10兆円を稼いだ部門と、810億円を失った部門が、同じ会社にある

スマートフォンの基板の上に、指の爪ほどの黒い四角が並んでいる。写真やアプリを広げておく作業台にあたるのが DRAM、電源を切っても中身が消えない引き出しが NAND だ。この二つの部品の値段が、この一年半で三倍を超えた。
その結果、2026年4〜6月の三か月間で、サムスン電子のスマートフォン部門は7,000億ウォン、日本円にしておよそ810億円の営業赤字を出した。同社が携帯電話を作り始めて以来、この部門が四半期の赤字に落ちたことは一度もない。
同じ三か月、同じ会社の半導体部門は89兆2,000億ウォン、およそ10兆3,600億円の営業利益を叩き出し、過去最高を更新した。値上がりしたメモリを売って空前の利益を得た側と、その値上がりで赤字に落ちた側が、同じ屋根の下にいる。
数字を並べると異様さがはっきりする。サムスン電子が7月30日に開示した4〜6月期は、全社売上高が171兆5,000億ウォン(約19兆9,000億円)、営業利益が89兆5,000億ウォン(約10兆3,900億円)で、いずれも四半期として過去最高だった。全社の利益のほぼすべてが半導体から来ている計算になる。
その裏で、スマートフォンとネットワーク機器を合わせた部門は、売上高33兆2,000億ウォン(約3兆8,500億円)に対して営業損失7,000億ウォン。前年同期は売上高29兆2,000億ウォン(約3兆3,900億円)で3兆1,000億ウォン(約3,600億円)の黒字だったから、売上を14%伸ばしながら、利益は3兆8,000億ウォンぶん消えたことになる。
しかも売れていないわけではない。決算説明会でサムスンは、Galaxy S26 シリーズの旗艦モデルが堅調で、普及帯の A シリーズも好調、販売台数は前四半期より増えたと説明している。Counterpoint Research の集計では、4〜6月期の世界スマートフォン出荷は前年同期比11%減と2013年以来の低水準に沈んだが、その中でサムスンはシェア24%で首位を奪い返した。市場が縮む中で存在感を増しながら、赤字に落ちた。
サムスンはスマートフォン部門とネットワーク部門の実績を合算して開示しており、スマートフォン単体の損失額は公表していない。ただしネットワーク事業については、海外売上の拡大で前年同期比でも前四半期比でも改善したと会社が明言している。赤字の重心がどちらにあるかは、それで分かる。


スマホの原価で一番高い部品が、AIサーバーに持っていかれた

なぜメモリの値段がここまで動いたのか。理由は一つで、AI である。
生成 AI のサーバーは、GPU の周りに膨大なメモリを積む。中でも HBM と呼ばれる高帯域メモリは、DRAM のチップを何段も垂直に積み上げて作るため、同じ量を作るのに普通の DRAM の何倍ものウエハー面積を食う。工場の生産能力は有限だから、HBM とサーバー用 DRAM を優先すれば、その分だけスマートフォン向けの低消費電力メモリが作れなくなる。
サムスン自身の決算説明会が、この構図をそのまま語っている。メモリ事業部は「限られた生産能力の中で、需要モメンタムの強いサーバー用途を中心に販売を拡大した」と述べ、4〜6月期の自社平均販売単価が前四半期比で DRAM は40%台半ば、NAND は60%台後半上昇したと明かした。三か月で、である。
市場調査会社 TrendForce の集計では、スマートフォンに使われる LPDDR5X の契約価格は4〜6月期に前四半期比78〜83%上昇し、一世代前の LPDDR4X も70〜83%上がった。1ギガバイトあたりの単価で見ると、1〜3月期には10ドル(約1,600円)程度だったものが、6月末には20ドル(約3,200円)近くに達したとされる。
こうなると、スマートフォンの原価表の順位が入れ替わる。TrendForce の分析では、iPhone の部品原価に占めるメモリの比率は前年の約10%から7〜9月期には約34%へ跳ね上がり、2027年前半には約40%に届くという。Counterpoint Research は同じ時期の原価構成で、頭脳にあたる SoC が24%、画面が7%と見積もっている。長らく最大の原価項目だったプロセッサとディスプレイを、記憶部品が追い抜いてしまった。
打撃は安い端末ほど深い。Omdia は、100ドル(約1万6,000円)未満のスマートフォンではメモリのコストが7〜9月期に最大400%も膨らみうると警告し、「上がった原価を考えると、100ドル未満のスマートフォンを作って利益を出すのは事実上不可能だ」と述べている。世界の何億人という層が買ってきた価格帯が、経済的に成立しなくなりつつある。
メーカーは仕様を削って耐えている。上位機種は搭載メモリを16ギガバイトから12ギガバイトへ戻し、中位機は8ギガバイトへ、入門機は4ギガバイトへと逆行が始まった。値段は上がり、中身は減る。消費者から見れば、これほど分かりやすい悪化はない。


1988年の一台目から、赤字の四半期は一度もなかった

サムスンの携帯電話は、1988年の SH-100 から始まった。韓国で初めて国産された携帯電話だが、当時は贅沢品で、世代あたり数千台しか売れていない。
流れが変わったのは1994年である。SH-770 から「Anycall(エニコール)」というブランドを掲げ、韓国の山がちな地形でもつながることを売りにした。翌1995年には韓国で売れる携帯電話の半分以上がサムスン製になった。
世界に出たのは2010年の Galaxy S からだ。それまで世界シェアは5%を超えることがなかったが、Galaxy S2、S3 と続けて当てて一気に駆け上がり、2012年にはノキアを抜いて世界最大の携帯電話メーカーになった。
この事業の絶頂は2013年7〜9月期である。当時「IM 部門」と呼ばれたこの部門は、四半期だけで売上高36兆5,700億ウォン(約4兆2,500億円)、営業利益6兆7,000億ウォン(約7,780億円)を稼いだ。全社利益の三分の二をスマートフォンが背負っていた時代だ。
そこから先は下り坂だが、それでも黒字は途切れなかった。2016年、Galaxy Note 7 のバッテリーが発火して全量回収に追い込まれたときですら、7〜9月期の部門営業利益は1,000億ウォン(約116億円)まで落ちただけで、赤字にはならなかった。翌四半期には2兆5,000億ウォンまで戻している。製品を全世界から回収するという、メーカーにとって最悪の事故を起こしても、この部門は黒字を守った。
2021年12月、部門名は「MX(モバイルエクスペリエンス)」に改められた。26年ぶりの改称だった。
そして2026年である。2025年10〜12月期に約2兆ウォンだった営業利益は、1〜3月期にネットワーク部門と合算で2兆8,000億ウォン(約3,250億円、前年同期比35%減)となり、4〜6月期に7,000億ウォンの赤字へ落ちた。発火事故でも崩れなかった収益構造を崩したのは、部品の値段だった。

二度値上げしても、原価の上昇に追いつかなかった

サムスンは手をこまねいていたわけではない。今年に入って、二度値上げしている。
2月25日にサンフランシスコで発表した Galaxy S26 は、米国での標準モデルが256ギガバイト版で899.99ドル(約14万4,000円)。前世代にあった128ギガバイトの構成を廃止し、下限を引き上げた。最上位の S26 Ultra は1,299.99ドル(約20万7,000円)である。韓国国内では256ギガバイト版が全機種そろって9万9,000ウォン(約1万1,500円)、512ギガバイト版は20万9,000ウォン(約2万4,300円)値上げされた。大容量ほど上げ幅を大きくしている。
7月22日にロンドンで発表した折りたたみ機でも上限を押し上げた。新設された Galaxy Z Fold8 Ultra は米国で2,099.99ドル(約33万5,000円)、前年の最上位より100ドル(約1万6,000円)高い。韓国では257万7,300ウォン(約29万9,000円)である。一方で標準の Fold8 は前年より値下げして、上位と大衆機の価格差をはっきりつけた。
売れ行きは悪くなかった。韓国での折りたたみ三機種の予約販売は7日間で144万台に達し、Galaxy として歴代最高の予約売上を記録している。
それでも赤字である。理由は単純で、値上げの速さより原価上昇の速さが上回ったからだ。加えて、店頭価格を上げても、販売を伸ばすための割引や商品券、流通チャネルに払う販売奨励金が増えれば、サムスンが実際に手にする一台あたりの単価は伸びない。名目の値上げと、実収の値上げは別物である。
苦しんでいるのはサムスンだけではない。シャオミは同じ4〜6月期にスマートフォンの出荷を26.5%減らし、平均販売価格を過去最高まで引き上げてもなお、端末事業の粗利率は前年同期の11.5%から8.5%へ落ちた。調整後純利益は42.6%減である。中低価格帯の比率が高い中国メーカーほど、原価上昇はそのまま利益を削る。
同じ環境で、正反対の成績を出した会社がある。アップルは6月末に終えた2026会計年度第3四半期に、売上高1,094億ドル(約17兆5,000億円)で前年同期比16%増、営業利益は約357億ドル(約5兆7,000億円)で27%増。iPhone だけで542億5,000万ドル(約8兆6,600億円)を売り、22%伸ばした。四半期として過去最高である。
差が出た理由は二つある。一つは値付けの構造だ。アップルは上位機種と大容量モデルの比率を上げて平均単価を押し上げる戦い方をしてきた。台数のシェアではなく、一台あたりいくら残すかで勝負している。2026年4〜6月期の世界スマートフォン「売上」シェアは、アップルが49%で第2四半期として過去最高、サムスンは16%だった。台数では首位のサムスンが、金額では三倍近い差をつけられている。
もう一つは、売った後の稼ぎである。同じ四半期のアップルは、サービス事業の粗利率が75.6%で、ハードウェアの40.1%を大きく上回った。App Store の手数料、iCloud、コンテンツ購読、広告といった収益が、部品価格の上昇をそのまま吸収してしまう。端末を買い替えなくても既存ユーザーから売上が立ち続ける構造だ。
サムスンはここが弱い。Galaxy の利用者の多くは Google Play を使うため自社ストアの寄与は限定的で、クラウドも収益源というより囲い込みの機能に近い。端末を売った瞬間に利益を確定させる単線的な構造のまま、部品価格の急変を正面から受けている。
Counterpoint Research のアナリスト、Francisco Jeronimo は、アップルがメモリを早い段階で確保していたことを勝因の一つに挙げている。アップルの長期供給契約は2026年前半までの分しか固まっていないと伝えられており、この優位も永遠ではない。


自社の半導体部門が、自社のスマホ部門に値引きしない理由

垂直統合は本来サムスンの武器だった。世界最大のメモリメーカーを社内に持ち、世界最大のスマートフォンメーカーも社内に持つ。部品が足りない局面では圧倒的に有利なはずである。
ところが今回、その武器が内向きに作動した。
複数の報道によれば、半導体部門はスマートフォン部門に対して、一年を超える長期契約ではなく従来どおり四半期ごとの交渉で供給する方針を選んだ。価格は市場に連動させる。理由は身も蓋もない。外部の AI 顧客のほうが高い値段を出すからだ。部門ごとに損益を独立して計算する以上、半導体部門が身内に安く売る動機はない。
サムスンが長期契約をどこに向けているかを見ると、優先順位は明白である。8月初旬に会社が説明したところでは、メモリ生産能力の60〜70%を長期契約でカバーする方針で、契約は5年を基本に毎年見直して1年ずつ延長する形をとる。すでに世界の主要データセンター顧客5社と締結を終え、別の AI 関連の大口5社とも詰めの段階にある。合意した前受金の約25%を受領済みで、価格下落に備えた下限価格条項を含む契約もある。押さえられているのは、身内のスマートフォン部門ではない。
社内の温度差は、決算の数字にそのまま出た。2026年上半期の営業利益は、半導体部門が142兆9,000億ウォン(約16兆6,000億円)、完成品部門は2兆1,000億ウォン(約2,440億円)。完成品側は前年同期の8兆ウォン(約9,300億円)から四分の一に縮んだ。
そして、それは人の給与にまで及んだ。韓国メディアの報道では、半導体部門の従業員には一人あたり最大6億ウォン規模の成果報酬が見込まれる一方、完成品部門の従業員が5月に受け取ったのは600万ウォン相当の自社株だった。完成品側の労働組合は一人あたり自社株1,000株の追加補償を要求している。総額にすればおよそ12兆ウォンだ。完成品部門を率いるノ・テムン社長は「報酬は事業の成果に基づくべきだ」として、これを事実上退けた。さらに半導体部門が中心の最大労組は、2027年の賃金交渉を共同ではなく単独で行うと表明している。2009年以来の組織の分断が、制度として固まりつつある。
こうなると、会社を割るべきだという議論が出る。韓国コーポレートガバナンス・フォーラムは、半導体・ファウンドリ・完成品の三つの持株会社に分割する案を示した。ただし投資家側の見方は冷めている。スマートカルマに寄稿するアナリストの Douglas Kim は、分割しても評価額が上がるとは限らず、株主全体への効果は不透明だとして、現状維持が続くと結論づけている。物理的分割は既存株主に新会社株が配られないため、反対株主の買取請求という重い障害も待ち構えている。

会社が示した回復の道筋と、その弱点

サムスンが決算説明会で示した処方箋は、二つに絞られている。
一つ目は旗艦機への集中である。最上位の Ultra モデルと、7世代を重ねた折りたたみの Galaxy Z8 シリーズの構成比を上げる。Galaxy S26 の販売を継続的なマーケティングで支え、廉価版の S26 FE を投入する。中高価格帯への引き上げを進め、主要な AI 機能は普及帯の A シリーズにも下ろす。そして、部品調達難で他社が抜けた市場の空白を吸収して、台数シェアも伸ばす。年内には Android XR を載せた「インテリジェント・アイウェア」を出す。
二つ目は運営効率化だ。製品構成と流通チャネルを最適化して収益性の低下を防ぐ、と会社は説明している。実際の動きはもっと広い。8月上旬の韓国報道によれば、MX 事業部は内部会議で「積極的な値上げ」を主要な実行課題として掲げ、次期製品の価格、国別の販売価格、割引と販促の水準まで含めて一台あたりの収益性を引き上げる方針を固めた。割引や商品券、流通への販売奨励金を削って実売単価を上げる案も検討対象に入っている。コスト削減の範囲は営業・マーケティングを超えて、購買、物流、開発、人員運営にまで広げるという。
原価そのものを下げる手も動いている。自社製プロセッサ Exynos の搭載比率だ。Galaxy S26 シリーズでの Exynos 比率は25%程度とされるが、2027年の S27 シリーズでは50%まで引き上げる計画が報じられている。クアルコムが9月1日からチップ価格を引き上げるため、外部調達の比率を下げられれば効果は小さくない。
ただし、この処方箋には構造的な弱点がある。
旗艦機に寄せるほど台数は減る。ところがサムスンは、新興国での出荷と世界シェアを守るために普及帯を縮められない。ノ・テムン社長自身が7月22日のロンドンでの記者会見で、「旗艦から中低価格、エントリーまで多様な製品群を運営することが Galaxy の強みであり義務だ」と述べている。同じ会見で「原価上昇分を全部消費者に転嫁するのではなく、負担を最小化する方法を探し続ける」とも語った。値上げで利益を取り戻したいのに、値上げしきれないと宣言しているに等しい。
そして、その普及帯こそ、メモリ価格の上昇を吸収できない価格帯である。台数を守れば利益が消え、利益を守れば台数が消える。この二択が、いま MX 事業部の前に置かれている。

いつ黒字に戻るのか——強気と弱気で三年ぶんの開き

回復時期の見立ては、大きく割れている。
まず、原因側であるメモリの需給がいつ緩むか。サムスンのメモリ事業部は決算説明会で、来年の供給不足は今年より深刻になり、2028年にも不足が続くと述べた。新しい工場を建ててウエハーが出るまで3年半以上かかるため、増設による供給拡大は2028年まで大きくは効かない、という説明である。同社自身が売り手として語っている以上、割り引いて聞く必要はあるが、業界の物理的な制約としては筋が通っている。
価格上昇の勢いは鈍り始めた。TrendForce は7〜9月期の LPDDR 価格上昇率を8〜13%と見ている。4〜6月期の78〜83%と比べれば急減速だ。サーバー用 DRAM は13〜18%、PC 用 DRAM は15〜20%、10〜12月期は3〜8%へさらに縮む見通しである。上昇が止まるわけではないが、傾きは寝てきた。
端末市場のほうは、記録的な縮小が続く。IDC は5月時点で2026年の世界スマートフォン出荷を前年比13.9%減の10億9,000万台と予測した。史上最大の落ち込みである。2027年もさらに1.1%減り、メモリ供給が正常化する2028年にようやく5.5%の回復に転じると見る。平均販売価格は前年より100ドル高い550ドル(約8万8,000円)まで上がる。
Counterpoint Research の8月21日時点の見通しもほぼ同じで、2026年は14.3%減の約10億8,000万台、2013年以来の低水準、2027年は1.4%減、2028年に4.8%の反転となる。ただし会社別では差が出る。サムスンは2026年もおよそ0.8%のプラスで市場を大きく上回り、年間首位を奪還する見込みだ。アップルは約2.1%減、中国メーカーは15%から34%減と大きく沈む。同社の Yang Wang は、サムスンの首位復帰の理由を「社内の部品能力、幅広い製品群、確立された取引関係」と説明している。
問題は、そのシェア首位が黒字を意味しないことだ。
サムスン証券は7月8日のレポートで、MX・ネットワーク部門の2026年通期予想を営業利益3兆4,100億ウォンの黒字から、5兆8,410億ウォン(約6,780億円)の営業損失へ書き換えた。2027年は損失が15兆2,090億ウォン(約1兆7,660億円)まで拡大し、2028年も3兆2,370億ウォン(約3,760億円)の損失が続くと予想している。三年の合計で24兆2,870億ウォン、日本円でおよそ2兆8,200億円である。2027年の損失予想額は、2023年のメモリ不況で半導体部門が出した年間赤字14兆8,800億ウォン(約1兆7,300億円)を上回る。
この予想が当たるなら、MX 事業部の黒字復帰は2029年以降ということになる。
反対側の見立ては、値上げと製品構成の入れ替えがもっと早く効く、というものだ。旗艦機と大容量モデルの比率を上げ、割引を削り、Exynos の比率を上げ、崩れた中国メーカーの空白を上位価格帯で埋める。市場全体の平均単価が100ドル上がる局面は、値上げを通しやすい局面でもある。実際、サムスンは市場が二桁縮む中でシェアを伸ばしている。
どちらに転ぶかを決めるのは、結局のところ「値上げして、それでも売れるか」の一点である。


投資家はこの赤字をほとんど見ていない

冷たい言い方になるが、市場はこの赤字をほぼ値付けしていない。7,000億ウォンの損失は、同じ四半期の全社営業利益89兆5,000億ウォンの1%にも満たない。投資家がサムスン株を売り買いする理由は、スマートフォンではなくメモリにある。
そのメモリのほうで、8月に空気が変わった。サムスン電子の株価は8月28日終値で25万7,000ウォン(約2万9,800円)。年初来では264%上げているが、6月につけた最高値37万4,500ウォン(約4万3,500円)からは三割ほど下げている。SK ハイニックスは6月の高値から約50%下落した。両社とも過去最高の決算を出しながら、である。
ブルームバーグが8月12日に報じたところでは、市場の関心はすでに「ピークメモリ」の議論に移り、焦点は株主還元に移りつつある。Ten Cap Investment 共同創業者の Jun Bei Liu は「自社株買いは株価を支え、機関投資家をメモリ株に呼び込む」と述べ、Arkevium Capital の CIO である Maxence Visseau は「サイクルが成熟する局面では、資本の還元が次の大きな触媒になりうる」と語っている。
サムスンはその通りに動いた。8月20日、取締役会が2026年の株主還元を90兆〜110兆ウォン(約10兆4,000億〜12兆8,000億円)規模で実施すると承認した。2020年に記録した従来最高の20兆3,000億ウォン(約2兆3,600億円)のおよそ5倍で、韓国企業として過去最大である。フリーキャッシュフローのおよそ半分を株主に返す方針で、第3四半期に約30兆ウォンの現金配当、従業員報酬向けに約15兆ウォンの自社株買いを含む。2024年から2026年までの三年間の還元総額は120兆〜140兆ウォンに達する見込みだ。
モルガン・スタンレーは8月10日、直近の調整について「メモリ業界がこれまでに経験した最も急な調整局面は終わったように見える」として、サムスン電子の目標株価を37万5,000ウォン(約4万3,500円)に置いた。ただし同じレポートで、メモリ価格の上昇が減速し在庫が積み上がることで「第4四半期以降は業績予想の上方修正余地が狭まる可能性がある」と警告し、SK ハイニックスの2026年 EPS 予想を13%引き上げる一方で、サムスンの予想は10%引き下げている。
投資家の視点で見たとき、この赤字の本質はどこにあるか。
一つは、赤字そのものが会計上の内部取引の産物だという点だ。グループ全体で見ればサムスンはメモリの巨大な売り手であり、値上がりの受益者である。MX 事業部の損失は、値上がり益がどの部門の帳簿に立つかという配分の問題に過ぎない。だから連結の株主にとって、この損失は実質的な毀損ではない。
もう一つ、こちらが重い。垂直統合はこれまで、部品を安く確実に手に入れるための堀だった。それが今回、社内でも市場価格を払わされる構造として作用した。堀は自動的に効くものではなく、需給が逆転すれば内側に向く。そして完成品側が台数を落とせば、サムスンは自社の部品事業を規模で支えてきた需要チャネルを、自分で細らせることになる。
構図は、AI 産業そのものと同じである。価値は、希少な入力を握る側に移動する。データセンターでは GPU と電力に、スマートフォンではウエハーに。組み立てる側は、どれだけ台数を積んでも、上流に取られた分だけしか残らない。アップルがサービスの粗利率75.6%で吸収したものを、サムスンは端末の値段だけで吸収しようとして、届かなかった。


これから半年、何を見れば答えが出るか

判定材料は、すでにカレンダーに並んでいる。
最初のひとつは、まさに今この瞬間だ。サムスンは8月27日に Galaxy S26 FE を発表した。価格は699ドル(約11万2,000円)で、前世代より50ドル(約8,000円)高い。搭載メモリは8ギガバイト、プロセッサは自社製の Exynos 2500、画面とカメラは前世代から大きく変えていない。通信事業者経由の販売が9月3日、直販が9月4日に始まる。中位機で50ドルの値上げが通るかどうかは、そのまま「値上げして売れるか」の最初の実測値になる。
次が10月だ。サムスンは10月初旬に7〜9月期の暫定業績を、10月29日に本決算を出す予定である。ここで見るべきは、MX・ネットワーク部門の損失が縮むか広がるかの一点に尽きる。会社は下半期も部品コストの負担が続くと明言しているから、赤字幅そのものよりも、値上げと製品構成の入れ替えがどれだけ効いたかが読み取れる。
秋には、Android XR を載せたインテリジェント・アイウェアが出る。グーグルと組み、Gentle Monster と Warby Parker がデザインを担当し、クアルコムのチップで動く。ただし、これは新しい形の実験であって、四半期の損益を動かす規模の商品ではない。見るべきは台数ではなく、サムスンがハードウェア一発売り切り以外の稼ぎ方を、この製品でどう仕込むかである。
10〜12月期は、メモリ側の最初の分水嶺になる。TrendForce は DRAM 契約価格の上昇率が3〜8%まで減速すると見ており、モルガン・スタンレーは同じ時期から業績の上方修正余地が狭まると警告している。「ピークメモリ」の議論に答えが出始めるのがこの四半期だ。原価の上昇が止まるなら、MX 事業部の赤字も自然に縮んでいく。
そして2027年初めの Galaxy S27 である。リーク段階の情報では、標準モデルは前世代より100ドル高く、最上位は韓国で15万ウォン(約1万7,400円)程度の値上げが見込まれている。Exynos の搭載比率を50%まで引き上げる計画がどこまで実現するかも、ここで分かる。クアルコムの9月1日からの値上げが原価に乗ってくるのも、この世代からだ。値上げ幅と搭載比率、この二つの数字が、サムスンが原価構造を作り替えられたかどうかの答えになる。
もう一つ、決算とは別の場所で進む話がある。2027年の賃金交渉で、半導体部門中心の最大労組は単独交渉に入る。稼ぐ部門と稼げない部門を一つの会社に収めておくコストが、労務の現場から表面化する。ここが荒れれば、分割論は投資家の話題から経営の議題へ格上げされる。
そして2028年。IDC も Counterpoint も、メモリ供給の正常化とともに端末市場が反転すると見ている。一方でサムスンのメモリ事業部自身は、2028年まで不足が続くと言っている。この二つの見立てのどちらが正しかったかは、その年の MX 事業部の損益が答える。
