光のまま、つなぎ替わる箱

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厚さ4.4センチ、ノートパソコンをひと回り大きくしたくらいの金属の箱がある。前面には光ファイバーの差込口が32個並んでいる。ここに入った光は、箱の中で一度も電気に戻らないまま、別の差込口から出ていく。どの口とどの口をつなぐかは、ソフトウェアから命令を出すだけでいい。切り替えにかかる時間は300マイクロ秒を下回る。1万分の3秒だ。

この箱を作っているのが、スペイン・バレンシアのiPronics(アイプロニクス)である。製品名は「iPronics ONE-32」。同社は2026年9月2日、総額1億2,500万ドル(約192億円)のシリーズB資金調達を発表した。共同リードはMaverick SiliconとLight Street Capital、そこにNVIDIAが加わった。累計調達額は1億7,700万ドル(約272億円)になる。

そして9月9日、NTTが発表した。この調達ラウンドに、6月に組成したばかりの「IOWN AI Fund」が参加していた、と。ファンドにとって、これが初めての投資案件である。フォトニクス技術と光スイッチという、ファンドが中核と位置づける領域での第一号だ。NTTもCatalight Capitalも、ファンドの出資額そのものは開示していない。iPronicsの企業価値も公表されていない。

なぜ、光ファイバーをつなぎ替えるだけの箱に、これだけの金と、これだけの顔ぶれが集まるのか。

電話交換手が戻ってくる

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いまのデータセンターのネットワーク機器は、ほぼすべて「パケット交換機」である。届いたデータを細かい小包に分け、宛先を1つずつ読み、行き先ごとに振り分けて送り出す。郵便局の仕分けに近い。柔軟で、相手が誰であっても即座につながる。インターネットはこの仕組みの上に成り立っている。

ただし、この仕分けには代償がある。光ファイバーで運ばれてきた信号を、いったん電気に変換して読まなければならない。読み終わったら、また光に戻して送り出す。この光と電気の往復が、電力を食い、遅延を生み、部品コストを押し上げる。GPUを数万台つなぐようなAIクラスタでは、この往復が何十万回も積み重なる。

光回路スイッチ、英語でOptical Circuit Switch、略してOCSは、この発想を捨てる。データの中身を一切読まない。ただ、Aという口とBという口を物理的につなぐ。昔の電話交換手が、プラグを差し替えて相手につないでいたのと同じことを、鏡や液晶や光導波路でやる。中身を読まないから、電気に戻す必要がない。1秒あたり400ギガビットが流れていようが3.2テラビットだろうが、スイッチ側は何も変えなくていい。

そんな古い仕組みがなぜ今かというと、AIの通信パターンがちょうどこれに向いているからだ。大規模モデルの学習では、同じGPU同士が何時間も、下手をすれば何日も、同じ相手と大量のデータをやりとりし続ける。相手が頻繁に変わらないなら、つなぎっぱなしにしておけばいい。仕分けの機能は要らない。

先行しているのはGoogleである。同社は「Apollo」と呼ぶ独自の光回路スイッチを自社データセンターで5年以上運用しており、インフラコストを30億ドル(約4,600億円)以上削減したと公表している。データセンターのコストが約3割、消費電力が約4割下がったという数字も示されている。最新のTPUクラスタでは、9,216台のアクセラレータをこの仕組みで束ねている。

市場調査会社MarketsandMarketsは、光回路スイッチの市場規模を2026年に5.6億ドル(約860億円)、2032年に25.2億ドル(約3,900億円)と見積もる。年平均28.5%成長の計算だ。光通信専門の調査会社Cignal AIは2026年2月、GoogleのTPUクラスタ増設を理由に2026年の市場規模見通しを従来のおよそ3倍に引き上げ、2029年の予測も4割超上方修正した。同社のリードアナリスト、Scott Wilkinson氏は、光回路スイッチが「Googleの単一プロジェクトから、実際の導入を伴う複数ベンダーの市場へ広がった」と述べている。

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IOWN AIファンドとは何か

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NTTがこのファンドの組成を発表したのは2026年6月10日である。参加したのは、NTT、Young Sohn氏個人、韓国のSKグループ、台湾最大の通信会社である中華電信、そして日本政策投資銀行の5者。この5者が「運営パートナー」という立場に就く。規模は約5億ドル、NTTの換算で約800億円。年内のファイナルクローズを予定している。

出資参加に関心を示している企業は、世界で20社を超える。NTTが公表した一覧には、富士通、古河電気工業、NEC、KDDI、ソニーグループ、東芝、伊藤忠商事といった日本勢に加え、Samsung Electronics、SK hynix、GlobalFoundries、台湾のAccton Technologyが並ぶ。三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の三メガバンクと、SBIグループ、東京センチュリー、JA三井リースも名を連ねている。光デバイスの供給側から、それを使う通信事業者、そして資金の出し手まで、垂直に一列に揃っている点がこの顔ぶれの特徴だ。

さらに、出資者としてではなく賛同者としてコメントを寄せた企業がある。ArmのCEOレネ・ハース氏は「AIインフラには、より高速なプロセッサだけでは不十分だ」と述べ、CatalightとIOWN AI Fundがフォトニクス分野を後押ししている点を評価した。Broadcomの半導体ソリューション事業部門プレジデント、チャーリー・カウワス氏は「オープンで、幅広い企業が製品・技術を提供できるフォトニクスエコシステムが不可欠だ」と述べている。光ファイバーの世界最大手Corningの会長兼CEOウェンデル・ウィークス氏、半導体設計ツール大手のSynopsysとCadenceの両CEOも、それぞれコメントを出した。半導体設計から光ファイバー製造まで、フォトニクスの上流と下流が同じファンドに賛意を示している。

投資対象は光技術だけではない。NTTが示した領域は7つに分かれ、光伝送や光スイッチといったフォトニクス技術を土台に、AIアクセラレータとチップレット、レーザーや変調器といった光源系、データセンターの電力・冷却の最適化、クラウドと分散システムのソフトウェア、推論の軽量化や量子化、そして医療・製造・金融向けの応用サービスまで及ぶ。地域は北米が中心で、アジアと欧州が続く。ステージはアーリーからグロースまでを見るが、重心はミドルステージ、つまり技術が実証段階を抜けて商用化に向かう局面に置いている。

このファンドの発想がどこから来ているかは、NTTが公開した説明資料に露骨に描かれている。資料には「NVIDIAのエコシステム例」という図があり、同社が6年間でMellanox、Cumulus Networks、SwiftStack、Bright Computing、Run:aiといった企業を買収し、GPUという核から上へ下へとレイヤーを積み上げていった経緯が並べてある。その隣に「IOWNの目指すエコシステム」が置かれ、光技術という核から同じように積み上げる構図が描かれている。買収ではなく出資と協業で、というのがNTT側の違いだ。

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運営会社Catalight Capitalと、その創設者

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ファンドの運営を担うのが、Catalight Capital株式会社である。シリコンバレーと東京に拠点を置き、米国子会社のCatalight Capital US, LLCがIOWN AI Fundへの投資助言を行う構造になっている。この米国子会社は、1940年米国投資顧問法第203条(l)のベンチャーキャピタルファンド運用者免除に依拠するExempt Reporting Adviserとして届け出る予定だと、NTTの発表文に明記されている。

創設者でファウンディング・マネージング・パートナーを務めるのが、Young Sohn氏だ。半導体業界では有名な人物である。サムスン電子でコーポレート・プレジデント兼最高戦略責任者を務め、グローバル戦略とM&Aを統括した。それ以前は、データセンター向け光デバイスの半導体企業Inphiの最高経営責任者だった。Inphiは2021年にMarvellに買収されている。さらにさかのぼると、Agilent Technologiesの半導体部門のプレジデントを務めていた。この部門はのちにAvago Technologiesとなり、Broadcomになった。

つまりこの人物は、光通信用半導体という、いま最も熱い分野の会社を2つ経営した経験を持つ。現在もArmとCadence Design Systemsの取締役、HARMAN Internationalの会長、サムスンセミコンダクター諮問委員会の委員長を兼ねる。個人としての投資実績には、Zoom、IonQ、Groq、SambaNova、Cerebras、Habanaといった名前が並ぶ。学歴はペンシルベニア大学の電気工学とMITスローンのMBA。

Sohn氏はもう1つの顔を持つ。シリコンバレーのベンチャーキャピタル、Walden Catalyst Venturesの共同創業者兼マネージングパートナーである。Walden Catalystは2021年に設立され、共同創業者のもう1人は、現在Intelの最高経営責任者を務めるLip-Bu Tan氏だ。NTTの資料は、Sohn氏がCatalight Capitalに参画するのはあくまで個人としてであり、Walden CatalystとCatalightの投資判断はそれぞれ独立して行われる、と注記している。

もう1人のファウンディング・パートナーがFrancis Ho氏である。Walden Catalystのパートナーであり、Samsung Catalyst Fundの共同責任者、そしてInphiで戦略マーケティング担当副社長を務めた。マッキンゼー、JP Morgan Partners、ONI Systemsでの経験もある。興味深いのは学歴で、カリフォルニア工科大学で物理を学んだあと、スタンフォード大学の博士課程で山本喜久教授の研究室に在籍した。山本教授は現在、NTT Research, Inc.のPHI Lab所長である。Ho氏自身も現在、NTT Researchで薄膜ニオブ酸リチウムを使った光コンピューティングのアドバイザーを務めている。NTTと光技術の世界における、20年越しの人的な接続点がここにある。

チームには、NTT出身のHidenobu Nagata氏がファウンディング・パートナーとして、NTTドコモ・ベンチャーズのマネージングディレクターであるChris Hermanowicz氏も加わる。日本の事業会社側の窓口と、シリコンバレーのディールフローを一つの組織で持つ設計になっている。

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iPronicsという会社

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iPronicsは2019年、スペインのバレンシア工科大学から生まれたスピンオフである。母体は同大学のiTEAMという光通信の研究室だ。創業したのは、当時博士課程を終えたばかりのDaniel Pérez-López氏と、指導教授であるJosé Capmany氏。バレンシア出身の起業家Iñaki Berenguer氏が会長として資金と経営の後ろ盾についた。

創業時の看板技術は、光回路スイッチではなかった。「プログラマブル・フォトニクス」、つまりソフトウェアで機能を書き換えられる汎用の光チップである。FPGAという半導体をご存じなら、その光版だと思えばいい。チップの上に六角形の格子状に導波路を敷き、格子の各節点に小さな光の分岐器を置く。この分岐器の設定を電気的に変えることで、光の通り道を自在に描き替えられる。同社の初期製品「SmartLight」は、この格子を72個の可変ユニットで構成していた。Nature誌が世界の注目テック企業として取り上げたのは、この汎用性ゆえだった。

その汎用チップが、AIデータセンターの光回路スイッチという1つの用途に絞り込まれる。転機は経営陣の入れ替えだ。2024年9月、Christian Dupont氏が最高経営責任者に就任する。テキサス・インスツルメンツの無線事業部門をアメリカと欧州で統括し、その後は光MEMSのスタートアップを複数社経営してきた人物である。光スイッチを売る側の実務を知っている。Pérez-López氏は創業者兼最高技術責任者として技術を見る役割に回った。研究の切れ味と、量産品を売る経営を分けた形だ。

製品化は速かった。2025年3月に世界初のシリコンフォトニクス製光回路スイッチとしてONE-32を発表し、5月に出荷を開始。2026年3月には、光デバイス受託製造大手のFabrinetに専用の実装・組立・試験ラインを立ち上げたと発表した。フリップチップによる光チップの実装から、半導体光増幅器の組み込み、熱・機械の信頼性試験、システムレベル検査までを一貫して行うラインで、2026年第2四半期に本格稼働する計画だった。同社はこの発表の中で、ONE-32が最初の10社のハイパースケーラーおよびAIクラスタ向けOEM顧客に採用されたと述べている。顧客名は公表していない。

資金調達の履歴も、この加速を映している。2022年にAmadeus Capital Partnersが主導する370万ユーロの初期ラウンド、2025年1月にはTriatomic Capitalが主導する2,000万ユーロ(約36億円)のシリーズA。そこから1年半あまりで、今回の1億2,500万ドルである。桁が一気に2つ上がった。米国での事業拠点としてカリフォルニア州サンタクララにオフィスを開き、製品戦略と顧客導入、AIインフラのパートナーシップを担う人材を採用中だ。

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iPronicsの強み

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第一に、動く部品がない。既存の光回路スイッチの主流はMEMS方式で、髪の毛より細い可動ミラーを何百枚も並べ、静電気で角度を変えて光を反射させる。物理的に鏡を動かすので、切り替えには100ミリ秒程度かかる。iPronicsのチップは光導波路の中で光の進路を電気的に制御するため、可動部が存在しない。切り替えは300マイクロ秒未満、MEMSの300分の1以下だ。通過時の遅延は30ナノ秒を下回る。

第二に、小さい。The Registerの報道によれば、iPronicsのロードマップは32ポートのチップから72ポート、144ポートへと進む計画で、最終的には1ラックユニットに720組のポートを収めることを狙う。現在市場に出ている300ポート級のスイッチが8ラックユニット以上を占有していることを考えると、面積あたりの密度が一桁変わる。AIラックはGPUと電源と冷却で既に満杯で、スイッチに割ける空間は年々狭くなっている。この密度は効いてくる。

第三に、CMOSの土俵で戦える。同社のチップは標準的なシリコンフォトニクスのプロセスで作られる。半導体産業が半世紀かけて磨いてきた微細化と歩留まり改善の恩恵を、そのまま受けられる立場にある。Dupont氏が「標準的なシリコンフォトニクスのプロセス上に構築された、量産可能で信頼性のあるソリッドステート光回路スイッチを提供する最初の企業になる」と述べたのは、この点を指している。MEMSも液晶も、この曲線には乗りにくい。

第四に、業界標準づくりの内側にいる。Open Compute Projectが立ち上げた光回路スイッチのサブプロジェクトは、iPronicsとLumentumが共同で主導している。参加企業にはGoogle、Microsoft、NVIDIA、Coherent、nEyeが名を連ねる。ハイパースケーラーがどんなソフトウェアインターフェースを求めているかを、規格づくりの場で直接聞ける位置にいるということだ。創業7年のスタートアップとしては異例の立ち位置である。

そして第五に、NVIDIAが株主に入った。NTTは発表文の中で、NVIDIAを含む有力な投資家の参加を「iPronicsの技術力および事業可能性に対する高い期待を示す有力な外部評価の一つ」と表現している。NVIDIAは2026年3月、CoherentとLumentumにそれぞれ20億ドル、合計40億ドル(約6,200億円)を投じ、光部品の供給能力を押さえにいった。同社が光の領域で何を仕込んでいるかを考えると、この出資の意味は資金以上のものになる。

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iPronicsの課題

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強みの裏返しが、そのまま課題になっている。

最大の弱点は光の損失である。半導体アナリストの分析によれば、導波路方式の光回路スイッチの挿入損失は、MEMS方式や液晶方式のおよそ2倍にあたる。光が導波路の中を通り、何度も分岐器を経由するあいだに、少しずつ弱まっていくためだ。iPronicsはこれを半導体光増幅器で補う設計を採っている。だが増幅器はシリコンでは作れない。インジウムリンという別の材料の素子を、シリコンのチップに貼り合わせる必要がある。この異種材料の集積は、製造の難しさと歩留まりの低下に直結する。同じ分析は、この技術が成熟するまでに数年を要すると見ている。

次にコストだ。同じ分析は、導波路方式の製造コストが確立技術の3倍を超えると指摘する。市場価格の側を見ると、128ポート級のスイッチは1台5万〜6万ドルから3万〜4万ドルへ下がり、1ポートあたり250〜300ドルの水準に来ている。300ポート級はサンプル出荷で15万ドル(約2,300万円)程度、量産時には10万〜12万ドルまで下がるとみられている。既存勢がこの価格帯で量産しているところへ、3倍のコスト構造で入っていくことになる。

規模の差も大きい。現行のONE-32は32ポート級であり、300ポート級を量産しているLumentumやCoherentとは一桁違う。同じ分析は、iPronicsの本格的な量産は2027年後半より前には難しいと見ている。その間に何が起きるかというと、Lumentumは2026年末までに光回路スイッチ事業で四半期あたり約1億ドル(約150億円)という公開ガイダンスを示し、2027年には年間10億ドル(約1,500億円)規模のランレートを目標に掲げている。Coherentは液晶方式のスイッチをGoogleに2026年中に約3,000台出荷する見通しで、GoogleとOracleから3億ドル(約460億円)超の受注を得たと説明している。

そして、需要そのものの偏りがある。2026年の光回路スイッチの総需要は2万台超と見込まれるが、そのうちおよそ1万8,000台がGoogle向けだ。しかもその多くはGoogleの内製設計に紐づいている。外部から調達されるのは5,000〜6,000台程度で、その大半をCoherentとLumentumが押さえている。Cignal AIのWilkinson氏も「全体の機会は明らかに数十億ドル規模だが、近い将来の支出の大半はGoogleの内製設計に囲い込まれたままで、第三者ベンダーに開かれるのはより小さく、しかし急速に成長する部分だ」と述べている。

つまりiPronicsは、技術的には次世代の解を持ちながら、市場が最も大きく開いているタイミングにはまだ量産が間に合わない、という位置にいる。1億2,500万ドルは、この時間差を埋めるための資金である。

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投資家はこれをどう見たか

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今回のラウンドの顔ぶれには、それぞれ違う意味がある。

共同リードのMaverick Siliconは、テキサスの著名ヘッジファンドMaverick Capitalの半導体特化部門だ。シニア・マネージング・ディレクターのManish Muthal氏は「AIワークロードの爆発的な成長が、従来のネットワークインフラを電力と帯域の限界まで押しやった。光回路スイッチはかつてなく重要になっている」と述べ、iPronicsの取締役に就いた。

もう一方のリード、Light Street Capitalはシリコンバレー拠点のテクノロジー投資会社である。同社のShef Osborn氏は「iPronicsはインターコネクト層におけるソリッドステート光スイッチングとして、最もスケーラブルでコスト効率の高いアプローチを提供していると考える」とコメントした。同社のアドバイザーとして取締役に加わったGeoffrey Tate氏の経歴が、この投資の性格を物語る。半導体IPのRambusを創業CEOとして率いて上場させ、AI推論チップのFlex Logixを共同創業してAnalog Devicesへの売却まで導き、それ以前はAMDでマイクロプロセッサ部門のシニア・バイスプレジデントだった人物だ。付言すると、今回のラウンドの投資家リストには「The Tate Family Trust」の名もある。

既存投資家の顔ぶれは、欧州のディープテック資金の構造をそのまま映している。2025年のシリーズAを主導したTriatomic Capitalに加え、ロバート・ボッシュのベンチャー部門であるBosch Ventures、欧州委員会が運営する欧州イノベーション会議のファンド、フィデリティ系列のディープテック投資会社Fine Structure Ventures、英国の老舗ディープテックVCであるAmadeus Capital Partners、そしてスペインのCriteriaCaixaのベンチャー部門であるCriteria Venture Techが並ぶ。公的資金と産業系CVCと金融系VCが一緒に支えるという、欧州の深い技術系スタートアップに典型的な構図だ。

Catalight Capitalは自社の発表で、投資判断の理由を明快に書いている。AIのスケールにおける課題は「もはやGPUを何台並べられるかではなく、それらをいかに効率よくつなぐか」であり、iPronicsは半導体、フォトニクス、ネットワーキング、AIインフラが交差する場所にいる、と。そしてもう1つ、研究段階の技術を商用化するには「深い技術的専門性と、経験ある事業運営の指導力」の両方が必要だという点を挙げた。創業者CTOと外部招聘CEOという組み合わせを、投資判断の要素として明示的に評価している。Sohn氏はiPronicsのアドバイザーに就任した。

競合の資金調達も見ておくと、市場の温度がわかる。同じ光回路スイッチのスタートアップであるnEye.aiは2026年4月、Sutter Hill Venturesが主導する8,000万ドル(約123億円)のシリーズCを完了した。参加したのはAlphabet傘下のCapitalGとMicrosoft傘下のM12である。累計調達額は1億5,200万ドル(約234億円)。Googleの投資部門とMicrosoftの投資部門が同じ会社に入っている一方、iPronicsにはNVIDIAとNTTが入った。買い手側の陣営が、それぞれ別の技術系統に張っている構図が見える。

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NTTにとって、この一件は何なのか

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NTT自身も光のスイッチを作っている。「光電融合スイッチ」と呼ばれるもので、2026年度中の商用化を予定している。総通信容量は102.4テラビット毎秒、試作段階で現行品の8分の1の消費電力を実現したとされる。BroadcomやAccton Technologyと組んで製品化を進めている。

では、なぜ他社の光スイッチに出資するのか。NTTは発表文でこの点を丁寧に説明している。自社の光電融合スイッチは、電気スイッチの電気配線区間を短くすることで、パケット処理の柔軟性を保ったまま消費電力を下げる方式だ。一方iPronicsの光回路スイッチは、光信号を電気に変換せずに光のまま経路を切り替えることで、さらに大きな省電力を実現する。

そして両者の適用範囲が違う。光回路スイッチは切り替えが遅い代わりに、大容量のトラフィックが一定時間続くような用途、つまりAIの学習ジョブに向く。光電融合スイッチは高速に切り替えられるので、トラフィックが刻々と変わる用途に不可欠になる。NTTはこの2つを「相補的な関係」と表現し、適材適所で組み合わせることでデータセンター全体の効率が上がる、と述べている。競合を買ったのではなく、自社の穴を埋める技術に張ったという整理だ。

背景には、IOWN構想が置かれた立場もある。NTTは2019年にこの構想を打ち出し、2023年から光の波長で拠点間をつなぐAPNサービスを商用提供してきた。ただ、光電融合デバイスが本格的に収益へ寄与するのはこれからで、その間にBroadcom、NVIDIA、TSMCが光電融合の領域へ次々と参入してきた。日経クロステックの取材に対し、NTTの担当役員は「市場の方向性が見えない段階でも、異なる技術アプローチを排除しない」という趣旨を述べている。標準化団体のIOWN Global Forumがデファクトを作る役割を担うのに対し、ファンドは自社の研究の外側にある技術を取りに行く役割を担う。役割分担がはっきりしている。

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今後、何が計測されるか

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まず年内、IOWN AI Fundのファイナルクローズが来る。NTTは2026年内を予定しており、賛同を表明した20社超のうち、実際にいくら出したのがどこなのかがここで確定する。現時点の一覧は暫定であり、最終契約で変わり得るとNTT自身が注記している。約800億円という規模が積み上がるのか、それを超えるのか、あるいは届かないのか。日本の事業会社が主導するディープテックファンドとして、この着地は一つの指標になる。

10月12日から15日まで、サンノゼでOpen Compute Projectのグローバルサミットが開かれる。iPronicsとLumentumが共同主導する光回路スイッチのサブプロジェクトは、この場で対面会合を持つ。ハイパースケーラーが求めるインターフェース仕様がどこまで固まるかが、第三者ベンダーに市場が開くかどうかを左右する。

製品面では、iPronicsの72ポートおよび144ポートのチップがいつ出てくるかが最大の焦点になる。32ポートから72ポートへの跳躍は、挿入損失と歩留まりの両方が同時に厳しくなる領域で、半導体光増幅器の集積が実際にどこまで効いているかが露呈する。半導体アナリストの見立てでは本格量産は2027年後半以降であり、この予測が前倒しになるか後ろにずれるかが、今回の1億2,500万ドルの成否そのものである。

NVIDIA側の動きも重なる。同社のRubin世代は2026年後半からパートナー各社を通じて出荷が始まる。その先の「Rubin Ultra」世代で採用される「Kyber」ラックについて、業界メディアのThe Next Platformは、現在のNVSwitchによるファットツリー構成に代えて光回路スイッチのスパインを置く可能性があると指摘している。あくまで観測であり、NVIDIAは公表していない。ただ、同社がCoherentとLumentumに合計40億ドルを投じ、さらにiPronicsのシリーズBに参加したという事実の並びは、この観測に一定の重みを与える。

そしてNTT側では、2026年度中の光電融合スイッチの商用化がある。自社製品の投入と、ファンド経由での外部技術の取り込みが、同じ年度に並走する。IOWN AI Fundの2件目、3件目の投資先がどの領域から出てくるか。フォトニクスが続くのか、AI半導体やパッケージングに広がるのか、それとも推論の最適化ソフトウェアに向かうのか。7つの投資領域のうちどこに次の一手が打たれるかで、このファンドが本当に「NVIDIAのやり方」を光の側から再現しようとしているのかが見えてくる。


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