EUV露光装置とは何か — 半導体をつくる「光の印刷機」

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半導体チップの製造は、しばしば「シリコンの上に極小の回路を刷り込む印刷」にたとえられる。写真の焼き付けと同じ原理で、設計図(回路パターン)を描いた「マスク(フォトマスク)」に光を当て、レンズで縮小しながらシリコンウェハー上の感光材(フォトレジスト)に転写する。この光を当てる工程を「露光(リソグラフィ)」と呼び、その装置が「露光装置(リソグラフィ装置)」だ。スマートフォンのプロセッサーからNVIDIAのAI用GPU、Appleのチップまで、世界のあらゆる先端半導体は、この露光を何十回も繰り返して作られる。

ここで決定的に重要なのが「光の波長」である。印刷したい線が細くなるほど、当てる光の波長も短くしなければならない。太い筆で細い文字が書けないのと同じで、波長より細い線はきれいに描けない。長らく業界は波長193ナノメートル(nm)の「深紫外線(DUV)」を使い、複数回に分けて重ね刷りする工夫でしのいできたが、回路の微細化が5nm、3nm、2nmへと進むにつれ、この方法は限界に達した。

そこで登場したのが「EUV(Extreme Ultraviolet=極端紫外線)」だ。波長はわずか13.5nm。DUVの約14分の1という桁違いの短さで、これによって初めて、原子数十個ぶんの幅しかない極細の回路を一度の露光で描けるようになった。このEUV露光装置を、世界で商用生産・販売できる企業はオランダのASML(本社:フェルトホーフェン)ただ一社であり、市場シェアは実質100%である。TSMC、サムスン電子、インテル、SKハイニックスといった世界の先端工場は、ASMLの装置なしには最先端チップを1枚も作れない。

装置そのものも規格外だ。1台の重量は約165〜180トンとおおよそ路線バス数台ぶんに達し、大型トラックや貨物機で数十〜数百のコンテナに分けて工場へ運び込まれる。価格は従来型(Low-NA)EUVで1台あたりおよそ1億8,000万〜2億2,000万ドル(約300〜350億円)、後述する次世代のHigh-NA機では約3億8,000万〜4億ドル(約610〜640億円)に跳ね上がる。「世界で最も精密で、最も高価な機械」と呼ばれるゆえんである。

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13.5ナノメートルの光をどうつくるのか — スズ・レーザー・鏡の総力戦

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EUV露光装置がなぜ唯一無二なのかは、その光の作り方を見れば腑に落ちる。波長13.5nmという光は、通常のランプやレーザーからは出てこない。ASMLはこれを、いわば「毎秒5万回の小さな爆発」で人工的に生み出している。

仕組みはこうだ。真空チャンバーの中に、直径わずか数十マイクロメートルの溶けたスズ(錫)の液滴を毎秒約5万個射出する。そこへドイツのTRUMPF(トルンプ)が作る出力30キロワット級の高出力CO2レーザーを二段構えで撃ち込む。最初の「プレパルス」で液滴を平たく潰し、直後の「メインパルス」で一気にたたく。この瞬間、スズは数十万度のプラズマと化し、そこから13.5nmのEUV光が放たれる。この一連の動作を1秒間に5万回、休みなく繰り返しているのだ。

ところがEUV光には厄介な性質がある。空気にもガラスにも吸収されてしまうため、通常のレンズを一切使えない。そこで装置内部はすべて真空に保たれ、光はドイツのカール・ツァイス(Carl Zeiss SMT)が作る特殊な鏡だけで導かれる。この鏡は、モリブデンとシリコンを原子レベルで数十層に積み重ねた「多層膜ミラー」で、世界で最も平滑な人工物のひとつとされる。よく引かれる比喩では、この鏡をドイツ全土ほどの大きさに拡大しても、表面の凹凸は髪の毛一本ぶんにも満たない。プラズマから出た光をツァイス製のコレクター(集光鏡)が集め、複数の多層膜ミラーで反射させながらマスクに導き、その回路パターンをウェハー上に縮小転写する——これがEUV露光の一連の流れである。

光源(スズのプラズマ)を担うのは、ASMLが2013年に買収した米サンディエゴのCymer(サイマー)、レーザーはTRUMPF、光学系はツァイスという分業体制で、この三社の技術がそろって初めて一台のEUV装置が成立する。世界屈指のプラズマ物理、レーザー、精密光学、真空、精密機械、そして数百万点の部品を統合するシステム設計——この総合力こそが、ASMLの参入障壁の正体だ。

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ASMLの設立と歩み — 「雨漏りする小屋」から欧州最大の企業へ

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現在でこそ欧州最大の時価総額を誇るASMLだが、その出発点はきわめて地味だった。ASMLは1984年4月1日、オランダの電機大手フィリップスと、半導体製造装置メーカーのASMインターナショナルが折半出資した合弁会社「ASM Lithography」として誕生した。フィリップスは1970年代から露光技術を社内開発していたが、さらなる巨額投資が必要となる一方で経費削減を迫られており、この事業を切り出す形で合弁に踏み切った。両社はそれぞれ210万ドル(約3億円)ずつを拠出したとされる。

創業の逸話はよく知られている。スタート時の社員はわずか31人で、オフィスはオランダ・アイントホーフェンのフィリップス研究所脇に建てられた仮設の木造小屋。屋根から雨漏りがしたと伝えられる。同年、同社は最初の製品となるステッパー「PAS 2000」を世に出すが、当初は日本のニコンやキヤノンが君臨する露光装置市場で無名の後発にすぎなかった。

転機は1990年代から2000年代にかけて訪れる。ASMLは、複数のレンズやウェハーを同時並行で扱う「TWINSCAN(ツインスキャン)」プラットフォームや、水を介して解像度を高める「液浸(イマージョン)DUV」技術で頭角を現し、ニコン・キヤノンを追い抜いていく。そして同社の運命を決定づけたのが、他社が「コストがかかりすぎて実現不可能」と次々に撤退していったEUVへの長期投資だった。ASMLは20年以上にわたり巨費を投じ続け、2010年代後半にEUVをついに量産技術として実用化。2013年にはCymerを約23億ドル(約3,700億円)で買収し、光源技術を内製化して垂直統合を完成させた。

株式は1995年にアムステルダムとナスダックに上場。近年は本社を置くフェルトホーフェンを中心に世界で4万4,000人超の従業員を抱える巨大企業へと成長した。2024年4月にはCEOがピーター・ウェニンクからクリストフ・フーケ(Christophe Fouquet)に交代し、AI需要が牽引する新たな成長局面の舵取りを担っている。雨漏りする小屋から40年余りで欧州の頂点へ——半導体産業の縮図のような軌跡である。

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なぜASMLだけがEUVをつくれるのか — 独占を支える三つの堀

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ASMLの「実質シェア100%」という独占は、単なる技術力だけでは説明できない。そこには少なくとも三つの構造的な堀(モート)がある。

第一に、サプライチェーンの垂直統合と囲い込みだ。前述のとおり光源のCymerは買収して内製化し、光学系のツァイスに対してはASMLがカール・ツァイスSMTの株式24.9%を保有するとともに、10億ドル規模(約1,600億円)の投資を行って結束を固めている。最も難しい部品を供給する企業を資本ごと押さえることで、他社が同等の装置を組み上げる道を事実上ふさいでいる。

第二に、顧客との共同投資である。EUV開発が最も苦しかった2012年、ASMLはインテル、サムスン、TSMCという主要顧客自身に出資を仰ぐ「顧客共同投資プログラム」を実施した。装置を買う側の巨大顧客が開発資金と将来の需要を保証したことで、ASMLは莫大な研究開発を続けられた。裏を返せば、これらの顧客はASMLの成功に自ら賭けており、代替メーカーを育てる動機を持たない。

第三に、競合の不在だ。かつて露光装置の盟主だったニコンとキヤノンは、EUVの技術的・経済的ハードルの高さから量産EUVへの本格参入を見送った。キヤノンは光を使わない「ナノインプリント」という別方式で一部用途を狙うが、最先端ロジックでEUVを脅かす存在にはなっていない。中国も自前のEUV開発を急ぐが(後述)、数十年ぶんの研究蓄積と数百万点の部品エコシステムを一朝一夕に再現するのは難しい。米調査系メディアが同社を評した「魔法の独占(A Monopoly on Magic)」という言葉が、この状況を端的に言い表している。

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High-NA EUV — 4億ドルの「次の主戦場」

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EUVの独占をもってしても、微細化には終わりがない。2nmを超えてさらに先へ進むために投入されるのが、次世代機「High-NA EUV」だ。NAは開口数(Numerical Aperture)を指し、従来のEUV(0.33)から0.55へ引き上げることで、より細かいパターンを一度に描けるようにした技術である。ASMLはこれを「EXE」シリーズとして展開し、第1世代の「EXE:5000」に続き、第2世代の量産機「EXE:5200(B)」を投入している。EXE:5200は先代比で生産性が約60%向上するとされ、価格は1台あたり約3億8,000万〜4億ドル(約610〜640億円)。重量165トンの、まさに「4億ドルの巨人」だ。

もっとも、High-NAの立ち上がりをめぐっては業界の足並みがくっきり割れている。インテルは最も積極的な先行採用者で、米オレゴンの研究開発拠点に世界初の商用High-NAを設置し、2027年ごろに投入予定の最先端ノード「14A」で本格活用する構えだ。サムスンとSKハイニックスも採用に前向きで、サムスンは2026年初めに2台目のHigh-NAを確保したと報じられている。研究機関では、ベルギーのimec(アイメック)が世界に十数台しかないとされる最先端機EXE:5200を導入し、2026年第4四半期にサブ2nmの適格性評価を目指している。

一方で、最大顧客のTSMCはコストを理由にHigh-NAの本格導入を先送りしている。TrendForceやSemiWikiなどの報道によれば、TSMCは当面High-NAが割高すぎると判断し、量産投入は早くても2029年ごろになるとの見方を示している。TSMCは代わりに、従来型のLow-NA EUVを2031年まで延命させ、複数回露光で微細化を続ける戦略だ。ASML自身も、CEOのフーケが「今後数カ月のうちに、メモリーとロジックで最初の製品がHigh-NA上で露光されるのを目にするだろう」と述べつつ、量産(高稼働)の本格化は2027〜2028年と位置づけ、2026年は顧客とともに「システムの成熟度」を高める段階だと説明している。さらにその先、開口数0.75の「ハイパーNA(Hyper-NA)」も検討されているが、正式決定はされておらず、実現するとしても2032年前後になるとされる。High-NAは、独占の次の主戦場であると同時に、コストと歩留まりをめぐる長い助走路の途上にある。

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誰が買っているのか — 2nm時代とAIチップが生む需要爆発

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ASMLの装置を買うのは、世界でも数えるほどの先端工場だけだ。にもかかわらず業績が爆発的に伸びているのは、その数少ない顧客が空前の設備投資に走っているからである。

牽引役はまず2nm世代の立ち上がりだ。TSMCは2026年初めに2nm(N2)プロセスの量産を開始し、Appleがその生産枠の過半を押さえたと報じられている。iPhone 18シリーズ向けのAプロセッサーなどが、消費者製品として初めて2nmシリコンを採用する見通しだ。TSMCの2026年の設備投資は520億〜560億ドル(約8.4〜9.0兆円)と過去最高を更新し、2026年だけでLow-NA EUVを最大40台発注する可能性が指摘されている。インテルは再建をかけた「18A」を2025年10月に量産開始し、次の「14A」でHigh-NAを本格活用する計画。サムスンやSKハイニックス、マイクロンはAI向けの広帯域メモリー(HBM)やDRAMの増産にEUVを大量投入しており、メモリー分野の需要増が2026〜2027年の成長をさらに押し上げる。

これらの需要は数字にはっきり表れている。ASMLの2025年通期は、売上高327億ユーロ(約6.0兆円)、純利益96億ユーロ(約1.8兆円)、粗利益率52.8%。受注残(バックログ)は年末時点で388億ユーロ(約7.2兆円)に達し、新規リソグラフィ装置は年間300台を販売した。続く2026年第1四半期は、売上高88億ユーロ(約1.6兆円)、純利益28億ユーロ(約5,200億円)、粗利益率53.0%と市場予想を上回り、新型装置67台を出荷した。会社側は2026年通期の売上高見通しを当初の340億〜390億ユーロから360億〜400億ユーロ(約6.7〜7.4兆円)へ上方修正している。EUV装置の年間出荷は2025年の約48台から2026年は60台超、2027年には約80台へと拡大する計画で、フーケCEOは「チップ需要が供給を上回っている。顧客は2026年以降の増産計画を加速している」と語る。あらゆるAIチップがASMLの装置を通る以上、AIブームはそのまま同社の受注に直結する構図だ。

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シリコンバレーのVC・アナリストの視点 — 「AI時代のゲートキーパー」

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シリコンバレーのベンチャーキャピタルやウォール街のアナリストがASMLを語るとき、決まって出てくるのが「ゲートキーパー(門番)」「ピック&ショベル(つるはしとシャベル)」という比喩だ。ゴールドラッシュで最も確実に儲けたのは金を掘る者ではなく道具を売る者だった、という古い教訓になぞらえ、AIブームで誰が勝つか読めなくても、その全員が使う装置を独占するASMLは必ず儲かるという投資テーゼである。The Generalistなどの著名テック分析メディアは同社を「魔法の独占」と呼び、金融メディアは「AI時代のゲートキーパー」と評した。

この見立ては株価に如実に反映されている。ブルームバーグによれば、ASMLの時価総額は2026年6月に一時6,740億ドル(約108兆円)を突破し、ノボ・ノルディスクを抜いて欧州史上もっとも価値の高い企業となった。7月初旬には7,000億ドル(約110兆円)近くに達し、年初来で6割超、過去12カ月では130%前後の上昇を記録している。原動力はAI設備投資だ。マイクロソフト、アルファベット、アマゾン、メタ、オラクルなど主要クラウド事業者の2026年の設備投資は合計6,600億〜6,900億ドル(約107〜111兆円)と前年比でほぼ倍増する見込みで、モルガン・スタンレーはAI関連支出が2028年までに約3兆ドル(約480兆円)規模に膨らむと試算する。アナリストのコンセンサス評価は依然として「強気(Strong Buy)」に大きく傾き、SusquehannaやBofAなどは記録的高値の後もさらに上値余地があるとして目標株価を引き上げている。

VCの視点で興味深いのは、ASMLへの関心が同社株にとどまらない点だ。先端チップの設計側では、AI専用チップを手がけるスタートアップに巨額の資金が流れ込んでいる。Crunchbaseによれば、2026年に半導体関連スタートアップへ投じられた資金はシード〜プレIPOで約107億ドル(約1.7兆円)に上り、AIラボ向けチップのMatXが5億ドル(約800億円)、光インターコネクトのAyar Labsが5億ドル、超知能向けチップを掲げるEtched.aiが評価額50億ドル(約8,000億円)で5億ドルを調達した。これらのファブレス新興企業が設計するチップも、量産する段になれば結局はTSMCの工場、すなわちASMLのEUVを通る。つまりチップ設計への投資が増えるほど、川上のASMLの重要性が増すという入れ子構造になっている。VCが「AIのどのレイヤーに賭けても、最後はASMLに行き着く」と語る背景がここにある。

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Mistralへの1,300億円出資 — 装置メーカーがAIに賭ける理由

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ASML自身が「投資家」として動いた出来事も、VCの視点から見逃せない。2025年9月、ASMLはフランスの生成AIスタートアップMistral AI(ミストラルAI)が実施した17億ユーロ(約3,100億円)のシリーズCラウンドに、リード投資家として13億ユーロ(約2,400億円)を出資した。これによりASMLは完全希薄化ベースで約11%を保有し、Mistralの筆頭株主となった。ブルームバーグやユーロニュースが報じたところによれば、この調達でMistralの評価額はおよそ117億ユーロ(約2.2兆円)へと倍増し、欧州で最も価値の高いAI企業のひとつとなった。ASMLのロジャー・ダッセンCFOがMistralの戦略委員会に加わっている。

半導体装置メーカーがなぜAIモデル企業の筆頭株主になるのか。ここには二つの読み筋がある。ひとつは事業上の相乗効果で、ASMLは設計や製造の最適化にAIを活用する狙いを公言している。もうひとつはより大きな文脈、すなわち「欧州の技術主権(ソブリンAI)」への賭けだ。米中がAIと半導体で覇を争うなか、欧州を代表する製造装置の巨人が、欧州発のAI企業を資本で支える——この構図は、単なる財務投資を超えた地政学的メッセージを帯びる。装置という「ハード」の独占者が、AIという「ソフト」の主権争いにまで足を踏み入れた点で、この出資はASMLの立ち位置の広がりを象徴している。

最大のリスクは地政学 — 中国輸出規制の行方

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ASMLの強気シナリオに最も濃い影を落とすのが、米欧の対中輸出規制だ。中国はここ数年、ASMLにとって最大級の市場のひとつであり、過去3年で中国売上は約270億ユーロ、総売上の26〜36%を占めてきた。しかし規制強化を受け、ASMLは2025年に売上の33%を占めた中国比率が2026年には約20%まで下がると見込んでいる。

規制は多層的だ。ASMLはもともと最先端のEUVを中国へ輸出できず、加えて高性能な液浸DUVもオランダ政府のライセンスなしには出荷できない。2026年に入り、オランダ政府は「1970i」「1980i」といった液浸DUV装置の対中販売に新たなライセンス取得を義務づけ、すでに販売済みの装置の保守・部品供給・ソフト更新にまでライセンスを求める措置を打ち出した。米国側はさらに踏み込もうとしており、対中規制の域外適用を狙う「MATCH法案(Multilateral Alignment of Technology Controls on Hardware)」が超党派で提出された。ブルームバーグやNL Timesの報道によれば、オランダ政府は自国企業ASMLの販売を過度に縛る米国の追加規制に不快感を示し、規制の拡大を思いとどまるよう働きかけている。装置一社の商売が、オランダ・米国・中国をまたぐ外交案件と化しているのだ。

規制のもう一つの側面が、中国による国産化の加速である。ロイターは2025年12月、中国が深圳で独自のEUV試作機を極秘に完成させ、2028〜2030年ごろに実チップの生産を目指していると報じた。CSISなど米シンクタンクは中国の主張の実現性に懐疑的だが、DUV領域では上海微電子装備(SMEE)が28nm級までの国産装置を手がけるなど、着実に距離を詰めている。中国が自前のEUVを実用化すれば、ASMLは巨大市場を失うと同時に、独占という最大の堀そのものが揺らぐ。輸出規制は短期的にはASMLの売上を削り、長期的には競合を生む——この二律背反こそ、同社の最大の構造リスクである。

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強気論の死角 — AI設備投資バブル論と割高感

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記録的な株価の裏で、慎重論も無視できない厚みを持つ。第一の論点はAI設備投資バブル論だ。ハイパースケーラーの2026年の設備投資は6,600億〜6,900億ドル(約107〜111兆円)に達する一方、その大半をAIインフラが占め、投資の伸びがクラウド収益の伸びを大きく上回っている。アマゾンの2026年のフリーキャッシュフローはマイナスに転じる見通しで、モルガン・スタンレーはハイパースケーラーの社債発行が4,000億ドル(約64兆円)を超えると予想する。企業のAI導入は広がっているものの、パイロットを超えて本格展開に至った企業は4割未満との調査もある。もし主要顧客の一社でも投資を絞れば、川上のASMLまで一気に衝撃が伝わりかねない。ゴールドマン・サックスは基本シナリオを「周期的な調整を伴う成長」と置きつつ、テールリスクの分布が広いと指摘している。

第二はバリュエーションの割高感だ。ASMLのEV/EBITDA倍率は約28倍と歴史的にも高い水準にあり、モルガン・スタンレーが2025年12月に掲げた目標株価1,000ユーロを株価が早々に追い抜くなど、市場はすでに相当に強気な将来像を織り込んでいる。強気シナリオが少しでも崩れれば、高い倍率ゆえに調整も深くなりうる。

第三に、半導体産業に本来的な景気循環性(シクリカリティ)がある。ASMLの受注は数四半期単位で大きく振れ、2024〜2025年には受注が一時鈍化して株価が急落する場面もあった。加えてHigh-NAは、TSMCがコストを理由に採用を先送りしているとおり、量産採用のペースが想定より遅れれば成長シナリオの前提が崩れる。独占という強みは需要が続く限り無敵だが、需要そのものが循環し、地政学に左右される点は変わらない。

今後の焦点 — 7月15日の決算とHigh-NA量産への道

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ASMLをめぐる次の動きは、時間軸を追って具体的に見通せる。

もっとも近い焦点は2026年7月15日だ。この日、ASMLは第2四半期決算を欧州時間の朝に発表し、フーケCEOとダッセンCFOが投資家向け説明会を開く。会社側はQ2の売上高を84億〜90億ユーロ(約1.6〜1.7兆円)、粗利益率51〜52%と見込んでおり、AI需要の勢いと中国規制の影響が数字にどう表れるか、そして受注(ブッキング)の動向が市場の最大の関心事となる。本記事の公開4日後に控えるこの決算が、当面の株価の方向を占う試金石だ。

より長い時間軸では、2026年後半にメモリーとロジックで最初のHigh-NA露光チップが姿を現す見込みで、2027年にはインテルが「14A」でHigh-NAを商用初適用し、ASMLのEUV出荷は約80台へ拡大する計画である。High-NAの量産(高稼働)本格化は2027〜2028年、最大顧客TSMCのHigh-NA量産投入は早くても2029年とされる。Low-NA EUVは2031年まで延命され、開口数0.75の「ハイパーNA」は実現するとしても2032年前後という長期の視界に入る。並行して、米国のMATCH法案や米欧の追加輸出規制の帰趨、中国の国産EUV試作機が2028〜2030年に実チップを出せるかどうかが、独占の持続性を左右する。

まとめれば、ASMLは「AIブームの唯一の門番」という比類なき地位を握りつつ、①割高なバリュエーションと設備投資バブル論、②売上の2割を占める中国と輸出規制、③High-NA量産の遅れと景気循環性——という三つの不確実性の上に立っている。次の四半期決算から2029年のHigh-NA量産まで、この会社の一挙手一投足が、世界のAIとテクノロジー産業全体の体温計であり続ける。


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