1分で描かれた、10日先の地球

イタリア北部の街ボローニャに、100万個規模の計算コアを束ねたスーパーコンピュータがある。ヨーロッパの国々が共同で運営する欧州中期予報センター、ECMWFの計算機だ。業界の金字塔とされてきたECMWFの天気予報は、こうした巨大な計算機が何時間もかけて作ってきた。
その仕事を、AIが1分足らずで追い越した。グーグル傘下のAI研究所Google DeepMindが作った「GraphCast」は、10日先までの世界中の天気を、グーグルのAI専用チップを積んだ計算機1台で、1分もかからずに描き上げる。2023年11月に科学誌サイエンスに載った論文では、気温や風などの予測を1,380通りの組み合わせで比べ、その9割を超える項目でECMWFの主力予報より正確だった。
目に見える場面でも差が出た。2023年9月にカナダ東部のノバスコシアへ上陸したハリケーン「リー」について、GraphCastは上陸をおよそ9日前に予測し、従来の予報より早く見通していた。
翌2024年12月、後継の「GenCast」が科学誌ネイチャーに掲載された。こちらは天気の「ぶれ幅」まで予測する。テレビの台風情報に出てくる予報円は、台風の中心が7割の確率で入る範囲を示すものだ。こうした「どのくらい外れうるか」をつかむため、世界の気象機関は、出発点を少しずつずらした予報を何十通りも計算する「アンサンブル予報」を使ってきた。これが特に重い計算で、ECMWFでは数万個のプロセッサを使っても何時間もかかる。
GenCastは、15日先までの予報1本を、AIチップ1枚でおよそ8分で作り、50本を超える予報を同時に並べて計算できる。そのうえで、比較した項目の97.2%でECMWFのアンサンブル予報を上回った。予報期間が36時間を超える項目に限れば、99.8%で勝っている。

方程式を解く予報と、過去から学ぶ予報

AIがこれほど速い理由は、天気の未来を「計算で導く」のではなく、「経験から当てる」ところにある。
これまでの天気予報は、地球を包む大気を、細かなサイコロ状の箱に区切るところから始まる。一つひとつの箱に、いまの気温や気圧、風、湿り気を入れ、物理の方程式に従って少し先の姿を計算する。それを何百回、何千回と繰り返して、明日や来週の空を割り出す。「数値予報」と呼ばれる方法だ。日本の気象庁も2024年3月に新しいスーパーコンピュータを動かし始め、線状降水帯による大雨を2km四方の細かさで18時間先まで計算している。
箱を細かくすれば、山あいの雷雨や街ごとの雨まで描けるようになる。そのかわり計算量は一気に膨らむ。ウェザーニューズによると、5km四方の箱を1km四方にすると、箱の数は25倍、扱うデータの量は1,800倍になる。予報の精度を上げる競争は、長いあいだ計算機の大きさの競争でもあった。
AIのやり方はまったく違う。方程式は解かない。過去およそ40年分の地球の天気の記録を読み込み、「こういう空模様の6時間後は、たいていこうなる」というパターンを覚える。何万枚もの天気図を見てきたベテラン予報官の勘を、桁違いの量で身につけるようなものだ。いったん覚えてしまえば、予測そのものは掛け算と足し算の塊にすぎないので、あっという間に終わる。GraphCastは6時間先の予測を積み重ねて、10日先までたどり着く。
ただ、AIが読み込んだ40年分の記録は、世界中の観測値をECMWFの物理モデルで整えた「再解析データ」だ。予報を始めるための「いまの大気の姿」も、長く物理モデルとスーパーコンピュータに頼ってきた。AIはスーパーコンピュータを追い越したが、その土台の上に立っていたことになる。この土台をどこまでAIが置き換えられるかが、2026年の最大の焦点になっている。

欧州と日本の公的機関も、AIを本番に入れた

変化は研究の世界にとどまらなかった。GraphCastの比較相手だったECMWF自身が、AIの予報を正式な業務に組み込んだ。
2025年2月25日、ECMWFは自前のAI予報システム「AIFS」の運用を始めた。熱帯低気圧の進路予測などで物理モデルより最大2割精度が高く、使うエネルギーはおよそ1,000分の1で済む。7月1日には、51通りの予報を束ねるアンサンブル版「AIFS ENS」も本番に入った。地表の気温の予測では物理モデルより最大2割精度が高く、計算は10倍速い。
一方で、AIFS ENSの箱の大きさは31kmと、物理モデルの9kmより粗い。ECMWFは、細かな現象や、海や氷と結びついた計算には物理モデルが引き続き欠かせないと明言している。当時予報部門を率いていたフロリアン・パッペンバーガー氏は、AIと物理モデルを「補い合う関係」と表現した。
2026年5月12日には、AIFSが第2版に切り替わり、波の予報と積雪の予報が加わった。AIによる波の予報を正式に配信するのは、ECMWFとして初めてだ。ECMWFはAI予報の開発基盤「Anemoi」を欧州各国の気象機関と共同で公開しており、機械学習の共同プロジェクトに加わる気象機関は、2026年6月の時点で17に増えた。この基盤は、後で登場するウェザーニューズも使っている。
日本も動いた。朝日新聞によると、気象庁は2026年6月、過去の気象データから未来を予測するAI気象モデルを開発し、2030年をめどに実用化を目指すと発表した。物理モデルが数十分かける計算を、AIなら5分以内で終えられるとみており、両者を併用する方針だ。9月4日には、国の交通政策審議会の気象分科会が「気象庁業務への先端AI技術の活用方策」を議題に開かれた。
もっとも、AIがあらゆる面で勝っているわけではない。2026年6月に公表された研究では、世界9,000を超える観測点で、2025年夏から秋の風速の予報を比べた。補正をかける前の生の予報では、どの予報期間でも物理モデルがAIFSを大きく上回った。米シカゴ大学などのチームは2025年、強い熱帯低気圧を学習データから抜いてAIを訓練すると、見たことのない最強クラスの嵐は予測できなかったと、米国科学アカデミー紀要に報告している。ただし、別の海域の似た嵐から学ぶことはできた。過去に例のない極端な現象は、過去から学ぶAIにとって今も弱点になりうる。

2026年、AIは観測データから直接学び始めた

2026年9月3日、グーグルは新しい気象AI「WeatherNext 3」を公開した。狙ったのは、まさにその土台だ。
これまでのAI予報は、物理モデルが整えたデータを出発点にしていた。その下ごしらえに時間がかかるため、予報には6時間ほどの遅れがつきまとっていた。WeatherNext 3は、静止気象衛星からリアルタイムに届く観測データや、NASAの衛星による降水の推定、まばらな地上観測点のデータから直接学ぶ。その結果、世界の天気予報を1時間ごとに出し、地表の気温や湿度は5km四方の細かさで描けるようになった。前の世代は25km四方で6時間ごとだったので、およそ5倍くっきりした予報になる。
第三者の評価でも首位に立った。米スタートアップのBrightbandが運営し、実際に運用されている予報を比べる評価表「Operational WeatherBench」で、WeatherNext 3はECMWFの物理モデルや米国海洋大気庁(NOAA)のモデルを抑えてトップになったと、TechCrunchなどが報じている。雨の予測について、グーグルは衛星で推定した降水量と照らすと6割改善したと説明する。ただし地上の雨量計と照らした改善は1割にとどまる。どの物差しで測るかで、見え方は大きく変わる。
グーグルは、このモデルを検索、グーグルマップ、生成AIのGeminiに組み込んでいくとしている。世界の膨大な利用者が毎日使う入り口に、AI予報が直接流れ込むことになる。
台風の分野では、AIはすでに現場に入っている。グーグルの台風専用モデル「WeatherNext Cyclones」は、進路予測でECMWFのアンサンブル予報より1日以上早い段階から同じ精度に届くことを、2026年8月にネイチャー誌で報告した。3日先の予報が、他の仕組みの2日先の予報と同じくらい当たるということだ。米国立ハリケーンセンターは2025年のシーズンにこのモデルを参考にし、ジャマイカに上陸したハリケーン「メリッサ」の急発達と上陸時期の予報に役立てた。グーグルはこのモデルの中身も公開している。
同じ流れは他社にも広がっている。半導体大手のNVIDIAは2026年1月、気象AIのモデル群「Earth-2」を誰でも使える形で公開した。スーパーコンピュータで何時間もかかってきた「いまの大気の姿」づくりを、GPUで数秒でこなすモデルも、2026年中に公開する予定だ。自前の気球で観測する米WindBorneも、2025年後半から自社モデルに生の観測データを取り込んでいると主張する。予報の出発点をつくる、最後の重い計算にまで、AIが手を伸ばし始めた。

ウェザーニューズとは何者か

太平洋を進む貨物船の前方で、低気圧が急に発達し始める。陸にいる運航担当者のスマートフォンに警告が届き、船には高い波を避ける新しい航路の提案が送られる。こうした判断を支えるのが、ウェザーニューズの航海気象サービス「SeaNavigator」だ。2026年7月に出たスマートフォン版では、船の速度低下や漂流を自動で見つけて知らせ、航路変更の提案から船への指示までにかかる時間を、平均約24時間から約6時間に縮められるという。
同じ会社が、陸では鉄道の運転見合わせや高速道路の通行止めの可能性を予測し、空では航空会社の運航やドローンの飛行を支えている。2026年8月には、企業向けサービス「ウェザーニュース for business」にチャット型のAIエージェントを載せた。1km四方の気温予測をもとに、猛暑の日に屋外作業を休むか止めるかの判断を助け、台風が近づけば出社や帰宅の判断を時間を追って提案する。
そして多くの人になじみ深いのが、天気アプリ「ウェザーニュース」だ。国内外の累計ダウンロード数は5,500万を超える。利用者は空の写真と一緒に「雨が降り出した」「雪が積もった」といった報告を送り、それが予報の材料になる。石橋知博社長は2024年のインタビューで、こうした「サポーター」から1日20万件を超える観測データが集まると語っている。
2026年5月期の売上高は約245億円で、前の期より4.1%増えた。営業利益は約52億円と16.1%伸び、売上高に対する比率は2割を超える。稼ぎ頭はアプリを中心とする個人向けのインターネット事業で、陸、海、空の法人向け事業がそれに続く。9月14日の終値で見た時価総額は約945億円だ。
1kmメッシュの正体は、AIによる高解像度化

ウェザーニュースのアプリを開くと、1km四方ごとの予報が並ぶ。国の気象機関が出す予報モデルの多くは、5kmから20km四方の粗さで計算されている。この差を埋めているのが、同社が「AIダウンスケーリング」と呼ぶ技術だ。
たとえるなら、ぼやけた航空写真を、現地で撮られた無数のスナップ写真を手本にして、くっきりと描き直す作業に近い。手本になるのは、1km四方ごとの「いまの天気」の解析データだ。気象庁のアメダスのおよそ10倍にあたる全国約1万3,000地点の観測網、企業から預かる観測データ、アプリ利用者からの報告を組み合わせて作る。粗い予報とこの正解データのずれをAIに学ばせ、谷あいや都市部の気温のくせまで補正する。2024年3月からは小型のライブカメラ「ソラカメ」を利用者に配り始め、2026年5月時点で3,000台を超えるカメラが空を映している。
同社は2026年5月下旬、英国で開かれたECMWFの利用者向け会議「Using ECMWF's Forecasts」で、この技術の検証結果を発表した。題材は2025年夏の猛暑で、群馬県伊勢崎市で41.8度に達したフェーン現象による暑さなど、2つの事例を取り上げた。いまはECMWFが公開したAnemoiを基盤に、既存の予報モデルとAIを組み合わせた独自の予測モデルづくりを進めている。利用者の天気報告そのものを入力に使う、新しい予測モデルの構想も示している。
同じ考え方を、海外にも広げている。2026年4月30日には、世界中の雨雲を1km四方、10分ごとの細かさで、30時間先まで予測する世界版の雨雲レーダーを始めた。対象は日本の72倍の面積で、マス目の数はおよそ6億4,800万に及ぶ。各国の気象機関から取り寄せるレーダーや地上の観測、10分から15分ごとに地球全体を撮る気象衛星の画像、利用者の報告を組み合わせ、クラウドの上で、わずか3か月ほどで作り上げた。
台風の予報では、AIの力と限界の両方を見ている。同社の台風専門チームは2025年からAIの予測モデルを試し、夏から本格的に使い始めた。検証では、AIモデルの進路予測の誤差は物理モデルより約4割小さかった。一方で、雨の量の予測は物理モデルのほうが優れていた。チームは複数のモデルの結果を熟練の予報士が見比べ、最終的な予報を組み立てている。

気象ビジネスの6つのレイヤー

一番下にあるのは、空を測る「観測」の層だ。気象衛星、レーダー、気球、地上の観測点がここに入る。長く主役は各国政府だったが、いまはスタートアップが自前の観測網に大金を投じている。米Tomorrow.ioは13基の衛星を運用し、新たな衛星群「DeepSky」の展開を進める。米WindBorneは、20か所の拠点から放った約600個の気球を常に空に浮かべている。ウェザーニューズの1万3,000地点の観測網や利用者の報告、2013年に民間の気象会社として初めて打ち上げた小型衛星「WNISAT-1」も、この層に属する。
その上が、ばらばらの観測値から、予報の出発点となる「いまの大気の姿」を組み立てる層だ。「データ同化」と呼ばれ、これまで最もスーパーコンピュータに頼ってきた工程でもある。グーグルのWeatherNext 3やNVIDIAの新しいモデルが攻めているのが、ここだ。
3つめが、地球全体の天気を計算する「全球予測モデル」の層だ。ECMWFのAIFS、グーグルのWeatherNext、NVIDIAのEarth-2、マイクロソフトのAuroraなどが並ぶ。この層で起きている最大の変化は、トップクラスのモデルが次々と無償で公開されていることだ。
4つめが、粗い全球の予報を地域の細かさに落とし込み、くせを補正する層だ。ウェザーニューズの1kmメッシュはここにあたる。この層でものを言うのは、計算機の大きさより、その土地の「正解データ」をどれだけ持っているかだ。
5つめが、予報を業界ごとの判断に変える層だ。船の航路、航空機の運航、鉄道の運転、電力の売買、小売の仕入れ。同じ「明日は強風」という予報でも、港のクレーンを止めるのか、風力発電の出力を見込むのかで、必要な情報の形はまったく違う。
一番上が、利用者との接点、つまり配信の層だ。天気アプリ、テレビ、そして検索エンジンや地図、AIアシスタント。グーグルが検索とマップとGeminiにWeatherNext 3を流し込むのは、この層での圧倒的な強みを生かす動きといえる。
日本ではこの配信の層に、規制という独特の条件が加わる。2026年5月29日に施行された改正気象業務法は、日本の利用者に向けて日本の天気を予報するなら、国内の事業者か海外の事業者かを問わず許可が必要だという点をはっきりさせた。海外の事業者には国内の連絡窓口を置くことを求め、無許可で予報を出す事業者の名前を国が公表できるようにした。ウェザーニューズや日本気象協会など国内の5社は施行日にそろって見解を出し、気象庁の警報と十分に連動しない誤った防災情報が、許可のない海外事業者などから配信される事例に懸念を示して、改正を歓迎した。
こうして層ごとに並べると、お金の流れが変わりつつあることが見えてくる。予測モデルの層で無償化が進むほど、価値は、真似のできない観測を持つ一番下の層と、現場の判断や利用者に近い上の層に集まっていく。ウェザーニューズは、観測から配信までをひと続きで持つ会社だ。

沈没事故から始まった40年の歩み

1970年1月31日、急速に発達した「爆弾低気圧」の中で、福島県の小名浜港に向かっていた貨物船「空光丸」が沈没した。乗組員15人が亡くなった。船をその港に向かわせる判断をしたのは、会社に入って2年目、23歳の石橋博良氏だった。
もっと正確な気象の情報があれば、事故は防げたのではないか。その思いから、石橋氏は1973年、船の航路を気象から助言する米国の海洋気象会社オーシャンルーツの日本支社に移り、やがて支社長になった。1986年6月、同社から陸上と航空の部門を買い取る、当時としては珍しいMBOの形で独立し、ウェザーニューズを設立した。1993年には、かつて勤めたオーシャンルーツそのものを吸収合併している。
2000年12月、気象会社として世界で初めて株式を上場した。当時の大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場で、2003年には東証一部に移った。2009年にはiPhone向けのアプリを出し、スマートフォンの時代に個人向けの事業を大きく育てていく。2010年5月、創業者の石橋氏は63歳で亡くなり、その後は生え抜きの草開千仁氏が社長として会社を率いた。2013年11月には、北極海の海氷を観測する小型衛星を、ロシアのロケットで宇宙に送り出している。
転機は2024年6月だった。創業者の次男で、日本ヒューレット・パッカード出身の石橋知博氏が社長に就き、草開氏は会長に回った。2026年5月には、その草開氏が8月の株主総会をもって退くことを含む新しい役員体制を発表した。社外取締役の候補として、IoT通信のソラコムを創業した玉川憲氏や、グーグルとフェイスブックで提携事業を率い、メルカリの米国法人トップも務めたジョン・ラーゲリン氏を迎え、グローバルと最新技術の知見を取り込むとしている。
2026年は、同社がAIと海外に大きく舵を切った年になった。7月に新しい中期ビジョンを策定し、AIとの融合を全社の変革の柱に据えた。8月6日には、全世界に対応したアプリを海外のアプリストアで公開し、2週間でフィリピン、ベトナム、メキシコなど6つの国と地域で1位を獲得した。8月26日には、AIで高解像度化した世界の予報を5km四方、1時間ごとに届ける気象データの、海外企業への販売も始めている。

VC・投資家・各メディアはどう見ているか

米国のベンチャーキャピタルはこの1年、独自の観測網を持つ気象AIに大きな資金を入れてきた。
2026年8月5日、気球観測の米WindBorneは3,700万ドル(約57億円)を調達した。成長段階の「シリーズB」と呼ばれるラウンドで、シリコンバレーの有力VCであるKhosla Venturesと、気候分野に投資するGalvanizeが共同で主導した。TechCrunchによると、調達後の企業価値は2億5,000万ドル(約385億円)だ。Khosla Venturesのスベン・ストローバンド氏は、「独自の大気データと最高水準のAIの組み合わせは、時間とともに積み上がっていく強みになる」とコメントしている。
米Tomorrow.ioは2026年2月に1億7,500万ドル(約270億円)を調達した。イスラエルの経済メディアCalcalistは、このとき企業価値が10億ドル(約1,540億円)を超えたと報じている。5月にはイスラエルのVC、Pitangoなどから3,500万ドル(約54億円)を追加し、シリーズFの総額は2億1,000万ドル(約323億円)になった。資金の使い道は、AI時代に合わせて設計した自前の気象衛星群の展開だ。
どちらの会社も、AIモデルの性能だけで資金を集めたわけではない。TechCrunchは8月、「AIで天気予報は良くなった。WindBorneはそれで稼げるのか」という見出しを掲げ、政府が無料で配る予報と競いながら収益を上げる難しさを指摘した。これに対し、Galvanizeのサロニ・ムルタニ氏は、AIによって予報を企業の意思決定に組み込みやすくなり、「その方程式が変わる」と語っている。
評価の物差しを作る会社にも、投資家が付いている。WeatherNext 3を首位と判定したBrightbandは、2024年9月、気候テックに投資するPrelude Venturesの主導で1,000万ドル(約15億円)を調達した。Brightbandを共同創業したダニエル・ローテンバーグ氏はTechCrunchに対し、特定の観測点に照準を合わせた、答え合わせのできる細かな予報の価値を強調している。
投資家の視点でこれらを束ねると、一つの見立てが浮かび上がる。予測モデルそのものは、グーグルやECMWF、NVIDIAが無償で公開するため、差をつけにくくなっていく。お金が向かうのは、真似のできない観測データと、予報を顧客の業務に組み込む力だ。
日本のメディアは、ウェザーニューズの堅実さと野心の両方を伝えている。日本経済新聞は7月の決算発表で、2027年5月期の純利益が1%増にとどまる見通しを報じ、法人顧客の開拓を軸に据えた計画だと伝えた。東洋経済は8月、「10年後に売上高1000億円」という目標の達成のカギとして、AIのフル活用とM&Aを挙げている。いまの売上高のおよそ4倍にあたる。株式市場では、株予報Proが集計するアナリスト3人の目標株価の平均が2,600円で、9月14日の終値1,995円を3割ほど上回る。
VCの目線で比べると、ウェザーニューズの位置が際立つ。時価総額はおよそ945億円で、年間50億円を超える営業利益を出している。一方、未上場の米Tomorrow.ioには、Calcalistの報道で10億ドル(約1,540億円)を超える値札が付いた。観測網と40年分の知見、5,500万ダウンロードのアプリを持つ黒字の上場企業が、Tomorrow.ioより低く評価されている構図だ。この差を割安と見るか、成長の遅さの表れと見るかが、投資判断の分かれ目になる。

強みと課題

最大の強みは、AIが最も欲しがる「その土地の正解データ」を、厚く持っていることだ。生の観測データから学ぶWeatherNext 3でさえ、土台の学習には各国の気象データに頼っていることを、グーグルはTechCrunchに認めている。1km四方の天気を当てたかどうかを確かめるには、1km四方ごとの答え合わせが要る。1万3,000の観測点、3,000台を超えるカメラ、利用者からの報告は、他社がお金を積んでもすぐには作れない。
2つめは、40年かけて入り込んだ業務の現場だ。ダイヤモンド・オンラインの取材で、同社は鉄道と高速道路向けの気象情報で国内シェアが約8割にのぼると説明している。運転を止めるか、道路を通行止めにするかという判断の仕組みに組み込まれた情報は、簡単には置き換えられない。
3つめは、AIを自社の稼ぎ方そのものに使っていることだ。社内向けのAIエージェント「WNI Intelligence Core」は社員の8割以上が使い、利用は月1万回に達する。気象災害のあとに顧客へ出す報告書は、数時間かかっていたものが約15分でできるようになった。AIによる業務時間の削減は月1万5,300時間に達し、2026年5月期の営業利益率21.4%を支えた。同社は、顧客対応の業務をすべてAIに置き換え、利益率の高い主力製品に販売を集中することで、いま47.3%の売上総利益率を3年で60%以上に引き上げる計画を示した。人員削減はせず、浮いた人手は営業と顧客支援に回すという。
一方で、課題もはっきりしている。
一番大きいのは、配信の層にグーグルが本格的に入ってくることだ。WeatherNext 3が検索やマップ、Geminiに組み込まれれば、1時間ごと、5km四方の予報が、無料で世界中の利用者の手元に届く。ウェザーニューズで最大の事業はアプリを中心とする個人向けで、売上高は約86億円にのぼる。天気を知るためにアプリを開くという習慣そのものが、AIアシスタントへの質問に置き換わるおそれがある。改正気象業務法は海外事業者にも許可を求める姿勢を明確にしたが、日本の法律の守りは、同社が伸ばそうとしている海外市場には及ばない。
2つめは、計算資源の差だ。グーグルやNVIDIAが巨大な計算機で全球モデルを磨き上げるのに対し、ウェザーニューズは、ECMWFのAnemoiのような公開された基盤に乗り、自社のデータで地域向けに仕上げる道を選んでいる。合理的な選択だが、全球モデルの進化の主導権は他者が握る。
3つめは、成長の速さだ。2026年5月期の売上高の伸びは4.1%で、会社が見込む2027年5月期も売上高5.4%増、営業利益3.0%増にとどまる。10年で売上高1,000億円に届くには、年15%ほどのペースで伸び続ける必要がある。海外の売上は全体の4分の1ほどで、米州向けは前の期より35.7%減った。8月に始めた世界版アプリと海外企業へのデータ販売が、この差をどこまで埋められるかが問われる。
4つめは、AIがまだ苦手な領域が、日本の顧客にとって最も大事な場面と重なることだ。同社の予報士は、大雨の予測をAIモデルが苦手とする分野に挙げており、台風の雨量の予測でも物理モデルに分があった。線状降水帯のような集中豪雨や、過去に例のない強さの台風で、AIと物理モデル、そして人の予報士をどう組み合わせるか。その運用の腕が、しばらくは競争力を左右する。

これから何が、いつ起きるか

最初の試金石は、いま進んでいる台風とハリケーンのシーズンだ。ハリケーン専門家のマイケル・ラウリー氏は、米国立ハリケーンセンターの元部門長ジェームズ・フランクリン氏の検証データをもとに、2026年のシーズンではグーグルのモデルが、大西洋と東部・中部太平洋の進路予測で、公開されている他のどの予報指針も上回っていると伝えている。秋の台風シーズンを通じて、AIの予報がどこまで信頼に足るかが見えてくる。
10月上旬には、ウェザーニューズの2027年5月期第1四半期の決算が出る見込みだ。前の年は10月8日に発表している。8月に始めた世界版アプリと海外企業へのデータ販売の出足、そして売上総利益率の改善が数字に表れ始めるかが注目点になる。
グーグルの側では、WeatherNext 3の検索、マップ、Geminiへの組み込みが、どの国から、どの速さで進むかが焦点だ。NVIDIAは、スーパーコンピュータで何時間もかかってきた予報の出発点づくりを数秒でこなすモデルを、2026年中に公開するとしている。これが実用に耐えれば、予報の最初から最後までをAIで回す流れが一段と強まる。
日本の公的機関では、気象庁が交通政策審議会の気象分科会でAI活用の議論を重ねながら、2030年ごろの実用化を目指すAI気象モデルの開発を進める。
ウェザーニューズ自身は、2027年5月までにすべての製品にAIエージェントを載せ、2028年5月までにカメラの映像や雨の音といった数字にならない情報を取り込む次世代の基盤を作るとしている。3年後に売上総利益率60%以上を達成し、2029年5月期まで普通配当を毎年増やす計画も示した。
天気予報の主役は、方程式を解く巨大な計算機から、過去と観測から学ぶAIへと移りつつある。その時代に勝つのは、最も大きなモデルを持つ者か。それとも、1km四方ごとの答えを最も多く持つ者か。ウェザーニューズのこれからの3年は、その問いに対する一つの実験になる。
