「委託先」から「補助先」へ ― 一語の変化が意味するもの

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 「委託先」から「補助先」へ ― 一語の変化が意味するもの - 章扉

2026年3月6日、古河電気工業は一本のニュースリリースを出した。表題は「NEDOグリーンイノベーション基金事業洋上風力発電の低コスト化プロジェクト『愛知県沖浮体式洋上風力実証事業』に補助先として参画」。分量にして原稿用紙2枚ほどの、地味な発表である。株価が動いた形跡もない。

しかしこのリリースの本文には、企業の意思決定として読むと重い一文がある。「当社は本事業の開始当初、株式会社シーテックの委託先として参加していましたが、設計・施工方法・工程の検討を進める中で、より一層のタイムリーな情報共有と緊密な連携の重要性が高まっておりました。そこで当社は、補助先として正式にコンソーシアムに参画し、主体的に本事業に関与することで、コンソーシアム構成企業との連携を一層強化し、本事業の効率的な推進と成果の最大化を図ってまいります」——「委託先」から「補助先」への変更である。

この二語の差は、行政手続き上の呼称の違いにとどまらない。委託先とは、幹事会社から仕事を請けて対価を受け取る立場、すなわち下請けである。対して補助先とは、NEDOから直接補助金の交付を受け、自己負担分を自ら拠出し、成果に対して自ら責任を負う立場、すなわち事業主体の一員である。GI基金では、補助先になる企業には「事業戦略ビジョン」の提出と公開が課される。NEDOのGI基金特設サイトはこの文書を「本プロジェクトに参画する企業等の経営者がコミットメントを示すため、事業戦略や事業計画、研究開発計画、イノベーション推進体制などの詳細を明らかにした資料」と定義している。経営トップの署名入りで、投資額、目標KPI、想定リスク、事業中止の判断基準までを社外に晒す文書だ。

古河電工の事業戦略ビジョンは、2026年7月16日付でNEDOのサイトに掲載された。愛知県沖実証の他の5社(シーテック、カナデビア、鹿島建設、北拓、商船三井)のビジョンが2025年11月21日更新であるのに対し、古河電工だけが2026年7月16日更新で、しかもバージョンが「事業開始時点」の一つしかない。あとから加わった企業であることが、そのままサイトの表示に現れている。この90ページの文書によって、同社が愛知県沖に何をいくら投じ、何を証明しようとしているかが初めて公開情報になった。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 「委託先」から「補助先」へ ― 一語の変化が意味するもの - 図表1

洋上風力発電の低コスト化プロジェクトとは何か

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 洋上風力発電の低コスト化プロジェクトとは何か - 章扉

まず、古河電工が正式参画した「箱」の構造を押さえておきたい。三重の入れ子になっている。

いちばん外側はグリーンイノベーション基金(GI基金)である。2020年10月の「2050年カーボンニュートラル」宣言を受け、2021年3月に経済産業省がNEDOに造成した基金で、当初2兆円。その後、令和4年度第2次補正予算で3,000億円、令和5年度当初予算で4,564億円が積み増され、NEDOのGI基金特設サイトによれば総額2兆7,564億円となっている(2024年11月現在)。従来の補助金と決定的に違うのは、研究開発から実証、社会実装までを最長10年間、切れ目なく支援する点と、参画企業の経営者にコミットメントを求める点にある。

その内側にあるのが「洋上風力発電の低コスト化」プロジェクトだ。NEDOが2022年1月21日に着手を発表した時点の総額は1,195億円だったが、フェーズ2の実証事業が加わったことで、現在の予算上限は2,109.7億円まで拡大している。GI基金特設サイトはこのプロジェクトの2050年時点の効果目標値を、CO2削減効果で約0.9億トン/年、経済波及効果で約2兆円と見積もる。目標は明快で、2030年までに、一定条件下(風況など)で着床式洋上風力の発電コストが8〜9円/kWhを見通せる技術、または浮体式洋上風力を国際競争力のあるコスト水準で商用化する技術を確立することにある。

さらにその内側が、研究開発項目の層だ。フェーズ1は「次世代風車」「浮体式基礎製造・設置低コスト化」「洋上風力関連電気システム」「洋上風力運転保守高度化」の4分野18テーマで、NEDO支援規模は合計345億円(内訳は次世代風車150億円、浮体式基礎100億円、電気システム25億円、運転保守70億円)。のちにフェーズ1-⑤として浮体式洋上風力技術研究組合(FLOWRA)による共通基盤開発が加わった。そしてフェーズ2が、これら要素技術をシステムとして統合する浮体式洋上風力実証事業である。

古河電工はこのプロジェクトの常連だ。フェーズ1-②のTLP方式浮体(三井海洋開発が幹事、2023年度で終了)、フェーズ1-③の浮体式洋上風力発電共通要素技術開発(東京電力リニューアブルパワーが幹事、2024年度で終了)、フェーズ1-④の海底ケーブル布設専用船(CLV)開発プロジェクト(古河電工が幹事、2023年度で終了)と、4分野のうち3分野に名を連ねてきた。今回の愛知県沖参画は、フェーズ1で積んだ要素技術をフェーズ2の実海域で検証する段階への移行にあたる。同社の事業戦略ビジョンには「GI基金フェーズ1において実施した、高電圧ダイナミックケーブルの要素技術開発成果を活かし、設計の妥当性検証及び2030年以降の社会実装を目指し、フェーズ2では154kVダイナミックケーブルの実海域検証を行います」と書かれている。

なお、このプロジェクトは今も追加テーマを受け入れている。2026年7月2日、NEDOはフェーズ1-④の新テーマとしてBEMACの「高稼働率と導入容易性に貢献するDynamic Positioning Systemの開発」と、ニューブレクスの「低コスト化と常時広域監視の実現に資する分布型光ファイバセンシングシステムの開発・実証」の2件を採択した。2テーマ合計の事業規模は約13億円、支援規模は約9億円、2026年度から最大3年間、補助率2/3(インセンティブ率10%)である。10年計画の基金が、5年目を過ぎてなお中小・ベンチャー企業を組み込み続けている点は、この制度設計の特徴として記憶しておいてよい。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 洋上風力発電の低コスト化プロジェクトとは何か - 図表1古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 洋上風力発電の低コスト化プロジェクトとは何か - 図表2

ダイナミックケーブルという難物 ― なぜ「動く電線」が浮体式の関門なのか

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - ダイナミックケーブルという難物 ― なぜ「動く電線」が浮体式の関門なのか - 章扉

古河電工が担うのは、コンソーシアム6社のうち「海底ケーブル(設計・製造・O&M)」の一角である。具体的には高電圧ダイナミックケーブルの開発だ。この技術が何を指し、なぜ難しいのかを、具体例で押さえておきたい。

着床式の洋上風力では、風車が海底に固定されている。だから風車と風車をつなぐアレイケーブルも、風車群から陸へ電気を送るエクスポートケーブルも、海底に横たわったまま基本的に動かない。これを「スタティック(静的)ケーブル」と呼ぶ。ところが浮体式では、風車は海面に浮いている。波で上下し、風で流され、潮流で回る。海底とつながるケーブルの上半分は、海中で四六時中揺れ続けることになる。これが「ダイナミック(動的)ケーブル」だ。

揺れる電線というだけなら、石油・ガス業界に前例がある。海洋掘削のライザーやアンビリカルケーブルがそれで、欧州のケーブルメーカーはこの分野で長い経験を積んできた。しかし洋上風力のダイナミックケーブルには、二つの固有の難しさが加わる。ひとつは電圧である。浮体式ウィンドファームを大規模化すると、送電ロスと銅の使用量を抑えるために高電圧化が避けられない。世界の実績は長らく66kVまでで、132kV以上の商用技術は確立していない。もうひとつは寿命だ。ウィンドファームの設計寿命は20年から30年で、その間ずっと曲げ伸ばしを受け続ける。金属導体も、絶縁層も、遮水層も、すべてが疲労破壊のリスクを抱える。

古河電工がこの領域で実績を積んだのは、2011年から福島県沖で実施された浮体式洋上ウィンドファーム実証研究事業においてである。同社は2013年10月、世界で初めて浮遊式海中ケーブルによって浮体式の風力発電設備と洋上変電所を連結することに成功したと発表しており、66kVおよび22kVの浮体式洋上風力に適合した海底送電システムの設計・製造・布設を担った。ケーブルは浮体から海底に至る中間点にブイを取り付け、海中でS字を描くように設置される。このS字のたわみが、浮体の移動と上下動を吸収する「調整シロ」になる。図面で見れば単純だが、S字の形状は波浪条件と浮体の動揺特性から決まり、曲率と張力の履歴が疲労寿命を決める。

今回の愛知県沖で古河電工が実証するのは、154kV級である。ビジョンによれば、現状のTRL(技術成熟度)は66kV超級で設計・量産体制の確立段階(TRL5)にあり、これを154kV級の実海域条件下での電気・機械性能実証(TRL7)まで引き上げる。ただし実証機の浮体は66kVで運用されるため、154kV用に設計したケーブルを布設したうえで実海域では66kVで課電し、電気特性そのものは開発試験と工場出荷試験で確認する、という段取りになる。加えて、ケーブルに複合した光ファイバによる歪測定で異常張力・異常曲がりをモニタリングし、実海域の海象条件を織り込んだ曲率・張力条件下でCigre TB 862準拠の実機疲労試験を行い、設計年数相当の疲労特性を検証する。目標達成の実現可能性を、同社自身は電気・機械性能で80%、施工方法で90%と見積もっている。

なぜ154kVという中途半端に見える電圧なのか。日本の送電系統の標準電圧の一つであり、既設系統への接続を前提とした実証だからだ。そして同社が最終的に狙う商用レンジは132〜275kVである。事業戦略ビジョンには「132~275kVダイナミックケーブルの構造最適化、設計特許化」「ケーブル構造、ダイナミックシステムに係る解析手法のノウハウ化」という知財戦略が明記されている。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - ダイナミックケーブルという難物 ― なぜ「動く電線」が浮体式の関門なのか - 図表1古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - ダイナミックケーブルという難物 ― なぜ「動く電線」が浮体式の関門なのか - 図表2

愛知県沖実証事業の設計図 ― 田原・豊橋沖13平方キロメートルで何が起きるか

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 愛知県沖実証事業の設計図 ― 田原・豊橋沖13平方キロメートルで何が起きるか - 章扉

古河電工が加わった実証そのものの輪郭も見ておこう。

実証区域は愛知県田原市・豊橋市沖、面積約13.06平方キロメートル。建設基地港湾は三河港蒲郡地区が予定され、保守基地港湾は愛知県内の港を使う。設置するのは12〜15MW級の風車1基(経済産業省の2024年6月11日発表では「15MW超」と記載)、基礎形式はセミサブ型で、系統接続先は既設系統設備を検討中とされている。実証期間は2024年8月から2031年3月まで。日本経済新聞は、海面からブレード先端までの高さが250メートルを超え、海面から上の設備の総重量が2,000トン近い巨大な設備になり、2029年度ごろの稼働を見込むと報じている。

事業規模は527.9億円、うち国費負担額347.2億円。この数字は古河電工の事業戦略ビジョンの実施体制図に明記されている。6社の役割分担は明快で、シーテック(中部電力グループ)がコンソーシアム全体統括と発電事業者・風車調達・行政調整、カナデビアが技術全体統括と浮体基礎の鋼製部、鹿島建設が浮体基礎のコンクリート部と洋上工事、古河電工がダイナミックケーブルの設計・製造・施工とO&M、北拓が風車O&M、商船三井が点検保守用CTV(作業員輸送船)の傭船を担う。委託先として日本気象協会(風況観測)、東京大学と東京製綱繊維ロープ(ハイブリッド係留)、再生可能エネルギーデータ利活用学術連携コンソーシアム(AI異常予兆検知)が入る。

研究開発テーマは16項目にわたり、そのすべてがフェーズ1の成果の実海域検証という性格を持つ。カナデビアと鹿島建設は鋼とコンクリートの複合構造による「ハイブリッド浮体」で製造費を下げ、12〜15MW級風車の浮体基礎を年間50基製造できる量産技術を確立する。カナデビアはさらに、オイル&ガスで実績のあるポリエステルロープより張力低減効果が大きいナイロンロープによるハイブリッド係留に挑む。ナイロンロープ係留は世界的にも実績が乏しく、実環境下での耐久性評価が要る。商船三井はSWATH型(半没水双胴型)CTVを建造し、既存船型比でアクセス率を10〜15%向上させられるかを豊橋市沖の長周期・高波高環境で検証する。北拓は落雷検知時のブレード損傷診断で、80%以上の確率で落雷を検知し停止・メンテナンス要否を自動判断する技術を目指す。O&M全体では、メンテナンス人員あたりの担当基数を3基/人から8基/人へ引き上げるという目標が掲げられている。

古河電工の受け持ちである電気システムのアウトプット目標は、「ダイナミックケーブルシステムの高電圧化により、同じ送電容量確保のために必要なケーブル銅量の約●%低減、およびフィーダー数削減に伴う布設工期の約●%低減を達成することで、将来の大規模浮体式洋上風力のCAPEX低減に貢献する」と書かれている。具体的な削減率は伏せられているが、論理は単純だ。電圧を2倍にすれば同じ電力を半分の電流で送れる。電流が半分なら導体断面積すなわち銅量を減らせる。1本あたりの送電容量が増えればフィーダー(回線)の本数が減り、布設船の稼働日数が減る。銅の価格上昇と、洋上工事船の傭船費という二つのコスト項目を同時に削るのが、高電圧化の経済的な意味である。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 愛知県沖実証事業の設計図 ― 田原・豊橋沖13平方キロメートルで何が起きるか - 図表1古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 愛知県沖実証事業の設計図 ― 田原・豊橋沖13平方キロメートルで何が起きるか - 図表2

古河電工が投じる34億円と、その回収シナリオ

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 古河電工が投じる34億円と、その回収シナリオ - 章扉

事業戦略ビジョンで最も投資家の関心を引くのは、資金計画のページだろう。

古河電工がこの実証に投じる研究開発投資は約34億円。うち国費負担(委託または補助)が約23億円、自己負担が約11億円である(インセンティブは未考慮)。GI基金の補助率2/3にちょうど対応する内訳だ。実質的なキャッシュアウトは11億円、2026年3月期の同社の営業利益638億円に対して1.7%にすぎない。実証終了後は「過去5年の自社技術開発費平均と同等の開発費を予定」とされている。

ではこの11億円で何を買っているのか。ビジョンの市場欄はこう見積もる。国内の洋上風力導入量を年2GW(想定)とし、うち浮体式は約0.6GW/年(2030年、想定)。対象製品は32〜275kV級のダイナミック海底電力ケーブル。発電事業者の想定ニーズは「コスト競争力」「高電圧大容量送電技術」「監視/点検技術の高度化」であり、課題は「高電圧化」「高耐久性」「量産体制の確立」だ。そして事業計画の全体像には「国内シェア50%」「政府目標2040年までに浮体式15GW」という文字と、CO2削減効果872万トンという数字が並ぶ。売上高そのものは「XX円」と伏せられている。なお日本政府が公表している目標は着床式と浮体式を合わせた2040年30〜45GWであり、浮体式15GWという内訳は古河電工が自社の前提として置いた数字である。

注力理由として同社が挙げるのは四つ。自社が有する海底ケーブル製造技術、福島とカーボントラストでの実績、施工面からのノウハウ、そしてGI基金フェーズ1での高電圧ダイナミックケーブル要素技術開発である。ビジネスモデルの記述はさらに直截だ。「当社は、福島WFで得たノウハウをベースにケーブルの設計及び周辺機器の調達及び、施工までを一貫して請け負うことにより、より信頼性の高い伝送路の構築に貢献する。※ケーブル及びその周辺機器につきEPCI対応可能な企業は国内では限られます」。EPCIとは設計・調達・建設・据付を一括で請け負う契約形態を指す。部材売りではなく工事一括で取るという、粗利率の高い事業モデルの宣言である。

標準化戦略も書き込まれている。ターゲットは「大型風車を用いた大容量浮体式洋上ウィンドファーム。低コスト化が期待できる132/275kV、HVDCシステムの標準化」。競合状況の認識は「132~275kVダイナミックケーブル商用技術は未確立」。同社はフェーズ1-③で完全遮水層構造での132〜275kVダイナミックケーブル要素技術開発を実施しており、完全遮水層となる金属管設計には耐疲労・耐腐食性に優れた構造が要求されるため、実海域での設計妥当性検証を経て設計・製造・評価方法の技術を確立し、特許化・標準化に取り組むとしている。フェーズ1-⑤ではFLOWRAの委託先として、大水深対応のダイナミックケーブル開発と標準化に協力する。日本海事協会との協業による標準化も取組方針に挙がっている。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 古河電工が投じる34億円と、その回収シナリオ - 図表1

強みと課題 ― 積んだ札と、自ら書いたリスク

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 強みと課題 ― 積んだ札と、自ら書いたリスク - 章扉

事業戦略ビジョンの「競合に対する比較優位性」のページは、自社と欧州大手を並べて比較する構成になっている。これが率直で興味深い。

自社側は、技術欄が「(現在)66kV級実証実績、カーボントラスト220kV級委託開発」「(将来)132〜275kV級社会実装」、サプライチェーン欄が「国内調達」「海外調達含めたBCP対応」、その他経営資源が「国内製造拠点有り」「製造能力増強」。強みとして「福島洋上WF実証実績、カーボントラスト参加」「長尺海底電力ケーブル製造ノウハウ」「GI基金フェーズ1において高電圧ダイナミックケーブル及びシステムの要素技術開発実施」が並ぶ。

対する欧州大手は、技術欄が「欧州地域でオイルガス向けアンビリカルケーブル、浮体式洋上風力66kVまでの実績」、その他経営資源が「布設船保有」「日本国内製造拠点無し」。つまり古河電工の見立てでは、欧州勢の優位は実績と布設船の保有にあり、日本の弱点は布設船、日本での欧州勢の弱点は国内製造拠点の不在、ということになる。

そして自社の弱みとして書かれているのが、「実海域に設営することによる高電圧ダイナミックシステムに関する設計妥当性検証は、当社単独では不可⇒本事業で実現」である。これが今回の補助先参画の動機を、企業側の言葉で説明した一文だ。1基しか建たない実証風車に、自社製の154kV設計ケーブルを実際に吊るして揺らすこと。これは自社の研究費だけでは絶対に買えない。GI基金の実証は、ケーブルメーカーにとって「実海域での試験環境そのもの」を購入する制度だと理解すると腑に落ちる。

もっとも、同社はリスクも自ら書き込んでいる。技術的優位性のページ、電気システムの欄には「【リスク】欧州では浮体式変電所を海底式変電所で代替する技術の開発・実証が進んでおり、高電圧ダイナミックケーブルそのもののニーズが限定されてしまう」とある。浮体式変電所を海に浮かべる代わりに海底に沈めてしまえば、変電所と陸をつなぐ区間は動かないスタティックケーブルで足りる。ダイナミックケーブルが必要なのは風車と変電所の間だけになり、しかもその区間は電圧が低い。自社が張ろうとしている高電圧ダイナミックケーブルという領域そのものが、アーキテクチャの変更で縮む可能性を、同社は正面から認めている。

その他のリスクとして挙がっているのは、他社特許への抵触(事前調査とタイムスタンプによる先使用権確保で対処)、想定できなかった技術の壁、開発品に係る材料調達難、海外勢の国内進出、ケーブルシステムを原因とする人的・漁業被害(HAZOP実施と認証機関によるシステム認証取得)、保険会社との契約不成立、材料価格高騰、自然災害やテロによるケーブル断線である。最後の項目には「支障箇所への割り入れ技術と必要部材の常備に関する検討」という対処方針が添えられている。海底ケーブルの安全保障が現実の論点になっている時代を映した記述だ。

なお、カーボントラストのFloating Wind JIPでは、大規模浮体式洋上風力に対応する高電圧エクスポート用ダイナミックケーブルの開発コンペが実施され、ノルウェーのAker Solutions、日本の古河電工、ギリシャのHellenic Cables、英国のJDR、中国のZhongtian Technology(ZTT)の5社が選定された。対象は130kV〜250kV級である。古河電工は事業戦略ビジョンのなかで、同JIPの予測として「2026年には、132kVにて遮水層を使用しないWet構造が商用化される見通し」と記している。完全遮水層構造で高信頼性を狙う同社の設計思想と、遮水層を省いて低コスト化を図るWet構造とは、思想が正面から異なる。この分岐がどちらに転ぶかは、同社の商用シェアを左右する。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 強みと課題 ― 積んだ札と、自ら書いたリスク - 図表1

競合とサプライチェーン ― 欧州勢、住友電工、そして「風車がない国」

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 競合とサプライチェーン ― 欧州勢、住友電工、そして「風車がない国」 - 章扉

洋上風力のサプライチェーンにおいて、ケーブルはコスト構成のどこに位置するのか。経済産業省が2026年7月14日の洋上風力促進WG・洋上風力促進小委員会合同会議に提出した資料は、NEDO着床式洋上風力コストモデルに基づく資本費の内訳を、風車55%、施工32%、基礎6%、アレイケーブル・エクスポートケーブル5%と示している。ケーブルは金額シェアで見れば小さい。しかし、この5%が止まればウィンドファーム全体が止まる。しかも同資料は、2024年1月から2026年3月までに送電ケーブルの価格が銅価格の上昇もあって約67%上昇したと記す。同期間の資材全体の物価変動率が約19%、建設分野が約9%であることを考えると、ケーブルは突出した値上がり品目である。事業者にとってはコスト圧迫要因だが、メーカーにとっては需給逼迫の裏返しでもある。

グローバルの競合はプリズミアン(イタリア)、ネクサンス(フランス)、NKT(デンマーク)の欧州三強で、ここにJDR(英国)、Hellenic Cables(ギリシャ)、中国のZTTや亨通(Hengtong)が続く。カーボントラストのダイナミックエクスポートケーブル開発コンペで古河電工と並んで選ばれた顔ぶれが、そのまま高電圧ダイナミックケーブルのプレイヤーリストになっている。

国内では住友電気工業が最も直接的な競合だ。同社はGI基金フェーズ1-③に古河電工と並んで参画したうえで、事業面でも先行している。2026年3月には秋田県男鹿市・潟上市及び秋田市沖の洋上風力発電事業向けに、66kV交流海底送電ケーブル約57kmの設計・製造・施工を一括受注した。英国では洋上風力向けに総延長660kmという同社にとって過去最長の海底電力ケーブルを受注し、スコットランド・ハイランド地方に3億5,000万ポンド(約750億円)を投じた電力ケーブル工場を建設中で、2026年9月の完成を見込む。国内メーカーが欧州の需要地に工場を建てるという動きは、古河電工がまだ取っていない選択である。このほか、SWCC(旧昭和電線ホールディングス)も規模は小さいながら受注を積み上げている。

一方、古河電工の国内での施工実績は着実に積み上がっている。2026年4月23日、同社は北九州響灘洋上ウインドファーム向け海底ケーブル工事の完工を発表した。9.6MW級の風車25基、設備容量220MW、事業面積約2,700ヘクタール。完成時点で国内最大の洋上風力発電所であり、2026年3月2日に商用運転を開始した。古河電工は風車間および風車から陸上設備に至る海底ケーブルシステムの設計・製造・布設据付工事を一括で担い、総延長約59kmを無事故・無災害で完工している。国内洋上風力としては最高電圧となる66kVで、鉛被などの金属管を使用しない新構造の海底ケーブルを適用した。同社が海底ケーブル布設工事に関わった洋上風力の商用案件としては、入善洋上風力発電所、石狩湾新港洋上風力発電事業に続く3例目にあたる。

サプライチェーン全体で見たとき、日本の最大の欠落は風車そのものである。経済産業省の資料は「我が国においては、現状、大型風車メーカーが存在せず、風車のナセル、ブレード、発電機等の主要構成機器については欧州のメーカーからの輸入に依存しており、円安は建設費用を物価指数の変動以上に増加させる要因となり得る」と明記する。この穴を埋める動きが2026年に入って具体化した。2026年3月9日、経済産業省とベスタスは日本での風力発電設備製造拠点設立に関する協力覚書を交わし、洋上風力市場の拡大を前提に2029年度までにナセル最終組立拠点を国内に設立し、一定の受注量が継続・確保された場合には2039年度までにナセル完全生産拠点設立を目指すロードマップを策定した。さらに2026年7月10日、ベスタス・ジャパンのナセル最終組立に係る事業がGXサプライチェーン構築支援事業に採択され、経済産業省が最大約13億円を拠出する。設備拠点は福岡県北九州市に置かれる計画である。政府は同事業を通じ、2040年までに国内調達比率を65%とする産業界目標の達成を支援する方針を掲げている。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 競合とサプライチェーン ― 欧州勢、住友電工、そして「風車がない国」 - 図表1古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 競合とサプライチェーン ― 欧州勢、住友電工、そして「風車がない国」 - 図表2

業界の状況 ― 撤退ドミノと「30円/kWh」の線引き

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 業界の状況 ― 撤退ドミノと「30円/kWh」の線引き - 章扉

古河電工の参画は、日本の洋上風力が最も苦しい局面で行われた。

日本の公式目標は、2030年までに10GW(稼働ベース5.7GW)、2040年までに30〜45GWの案件形成である。この数字は着床式と浮体式を合わせたもので、2020年12月の「洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会」がまとめた洋上風力産業ビジョン(第1次)を起点とする。国内調達比率の目標は当初60%とされ、現在は2040年までに65%へと引き上げられている。

問題は、この目標に向かうはずだった案件が次々に崩れたことだ。2025年8月27日、三菱商事は第1ラウンドで落札した秋田県能代市・三種町及び男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖、千葉県銚子市沖の3海域、合計約1.7GWの事業開発を中止すると公表した。インフレ等の事業環境変化により実行可能な事業計画を立てることが困難と判断したためである。連鎖はそこで止まらなかった。コペンハーゲン・インフラストラクチャー・パートナーズ(CIP)は2025年12月に三菱重工業との合弁を解消し、北海道檜山沖など3プロジェクトを別会社に移管した。エクイノールは2026年6月26日、日本の洋上風力事業から撤退し、年内に東京事務所を閉鎖すると発表した。同社は2018年から日本市場に関与してきたが、落札実績はなかった。BPは山形県遊佐町沖(45万kW)からの撤退を検討していると報じられている。

こうした事業環境の悪化は、数字で裏づけられる。前掲の経済産業省資料によれば、第3ラウンド公募が始まった2024年1月から2026年5月までにUSD/JPYは約9%、EUR/JPYは約16%上昇し、同期間の20年国債金利は約150%上昇した。多額の借入を必要とする洋上風力にとって、金利上昇は事業費の調達コストを直撃する。

政府の対応は二本立てである。ひとつは制度側でリスクを引き受けること。物価変動率を基準価格に連動させる「価格調整スキーム」が導入され、上限は40%を基本としつつ、公募のたびに調達価格等算定委員会で審議し、40%では過度な国民負担が生じると判断された場合は40%未満を採用することになった。下限は1%、IRRは5〜6%に設定されている。同時に、撤退や遅延を抑止するため保証金が引き上げられ、第二次保証金は5,000円/kWから10,000円/kWへ、第三次保証金は13,000円/kWから24,000円/kWへ改められる。

もうひとつが、案件形成そのものの線引きだ。2026年7月14日の洋上風力促進WG・洋上風力促進小委員会合同会議で、経済産業省と国土交通省は「30円/kWh程度までを優先的に案件形成を進めていく目安とするのが適当ではないか」との考え方を示した。根拠として、発電コスト検証WGで2023年に新設した場合の洋上風力の発電コストが30.9円/kWhと試算されたこと、2026年1月の調達価格等算定委員会でJWPA(日本風力発電協会)から事業コストは平均で30円/kWh台半ばである旨の説明があったこと、一方で同時期のLNG火力・原子力・太陽光の発電コストが10円/kWh台と試算され、JEPX(日本卸電力取引所)の足元の電力価格が10〜15円/kWh程度であることが挙げられている。要するに、条件の良い海域から順に進め、条件の悪い海域は当面待たせるという整理である。翌7月15日には第115回調達価格等算定委員会が同じ論点を議論した。

浮体式の扱いは、着床式とは分けられた。同資料は「浮体式については世界的にも技術開発途上であり、低コストに量産するための技術やサプライチェーンの確立が重要」としたうえで、大水深や過酷域での技術開発・実証を実施し、英国を含む海外での実証・事業参画を促進し、その進捗と市況を踏まえて「300MW程度の中規模の実証案件の組成を検討」するという三段構えを示した。海外については「2040年までに30GWの海外案件に関与」「アジア太平洋市場へのサプライチェーンを含めた展開」という目標が掲げられ、FLOWRAを核に技術力強化・標準化に向けた欧州連携を深化させるとしている。古河電工が愛知県沖で証明しようとしている技術は、この筋道の最初のマイルストーンに位置する。

世界に目を転じれば、風向きは変わりつつある。2026年1月、アイスランド、アイルランド、英国、オランダ、デンマーク、ドイツ、ノルウェー、フランス、ベルギー、ルクセンブルクの欧州10か国は、洋上風力の大規模共同プロジェクトを通じて2050年までに100GWの発電容量を実現することなどで合意した(ハンブルグ宣言)。英国は2026年1月に計8.4GWのプロジェクト支援を決定し、フランスは2026年6月に計約10GWの洋上風力開発権に係る公募を開始した。2026年6月の日英首脳会談では「日英洋上風力産業コンパクト」が立ち上げられ、日本企業による英国プロジェクトへの参画促進とサプライチェーン構築での協力が具体化される予定である。GWEC(世界風力エネルギー協議会)が2026年6月9日に公表したGlobal Offshore Wind Report 2026は、2025年末の世界の洋上風力累積導入量を92.5GW、2025年の新規導入を9.3GW(前年比16%増、うち中国6.6GW)とし、2035年までに新規327GWが加わり累計420GWに達すると予測する。2026年から2030年の年平均成長率は24%、現在「ready to build」と分類される計画は約25GW、建設中は50GW超である。GWECのレベッカ・ウィリアムズ副CEOは「大規模に建設された洋上風力は独自の戦略的資産であり、クリーンで安全な電力システムのために利用可能な最良のユーティリティ規模の再生可能電源の一つだ」と述べている。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 業界の状況 ― 撤退ドミノと「30円/kWh」の線引き - 図表1古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 業界の状況 ― 撤退ドミノと「30円/kWh」の線引き - 図表2古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 業界の状況 ― 撤退ドミノと「30円/kWh」の線引き - 図表3

古河電気工業、創業から現在までの歩み

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 古河電気工業、創業から現在までの歩み - 章扉

ここで、この会社が何者かを確認しておきたい。古河電工の沿革は、日本の産業史そのものと重なる。

創業は1884年。この年、古河市兵衛が東京・本所に鎔銅所を開設し、同じ年に山田与七が横浜・高島町に山田電線製造所を開設した。同社はこの二つの母胎事業の発祥をもって創業の年としている。足尾銅山で成功した古河市兵衛が、産出粗銅の品質を均一化するために精銅設備を必要としたことが本所鎔銅所の背景にある。1889年には日本初の電気銅の試験操業を開始した。1896年6月25日、横浜電線製造株式会社が資本金5万円で設立される。これが法人としての設立年である。1906年に日光電気精銅所が開設され、1915年には日本初の海底電線を製造した。海底ケーブルという事業の起点は、この時点にある。

現在の社名になったのは1920年だ。横浜電線製造株式会社と、古河鉱業株式会社の所属工場であった日光電気精銅所を合併し、資本金2,000万円の古河電気工業株式会社として発足した。銅を掘り、精錬し、線に伸ばし、被覆して電線にするという垂直統合が、この時点で一つの法人に収まったことになる。

戦後の展開のなかで、洋上風力との関係でとくに重要な年が三つある。ひとつは1961年、千葉県市原市の埋立地に千葉電線製造所を新設し操業を開始したこと。現在の千葉事業所であり、電力ケーブルの製造設備と試験設備を擁し、GI基金関連の試作・試験もここで行われる。二つめは1974年、光ファイバケーブルの実用化試験に世界で初めて成功したこと。この一点が、後年の同社の姿を決めた。三つめが2001年で、米ルーセント・テクノロジーズの光ファイバ部門(OFS)を買収するとともに、フジクラと電力事業部門の事業提携を行った年である。

この電力事業提携の帰結が、2016年に訪れる。同社は合弁会社ビスキャスから地中及び海底送電線事業を譲り受けた。フジクラが事実上この分野から退き、古河電工が引き受けた形である。国内の電力ケーブル業界の再編のなかで、同社が海底送電線を自社の事業として抱え込む決断をしたことが、今日の洋上風力・HVDCへの布石になっている。

2011年には米国の高温超電導線材製造会社スーパーパワー社を買収し、2012年には浮体式洋上ウィンドファーム実証事業(福島)に参画した。2018年に米シリコンバレーに研究拠点を開設。2020年代に入ってからは、光ファイバとデータセンタ関連製品が同社の姿を一変させている。

資本金は約694億円、連結従業員数は49,112人。代表取締役社長CEOの森平英也氏は1965年生まれ、1990年に東北大学大学院理学研究科を修了して古河電工に入社し、光ファイバ製造工程の技術者としてキャリアを始めた。知的財産、経営企画、情報通信ソリューション統括部門のファイバ・ケーブル事業部門長などを経て2023年4月1日に社長就任、2026年5月時点の同社資料では代表取締役社長CEOと記されている。光ファイバの技術者出身のトップが、AIデータセンタ需要の直撃を受けた会社を率いているという構図である。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 古河電気工業、創業から現在までの歩み - 図表1

投資家はこの参画をどう値付けすべきか

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 投資家はこの参画をどう値付けすべきか - 章扉

ここからが本題である。古河電工の洋上風力参画は、株式の観点でどう位置づけられるのか。

まず、現在の同社は完全に「AIデータセンタ銘柄」として値付けされている。2026年3月期の連結業績は売上高1兆3,075億6,000万円(前期比8.8%増)、営業利益638億5,600万円(同35.8%増)、経常利益758億5,800万円、親会社株主に帰属する当期純利益725億1,400万円(同117.4%増)、ROE19.1%。2027年3月期第1四半期(2026年4〜6月)は売上高3,652億2,100万円(前年同期比24.3%増)、営業利益254億5,700万円(同205.4%増)、経常利益309億5,300万円(同304.0%増)、四半期純利益222億2,900万円(同335.0%増)と、さらに加速した。会社は2026年8月6日、通期予想を売上高1兆5,300億円、営業利益1,230億円、経常利益1,430億円、純利益1,050億円へ上方修正している。

その内訳を見ると、投資判断上の重要な事実が浮かぶ。第1四半期のセグメント別営業利益は、光ソリューション92億円、情報コンポーネント74億円、自動車電装システム64億円、エネルギーインフラ30億円、メタルソリューション8億円。エネルギーインフラは売上高360億円(前年同期比9.7%増)で、全社売上の約10%、営業利益の約12%を占めるにすぎない。しかも増益要因として会社が挙げるのは「国内地中線・機能線の堅調な売上や中国子会社の連結除外等」であり、洋上風力ではない。

2026年5月19日に発表された「ビジョン2030実現に向けた経営方針」を見ると、この非対称はさらにはっきりする。同社は2030年度に連結営業利益2,500億円(2025年度実績639億円の約4倍)、営業利益率10%超、ROE20%以上、ROIC15%以上を掲げ、2026〜2030年度の投資額6,500億円のうち5,000億円を注力分野に振り向ける。そして2,500億円のうち2,000億円はデータセンタ関連事業が稼ぐ計画である。セグメント別の到達水準を見ると、情報コンポーネントは2025年度の売上高1,980億円・営業利益159億円から2028年度に6,600億円・990億円へ、光ソリューションは1,969億円・107億円から3,000億円・370億円へ跳ねる。これに対しエネルギーインフラは、2025年度1,388億円・100億円、2026年度予想1,300億円・70億円、2028年度到達水準1,400億円・100億円。3年かけて横ばい、というのが会社自身の計画である。

つまり、投資家の観点から見た愛知県沖の34億円は、業績インパクトを買う投資ではない。同社の資料が「2030年代のHVDC立上げに向け、関連投資、事業体制構築、技術開発推進」と書いているとおり、これは2030年代の収益を作るためのオプション料である。

同じ性格の投資は他にもある。2025年10月8日の取締役会で決議された、千葉県富津市ほかへのHVDCケーブル製造設備投資がそれだ。投資総額は約1,000億円、最高電圧である500kV級のHVDCケーブルを年間200km生産できる能力を構築し、稼働開始は2030年中を予定する。前日の10月7日に経済産業省のGXサプライチェーン構築支援事業への採択が決まり、補助率1/3、補助金総額は約307億円(上限)、補助対象期間は2025年11月から2029年12月までである。想定する需要は、電力広域的運営推進機関が進める東地域連系(北海道〜東北〜東京、送電容量2GW、海底線亘長800km)と中西地域連系(関門、1GW、40〜55km)、そしてアジア・中東の国際連系プロジェクトだ。同社はサウジアラビア〜インド3,200km、シンガポール〜カンボジア2,000kmといった案件を継続調査していると資料に記している。

このHVDC投資について、2026年5月19日のアナリスト・機関投資家向け説明会では鋭い質問が出ている。「HVDCについて、日本海側プロジェクト等で詳細決定の遅れや延期が見られる中、投資を進めるリスクやスケジュール変更の可能性を確認したい」。会社の回答はこうだ。「日本海側、北海道・本州、本州・九州を結ぶ広域連系構想や洋上風力関連では、遅延や見直しの発表が一部見られる。ただし、電力広域的運営推進機関が示す大きな計画自体に変更は出ていないため、プロジェクトが動いた際に製品を供給できる準備を継続する方針に変わりはない。また、既存工場の設備インフラは老朽化しており、仮にプロジェクトに変更があった場合でも、最新鋭工場により生産性を高めることは、中長期的な電力関連事業として意義がある。したがって、現時点で積極投資方針を変更する予定はない」。1,000億円の投資判断が、需要の確実性ではなく設備更新の合理性と「動いたときに出せる準備」で正当化されている。投資家として、この論理をどう評価するかが分かれ目になる。

市場が今どう値付けしているかも押さえておこう。同社株は2026年1月9日に年初来安値9,648円(株式分割前)をつけたあと、5月26日には上場来高値61,050円まで駆け上がった。5月下旬に野村證券がデータセンタ向け水冷モジュール製品の評価を引き上げ、目標株価を48,500円から61,500円へ引き上げたことが材料視された。加えてMSCIは5月12日の四半期見直しで、同社をグローバル標準指数に新規採用すると発表している(変更は5月29日の取引終了時点で実施)。同社は2026年7月1日を効力発生日として普通株式1株につき10株の株式分割を実施しており、8月14日終値は分割調整後で4,057円、時価総額は約2兆8,670億円、予想PER27.18倍、PBR6.53倍である(Yahoo!ファイナンス)。みんかぶが集計する2026年8月11日時点のアナリスト予想は強気買い4人、買い3人、中立2人で、平均目標株価は6,431円だった。年初来で数倍という値動きをした銘柄が、直近では高値から3割超調整している。この株価のなかで、エネルギーインフラの100億円が果たしている役割はほとんどない。

一方で、逆の見方も成り立つ。同社の営業利益2,500億円計画のうち2,000億円がデータセンタ関連であるということは、AIの設備投資サイクルへの依存度が極端に高いということでもある。その集中リスクを緩和し得る唯一の柱が、電力インフラである。再生可能エネルギー由来電力の広域融通と、AIデータセンタ自身の電力需要という二つの需要は、同じ送電網の上で重なる。同社の経営方針資料は、再エネ・HVDC関連事業の需要ドライバーとして「AI、データセンタ普及による電力需要増大」と「エネルギー基本計画による再エネの主力電源化や広域連系増強方針」を並べて掲げている。データセンタで稼ぎ、そのデータセンタが必要とする電力インフラでも稼ぐ。この構図が成立するなら成長は加速するが、同時にそれは、分散したつもりが同じAI設備投資サイクルへの二重張りになっていることを意味する。洋上風力由来の需要は、その二重張りから外れる数少ない部分である。

VC・投資家の視点をもう一段引いて見ると、洋上風力という産業に対する資本の態度は、ここ数年で明確に変わった。世界最大の洋上風力事業者オーステッドは、日本経済新聞が約2,600億円と報じた米国事業の減損を計上し、日経ESGの報道によれば配当を停止して再生可能エネルギーの開発目標を引き下げ、最大800人の人員削減とノルウェー、スペイン、ポルトガルの洋上風力市場からの撤退を発表した。エクイノールは再生可能エネルギーの世界目標を引き下げ、2027年まで石油・ガスのリターン最大化に軸足を移すなかで日本から退いた。これは技術の失敗ではなく、金利上昇局面における資本コストとリスクプレミアムの再評価の結果である。逆に言えば、資本コストが下がるか、価格調整スキームのような制度でリスクが移転されるかすれば、資金は戻る。日本政府が2026年に価格調整スキーム、保証金増額、30円/kWhの案件形成目安という三点セットを整えたのは、この資本の論理に対する回答である。

スタートアップ側の資金は、洋上風力ではまだ薄い。Tracxnの集計によれば、洋上ウィンドファーム分野のスタートアップ40社のうち資金調達済みは20社で、調達総額は4億9,000万ドル(約780億円)にとどまる。日本の例では、東京大学などで教員を務めた秋元博路氏が設立したアルバトロス・テクノロジーが、浮遊軸型風車(FAWT)の開発で2023年12月に日本政策投資銀行、三井住友海上キャピタル、三菱ガス化学、三菱UFJキャピタル9号投資事業有限責任組合から総額4億2,000万円のシリーズAを調達している。GI基金1件の実証事業(愛知県沖で527.9億円)と比べると、桁が三つ違う。洋上風力は、ベンチャーキャピタルの資金効率では回らず、事業会社のバランスシートと政府資金でしか進まない産業だという現実が、この対比に表れている。裏を返せば、この分野で古河電工のような上場事業会社が持つ製造設備・施工能力・実証実績は、資本市場で新規参入者に模倣されにくい参入障壁として機能する。ダイナミック・インターアレイケーブルの市場規模を2024年の2億5,500万ドル(約407億円)から2034年に4億1,800万ドル(約667億円)と見る民間調査会社の推計もあるが、市場が小さいということは、少数のプレイヤーで分けられるということでもある。

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 投資家はこの参画をどう値付けすべきか - 図表1古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 投資家はこの参画をどう値付けすべきか - 図表2

今後 ― 2026年秋から2031年3月までに動くもの

古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 今後 ― 2026年秋から2031年3月までに動くもの - 章扉

最後に、これから何がいつ起きるかを整理しておく。

直近で最も期日が明確なのは、浮体式の過酷環境実証である。経済産業省は2026年7月15日、水深500メートル以上の大水深や硬い岩盤などの過酷な環境に対応する浮体式洋上風力の実証候補区域を選定するため、都道府県からの公募を開始した。応募期間は10月30日まで。要件は、区域の一部で水深500メートル超(風車2基程度が設置可能)、区域全体で5基以上の設置が可能、年平均風速8.5m/s以上、海底地質が岩盤等であること、都道府県による長期の占用許可が見込めることなど。望ましい条件として有義波高1.5〜2.0メートル・周期9秒以上、急峻な海底勾配が挙げられている。区域選定後に発電事業者の公募が行われ、補助率はGI基金の2/3。実証は2027年から2032年を想定する。この枠にダイナミックケーブルの新たな需要が生まれるかどうかは、古河電工にとって直接の関心事である。

着床式では、第4ラウンドの公募が2026年秋の公示から始まる見通しで、公示後は原則6か月以上の公募占用計画提出期間が確保される。三菱商事が撤退した秋田・千葉の3海域の再公募については、7月14日の合同会議で「市況の不確実性が高いなかで投資判断が困難」との認識が示され、時期は慎重に判断するとされた。ここで示された30円/kWhの目安と、価格調整スキームの上限を40%から引き下げるかどうかの判断が、次の公募の応札可能性を左右する。

愛知県沖の実証そのものは、2026年度から2027年度にかけて設計フェーズの山場を迎える。古河電工の事業戦略ビジョンの実施スケジュールによれば、沖合風況データ取得方法の最適化は2027年4月からの実施予定、浮体撤去・解体体制の検討も同時期からの着手予定である。浮体基礎については、風車メーカーとのEarly Works開始に先立つ初期設計のための連成解析がすでに実施済みで、設計フローと設計期間の調整を風車メーカーと進めている段階にある。ウィンドファーム認証(WF認証)の取得は、国内で12〜15MW級大型風車に対応した取得実績がないため設計プロセスが未確立であり、この確立自体が研究開発項目になっている。ステージゲート審査を通過したのち、風車設置・運転・撤去のフェーズに入り、2029年度ごろの稼働を経て2031年3月に実証期間が終了する。実証終了後は事業化に移り、2030年代中盤以降の投資回収というのが同社の描く時間軸だ。

古河電工の設備面では、富津のHVDC工場が2030年中に稼働する。補助対象期間は2029年12月まで。2026年8月4日には、光ファイバおよび光ファイバケーブルの生産能力増強のため米国、ブラジル、日本、インドの4か国に総額約1,000億円を投じることも決定しており、量産開始は2028年度下期からを予定する。HVDCに1,000億円、光ファイバに1,000億円という同額の投資が、片や2030年代、片や2028年度に効いてくる。同社のキャッシュフローは2026年度と2027年度に一時的にマイナスとなる計画で、5年間合計のフリーキャッシュフローは2,400億円のプラスを見込む。この資金繰りのなかで、洋上風力の34億円は静かに、しかし着実に消化されていく。

外部環境では、日英洋上風力産業コンパクトに基づく日本企業の英国プロジェクト参画が具体化するかどうか、FLOWRAが2026年から計画・設計に入ると表明した国内の浮体式試験センターがどう形になるか、そして政府が検討するとした300MW程度の中規模実証がいつ立ち上がるかが、次のマイルストーンになる。FLOWRAは2026年5月にノルウェーのNorwegian Offshore Wind(NOW)とパートナーシップ協定を締結したと伝えられており、欧州との連携は制度・組織の両面で進みつつある。

古河電工が愛知県沖で証明しようとしているのは、揺れる海のなかで154kVの電気を20年以上流し続けられるという一点である。それが証明されたとき、同社が手にするのは製品ではなく、132〜275kVという未確立の商用領域における設計基準と認証プロセスそのものになる。34億円という金額は、その賭け金としては安い。


古河電気工業(5801)、洋上風力発電の低コスト化プロジェクト(GI基金)に正式参画 - 今後 ― 2026年秋から2031年3月までに動くもの - 図表1