ナフサとは何か——原油の「真ん中」から取れる、あらゆる製品の出発点

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - ナフサとは何か——原油の「真ん中」から取れる、あらゆる製品の出発点 - 章扉

ナフサ(粗製ガソリン)は、原油を蒸留したときにおおむね摂氏35〜180度の範囲で留出してくる軽質の石油留分である。経済産業省の定義は簡潔で、「原油を精製して作られる石油製品の一種」であり、これを「エチレン等の基礎化学品に分解、中間製品を経てプラスチック製品等を生産」する原料だとしている。ガソリンや灯油が燃やすための燃料であるのに対し、ナフサは燃やさずに分子を組み替えるための素材だという点が決定的に違う。

具体的な変換の道筋はこうだ。ナフサをナフサクラッカー(エチレン製造設備)に投入し、摂氏800度超の高温で熱分解すると、投入量のおよそ3割がエチレン、2割がプロピレンになる。エチレンからはポリエチレンが生まれ、レジ袋、食品包装フィルム、シャンプーの容器、農業用ハウスのフィルムになる。プロピレンからはポリプロピレンが生まれ、食品トレー、自動車のバンパー、洗濯機の内槽、不織布のマスクになる。同じクラッカーからはブタジエンやベンゼン・トルエン・キシレンといった芳香族も副生し、ブタジエンは合成ゴムを経てタイヤに、トルエンはシンナーや塗料の溶剤に、キシレンはペットボトルやポリエステル繊維の原料に化ける。接着剤、粘着テープ、電子部品の封止材、医療・衛生用品、化粧品の原料、医薬中間体も、たどっていけばほとんどがこの一滴に行き着く。

日本の需要規模は年間3,347万kL(2025年)、月に均せば約280万kLで、これを国内12基のナフサクラッカー(年産能力合計616万トン)が受け止めている。設備の内訳は三井化学(大阪・千葉)と出光興産(千葉・山口)がそれぞれ全体の16%、ENEOSが神奈川の2基で15%、レゾナック・ホールディングスが大分で10%、丸善石油化学・住友化学の千葉が11%、丸善石油化学の千葉が8%、三菱ケミカルグループの茨城が8%、三菱ケミカルグループと旭化成の岡山が8%、東ソーの三重が8%という構成だ。この12基が止まれば、日本の製造業の相当部分が原料を失う。

価格の決まり方も特徴的だ。国内の化学品取引で使われる「国産ナフサ基準価格」は、四半期ごとの輸入ナフサの通関価格を基に事後的に確定する仕組みで、実際にモノが動いてから2〜3カ月遅れて数字が固まる。この時間差が、後述する「在庫評価益」という奇妙な現象を生む温床になっている。

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - ナフサとは何か——原油の「真ん中」から取れる、あらゆる製品の出発点 - 図表1

日本のナフサ調達構造——「国産4割」も、実は中東産である

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 日本のナフサ調達構造——「国産4割」も、実は中東産である - 章扉

ここが日本のナフサ問題を理解するうえで最も誤解されやすい点である。経済産業省が2026年3月24日に中東情勢に関する関係閣僚会議へ提出した資料は、日本のナフサ調達先を「中東4割・国産4割・その他地域2割」と整理している。2024年の実数では国産39.4%、中東からの輸入44.6%、その他地域からの輸入16.0%だった。この数字だけを見れば「4割は自前だから半分は守れる」と読みたくなる。

しかし国産ナフサは、国内の製油所が原油を蒸留して取り出したものである。そしてその原油の中東依存度は9割超だ。同じ資料によれば、2025年の日本の原油輸入は日量約236万バレルで、サウジアラビア39.4%、UAE 43.3%、クウェート6.2%、カタール4.2%と続き、中東依存度94.0%、ホルムズ海峡依存度93.0%に達する。つまり「国産ナフサ」の原料もホルムズ海峡を通ってきていた。資源エネルギー庁が2026年7月に新設した「石油等の供給構造の強靱化ワーキング・グループ」の資料は、この実態を踏まえて2025年の調達構成を国内精製39.1%、ホルムズ経路のナフサ50.5%、その他輸入10.4%と組み直している。ホルムズ経路とは中東諸国に加え、原油輸入先の中東比率が50%超の国から輸入したナフサを指す。実質的な中東依存度は8割と表現するのが正確だ。

しかも依存度は近年上がっていた。日本経済新聞の分析によれば、輸入ナフサに占める中東の割合は2022年時点で5〜6割だったものが、ウクライナ危機を境に上昇し、2026年以降は7割以上になっていた。2024年度の内訳ではUAE 30.4%、クウェート21.6%、カタール15.4%で、中東全体が73.6%を占める。安価で安定していたから集中した、という平時の合理性が、そのまま有事の脆弱性になった。日本経済研究センターの齋藤潤主任研究員は2026年6月16日の論考で、2024年度の原油の中東依存度95.9%は1960年度以来の高水準だと指摘している。

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 日本のナフサ調達構造——「国産4割」も、実は中東産である - 図表1ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 日本のナフサ調達構造——「国産4割」も、実は中東産である - 図表2

ナフサショックとは何か——2026年2月28日から始まった連鎖

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - ナフサショックとは何か——2026年2月28日から始まった連鎖 - 章扉

「ナフサショック」という言葉が指すのは、この中東依存構造に直撃が入ったあとに国内で起きた、価格高騰・供給偏在・流通停滞の複合現象である。

起点は2026年2月28日。米国とイスラエルによるイラン攻撃を受け、イランがホルムズ海峡を通常の商業航行に対して事実上閉ざした。世界の石油輸出の約3割にあたる日量約2,000万バレルが通過する海峡である。経済産業省の資料によれば、封鎖前日の2月27日時点でナフサのスポット価格は1トン588.28ドル(約9万2,000円)だったが、4月8日には1トン1,011.5ドル(約15万9,000円)まで上昇した。参考までに史上最高値は2008年7月の1トン1,180ドル、ウクライナ危機時の最高値は2022年2月の1トン1,078ドルである。

政府の初動は速かった。3月12日に資源エネルギー庁が石油元売り・輸入事業者へ安定供給確保を文書要請し、3月16日から民間備蓄15日分の活用を開始、1カ月分の国家備蓄原油の放出も決めた。国際エネルギー機関(IEA)との協議を通じて、IEA史上最大規模となる合計4億バレル超の協調放出も実現している。3月19日からはガソリン小売価格を全国平均1リットル170円程度に抑える補助が始まった。開始直前の3月16日、ガソリンの全国平均価格は前週比29.0円高の190.8円まで跳ね上がっていた。最終的に日本は約50日分の国家備蓄放出、民間備蓄水準の15日分引き下げ、産油国共同備蓄約6日分の放出を実施している。

原油の代替調達は段階的に効いた。ホルムズ海峡を経由しない最初の原油タンカーが愛媛県に到着したのが3月28日。調達率は4月が25%(日量59万バレル)、5月が約65%(同153万バレル)、6月が約8割(同約190万バレル)と回復し、7月には約10割(同約240万バレル)の目途が立った。特に米国からの調達は7月に前年平月比で10倍以上に達している。

一方、ナフサそのものの落ち込みは深かった。4月の貿易統計ではナフサ輸入が前年同月比47%減の114万kLに沈み、うち中東からは34万kL(同79%減)、中東以外が80万kL(同52%増)。最大の代替先は米国で27万kL、前年同月の209倍という異常な伸びだった。石油化学工業協会の月次統計を見ると、3月のエチレン生産は27万2,600トンで前年同月比38.8%減、稼働プラントの実質稼働率は前月の75.7%から68.6%へ低下した。4月は67.3%、5月は68.1%へ小戻ししたものの、6月は定期修理の集中も重なって28万9,100トン・66.5%(前年同月74.8%)まで落ちている。

そして最も可視的な数字が国産ナフサ基準価格だった。1〜3月期の1kL当たり6万5,700円に対し、4〜6月期は11万8,900円。上げ幅5万3,200円は金額・上昇幅とも過去最高で、国産ナフサが1kL 10万円を超えたのは初めてである。住友化学が決算資料で用いた実績値は4〜6月期で11万8,500円、前年同期は6万6,300円だった。

市況はその後、いったん落ち着いた。6月25日にはアジアのナフサ指標(東京オープンスペック中心値)が1トン627ドル(約9万8,000円)まで下がり、衝突前の632ドルを下回った。6月17日には米国とイランが商業船舶に海峡を開放する覚書に署名している。だがこの合意は通航ルートをめぐって早々に崩れ、7月上旬以降は攻撃が再燃、紅海側のバブエルマンデブ海峡にも混乱が広がった。輸入CIFは7月15日に1トン808ドル、16日には842ドル(約13万2,000円)へ反発している。8月7日時点ではアジアのナフサスポットが1トン725ドル、国産ナフサ価格指標は8万1,547円/kLだった。

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - ナフサショックとは何か——2026年2月28日から始まった連鎖 - 図表1ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - ナフサショックとは何か——2026年2月28日から始まった連鎖 - 図表2ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - ナフサショックとは何か——2026年2月28日から始まった連鎖 - 図表3

川上・川下の格差①——決算に現れた「二つの日本」

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 川上・川下の格差①——決算に現れた「二つの日本」 - 章扉

ここからが本題である。ナフサショックは日本経済に一様な打撃を与えなかった。むしろ川上に空前の利益を、川下に容赦ない圧迫をもたらすという、極端に非対称な分配を生んだ。

2027年3月期第1四半期(2026年4〜6月期)の決算がそれを可視化した。三菱商事(8058)は8月3日、収益5兆1,810億円(前年同期比22.8%増)、税引前利益3,880億円(同53.4%増)、親会社の所有者に帰属する四半期純利益2,985億円(同47.0%増)を発表した。セグメント別では金属資源が250億円から866億円へ3倍超に膨らみ、エネルギー&パワーソリューションが393億円から719億円へ拡大している。通期予想は1兆1,000億円(前期比37.4%増)を据え置いたが、嶋津吉裕CFOは「基本的にはドル高・円安基調が続くと予想している」と述べ、上方修正の余地を探る姿勢を示した。

丸紅(8002)も同日、収益2兆6,092億円(同20.6%増)、営業利益1,321億円(同54.7%増)、親会社の所有者に帰属する四半期利益1,864億円(同20.7%増)を発表した。オペレーティング・セグメント別ではエネルギー・化学品が89億円から258億円へ170億円の増益となり、増益要因として「石油化学品取引の増益」と「北米における天然ガストレーディングの増益」が明記されている。金属も商品価格上昇に伴うチリ銅事業・豪州原料炭事業・アルミ事業の伸長で287億円から420億円へ増えた。同社は最大1,000億円・4,000万株(発行済み株式総数の2.5%)の追加自社株買いを決議し、5月発表分と合わせて1,450億円の買い戻しを進める。田島知浄CFOは「中東情勢は当初想定したよりインパクトは大きくなかった」と語っている。

驚くべきは、原料を買う側であるはずの総合化学まで揃って増益になったことだ。三井化学(4183)は4〜6月期のコア営業利益が501億円(前年同期比88%増)、純利益320億円で前年同期の44倍。石油化学セグメントは105億円の赤字から150億円の黒字に転じた。三菱ケミカルグループ(4188)はコア営業利益1,141億円(同101.7%増)、親会社帰属四半期利益577億円(同194.0%増)で、上期予想をコア営業利益1,940億円へ39.6%上方修正した。住友化学(4005)はコア営業利益623億円(前年同期277億円)、親会社帰属四半期利益408億円(前年同期は45億円の損失)。石化を含むエッセンシャル&グリーンマテリアルズのコア営業利益は55億円の赤字から272億円の黒字へ327億円改善している。旭化成(3407)も営業利益813億円(同51.5%増)、親会社株主帰属純利益538億円(同172.7%増)だった。

からくりは在庫評価益である。危機前に安く調達した原料でつくった製品を、跳ね上がった相場で売れば、その差額が会計上の利益として計上される。三井化学の石油化学事業では一過性の利益が140億円程度、業績を押し上げた。日本経済新聞の集計によれば同様の在庫評価益は三井化学で約180億円、住友化学で約150億円、旭化成で約200億円規模とされる。実需が伸びたのではなく、価格が上がった瞬間だけ帳簿が膨らんだにすぎない。三井化学の吉田修CFOは「第1四半期で出た在庫評価益は縮小していく見立てだ」と明言している。事実、ナフサ価格が下がる局面では逆に在庫評価損が出る。7〜9月期の国産ナフサ基準価格は8万6,000〜9万5,000円程度への下落が見込まれており、住友化学の通期前提は9万2,000円/kLである。つまり4〜6月期の好決算は、次の四半期に反転する性質の利益を多分に含んでいる。

そもそも三井化学は5月13日の時点で、中東情勢によるコア営業利益ベースの影響を150億円程度のマイナスと見込んでいた。原料調達難に加え、大阪府・千葉県のエチレン設備で3月上旬から減産に入り、販売数量の減少とエネルギー効率の悪化が重なったためだ。吉田CFOは当時「エチレン設備の稼働率は7割を下回る状況」と述べ、「原料価格を販売価格に反映する期間短縮に向け、顧客との交渉を継続している」と説明していた。川上に見える総合化学ですら、実体としては挟まれている。

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 川上・川下の格差①——決算に現れた「二つの日本」 - 図表1ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 川上・川下の格差①——決算に現れた「二つの日本」 - 図表2

川上・川下の格差②——転嫁率42.1%と、583業種のセーフティネット

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 川上・川下の格差②——転嫁率42.1%と、583業種のセーフティネット - 章扉

では、その総合化学のさらに下流は何が起きているのか。

帝国データバンクが2026年5月21日から31日にかけて4,604社を対象に実施した「中東情勢に伴うナフサなど石油製品供給状況に関する影響調査」によれば、影響が強まっていると答えた企業は約69.4%に達した。内訳は原材料・部材の仕入コスト上昇が83.9%、調達が不安定または入手困難が73.0%、調達リードタイムの長期化が50.2%。対応策としては在庫確保が51.7%、価格改定が39.5%、納期・価格・仕様の再交渉が37.8%だった。調達に最も支障が出ている資材は塗料などの「化学系加工資材」で29.6%、次いで「包装・物流資材」が20.2%である。資金繰りの悪化は全体では8.0%にとどまるが、赤字企業では15.1%、有利子負債月商倍率10倍以上の企業では18.6%に跳ね上がる。

価格転嫁率は依然42.1%にとどまる。1円のコスト増に対して42銭しか価格に乗せられていないという意味だ。同社の「物価高倒産」動向によれば、2026年上半期は「原材料」を要因とする倒産が255件で過去最多となり、樹脂成形・プラスチック加工、包装資材といった樹脂系製品関連業を中心に、2026年後半から本格的に増加する可能性が指摘されている。化学製品メーカー52社から直接・間接に仕入れる製造業は全国で約4万7,000社にのぼり、集計可能な製造業全体の約3割がナフサ関連製品の調達リスクに直面しうるという。

現場の価格はどう動いたか。汎用合成樹脂の取引価格は3月比で3割上昇し、7月3日時点では一般用フィルム向け低密度ポリエチレンが1キログラム436〜466円、雑貨向けポリプロピレンが1キログラム438〜478円と、4月末比でさらに1割上がって最高値を更新した。需要家側は品薄懸念から安定調達を優先し、値上げを受け入れる構図になっている。TOPPANホールディングスは包装資材の仕入れ値が2〜3割増えたとして食品・日用品メーカーへの値上げを打診。クレハは家庭用食品保存袋を25〜35%以上、J-オイルミルズは食用油を11〜16%、日本ミシュランタイヤはタイヤを平均3〜5%引き上げた。値上げは製品を経由して家計に届く。

政府はこの断層を明確に「川上・川中・川下」の語彙で認識している。2026年6月11日に「中東情勢に伴う重要物資の安定的な供給確保のためのタスクフォース」へ提出された経済産業省資料は、「川上の供給増の成果が皆様に確実に届くよう、川中・川下で前向きに取り組む企業を政府が発信する」と記し、目詰まり解消に協力する団体名・企業名を公表する方針を打ち出した。具体策としては、4月9日に燃料の直接販売スキーム、6月10日に潤滑油の直接販売スキームを新設。6月3日にはシンナーの原料となるトルエン等について、塗料・シンナーメーカーの要請に応じて最大で例年の1.8倍の供給拡大を可能にする仕組みの申請受付を始めた。中小企業庁には目詰まりの声が205件寄せられ、信用保証協会のセーフティネット保証5号(不況業種)の指定業種は7月に583業種へ拡大した(4月指定は520業種、全1,169業種中)。段ボール用結束紐が届かない、工作機械用の潤滑油が入らない、エンジンオイルの入荷連絡が来ない——資料に並ぶ実例は、マクロの在庫統計とミクロの現場の乖離をそのまま映している。

マクロで見た負担も小さくない。大和総研の畑中宏仁氏は2026年6月15日のレポートで、5月のナフサ価格が年初比プラス83%であることを踏まえ、ナフサ価格が80%上昇した状態が続けば投入物価を1.1%、消費者物価を0.23%押し上げると試算した。さらにナフサ供給が半減するテールリスクが顕在化した場合、化学製品を中心に実質GDPが0.43%程度押し下げられるとしている。野村證券経済調査部の髙島雄貴・伊藤勇輝両氏は7月10日のQ&Aで、公的在庫投資による実質GDPの押し下げが4〜6月期で前期比0.2%ポイント程度に及ぶと指摘した。第一ライフ資産運用経済研究所の新家義貴氏は7月22日、6月の原油・粗油輸入金額が前年比59.3%増で輸入全体を4.3%ポイント押し上げ、貿易収支が4,069億円の赤字になったことを示し、「代替調達には輸送費、保険料、スポット調達プレミアムなどの追加負担が伴う」と書いている。4月の輸入単価を見れば、中東以外からのナフサは1kL当たり約10万9,300円、中東産は約8万9,300円で、2万円の差が構造的なコストとして残る。

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 川上・川下の格差②——転嫁率42.1%と、583業種のセーフティネット - 図表1ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 川上・川下の格差②——転嫁率42.1%と、583業種のセーフティネット - 図表2

ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002)

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 章扉

代替調達の実務を担ったのは商社である。高市早苗首相は4月30日の中東情勢に関する関係閣僚会議で、米国やアルジェリア、ペルーなど中東以外からの輸入によりナフサ供給を年明け以降も確保できる見通しを表明した。経済産業省は3月31日、4月の中東以外からの到着量が約90万kLと平時の45万kLから倍増し、その3分の1にあたる約30万kLが米国産になるとの見通しを示し、5月には約3倍の135万kL超へ拡大する方針を明らかにしている。政府はアルジェリア、オーストラリア、インド、ペルー、ナイジェリア、アンゴラに接触を広げた。

日本経済新聞は7月12日、「商社、国益守る『黒子』の重み 中東緊迫でペルー・インドからナフサ」と題した記事で、この局面における商社の役割を取り上げた。三菱商事の中西勝也社長は「商社は日本の国益に生きている」と述べ、中東産ナフサの供給が滞ってシンナー用原料が逼迫した際には、傘下の三菱商事ケミカルが持つ国内10カ所の備蓄用タンクから在庫を顧客に供給したという。三菱商事ケミカルは三菱商事の100%子会社で、石油化学、化成品、塗料、接着剤、プラスチックといった工業分野の国内販売と貿易取引を担う。危機時に効いたのは新規調達だけでなく、平時から抱えていた物流・タンクという「地味な資産」だった。

同じ商社の中でも、丸紅はペルーのエネルギー事業に最も深く食い込んできた日本企業である。同社は2007年にSKエナジーから権益を取得してペルーLNG(パンパ・メルチョリータ)に10%出資しており、現在の株主構成はハント・オイル35%(オペレーター)、ミッドオーシャン・エナジー35%、シェル20%、丸紅10%とされる。このプロジェクトが受け入れる天然ガスはカミセア・ガス田から来る。そしてペルー産ナフサも、まさに同じカミセアの天然ガス液(NGL)に由来する。

一方で丸紅は、この危機について最も冷徹な警告を発した企業でもある。同社で社長・会長を務めた国分文也氏は5月25日のセミナーで、中東から調達していた年間1,500万kLのナフサを代替調達するのは「不可能だ」と断じ、ナフサ由来の化学品は早ければ6月末、遅くとも8月末から9月にかけて不足が表面化しうると指摘した。問題は流通の目詰まりではなく「莫大な供給ソースが消えていること」であり、米国産ナフサによる代替も絶対量が足りないため継続的な大量輸入は現実的でない、というのが同氏の見立てである。この発言はBloombergが同日報じ、政府の「年を越えて継続できる」という見通しと真っ向から対立する見解として広く引用された。

個社ごとの契約内容は公開されていない。経済産業省は資料の注記で、「上記表示以外の詳細な国名やルートについては、民間企業の契約に関する事柄であることに加え、安全対策上の理由から非公表としている」と明記している。商社が「黒子」と呼ばれるのは比喩ではなく、開示制度上の実態でもある。

現場の緊迫感は別の商社の証言から窺える。日経ビジネスは6月23日、専門商社の長瀬産業がナフサ危機に即応した現場を「買うなら1時間内に前金を」という見出しで報じた。売り手優位の市場で、スポットカーゴは資金決済のスピードで奪い合われる。信用状ではなく即時の前払いを求められる取引が常態化したとき、バランスシートとキャッシュポジションの厚みがそのまま調達力になる。総合商社が有事に強い理由は、情報網や人脈以上に、この即金力にある。

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 図表1

数字で見るペルー——月10万kLという「天井」

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 数字で見るペルー——月10万kLという「天井」 - 章扉

ペルーからのナフサは実際にどれだけ届いたのか。財務省貿易統計を基にした日本貿易振興機構(ジェトロ)の集計によれば、2026年5月の日本のナフサ輸入は全世界から143万kL(前年同月比9.1%減)、金額は1,774億円(同78.8%増)だった。国別では米国が49万9,076kL(同609.6%増)で断然の首位、アルジェリアが26万6,843kL(皆増)、UAEが13万2,624kL(同71.9%減)、そしてペルーが9万9,863kL(同51.6%増)で第4位につけている。以下、スペイン8万2,758kL、インド7万2,104kL、オーストラリア5万798kL、ポルトガル5万43kL、イタリア4万9,311kL、シンガポール3万5,449kL、オランダ3万4,469kL、タイ3万2,398kL、マレーシア1万7,263kL、韓国8,464kL(同94.0%減)と続く。

この一覧を投資家の目で読むと、ペルーだけが他の代替先と性格を異にしていることが分かる。米国は209倍、609%増といった桁で伸び、アルジェリアやインド、豪州、ポルトガル、イタリアは前年実績ゼロからの「皆増」である。ところがペルーは51.6%増にとどまる。逆算すれば前年同月にすでに約6万6,000kLを日本へ出していた計算になり、ペルーは危機前から日本のナフサ供給網に組み込まれていた常連だったということだ。伸び率が低いのは需要がなかったからではない。輸出余力の天井に近かったからである。

その天井の正体は地質と設備にある。ペルーのナフサはアマゾン奥地のカミセア・ガス田から産出する天然ガス液で、クスコ州のマルビナス処理施設から全長560キロのNGLパイプライン(設計能力日量7万バレル)でアンデスを越え、太平洋岸イカ州ピスコの分留プラントに送られる。ここでプロパン、ブタン、ナフサ、ディーゼルに分けられ、ピスコの海上ターミナルから国内向けと輸出向けに出荷される。オペレーターはプルスペトロールで、同社は2026年にクスコとイカで約3億ドル(約470億円)を投じ、マルビナスとピスコの大規模メンテナンスと運転信頼性向上を進める計画だ。月9万9,863kLは日量に直すとおよそ2万バレル。分留プラントから出るナフサ留分の相当部分が日本向けに回っている水準であり、米国メキシコ湾岸のように「増産すればいくらでも出る」性質の供給源ではない。

しかもこの供給源自体が今年、事故で止まっている。2026年3月1日、クスコ州メガントニ郡のNGLパイプライン43キロ地点で漏洩と爆燃が発生し、ペルーのほぼ全量の天然ガス供給を担うシステムが緊急停止した。プルスペトロールはピスコ分留プラントでのLPG生産を停止し、同国内需要の約7割を賄うLPGが逼迫。ペルーは天然ガス輸出も一時停止し、20年ぶりとされる燃料危機に見舞われて備蓄放出に追い込まれた。日本が代替調達先として頼ろうとした国が、まさに同じ月に自国のエネルギー危機に陥っていたわけである。輸送距離の問題も残る。太平洋を横断するルートは到着まで数週間を要し、緊急時の即応性という点では米国産よりさらに不利になる。

それでもペルーが戦略的に重みを増しているのは、地政学の座標が良いからだ。ホルムズ海峡もバブエルマンデブ海峡も、スエズ運河もマラッカ海峡も通らない。海上輸送のチョークポイントをひとつも経由せずに日本へ届く数少ない産地であり、資源エネルギー庁のワーキング・グループが「ホルムズ海峡内の港から積み出されているかどうかという単位で捉える」という新しい依存度の測り方を提起していることを踏まえれば、ペルー産ナフサは統計上も政策上も「純度の高い非ホルムズ」に分類される。量は小さくとも、ポートフォリオ上の分散効果は大きい。

政治のタイミングも噛み合った。2026年7月28日、ケイコ・フジモリ氏がペルー大統領に就任した。日系3世で、直接選挙で選ばれた同国初の女性大統領である。6月の決選投票では左派のロベルト・サンチェス氏に5万票未満、得票差0.27ポイントという僅差で勝利した。就任演説では公共投資と企業投資の加速、上下水道・電気・通信・道路・鉄道・港湾・空港のインフラ整備、不要な規則の撤廃と行政手続きの簡素化を掲げ、「法的安定性を重視し、予見可能性の高い国であり続ける」と明言した。次期第2副大統領のミゲル・アンヘル・トーレス氏は7月17日のリマでのセミナーで、鉱業分野の手続き簡素化を進めるとしたうえで、「近年は政府に官僚的な対応が目立ち、『申請のための申請』が増えた」と述べ、1990年代のハイパーインフレ期に日本が支援した経緯に触れながら「ペルーの発展のため日本の協力は不可欠だ」と強調している。もっとも与党フエルサ・ポプラルは上下両院で第一党ながら議席は約3割にとどまり、安定的な政権運営には他党の協力が要る。カントリーリスクが消えたわけではない。

三菱商事にとってペルーは、ナフサ以前から重要な事業国である。同社はアングロ・アメリカンと組むケジャベコ銅鉱山に40%を出資し、同鉱山は2022年に生産を開始、年産約30万トン(銅純分)規模でフル操業へ移行する段階にある。4〜6月期に金属資源セグメントの利益を3倍超に押し上げたチリ・ペルーの銅事業は、同じ国の同じ政権リスクを共有する。エネルギーと金属で同一国へのエクスポージャーが積み上がっている点は、ポートフォリオ管理上の論点として意識しておく価値がある。

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 数字で見るペルー——月10万kLという「天井」 - 図表1

VC・投資家・アナリストはどう見ているか

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - VC・投資家・アナリストはどう見ているか - 章扉

市場の反応は、川上と川下の断層をそのまま値付けしている。

最も象徴的なのはバークシャー・ハサウェイの動きだ。同社が2026年2月28日付の株主宛て書簡で開示した保有比率は三菱商事10.8%、三井物産10.4%、伊藤忠商事10.1%、丸紅9.8%、住友商事9.7%で、5社合計の保有時価総額は2025年末で354億ドル(約5兆5,000億円)と前年末から約5割増えていた。さらに完全子会社のナショナル・インデムニティが7月1日に関東財務局へ変更報告書を提出し、6月24〜25日までに三井物産を9.82%から10.83%へ、丸紅を9.30%から10.32%へ買い増していたことが判明した。ホルムズ危機の渦中に、日本の商社株を10%超まで積み増したことになる。

ただし、株価が決算に素直に反応したわけではない。三菱商事は8月3日午後2時30分に好決算を発表したが、株価は一時4,581円まで下げ、前週末比195円安(4.08%安)となった。市場は資源高と円安による増益をすでに織り込んでおり、「材料出尽くし」と受け止めた格好だ。同社株は2026年春に高値をつけたあと調整局面にあり、それでも1年では5割強上昇している。丸紅は追加自社株買いを含む株主還元強化を打ち出し、中期経営戦略の進捗に伴って投資枠を1兆9,500億円、株主還元額を9,000億円へ引き上げる方針を示した。資源価格に振らされる利益を、キャッシュ配分の規律で株主価値に変換するという物語が、依然として商社株の中核にある。

化学セクターへの目線はもっと慎重だ。野村證券の岡崎茂樹アナリストは4月10日のコメントで、米イラン間の一時的な停戦合意で原油価格が下がってもナフサの需給は前年度に比べてなお逼迫しており、「コストアップは避けられず、価格転嫁をすべて進められるかも見通しにくい」と指摘した。4〜6月期に各社が計上した在庫評価益はこの警戒を打ち消すものではない。三井化学の吉田CFOが自ら「縮小していく見立て」と述べているとおり、それは相場が上がった一瞬にしか出ない利益だからである。投資家が本当に見ているのは、コア営業利益から在庫評価損益を除いた実質的な稼ぐ力と、原料価格を販売価格に反映するまでのタイムラグをどれだけ短縮できたかという契約条件の変化のほうだ。

石油化学工業協会の筑本学会長(三菱ケミカルグループ社長)は7月2日の就任会見で、エチレン稼働率について「今後は稼働率が上がっていくだろう」「必要な調達はできており、原料の問題や定期修理による影響は徐々に収まっていくだろう」と述べる一方、「稼働は需要に合わせて調整をしていくが、需要が冷え込むことが一番のリスク」と語った。供給不安が価格を押し上げ、価格が需要を壊すという第二段階のリスクである。石化業界のトップが最も恐れているのは、原料が来ないことではなく、原料が高すぎて客が消えることだ。

為替も無視できない変数になった。7月30日に日本が単独で円買い介入に踏み切り、翌31日には米財務省もニューヨーク連銀を通じて協調介入に加わった。片山さつき財務相は「さらなる協調介入を実施することも躊躇しない」と述べ、ベッセント米財務長官も追加の共同介入への参加姿勢を示している。市場推計では7月30日の介入規模は最大約8兆4,500億円に達した可能性があり、一日の介入としては過去最大級とみられる。7月24日に1ドル163円台をつけていた円相場は8月3日に155円台まで戻し、その後157〜158円台で推移している。ナフサはドル建てで買い、円で売る商売だ。三菱商事の嶋津CFOが円安基調継続を見込むのに対し、川下の中小企業にとって円安は輸入原料コストの上乗せでしかない。介入による円高方向の振れは、川上の期待利益を削り、川下の呼吸を少し楽にする方向に働く。

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - VC・投資家・アナリストはどう見ているか - 図表1

今後——8月末のパッケージ、ナフサ備蓄、そして計測可能なマイルストーン

ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 今後——8月末のパッケージ、ナフサ備蓄、そして計測可能なマイルストーン - 章扉

海峡そのものの見通しは、8月中旬時点でなお霧の中にある。ブレント原油は8月12日午前8時(GMT)時点で10月限が1バレル89.53ドル(約1万4,000円)、2月下旬の開戦以来およそ24%高い水準で取引された。イランとオマーンによる航路をめぐる二国間交渉は最終段階と伝えられ、カタール外務省も早期の再開を求めているが、イラン側は「米国の海上封鎖が続く限り、ホルムズ海峡再開の条件は存在しない」との立場を崩さず、戦争賠償と制裁解除を要求している。8月12日にはフーシ派がバブエルマンデブ海峡で商船を攻撃し、救助に向かった治安部隊2人を含む6人が死亡。米中央軍もイラン港湾封鎖を突破しようとしたパナマ船籍の貨物船を無力化した。KCMトレードのティム・ウォーターラー氏は「市場は合意への希望を完全に失ってはいないが、確信は明らかに薄れている」と述べ、スパルタ・コモディティーズのジューン・ゴー氏は「原油価格は1バレル85〜90ドルの水準で下支えされている」との見方を示した。

IEAが8月に公表した石油市場報告は、2026年の世界石油供給を日量1億202万バレルへ引き下げ、前月から日量51万バレルの需要下方修正と合わせて、第3四半期の需給ギャップを日量180万バレルの供給不足と見積もった。前月見通しの2倍以上である。湾岸地域の生産は2月の紛争開始前を日量830万バレル下回ったままで、中東の生産が紛争前の水準に戻るのは2027年初頭以降になるとの見立ても示された。米エネルギー情報局(EIA)は2026年のブレント平均を1バレル87ドル(約1万3,700円)と予測している。海峡が開いても、供給が戻るまでにはさらに時間がかかる。

そのうえで、今後どのタイミングで何が数字として現れるのかを整理しておきたい。

直近では政策が動く。高市首相は6月26日の中東情勢に関する関係閣僚会議で、赤澤亮正経済産業相に「エネルギー需給構造強靱化のための総合パッケージ」を8月末までに取りまとめるよう指示した。危機管理投資を通じてエネルギーの選択肢を増やし、危機を成長機会に転換するという枠組みで、原発・再生可能エネルギーの活用推進を軸に据える。経済産業省は8月7日の作業部会で、石油元売りや商社が調達ルートを分散する際の追加コストに交付金を出す制度案を示し、調達計画の提出を求めたうえで支援を決める仕組みを提案した。同案への意見公募は8月22日に締め切られている。

制度面の最大の論点はナフサ備蓄だ。現行の石油備蓄法施行規則では、石油基準備蓄量や石油消費量の算定において石化用ナフサは控除されている。国家備蓄は産油国共同備蓄の2分の1と合わせてIEA基準(石化用ナフサを除く)の90日分程度、民間備蓄は同じく石化用ナフサを除く消費量の70日分——つまり日本はこれまで、ナフサを国家的な備蓄対象と見なしてこなかった。今回の危機で「石油備蓄対象とされていないナフサの供給不安から、シンナー・塗料をはじめとするナフサ関連製品について供給の偏りや流通の目詰まりが生じる」という穴が露呈したため、ワーキング・グループは「今後はナフサの国内供給を前提とした備蓄目標を設定すべきではないか」と論点を提示した。2027年度にはナフサを国内精製する分も含めて原油輸入量の90日分まで積み上げる方針が示されている。技術的な壁も明確で、筑本会長は「ナフサは揮発性が高いという問題もあり、タンクを新しく設けるのは現実的とはいえない」と述べており、ナフサそのものか、ポリプロピレンなどの中間財か、原油かという保管形態の選択が残された宿題になる。備蓄水準そのものは、2026年2月末の国家備蓄145日分・民間備蓄91日分・産油国共同備蓄6日分(合計約243日分)から、7月4日時点で国家105日分・民間91日分・共同3日分まで減っている。回復のペースは、2026年度中の原油備蓄回復目標に対する進捗として四半期ごとに検証できる。

産業構造の再編も進む。旭化成・三井化学・三菱ケミカルの3社は2026年1月27日に西日本エチレン生産体制のグリーン化推進に向けた基本契約を締結し、5月12日には共同事業体の出資比率を三井化学45%、三菱ケミカル45%、旭化成10%と決定した。基礎化学品の引取量比率に基づく配分である。2030年度をめどに三菱ケミカル旭化成エチレン(AMEC)水島(岡山)のエチレン設備を停止し、大阪石油化学(OPC、大阪)へ集約する。さらに旭化成の「Revolefin」技術を用い、2034年度にバイオエタノールからエチレン・プロピレン等の脱炭素基礎化学品を共同生産する計画だ。石油化学工業協会は「2026年は再編決断の年」と位置づけ、国内エチレン生産能力が600万トンから400万トン前後へ向かうとの見通しと、「400万トンは経済安全保障の観点で必要不可欠な生産規模」との認識を示している。千葉では4つのエチレン製造拠点が2つへ、川崎では2つが1つへ集約される方向で、国内拠点は8カ所に収斂していく。有事に必要な国内生産能力をどこまで残すかという問いは、これまでのコスト論から安全保障論へ完全に軸足を移した。

投資家が今後3〜6カ月で確認できる観測点は具体的だ。石油化学工業協会は毎月中旬から下旬にかけて前月のエチレン生産・稼働率を公表しており、実質稼働率が6月の66.5%から7割台へ戻るかどうかが供給正常化の第一の指標になる。財務省貿易統計の月次データでは、ナフサ輸入に占める非ホルムズ比率と、ペルー・米国・アルジェリアの数量推移が追える。とりわけペルーが月10万kLの壁を超えられるかどうかは、この産地の構造的な天井を測る直接の物差しになる。国産ナフサ基準価格は7〜9月期分が10月に確定し、4〜6月期の11万8,900円からどこまで下がるかで、化学各社が第2四半期に計上する在庫評価損の規模が決まる。そして10月末から11月上旬にかけての上期決算では、川上の在庫評価益が剥落する一方、川中・川下で価格転嫁が進んだ企業とそうでない企業の差が損益に現れる。帝国データバンクの物価高倒産統計は、2026年後半に樹脂系製品関連業の倒産が本格的に増えるかどうかを毎月映し出す。

ナフサショックが残した最大の教訓は、供給網のどこに立っているかで同じ危機がまったく違う顔を見せる、という単純な事実だった。三菱商事と丸紅の4〜6月期決算と、価格転嫁率42.1%という数字は、同じ四半期の同じ国で起きたことである。ペルーから月10万kLを積み上げる作業は、日本の総需要280万kLの3.5%にすぎない。それでも商社がその3.5%を取りにいくのは、残りの96.5%が一本の海峡に賭けられていた過去への、遅ればせの保険料だからである。


ナフサショックとは何か?川上・川下の格差と、ペルーで代替調達に奔走する三菱商事(8058)・丸紅(8002) - 今後——8月末のパッケージ、ナフサ備蓄、そして計測可能なマイルストーン - 図表1