいは河川・湾)へ逃がそうとする発想だ。海の上なら広大な用地の取得競争から解放される。周囲は無尽蔵の冷却水で、真水を消費しない。沿岸の送電網や海底ケーブル、さらには洋上風力といった低炭素電源の近くに置ける。需要が動けば、船やバージ(艀=はしけ)ごと別の海域へ曳航して移設することさえ可能だ。計算資源を、電力と冷却が潤沢な場所へ「持っていく」――これがFDCの思想である。

一口に浮体式・洋上データセンターと言っても、実装の形はいくつかに枝分かれしている。商船三井やサムスン重工業が狙うのは、既存の船やバージの上にサーバー室を構える「船上・バージ型」だ。米Nautilus が実際に稼働させてきたのも、川に浮かべたバージ型である。これに対し、モジュール(区画化した設備)ごと海底に沈める「海中型」があり、マイクロソフトの実験「Project Natick」や、中国が世界で唯一商用化にこぎ着けた海南島・上海の海底データセンターがこの系譜にある。さらに先鋭的なのが、沖合の外洋に自律型のブイ(浮標)を浮かべ、波の力で発電しながらその場でAI計算をこなす「外洋自律型」で、Peter Thiel が出資した米Panthalassa がこれを掲げる。冷却水と立地の自由という共通の狙いを持ちながら、電源をどう確保し、どこまで陸から離れるかで、まったく難易度の異なる技術群に分かれているのだ。

歴史を振り返れば、船やバージにIT機能を積む発想自体は新しくない。グーグルは2013〜2014年、米国の港にサーバーを積んだ「謎のバージ」を係留し話題を呼んだが、規制上の障害やデータ主権の曖昧さから計画を畳んでいる。この一件は、FDCの本質的な難所――技術ではなく、電力の大規模かつ安定した供給と、港湾・海事の許認可、そしてどの国の法律が適用されるのかという管轄の問題――が10年以上前から変わっていないことを教えてくれる。AIという桁違いの需要が、その古い難問を再び現実の事業テーブルに載せた、というのが2026年の風景である。

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なぜ今、海なのか ― AIが突き当たった電力・土地・水の壁

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海に計算資源を逃がすという一見突飛な発想が、2026年になって世界の大企業とベンチャーキャピタル(VC)を同時に動かしている背景には、AIインフラ投資の常軌を逸した膨張がある。まず規模感を掴んでおきたい。米国の主要ハイパースケーラー(超大規模クラウド事業者)の2026年の設備投資(capex)計画は、SEC提出資料ベースで、アルファベット(グーグル)が1,750億〜1,850億ドル(約28兆〜30兆円)、アマゾンが約2,000億ドル(約32兆円)、メタが1,250億〜1,450億ドル(約20兆〜23兆円)に達する。オラクルに至っては2026年5月期の設備投資が前年比162%増の557億ドル(約9.0兆円)へ跳ね上がった。信用調査のCreditSights は、上位5社合計で約7,500億ドル(約122兆円)と、3年連続で6割超の伸びになると見積もる。ムーディーズはAIデータセンターへの投資が2030年までに累計3兆ドル(約486兆円)に膨らむと試算している。

この投資が向かう先で、電力が決定的なボトルネックになっている。国際エネルギー機関(IEA)の「Energy and AI」報告は、世界のデータセンターの電力消費が2024年の約415テラワット時(TWh、世界の電力の約1.5%)から、2030年には約945TWhへと倍増すると見込む。調査会社ガートナーは、データセンターの電力需要が2025年の104ギガワット(GW)から2026年に132GW(前年比26%増)へ拡大し、2026年にはAI最適化サーバーがデータセンター電力の31%を占めると予測。同社のアナリストは「AIの容量はいまや電力の確保に制約されており、データセンターの電力確保がスケール競争の新たな主戦場になった」と述べている。

そして、その電力を新たに繋ぎ込むのに、途方もない時間がかかる。米ローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)が2026年6月に公表した「Queued Up(送電網接続待ち行列)2026年版」によれば、2025年末時点で発電・蓄電あわせて2,061GWもの計画が送電網への接続を待っており、2025年に接続完了した事業の接続申請から運転開始までの期間の中央値は61か月(約5年)に達した。2015年の36か月、2008年の22か月から一貫して長期化している。土地を得て建屋を12〜18か月で建てられても、電気を通すのに5〜7年待たされる――ベッセマー・ベンチャー・パートナーズは2026年5月のレポートでこう指摘し、変圧器(トランス)の納期がコロナ前の約1年から5年に延び、AIワークロードがクラウド世代のラックの50倍の電力密度を要求すると警告した。同社は、2025年に建設・不動産分野へ投じられたベンチャー資金57億ドルのうち45億ドル(約7,290億円、実に78%)がデータセンターへ流れ込んだ、とも記す。

シリコンバレーのVCは、この「電力の壁」をむしろ最大の投資テーマとして正面から論じ始めた。アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)は2025年11月、AI政策責任者Matt Perault の名で「Speed-to-Power(電力への到達速度)」と題した政策提言を発表し、「エネルギーがAIの新たな堀(moat)になりかねない」と喝破した。コースラ・ベンチャーズの創業者Vinod Khosla は2026年6月末のフォーチュン誌への寄稿で、「大型のAIデータセンター1棟がいまや人口8万人の都市と同じだけ電力を食う」「電力が数か月で必要なのに接続待ちが7年に及ぶとき、人は手元にあるもの(=グリッドに依存しない自家発電)に手を伸ばす」と述べ、多燃料対応のリニアジェネレーター(線形発電機)への投資妙味を説いている。要するに、電力と冷却が潤沢な「変わった立地」を先取りする発想全般が、いま資金を吸い寄せているのだ。浮体式データセンターは、宇宙空間や地下、砂漠と並ぶ、その「変わった立地」の有力候補として位置づけられている。

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世界の浮体式・洋上データセンター競争 ― 中国・韓国・欧州の現在地

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FDCは商船三井の専売特許ではない。むしろ2026年に入って、世界の造船・海運・ITが入り乱れる本格的な開発競争に発展した。地域ごとに現在地を整理しておこう。

商用化で最も先を行くのは、意外にも中国である。北京海蘭信数据科技(Beijing Highlander Digital Technology、深圳300065)とその子会社HiCloud(海蘭雲)は、世界で唯一、大規模な洋上データセンターを実際に稼働させている。海南島・陵水沖では2023年から水深35メートルに海底データセンターモジュールを沈める商用プロジェクトが進み、総事業費は約8.79億ドル(約1,420億円)とされる。さらに上海・臨港沖では、50基超の洋上風車から電力の約95%を賄う世界初の「洋上風力給電・海底データセンター」が2026年5月に稼働を発表した。ただし数値の扱いには注意が要る。上海プロジェクトはフル設計容量24MWに対し、現時点で運転しているのは2.3MWの実証規模というのが一次情報に近い報道で、一部媒体が伝える「24MW稼働中」は設計値と実績を混同している可能性がある。冷却水を消費せず、電力使用効率(PUE)は約1.15、陸地利用を9割以上削減できると謳う。中国は国家色の濃い体制で、世界で唯一「動いている実物」を持つという事実だけは重い。

紙の上で最も野心的なのは韓国勢だ。サムスン重工業は2026年4月、米国船級協会(ABS)と英ロイド船級協会(Lloyd's Register)の双方から50MW級FDCの基本設計承認(AiP)を取得した。設計はLNGを燃料に船上で発電するバージ型で、米サーバー大手スーパーマイクロ(Super Micro Computer)と共同開発契約を結び、2026年6月のギリシャ・ポシドニア海事展ではギリシャ船主のCapital グループおよびロイド船級協会と三者協定を交わした。商用化目標は2028年第2四半期。背景には、2025年10月に結んだサムスンとOpenAI の戦略提携の存在があり、この基本合意書には浮体式データセンターがサムスン物産・サムスン重工業の作業項目として明記されている。追う形で、造船大手のHD韓国造船海洋(HD KSOE)が2026年7月上旬、シュナイダーエレクトリックの韓国法人と洋上向けの電力・冷却技術を共同開発するMOUを締結したが、こちらは容量も時期も顧客も未定の初期段階で、韓国メディアのみが報じている。ハンファオーシャンは「事業性を内部検討中」にとどまる。UPI やコリア中央デイリーは2026年7月8〜9日、これを「AI需要が生んだ韓国造船各社の浮体式データセンター競争」として一斉に報じた。大型ドックを持つ造船国――韓国・中国・日本――だけが、この巨大構造物を建造できる、という指摘も出ている。

非中国勢で最も進んでいる実物件はシンガポールのケッペル(Keppel)だ。同社は総容量25MW(うち19.2MWが4階建ての洋上モジュール)の浮体式データセンターを、ローヤン沖の海上に建設中で、2026年第1四半期に着工、2028年の稼働を見込む。すでに名称非公表のグローバル・ハイパースケーラーへの提供が確定し、低GWP冷媒を使う閉ループの海水冷却を採用する。土地の極端に乏しいシンガポールという需要地で、規制当局の承認(2023年取得)まで漕ぎ着けた点が重い。

欧米では、実証と資金調達で対照的な二つの物語が進む。マイクロソフトの海底データセンター実験「Project Natick」は、2018〜2020年にスコットランド・オークニー諸島沖で12ラック・864台のサーバーを海底に沈め、故障率が陸上比8分の1という好成績を残しながらも、2024年に「もう海底データセンターは世界のどこにも建てない」と正式に打ち切られた。技術的な実現性は証明したが、サーバーの更新周期が速いAI時代に、密封した設備を数年間開けられないという運用上の壁が越えられなかった。一方、洋上風力ベンチャーの米Aikido Technologies は、風車の浮体基礎の中に3〜4MWのデータホールを3室組み込み、15〜18MWの風車で10〜12MWのAI計算を賄う「AO60DC」を2026年3月に発表、NVIDIA のスタートアップ支援プログラムに選ばれ、2026年中にノルウェー沖で100kWの実証、2028年に英国沖で商用化を狙う。

そして忘れてはならないのが、商船三井と同じ日本の海運大手・日本郵船(NYK)である。日本郵船はNTTファシリティーズ、ユーラスエナジー、三菱UFJ銀行、横浜市と組み、2026年3月25日、横浜港大さん橋ふ頭のミニフロート(浮体式係留施設)上で、再生可能エネルギー100%稼働の洋上浮体型データセンターの実証実験を開始した。太陽光44kWと蓄電池を備えたコンテナ型で、GPUサーバー4ラック・最大約20kWという小規模ながら、日本で唯一「物理的に動いている」浮体式データセンターであり、塩害と振動、再エネのマネジメントを2026年度末まで検証する。「世界初、再エネのみで動く洋上データセンター」として2026年2月に日本オープンイノベーション大賞・総務大臣賞を受けた。商船三井のFDC構想は、国内でこの日本郵船連合と、真正面から競合することになる。

対照的なのが、この分野の先駆者だった米Nautilus Data Technologies の「撤退」の物語である。同社はカリフォルニア州ストックトンの川にバージ型データセンター(IT負荷6.5MW、PUE1.15、真水消費ゼロ)を数年間運用してきた先駆者だが、2024年に旗艦だったメイン州ミリノケットの3億ドル(約486億円)・60MW計画が、十分な電力を確保できずAI顧客を獲得できないとして頓挫。同社は唯一の資産であるストックトンのバージを4,500万ドル(約73億円)で売りに出し、2026年1月にはパンゲア・ベンチャーズ主導のシリーズB(金額非開示)で資本を入れ替えた。2017年にケッペルらが出資した際はシリーズCだったものが、2026年にシリーズBへ「逆行」している事実は、優先株の積み上がりを一度清算する資本再編の典型的な兆候だ。そして今の同社ホームページが前面に押し出すのは、もはや洋上データセンターの開発ではなく、「EcoCore」という液冷装置の製品群である。概念を実証した最初の企業が、立地の事業者から冷却機器のベンダーへと軸足を移した――この事実は、FDCという事業モデルの難しさを何より雄弁に物語っている。

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シリコンバレーはどう見ているか ― Peter Thiel の「海のフロンティア」

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海に計算を浮かべるという構想に、シリコンバレーのVCマネーが最も鮮烈な形で流れ込んだのが、米Panthalassa(パンサラッサ)である。オレゴン州ポートランドを拠点とする同社は、2026年5月4日、Peter Thiel が個人として主導する1.4億ドル(約227億円)のシリーズBを発表した。累計調達額は約2.1億ドル(約340億円)に上る。ここで各紙の報じ方に一つ注意が要る。多くの媒体が「Thiel のファウンダーズ・ファンドが主導」と書いたが、一次発表ではファウンダーズ・ファンドは2018年から出資を続ける既存投資家であり、今回のラウンドを個人としてリードしたのはThiel 本人である。フィナンシャル・タイムズはこのラウンドで企業価値が約10億ドル(約1,620億円)に近づいたと報じたが、これは会社側が確認した数字ではない。

投資家の顔ぶれ自体が、この構想の位置づけを物語る。新規にはKPCB のJohn Doerr、マーク・ベニオフのTIME Ventures、マックス・レブチンのSciFi Ventures、サーバー大手のスーパーマイクロ、フィグマのDylan Field、韓国の財閥ハンファ、豪州のFortescue Ventures らが名を連ね、既存のLowercarbon Capital やGigascale Capital(元メタCTOのMike Schroepfer が率いる)も追加出資した。Panthalassa の技術は、外洋に浮かべた巨大なブイ(Ocean-3)が波の力で最大1MWを発電し、その場に積んだAIチップで推論(inference)を実行、データは低軌道(LEO)衛星で地上へ送る、というものだ。同社は電力コストを1kWh約2セントと主張する。ただし――ここが決定的だが――同社はまだ一度も海上で計算を走らせていない。2021年のOcean-1、2024年のOcean-2 はいずれも発電機構の試作機で、AIの積荷(ペイロード)は載っていない。2026年に北太平洋でOcean-3 の実証、2027年に商用、という段階だ。

それでもThiel がこの案件に付けた物語は強烈だ。「未来は我々の想像を超える計算力を要求する。地球外の解はもはやSFではない。Panthalassa は海のフロンティアを切り開いた」――彼のこの言葉は、同じくシリコンバレーが熱を上げるもう一つの「変わった立地」、すなわち宇宙空間のデータセンターと対をなしている。宇宙側では、レドモンドのStarcloud(旧Lumen Orbit)が2026年3月にベンチマークとEQT主導で1.7億ドル(約275億円)・企業価値11億ドル(約1,780億円)のシリーズAを調達し、2025年11月にはNVIDIA H100 を積んだ衛星を軌道に上げた。グーグルもTPU を載せた太陽光衛星群「Project Suncatcher」を発表している。皮肉なことに、実証済みのハードウェアという一点では、いま宇宙が海を上回っている。西側のVC出資型の洋上スタートアップで、実際に海の上で計算を回した企業はまだ一社もない。

この熱狂に対し、業界の実務家からは冷徹な反論が相次いでいる。不動産サービス大手JLLのデータセンター戦略担当VP、Sean Farney は「(浮体式は)特殊な運用環境が心配だ。データセンター業界は洋上の運用に不慣れで、運用・保守を作り替える必要がある」と述べ、自家発電しない船に100MW超の大規模電力を安定供給する難しさを指摘する。英The Register は2026年6月、「スケールこそが洋上プロジェクトの敵になりやすい」と論じた。ハイパースケーラーが数ギガワット級のキャンパスを陸上に build する時代に、船1隻の規模では規模の経済で勝てない、という理屈だ。ビクトリア大学のBryson Robertson は「エネルギーインフラはソフトウェアではない。数か月で破壊的な解が現れて全てを変える、というわけにはいかない」と釘を刺し、波力発電ベンチャーは試作が一度でも失敗すれば企業として破綻しかねない脆さを抱えると警告する。

もっとも、慎重派も浮体式を全否定しているわけではない。市場調査会社BIS Research のCEO、Mohammad Faisal Ahmad は「浮体式は、陸上サイトの確保・給電・許認可が難しくなるなかで、立地に依存した信頼できる選択肢だ」とし、土地の乏しい沿岸市場・島嶼経済・港湾都市・エッジ用途で最も説得力を持つ一方、内陸の土地が潤沢な市場では魅力が薄い、と冷静に切り分ける。造船を手掛けるエリオットベイ・デザイン・グループのMike Complita は「陸上の大型施設が5〜8年かかるのに対し、浮体式は2〜3年で展開できる。消費しない無尽蔵の冷却水がある」と利点を強調しつつ、「いま基本要件は30MW、多くは50〜80MWの引き合い」と、需要が実在することも認める。米国では、岸につながれ乗客を乗せない浮体式データセンターは沿岸警備隊の船舶検査対象外で、事業者はABSやDNVといった船級協会の任意認証を取りに行く。船級各社がFDC専用のルール整備を始めた、というのが2026年の実務の到達点である。

商船三井の強みと課題

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では、この座組みで商船三井は何を持ち込むのか。同社の最大の強みは、世界屈指の自動車運搬船隊そのものである。商船三井グループは約100隻規模の自動車船を運航する世界最大級のオペレーターであり、船齢を重ねて退役していく船を毎年のように手にする。改造の原材料となる中古船を、事実上の内製で安定的に調達できる立場は、他社が容易に真似できない。加えて同社は、浮体式の海洋設備そのものに長い経験を持つ。液化天然ガスを洋上で受け入れ・再ガス化するFSRU、洋上のLNG生産設備FLNG、そしてトルコ・カラデニズと組んだLNG発電船事業「KARMOL」を2019年から手掛けており、モザンビークなどで実際に発電船を浮かべて電気を供給してきた。海の上に大きな設備を浮かべ、係留し、港湾当局や現地政府と交渉して事業として回す――FDCに必要な能力の多くは、同社の既存事業の延長線上にある。

経営戦略の面でも整合する。商船三井は2023年に始めた13年計画「BLUE ACTION 2035」で、市況に左右されるコンテナ船・自動車船といった「市況享受型」事業と、長期契約に支えられた「安定収益型」事業を組み合わせ、「グローバルな社会インフラ企業」への飛躍を掲げてきた。2026年3月31日に公表したフェーズ2(2026〜2030年度)計画では、税引前当期純利益を2030年度に4,200億円、2035年度に5,000億円、ROE10%超、総資産9.0兆円へ引き上げる目標を示し、当初計画を上方修正した。同社の2026年3月期は、コンテナ船市況の反落で経常利益が前期比58%減の1,758億円、純利益が同50%減の2,132億円と、好況の反動で大きく落ち込んだ。市況変動の激しい海運本業だけに頼らない、安定した収益の柱を作ることは、同社にとって悲願である。FDCは、退役船に新たな価値を与え、AIという巨大かつ息の長い需要に賭ける、まさにその文脈にはまる。実際、同社の資金力は厚く、2026〜2030年度で総額2兆8,800億円のキャッシュを配分する計画を持つ。

一方で、課題は率直に言って重い。第一に、商船三井はデータセンターの運用事業者ではない。サーバーを預かり、止めずに回し、顧客のワークロードに責任を負うという中核部分の知見を、同社は持たない。だからこそ日立と組むのだが、逆に言えばFDCの「中身」を外部に依存する構造になる。第二に、これは業界共通の最大の壁でもあるが、電力の確保だ。前述の通りAI専用施設は100MWを超えることもあり、船の既存発電設備では到底足りない。だからこそ商船三井はカラデニズの発電船を横付けする「第1の矢」を別途走らせているわけだが、発電船からの給電は燃料費という重い変動費を抱え込む。日立との今回の座組みで大規模電力をどう賄うのかは、現時点で開示されていない。第三に、塩害と腐食である。海水にさらされる環境で、更新周期の速い高価なGPUを長期間安定稼働させられるのか、金属材料と保守の設計は未検証だ。そして第四に、係留海域の許認可、排熱による周辺海洋生態系への影響評価、そして「洋上の船内サーバーにはどの国の法律・データ主権が及ぶのか」という、グーグルが10年前に突き当たったのと同じ規制の迷路が、依然として立ちはだかる。商船三井の役割分担にはっきりと「資金調達スキームの検討」が含まれていることは、この事業がまだ「誰がどうカネを出すか」を固め切れていない段階であることの裏返しでもある。

商船三井と日立製作所、日立システムズ、中古船を活用した浮体式データセンター(FDC)の共同開発を開始 - 商船三井の強みと課題 - 図表1

日立製作所の強みと課題

商船三井と日立製作所、日立システムズ、中古船を活用した浮体式データセンター(FDC)の共同開発を開始 - 日立製作所の強みと課題 - 章扉

日立製作所がこの構想に持ち込むのは、「発電から運用まで、データセンターを丸ごと手掛ける」という総合力である。同社はいま、データセンターを自ら建てて所有するのではなく、世界中でデータセンターを建てようとする企業に、機器とサービスを一括で供給する「アームズディーラー(武器商人)」の立場を狙っている。2030年をめどにデータセンター関連で売上高1兆円超を掲げ、社長兼CEOの徳永俊昭氏は2025年4月、この戦略テーマを直轄で推進する「戦略SIBビジネスユニット」を新設、今後3年で5,000億円を投じると表明した。同社データセンター事業は、8割超を海外が占め、宮下力氏はこれを日本のデジタル赤字とは対照的な「デジタル黒字に近い」事業だと表現する。

その総合力の心臓部が、2022年に買収した送配電大手ヒタチ・エナジー(Hitachi Energy)である。AIデータセンターの最大のボトルネックが電力であることは前述の通りだが、その電力を送るのに不可欠な変圧器(トランス)は世界的に払底し、納期が5年に延びている。ヒタチ・エナジーはまさにこの変圧器を作る世界的プレーヤーであり、2027年までに製造能力拡張へ60億ドル(約9,700億円)、世界全体で90億ドル超(約1兆5,000億円)を投じ、うち15億ドル(約2,430億円)を変圧器増産に充てる。同社のデータセンター関連受注は2025年度に前年比150%超で伸び、2027年度には2025年度比5倍を見込む。電力が最大の壁であるFDCにおいて、その壁を作る側の企業を傘下に持つことは、日立の際立った強みだ。さらに同社は2026年1月のCES で、社会インフラ向け次世代AIソリューション群「HMAX」を発表し、データセンターの冷却効率や電力効率をAIで最適化する用途を掲げた。電源(ヒタチ・エナジー)、無停電電源装置(UPS)や空調、ITインフラの構築・運用、そして運用最適化AI(HMAX)まで、「丸ごと日立」で揃うことは、機器を寄せ集める競合にない一貫性を生む。日立はNVIDIA やOpenAI との連携も打ち出しており、AIインフラの潮流の中心に自らを位置づけようとしている。

課題は、その総合力ゆえの複雑さと、洋上という新環境への適応にある。日立のデータセンター事業は、ヒタチ・エナジー、ヒタチ・ヴァンタラ、日立システムズ、グローバルロジックなど多くの事業体にまたがっており、これを「One Hitachi」として顧客に一枚岩で見せられるかは、経営が繰り返し課題に挙げてきたテーマだ。加えて、日立の変圧器も空調も、これまで陸上の安定した基礎の上に据えることを前提に設計されてきた。船の動揺、8〜120秒周期という低周波の揺れ、塩分と高湿度が、精密なIT機器や電力機器にどう影響するかは、業界全体でほとんど試験データがない領域である。Aikido のCEOも「低周波での試験はほとんど存在しない」と認めている。日立にとってFDCは、1兆円というデータセンター事業目標に厚みを加える有望な一手であると同時に、自社の機器を未検証の海上環境へ持ち出す実証の場でもある。商船三井の海事知見とどこまで擦り合わせられるかが、成否を分ける。

商船三井と日立製作所、日立システムズ、中古船を活用した浮体式データセンター(FDC)の共同開発を開始 - 日立製作所の強みと課題 - 図表1

日立システムズの強みと課題

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日立システムズの役割は、FDCの「日々を回す」部分にある。同社は日立製作所とともに、データセンターの設計・建設・運用の技術検討と、ネットワーク・セキュリティといったITインフラの要件定義を担う。同社の強みは二つだ。一つは、日本国内に岡山・横浜・湘南などで自ら保有・運用するデータセンター群と、コンテナ型データセンターの構築実績を持つ「現場を回してきた」経験。もう一つが、今回の主戦場であるマレーシアと米国で、陸上データセンター関連サービスを提供してきた現地知見である。3社がこの2か国を対象地域に選んだ背景には、日立システムズの海外サービス基盤がある。さらに同社はセキュリティブランド「SHIELD」を軸に、監視・運用・防御のサービスを積み上げてきた。海の上に浮かぶとはいえ、データセンターである以上、ネットワークの可用性とサイバーセキュリティ、24時間の運用監視は不可欠であり、そこは同社の本領だ。将来的には日立のHMAXと連携し、FDCの運用を自動化・最適化する絵姿が描かれている。

課題は、規模と可視性の面にある。日立システムズは日立グループの中で、ヒタチ・エナジーのような派手な存在感を持つわけではなく、今回の座組みでも役割は日立製作所と一括りで語られがちだ。同社が持つデータセンター運用の知見は堅実だが、いずれも陸上・国内・企業向けが中心で、AI向けの超高密度・大規模ワークロードや、洋上という前例のない環境の運用に、そのまま横展開できるかは未知数である。塩害・振動下でのネットワーク機器の信頼性、海底ケーブルや衛星を介した通信の帯域と遅延、そして万一の障害時に洋上の現場へ保守要員をどう送り込むか――こうした洋上特有の運用設計は、同社にとっても新しい挑戦だ。堅実な運用・セキュリティの担い手として、商船三井の海事オペレーションと日立製作所の機器の間を、実務レベルで橋渡しできるかが問われる。

今後の展望 ― いつ、何が動くか

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まず、この3社の枠組みで直近に何が動くのかを見定めておきたい。2026年3月30日の基本合意は、あくまで需要検証・基本仕様・運用手順を詰める「フィージビリティスタディ(実現可能性調査)」の段階であり、2027年以降の稼働開始という表現も「以降」に力点がある。本稿執筆時点の2026年7月末までに、3社から改造対象船の確定や具体的な稼働地の発表といった次の一手は出ていない。次に注目すべきマイルストーンは、対象船の選定と改造ヤードの決定、そして最大の焦点である電力確保スキーム――商船三井が並走させるカラデニズ発電船との統合が、この日立連合にも接続されるのか否か――の開示になるだろう。カラデニズ傘下のKineticsは2025年11月に4億ドル(約648億円)の社債を発行し、同年12月にはアンモニア発電のAmogy へ出資して「AIデータセンター向けの洋上電力」を明言しており、電源側の駒は着々と動いている。

より広い視野で見れば、2026年後半から2028年にかけては、洋上データセンターが「構想」から「実物」へと移る分水嶺になる。世界で最も早く動くのは、フル設計に向けて増設を続ける中国HiCloud と、2028年稼働で名前入りの顧客を確保済みのシンガポール・ケッペルだ。紙の上で最先進のサムスン重工業は2028年第2四半期の商用化を掲げ、スーパーマイクロとの共同開発やロイド船級協会・Capital との連携を通じて、実機建造へ駒を進めている。国内では、日本郵船連合の横浜実証が2026年度末に一区切りを迎え、塩害・振動・再エネ運用の実データが出てくる。これらの先行事例が、商船三井・日立連合にとっての生きたベンチマークになる。逆に、Nautilus の撤退が示したように、電力とAI顧客を確保できなければ、どれほど技術が優れていても事業は座礁する。2026〜2027年は、各陣営が「顧客」と「電源」という二つの現実に、どこまで応えられるかが試される時期だ。

シリコンバレーのVCの視点で全体を統合すると、この分野は明確に二極化している。一方に、Peter Thiel やLowercarbon が巨額を投じるPanthalassa やAikido のような、外洋・波力・自律という高リスク高リターンの「フロンティア」があり、もう一方に、商船三井・日立、サムスン重工業、ケッペル、日本郵船のような、既存の船・港・送電網の近くで堅実に積み上げる「近海・沿岸」の実務がある。前者はまだ一度も海上で計算を回しておらず、宇宙データセンターの後塵を拝している。後者は動いてはいるが規模が小さく、日本郵船の実証は約20kW、Nautilus でも6.5MWと、陸上ハイパースケールの100MW超とは二桁以上の開きがある。VCの本音を代弁すれば、浮体式データセンターは「土地・電力・水の制約に対する、立地限定の有望なニッチ解」ではあっても、AIインフラの主流を陸から奪う存在にはまだ遠い、というのが2026年年央のコンセンサスだろう。The Register が皮肉ったように、業界は「海を解決策としてではなく、陸で解けなかった同じ制約を隠す場所として扱っているのではないか」という疑いも消えていない。

だが、その懐疑こそが、商船三井・日立連合の勝ち筋を逆説的に示している。外洋の自律ブイで一発逆転を狙うのではなく、退役する自社の船という「タダ同然の巨大な箱」を使い、変圧器から運用AIまで揃う日立と、海を知り尽くした商船三井が組んで、電力と冷却が確保できる港湾都市に堅実に据える――派手さはないが、土地と時間と真水を確実に節約できるこの現実解は、AIの電力飢餓が深刻化するほど値打ちを増す。5年に及ぶ送電網の接続待ちと、都市部の用地枯渇が続く限り、「1年で立ち上がり、真水を消費しない、動かせるデータセンター」への需要は消えない。問われているのは技術の可否ではなく、電力・顧客・規制・採算という事業の四条件を、この3社がいつ、どの海域で、最初の1隻として結実させられるかである。その最初の実船が海に浮かぶとき、商船三井の中古船は、AI時代のデジタルインフラとして文字通りの「第二の人生」を始めることになる。


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