キーワード: スマートホーム, Josh.ai, Matter, Nobi, Level Home, シリコンバレーVC, AgeTech, スマートロック

スマートホームとは何か——「便利な道具」から「気の利く同居人」へ

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スマートホームとは、照明・空調・鍵・カメラ・家電・エネルギーといった住宅設備をインターネットに接続し、スマートフォン、音声アシスタント、あるいはAIに任せて自動的に制御する住環境のことを指す。10年前は「スマートスピーカーに話しかけて電気を消す」程度の体験が中心だったが、2026年のスマートホームは住人が指示しなくても気温や明るさ、音楽、警備が自動で最適化される段階に入ろうとしている。

IDCのデータによれば、2025年のスマートホームデバイスの世界出荷台数は9億3,110万台と前年比4.4%増、2028年には11億台に達する見通しだ。Fortune Business Insightsは2026年の世界市場規模を1,797億ドル(約26兆9,600億円)と算出している。一方Parks Associatesは「2025年は採用の冷却期」と表現しており、米国では世帯あたりのスマートホーム機器数がピーク時の8台から6.2台に落ち込んだ。つまり量的拡大よりも、ユーザー体験の質的転換が業界の主戦場になっている。

転換の鍵は二つある。第一にAIによる「先回り制御」、第二にMatter規格による「ベンダーの壁の崩壊」である。本稿ではこの二つの軸を踏まえつつ、それぞれ違う層のユーザーに刺さる4つのプロダクト——Josh.ai(富裕層向けカスタムインストール)、Matter(業界横断の通信標準)、Nobi(高齢者ケア施設向けAI照明)、Level Home(DIYで取り付けられるスマートロック)——を順に見ていく。

Josh.ai——ハイエンド住宅の事実上のスタンダード

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Josh.aiは2015年にAlex Capecelatro氏とTim Gill氏が共同創業した、コロラド州デンバー本社のスマートホーム制御プラットフォームだ。共同創業者のTim Gill氏は1981年にQuark, Inc.を立ち上げ、新聞・雑誌業界の標準DTPソフト「QuarkXPress」を生んだ伝説的なエンジニアであり、Josh.aiにおいてはCTOとしてプライバシー保護型のクラウド・オンデバイスAIアーキテクチャを設計してきた。Crunchbase等の公開情報では累計調達額は2ラウンドで2,200万ドル(約33億円)、直近のシリーズAは2020年4月の1,100万ドル(約16億5,000万円)で止まっており、従業員数は2024年中頃時点で34名と公表されている。VC調達額の小ささからは想像できないが、認定ディーラー網と垂直統合によって独自のニッチを築いた、いわば「スマートホーム界のSubzero-Wolf」のような存在である。

製品ラインアップは段階的だ。エントリー機の「Josh One」はメーカー希望小売価格599ドル(約8万9,850円)、最大100台のデバイスを制御できる。中規模以上の住宅向けには「Josh Core」(1,999ドル=約29万9,850円、最大500台、2台連動で1,000台超)、その上にハンズフリーの遠距離マイク「Josh Micro」、四半サイズの建築統合型マイク「Josh Nano」(659ドル=約9万8,850円)、CEDIA Expo 2025で発表されたタクタイル制御+近接マイクのリモコン「Josh Edge」が並ぶ。ソフトウェアは月額10ドル(約1,500円)からのスケーラブルなプランで、Josh Microの高度な音声機能まで含めると月額30ドル(約4,500円)になる。デバイス本体はAuthorized Josh Dealer経由でしか購入できず、CEDIA加盟のカスタムインテグレーターが採寸から配線、運用までを請け負う。LutronのHomeWorksやCrestron Home、Control4、Savant、Sonos、Philips Hueとネイティブ統合し、既存のハイエンドシステムの「上に乗る」かたちで音声・自然言語インターフェースを提供できることが、この界隈で支持される最大の理由だ。

2026年3月19日にカリフォルニア州ニューポートビーチの12,000平方フィート(約1,115平米)の海岸沿い邸宅で開催された「Keynote 2026: Home in Harmony」では、AIプラットフォーム「AI X OS」、刷新された「Josh App」、「AI Scenes」、プール・スパ制御のネイティブ対応、サードパーティ統合プラットフォーム「Nimble DevSuite」が発表された。とりわけ画期的なのが「AI Scenes」で、施主が「ニューオーリンズから来た友人をもてなすために、リビングで落ち着く雰囲気を作って」と話しかけるだけで、Josh.aiが部屋にあるデバイスを解析して照明・音楽・温度・シェードのシーンを自動生成する。リモコンのボタン割り当ても自然言語で「このボタンに『おやすみ』を割り当てて」と言うだけで反映され、従来インテグレーターが事前にプログラムしていた工数を大幅に削減した。Josh.ai自身が公開した「Josh Wrapped 2025」によれば、2025年に同社のシステムが処理したアクション数は1億5,800万件(前年8,300万件のほぼ倍)、音声コマンドは500万件超(前年比+37%)に達したという。さらに2026年2月には、米国ワシントン州本社の照明システム「Deako」との提携を発表し、従来のレガシー高級システム並みの体験を、より手頃な配線で実現する流通策も整えた。

CEPROのレビューやResidential Systems誌が「2026年のスマートホーム業界で最も注目される企業のひとつ」とJosh.aiを位置付けるのは、Crestron(住宅平均40,000〜150,000ドル=約600万〜2,250万円)、Savant(25,000〜80,000ドル=約375万〜1,200万円)、Control4(15,000〜50,000ドル=約225万〜750万円)と並ぶ伝統的ラグジュアリー御三家の上に、AI主導のソフトウェアレイヤーをかぶせる「軽量・高速・OTA更新可能」というポジションを獲得したからだ。Audio Adviceなどの専門誌は同社を「スタンドアロンでも使える唯一のAI制御プラットフォーム」と評している。

Matter——「メーカーの壁」を壊した業界標準

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Matterはスマートホームの相互運用性を担保するためにApple、Amazon、Google、Samsung、IKEAなどが参加するConnectivity Standards Alliance(CSA)が策定した通信規格だ。2025年11月20日にCSAが正式公開した「Matter 1.5」は、これまで規格外だったカメラ、シャッター・ガレージドアなどの「クロージャ」、土壌水分センサー、そして高度なエネルギー管理機能を一気に追加した、いわばスマートホームの「メジャーアップデート」となった。CSAの発表によれば、認定済みのMatter製品は750以上、参加企業は300社を超えている。

Matter 1.5の最大の話題は、長らく規格外だったカメラのサポートだ。WebRTCを採用することでライブ映像と双方向音声がメーカーをまたいで再生・転送可能になり、STUN/TURNプロトコルで遠隔アクセスにも対応した。多重ストリーム、PTZ(パン・チルト・ズーム)制御、検知ゾーン・プライバシーゾーンの設定、ローカル・クラウド両方のストレージ選択肢が用意されている。Samsung SmartThingsはリリースから数週間以内に業界で初めてMatterカメラを実装すると発表し、Aqara、Eve、XThingsとの共同開発を進めていることも公表した。エネルギー面では電力使用量の測定・報告精度が向上し、時間変動型料金体系や履歴データの管理が可能になった。電気自動車(EV)の双方向充電(V2H/V2G)が初めて認証対象となったことは、スマートホームをグリッドの一部に組み込む構想にとって決定的に重要だ。さらに2026年に入って公開された「Matter 1.5.1」は、ドアベル、チャイム、インターコムへの対応を細かく改善し、複数ストリーム配信が必要な状況での帯域効率を高めた。

CES 2026での主役もMatterだった。Aqara(中国Lumi United Technology傘下)はMatter 1.5に準拠した初のMatter認証カメラ「Camera Hub G350」(4K広角+2.5K望遠の二眼で9倍ハイブリッドズーム)、ミリ波レーダーで複数人の位置・姿勢・転倒を検知する「Spatial Multi-Sensor FP400」、UWB対応の「Apple Home Key」スマートロックなどを発表。XThingsはMatter over Threadのドアレバー型ロック「Latch 3」を予告した。MatterReviewsなどの調査では、2026年に発売される新製品の92%がMatterに対応するとの分析も出ている。

ただし「実装の壁」は残っている。matter-smarthome.deは「AmazonやApple、Googleなどのプラットフォーム実装は一貫性も透明性も欠いており、ユーザーが期待する『どの組み合わせでも動く』状態にはまだ届いていない」と辛口の指摘をしている。SmartThingsがMatter 1.5を即座に実装した一方、AppleやAlexaは依然としてMatter 1.2レベルにとどまっているという。Parks Associatesのアナリストは「Matter 1.5でカメラが規格内に入ったことは、サブスクリプション・ストレージ・AI解析を主軸にしたスマートホーム収益化のルールが書き換わることを意味する」と分析しており、規格そのものがビジネスモデル設計の前提を動かし始めている。

Nobi——「灯り」が高齢者の命を救うAgeTechの旗手

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Nobiは2018年にRoeland Pelgrims、Stijn Verrept、Bert De Haes氏らがベルギーで創業した、AI搭載のスマート照明(シーリング/卓上ランプ)メーカーだ。一見するとデザイン家具のようだが、内蔵カメラとAIプロセッサが「人が転倒した瞬間」をリアルタイムで検知し、転倒したと判断した瞬間に自動的に明るく照らし、本人に「大丈夫ですか?」と声をかけ、応答がなければ家族や看護スタッフに通知する。映像はデバイス上で処理され外部送信されないため、寝室・浴室など最もカメラを置きづらい場所にも導入できる。AIモデルは6年間にわたり25万件の実生活シナリオから学習されており、「歩行中の躓き」と「重大な転倒」を見分ける。

事業面の伸びも著しい。Nobiは2025年1月、3,500万ユーロ(約37億円換算で約56億円、別レートで報じる媒体では3,700万ドル=約55億5,000万円、英国系媒体は2,900万ポンドと表記)のオーバーサブスクライブのシリーズBを完了したと発表した。リードは伊製薬大手Angelini系のAngelini Venturesと米Nexus NeuroTech Ventures、追加で日本の15th Rock、既存投資家のEQT Health Economics、EQT Dementia Fund、ベルギー政府系投資会社PMVが参加した。Series Aは2022年1月に1,300万ユーロ(約20億8,000万円)でPMVやBNP Paribas Fortis Private Equityらが入っている。15th Rockのファウンディング・ジェネラルパートナーTetsu Nakajima氏は「世界最高齢国家である日本でNobiの事業ネットワーク拡大を支援できることを楽しみにしている」とコメントしており、AgeTechにおける日欧協業の好例となっている。

導入事例も派手ではないが説得力がある。米国大手シニアリビング事業者Frontier Senior Livingとの提携では、56コミュニティ・3,700居室にNobiのスマートランプが順次導入された。Frontierが2024年6月にメモリーケア向けの2施設で実施した試験運用では、「目撃されない転倒」がゼロになり、長時間横たわったまま発見が遅れる「ロングライ転倒」もゼロになり、対応時間の平均は84%、最大値は95%短縮された。英国Lancashire & South Cumbria統合ケア委員会との提携(80施設・800灯)では、転倒件数が「1,000居住者日あたり46.85件→32.14件」へと31%減少した。Healthcare Brewによれば、ケア従事者の平均応答時間は68分から4分へと短縮、「ケアスタッフが転倒に気付くスピードが94%早まった」と報告されている。

Nobiの事業形態はB2Bが中心で、シニアリビング施設、病院、介護事業者向けに販売される。一般家庭向けの個別販売も拡大中で、現在は22カ国超で利用可能。従業員はベルギー本社・米国・英国オフィス併せて2025年初時点で約50名、年末までに80名体制を目指している。直接的な競合はSafelyYou(カメラ+AIによる転倒検知)、CarePredict、Cherry Labsなどが挙げられるが、「カメラが嫌な施設・部屋でもカメラ無しの照明として導入できる」という心理的・規制的な参入障壁の低さがNobiの差別化となっている。Inside Lightingは「Nobiは『ライフセービング』としてマーケティングしている初めての商業照明」と評しており、AgeTechとスマートホームの境界を変えた象徴的なプロダクトといえる。

Level Home——ASSA ABLOY傘下となった「見えない」スマートロック

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Level Homeは、元Apple社員のKen Martin氏とJohn Martin氏が立ち上げた米カリフォルニア州本拠のスマートロック企業だ。最大の特徴は、デッドボルト本体の中に基板・モーター・センサーをすべて収めた「Invisible Smart Lock(見えないスマートロック)」設計である。従来のスマートロックのように既存のドア表側にゴツい筐体が突き出すことがなく、住宅のデザインを損なわない点で熱狂的なファンを生んだ。同社は2019年10月にステルスから出てきた際にWalmart、Lennar(米大手住宅ビルダー)、Hut 8 Venturesらから7,100万ドル(約106億5,000万円)を調達、累計では1億7,100万ドル(約256億5,000万円)に達した。WalmartのInHomeデリバリー(玄関の中まで荷物を届けるサービス)にも統合され、米国スマートロック市場で独特のポジションを築いた。

しかし2024年9月10日、世界最大の鍵・物理セキュリティ企業ASSA ABLOYが、Level Lockのハードウェア事業、知的財産、ブランド、関連チームを取得することを発表した。共同創業者のKen MartinとJohn MartinはASSA ABLOYに移籍してLevel Lock事業を引き続き率い、ASSA ABLOY Americas部門のEVPであるLucas Boselli氏が「Level Lockの取得はわれわれの技術ポートフォリオを補完し、米州事業のデジタル化を強化する」とコメントしている。一方、Levelの共同住宅向けプラットフォーム「Level M」は買収対象から外れ、社名を「Ambient Property Technologies」に改称し、Mike Rovito氏をCEOとする独立企業として運営を継続している。Levelという一つのブランドが、住宅単戸向け(ASSA ABLOY傘下のLevel Lockブランド)と多世帯共同住宅向け(独立のAmbient Property Technologies)に分割された格好だ。

買収後の旗艦製品は2025年8月から米国で出荷が始まった「Level Lock Pro」だ。価格は349ドル(約5万2,350円)で、Apple、Amazon、Apple Storeおよび大手量販で取り扱われる。Matter over Threadに業界で初めて対応したスマートロックであり、ドアの開閉状態を専用センサーなしで本体だけで検知できる。Apple Home Key、Apple Home、Google Home、Amazon Alexa、Samsung SmartThingsの全ての主要エコシステムで動作し、BHMA(米建設金物協会)AAA等級、IPX4等級の防水・防塵性能を備える。9to5MacのHomeKit Weeklyは2026年2月のレビューで「Matterによる速さ、Apple Home Keyによる毎日の自動化、見た目がスマートロックに見えないデザイン、すべてが他社を引き離している」と高く評価した。AppleInsiderも「Apple Home Key対応で『家の鍵がスマホとApple Watchに統合される』体験を初めて完成させた」と論じている。

ASSA ABLOY傘下では他にもYale、Kwiksetなどのブランドを擁する。Kwiksetは2026年1月にDIYインストール可能なMatter+Bluetooth対応のスマートロック「Aura Reach」を発表しており、傘下複数ブランドが同時にMatter化を進める「マルチブランド戦略」へと舵を切っている。これは伝統的な鍵業界のプレーヤーが、独立系IoTスタートアップを買収して成長路線に組み入れる典型例として、業界アナリストから注目されている。

シリコンバレーVCの受け止め——「ハードからAI・サービス」への明確な転換

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シリコンバレーのVCは、スマートホームに対して二極化した立場を取っている。Crunchbaseが2024年11月に公開した「VCs Have Mostly Shut The Door On Smart Homes(VCはスマートホームのドアをほぼ閉めた)」は業界に冷や水を浴びせた記事で、米国のスマートホーム/スマートビルディングカテゴリーへのVC投資が同年に1億ドル(約150億円)を切ったと報じている。象徴的なのが過去数年の倒産の連鎖だ。サンマテオ拠点で照明・ドアベル・カメラ統合の壁内ハブを手掛けたBrilliantは累計6,400万ドル(約96億円)を調達したものの、2025年に全社員をレイオフして買収先を探す事態に陥った(買収先が決まり一部事業は復活)。プレハブ・パネル建築×ホームオートメーションでユニコーンとなったVeevは、累計6億ドル(約900億円)を調達したが、最終資金調達のキャンセルで2023年末に事業停止し、最大株主のLennarに資産を売却した。建築用スマートガラスのViewは累計18億ドル(約2,700億円)を調達してSPAC上場したが、結局Chapter 11破産を申請した。Crunchbaseはこれら一連の失敗から「コンシューマー向けスマートホームのハードウェアプレイは、構造的にユニコーン経済になじまない」と結論付けている。

しかし同じ2026年第1四半期、Crunchbaseと業界レポートはスマートビルディング向け投資が2024年比で275%増加したことも報じている。投資の中身は明確に変質している。Crunchbaseが拾い上げた最近の調達ラウンドの代表例は、シリコンバレーのQuilt(部屋単位で温度制御するヒートポンプ、シリーズA 3,300万ドル=約49億5,000万円)、デトロイトのKode Labs(建物のエネルギー管理SaaS、シリーズB 3,000万ドル=約45億円)、ユタ州OliverIQ(スマートホーム・アズ・ア・サービス、585万ドル=約8億7,750万円。同社は2025年3月にSavi Controlsに買収されSAVI iQに統合された)、シリコンバレーのPerfumeo(スマート香りディフューザー、100万ドル=約1億5,000万円)など。いずれもハードウェア単体ではなく、SaaS、エネルギーソフトウェア、運用代行、もしくは特定の業界文脈(高齢者ケア、省エネルギー、ホスピタリティ)に踏み込んだ垂直特化が共通する。

第二の傾向は「AI偏重」だ。Crunchbaseの2026年Q1レポートによれば、世界のVC投資総額は3,000億ドル(約45兆円)と四半期ベースで史上最大となり、そのうち約8割の2,420億ドル(約36兆3,000億円)がAI企業に集中した。a16zはこの流れの中核にあり、2026年1月に150億ドル(約2兆2,500億円)の新ファンドを組成、米国VC調達総額の18%超を一社で吸い上げた。スマートホーム関連分野でAI/SaaSと言えるOliverIQ買収やPlumeのSweepr買収(2026年1月、ISP向けAIカスタマー体験プラットフォーム)はこの文脈に位置付けられる。Plumeはサンノゼ拠点のスマートホームWi-Fi/オペレーションSaaS企業で、SoftBank Vision FundInsight PartnersSpark CapitalQualcomm Ventures等から累計6億9,700万ドル(約1,045億5,000万円)を調達し、2021年時点で26億ドル(約3,900億円)の評価額を維持している。シリコンバレーのVCにとって「家庭そのものを所有する」より「家庭をネットワーク経由で遠隔運用するソフトウェアを所有する」方がスケールしやすいという見立てが鮮明になっている。

第三の傾向は「AgeTech・ヘルスケアへの選別的賭け」である。Nobiが日欧の戦略系VCから3,500万ユーロを調達し、米Frontier Senior Livingという確実な顧客を持つことは、AgeTech領域では「医療と介護のリプレースサービス」として消費者向けスマートホームと別枠で評価される。4Gen Venturesは世界AgeTech市場が2兆ドル(約300兆円)規模に達すると試算しており、日本のEdionが2024年6月に63百万ドル(約94億5,000万円)のCVCを設立、Nippon Life Insuranceがエルダーケア・テック企業に約350億円のコミットメントをしているなど、日本勢が現地AgeTechに資金を投じる動きが目立つ。15th RockのようなNobiへ出資したシード/アーリーステージVCは、欧州発のAgeTechを日本市場へ持ち込む「ブリッジファンド」として機能している。

第四の傾向が「コンシューマーハードからの戦略的撤退と、伝統的物理産業への身売り」だ。Level HomeのASSA ABLOYによる買収はこの代表例で、独立系スマートロック・スタートアップが世界最大の鍵メーカーの製品ラインに組み込まれた。買収側のASSA ABLOYは過去数年でAugust Home(2017年)、HID Global傘下のCloud Identity事業、Aperion等、デジタルアクセスのスタートアップを連続買収しており、コンシューマーIoTの統合者としての地位を確立しつつある。Crestron、Control4(Snap Oneを経てResideoが2024年7月に統合)、Savant、Lutronといった既存ハイエンドメーカーも新興AIプレーヤーとの連携を進め、Josh.aiの統合・対応強化はその象徴である。

報道の論調——主要メディアが語る「沈黙の主流化」

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主要メディアのトーンも一致して「派手さは消えたが、底流は確かに広がる」というものだ。BloombergとReutersは、2026年第1四半期のVC全体3,000億ドルのうち8割がAIに流入したという同じデータを報じ、AI比率の異常な集中が他分野(含むスマートホーム単独事業)への配分を圧迫していると分析した。WSJはApple、Amazon、Google、Samsungが「Matter 1.5でカメラの相互運用性が一気に進む2026年は、ユーザーがついに『どこのブランドでも動く』を実感する初年度になる」と評した。TechCrunchは2026年5月までに、Matter対応新製品の比率が「販売される新規スマートホーム機器の92%」に達したという調査を取り上げ、「規格の勝者がハードウェアの勝者を選ぶ時代に変わった」と指摘した。

Parks Associatesの最新ブログ「Matter 1.5 Brings Cameras Into the Standard and Resets the Stakes for Smart Home Monetization」(2026年)は、Matter 1.5でカメラが規格内に入ったことが「スマートホーム収益化のルールを書き換えた」と論じている。これまでカメラはRing(Amazon)、Arlo、Nest(Google)、Eufyのようにブランド別に閉じたエコシステムでサブスクリプションを取ってきたが、Matter経由ならエコシステムをまたいで映像配信が可能となるため、ハードベンダーが課金していたクラウドストレージ・AI解析・通知のレイヤーがコモディティ化する圧力を受ける。Parks Associatesは「ハードウェア所有者の72%がデータセキュリティに懸念を持っている」というデータと組み合わせ、「Matter標準でローカル処理が可能になることはユーザーの安心感に直結し、AIサービス収益化の最有力セグメントになる」と分析した。

CEPRO、Residential Systems、TWICE、Strata-geeといった custom installer 業界紙はJosh.aiのKeynote 2026を一様に高く評価しており、「AI Scenesの自然言語生成は、CEDIA加盟インテグレーターの工数構造を根本から変える」「ハイエンド住宅の制御規格はLutron+Josh.aiの組み合わせが事実上のスタンダードになりつつある」という論調が目立つ。Healthcare BrewやMcKnight's Senior Livingといったヘルスケア業界誌はNobiの導入結果を「ケア施設のインシデント率を実証ベースで下げた数少ない技術」として取り上げ、保険会社や規制当局の関心を引いている。9to5MacやAppleInsider、HomeKit Newsなどは Level Lock Pro が「Apple Home Keyでスマホ・Apple Watchに鍵が完全統合される時代」を象徴する製品と位置付けている。

今後の動き——CES、CEDIA、そして2027年に向けたタイムライン

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直近で注目すべきイベントは三つある。まず2026年6月に米ダラスで開催されるParks AssociatesのCONNECTIONS™カンファレンスでは「Smart Home Platforms: UX, Loyalty, Monetization」レポート(Q3 2026公開予定)の中間内容が示される見通しで、Matter後のSaaS収益モデルに関する業界動向が示される。次に2026年9月のCEDIA Expo Denverでは、Josh.aiのAI X OSの拡張アップデートが予告されている。同社はNimble DevSuiteを通じてHVAC、照明、シェード、セキュリティ、オーディオ周辺機器の開発者を巻き込む方向性を示しており、Lutron以外との共同ハードウェアの登場が観測対象となる。そして2027年1月のCES 2027では、Matter 1.6(時期未定だが、業界アナリストは家電キッチン領域の追加を予想)と、Aqara・Eve・XThingsなど中・欧勢の本格的なMatterカメラ製品群の市場投入が予想される。

VC投資の観点では、シリコンバレーのVCは2026年下期、AI×スマートホームのソフトウェアレイヤー、AgeTechとシニアリビング向けB2B SaaS、家庭用VPP(バーチャル・パワー・プラント)/ヒートポンプ統合プラットフォームの3領域で大型ラウンドを複数組成する見通しだ。逆風が続くのは独立系コンシューマーハードウェア単独企業で、現金燃焼が見えない事業はBrilliantやVeevと同じ末路をたどる可能性が高い。Crunchbase Predicts: 2026は「VCはより少ない案件に、より大きな小切手を切る」と予想しており、スマートホーム周辺でも勝ち組とそれ以外の差が極端に開く一年となるだろう。

普及のリアリティは、IDCのデータが示すように、年間9億3,100万台のデバイス出荷、米国世帯普及率59%、Matter 1.5以降に発売される新製品の92%対応——という静かで巨大な底流として既に存在している。シリコンバレーのVCが「派手なホームオートメーション・ユニコーン」を再び追う日は来ないかもしれないが、AI、エネルギー、AgeTech、垂直SaaSのいずれかの形で家庭の中にお金が流れ続けることは、ほぼ確実だ。Josh.aiが高級住宅の標準として根を張り、Matterが業界の言語となり、Nobiが「灯り」を介護インフラに変え、Level Homeが鍵業界の老舗ASSA ABLOYに吸収されてMatter時代の入り口を担う——4つのプロダクトはそれぞれ違う層のユーザーに刺さりながら、「スマートホームは静かに、しかし確実に主流化している」という同じ物語を語っている。


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