一枚のチップに焼き込まれたAI

一枚のチップの中に、AIモデルそのものが金属の配線として埋め込まれている。ソフトウェアとして読み込むのではない。学習を終えた重みが、そのまま回路の形に変換されて、シリコンの中で固まっている。だから後から別のモデルに差し替えることはできない。その代わり、答えを返す速度が桁で変わる。
カナダのトロントに拠点を置くTaalas(タラス)という会社が作った「HC1」というチップがそれだ。Metaが公開している小型モデルLlama 3.1 8Bを丸ごと配線に変換してあり、同社の説明では1秒あたり約1万7,000トークンを出力する。NVIDIAのH200で同じモデルを動かした場合の73倍にあたり、消費電力は10分の1だという。しかもHBMと呼ばれる高価な積層メモリを一枚も積んでいない。先端パッケージも、3次元積層も、液冷もいらない。演算と記憶が同じシリコンの中で融けあっているからだ。
AMDは2026年8月6日、この会社を買収すると発表した。買収額は公表していない。
その前日の8月5日、Anthropicが自社チップの設計チームを立ち上げたことを公式に認めていた。そして8月25日、OpenAIが初の自社チップ「Jalapeño」、読み方はハラペーニョの性能測定結果を公開し、NVIDIAの最上位ラックシステムを電力あたりの処理量で最大1.9倍上回ったと発表した。その翌26日、NVIDIAは四半期売上高962億ドル(約15.3兆円)という過去最高の決算を出した。
3週間の出来事である。しかもこの3社は、それぞれ違う立場から同じ場所を目指している。OpenAIは自分でチップを設計する側に回り、AMDはチップを売る側でありながらモデル専用シリコンの技術を買い、Anthropicはこれまで他社のチップだけで走ってきた立場から自前の設計に踏み込んだ。共通しているのは、狙いが「学習」ではなく「推論」だという一点である。


そもそも推論とは何で、なぜ専用チップなのか

AIの計算には大きく二つの局面がある。学習と推論だ。
学習は、料理人を育てる工程にあたる。膨大なレシピと食材を与えて、何が美味しいのかを体に叩き込む。何か月もかかり、途方もない電力を食い、失敗したらやり直す。ここでは「あらゆる種類の計算を大量に、柔軟に回せる」ことが求められる。NVIDIAのGPUが君臨してきたのはこの領域だ。
推論は、育った料理人が実際に客の注文を受けて一皿を出す工程にあたる。ChatGPTに質問を打ち込んで返事が返ってくる、そのときに起きているのが推論である。学習が一度きりの投資であるのに対し、推論はサービスが生きているかぎり一秒も止まらずに走り続ける。そして客が増えれば、そのぶん回数が増える。
この回数が、常識の外側に出た。Googleの2026年5月時点の集計では、同社が処理しているトークン、つまりAIが読み書きする文字のかたまりの数は月間3,200兆に達している。1年前は480兆だったので、7倍である。外部の財務推計では、OpenAIの推論コストは2025年に84億ドル(約1.34兆円)、2026年には141億ドル(約2.25兆円)に達し、同社の粗利率は33%まで下がったとされる。原価の大部分は、答えを返すたびに発生する電気と機材の減価償却である。
ここで効いてくるのが、推論と学習では計算の性質がまるで違うという事実だ。学習では大量のデータをまとめて流し込むので、演算器をぎっしり詰め込んだチップが速い。ところが推論、特に対話やコード生成のように一文字ずつ答えを生成する処理では、演算器は多くの時間を「メモリからデータが届くのを待って」過ごす。GPUの持つ膨大な演算能力の大半は遊んでいる。しかも学習用のGPUは、あらゆるモデル、あらゆる用途に対応できるよう作られているぶん、余計な回路と余計な電力を抱えている。
料理人の喩えに戻せば、一流の総合料理人にラーメンだけを一日中作らせているようなものだ。それならラーメン専用の設備を組んだほうが、速いし、安いし、電気も食わない。しかも今や店に来る客の注文は、ほぼラーメンばかりになった。これが2026年に各社が一斉に推論専用チップへ動いた理由である。


OpenAIのハラペーニョ、9か月で作られたチップ

OpenAIとBroadcomが「ハラペーニョ」を初めて公にしたのは2026年6月24日だった。OpenAIにとって初の自社設計チップで、汎用アクセラレータの転用ではなく、最初からLLMの推論だけのために設計されている。
チップを率いたのはOpenAIのハードウェア責任者リチャード・ホー氏である。Googleに9年近く在籍しCloud TPUプロジェクトを率いた一人で、その後は光コンピューティングのLightmatterでチップ部門を統括していた人物だ。彼はハラペーニョについて「フロンティアモデルにとって最も重要なカーネル、メモリ移動、ネットワーク、サービング(応答の配信)のパターンを軸にアーキテクチャを最適化した」と述べている。
驚かれたのは開発期間だった。構想が動き出したのが2024年後半、設計を凍結して製造に投げたのが2025年11月。設計から量産投入までおよそ9か月で、Broadcomはこれを「高性能先端半導体において達成された史上最速のASIC開発サイクル」と表現している。
中身はこうなっている。製造はTSMCの3ナノメートル世代で、演算用の大きなダイに入出力用の小さなチップを組み合わせ、その周りに次世代の積層メモリHBM4を6段積んで216ギガバイトを載せている。消費電力の上限は700ワット。比較対象になるNVIDIAのGB300は1,400ワットなので、ちょうど半分だ。
面白いのは内部の構造と、命名である。チップの中は64個の「演算とメモリの組」に区切られていて、それぞれが自分の担当データをすぐ隣に持っている。生成AIの推論では、会話の履歴にあたるデータをどれだけ手元に置いておけるかが速度を決めるので、この配置が効く。そしてラックの各パーツには、CPU側が「カツ」、アクセラレータ側が「ビンダルー」、ネットワーク部分が「チャナ」と、辛い料理の名前が並ぶ。基板とラックへの組み上げはCelesticaが担当し、Broadcomはシリコンの実装とネットワークを受け持った。
もう一つ、この開発でOpenAIが強調しているのが、自社のAIにチップの設計作業をやらせた点だ。同社によれば、AIが生成した演算コードは人間の専門家が書いた実装より1.5倍から1.8倍速く、演算回路の面積も1割前後削れたという。自分たちのモデルで自分たちのチップを作る、という循環が回りはじめている。

ベンチマークの中身と、投資家が見ている穴

8月25日、Hot Chipsという半導体の学会に合わせて、OpenAIは実測値を公開した。使ったのは半導体調査会社SemiAnalysisが公開している「InferenceX」というベンチマークで、SemiAnalysis側も一部の測定を現地で立ち会って確認している。
結果は、NVIDIAのGB200およびGB300のラックシステムに対し、電力1キロワットあたりの処理量で1.5倍から1.9倍、応答が返ってくるまでの時間で1.7倍から3.6倍の優位だった。特に印象的なのは一人のユーザーに対する応答速度で、DeepSeek R1のような大型モデルでは毎秒700トークン対169トークンと4倍以上の差がついた。通常、処理量を上げれば一人あたりの応答は遅くなり、応答を速くすれば全体の処理量が落ちる。この二つを同時に取ったところがハラペーニョの主張である。
SemiAnalysisのダイラン・パテル氏はこれを「大ニュースだ」と評した。初代のカスタムシリコンがBlackwellに勝つこと自体が異例だからだ。調査会社Yole Groupのアドリアン・サンチェス氏は「ハイパースケーラーが設計したチップが、推論効率でNVIDIAのBlackwell級GPUに並ぶか上回れることを示した」とし、「NVIDIAの推論マージンに対する脅威だ」と述べている。
ただし投資家サイドの読み方は、もう少し冷めている。
第一に、比較の土俵が完全には揃っていない。ハラペーニョは新しいHBM4を積んでおり、比較対象のGB300は一世代前のHBM3eである。SemiAnalysis自身も、この点で比較は「やや不完全」だと認めている。そしてNVIDIAが2026年6月に量産に入った次世代のVera Rubinは同じHBM4世代なのだが、今回の比較には入っていない。SemiAnalysisの試算では、Vera Rubinとハラペーニョはトークンあたりのコストでほぼ互角で、しかもNVIDIAにはOpenAIがまだ引いていないソフトウェア面の改善余地が残っているという。
第二に、測定に使われた条件が推論の中では素直なほうだという指摘がある。入力8,000トークン、出力1,000トークンの一往復という形は、チューニングが最も効きやすい。エージェントが何十回も往復しながら長い文脈を抱えて動くような、実運用で本当に重い処理は今回の対象外だ。
第三に、そして最も大きいのが、量である。OpenAI自身が、2026年末の展開は「ごく少量」で、本格的な配備は2027年からだと明言している。生産の大半は2027年後半に寄ると見られており、ベンチマークが出てから実際に台数が動くまで1年の空白がある。その間にNVIDIAはVera Rubinを回しきってしまう。
そしてもう一つ、GoogleやAmazonとの決定的な違いを指摘する声がある。ハイパースケーラーは自社チップが余っても外部のクラウド顧客に売れるが、OpenAIにはその出口がない。作ったハラペーニョは、すべて自社の需要で埋めるしかない。チップ事業としての設計自由度は、実はいちばん狭い。


AMDがTaalasを買った理由

AMDのTaalas買収は、8月6日に発表された。AI事業を統括するバムシ・ボッパナ上級副社長は「AMDはフルスタックのAIプラットフォームを構築しており、顧客があらゆるAIワークロードに最適な計算資源を選べるようにする」と述べている。買収額は非開示で、規制当局の承認を条件に2026年第4四半期のクロージングを見込む。
Taalasは2023年8月に設立された会社で、創業者のリュビシャ・バイッチ氏は、AIチップ企業Tenstorrentを立ち上げた人物である。資金調達は2024年3月にステルスを出たときの5,000万ドル(約80億円)に始まり、2026年2月19日のシリーズBで1億6,900万ドル(約269億円)を追加して、累計はおよそ2億1,900万ドル(約349億円)。投資家にはQuiet Capital、Fidelity、そして半導体投資で知られるピエール・ラモンド氏が並ぶ。
技術の勘所は、チップの作り方にある。半導体は100層前後の配線を重ねて作られるが、Taalasはそのうち上のほうの2層だけをモデルごとに変える。残りは共通のまま使い回す。だから学習済みの重みが決まってから完成品が出てくるまで、TSMCでおよそ2か月。汎用のGPUなら半年かかる工程が、モデルの世代交代の速度に追いつくところまで縮む。HC1を作ったチームは24人で、開発費はおよそ3,000万ドル(約48億円)だったとされる。
AMDにとってこれは、単に速い推論チップを手に入れたという話ではない。買ったのは「モデルが決まってから2か月でシリコンにする」という設計フロー、つまり速度そのものである。NVIDIAはGroqの推論アーキテクチャをライセンスして技術を取り込んだが、AMDは顧客ごと、モデルごとにチップを仕立てる能力を買った。方向がまるで違う。AMDは自社のInstinct GPU、ラック製品のHelios、EPYC CPU、ソフトウェア基盤のROCmとTaalasの技術を組み合わせ、システムとして提供すると説明している。
弱点もはっきりしている。モデルを配線に焼き込むということは、モデルが更新された瞬間にそのチップの価値が落ちるということだ。生成AIの世界では主力モデルが半年で入れ替わる。2か月で作れることと、作ったものが2年使えることは別の話である。加えて、HC1が示した1万7,000トークンという数字は3ビットという極端な量子化、つまり精度を大きく削った条件で出ており、GPUの標準的な測定条件とは出力品質が揃わない。速度と消費電力の数値はいずれも会社側の申告であり、独立した検証はこれからだ。


Anthropicが最後に動いた

Anthropicは、主要なAI企業の中で自社チップに最も慎重だった。AWSのTrainium、GoogleのTPU、NVIDIA、AMDと、あらゆる会社のチップを使い分ける「マルチチップ戦略」を掲げ、自分では設計しないことを強みにしてきた。
その姿勢が、2026年に入って少しずつ動いた。4月にはロイターが自社チップ製造の検討を報じ、6月にはOpenAIのカスタムチップ計画で2人目のハードウェア採用者だったクライブ・チャン氏が同社を離れてAnthropicに移った。チャン氏はもともとTeslaのDojoスーパーコンピュータのチームにいた人物で、OpenAI側ではBroadcomとの共同開発に関わっていた。7月2日には、The Informationが、Anthropicがカスタムチップの製造委託先としてSamsungと協議していると報じた。検討されているのは2ナノメートル世代の製造ラインと先端パッケージだが、報道によれば計画はまだ初期段階で、そのチップが何をするものなのか、どれくらいの性能にするのか、サーバーにどう収めるのかも決まっていないという。
そして8月5日、Anthropicはこれを公式に認めた。求人票にはこう書かれている。「私たちはシリコンパートナーとチップのレベルから協働してきた。いま、その投資を深め、カスタムシリコンチームを構築している」。募集されているのはシリコンエンジニアやハードウェアシステムアーキテクトで、提示された年収は32万ドルから48万5,000ドル(約5,100万円から7,700万円)。広報担当者はこれを「マルチチップアプローチの最新の一歩」と表現し、今後もAWS、Google、NVIDIA、AMDを含む多様なハードウェアを使い続けると述べている。
出遅れたように見えて、Anthropicの立ち位置はむしろ強い。5月28日に完了した650億ドル(約10.4兆円)のシリーズHは、ポストマネー評価額9,650億ドル(約153.8兆円)という単独ラウンドとして史上最大の調達で、その株主にはSamsung、SK hynix、Micronという世界のメモリ供給を握る3社が「戦略的インフラパートナー」として名を連ねている。推論チップの成否を分けるのがHBMの確保だとすれば、これほど有利な株主構成はない。
さらに計算資源の面では、2025年10月にGoogleとの間で最大100万個のIronwood TPUを使う契約を結び、2026年4月6日にはGoogleとBroadcomの両社と、2027年から立ち上がる次世代TPUを複数ギガワット規模で確保する契約を追加した。AWSとは10年で1,000億ドル超を投じ、最大5ギガワットのTrainiumを押さえている。使う量は十分にある。あとは自分で設計する意味があるかどうか、という判断だけが残っている。


GoogleがTPUを二つに割った日

各社の動きを並べると、2026年に起きた構造変化がはっきり見えてくる。それは「学習用と推論用は、もはや同じチップではない」という割り切りだ。
最も象徴的なのがGoogleである。同社は4月のCloud Next 2026で第7世代のIronwood TPUを正式提供に移したうえで、第8世代を初めて二つに分けた。学習用のTPU 8tと、推論用のTPU 8iである。同じ会社の同じ世代でありながら、中身の設計思想が違う。推論用の8iのほうがメモリ容量が大きく、チップ上に置く高速メモリは学習用の3倍積んでいる。演算能力はむしろ学習用より低い。Google自身が公式にこう説明している。事前学習、事後学習、リアルタイムの応答では、必要なインフラの要件が乖離してしまった、と。エージェントが計画を立てて実行して学習するというループは、従来の学習向けに最適化されたハードウェアでは効率のピークを出せない、というのがその理由だ。
Amazonは2025年12月のre:InventでTrainium3を正式提供に移し、Trainium2に対して計算性能を4.4倍に引き上げた。すでに次のTrainium4の開発に入っており、NVIDIAのNVLink Fusionに対応してGPUと混在させられるようにするという。Microsoftは1月にMaia 200を発表した。TSMCの3ナノで作られ、1,400億個のトランジスタと216ギガバイトのメモリを積み、750ワットで10ペタフロップスを超える。スコット・ガスリー氏によれば、現行世代に対して価格性能比で30%改善する。用途は明確に推論で、OpenAIのモデルやMicrosoft 365 Copilotがこの上で動く。
Metaの動き方は、また違う。同社は3月11日、今後2年で4世代のMTIAチップを投入すると発表した。半年に1世代以下という頻度で、業界標準の1年から2年というサイクルを意図的に壊しにいっている。すでに数十万個のMTIAが推論用途で稼働しているという。ただし2025年10月に買収が明らかになったチップ企業Rivos、報道ベースで約20億ドル(約3,200億円)とされる案件だが、この統合は順調ではない。The Informationによれば、Rivosの技術を使う予定だった設計は仕様が野心的すぎて中止となり、代替の計画はタイムラインが後ろにずれている。買えば速くなるとは限らない、という例である。
このほか、QualcommはAI200を2026年、AI250を2027年に投入する計画で、サウジアラビアのHUMAINと組んで200メガワット規模の展開を進めている。TeslaはAI5を4月15日にテープアウトし、SamsungとTSMCの米国工場で作らせる。日本でも、Preferred Networksが推論に特化したMN-Core L1000を開発している。メモリを3次元に積み上げる独自方式でGPU比10倍の高速化を狙うもので、2026年の提供を目標に掲げてきた。


NVIDIAの反撃

こうした動きに対して、NVIDIAは大きく二つの手を打っている。
一つは、自分で推論専用チップを作ってしまうことだ。Rubin CPXがそれで、汎用GPUの柔軟性を捨てて、長い文脈を読み込む処理に振り切った設計になっている。高価なHBMではなく安いGDDR7メモリを128ギガバイト積み、GB300のラックシステムに対して文脈処理を3倍速くする。2026年末に投入される。顧客が自社ASICを作る前に、自分でASIC的なものを出しておく、という発想である。ジェンスン・フアン氏自身、ASICの脅威を問われて「うちのチップも本質的にはASICだ。社内で設計してTSMCで作っている」と答えている。
もう一つが、競合の吸収だ。2025年12月24日、NVIDIAはAI推論チップの旗手だったGroqと、およそ200億ドル(約3.2兆円)の取引を結んだ。形式上は買収ではなく非排他的な推論技術のライセンス契約だが、創業者のジョナサン・ロス氏や社長のサニー・マドラ氏を含むチームがNVIDIAに移った。Groqは同年9月の調達で69億ドルの評価額だったので、3倍近い値がついたことになる。NVIDIAのこれまでの最大買収は2019年のMellanox、約70億ドルだったから、桁が違う。
そして数字が、この議論全体に重みをつける。8月26日に発表された5月から7月期の決算で、NVIDIAの売上高は962億ドル(約15.3兆円)、前年同期比106%増。データセンター部門だけで890億ドル(約14.2兆円)、117%増だった。粗利率は75.0%を維持し、次の四半期は1,080億ドル(約17.2兆円)を見込む。フアン氏は「AIは変曲点に達した。トークンは生産的で、利益を生んでいる。いまや計算能力が売上そのものだ」と述べた。
一顧客の自社チップが数万個単位で動きはじめても、この規模はすぐには崩れない。ただし、調査会社Omdiaのアレクサンダー・ハロウェル氏は、カスタムASICが数量ベースでGPUを上回るのは2028年と見ている。売上ではなお当面GPUが上だとしても、台数の逆転はもっと早い。TrendForceのフィオン・チウ氏は、ハラペーニョはOpenAIの推論におけるNVIDIA依存を減らすが、大規模な学習とフロンティアモデルの開発ではNVIDIAのGPUが不可欠であり続けると指摘している。
削られるのはシェアの全部ではなく、利益率の高い部分、つまり推論のマージンだ、というのが調査会社の一致した見方である。


シリコンバレーの資金はどこへ動いたか

投資家の側から見ると、2026年は推論チップに賭けた資金が実際に回収されはじめた年である。
象徴はEtchedだ。ハーバード大学を中退した創業者が立ち上げた会社で、Transformerというアーキテクチャ以外は一切動かせない極端なチップ「Sohu」を作っている。汎用性を捨てたぶん演算器の稼働率が跳ね上がる、という発想はTaalasと同じ系譜にある。2026年1月時点の評価額は50億ドルだった。7月23日にSequoia主導で3億ドル(約478億円)を調達したときが103億ドル(約1.64兆円)。そして8月18日、クオンツ取引会社のJane Streetが主導する7億ドル(約1,120億円)の調達で210億ドル(約3.3兆円)になった。1か月で倍である。この調達の直前、EtchedはJane Streetに最初のラックを納入していた。金融のトレーディング会社が実際に買って動かした、という事実が評価額を動かした。他の投資家にはKleiner Perkins、Sequoia、Andreessen Horowitz、Tiger Globalが並ぶ。
上場市場でも同じことが起きた。ウエハー1枚をまるごと1個のチップにする独自路線のCerebrasは、5月14日にNasdaqへ上場した。公開価格185ドルに対して初日終値は331ドル7セント、68%上昇し、時価総額はおよそ950億ドル(約15.1兆円)。調達額55億5,000万ドル(約8,800億円)は、2019年のUber以来となる米テック企業の最大規模のIPOだった。投資家が見ていたのは、OpenAIとの200億ドル規模の複数年契約である。
未上場勢も動いている。演算をメモリの中で行う方式のd-Matrixは累計4億5,000万ドル(約717億円)を調達し、6月にCorsairプラットフォームを本格量産に移した。電力効率に振ったPositron AIは2月に2億3,000万ドル(約367億円)のシリーズBを10億ドル(約1,600億円)超の評価額で調達し、そこにはArmとカタール投資庁が入っている。次世代シリコンは2026年末のテープアウト、2027年初頭の量産を目指している。
そしてこの分野の出口は、いま明確に一つの形に収束している。買い手はインフラの巨人だ。NVIDIAがGroqを、MetaがRivosを、AMDがTaalasを、それぞれ手に入れた。ベンチャー投資家にとっての勝ち筋は「NVIDIAを倒す」ことではなく、「ハイパースケーラーが自前では間に合わない部品になる」ことに変わった。Taalasは24人のチームが3,000万ドル使って作った試作品で、2億1,900万ドルの調達に対して株主に納得のいく出口を用意した。同じ設計思想の会社が次々と資金を集めているのは、この投資回収の型が成立したからである。
一方、この構造で最も安定して稼いでいるのは、チップを設計代行する側だ。カスタムAI ASICの共同設計市場は、BroadcomとMarvellの2社でおよそ95%を占め、そのうちBroadcomが8割から8割5分を握る。Broadcomの2026年2月から5月期のAI半導体売上は108億ドル(約1.72兆円)で前年同期比143%増、通期では560億ドル(約8.9兆円)、2027年には1,000億ドル(約16兆円)超を見込む。同社が「6社の主要カスタムチップ顧客」と呼ぶ中には、Google、Meta、OpenAI、そしてAnthropicが含まれている。誰が勝つか分からないレースで、全員の靴を作っている会社が確実に儲かる、という構図である。


詰まっているのはHBMと2ナノ

ここまでの話は、設計の話だ。実際にチップが並ぶかどうかは、別の関門にかかっている。
最大の壁がメモリである。Samsung、SK hynix、Micronの3社は、2027年分のDRAMとHBMの生産枠をすでに売り切ったと報じられている。2026年分はとうに埋まっている。ハラペーニョは1個あたりHBM4を6段積む。これがギガワット規模で展開されるということは、NVIDIAが押さえていた枠に新しい大口の請求者が加わるということだ。しかもHBM4の価格は買い手によって差がついており、報道ベースではNVIDIAが1ギガバイトあたり32ドル前後、Broadcomが36ドル、AMDが40ドルとされる。交渉力の差が、そのままチップの原価に乗る。
製造も詰まっている。主要なカスタムチップはほぼすべてTSMCの3ナノに集中しており、稼働率は限界に張り付いている。次世代のInstinctなどが狙う2ナノ世代は、さらに枠が薄い。設計を9か月で終えても、ウエハーが来なければ何も出荷できない。
三つ目がソフトウェアだ。GPUには十数年かけて積み上がったCUDAという資産があり、世界中のモデルがそれを前提に書かれている。SemiAnalysisのダイラン・パテル氏が繰り返し指摘するのは、AIの性能を本当に押し上げるのはチップ単体ではなくハードウェアとソフトウェアの共同設計だという点である。ハラペーニョはOpenAI自身のモデルとカーネルに合わせて作られているから、この問題を内側から解いた。しかし外販するチップは、顧客のソフトウェアが動かなければただの板になる。
四つ目が、モデルそのものの変化速度である。今のチップは、いま流行しているアーキテクチャに最適化されている。専門家の集合体のように動くMoE型のモデルや、何十回も往復しながら長い文脈を抱えるエージェント型の処理は、要求するメモリとネットワークの性質が違う。Googleが第8世代でTPUを二つに割ったのは、まさにその要件が乖離したからだ。3年後に主流になる処理の形に、いま設計しているシリコンが合っている保証はない。


これから何が起きるか

直近のカレンダーは、かなりはっきりしている。
2026年第4四半期に、AMDによるTaalas買収が規制当局の承認を経てクロージングする。同じ年末に、ハラペーニョの最初の実機がOpenAIの環境に入る。ただし台数はごく少量だ。同じころ、NVIDIAはRubin CPXを投入する。MetaはMTIA 400の最終検証をデータセンター規模で終える。
本番は2027年である。ハラペーニョの量産は2027年を通じて立ち上がり、出荷の大半は後半に寄ると見られている。第2世代はすでに開発が進み、第3世代も企画段階に入っている。AmazonのTrainium4とAMDのMI500シリーズが2027年に重なり、Googleの第8世代TPUも順次立ち上がっていく。Anthropicが自社シリコンの実物を出すとすれば、Samsungとの協議が形になった先の話になるので、この波よりさらに後だろう。
そのうえで、本当に見るべき指標は性能比較ではない。第一に、HBMの割り当てである。2027年の生産枠が売り切れている以上、誰がどれだけ確保できたかが、そのまま出荷台数の上限になる。第二に、テープアウトの報である。第2世代の設計が製造に投げられたというニュースは、ベンチマークより確実な進捗の証拠だ。第三に、そして最も雄弁なのが、OpenAIやAnthropicのNVIDIA購入量が実際に鈍るかどうかである。
OpenAIは今後8年で1兆4,000億ドル(約223兆円)規模のインフラ投資を約束している。この金額に対して、自社チップが削れるのはコストの一部にすぎない。しかしその一部が推論の原価であり、そこが粗利率33%という数字を押し下げてきた当のものだ。だからこそ各社が同じ月に、同じ方向へ動いた。
汎用の計算機で何でも動かす時代から、やることを決めてから機械を作る時代へ。2026年8月の3週間は、その切り替えが誰の目にも見える形で表に出た瞬間だった。
