ニュースの全体像 ― 楽天が「防衛スタートアップの日本窓口」になった日

2026年8月17日午前11時30分、日本経済新聞電子版が「楽天が攻撃型ドローン、陸自配備と国産化を推進 独巨大新興と提携」と報じた。同日、ロイターのジョン・ゲディー記者が「独ドローンメーカーのヘルシングが、日本の陸上自衛隊への無人機売り込みをまとめるため楽天を起用した」と英文で配信し、共同通信、時事通信、ブルームバーグが相次いで追随した。
事実関係として各社の報道が一致しているのは、次の点である。ミュンヘンに本社を置く防衛テック企業ヘルシングの徘徊型弾薬「HX-2」を、陸上自衛隊が現在フィールドで試験しており、その評価は2026年9月末まで続く。楽天グループはこの機体を自ら開発・製造するのではなく、ヘルシングの日本側の窓口として、防衛省・自衛隊との調整と提案を担う。発注規模も金額も、両社とも一切公表していない。
ヘルシングの広報はロイターに対し、2026年に入ってから日本の当局と「初期合意(initial agreement)」に至ったと述べ、それを可能にしたのは「日本国内のパートナー企業」だったと説明した。ただし社名は明かしていない。楽天側がその後、ロイターに対して自らがそのパートナーであることを認めた形になる。
市場の反応は素直だった。楽天グループ株は17日、日経報道を受けて後場に一段高となり、一時前日比26.6円高の790.4円(約3.5%高)まで買われて3営業日続伸。18日午前11時29分時点でも787.0円(前日比9.6円高、1.23%高)と堅調に推移している。同社は8月10日発表の2026年12月期第2四半期決算で、四半期の売上収益が過去最高の6,655億円、税引後四半期利益が272億円と6年ぶりの黒字を確保したばかりで、モバイル事業の赤字縮小に加えて「防衛」という新しい成長ストーリーが乗った格好だ。

そもそも「徘徊型弾薬」とは何か ― ミサイルでも偵察機でもない第三の兵器

各論に入る前に、HX-2が属する兵器カテゴリーを押さえておきたい。日本語で「徘徊型弾薬」、英語でloitering munition、俗に「自爆型ドローン」と呼ばれるものである。
従来、地上の目標を叩く手段は大きく二つだった。ひとつは大砲やロケット弾で、安いが命中精度が低く、目標が動けば当たらない。もうひとつは巡航ミサイルや誘導弾で、精度は高いが1発あたり数千万円から数億円かかり、しかも発射した瞬間に飛行経路が決まるため「撃ったあとで気が変わる」ことができない。
徘徊型弾薬はこの中間に位置する。翼と電動モーターを持つ小型の飛行機に弾頭を積み、目標の上空をしばらく「徘徊(loiter)」させながら偵察を続け、これぞという目標を見つけた瞬間に突入させる。飛んでいる間はカメラの映像を送り続けるので偵察機として使え、突入すれば精密誘導弾になる。撃つ前に目標を確認でき、途中で中止もできる。しかも部品はほぼ民生品で、量産すれば1機あたり数十万円から数百万円に収まる。
この兵器の実力を世界に知らしめたのがウクライナ戦争だった。ロシアがイランから導入した「Shahed-136」は長距離の一方向攻撃機として都市インフラを叩き、ロシア軍の「Lancet」はウクライナ軍の自走砲やレーダーを1機数百万円で次々に破壊した。ウクライナ側も米国製「Switchblade」や自国製FPVドローンで対抗し、いまや前線での死傷の大半がドローン由来だとされる。「1億円の戦車が50万円のドローンに壊される」という費用交換比の逆転が、各国の装備体系の前提を書き換えたのである。
日本の防衛省がこのカテゴリーに本格参入したのは、ごく最近だ。2026年2月17日、防衛装備庁は自衛隊初となる小型攻撃用ドローンの一般競争入札を実施し、丸紅エアロスペースが提案した豪DefendTex社の「Drone40」が落札した。契約額は約36.8億円で、数量は約310機、納期は2027年5月31日。1機あたりに直すと約1,190万円という水準である。この価格感は、後述するHX-2の位置づけを考えるうえで重要な物差しになる。

HX-2はどんな機体か ― X翼・12キロ・射程100キロの「ソフトウェア先行型」弾薬

ヘルシングがHX-2(正式名称「HX-2 Karma」)を公式に発表したのは2024年12月2日である。
外形は特徴的で、4枚の翼と4基の電動モーターがX字型に配置された「X翼」構成をとる。最大離陸重量は12キログラムで、NATOの分類では重量クラス1のミニUAS。弾頭は最大4.5キログラムまで搭載でき、多目的弾頭、装甲を貫く成形炸薬(対戦車)弾頭、対構造物弾頭を任務に応じて付け替えられる。射程は最大100キロメートル。最高速度については日本の各紙が伝えた諸元が時速220キロメートルであるのに対し、欧州の専門誌European Security & Defenceは時速250キロメートルとしている。
この機体の売りは、機首のカメラの奥にある。HX-2は目標へ向かう最終段階でGPSも通信も必要としない。搭載したAIが、あらかじめ記憶した地図データと眼下のランドマークを照合して自機位置を割り出し、いったん捕捉した目標を見失っても再識別して突入する。ロシア軍が前線一帯に張り巡らせる電子妨害の網の中で、通信が切れた瞬間に落ちてしまう安価なFPVドローンとの決定的な違いはここにある。ヘルシングはさらに、機上ソフトウェアを暗号化してリバースエンジニアリングを防ぎ、任務完了時に自壊する設計だと説明している。
もうひとつの核が、偵察・打撃統合ソフトウェア「Altra」である。Altraは偵察ドローンや観測班から上がってくる情報を地上局で束ね、目標の候補をオペレーターに提示する。オペレーターが承認して初めて突入が始まる。ヘルシングはこの運用思想を「human on the loop(人間が輪の上にいる)」と呼び、致命的な判断の責任は常に人間が負うと明言している。そしてAltraと組み合わせたとき、HX-2は複数機が連携する「スウォーム(群れ)」として、1人のオペレーターが同時に扱えるようになる。
ヘルシング自身は「我々はソフトウェア・ファーストの企業だ」と繰り返してきた。ハードウェアを自社で作るのは、アルゴリズムに最適化した機体でなければ性能が出ず、改良サイクルも回らないからだという説明である。実際、生産は「レジリエンス・ファクトリー」と名付けた工場網で行われ、3Dプリンティングなど量産前提の工法を採用している。2024年12月に稼働したドイツ南部のRF-1は月産1,000機超の能力を持ち、ドイツ国内の2番目の工場も稼働、さらに2026年7月14日には米ウェストバージニア州マーティンズバーグに5,000万ドル(約80億円)を投じて米国初の工場を建設すると発表した。同工場は月産2,000機超を目標とし、11月に初期運用能力を立ち上げる計画である。
実戦・演習での評価も出始めている。NATO東翼で行われた米陸軍主導の演習「Project Flytrap 5.0」(2026年4月下旬〜5月、リトアニアのパブラデ演習場)では、電子戦を模擬した環境下でHX-2の17機中15機が目標に命中し、命中率88%を記録したと6月9日に公表された。


「攻撃型」か「迎撃用」か ― 割れた日本の報道

同じ一件を報じながら、日本の主要メディアの見出しは真っ二つに割れた。
日本経済新聞は「攻撃型ドローン」とし、陸自配備と国産化の推進を打ち出した。ロイター日本語版も「攻撃型ドローン供給へ」である。一方、共同通信の配信記事は冒頭から「迎撃用ドローンを開発するドイツのスタートアップ」と書き、「ヘルシングのドローンはミサイルの撃墜などができ」「沿岸部での上陸阻止などに使われるとみられる」と説明した。
時事通信はさらに独特だった。見出しでは「攻撃型」としながら、本文では「ヘルシングのドローンは陸上から遠隔操作し、沿岸に近づく潜水艦などを阻止する」と記している。ブルームバーグは「軍用ドローン」という中立的な表現に徹し、性格づけの判断そのものを避けた。
ヘルシングが公表しているHX-2の諸元に照らせば、この機体は対戦車・対構造物用の徘徊型弾薬である。搭載弾頭は多目的、成形炸薬、対構造物の3種類で、ウクライナのドンバス方面で地上目標に対して実戦使用されてきた。ミサイル迎撃や対潜水艦戦は、HX-2の公表された任務セットに含まれていない。なお、ヘルシングは潜水艦探知の製品自体は持っているが、それは水中グライダー「SG-1 Fathom」と音響AI「Lura」という別系統のプロダクトであり、HX-2とは何の関係もない。
では、なぜ「迎撃用」という理解が生まれたのか。背景には、いま日本の防衛当局が並行して走らせているもうひとつのプログラムがある。防衛装備庁は2026年6月5日、Shahed型のような長距離一方向攻撃ドローンに安価に対抗するための「迎撃ドローン早期取得プログラム」を開始した。取得までわずか3か月という異例の短期設定で、6月29日の締切までに38社が提案し、テラドローンを含む4社4機種が実証試験に進んだ。8月下旬にも量産契約、9月納入という驚異的なスピードで走っている。同じ「陸自」「ドローン」「9月」というキーワードが重なった結果、二つの別プログラムが取り違えられた可能性が高い。
もうひとつ、国産化をめぐっても報道は食い違った。日経は「国産化を推進」と見出しに掲げたのに対し、ブルームバーグは楽天が「日本でのドローン量産についてヘルシングと現時点で協議はしていない」と述べたと報じている。ビジネス+ITの取材でも、楽天は量産を協議中ではないと回答している。「将来的な国内量産も視野に入れる」という中期的な方向性と、「いま契約交渉のテーブルに載っているか」という現在形の事実の間に、報道の温度差がある。

楽天が担う「正確な役割」 ― 機体は作らない、制度を翻訳する

楽天がこの案件で果たす役割は、きわめて限定的かつ明確である。機体の開発でも製造でもなく、日本の防衛調達という難所を海外スタートアップが通り抜けるための水先案内人だ。
楽天グループの向井秀明・社長室長はロイターの取材にこう語っている。「日本の防衛力強化には、防衛産業へのスタートアップの参入拡大が重要だ」。そのうえで「スタートアップは複雑な調達制度や政府機関との連携の難しさ、長期にわたる調達サイクルなどの構造的課題に直面している」と指摘し、「当社は自社の知見とネットワークを活用し、スタートアップや先端技術と政府機関のニーズをつなぐことで、日本の防衛産業の革新と発展に貢献したい」と述べた。
これは、日本の総合商社が長年担ってきた機能と重なる。実際、自衛隊初の攻撃ドローンとなったDrone40の入札に唯一応札したのは丸紅エアロスペースであり、ポルトガルのTekeverが日本に工場を建てる際のパートナーも丸紅である。楽天はいわば、ITプラットフォーマーの立場からこの機能に参入しようとしている。
楽天がこの領域に足を踏み入れたのは今回が最初ではない。積み上げてきた実績は次のような順序をたどる。2022年のロシア侵攻以降、楽天は「楽天クラッチ募金」で13億円超を集め、三木谷浩史会長兼社長個人も10億円を寄付、同年12月には発電機500台を寄贈した。同社のメッセージアプリ「Rakuten Viber」はウクライナで98%という普及率を持ち、2023年にはキーウに拠点も設けている。この関係を土台に、2025年5月20日、楽天はウクライナ政府の防衛技術支援機関「Brave1」と協力を開始。防衛展示会DSEI Japan 2025では「Brave1 Powered by Rakuten」ブースを設け、群制御ソフトのSwarmer、戦場情報プラットフォームのGriselda、GPS不要の地理空間認識を手がけるFarsightVisionなど6社の技術を紹介した。
そして2026年4月、そのSwarmerが自衛隊部隊向けにAIによる複数ドローンの協調制御の実証を行った際、楽天が支援している。今回のヘルシング案件は、楽天にとって2件目の「防衛スタートアップの日本上陸支援」ということになる。さらに2026年2月25日には、楽天モバイルが米Capeと組み、日米共同軍事演習でOpen RANによる完全仮想化ネットワークを通じた指揮・統制・通信の有効性を実証したと発表している。
一方で、楽天グループ自身の国内ドローン事業は、あくまで民生用だ。ドローン操縦技術の講習や、AI画像解析を用いた建物の外壁点検サービスが中心で、軍事目的に使える機体を扱うのは今回が初めてである。この落差こそが、楽天のポジションを規定している。楽天が売っているのは技術ではなく、政府機関へのアクセスと調達制度の理解、そして「日本の大企業が仲介している」という信用そのものだ。

ヘルシングとは何者か ― 3人の創業者と、5年半の歩み

ヘルシングSEは2021年3月、ミュンヘンで設立された。共同創業者は3人で、それぞれ経歴が驚くほど異なる。
トルステン・ライル(Torsten Reil)は、オックスフォード大学で生物学の博士課程に在籍していたが、進化するニューラルネットワークで二足歩行を学習させる研究の途中で大学を離れ、その技術を基にNaturalMotionを創業した。同社のキャラクター物理シミュレーション技術「euphoria」は『グランド・セフト・オートIV』などに採用され、13年後の2014年にZyngaへ5億2,700万ドル(約8,400億円)で売却された。ゲーム業界のAIエンジニアが、防衛の世界に転じたことになる。
グントベルト・シェルフ(Gundbert Scherf)は元マッキンゼーのパートナーで、ドイツ連邦国防省の特別顧問を2年務め、ドイツ軍初のサイバー・情報空間軍の創設に関わった人物である。官と民、そして調達の現場を知る「制度の側」の人間だ。
ニクラス・ケーラー(Niklas Köhler)は、ヘルムホルツ・ミュンヘン研究所で医療AIに取り組んでいた研究者である。彼はのちに「ドローンを検知するようなアプリケーションは、手法という点では大きなCTスキャン画像からがんを見つけるやり方とそれほど違わない」と語っている。2017年に自ら創業したディープラーニング企業Hellsichtが、ヘルシングに統合された。
創業の動機についてライルは、2014年のロシアによるクリミア併合が一因だったと述べている。欧州の民主主義国家がソフトウェアの世代交代に完全に乗り遅れているという危機感が出発点であり、同社は「民主主義国家にのみ販売する」という原則を掲げてきた。社名の由来がブラム・ストーカーの吸血鬼ハンター、ヴァン・ヘルシングを連想させることも含めて、この会社は最初から強い物語性を纏っていた。
歩みは、ソフトウェアから始まってハードウェアへ降りていく順序をたどる。当初は戦場のセンサーデータを統合して指揮判断を支援するAIソフトウェアが主力で、2022年9月にはラインメタルと提携した(この提携は2024年に解消)。2023年9月にはスウェーデンのサーブと組み、グリペン戦闘機のレーダー高度化に着手。2024年にはエアバスとともに有人機に随伴する無人僚機「Wingman」に取り組み、2025年2月にはフランスのMistral AIと視覚言語行動モデルの提携、Loft Orbitalと防衛用マルチセンサー衛星コンステレーションの提携を相次いで結んだ。
現在のプロダクト群は4つの領域にまたがる。空では徘徊型弾薬HF-1とHX-2に加え、2025年9月に公開した無人戦闘機「CA-1 Europa」がある。重量約4トン、全長約11メートル、翼幅約10メートル、兵装搭載量500キロ、航続1,400〜1,800キロで、AIパイロット「Centaur」を積み、初飛行2027年、就役2029年を目標とする。この開発のために2025年6月、軽飛行機メーカーのGrob Aircraftを買収した。水中では、90日間潜航できる全長2メートル・60キロの水中グライダー「SG-1 Fathom」と音響AI「Lura」を持ち、2025年10月に発表した豪州のAUV企業Blue Oceanの買収を2026年5月29日に完了している。電子戦では、ユーロファイターのArexis電子戦スイートに統合されるAIソフト「Cirra」があり、2025年11月にサーブ・ドイツと3年間で「3桁ミリオンユーロ」規模の契約を結んだ。さらに2026年には、独仏の次期戦闘機計画FCASの中核ソフトウェア試験基盤(CFSN)契約5億8,000万ユーロ(約1,070億円)を獲得した。
なかでも象徴的だったのが、AIパイロット「Centaur」である。2025年6月、サーブのグリペンEに搭載され、視程外空戦の実機試験を実施した。AIが実運用中の戦闘機を操縦した、公開された事例としては世界初とされる。
現在、共同CEOをライルとシェルフが務め、ケーラーはPresident兼CPO、会長はスポティファイ創業者のダニエル・エクである。従業員は2025年時点で900人、2026年7月時点では1,000人超と報じられている。

資金調達の軌跡 ― 評価額4億ユーロから180億ドルへ、5年間で約40倍

ヘルシングの資金調達史は、そのまま欧州防衛テック投資の温度計になっている。
2021年11月のシリーズAは1億250万ユーロ(約189億円)で、リードはダニエル・エクの投資会社Prima Materia。評価額は4億ユーロ(約738億円)だった。2023年9月のシリーズBは2億900万ユーロ(約386億円)でGeneral Catalystがリードし、スウェーデンのサーブが戦略投資家として参加した。2024年7月のシリーズCは4億5,000万ユーロ(約831億円)で、General Catalyst、Accel、Lightspeed、Plural、Greenoaks、そしてシリコンバレーで最も著名な個人投資家の一人であるイーラッド・ギルらが参加、評価額は50億ユーロ(約9,230億円)に達した。
2025年6月のシリーズDは6億ユーロ(約1,108億円)。再びPrima Materiaがリードし、BDT & MSD Partnersが新規参加、評価額は約120億ユーロ(約2.2兆円)となった。エクはこのとき「欧州には戦略的自律と安全保障の備えを確かにする先端技術への投資が緊急に必要だ。Prima Materiaは欧州の技術的主権を後押しするというコミットメントを再確認する」と述べている。
そして2026年7月13日、シリーズEで18億ドル(約2,870億円)を調達し、評価額は180億ドル(約2.9兆円)に達した。欧州の防衛スタートアップとして過去最大の調達である。投資家にはDragoneer Investment Group、Iconiq、カナダ年金基金のCPP Investments、JPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス・オルタナティブスが名を連ねた。5月時点ではDragoneer主導で12億ドル規模と報じられていたラウンドが、最終的に18億ドルまで膨らんだ計算になる。ヘルシングは、それでも会社は「欧州の所有下にとどまる」と強調している。累計調達額はTracxnの集計で9ラウンド・40投資家から約34.3億ドル(約5,470億円)に上る。フォーブスは、ライルとシェルフがそれぞれ12.6%程度の持分を通じて23億ドル(約3,670億円)相当の資産を持つと試算した。
ここでVC・投資家の視点から見逃せないのが、評価額と足元の売上の乖離である。調査会社Sacraが把握しているヘルシングの売上は、2023年で960万ユーロ(約17.7億円、1,038万ドル)。前年の130万ドルからは7倍超の成長だが、180億ドルという評価額は2023年売上の1,700倍を超える。むろん2024年以降にドイツ連邦軍のHX-2初期契約2億6,900万ユーロ(約497億円)やサーブ、FCAS関連の大型契約が積み上がっており、実態はこの倍率よりはるかに低い。ただし、それらは月次で積み上がるSaaSのARRではなく、政府予算と議会承認に紐づいた「塊」としての受注である。同社が目標とする粗利率は、伝統的な防衛産業の5〜10%に対して40〜50%とされ、この差分こそが「防衛テック」という投資テーマの根拠になっている。
もっとも興味深いのは、この熱狂に対してライル自身が警告を発していることだ。2025年10月21日、ロンドンで開かれたBloomberg Techのイベントで、ライルは「いまは間違いなくバブルだ」と述べ、欧州の防衛スタートアップについて「おそらく80%は生き残れない」と語った。業界最大の受益者が、自ら業界の淘汰を予告している。

ウクライナが変えた計算式 ― 年産700万機とも1,000万機とも

なぜ日本が欧州の徘徊型弾薬を試すのか。その背景には、ウクライナ戦争が突きつけた量の論理がある。
ウクライナのドローン生産規模については、公表される数字が発信源によって大きく異なる。2026年1月26日、ウクライナ国防次官セルヒー・ボイエフはパートナー国からの防衛支援を調整する国際会議OFDEFで、2026年に700万機超のドローンを生産する計画だと表明した。彼は同時に、現在20キロメートル程度の打撃圏を作戦縦深の100キロメートルまで拡張する方針を示している。一方、ゼレンスキー大統領は2026年7月15日のウクライナ国家の日の式典で「我々は年間1,000万機のドローンを作っている。10だ、そしてそれは20になる」と述べた。同大統領は、かつて年産100万機の計画を発表したときには国内外から懐疑論を浴びたと振り返っている。他方、米外交問題評議会(CFR)は2025年の実績を約400万機のロボット・自律システムと見積もり、2026年は500万〜600万機のペースだと推計している。
数字の幅は大きいが、方向性は一致している。年間数百万機という桁は、第二次大戦以来どの国も経験したことのない弾薬の消費速度である。ヘルシングはこの需要に直接ぶら下がってきた。ドイツ政府の資金でウクライナ向けに供給された第一弾は簡易版のHF-1が4,000機(2025年7月時点で2,200機納入)、2025年初頭にはHX-2を6,000機追加供給する契約が発表された。2026年1月時点で、ヘルシングは月に数百機のHX-2をウクライナに納め、6個以上の部隊が使用しているとされていた。
ドイツ本国での調達も動いた。2026年2月25日、ドイツ連邦議会予算委員会はヘルシングのHX-2とSTARK Defenceの「Virtus」について、それぞれ約2億6,900万ユーロ(約497億円)、合計約5億3,600万ユーロ(約990億円)の初期契約を承認した。ただし同時に、当初43億ユーロ(約7,940億円)規模と報じられていた枠組み契約を、生産者1社あたり10億ユーロ、合計20億ユーロ(約3,690億円)に圧縮している。追加購入には都度、議会の承認が要る形になった。
日本がこの流れを傍観していないことは、予算書に表れている。防衛省は令和8年度(2026年度)予算で、UAV・USV・UUVを組み合わせた多層的沿岸防衛体制「SHIELD(Synchronized, Hybrid, Integrated and Enhanced Littoral Defense)」に1,001億円を計上した。令和9年度末の完成を目標に、陸海空・共同の10種類の無人アセットを揃える構想で、陸上自衛隊分にはモジュール型UAV、小型攻撃用UAVのI型・II型・III型、小型多用途UUVが含まれる。防衛関係費全体は米軍再編経費を含め約9.0兆円、うち防衛力整備計画対象経費は8.81兆円で前年度比3.9%増である。
そのSHIELDの中身を埋めるため、防衛省は各国製の徘徊型弾薬を実際に試してきた。Jane's Defence Weeklyの報道を基にした整理によれば、中距離用として豪DefendTexのDrone81、イスラエルUVisionのHero-120、ポーランドWB ElectronicsのWarmate 3、そして独ヘルシングのHX-2 Karma。長距離用としてイスラエルElbitのSkyStriker、米AndurilのAltius-600M、WB ElectronicsのWarmate 5である。今回の陸自による試験は、この長い評価プロセスの延長線上にある。

強み ― 日本がHX-2を試す合理的な理由

HX-2が日本にとって検討に値する理由は、少なくとも4つある。
第一に、電子戦環境での生存性である。台湾海峡や南西諸島での有事を想定したとき、GPSは真っ先に妨害される。中国はGNSS妨害と通信妨害を体系的に整備しており、衛星測位と常時通信に依存する安価なFPVドローンは、そこでは戦力にならない。HX-2の機上AIによる自律航法と目標再識別は、まさにこの前提に対する回答である。Project Flytrap 5.0での88%という命中率が、電子戦模擬環境下での数字だという点に意味がある。
第二に、量産能力だ。ドイツのRF-1が月産1,000機超、米ウェストバージニア工場が月産2,000機超を目指す。日本が有事に必要とする数量は、平時の防衛産業が想定してきた規模とは一桁も二桁も違う。すでに動いている生産ラインを持つメーカーは、それだけで交渉力を持つ。
第三に、価格である。前述の通り、陸自が初めて調達した攻撃ドローンDrone40は約310機で36.8億円、1機あたり約1,190万円だった。この価格は、機体の小ささや国際的な採用実績の乏しさに比して極めて高いという指摘が国内の防衛メディアから出ている。徘徊型弾薬の本質が「安く大量に消費できること」にある以上、単価は死活的だ。ヘルシングは「HX-2は従来型システムより大幅に低い単価を実現するため、最初から量産を前提に設計した」と説明しており、ここに価格競争力の余地がある。
第四に、政治的な扱いやすさである。2026年2月のDrone40入札では、事前の運用試験に参加していたイスラエル各社が実際の入札には参加しなかった。ガザでの軍事作戦をめぐり「イスラエル製ドローンの購入は日本の税金でジェノサイドを支援することになる」という強い反対運動が起きていた。徘徊型弾薬の有力供給国はイスラエルとポーランド、そして米国に偏るが、ドイツ製という選択肢は、この政治的摩擦を回避できる。しかも2026年10月下旬から月末にかけて、メルツ独首相が初訪日し高市早苗首相と会談する方向で調整が進んでおり、軍事用ドローン開発を含む防衛産業協力が議題になると時事通信・読売新聞が報じている。日独の戦略的パートナーシップ「格上げ」という外交の器に、この案件は都合よく収まる。

課題 ― 実戦での躓き、価格批判、そして制度と世論の壁

一方で、HX-2とヘルシングをめぐる懸念は、決して抽象的なものではない。
もっとも重いのは、実戦での評価である。ブルームバーグは2026年1月19日、ウクライナがHX-2の新規発注を停止したと報じた。指摘された問題は、飛行試験での離陸の困難、当初約束されていたAIによる自律航法機能が実装されていなかったこと、前線付近の電子戦干渉によるオペレーターとの通信途絶である。ドイツ側も追加発注を一時停止したとされる。ヘルシングは「公式に記録された初飛行の成功率は勇気づけられるものだ」とコメントし、電子戦下でも高い命中率を示せると自信を表明した。日本の陸自が9月末まで試験しているのは、まさにこの点の検証だと考えるのが自然である。
価格をめぐる批判も根強い。ブルームバーグは2025年4月、元従業員、投資家、前線ユーザーの証言として、ヘルシングのドローンが割高であり、ターゲティングソフトに不具合があると報じた。ウクライナ軍のオレクサンドル・カルピウク将校は、簡易版HF-1の1万6,700ユーロ(約308万円)という価格について「ベニヤ板でできたドローンには高すぎる」と述べ、同等品なら2,200ユーロ(約41万円)以下だと指摘している。ヘルシングは100件以上の任務で肯定的に評価されており、ドイツとウクライナ双方の調達基準を満たしていると反論した。「ソフトウェアの価値をハードウェアの価格に乗せる」というビジネスモデルは、弾薬という消耗品の世界では常に説明責任を問われる。
制度面の障壁も残る。ドイツ連邦議会が枠組み契約を43億ユーロから20億ユーロへ圧縮したように、防衛テックの収益は最終的に議会の予算承認に規定される。日本でも、2026年4月21日に防衛装備移転三原則の運用指針が改正され、従来の「5類型」が撤廃されて殺傷能力のある装備の移転が原則可能になったが、これは輸出の話であり、国内調達と国産化はまた別の手続きを要する。楽天が「国産化を推進」と報じられた一方で、当の楽天が「量産は現時点で協議していない」と述べている以上、ライセンス生産の枠組みは白紙に近い。
そして世論と法制の問題がある。自衛隊が攻撃型ドローンを持つこと自体が平和憲法の理念に反するという批判は根強く、AIが人間の介在なしに目標を選定・攻撃する自律型致死兵器システム(LAWS)への国際的懸念も高まっている。日本の政党の姿勢も分かれており、共産党はAIの軍事利用に反対、公明党はLAWS規制を求めてきた。ヘルシングが「human on the loop」を掲げ、楽天も攻撃を含む重要な判断には人間が関与すると説明しているのは、この論点を意識してのことだ。だがヘルシングの製品カタログには、GPSも通信も不要で目標を再識別して突入する機体が並んでいる。「人間が輪の上にいる」という原則が、通信が切れた最終突入の数十秒間にどう担保されるのか。この問いは、採用の可否とは別に日本の政策論として残る。
最後に、楽天自身の課題がある。同社の防衛分野での実績は、Brave1との協力、Swarmerの実証支援、楽天モバイルの日米演習参加といずれも1〜2年以内のもので、実際の装備品調達契約をまとめた実績はまだない。仲介手数料なのか、将来の国内生産に関与する持分なのか、収益モデルも明らかにされていない。株価は好感して上昇したが、この事業が損益計算書に現れるにはまだ距離がある。

VC・投資家はどう見ているか ― 資本は流れ込み、そして選別が始まる

投資家の視点でこの一件を眺めると、いくつかの構造が見えてくる。
まず、資本の流入は疑いようがない。フィナンシャル・タイムズがPitchBookに集計を依頼したデータによれば、防衛テック分野のスタートアップが2026年の年初から調達したVC資金は123億ドル(約1.96兆円)に達し、前年同期のほぼ2倍、2025年通年の99.5億ドル(約1.59兆円)をすでに上回っている。ただしこのうち114億ドルは米国のスタートアップが占め、さらにその約半分はAnduril1社によるものだ。欧州でのヘルシングの18億ドルは、この米国一極集中に対する例外として位置づけられる。
同時に、バブル論も同じ場所から出ている。Fortuneが2026年7月2日に掲載した記事は、アーリーステージの防衛テック企業に売上の17〜50倍という倍率が付いている現状を指摘し、Andurilの共同創業者でFounders Fundのパートナーでもあるトレイ・スティーブンスが「VCの供給が多すぎる」と述べたことを紹介している。Anduril自身のブライアン・シンプフCEOも「成功する企業が出ると、他の企業や投資家がそれを追いかけ、非常にリスクの高い行動が起きうる」と認めた。前述の通り、ヘルシングのライル共同CEO自身が「欧州の防衛スタートアップの80%は生き残れない」と語っている。
日本市場については、Coral Capitalが2026年6月に公表した論考が示唆に富む。同社はAndurilの2026年5月のシリーズH(50億ドル、約8,000億円)に参加したが、その理由として「我々は防衛特化のファンドではないし、そうなるつもりもない」としつつ、「日本の能力がインド太平洋の平和にとって本当に重要な場面では参加する」と述べている。同社が指摘する日本の問題は、能力ではなく心理だ。日本には精密製造の文化も人材も産業基盤もあるのに、なぜAndurilのような会社が生まれなかったのか。答えは「失われた30年」の物語が生んだ「不合理な悲観」であり、創業者が小さく考え、投資家が見ず、企業が生まれず、政策立案者が優先しないという自己強化ループだという。同社の狙いは、Anduril Japanが日本人エンジニアを雇うことで、シリコンバレー流のスピードとソフトウェア定義のアーキテクチャが日本に移植され、いずれその「卒業生」が起業することにある。韓国がサムスンやPOSCOを通じて海外の知見を吸収し工業化した過程に、明示的に例えている。
この文脈に置くと、楽天の役割の意味も変わってくる。楽天が提供しているのは資本でも技術でもなく、「アクセス」というアセットだ。海外の防衛スタートアップにとって、日本の防衛省への提案は制度・言語・慣習のすべてが障壁になる。Coral Capitalが「アライアンスの両側で深い実務的な流暢さを持つパートナー」の必要性を強調するのと、楽天の向井氏が「構造的課題」を挙げるのは、同じ問題の裏表である。
そして日本市場には、すでに複数の外国勢が並んでいる。ポルトガルのTekeverは丸紅と組んで日本に無人機工場を建設しアジアへ輸出する計画で、リカルド・メンデスCEOは日経に対し「センサーなど日本のロボティクス技術を製造工程に組み込む」と語り、将来は日本製部品のみでの生産も検討すると述べた。ドイツのラインメタルは2026年6月23日、日本での初の防衛関連生産拠点設置を視野に日本企業との協力を進めると表明。米Andurilは日産の追浜工場の取得を協議していると報じられ、日本法人は米海軍出身で防衛省との実務経験が深いパトリック・ホーレンが率いる。
つまりヘルシングは、日本において「最初の外国防衛テック企業」ではない。むしろ後発である。楽天という窓口の価値は、この競争の中で相対的に決まる。工場を建てて雇用を作るAndurilやTekeverに対し、いま楽天とヘルシングが持っているのは実証試験と初期合意だけだ。
株式市場のコンセンサスも、まだこの案件を織り込んではいない。みんかぶの集計によれば、2026年8月3日時点で楽天グループのアナリスト評価は強気買い2、買い5、中立6、売り1で、平均目標株価は923円である。この目標株価は、モバイル事業の損益分岐点到達と金融・EC事業の収益力を織り込んだものであり、防衛仲介事業の寄与は事実上ゼロで見られている。逆に言えば、実際の受注が出たときのアップサイドは、まだ株価に入っていない。

今後の焦点 ― 9月末の試験終了、10月末のメルツ訪日、そして年末の予算

今後の日程は、驚くほど整理されている。
最も近い節目は2026年9月30日である。陸上自衛隊によるHX-2の実証試験がこの日で終わる。ロイターは試験終了後に採否を判断すると報じており、日本の防衛メディアは年内に判断が出る可能性を指摘している。ただし防衛省・統合幕僚監部は現時点で「事実関係を確認中」との立場で、公式な説明は出していない。用途も規模も未定であり、装備品としての正式な要求性能に紐づいた調達なのか、SHIELDの小型攻撃用UAV II型・III型のいずれかに対応するのかも公表されていない。
次が8月末である。防衛省は例年8月末に翌年度の概算要求を公表する。令和9年度(2027年度)概算要求で、小型攻撃用UAVのII型・III型にどれだけの額が積まれ、どのような性能要求が示されるかは、HX-2の可能性を測る最初の定量的な手がかりになる。SHIELDは令和9年度末の完成を目標にしており、装備の型式を固める時間はもう長くない。
10月下旬から月末にかけては、メルツ独首相の初訪日が調整されている。首脳会談では防衛産業協力、重要鉱物の対中依存低減、AIの安全性などが議題になる見通しで、防衛関連企業を含む独企業団が同行する方針だと報じられている。企業間の商談が政府間の枠組みに引き上げられるとすれば、このタイミングになる。
年末には令和9年度予算の政府案が閣議決定される。そこに徘徊型弾薬の追加取得費が計上されるかどうかが、次の判断材料だ。並行して、2027年5月31日にはDrone40約310機の納入期限が来る。日本にとって初めての攻撃ドローン部隊が実際に運用に入り、その運用実績が次の調達の前提になる。
ヘルシング側の動きも見ておきたい。米ウェストバージニア工場は11月に初期運用能力を立ち上げ、1年以内に本格生産に入る計画である。無人戦闘機CA-1 Europaは2027年に初飛行、2029年就役を目指す。豪Blue Oceanの統合が進めば、SG-1 Fathomを軸とした水中領域でのアジア太平洋展開も視野に入る。日本の周辺海域における潜水艦探知は、まさに海上自衛隊が長年強みとしてきた領域であり、そこにヘルシングの音響AIが持ち込まれる可能性は、HX-2とは別の物語として存在する。時事通信が「沿岸に近づく潜水艦などを阻止する」と書いた一文は、HX-2の説明としては当たっていないが、ヘルシングという会社が日本に対して何を売り込みうるかという意味では、むしろ先を行っていたのかもしれない。
いずれにせよ、いま起きていることは装備の調達話にとどまらない。日本の防衛産業の入口が、三菱重工や川崎重工といった伝統的な防衛企業と総合商社だけのものではなくなりつつある。ECとモバイルの会社が防衛省への提案窓口を名乗り、ドイツのAIスタートアップが日本の島嶼防衛の一角を占めようとしている。この構造変化が定着するのか、それとも9月末の試験結果とともに静かに消えるのか。答えはまず、あと6週間で出る。
