BluStellar(ブルーステラ)とは何か——製品名ではなく「価値創造モデル」の名前

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BluStellarは、NECが2024年5月に発表したブランドである。混同されやすいが、これは特定の製品やクラウドサービスの名称ではない。NECの定義では「実績に裏打ちされた業種横断の先進的な知見と、長年の開発・運用で研ぎ澄まされたNECの最先端テクノロジーにより、ビジネスモデルの変革を実現し、社会課題とお客さまの経営課題を解決に導き、お客さまを未来へ導く価値創造モデル」であり、コンサルティングから実装、運用・保守までを束ねる事業モデルそのものを指す。名称は「夜空で最も明るく輝く星のように、人々と社会が進むべき目印となる」という理念に由来し、NECが自ら掲げるのは従来型SIerから「Value Driver(価値の駆動力)」への転換である。

構造は三層になっている。最下層に、AI・セキュリティ・クラウド・ネットワーク・マネージドサービスといった約500の「プロダクト&サービス(商材)」が並ぶ。その上に、NECが蓄積した知見によって商材の最適な組み合わせをパッケージ化した約150セットの「オファリング」が乗る。さらにその上に、戦略コンサルから構築、運用・保守までEnd to Endの最適な組み合わせを顧客課題ごとに束ねた30セットの「BluStellar Scenario(シナリオ)」が置かれる。下に行くほど汎用的で単価が低く、上に行くほど顧客の経営課題に近く付加価値が高い。NECが2025年11月のIR Dayで示した将来像は、シナリオ/オファリングの構成比を33%から63%へ引き上げ、営業利益率20%のビジネスモデルを確立するというものだった。

支えるのは組織・人材である。アビームコンサルティングを含めたNECグループのコンサルタントは約1万人、DX人材は約1.2万人。2026年4月にはAIとデータでAXに必要な機能を実装していく専任のAI/データコンサル人材約250名の専門組織を新設した。BluStellar事業推進部門の吉本裕・部門長は週刊BCNの取材に対し、「DXの支援にとどまらず、企業の人材確保、少子高齢化、インフラの老朽化など、単にテクノロジーだけでは解決できない国内の大きな課題に対して、われわれが培ってきたナレッジや経験値をモデル化・アセット化し、それらをまとめてテンプレート化した“価値創造モデル”を提示する」ものだと説明している。

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30本のシナリオを具体例で見る——空港、金融、リテール、物流

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「シナリオ」という抽象的な言葉は、中身を見ると一気に具体的になる。30セットは業種共通16セットと業種別14セットに分かれる。業種共通では「データ起点の意思決定能力向上による経営/事業管理の良質化と進化」「顧客理解の高度化による新たなカスタマーサービス体験創出と収益拡大」「コンタクトセンター業務高度化から始める顧客体験価値向上」「収益拡大に向けたS&OPプロセス変革による全社意思決定の加速」「Digital IDとデータ利活用による新しいワークスタイルの実践」「事業成長を支え続けるセキュリティ経営改革」などが並ぶ。業種別では、空港向けの「Seamless Travel Experience」と「Airside Operation Automation」、金融機関向けモダナイゼーションプログラム、リテール向けの「顔認証の活用によるフリクションレスな顧客体験」、ロジスティクス向けの「自動化・可視化により生産性を向上させる次世代倉庫マネジメント」、大学・研究機関向けの「研究情報基盤の高度化による研究力向上」といった具合だ。

NECがIR資料で公開した導入事例も具体的である。ある食料品メーカーでは、NEC独自のAI技術で興味を示す顧客のみを抽出し反応率の高い施策を瞬時に立案した結果、動画閲覧数が前回比125%増となり販売拡大に寄与した。ある製造業では、ネットワークのシナリオとセキュリティのシナリオを「連鎖」させ、乱立したシステムの集約・統合によるコスト最適化と、海外グループ会社を含むセキュリティガバナンス強化を同時に実現した。ある金融機関では、アプリケーション・開発手法・通信・基盤・データマネジメント・運用という6つのモダナイゼーションカテゴリを組み合わせ、レガシー更改からクラウドLift/Shiftまでを支援している。NECはこうした型を「横展開」と「連鎖」で広げ、シナリオ単位で売上成長率とGP率を評価して撤退・改善・成長加速を判断するポートフォリオマネジメントを回す設計だ。

販売チャネルも自前だけではない。BluStellarパートナープログラムの加入社数は127社、共創プログラムへの参画は33社に達した。象徴的な成果物が、大塚商会と共同開発したオンプレミス型の生成AI専用サーバー「美琴(みこと)powered by cotomi」である。さらに2026年4月1日からは、NESICホールディングス傘下のNECネッツエスアイ、NECネクサソリューションズ、NECフィールディングにBluStellarを展開し、全国の自治体・企業向けに約70のオファリングの提供を開始した。全国300拠点以上のサービス網と24時間365日の保守体制を、AI前提のデリバリモデルに接続する狙いである。NECグループは、この体制でBluStellar売上収益1兆円超を目指すとしている。

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独自の生成AI「cotomi(コトミ)」——3年でv3、そしてエージェントへ

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cotomiは、NECが自社開発したAIコア技術の名称である。「ことばによって未来を示し、『こと』が『みのる』ように」という願いが由来で、社内開発コードネームは「SAKURA」だった。土台となったのは2023年3月に稼働したAIスーパーコンピュータで、NVIDIA A100を928基搭載し、理論性能580PFLOPS超、16PB超のストレージを備える国内企業として最大規模の研究基盤である。

系譜をたどると進化の速度がわかる。2023年7月にフルスクラッチの国産LLMとして「cotomi v1」が登場し、小説15冊分に相当する30万字のプロンプトに対応した。2024年4月には学習データとアーキテクチャを刷新した「cotomi Pro」「cotomi Light」を発表。同年11月には電力効率とGPU演算効率を高めた「cotomi v2」を投入し、Japanese MT-Benchmarkでグローバルトップ級モデルに匹敵する精度を示した。そして2025年7月8日、「cotomi v3」としてエージェント性能を大幅に強化する。問題解決の過程に着目した学習によりタスク分解とツール選択の精度を高め、最大コンテキスト長を128K(日本語で20万文字超)へ拡大し、AIエージェントの相互接続規格であるMCP(Model Context Protocol)に準拠した。あわせてNECは、Box社のBox MCPサーバーのベータプログラムに国内ISVパートナーとして初めて参画している。

技術的なハイライトは、2025年8月に発表されたエージェント技術「cotomi Act(コトミ アクト)」だ。ブラウザ上の操作履歴やログから個人・組織の暗黙知を自動的に抽出して形式知化し、それをエージェントの判断材料にする。Webエージェントの国際ベンチマーク「WebArena」で、人間のタスク成功率78.2%に対し80.4%を記録し、世界で初めて人間を上回った(従来のAIエージェントは40〜70%前後)。この技術を使ったソリューションは2026年1月から提供が始まり、経費精算、受発注、審査といった「作業ごとに判断が要る」デジタル業務の継続的な自動化に充てられている。

外部評価も積み上がった。cotomiはMM総研大賞2024のスマートソリューション部門・日本語LLM分野で最優秀賞をNTTの「tsuzumi」とともに受賞し、2025年10月にはIDCの「IDC MarketScape:Japan Artificial Intelligence Services 2025 Vendor Assessment」でリーダーの1社に選出された。IDCはNECの強みとして「AI領域で長期の実績を持つ研究開発力」と「自社開発の言語モデルであるcotomiを中核とした上で、外部の広範なプロダクトやサービスを組み合わせ、顧客に最適なソリューションを提供する能力」を挙げている。この「自社モデルを核に外部を束ねる」という評価軸は、後述するAnthropicとの関係を読み解く鍵にもなる。

そして2026年3月9日、cotomi v3はデジタル庁が実施した「ガバメントAIで試用する国内大規模言語モデル(LLM)の公募」で選定された。政府職員向け生成AI利用環境「源内(げんない)」で行政実務への適合性が検証される。15社が応募し、選ばれたのはNTTデータ「tsuzumi 2」、KDDI・ELYZA「Llama-3.1-ELYZA-JP-70B」、ソフトバンク「Sarashina2 mini」、NEC「cotomi v3」、富士通「Takane 32B」、Preferred Networks「PLaMo 2.0 Prime」、カスタマークラウド「CC Gov-LLM」の7モデルである。

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AI活用を支える100以上のサービス機能群「AI Platform Service」

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2026年4月24日、NECはAI活用を支える100以上のサービス機能群を集約した「AI Platform Service」を発表した。ソフトウェア版は2026年5月末から、AIaaS(AI as a Service)は同年7月から順次提供され、価格は月額30万円(税別)からである。100以上のうち40以上がNEC独自機能で、残りはグローバルパートナーの最先端技術を組み合わせる垂直統合型の構成となっている。

レイヤーを上から見ると、営業・金融業務・製造業務などのエージェントとチャットUI、エージェントオーケストレーションを置く「アプリ/AIエージェント」層、モデル切替・ソブリンAI・MCPサーバ・ファインチューニングを扱う「AIモデル/連携プロトコル」層、検索対話・図表文脈理解・チャンキング・リランキング・オントロジーを扱う「コンテクストレイヤー」、暗黙知の形式知化・RAG管理・グラフDB・各種コネクタの「データ連携/統合」層、BYOMやAI Runtime、ネットワーク仮想化の「AI実行基盤管理」層が並ぶ。これらを縦に貫くかたちで「AIガバナンス・セキュリティ」と「運用・監視」が置かれる。連携企業としてAnthropic、AWS、Cisco、Google Cloud、Microsoft、NVIDIA、OpenAI、Oracle、Red Hatが名を連ねる。

特長は二つに整理されている。ひとつは、コンパクトな専門領域特化型モデルによって高度な業務対応と運用コスト低減を両立させること。フルスクラッチのLLM開発を続けながら、医療AI・金融AI・物流AIといった特化モデルへ展開し、小規模な汎用インフラでも運用できるようにする。ロードマップでは2028年からAIスーパーコンピュータの追加稼働を開始し、モデル開発能力を3倍にするとしている。もうひとつは垂直統合型のガバナンスで、Cisco AI Defenseによるグローバル標準対応のAIガバナンス機能に、AIガードレールや自律的な改善機能を含むNEC独自の「AIハーネス技術」、さらにAgentネットワーク制御技術を重ねる。インテリジェントハイブリッドクラウドの採用によりオンプレミスやハイブリッド環境にも対応し、データ主権と運用主権の双方を担保する設計だ。Cisco AI Defenseが想定する脅威にはAgent Goal Hijack、Tool Misuse、Memory & Context Poisoning、Rogue Agents、Agentic Supply Chain Vulnerabilitiesなどが含まれ、エージェント時代特有のリスク像が織り込まれている。

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0番目の顧客(クライアントゼロ)とは——失敗ごと売る方法論

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BluStellarを他社の同種ブランドと分ける最大の要素が「クライアントゼロ」である。NEC自身を“ゼロ番目の顧客”と位置づけ、最先端の技術やサービスをまず自社で徹底的に実践し、そこで得た「活きた」知見を顧客と社会に還元する。重要なのは、成功だけでなく「うまくいかなかったこと」も含めて共有する点にある。NEC技報でこの戦略を解説した小玉浩・執行役Corporate EVP兼CIOらは、社内DXで直面した5つの壁として、経営層の本気度への疑念、部門間の利害対立、現場からの机上の空論批判、グローバルパートナーとの文化的違い、変革疲れを挙げている。

出発点は2021年4月のトランスフォーメーションオフィス設立だ。CEO直下の組織として設置し、記者会見で「本気でやり切る」姿勢を社内外に表明して退路を断った。部門間の利害対立に対しては「9 Drivers(9つの変革ドライバー)」で全体最適の必要性を明確化し、本社24階を「社内DX特区」として最先端技術を試行する場に充てた。トップダウンへの現場の抵抗に対しては、社長が毎日確認する情報を従業員にも共有する「経営コックピット」などQuick Winの可視化で応じた。デジタルID導入時に「マスク着用時の精度向上」「利用可能な場所の拡大」といった泥臭い課題に直面した経験まで含めて共有することが、顧客との対話における共感の源泉になったという。営業の現場で「NECではどうしているのか」と問われる場面が増えたことが、この戦略の実利だった。

数字も公開されている。経営コックピットとAIの組み合わせで更新間隔を96.7%短縮(月次から毎日へ)、人事領域の問い合わせナレッジ生成で1件あたり工数を83%削減(60分→10分)、生成AIによるセキュリティ監査活動の高度化で報告書作成時間を70%短縮(200分→60分)、脆弱性の検知通知時間を86%短縮(7日→1日)。2026年4月のBluStellar Updateでは、管理会計業務でAIが常時分析・提案し意思決定を支援する新プロセスにより約60%の工数削減を見込むこと、経営戦略策定業務の約80〜85%をAIが代替する先行実証を実施したことが示された。ソフトウェア開発では、人材マネジメントシステムの開発で従来約6,500時間を要した工数を53時間に短縮し、金融機関向けソフトウェア開発のリバースエンジニアリングでは12,000時間を要する作業を6時間で完了させたという。

そしてこの方法論は、Anthropicとの提携でもそのまま適用されている。NECは社内業務での「Claude Cowork」活用をクライアントゼロの取り組みとして推進し、開発の内部設計からテスト工程を中心にAIエージェントを使い込んだうえで、その知見を顧客向けソリューションに転写する構えだ。BluStellar Updateの資料は、NEC全社での実践(40を超える業務に順次AI適用)から、NECグループ各社でのAX実践へと対象を広げることを明記している。

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数字で見るBluStellar——2025年度は30%増、2030年度は1兆3,000億円へ

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事業としての規模と収益性は、2026年7月29日発表の第1四半期決算資料で明快に開示された。BluStellar全体(国内ITサービス分と社会インフラ分の合計)の2025年度実績は売上収益7,050億円、Non-GAAP営業利益1,020億円、利益率14.5%。内訳は国内IT分が6,383億円、社会インフラ分が667億円である。2026年度予想は売上収益8,400億円(前年度比19.1%増)、Non-GAAP営業利益1,430億円、利益率17.0%で、国内IT分7,600億円、社会インフラ分800億円という配分になる。前年度の売上は前々年度の5,424億円から30.0%伸びており、利益率も12.2%→14.5%→17.0%(予想)と着実に切り上がっている。

2026年度第1四半期(4〜6月)の実績はさらに強い。BluStellar合計の売上収益は1,798億円で前年同期比40.1%増、Non-GAAP営業利益は249億円で93億円増、利益率13.8%。国内ITサービス内でのBluStellar売上比率は27%から35%へ跳ね上がった。裏返せば、従来型の「ベース事業」は国内ITサービスの中で縮小を続けており、NECは高採算のシナリオ型ビジネスへ意図的に重心を移している。

全社業績も過去最高を更新中である。2025年度(2026年3月期)の売上収益は3兆5,827億円、営業利益3,599億円(40.3%増)、調整後営業利益3,868億円、Non-GAAP営業利益3,972億円(利益率11.1%)、親会社の所有者に帰属する当期利益2,702億円。2021年の森田隆之社長就任時に5%前後だった営業利益率は、初めて2桁に乗せた。2026年度第1四半期は売上収益8,198億円(14.5%増)、営業利益588億円(66.1%増)、Non-GAAP営業利益747億円(86.9%増)、親会社の所有者に帰属する四半期利益497億円(157.4%増)。これを受けて通期予想を売上収益3兆5,400億円(400億円上方修正)、Non-GAAP営業利益4,300億円(100億円上方修正)へ引き上げた。ただしこの修正には、2026年5月14日に完了した米CSG Systems Internationalの新規連結影響は反映されておらず、上期決算発表時に織り込む予定とされている。CSGはNetcracker傘下で運営され、買収価格は1株80.70ドル、負債を含む企業価値は約29億ドル(4,385億円)だった。

目標は2026年4月24日に上方修正された。2025年11月のIR Dayで示した「売上収益1兆円・調整後営業利益率20%」から、「2030年度に売上収益1兆3,000億円・調整後営業利益率25%」へ引き上げられている。2026年5月12日に発表された「2030中期経営計画」では、全社のNon-GAAP営業利益率15%以上、Non-GAAP営業利益を2025年度比2倍、Non-GAAP EPS成長CAGR15%以上、長期的には海外利益比率50%と時価総額のGlobal Top Tier入りを掲げた。成長投資枠はCSG買収後、2030年度末までで最大1.2兆〜1.3兆円と想定している。森田社長はITmediaのインタビューで「ROICもROEも目標ではなく結果。過度に重視しすぎては、心理的ブレーキになる」と述べ、「1,000億円以下」の海外買収は検討対象にしないシビアな線引きも語っている。

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アンソロピック・ショック——資本市場がBluStellarに突きつけた問い

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ここから先が、投資家にとっての本題である。2026年に入ってNEC株を襲ったのは業績悪化ではなく、「AIがシステム構築という仕事そのものを消すのではないか」という構造論だった。

きっかけは米Anthropicの連続発表である。三井住友DSアセットマネジメントのチーフマーケットストラテジスト市川雅浩氏がまとめた時系列によれば、1月30日にAIエージェント「Claude Cowork」へ法務・財務分析などの専門業務の自動化機能が追加され、2月5日に金融分析に優れる「Claude Opus 4.6」が発表され、2月20日に脆弱性管理機能「Claude Code Security」、2月23日にはブログでClaude CodeによるCOBOLモダナイゼーション支援が示された。発表のたびに関連銘柄が崩れ、この一連の現象は「アンソロピック・ショック」と呼ばれるようになる。1月30日の法務・財務分析の自動化機能は既存の業務ソフトを代替するとの見方を広げてセールスフォースなどを直撃し、2月5日の発表後は金融サービス関連、2月20日の発表後はサイバーセキュリティ関連へ売りが波及した。日本経済新聞も「米業務ソフト株急落 アンソロピックがAI新技術」と報じ、市場では「SaaS崩壊論」まで語られた。

NEC株の値動きはこの物語をほぼ正確になぞる。1月20日に年初来高値6,036円をつけた株価は、1月30日に5,210円へ急落し、2月4日に4,722円、2月5日に4,397円と滑り落ちた。2月9日の取締役会で最大680万株・300億円を上限とする自己株式取得を決議(結果として680万株・約273億円を取得し3月24日に終了)したものの下げ止まらず、2月24日には年初来安値3,606円を記録した。高値からの下落率は40.3%である。

注目すべきは、NEC自身がこの現象を経営計画の公式資料に書き込んだことだ。2030中期経営計画のスライドには「アンソロピック・ショック」という見出しとともに、主要テックサービス企業21社の時価総額合計が2026年1月6日の約330兆円から4月30日の約250兆円へ、約80兆円(平均30%弱の下落)失われたと記されている。売上規模にして約20兆円相当だ。資本市場の懸念としてNECが列挙したのは、自動化・効率化によるシステム構築の価値低下、内製化の拡大による既存プレイヤーの事業機会減少、ベンダースイッチングコストの低下、AI運用責任の不明瞭化とリスク増大の4点である。自社が売られた理由を、自社の中期経営計画で四つに分解して提示した点は率直だ。

森田社長の反応は強気だった。日本経済新聞は「NEC株2割安、AI脅威論に社長不満 投資効率より海外M&Aに注力」「NEC、『AI脅威』払拭腐心 株価低迷も業績に自信 攻めの海外M&A視野」と相次いで報じている。森田社長自身はグループインタビューで「マクロに見れば市場は広がりますので、われわれが正しい行動を取れば、大きなビジネスチャンスになります。しかし、ただ待っていれば自然とそこに到達できるかというと、それは全く違います」と語った。中期経営計画では、グローバルで45兆円を超える規模のAIサービス市場が新たに生まれ、価値の重心が上流のコンサルティングと下流のオペレーションへ移動するという見立てを示している。市川氏も「関連銘柄の下げは行き過ぎとの見方も多い」としつつ、「長期的にみた場合、時間の経過とともに、AIエージェントの機能が向上すれば、既存ビジネスへの影響も大きくなることが予想される」と両面を指摘している。

株価は戻りつつある。第1四半期決算を発表した翌日の2026年7月30日、NEC株は前日比389円高(8.43%高)の5,002円で引け、出来高は1,844万株に膨らんだ。2月の安値からは38.7%の回復だが、1月の高値にはなお17%届かない。時価総額は約6.8兆円で、中期経営計画が「史上最高値」として記した2025年11月21日の8.1兆円には距離がある。アナリストの12カ月平均目標株価は6,046円で、直近ではマッコーリーが7月13日にアウトパフォーム継続のまま目標株価を5,000円から6,000円へ引き上げた。BofAが6,900円、SMBC日興が6,600円、UBSが6,500円を掲げる一方、シティグループは6月30日に5,300円から5,100円へ引き下げており、見方は割れている。

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Anthropicとの提携——先手は取ったが、独占ではなかった

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皮肉なことに、NEC株を叩き落としたAnthropicは、その2カ月後にNECの最重要パートナーになった。

2026年4月23日、NECはAnthropicと日本のエンタープライズ領域における戦略的協業を開始し、日本企業として初のグローバルパートナーとなった。内容は三本柱である。第一に、金融・製造・自治体といった高セキュリティ・日本特有の法規制準拠が求められる領域向けに、デスクトップ向けAIエージェント「Claude Cowork」を活用した業種別・業務特化型AIソリューションを共同開発すること。第二に、BluStellar ScenarioへClaude(Claude Opus 4.7)とClaude Codeを組み込み、まず「データ起点の意思決定能力向上」と「顧客理解の高度化」の2シナリオから適用して順次拡大すること。第三に、NECグループ約3万人にClaudeを導入し、Anthropicの技術支援とトレーニングを受けてCoEを設立し、国内企業最大規模のAIネイティブエンジニア体制を構築することである。あわせて、NECは次世代サイバーセキュリティサービスのSOCにAnthropicの技術を投入する。Anthropicの最高事業責任者Paul Smith氏は「両社の強みを結集し、日本企業が安心して活用できる、高い安全性を備えたAIエージェントをお届けする」とコメントした。

提携は速やかに具体化している。6月11日には、NEC、Anthropicと、MS&ADインシュアランスグループホールディングス、住友生命保険、大和証券グループ本社、三井住友トラストグループ、三井住友信託銀行、三井住友フィナンシャルグループ、明治安田生命保険という金融8社が、AIを活用した価値創出に向けた共創の取り組みを開始した。7月8日には協業に基づく最初のサービスとして「NEC AIインサイトレポーティングサービス」を提供開始。ClaudeとSnowflakeのAIエージェント「Snowflake Cortex」、そしてマクロミルの消費者購買データ「MHS」を組み合わせ、商品企画や販促プランの立案までを完全自動化する。従来はデータサイエンティストやコンサルタントが数週間から1カ月を要していた工程だ。価格は月100万円(税別)から、販売目標は今後3年間で累計100億円。2026年9月まで飲料・加工食品・日用品などの顧客企業と各業種一社ずつビジネス検証を行い、10月から本格提供に入る計画である。

しかし、この先行は独占ではなかった。5月19日、日立製作所がAnthropicと戦略的パートナーシップを締結し、グループ約29万人の全ビジネスプロセスにClaudeを導入、10万人規模のAIプロフェッショナル人財を育成し、北米・欧州・アジア横断のグローバル組織「Frontier AI Deployment Center」(約100〜300名規模を目標)を設立すると発表した。日立は自社実践を「カスタマーゼロ」と呼び、その成果を社会インフラ向けソリューション群「HMAX by Hitachi」に還元するとしている。続く5月27日には富士通がAnthropicと戦略的提携を発表。グループ全社員約10万人にClaudeを展開し、Palantirとの協業で培ったForward Deployed Engineer(FDE)モデルを1,000人規模のエンジニアチームで強化する。富士通の高橋美波COOは「富士通はまず自らがCustomer Zeroとなり」と述べており、NECの「クライアントゼロ」、日立の「カスタマーゼロ」と、同じ発想が三社に並んだ格好だ。

背景には、Anthropic自身の急拡大がある。同社は2026年5月28日、Altimeter Capital、Dragoneer、Greenoaks、Sequoia Capital主導のシリーズHで650億ドル(約10.4兆円)を調達し、ポストマネー評価額9,650億ドル(約154兆円)に達したと発表した。2月のシリーズG(300億ドル調達・評価額3,800億ドル)から約3カ月で2.5倍である。ランレート売上高は5月初めに470億ドル(約7.5兆円)を突破した。3月末に評価額8,520億ドル(約136兆円)となったOpenAIを抜き、未上場AI企業として世界最高評価となっている。共同主導にはCapital Group、Coatue、D1 Capital Partners、GIC、ICONIQ、XNが名を連ね、参加投資家にはBlackstone、Brookfield、DST Global、Fidelity、General Catalyst、Insight PartnersLightspeed、MGX、Temasek、そして日本のNTTVCも含まれた。日本の大手ITベンダー三社がそろってAnthropicに寄ったのは、この資本と技術の重力を無視できなかったからにほかならない。

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強みと課題

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強みは大きく四つに整理できる。第一に、クライアントゼロによる実践知の厚みと、それを再現可能な型に落とす仕組みである。2021年から5年かけて自社で失敗を含めて回し切った履歴は、後発が短期間で模倣しにくい。第二に、フルスタックの技術基盤だ。フルスクラッチのLLMを持つこと、NISTの生体認証ベンチマークで世界1位の評価を得た顔認証、CISSP取得者560名以上を擁するセキュリティ、ネットワーク、そして自前のAIスーパーコンピュータまでを一社で束ねられる企業は日本に多くない。第三に、官公庁・金融という参入障壁の高い顧客基盤である。ガバメントAIでの選定、金融8社との共創枠組み、全国300拠点超の保守網は、価格競争になりにくい領域を押さえている。第四に、収益性が実データで改善していることだ。BluStellarの利益率が12.2%→14.5%→17.0%(予想)と切り上がり、国内ITサービスに占める売上比率も第1四半期時点で27%から35%へ上がっている以上、「絵に描いた戦略」ではない。

課題も同じくらい鮮明である。最も本質的なのは、自社LLMの相対的な立ち位置だ。NECは主力のBluStellar ScenarioにClaudeを組み込むと明言しており、7月8日の初サービスもClaudeとSnowflakeで構成されている。cotomiが担うのは「コンパクトな専門領域特化型モデル」であり、汎用フロンティアモデルの座を取りに行く戦いからは事実上降りている。これは経済合理的な判断だが、投資家から見れば「国産LLMを持つプレミアム」は目減りする。ガバメントAIも2026年度中は無償提供が条件であり、収益貢献は早くて2027年度以降だ。

第二に、Anthropic提携の先行者利益が1カ月で相対化されたことである。NECの3万人という展開規模は、日立の29万人・富士通の10万人と並べると小さく見える。NECが掲げる「国内企業最大規模」はAIネイティブ“エンジニア”体制についての表現で、日立の10万人は「AIプロフェッショナル人財」、富士通の10万人は「全社員へのClaude展開」と定義が異なるため単純比較はできないが、差別化の説明責任は重くなった。

第三に、生産性革新の自己カニバリである。6,500時間を53時間に、12,000時間を6時間に縮める能力は、人月商売のままでは自らの売上を削る。NECは価値の重心をコンサルティングとオペレーションへ移すと宣言しているが、契約形態と値付けの転換が伴わなければ利益率目標25%は届かない。ベース事業の縮小スピードとシナリオ型の拡大スピードが噛み合うかどうかが、2027年度以降の実質的な試金石になる。

第四に、実行リスクとポートフォリオの重さだ。CSG買収(4,385億円)の統合、2030年度末までの成長投資枠1.2兆〜1.3兆円の消化、そして2026年10月1日のNECソリューションイノベータ(従業員約1.2万人)吸収合併によるエンジニア2万人規模の再編は、いずれも同時進行する。ITmediaのインタビューで森田社長は、現状20%程度にとどまる海外比率を長期的に海外利益比率50%へ引き上げると語っており、跳躍の幅は大きい。加えて、月額30万円からというAI Platform Serviceの価格は国内としては現実的な水準だが、ハイパースケーラーのマネージドAIサービスとの比較で「NEC独自機能40以上」が何を意味するかを顧客に納得させ続ける必要がある。

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今後の展望——いつ、何が計測されるのか

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投資家にとって重要なのは、この物語のどこにチェックポイントが打たれているかである。カレンダーは意外なほどはっきりしている。

まず2026年8月ごろ、デジタル庁の生成AI利用環境「源内」で国産LLM7モデルの試用が始まる。デジタル庁の資料によれば評価検証は2027年3月まで続き、源内自体は全府省庁の職員約18万人へ展開される。評価結果の概要は2026年冬(ITmediaの報道では2027年1月)に公表され、優れたモデルは2027年度(令和9年度)から有償で政府調達される予定だ。cotomi v3がここでどう位置づけられるかは、国産LLMの序列を可視化する初のイベントになる。

2026年9月には、NEC AIインサイトレポーティングサービスの業種別ビジネス検証が終わり、10月から幅広い企業への本格提供が始まる。3年で累計100億円という販売目標に対する初期の進捗が、Anthropic協業の実収益化力を測る最初の物差しだ。同じ10月1日にはNECソリューションイノベータの吸収合併が実行され、エンジニア2万人規模の一体運営が始まる。そして上期決算発表(例年10〜11月)では、CSG連結の影響が業績予想に織り込まれる。今回の第1四半期時点の上方修正はCSG抜きの数字であり、通期像はここで初めて更新される。

より長い時間軸では、2028年からAIスーパーコンピュータの追加稼働が始まり、NECはモデル開発能力を3倍にするとしている。特化型モデルの供給力が競争力に直結する設計である以上、この投資の実行と成果は2028〜2029年の重要な観測点になる。そして2030年度、BluStellarは売上収益1兆3,000億円・調整後営業利益率25%、全社ではNon-GAAP営業利益率15%以上、Non-GAAP営業利益2025年度比2倍、海外利益比率50%が問われる。

四半期ごとに追うべき指標は三つに絞れる。国内ITサービスに占めるBluStellar売上比率(第1四半期資料ベースで2025年度28%、2026年度予想35%、直近四半期35%)、BluStellarの利益率(2025年度14.5%、2026年度予想17.0%、2030年度目標25%)、そしてIR Dayで示されたシナリオ/オファリング構成比(2025年度目標33%、将来目標63%)である。最後の指標こそが「人月からの脱却」の進捗を最も正直に映す。アンソロピック・ショックで市場が突きつけた問いは、要するに「AIが構築を安くしたとき、あなたは何で稼ぐのか」だった。NECの答えはコンサルティングとオペレーション、そしてクライアントゼロで磨いた型の再販である。その答えが正しいかどうかは、この構成比が63%へ向かって動くかどうかで判定される。


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