「うま味調味料」の副産物から生まれたAI半導体の心臓部——ABFとは何か

半導体の先端パッケージングに必須なCPU、GPU向け絶縁材、ABF(味の素ビルドアップフィルム)を独占。味の素 (2802) - 「うま味調味料」の副産物から生まれたAI半導体の心臓部——ABFとは何か - 章扉

ABF(Ajinomoto Build-up Film、味の素ビルドアップフィルム)は、半導体のパッケージ基板の内部で銅の配線層と配線層のあいだを電気的に絶縁する、フィルム状の樹脂材料である。名前はいかにも地味だが、これがなければ最先端のCPUやGPUは事実上つくれない。まずはこの素材が半導体のどこに、なぜ必要なのかを具体的に押さえておきたい。

現代の半導体、とりわけNVIDIAのGPUやインテルのCPUのような高性能チップは、シリコンの「ダイ(半導体チップそのもの)」を、そのまま基板にはんだ付けするわけではない。髪の毛よりはるかに細い数千〜数万本の電極を持つダイと、比較的大きな配線ピッチのプリント基板(マザーボード)とのあいだには、両者をつなぐ「変換アダプター」が必要になる。それがパッケージ基板であり、なかでもハイエンド向けの主流が、チップを裏返して電極面を下向きに接合するFC-BGA(フリップチップ・ボール・グリッド・アレイ)と呼ばれる構造の基板だ。

このFC-BGA基板は、絶縁層と銅の配線層を交互に何層も積み重ねた「ミルフィーユ(ラザニア)」のような多層構造でつくられる。この積み上げ工程を「ビルドアップ」と呼び、層と層のあいだに挟み込まれる絶縁材こそがABFである。つまりABFは、微細な配線を何層にも積層するための「絶縁の土台」を提供している。層と層を電気的に隔てつつ、レーザーで微細な穴(ビア)を開けて上下の配線を接続し、銅と強固に密着する——この三役を同時に高い精度でこなすことが求められる。

ABFの革新性は、それ以前に主流だった液状の樹脂インクを塗布・乾燥させる方式を、乾燥不要の「フィルム」を貼り付ける方式に置き換えた点にある。フィルム化によって膜厚が均一になり、大面積でも品質がばらつかず、レーザー加工性や銅箔との密着性にも優れた。工程が短縮され歩留まりが上がるこの方式は、パッケージ基板の微細化・多層化が進むほど有利に働き、1999年の実用化以降、業界の事実上の標準(デファクトスタンダード)となった。半導体パッケージの層数が増え、面積が大きくなるほど、1個あたりに使われるABFの量は増える。AIアクセラレータのように巨大で高多層なパッケージは、ABFにとって理想的な追い風なのである。

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売上の6%が利益の3割を稼ぐ——ABFビジネスの実像とほぼ100%の世界シェア

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ABFの最大の特徴は、その圧倒的な独占度にある。ハイエンドのCPU/GPU向けパッケージ基板に使われる層間絶縁フィルムにおいて、味の素の世界シェアはほぼ100%とされ、各紙は「95%超」と報じている。日本経済新聞は同社を「必須材料シェア95%超」と位置づけ、米メディアは「MSG(グルタミン酸ナトリウム)の工場がNVIDIAの喉元を握っている」と表現した。データセンターのAIサーバーからパソコンまで、世界中の先端半導体がこの一社の一枚のフィルムに依存している構図である。

事業の中身を数字で見ると、その高収益ぶりは際立つ。味の素の電子材料を含む「ファンクショナルマテリアルズ」事業の2026年3月期(FY25)実績は、売上高1,007億円(前期比31.6%増)、本業の儲けを示す事業利益546億円(同35.8%増)だった。事業利益率は50%を超え(約54%)、半導体材料としても突出した水準にある。重要なのは、この事業が全社売上高1兆5,837億円のわずか6%程度に過ぎないにもかかわらず、全社事業利益1,811億円の約3割(546億円)を稼ぎ出しているという構造だ。少ない売上で巨額の利益を生む、典型的な「隠れた高収益事業」である。

味の素の会社全体の2026年3月期は、売上高1兆5,837億円、事業利益1,811億円、そして親会社帰属の当期純利益は過去最高の1,346億円(前期比で約92%増)を記録した。ただしこの純利益には本社ビルの土地・建物の売却益406億円という一過性の要因が含まれる。この特殊要因が剥落するため、2027年3月期(FY26)の純利益予想は1,200億円(前期比11%減)とされる一方、一過性を除いた事業利益は1,970億円(同9%増)と過去最高の更新を見込む。減益に見える見出しの裏で、本業はむしろ加速しているというねじれた構図だ。しかも会社の想定為替レートは1ドル=150円で、実勢の約162円より円安方向にあるため、この水準が続けば利益はさらに上振れる余地がある。

半導体の先端パッケージングに必須なCPU、GPU向け絶縁材、ABF(味の素ビルドアップフィルム)を独占。味の素 (2802) - 売上の6%が利益の3割を稼ぐ——ABFビジネスの実像とほぼ100%の世界シェア - 図表1半導体の先端パッケージングに必須なCPU、GPU向け絶縁材、ABF(味の素ビルドアップフィルム)を独占。味の素 (2802) - 売上の6%が利益の3割を稼ぐ——ABFビジネスの実像とほぼ100%の世界シェア - 図表2

1996年の一枚のフィルムからAIバブルまで——事業開始から現在までの歩み

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ABFの物語は、半導体とはまったく無縁な「うま味」の研究から始まる。味の素は1960年代、主力商品であるうま味調味料の主成分・L-グルタミン酸ナトリウムを合成する研究開発の過程で、副産物として生じる樹脂に着目した。1970年代にはこの有機合成化学の知見を土台に、難燃剤や接着剤といった機能性樹脂を扱うファインケミカル事業を立ち上げていた。アミノ酸製造で培った有機合成技術という、他社にはない出自こそがABFの技術的源流である。

転機は1996年に訪れる。当時、中央研究所で機能性材料の開発に従事していた一人の研究者が、半導体パッケージ用の絶縁フィルムの開発に着手した。この研究者こそ、現在の味の素の代表執行役社長・中村茂雄氏である。1967年生まれ、東京工業大学大学院で化学環境工学を修めて1992年に入社した中村氏は、ABFの開発と事業化を主導し、2019年に製造子会社である味の素ファインテクノ(AFT)の社長、2022年にブラジル味の素社長を経て、2025年2月に技術系出身として同社初の社長に就任した。自ら生み出した半導体材料が全社を牽引する時代に、その開発者がトップに立つという象徴的な巡り合わせになっている。

1999年、ABFはある大手半導体メーカー(インテル)のパッケージに採用され、同年にワニス(樹脂溶液)の製造工場が新設されて量産が始まった。パソコンの普及とともにABFは標準材料の地位を固め、2000年代を通じてパッケージ基板の微細化・多層化を支えた。存在感が広く知られるようになったのは、皮肉にも「不足」がきっかけだった。2021年、半導体不足のなかでABF基板の供給逼迫がボトルネックとなり、ブロードコム関係者の証言としてチップの納期が63週から70週へ延びたと報じられ、「無名の絶縁フィルム」が世界のサプライチェーンを止めうる存在として注目された。そして2023年以降の生成AIブームで、ABFは需要爆発の中心に躍り出る。用途別の数量構成比を見ると、ABF採用初期に45%を占めたパソコン向けは足元で20%前後まで縮小し、代わりにサーバー/ネットワーク(ハイエンド)向けが70%超へと拡大した。味の素はこの比率が2030年度にかけて75〜85%まで高まると見込んでいる。ABFの需要は「PCの部品」から「AIインフラの基幹材料」へと質的に転換したのである。

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サプライチェーンの全体像——ABFの「顧客」である基板メーカーという難所

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ABFの独占を理解するには、その前後にあるサプライチェーンを押さえる必要がある。味の素はABF(フィルムやワニス)を製造し、それを買うのは基板メーカーだ。基板メーカーがABFを使ってFC-BGAパッケージ基板をつくり、その基板の上にTSMCなどが製造したダイを載せてOSAT(後工程受託)やファウンドリが組み立て、最終的にインテル、AMD、NVIDIAといったチップメーカーの製品として世に出る。味の素はこの長い連鎖の最上流にある「素材の素材」を握っている。

このサプライチェーンで、じつは供給のボトルネックになりやすいのはABFそのものよりも、その顧客であるパッケージ基板メーカーの側である。FC-BGA基板の世界市場は日本のイビデン、新光電気工業、台湾のユニマイクロン(欣興電子)とNan Ya PCB、オーストリアのAT&Sという上位5社で約74%を占める寡占市場だ。とりわけ高性能AI向けではイビデンが約35%と突出し、新光電気工業が約18%、ユニマイクロンが約14%、AT&Sが約10%、Nan Ya PCBが約5%と続く。これらの基板メーカーはいずれも生産能力が逼迫しており、大型の増産投資を競っている。

イビデンはFY2026〜2028年度に総額5,000億円規模の設備投資を計画し、これは基板業界で過去最大級の増強とされる。同社は大野新工場を2025年10月に稼働(当初は約50%の稼働率)させ、米アリゾナ州フェニックスにも約12億ドル(約1,900億円)のフリップチップ基板工場を建設中で、米CHIPS法から約3.2億ドル(約510億円)の補助を受けて2027年後半に月産3万パネルを目指す。AT&Sは欧州のEUチップス法から5億ユーロ(約900億円)を得てオーストリア・レオーベン工場を拡張し、2027年に月2万パネルを追加する。新光電気工業は産業革新投資機構(JIC)主導のコンソーシアムに買収されて非上場化しており、後工程材料をめぐる大日本印刷や三井化学との連携も取り沙汰されている。基板メーカーがこれだけ設備を積み増すということは、その全数に使われるABFの需要もまた構造的に伸びることを意味する。味の素にとって、顧客の増産投資はそのまま自社需要の先行指標なのである。

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競合は現れるか——積水化学、ハンファ、そして20年分の参入障壁

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これほどの独占には当然、挑戦者が現れる。ABFの層間絶縁フィルムに直接挑む競合として最も知られるのが積水化学工業だ。同社は熱硬化型の層間絶縁フィルムで2014年に参入したが、シェアは現在も5%程度にとどまるとされる。近年注目を集めるのが韓国のハンファ・エッセンシャル(Hanwha E-ssential)で、自社製の「ハンファ・ビルドアップフィルム(HBF)」を2026年に供給開始すると表明した。ただし顧客の認証プロセスは依然として進行中とされ、実際に設計採用(デザインイン)を勝ち取れるかは未知数だ。このほかResonac(旧・昭和電工/日立化成)など日本の電子材料各社も周辺領域で製品を持つが、ハイエンドFC-BGA向けの層間絶縁フィルムという核心部で味の素の牙城は崩れていない。

なぜ独占がこれほど続くのか。参入障壁は複合的だ。第一に、味の素はアミノ酸製造由来のナノ分散技術という独自の材料設計ノウハウを持ち、25年以上にわたって改良を積み重ねてきた。第二に、半導体材料は一度採用されると信頼性検証(認証)に長い時間がかかり、歩留まりや品質実績のある既存材料から乗り換えるインセンティブが働きにくい。第三に、味の素はインテルやNVIDIAといった川下の主要顧客と、次世代パッケージの要求仕様を見据えた共同開発の関係を築いている。素材が「たった一枚のフィルム」であるがゆえに、チップ全体の性能・歩留まりに直結し、供給者を安易に替えられない——この「安さでは代替できない」構造こそが、味の素の堀(モート)を深くしている。市場では、味の素の優位が今後も10年以上は続くとの見方が支配的だ。

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最大のリスク——ガラス基板とパネルレベルパッケージングという地殻変動

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もっとも、ABFの独占にも構造的なリスクが存在する。それが次世代パッケージング技術、とりわけガラス基板(ガラスコア基板)パネルレベルパッケージング(PLP)の台頭である。

現在主流の有機ABF基板には弱点がある。パッケージが大型化するほど、はんだ付けの加熱工程での「反り(ワーピッジ)」が深刻になり、電極の接触不良や歩留まり低下を招く。ガラスは有機樹脂より平坦性・寸法安定性・放熱性に優れるため、AIチップの巨大パッケージに適した次世代の基板材料として、インテル、韓国SKCの子会社Absolics、サムスン電機、そしてTSMCが世界初の量産をめぐって激突している。市場調査各社は、FOPLPやガラス基板を含む市場が2024年の約6.5億ドル(約1,040億円)から2030年には80億ドル超(約1.3兆円)へと約12倍に拡大すると予測する。

時間軸を整理すると、Absolicsがジョージア州の専用工場で2026年末に世界初の商業量産を狙い、サムスン電機は2027年の量産開始、TSMCは2028〜2029年の量産移行を目指し、本格的な普及は2030年以降とみられている。インテルはアリゾナ州チャンドラーでパイロット生産を進めており、2023年のInnovation Dayで業界に先駆けて公開していた。

ただし、これがただちに味の素の終わりを意味するわけではない。第一に、ガラス化はまず接続性能が限界に達したインターポーザーから始まり、その後に構造部材である基板本体へと段階的に広がる見込みで、コストや歩留まりの壁も高く、全面移行には時間がかかる。第二に、ガラス基板は基板の「コア層」を有機材料からガラスに置き換えるものであり、その外側に配線を積層するビルドアップ層は従来の構造を保つことが多い。つまりガラスコア基板でも、外層の絶縁材としてABF的なフィルムが引き続き必要になりうる。第三に、味の素自身は、パッケージが今後さらに大型化(採用初期の3層・約70mm角から、2026年には11〜13層・約100mm角、2031年以降には13層・約120mm角へ)することで、1個あたりのABF使用量はむしろ増えると見ている。ガラス基板は中長期の「地殻変動」として注視すべきリスクだが、2020年代後半のAI需要局面ではABFの成長を止める要因にはなりにくい、というのが現時点の合理的な読みである。

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アクティビストの視点——パリサーが突きつけた「最も過小収益化されたAI独占」

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この銘柄を投資家目線で一段深く読み解くうえで、2026年最大のトピックが英アクティビスト・ファンド、パリサー・キャピタル(Palliser Capital)の登場である。パリサーは2021年設立、運用資産10億ドル超(約1,600億円)のロンドン拠点のアクティビストで、創業者のジェームズ・スミス氏は世界屈指の物言う投資家エリオット・マネジメントの香港部門を率いた人物だ。日本では京成電鉄に対し、保有するオリエンタルランド(東京ディズニーリゾート運営)株の時価が80億ドル(約1.3兆円)超に達し京成の本質価値の約8割を占めると指摘して、その株式圧縮を求めた実績で知られる。「低倍率の親会社の中に眠る、割安に放置された超優良資産を解放する」という同ファンドの得意技は、そのまま味の素とABFの構図に重なる。

パリサーは2026年3月31日、味の素の上位25位以内の株主になったことを公表し、「Maximising the Value of Ajinomoto(味の素の価値の最大化)」と題した提案書を発表した。副題は「最も収益化が遅れているAIインフラの独占者」。要求の柱は大きく二つある。第一に、ABFの30%超の値上げだ。パリサーの論拠は明快で、ABFのコストはGPU1個あたりの価格の0.1%未満に過ぎず、30%値上げしてもNVIDIAなど顧客への負担はごくわずかである一方、味の素の利益弾力性は大きく高まる、というものだ。世界にほぼ100%依存されている素材の価格を、味の素は「過度に保守的」に設定していると批判する。第二に、電子材料(ABF)事業の独立セグメントとしての開示、ひいては分離・スピンオフである。現在ABFは「ヘルスケア等」という大きな報告セグメントの中に埋もれており(パリサーはABFが全社事業利益の約29%を稼ぐと試算)、市場が正しく価値評価できていないと主張する。

パリサーが突きつけた最も痛烈な事実は、株価パフォーマンスの対比だ。同ファンドの発表前後の半年間で、味の素株の上昇率が約3%だったのに対し、TOPIXは約12%上昇し、ABFの「顧客」であるはずのイビデンやResonacはいずれも60%超上昇していた。素材を独占する川上の味の素が、その素材を買う川下の基板メーカーより割安に評価されている——この「ねじれ」こそがパリサーの狙う歪みである。同ファンドは、この評価ディスカウントの解消によって「現在の株価に対して70%超のアップサイド」が実現しうると主張している(具体的な円建ての目標株価は提示していない)。日本経済新聞も「味の素、今や『半導体銘柄』アクティビストも熱視線」と報じ、2026〜2028年の株主総会と経営陣の選定が、同社の方向性を左右する転換点になりつつあると位置づけた。

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「食品株」から「半導体銘柄」へ——VC・投資家・各紙の評価

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市場は味の素の変貌をすでに株価で織り込みつつある。株価はコロナ禍の2020年3月の安値813円から、2026年7月1日には上場来高値6,311円をつけ、約7.7倍に化けた。時価総額は5兆円を超え、株価純資産倍率(PBR)は約7倍と、ディフェンシブな食品株の常識を大きく超える水準に達している。日本経済新聞は「味の素、半導体で急伸 PBR7倍」「AI銘柄物色が追い風」と報じ、東洋経済は「絶縁フィルムの急成長で一躍『半導体関連株』となった味の素」の高PERが割高か否かを問うている。7月1日の高値後は7月17日終値5,194円へと調整し、AI関連の変動を映して値動きは荒くなっている。

証券会社の評価も強気に傾く。ゴールドマン・サックスは目標株価を6,500円に引き上げたと報じられ、2026年6月中旬時点のアナリスト・コンセンサスは「買い」(強気買い6・買い4・中立4)で平均目標株価は5,536円だった。もっともこの平均目標は7月1日の上場来高値をすでに下回っており、株価がファンダメンタルズの先を走った側面もある。

投資家が注目するのは、味の素が「食品会社のバリュエーション」で評価されるのか、「AIインフラの独占的サプライヤーのバリュエーション」で評価されるのか、という一点に尽きる。強気派は、ほぼ100%シェア・利益率50%超・AI需要という三拍子に加え、パリサーが指摘する値上げ余地とセグメント開示による再評価(リレーティング)の触媒を評価する。慎重派は、ABF事業が全社売上の6%規模にとどまること、食品本業の成長は緩やかであること、そしてガラス基板という長期の技術リスクを理由に、PBR7倍・高PERの持続性に疑問符を付ける。ABF成長が減速すれば調整リスクは大きい、という警戒である。食品の安定と半導体の成長性という二つの顔を、市場がどの倍率で束ねるか——味の素株はいま、その答えを探る過程にある。

半導体の先端パッケージングに必須なCPU、GPU向け絶縁材、ABF(味の素ビルドアップフィルム)を独占。味の素 (2802) - 「食品株」から「半導体銘柄」へ——VC・投資家・各紙の評価 - 図表1半導体の先端パッケージングに必須なCPU、GPU向け絶縁材、ABF(味の素ビルドアップフィルム)を独占。味の素 (2802) - 「食品株」から「半導体銘柄」へ——VC・投資家・各紙の評価 - 図表2

2026〜2032年に何が計測されるか——今後の注目イベント

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今後、投資家が具体的に計測すべきイベントは複数の時間軸に分かれる。

短期(2026年後半〜2027年)では、まずパリサーの要求に対する経営陣の対応が焦点になる。ABFの値上げが実際に実施されるか、電子材料事業の独立セグメント開示に踏み込むか、そして株主総会でのガバナンス上の攻防がどう決着するかは、四半期決算とIR資料で逐次確認できる。2027年3月期の会社計画(事業利益1,970億円)に対しては、想定為替1ドル=150円と実勢162円との差による上振れ余地と、AIサーバー向けABFの数量成長が実際にどこまで出るかが試金石だ。同じ短期軸で、韓国ハンファのHBFが認証を通過して実際にデザインインを獲得できるか、そしてAbsolicsが2026年末に予告するガラス基板の世界初商業量産が計画通り立ち上がるかが、競争環境の先行指標になる。

中期(2027〜2029年)では、サムスン電機の2027年ガラス基板量産、TSMCの2028〜2029年の量産移行が、ABFの牙城にどこまで食い込むかが問われる。基板メーカー側ではイビデンの大野工場・フェニックス工場やAT&Sのレオーベン工場の立ち上がりが、ABF需要の量的裏付けとして観測できる。

長期(2030〜2032年)では、味の素自身の次の一手が姿を現す。同社は群馬・川崎(本社)に次ぐ第3の生産拠点として岐阜県可児市に新工場用地を取得し、2032年度の稼働を目指すと発表した。これは2023年以降の総額250億円規模の増産投資とは別枠の、2030年以降の需要拡大を見据えた新規投資である。ガラス基板の本格普及が始まるとされる2030年前後に、味の素が絶縁フィルムの供給者としてどのようにポジションを取り直すか——ここに、この独占企業の次の10年がかかっている。うま味調味料の副産物から生まれた一枚のフィルムが、AI時代の半導体を支え続けられるかどうかは、これらのマイルストーンを一つずつ検証していくことで見えてくるだろう。


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