NEDOが8月6日に決めたこと ― 採択の中身を数字で押さえる

まず、事実関係を正確に押さえておきたい。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は2026年8月6日、グリーンイノベーション基金事業(以下、GI基金)の「次世代型太陽電池の開発」プロジェクトに含まれる「次世代型単接合太陽電池実証事業」について、追加公募の結果として研究テーマを1件新規採択したと発表した。採択されたテーマ名は「薄ガラス型軽量ペロブスカイト太陽電池の量産技術確立と社会実証」で、実施予定先は株式会社アイシンである。
興味深いことに、NEDOのニュースリリース本文はアイシンの社名を一度も書いていない。本文が記すのは「公共施設・インフラ空間などでの実証を重点的に行うとともに、海外実証にも取り組む企業1社」「長年にわたり自動車部品製造で培った製造および量産に関する技術を活用して、薄ガラス型ペロブスカイト太陽電池の開発と早期事業化を目指します」という説明までで、社名は添付の別紙1(実施予定先一覧)と別紙2(事業概要資料)にのみ現れる。同日付でNEDOが公開した「実施体制の決定について」も、社名は別紙送りにしている。
数字は別紙2に集約されている。今回の新規採択テーマの事業期間は2026年度から2030年度までの5年間、事業規模は約156億円、支援規模は約98億円である。別紙2はこの支援規模について「インセンティブ額を含む」「採択予定額であり、契約などの手続により変更の可能性あり」と注記している。補助率は「助成2/3、1/2」と記載されており、GI基金の制度上、事業の進捗段階に応じて補助率が2/3から1/2へ逓減し、目標を上回った場合には1/10のインセンティブが上乗せされる設計になっている。単純計算すれば、アイシンの自己負担は5年で60億円弱、年あたり12億円前後という規模感になる。
なお、NEDOリリースが「予算623億円(NEDO支援規模)」「期間2024年度~2030年度(7年間)」と書いているのは事業全体、すなわち次世代型単接合太陽電池実証事業そのものの枠であって、アイシン1社への支援額ではない。この点は混同されやすいので、投資判断に使う際には注意が必要だ。同事業には既に、2024年9月採択の積水化学工業(幹事企業)・東京電力ホールディングスによる「軽量フレキシブルペロブスカイト太陽電池の量産技術確立とフィールド実証」、2025年9月採択のリコー、パナソニック ホールディングス、エネコートテクノロジーズの3テーマが走っており、アイシンは5番目の実施者として合流する形になる。
そして、この追加公募がなぜ2026年に立ったのかを説明する資料も公開されている。GI基金の研究開発・社会実装計画は、次世代型単接合太陽電池実証事業の予算額上限を562.0億円としたうえで、脚注でこう記す。「当該上限額のうち、184億円については、第16回産業構造審議会グリーンイノベーションプロジェクト部会グリーン電力の普及促進等分野ワーキンググループ(令和8年4月15日開催)での決議により措置する『公共施設・インフラ空間特化型ペロブスカイト太陽電池の開発・実証の拡大』に係る増額分における、最初のステージゲートまでの3年程度の期間の想定規模」。つまり2026年4月15日の審議会決議で公共施設・インフラ空間向けに184億円の増額枠が設けられ、その枠を使うための追加公募が6月12日正午締切で行われ、8月6日に実施先が決まった、という時系列である。
もう一点、見落としてはならない事実がある。NEDOの実施体制決定の文書は「ご提案いただいた1件について外部有識者による採択審査およびNEDO内の審査を経て、以下のとおり1件の実施予定先を決定しました」と書いている。応募は1件だけだった。国が公共施設・インフラ空間向けに184億円の枠を用意し、6月まで公募をかけた結果、手を挙げた企業はアイシン1社である。


薄ガラス型ペロブスカイト太陽電池とは何か ― フィルムでもガラス建材でもない「第三の基板」

ペロブスカイト太陽電池(Perovskite Solar Cell、以下PSC)そのものの説明から始めたい。これは、ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造をもつ有機無機ハイブリッド材料を発電層に使う太陽電池である。アイシンの技術論文が説明するとおり、透明なガラスや樹脂フィルムを基材とし、その上に透明導電膜、酸化チタンなどのn型半導体層、有機・無機ペロブスカイト層、有機半導体からなるp型半導体層(正孔輸送層)、金属やカーボンの背面電極を順に積層する。積層体の厚さは合計で1マイクロメートル以下と極めて薄く、しかも溶液を塗る方式で作れる。シリコン太陽電池が1000℃超の高温で結晶インゴットを引き上げてウエハーに切り出す装置産業であるのに対し、PSCは印刷や塗布に近い工程で作れる。ここが最大の違いである。
薄くて軽くて曲げられるということは、設置場所の制約が一変することを意味する。従来のシリコンパネルは1平方メートルあたり10数キログラムの重量があり、架台を含めればさらに重くなる。このため、既築工場の折板屋根、体育館のアーチ屋根、ビルの壁面、駅のホーム上屋といった「耐荷重に余裕がない場所」には物理的に載せられなかった。PSCはこの空白地帯を埋める技術として位置づけられている。環境省の補助事業が対象設備の要件を「耐荷重が10kg/m²以下相当であること」と切っているのは、まさにこの領域を狙い撃ちにするためだ。
そのうえで、PSCは基板の選び方によって性格が大きく分かれる。ひとつは樹脂フィルムを基板にする「フィルム型」で、積水化学工業やリコー、エネコートテクノロジーズが取り組む。ロール・ツー・ロール(R2R)方式で連続生産でき、最も軽く、最も曲がる。もうひとつは通常の建材ガラスに挟み込む「ガラス型」で、パナソニック ホールディングスが窓や壁面の建材一体型を狙う。意匠性と耐久性に優れるが、当然ながら重い。
アイシンが選んだのは、その中間である。同社の技術論文は基板選択の理由をこう説明する。「一般的にPSCは薄膜太陽電池であり、屈曲性を持たせられることから樹脂フィルム基板での研究が行われている。しかし、これらの樹脂フィルムではガス透過性の観点から封止性能を高めるのは難しい。弊社では封止性にとって有利であるガラス基板を採用した。さらに、重量と屈曲性確保するため薄ガラスによる検討を進め、軽量性と屈曲性の両立を目指している」。
ここでいう薄ガラスの厚さは0.3mmである。この0.3mmという寸法が効いてくる。ペロブスカイト層は水分と酸素で分解する。樹脂フィルムはどれだけ多層バリアを重ねても、ガラスと比べれば水蒸気透過率で桁が違う。一方、通常の建材ガラスは厚さ3〜6mm級で、体育館の屋根には載せられない。0.3mmの薄ガラスは、ガラスの気密性を保ちながら重量を1平方メートルあたり3kg以下に抑え、しかもある程度は曲げられる。アイシンのモジュールは厚さ約2mm、30cm角パネルの重量は約900グラムで、シリコン系のおよそ5分の1とされる。フィルムの軽さとガラスの寿命の、いいとこ取りを狙った設計思想である。
比較のために競合の実際の製品スペックを挙げておくと、2026年3月27日に販売を開始した積水ソーラーフィルムの金属屋根用パネル「SFL1015-C02」は、外形寸法1,450mm×985mm×30mm、最大出力110W、重量6.4kg/枚、面積あたりでは4.5kg/m²である。すでに一般財団法人電気安全環境研究所(JET)の型式認証も取得している。アイシンが目標とする3kg/m²以下は、この実売品よりさらに軽い水準であり、耐荷重がより厳しい屋根まで射程に入れることになる。


アイシンのモジュールはどう作られているか ― スプレー塗布、カーボン電極、独自ホール輸送材

アイシンのモジュールには、薄ガラス基板のほかに二つの独自要素がある。ひとつが独自合成のホール輸送材(HTM)、もうひとつがカーボン背面電極である。
ホール輸送材は、発電層で生じた正の電荷を電極まで運ぶ有機半導体層で、PSCの性能と耐久性を左右する。研究用途で広く使われるspiro-OMeTADという材料は、十分な導電性を得るためにLiTFSIやFK209、4-tert-ブチルピリジンといったドーパントを添加する必要があるが、これらのドーパントは吸湿性が高くイオンが動きやすいため、かえってペロブスカイト層の劣化を招く。アイシンは色素増感太陽電池の増感色素合成で培った技術を土台に、フタロシアニンやポルフィリン錯体をベースにしたHTM開発を進め、ドーパントを添加しない「MSTPA-1」と名付けたピラミッド型ドナー-アクセプター-ドナー型HTMを開発した。1sun照射条件下で開放電圧1.09V超、電力変換効率19.6%を示し、暗所保管での長期安定性も半年以上にわたって初期効率をほぼ一定に維持したうえ、材料コストはspiro-OMeTAD比で60%低減したという。GI基金の事業戦略ビジョンでは、サプライヤー変更と10kgスケールでの合成スケールアップ試算により、目標の100円/m²に対して91円/m²の目途が付いたと報告されている。
背面電極については、研究段階では金薄膜が使われるのが一般的だが、大面積に敷設する太陽電池では金はコストに見合わない。しかも金電極は70℃の高温環境下での光発電中に金イオンが溶出し、ペロブスカイト層を攻撃して性能を著しく低下させる問題が知られている。アイシンは材料技術部と材料メーカーの協業で、ミクロンサイズの黒鉛フィラー、ナノサイズのカーボンブラック、バインダー樹脂の3種を最適配合したカーボンペーストを開発した。溶媒選定にはハンセン溶解度パラメータを使い、ペロブスカイト層とホール輸送層を侵さない非水溶媒系を抽出している。ダイコート工法で黒鉛フィラーを電流方向に配向させることで、電極厚み20μm以下でシート抵抗値10Ω/□以下という業界最高水準の導電性を確保し、金電極比で1/100以下のコストを実現したとする。
発電層の成膜には、自動車部品の塗装で技術蓄積のあるスプレー塗布法を使う。同社はスプレー霧化方式や原料溶液の組成に工夫を施し、欠陥が少なく均質なペロブスカイト層の成膜条件を見出した。この成果を使って10cm角モジュールで変換効率17%、24cm角モジュールで16%を達成し、国際学会やNEDOの成果報告で発表している。装置コストが安く、工程トータルで相当な低コスト化が見込めるというのが、印刷法やR2Rに対するアイシンの主張である。
開発体制は単独ではない。GI基金の実用化事業では、アイシン本体が大面積塗布製造・耐久性確保・低コスト製造技術を担い、グループのイムラ・ジャパンに高効率/高耐久性両立の要素技術と低コストホール輸送材料の開発を委託、東京大学が薄ガラス基板順構造セルの要素技術、ペロブスカイトナノ粒子、マテリアルズインフォマティクスを活用した材料開発を担当し(一部は熊本大学に再委託)、2024年9月からは豊田中央研究所との共同研究も加わっている。セル・モジュールの性能計測と耐久性評価は産業技術総合研究所(産総研)が都度実施し、データの信頼性を担保する建て付けだ。


強みはどこにあるか ― 「効率を捨てて寿命を取った」という選択

アイシンの最も重要な意思決定は、2025年12月26日に開かれた産業構造審議会グリーンイノベーションプロジェクト部会のワーキンググループに提出された資料に書かれている。同社は当初目標を、次のように見直した。変換効率は「20%(2025年度)」から「18%(2025年度)、20%(2030年度)」へ引き下げ、耐久性は「20年(2025年度)/25年(2030年度)」から「25年(2025年度)」へ前倒しで引き上げた。
これは単なる下方修正ではない。効率目標を落として寿命目標を上げるという、方向の異なる二つの改定を同時に行っている。太陽光発電の均等化発電原価(LCOE)は、おおまかに言えば設備費を「年間発電量×稼働年数」で割った値である。変換効率が18%から20%に上がる効果は約11%のコスト改善にすぎないが、寿命が20年から25年に伸びれば同じく25%の改善になる。しかもLCOEの改善以上に重要なのは、寿命が金融の言葉に翻訳されることだ。屋根や壁は頻繁に張り替える場所ではない。設備を担保に融資を組む、あるいは第三者所有モデル(PPA)で発電事業者が長期回収を前提に設置する、といった資金の流れは、寿命の見通しが立たなければ動かない。アイシンは「効率のカタログ値」より「寿命の証明」を先に取りにいった、と読むのが自然である。
その耐久性データも同資料で開示されている。加速試験の条件は光強度1000W/m²、試験品温度60℃超、MPPT制御、試験時間2,200〜2,370時間。試験終了後のI-V測定結果から算出した劣化率は0.5%/年と0.7%/年で、実用耐久性25年相当の可能性を示唆するとしている。壁面発電実証試験では夏季150日経過後も性能低下が確認されなかった。GI基金の事業戦略ビジョンは、30cm角モジュールの加速耐久性試験で実用耐久性20年見込みと記載しており、資料により表現の幅はあるが、20年から25年のレンジで議論できる段階に来ていることは共通している。
効率の実績値については、2025年12月時点で二つの数字が公表されている。事業戦略ビジョンは30cm角の薄ガラス基板モジュールで16.55%(第三者測定値)、10cm角モジュールで17.93%と報告し、審議会WG資料は300mm角のカーボン電極仕様で15.0%(目標18%に対して)としている。両者の差はカーボン電極の採用によるもので、事業戦略ビジョンは「カーボン材料改良・塗布条件最適化により、金電極の約96%を有する性能を30cm角モジュール・第三者測定値(産総研)で確認」と説明している。セル単体では5mm角(0.28cm²)で23.1%、5mmφ(0.18cm²)で24.3%、東京大学が担当する薄ガラス基板順構造のミニモジュール(10cm角基板、有効面積64cm²、16直列モノリシック)では22.2%が報告されている。
第二の強みは、量産技術そのものである。NEDOのリリースが「長年にわたり自動車部品製造で培った製造および量産に関する技術を活用して」とわざわざ書いているのは、審査で評価されたのがここだったことを示唆する。0.3mmの薄ガラスを歩留まりよく搬送し、塗り、レーザーでスクライブし、封止して積み上げる工程は、研究室の技術ではなく生産技術の領域である。アイシンは設計・生産技術・製造の三部門を同席させる開発体制を敷き、社内には「ペロブスカイト大部屋」と称する部門横断組織を置いて、副社長級のCCNO(Chief Carbon Neutral Officer)が責任者を務める。事業戦略ビジョンには「早期に屋外評価を行い、実使用環境下での課題抽出・対策を早い段階から行う」「早期にパイロットライン構築し、大量生産時の課題抽出・対策を早い段階から行う」という方針が明記されている。
第三の強みは、自社が最初の顧客であることだ。アイシングループの2024年度GHG排出量はScope1が2,211千t-CO2e、Scope3が21,386千t-CO2eで、2035年度の生産カーボンニュートラル達成を掲げている。省エネと再エネ切替のシナリオのなかに、太陽光発電(ペロブスカイト)が明示的に組み込まれている。実証の場を自社工場で確保でき、施工性や系統連系の知見を外部に頼らず貯められるのは、スタートアップにはない資産である。2025年3月からは安城工場敷地内施設の四方壁面と屋根に順次設置し、2025年9月末に約30kWの発電容量を見込む社内実証を進めた。同社はこれを「国内初の系統連系による運用評価」と説明している。


課題 ― 効率、量産、そして誰も答えを持っていない「劣化の測り方」

強みの裏返しが課題である。まず効率だ。2025年度末の目標18%に対して実績15.0%(カーボン電極仕様、300mm角)は、目標未達である。事業戦略ビジョンも大面積塗布製造技術開発の進捗度を「△:大面積化時の更なる塗布膜ムラ低減が課題」と自己評価している。残された技術課題として、スプレー成膜したペロブスカイト層のさらなる高品質化、大面積での界面修飾材料・工法の決定、製造ばらつきの低減が挙げられており、高精度塗布設備の導入と薄膜品質検査法の両立で解決を図るとしている。
次に量産である。アイシンは公表資料のなかで、生産能力の具体的なMW数値を示していない。事業戦略ビジョンの実施スケジュールに現れる唯一の生産規模は「2MW級パイロットライン構築」で、これを経て「事業化移行判断」、その先に「量産ライン構築」「量産販売」が置かれている。比較すると、環境省が2026年3月30日の関係府省庁連絡会議に提出した資料は「2030年度に年間製造能力200〜300MW以上の量産構想を有した3社が、GI基金を活用した研究開発を進めている」と記しており、この3社はエネコートテクノロジーズ、リコー、パナソニックHDを指す。積水化学は旧シャープ堺工場に100MWライン、2030年までにGW級を掲げる。アイシンは、量産規模の公表という点では最も後ろにいる。
三つめが、業界全体が抱える構造的な課題、すなわち「劣化をどう測るか」である。アイシンの技術論文は率直にこう書いている。「PSCにおいて、耐久試験の規格化が十分に進んでおらず、加速試験と実使用における耐久性の知見が十分に得られていない。そのため、実使用環境下における特性および耐久性を確認することが非常に重要となる」。事業戦略ビジョンも「性能計測法、信頼性評価法が定められておらず、市場での正確な発電能力、寿命が不明」「建築物に装着したときの安全性が不明確(特に壁面設置)」「廃棄物処理に関するルールがないので、鉛など有害物の環境影響に懸念がある」と、問題点を三つ並べている。加速試験で25年相当という数字が出ても、その加速係数が現実を写しているという保証は、まだ業界のどこにもない。
この空白を埋める作業は進んでいる。産総研は次世代のペロブスカイト・有機系塗布型太陽電池の測定法仕様「IEC TS 60904-1-4 ED1」の国際標準策定でプロジェクトリーダーを務め、2025年度の「ペロブスカイト太陽電池認証設備増強事業」で大型ソーラーシミュレータや環境試験設備を整備し、国内メーカーが型式認証を早く取得できる受け皿を国内に作ろうとしている。NEDOは2026年3月18日に「フレキシブル太陽電池を利用した太陽光発電システムの設計・施工ガイドライン2026年度版」を公表した。アイシン自身も、国際標準化等検討委員会とガイドライン策定WGに委員として参画し、薄ガラス基板を用いたパネル特有の特徴の抽出と標準化項目の検討を続けるとしている。ただし、こうした基盤整備が「投資家や保険会社が20年の性能を引き受けられる水準」に達するまでには、なお時間がかかる。
材料面の課題も残る。ペロブスカイト層は熱で劣化する。産総研は2026年3月13日、正孔輸送層に市販の有機材料である2-フェニルピリジンまたは3-フェニルピリジンを少量添加することで、85℃・2400時間の耐熱試験で初期変換効率比100%を維持し、2025年6月から2026年2月の屋外暴露試験でも効率低下が観測されなかったと発表した。ピリジン環の置換基の位置が耐熱性を左右し、窒素原子に対してフェニル基が60度または120度の位置にある場合に高い耐久性を示すという分子設計指針も示している。これは日本の夏の屋根裏温度を想定した重要な成果だが、裏を返せば、2026年になってようやくこの水準の知見が公表されたということでもある。

業界の状況と競合 ― 国内は用途で棲み分け、国外は資本で殴り合う

日本の国内競合は、基板と用途で綺麗に棲み分けている。積水化学工業と子会社の積水ソーラーフィルムはフィルム型で先行し、2026年3月27日にブランド「SOLAFIL」の事業を開始した。同社は積水化学86%・日本政策投資銀行14%の出資、資本金1億円で2025年1月6日に設立され、代表は上脇太が務める。旧シャープ堺工場(延床面積21万m²、5階建て)の建物・設備を譲り受け、投資総額900億円で100MW製造設備を導入し、2027年4月からの稼働を予定する。2024年12月には経済産業省の「GXサプライチェーン構築支援事業」に採択され、年産1GW体制整備に向けた総事業費3,145億円のうち2分の1にあたる最大1,572.5億円の補助が決まっている。開発進捗としては30cm幅モジュールで14.8%、加速試験85℃85%RH1000hで維持率95%が示され、2030年以降に18%レベル、屋外20年相当を目指す。
パナソニックHDはガラス建材一体型を狙う。2026年3月2日には大阪府門真市の技術部門「西門真新棟」の窓部に、厚さ6mmのガラス2枚でペロブスカイト層を挟み込んだ製品を実装し、長期実証を開始した。2025年11月からはGI基金の実証事業で「ガラス型ペロブスカイト太陽電池の量産技術開発とフィールド実証」に着手し、AGC、パナソニック環境エンジニアリングと連携する。リコーは全機能層インクジェット印刷によるR2R製造を掲げ、大和ハウス工業(施工技術)、NTTアノードエナジー(電装設計)と組む。エネコートテクノロジーズは設置自由度の高いフィルム型で、日揮、KDDI、豊田合成、YKK AP、京都大学、青山学院大学を委託先とし、トヨタ自動車、INPEX、サンケイビル、MOL PLUS(商船三井CVC)が助成を受けない協力先として名を連ねる。タンデム型ではカネカと長州産業が2026年2月6日にGI基金の「次世代型タンデム太陽電池量産技術実証事業」に採択され、NEDO支援規模は上限153.3億円(当初3年程度は上限123.2億円)、事業期間2025〜2030年度の6年間で、変換効率30%以上、住宅用発電コスト12円/kWh以下、2030年に500MW以上の量産化構想が目標に据えられている。カネカは2028年度の製品販売を計画する。
サプライチェーン側の動きも出ている。日本板硝子は2025年12月、ペロブスカイト太陽電池向けガラス基板分野への参入が報じられた。2006年に買収した英ピルキントンの技術と海外販路を活用し、市場が最も大きいガラス型を中心に手掛けるという。薄ガラス型を選んだアイシンにとって、基板の国内調達先が複線化することは追い風になる。
国外に目を移すと、風景は一変する。中国では100社以上がペロブスカイト太陽電池を開発しており、CATLやBYDまで研究に参入している。GCL傘下の昆山協鑫光電材料は江蘇省昆山にGW級のペロブスカイト量産拠点を立ち上げた。投資額は7億ドル(約1,110億円)とされ、初期1GW、最終的に2GWの計画である。UtmoLight(極電光能)は江蘇省無錫でGW級の生産ラインを稼働させ、年間180万枚のパネルを生産する。杭州のMicroquanta(纖納光電)は年産100MW規模で4年間の生産実績を持つ。装置側では2026年3月、製造装置大手の邁為科技がPSC向け装置工場に35億元(約800億円)を投じると発表した。参考までに、GI基金「次世代型太陽電池の開発」プロジェクトの予算上限は1,051億円である。日本の国家プロジェクト全体が、中国の装置メーカー1社の設備投資と同程度の規模ということになる。
欧米では、Oxford PVがドイツ・ブランデンブルクの工場からペロブスカイト・シリコンタンデムモジュールの商業出荷を始め、知財のライセンス供与に軸足を移しつつある。2025年4月に中国のTrina Solarへ中国国内での製造販売権とサブライセンス権を含む特許ライセンス契約を結び、2026年2月24日には米First Solarと米国市場向けの特許ライセンス契約を締結した。米国ではSwift Solarが2026年3月、経営破綻したスイスのMeyer Burgerのヘテロ接合(HJT)製造資産と特許ポートフォリオ、技術陣を取得し、ペロブスカイトとシリコンを組み合わせたGW級生産を目指す。Tandem PVは2025年のシリーズA 5,000万ドル(約80億円)を含む累計8,700万ドル(約138億円)を調達し、米国内に工場を建設中。CaeluxはシリーズA3で1,200万ドル(約19億円)を調達し、シリーズA累計は2,400万ドル(約38億円)となった。この調達にはTemasekがリード投資家として、Reliance New Energy、Khosla Ventures、三井不動産、Fine Structure Venturesが参加している。

アイシン、創業から現在までの歩み ― 航空機部品からミシン、ATを経てエネルギーへ

アイシンの起源は戦時中の航空機産業にある。1943年、トヨタ自動車工業と川崎航空機(現・川崎重工業)の共同出資により東海飛行機として設立され、航空用エンジンの生産を目指した。敗戦により航空機の道は絶たれ、1949年6月、企業再建整備法に基づいて資本金1,500万円の愛知工業株式会社として再発足する。この時に生産の軸足を航空機部品からミシンと自動車部品へ転換した。戦後日本の製造業に典型的な、軍需から民需への転身である。
もう一つの源流が新川工業だった。1965年8月、愛知工業と新川工業が合併してアイシン精機株式会社が誕生する。「アイシン」という社名は、愛知工業の「愛(アイ)」と新川工業の「新(シン)」を組み合わせたものだ。合併の合言葉は「小異を捨てて大同につこう」だったと伝わる。
その後の歩みは、日本の自動車産業の成長そのものと重なる。1969年、米ボーグ・ワーナーとの合弁でアイシン・ワーナーを設立し、オートマチックトランスミッション(AT)事業に踏み出した。1987年に提携が終了し、1988年にアイシン・エィ・ダブリュへ社名を変更する。ATは同社の屋台骨となり、世界の自動車メーカーへ供給される基幹部品になった。1991年にはマニュアルトランスミッション部門をアイシン・エーアイとして分社し、2001年にはグループ3社のブレーキ事業を統合してアドヴィックスを設立している。
そして2021年4月1日、アイシン精機と子会社のアイシン・エィ・ダブリュが経営統合し、社名を株式会社アイシンに改めた。電動化への対応で車両システム全体を設計する必要が生じ、変速機と車体・ブレーキを別会社で持つ体制が合理性を失ったためである。
現在の姿は次のとおりだ。本社は愛知県刈谷市朝日町、資本金450億円、代表は取締役社長の吉田守孝。2026年3月31日時点で従業員は単独34,956人、連結113,292人、連結子会社は186社(国内69、海外117)を数える。会社概要が掲げる事業内容は「自動車部品、エナジーソリューション関連機器の製造販売」で、エネルギー事業が本業の一角として明記されている点は見落とされがちだ。トヨタ自動車が発行済株式の21.35%を保有する。
業績は2026年3月期に売上収益5兆1,177億円、営業利益2,287億円(営業利益率4.47%)、親会社所有者帰属当期利益1,716億円を計上した。2027年3月期の会社予想は売上収益5兆2,500億円、営業利益2,350億円、当期利益1,500億円である。2026年7月31日発表の第1四半期は売上収益1兆3,156億円(前年同期比7.8%増)に対し、営業利益は366億円(同23.6%減)と減益で、パワートレインユニットの販売台数減と中東情勢に絡む材料価格高騰が響いた。2026年2月19日に公表した「2028年中期経営計画」は、2028年度に売上収益5.3兆円、営業利益3,300億円、営業利益率6.2%、ROE10%、ROIC11%を掲げ、成長投資として総額4,500億円を電動化・知能化・人的資本に振り向ける。さらにその先の2030年目標として、売上収益5.5〜6.0兆円、営業利益率8%以上、ROIC13%以上を置いている。


太陽電池開発25年の系譜 ― 色素増感からペロブスカイトへ

アイシンのPSC開発は、ある日突然始まったものではない。同社の技術論文が「25年ほど前」と書くとおり、起点は1998年である。当時のアイシン精機は、有機系太陽電池の代表格である色素増感太陽電池の開発に着手した。独自に同種の研究を進めていた豊田中央研究所もパートナーに加わり、産学の推進体制が組まれた。
その成果は早くから形になっている。2003年には国際会議で当時世界初となる大型モジュールを展示し、長期耐久試験のデータを発表して経済紙の1面に取り上げられた。2004年にはトヨタの実験住宅「PAPI」の壁面に意匠性を高めた住宅壁モジュールを納入・設置し、8年間にわたる長期発電動作を確認している。2005年の愛・地球博では、トヨタグループパビリオンの回廊に4色のカラフルな葉っぱ型太陽電池を設置し、その電気でシンボルの蝶が舞うオブジェを動かした。
2009年から2013年度にかけては、内閣府の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)に参画し、東京大学先端科学技術研究センターの瀬川浩司教授をリーダーとするオールジャパン体制で有機系太陽電池の実用化加速に取り組んだ。その中間年度にあたる2012年、全固体型のPSCで変換効率10%超が発表され、その後の効率向上は飛躍的な速度で進んだ。多くの色素増感太陽電池研究者がPSCへ軸足を移し、アイシンもPSC開発に注力することになる。2015年にはPSC研究に関するNEDOプロジェクトが立ち上がり、同社も参画した。
GI基金への参画は2022年3月17日である。テーマ名は「高効率・高耐久ペロブスカイト太陽電池モジュールの実用化技術開発」、共同実施者は東京大学。事業戦略ビジョンによれば、この実用化事業の総事業費は17.2億円、国費負担額は13.9億円だった。プロジェクト全体の目標は900cm²(30cm角)で変換効率20%、年劣化率1%以下、稼働年数20年である。2023年末には試作ラインが稼働し、2024年4月からは刈谷市の技術センターで工場模擬壁面(角波鋼板・白色、南面90度、MPPT制御)での屋外暴露発電実証が始まった。
2025年に入ると実証は一気に広がった。3月に安城工場、4月に愛知県・中部電力ミライズ・関西電力との「ペロブスカイト太陽電池普及拡大プロジェクト」(後に「あいちペロブスカイト太陽電池推進協議会」として発足)、6月に大林組技術研究所(東京都清瀬市)での「容易に交換できる工法」と「年間発電量を最大化する設置方法」の検証、9月にネッツトヨタ郡山安積店(福島県郡山市)、11月末発表でローソン中川野田二丁目店(名古屋市)における中部電力・中部電力ミライズ・MCリテールエナジーとの脱炭素×レジリエンス実証、12月に舞鶴港国際埠頭(京都府)でのグリーン水素を活用した純水素燃料電池実証への参加、といった具合だ。審議会WG資料は2025年度だけで6件の屋外実証を実施したとしている。
愛知県の推進協議会は2026年に規模を広げる。県内9カ所にアイシン製PSCをそれぞれ約1kWずつ設置し、2026年7月ごろから2027年2月にかけて順次実証を開始、期間は2年から3年を予定する。設置場所は名鉄神宮前駅のホーム上屋、名古屋高速吹上西料金所の壁面、東邦ガスのみなとアクルス・エネルギーセンター壁面、トーエネック教育センターの曲面屋根、日東電工瀬戸事業所の受電設備面、知多半島道路大府PA(下り)の遮音壁、刈谷市の体育館ウイングアリーナ刈谷の屋根、豊田市鞍ケ池公園プレイハウス屋上の外周柵、みよし市城山保育園の倉庫木壁と、およそ考えうる限りのバリエーションが並ぶ。審議会WG資料によれば「あいちペロブスカイト普及拡大プロジェクト」の参加団体は107に達し、年間約6.6万トンのCO2削減効果が期待されている。
そして2026年8月6日、実用化事業(2026年3月末で終了)から実証事業へのバトンタッチとして、今回の採択が決まった。研究開発から量産技術と社会実証へ、フェーズが変わったのである。

VC・投資家はこの案件をどう読むか ― 「安いコールオプション」としての薄ガラス

ここからは投資家の目線で整理したい。結論を先に言えば、この採択はアイシンの株価を動かす材料ではない。だが、事業の性質を理解するうえでは極めて情報量が多い。
第一の論点は、資本コミットメントの非対称性である。アイシンの5年間の事業規模は約156億円、うち自己負担は差し引き60億円弱、年に均せば12億円前後だ。同社の2026年3月期営業利益2,287億円に対して0.5%、時価総額1兆6,444億円(2026年8月14日終値2,265円ベース)に対しては0.4%に満たない。一方、積水化学は1GW体制に総事業費3,145億円(半額補助)を投じ、100MWラインだけで900億円を投資する。同じ「ペロブスカイトをやる」でも、賭け金の桁が二つ違う。積水化学にとってこれは事業ポートフォリオの転換であり、中国のスタートアップにとっては会社そのものだが、アイシンにとっては減損しても四半期の説明資料に一行載る程度の実験にすぎない。逆に言えば、成功したときのリターンは全社業績に対して十分に大きい。安いコールオプションを買っている、という表現が最も実態に近い。
第二の論点は、GI基金の契約構造がベンチャー投資のターム設計に酷似していることだ。補助率は2/3から1/2へ逓減し、目標を上回れば1/10のインセンティブが付く。事業開始からおよそ3年後に「建材一体型太陽電池等の開発(TRL6:最終プロトタイプ開発)」と「モデルケースにおける実証試験(TRL7)」で事業継続判断が入る。取組状況が不十分な場合の国費負担額の返還は、目標達成度に応じてWGが「10%、30%、50%」の3段階で評価する。さらに技術流出防止として、コア重要技術等について他者への知財移転、他者との共同研究開発、他国での研究開発、他国での生産拠点建設・設備投資を行う場合は担当省庁への事前相談が求められる。マイルストーン払い、クローバック条項、譲渡制限。これは補助金というより、公的資本によるトランシェ付き投資である。したがって投資家が本当に見るべき日付は2026年8月6日ではなく、3年後のステージゲート、すなわち2028年度前後になる。アイシンが公言する「2028年テスト販売開始、2030年本格事業化」というスケジュールは、このステージゲートと重なっている。
第三の論点は、公共調達を市場と混同しないことだ。政府は2026年6月18日の関係府省庁連絡会議で、政府部門におけるPSCの導入目標を2035年度に50〜70MW、2040年度に100MW以上と決定した。数字だけ見れば力強いが、環境省が2026年3月30日の同会議に提出したポテンシャル調査は、政府保有施設のPSC設置ポテンシャルを合計約9万kW(屋根60,410kW、外壁14,363kW、窓13,418kW)と算定している。2040年に100MW以上ということは、政府施設のほぼ全量を埋めるという意味であり、それでも国全体の目標20GWの0.5%にすぎない。公共施設への率先導入は、民間投資の予見性を確保するためのシグナルであって、売上のプールではない。「国が買ってくれる」を収益モデルの中心に据えた事業計画があれば、それは数字を読み違えている。
第四の論点は、需要側の性格だ。積水ソーラーフィルムが審議会に提出した市場セグメント分析は示唆に富む。同社は市場を耐荷重3kg/m²、10kg/m²、20kg/m²の帯で切り、PSCが狙うのは軽量フレキシブル側の帯だと明示している。ここは価格競争の市場ではない。シリコンが物理的に載らない場所だからPSCが選ばれるのであって、単価が安いから選ばれるのではない。この構図が続く限り、PSCの初期市場は「代替不能ゆえの高値許容」市場になる。アイシンの3kg/m²以下という目標値は最も内側の帯を取りにいくもので、積水ソーラーフィルムの実売品4.5kg/m²が届かない屋根まで射程に入れる。ただしこれは、25年の寿命が第三者検証を通ることが前提である。
第五の論点は、知財のレイヤーだ。Oxford PVがTrina SolarとFirst Solarにペロブスカイト特許をライセンスした事実は、タンデム型に一種の通行料が形成されつつあることを示唆する。単接合の薄ガラス型を進めるアイシンは、この通行料からは相対的に遠い位置にいる。一方で、市場のボリュームゾーンがタンデムに収斂し、単接合が軽量ニッチに閉じ込められた場合、アイシンのTAMはそのニッチの大きさに縛られる。日本はカネカ・長州産業のタンデム事業でヘッジをかけているが、アイシン単体で見ればこれは分散されないリスクである。
第六の論点は、応募が1件しかなかったという事実の解釈だ。国が184億円の増額枠を用意し、公共施設・インフラ空間という具体的な用途まで指定して公募したにもかかわらず、提案は1件だった。ポジティブに読めば、アイシンの提案が競合不在で通ったということ。ネガティブに読めば、この条件で自社資金を数十億円出す覚悟を固められた日本企業が他にいなかったということでもある。国内のPSC陣営は既に主要プレイヤーがGI基金に取り込まれており、新規参入の余地が薄いという構造的な説明も成り立つが、いずれにせよ、日本のPSC産業がごく少数の企業に集中していることを示す事実ではある。
最後に、株価との関係を確認しておく。アイシン株は2026年8月14日終値で2,265円、前日比31円高(1.39%)、時価総額1兆6,444億円、会社予想PER10.82倍、予想配当利回り3.31%(1株配当75円)。7月31日の第1四半期決算発表後に株価は下落し、2,200円台前半でもみ合った。8月3日に米系大手証券が目標株価を3,000円へ、8月4日に日系中堅証券が2,580円へ、それぞれ強気判断を維持しながら引き下げている。市場が織り込んでいるのはATからeAxleへの移行と関税・材料費の圧力であって、ペロブスカイトではない。この事業が損益計算書に意味のある数字として現れるのは、早くても2030年代である。


各紙・各機関の報じ方と、市場の織り込み方

今回の採択の一次情報は、NEDOのニュースリリースと2つの別紙、および「実施体制の決定について」の公示である。前述のとおり本文に社名がなく、金額は別紙2にのみ記載されているため、初報の段階で正確な数字を伝えたメディアは限られた。加工技術研究会が運営する専門メディアCTIWEBは同日、社名とテーマ名に加え、事業期間2026〜2030年度の5年、事業規模約156億円、支援規模約98億円、補助率2/3および1/2まで含めて報じている。
アイシン自身は、この採択について個別のニュースリリースを出していない。同社のニュース欄には8月6日付でNEDOの別事業(水素ステーション向けオンサイト水素製造モデルの実現可能性調査)の採択が掲載されており、ペロブスカイトの採択に関する自社発信は行われていない。上場企業の情報開示として不自然ではない。156億円の5年プロジェクトは、5兆円企業にとって適時開示の基準に届かないからである。この一点だけでも、アイシンにとっての本件の相対的な位置づけが読み取れる。
周辺の報道は、この1年で厚みを増している。日本経済新聞は2024年3月に「アイシンがペロブスカイト太陽電池実証 2030年にも外販、車搭載も視野」と報じ、2025年12月に日本板硝子のガラス基板参入、2026年2月に経済産業省が2026年度からPSCの海外設置実証の公募を始める方針、2026年3月に中国で100社超が開発しCATL・BYDも研究に加わっている状況を伝えた。日刊工業新聞とニュースイッチは2024年5月に「ガラス型で狙う、パナソニックとアイシンの戦略」として両社の技術路線を比較し、2026年には刈谷の体育館でアイシン製PSC30枚が設置される実証を報じている。日経BPのメガソーラービジネスは愛知県の9カ所実証、鞍ケ池公園でのプレイハウス屋上外周柵への設置、産総研の耐熱性成果を継続的に追っている。インプレスのスマートグリッドフォーラムは政府のPSC戦略と産総研の標準化における役割を特集した。
シンクタンクの評価も出ている。東京海上ディーアールのGXレポートは、日本がフィルム型・ガラス型の耐久性および大型化技術で先行する一方、国内出荷における国内パネルメーカーのシェアは2023年時点で37%にとどまり、2000年代初頭に世界シェア5割を占めた日本の太陽電池産業が約1%まで落ち込んだ歴史を指摘する。原材料面では、日本がヨウ素の生産シェア約30%と埋蔵量首位を持つ強みと、急速な採取に伴う地盤沈下リスク、そしてインジウムの国内生産6%という脆弱性を並べて示している。三菱総合研究所も2026年3月のコラムで、海外進出と「チームジャパン」での取り組みを論点に挙げている。
株式市場のテーマ物色という文脈では、ペロブスカイトは2026年の日本株で最も注目されたテーマの一つであり続けている。ただしテーマ株として名前が挙がるのは長州産業や倉元製作所、積水化学工業といった、事業規模に対する感応度が高い銘柄が中心で、時価総額1.6兆円のアイシンがこのテーマで買われる余地は構造的に小さい。
今後 ― いつ、何が観測できるか

これから3年ほどの間に観測可能なイベントを、時期の順に整理しておく。
2026年度内には、愛知県の9カ所実証が順次立ち上がる。名鉄神宮前駅のホーム上屋や名古屋高速の料金所壁面、知多半島道路の遮音壁といった交通インフラでの設置データは、NEDOが今回の採択で「公共施設・インフラ空間などでの特有の課題を抽出し対応します」と書いた部分そのものであり、GI基金の実証事業に直結する。同時期に、経済産業省が2026年度から始める海外設置実証の公募が動き出す。日本企業が多く進出するインドネシアやタイの工業団地の屋根、米国やドイツの住宅・ビル屋根が想定されており、NEDOのリリースが「海外実証にも取り組む企業1社」とわざわざ書いた以上、アイシンがこの枠組みに乗る可能性は高い。高温多湿環境での薄ガラス封止の実力が、ここで初めて外部から検証される。
2027年前後の焦点は、パイロットラインである。事業戦略ビジョンの実施スケジュールは、社内建屋での5kW級プレ実証を経て2MW級パイロットラインを構築し、社内および協業先での大規模実証に進む道筋を描いている。アイシンは審議会に「パイロットライン投資判断、量産化投資判断に向けた事業戦略のブラッシュアップ」を今後の予定として提出しており、この投資判断が公表されるかどうかが最初の分水嶺になる。同じ時期、積水化学の堺100MWラインが2027年4月に稼働予定で、日本初のGW級を見据えた量産の実力が実データで明らかになる。他社の歩留まりとコストが見えることは、アイシンの投資判断にも影響する。
2028年前後が、最も重要な観測点になる。GI基金の実証事業には事業開始から3年程度でTRL6/TRL7のステージゲートが設定されており、通過できなければ事業縮小や国費の一部返還(10%・30%・50%の3段階評価)の対象になりうる。アイシンが掲げる「2028年テスト販売開始」もこの時期だ。テスト販売の有無、価格、初期顧客の顔ぶれは、同社が公共調達依存を脱して民間需要を掴めるかを示す最初の実データになる。カネカがタンデム型の製品販売を計画するのも2028年度である。
2030年は複数の目標が交差する年になる。アイシンの本格事業化、変換効率20%以上(900cm²)、発電コスト14円/kWh以下、年平均劣化率1%以内。積水化学のGW級製造ライン。エネコート・リコー・パナソニックHDの200〜300MW以上の量産構想。GI基金プロジェクトの終了。そして政府が掲げた2040年国内20GW導入への中間地点である。
その先の不確実性は二つに集約される。ひとつは、加速試験で示された25年という寿命が、屋外の実データと国際標準の枠組みのなかで裏付けられるかどうか。もうひとつは、中国勢がGW級量産で価格をどこまで下げてくるか、そして日本の政策が価格以外の要素(脱炭素性、安定供給、資源循環)を市場ルールとして制度化できるかどうかである。次世代型太陽電池戦略が「同志国とともに価格によらない要素を適切に反映していく仕組みを構築」と書いているのは、価格勝負では勝てないという前提を政府自身が置いていることを意味する。
薄ガラス型という選択は、この前提のうえに成り立っている。効率を1年遅らせて寿命を1年前倒しした2025年12月の目標改定は、アイシンが「安く作る競争」ではなく「長く持つ競争」に賭けたことを示す。その賭けが正しかったかどうかは、2028年のステージゲートで最初の判定が下る。
