Unitree(宇樹科技)とは:1,600ドルのロボット犬から時価総額約1兆円へ

世界トップシェアのロボットベンチャー、Unitree(ユニツリー)、杭州宇樹科技有限公司とは。四足歩行のGo2、B2、A2。二足歩行のG1、R1、H2、H1 - Unitree(宇樹科技)とは:1,600ドルのロボット犬から時価総額約1兆円へ - 章扉

宇樹科技(Unitree Robotics、杭州宇樹科技)は、脚のあるロボット——四本足の「ロボット犬」と二本足の「ヒューマノイド(人型)」——を専門につくる中国のスタートアップである。まず具体例から入ると、同社の主力である四足歩行ロボット「Go2」は最も安いグレードで1,600ドル(約26万円)と、高性能ノートパソコン並みの価格でありながら、時速十数キロで走り、階段を上り、段差を飛び越え、背中に荷物を積んで運ぶ。人型に目を移すと、身長132cmの「G1」は発売時1万6,000ドル(約260万円)、翌年には廉価版「R1」を5,900ドル(約96万円)で投入した。従来この種のヒューマノイドは数千万円が当たり前だったことを思えば、二桁近く安い水準である。宇樹はこの「圧倒的な安さ」で市場を一気に押し広げてきた。

規模でも同社は突出している。IPO目論見書によれば、宇樹は2025年に5,500台超のヒューマノイドを出荷し、単体出荷台数で世界シェア約32.4%と世界首位に立った。四足歩行ロボットに至っては、市場調査各社の推計で世界シェアのおよそ6〜7割を握り、累計出荷は2022年から2025年9月までで3万台を超える。米ボストン・ダイナミクスが「Spot」で切り拓いた四足ロボットの市場を、宇樹は価格と量で塗り替えた格好だ。

そしていま、宇樹は同社史上最大の節目を迎えている。2026年7月2〜3日、中国証券監督管理委員会(CSRC)が上海・科創板への新規株式公開(IPO)登録を承認した。調達額は約42億元(約1,000億円)、想定時価総額は約400〜420億元(約9,600億円〜1兆円)で、実現すれば中国本土初の本格的なヒューマノイド専業銘柄となる。申請受理から登録承認までわずか104日という科創板の事前審査制度下で最速の記録で、中国が国家戦略に掲げる「具身知能(embodied AI、身体を持つAI)」の象徴として、市場の期待を一身に集めている。本稿ではこの会社の来歴と製品群を一つずつ具体的に見たうえで、強みと課題、そして投資家の視線を掘り下げていく。

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創業から現在まで:王興興と「XDog」から科創板IPOへ

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宇樹科技を一代で築いたのは、1990年に浙江省寧波で生まれた王興興(ワン・シンシン)である。彼は浙江理工大学で機電工学を学び、上海大学の修士課程で四足歩行ロボットの研究に没頭した。修士時代に約2万元(約48万円)の自費で犬型ロボットの試作機「XDog」を組み上げ、これがコンテストで約8万元(約191万円)の賞金を得たことが原点になったと語られている。当時の四足ロボットは高価な油圧式か、大学の研究予算頼みが常識だったが、王は安価なブラシレスモーターを使った電動アクチュエータで同等の運動性能を出す道を選んだ。この「安く、量産できる脚型ロボット」という発想が、のちの宇樹のすべてを規定する。

2016年、王は一度ドローン大手のDJIに入社するものの、わずか2カ月で退社し、同年8月に杭州・浜江区のわずか50平方メートルのオフィスで「杭州宇樹科技有限公司」を登記した。以後、四足歩行のLaikago、Aliengo、A1、Go1と世代を重ねるたびに価格を下げて研究者やホビイストの裾野を広げ、2023年からはヒューマノイドのH1、2024年にはG1へと事業領域を拡張していった。IPOを控えて会社は有限公司から株式会社(股份有限公司、宇树科技股份有限公司)へ改組されている。

資金調達の歴史を追うと、宇樹がいかに中国のテック資本を惹きつけてきたかがわかる。2025年6月に完了したシリーズCでは、約7億元(約170億円)を調達し、ポストマネー評価額は120億元超(約3,000億円)に達した。出資陣にはアリババ、テンセント、アント・グループ、中国移動(チャイナモバイル)系ファンド、吉利(Geely)系キャピタル、金秋(Jinqiu)などが名を連ね、初期にはHongShan(旧セコイア・チャイナ)、経緯(Matrix Partners China)、順為(Shunwei)、美団(Meituan)も加わった。中国のインターネット大手と国有系資本、自動車メーカーがこぞって一社に相乗りした形である。そのわずか1年後の2026年、IPOでの想定評価額は約420億元(約1兆円)へと3倍以上に跳ね上がった。

上場後のガバナンスも投資家の注目点だ。目論見書によれば、王興興は経済的持分こそ約34.8%だが、2025年5月に導入した種類株(1株10票の特別議決権を持つクラスAと、1株1票のクラスB)の仕組みにより、議決権ベースでは約68.8%を握る。上場後もその比率は最大65.3%程度に保たれ、創業者が実質的に会社を支配する、米テック企業型のデュアルクラス構造である。外部株主では美団系(漢海など)が約9.65%、HongShan(セコイア・チャイナ)が約7.11%と続く。財務面では、2025年12月期の売上高が前期比約335%増の約17億元(約410億円、前年は約3.9億元=約94億円)、純利益は約2.9億元(約69億円、前年は約9,450万元=約23億円)へと拡大し、中核事業の粗利率は約60%を確保した。ただし2026年第1四半期は、売上が前年同期比約68%増の約4.2億元(約100億円)と伸びる一方、研究開発の先行投資で調整後純利益は約4,000万元(約10億円)と前年同期比で半減しており、「量は取れているが、利益はこれから」という成長期特有の姿も見せている。

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四足歩行の原点:民生用ロボット犬「Go2」

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宇樹を世界的に有名にしたのが、2023年7月に発表された四足歩行ロボット「Go2」である。重さ約15kg、12個の関節モーターを備えたこの犬型ロボットは、標準グレードの「Air」が1,600ドル(約26万円)、上位の「Pro」が2,800ドル(約45万円)、さらに高性能の「X」が4,500ドル(約73万円)と、価格帯で複数のユーザー層を狙う。開発者や研究者向けの「EDU」版はSDK(開発キット)と低レベルの関節制御を開放し、NVIDIA Jetsonを載せた構成も選べる。発表時から4D LiDAR(レーザー測距センサー「L2」)を標準装備し、周囲を360度立体的に把握できるほか、大規模言語モデル(GPT系)との連携による音声対話も売りにした。まさに「誰でも買える具身知能の入り口」という位置づけである。

Go2は良くも悪くも数々の話題を提供してきた。米Throwflame社は、Go2の背中に火炎放射器を載せた「Thermonator(サーモネーター)」を9,420ドル(約153万円)で売り出し、人気YouTuberのIShowSpeedが炎を吐くロボット犬に追い回される動画が拡散した。一方で、機関銃やライフルを載せた武装ロボット犬のデモ映像も出回り、後述する安全保障上の懸念の火種にもなっている。低価格ゆえに世界中の研究室・企業・個人へ広く行き渡り、その分だけ「何に使われるか」が制御しづらいという、量産の光と影を体現する製品だといえる。

産業用四足歩行:「B2」と「A2 Stellar Hunter」

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Go2が民生・教育向けなら、産業用の重量級を担うのが2023年11月発表の「B2」である。重さ約60kg、関節トルク約360N·mというパワーで、立位で120kg以上、歩行時でも40kg超の積載に耐え、時速換算で20km/h超(6m/s超)で走る。防塵防水はIP67、動作温度は氷点下20度から55度と、屋外の点検・警備・災害対応・重量物搬送を想定した仕様だ。公式ストアでは価格を10万ドルの「仮表示」にして「実価格は問い合わせ」とする売り方だが、再販業者の実勢では8万5,900ドル(約1,390万円)前後で流通している。2024年末には、脚に車輪を組み合わせた派生モデル「B2-W」が、二輪で立ち上がって高速回転や側転を披露する動画で注目を集め、脚と車輪のハイブリッドという新しい移動様式を印象づけた。

その系譜を刷新したのが、2025年8月5日に発表された最新型「A2 Stellar Hunter」である(一部海外メディアが"Stellar Explorer"と誤記したが、公式名称はStellar Hunter)。「より軽く、より強く、より速く」を掲げ、重さは約37kg(構成により約42kgとする公式スペック表記もある)と軽量化しながら、立位で約100kg、連続歩行でも約25kgの積載をこなす。ホットスワップ可能な二重バッテリーで無積載なら5時間超・約20kmを走破し、実演では30kgを積んで12.55kmを走り切った。センサーは標準A2がLiDAR1基+HDカメラ1基、上位のA2-PROがLiDAR2基構成で、防塵防水も標準IP56から上位IP67へ引き上げられる。産業用途に特化した位置づけで、価格は非公開ながら3,000ドル(約49万円)の予約金で受け付け、再販実勢では標準版が2万9,995ドル(約490万円)から、Proが3万8,950ドル(約630万円)とされる。納入は2026年前半が予定されている。ボストン・ダイナミクスの「Spot」がおよそ8万ドル級であることを踏まえると、A2は「人ひとりを背負える積載量」を武器に、価格でも性能でも正面から殴り込みをかける存在だ。

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二足歩行の本命:低価格ヒューマノイド「G1」

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宇樹のヒューマノイドを一気に世界の話題へ押し上げたのが、2024年5月に横浜のロボット学会ICRAで発表された「G1」である。身長132cm・体重約35kgと8歳児ほどの体格で、標準23自由度(EDU版は最大43自由度)を持ち、時速約7km(2m/s)で歩く。発表時の base 価格1万6,000ドル(約260万円)は当時「ありえない安さ」と受け止められ、その後は公式サイトで1万3,500ドル(約220万円)まで下がった。研究・開発向けのEDU版はNVIDIA Jetson Orinを搭載し、3本指の力制御ハンド「Dex3-1」(片手7自由度)を追加でき、上位構成は4万ドル台後半以上になる。センサーはLivox社の3D LiDAR「MID-360」とインテルRealSenseの深度カメラを組み合わせ、8コアCPUで自律動作する。バッテリーは9,000mAhで稼働は約2時間だ。

G1が「ただ安いだけではない」ことを世界に示したのが、一連のアクロバット動画である。2025年を通じて宇樹は、G1がカンフーの型を演じ、バク宙し、立った状態からの側転(サイドフリップ)を決め、倒れても自力で立ち上がる映像を公式チャンネルで次々に公開した(10月公開の「KungFu Kid V6.0」など。宇樹は倍速加工はしていないと明言している)。その俊敏さと復元力は、安価な研究プラットフォームとしてのG1の価値を大きく高めた。半導体解析で知られるSemiAnalysisは、NVIDIA・アップル・メタといった巨大テック各社がG1を数百台単位で購入し、G1が「ヒューマノイドAI研究の事実上の標準プラットフォームになった」と指摘している。折りたたんで小さく収納できる可搬性も、机の上で研究するには好都合だ。労働力の即戦力というより、まず「世界中の研究室の共通言語」になることで足場を築く——これがG1の戦略的な立ち位置である。

世界最安の量産ヒューマノイド:「R1」

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G1で開いた低価格路線をさらに突き詰めたのが、2025年7月25日発表の「R1」だ。身長約1.21m、体重わずか約25kgと、フルサイズ人型としては際立って軽い。価格は標準版が5,900ドル(約96万円、=3万9,999元)、廉価な「AIR」が4,900ドル(約79万円)で、量産ヒューマノイドとして世界最安級に位置づけられる。自由度は標準・EDUが26、AIRが20で、腕の可搬は約2kg。8コアのCPU+GPUを積み、音声と画像を扱うマルチモーダルAI(宇樹の「UnifoLM」系)を搭載する点が新しい。G1と違ってLiDARは持たず双眼カメラで周囲を捉える、割り切った構成だ。出荷時はリモコン操作が前提で、完全自律には追加開発が要る。

R1の売り文句は「運動能力」である。公開されたデモ映像では、側転し、下り坂を走り、逆立ちで手歩きし、パンチを繰り出し、寝た姿勢から起き上がるといった、体操選手さながらの動きを見せた。あまりに滑らかで「本当か」と疑う声も一部に出たほどだが、宇樹は実機の動作だと説明している。米タイム誌は2025年の「ベスト・インベンション(最良の発明)」にR1を選出した。R1は宇樹自身のG1(約9万9,000元)やH1(約65万元)をも下から突き上げる存在で、「まず一家に一台」「開発者に一台」という価格破壊を、社内でも社外でも同時に進める同社の姿勢を象徴している。

フラッグシップ二足歩行:「H1」と「H2」、そしてNVIDIAが選んだ「H2 Plus」

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宇樹のヒューマノイドの旗艦は、2023年8月に登場した全高約180cm・体重約47kgの「H1」である。膝関節で約360N·mという自社製の高トルクモーター「M107」を備え、価格は約9万ドル(約1,460万円、中国では約65万元)から。H1は「世界記録級」の運動性能で名を馳せた。2024年3月には、油圧を使わない完全電動のフルサイズ人型として世界初とされるバク宙を成功させ、同月には走行速度3.3m/sで「世界最速のフルサイズ・ヒューマノイド」を謳った(2026年4月には改造機とみられる個体で10.1m/sの疾走も公開したが、宇樹自身が計測精度の注記を添えており扱いには留保が要る)。文化的なインパクトも大きく、2025年1月のCCTV春節聯歓晩会(春晩)では、張芸謀(チャン・イーモウ)演出のもと16体のH1が中国の民俗舞踊「秧歌(ヤンガー)」を群舞し、世界初の大規模・完全AI制御による人型ロボットの集団演舞として話題をさらった。同年8月に北京で開かれた世界初の「世界ヒューマノイドロボット競技大会」でも、H1は400m(1分28秒)・1500m・100mハードル・4×100mリレーで金メダルを獲得し、宇樹は計11個(うち金4個)のメダルで総合首位に立った。

その後継として2025年10月にIROS 2025(杭州)で披露されたのが「H2」である。最大の変化は、生体的なシリコンの「顔」を初めて備え、より人間らしい外見と滑らかな所作を追求した点だ。自由度はH1の約19からH2では31へ増え(脚6・腕7に加えて胴3・首2の関節を新設)、その分だけ舞踊や武術のような細やかな動きが可能になった。一方でLiDARを廃してステレオカメラ主体に切り替え、体重は約70kgへ増え、最高速度はH1より落ちた(メディアは2m/s未満と評する)。速さよりも器用さと表現力を採った設計思想である。価格は公式ストアで2万9,900ドル(約480万円)と、H1の三分の一以下に大きく下がった。

そして、宇樹のハードウェア面での実力を最も雄弁に物語るのが「H2 Plus」だ。2026年6月1日、NVIDIAは台北のGTCで、大学・研究機関向けの「NVIDIA Isaac GR00T リファレンス・ヒューマノイドロボット」——初のオープンな人型ロボット参照設計——を発表したが、その"身体"に選ばれたのが宇樹H2 Plusだった。H2の31自由度の機体に、Sharpa社の五本指ハンド(両手で44自由度)を組み合わせて全身75自由度とし、頭脳にはNVIDIAの車載級SoC「Jetson Thor」と基盤モデル群「Isaac GR00T」を載せる。価格は10万ドル(約1,620万円)で、2026年後半から宇樹が供給する予定だ。早期採用先にはAi2、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)、スタンフォード大学ロボティクスセンター、カリフォルニア大学サンディエゴ校が名を連ねる。米国のAI半導体の盟主が、世界の研究者に配る"標準ロボット"の土台に中国・宇樹のハードを採用したこの一事は、宇樹の機体設計と量産力が世界最高水準にあることの何よりの証明である。

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強みと課題:垂直統合の低コストと、「頭脳」・安全保障というボトルネック

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宇樹の最大の強みは、徹底した垂直統合による低コストである。同社はモーター、減速機(ギアボックス)、関節モジュール、サーボドライバ、コントローラ、さらにはLiDARや双眼カメラまでを自社開発する。とりわけ核心は、高価な波動歯車(ハーモニックドライブ)に頼らず、太いモーターと低比の遊星ギアで直接駆動に近い動きを出す「準ダイレクトドライブ(QDD)」アクチュエータに早くから賭けたことだ。QDDは加工が容易で製造コストを最大8割削減でき、効率も高い。SemiAnalysisの推計では、G1の部品コスト(BOM)は約8,976ドル(約145万円)まで削り込まれ、それでも粗利率は約67%と見積もられている。宇樹のヒューマノイドの平均販売価格は2023年の約59.3万元から2025年(1〜9月)には約16.8万元へと急落したが、それでも黒字を保った。ドローンのDJIが一つの基幹部品を制して市場を席巻したように、宇樹はアクチュエータを制して人型市場を囲い込もうとしている——これが海外アナリストの共通した見立てである。世界一の出荷規模がさらに部品調達力を高め、四足の粗利率が42%台から55%台へ改善するといった「規模の複利」も効き始めている。

一方で課題も明確だ。第一に、身体(ハード)は世界最高でも、それを賢く動かす「頭脳」(AIモデル)が追いついていない。現状の産業実証の多くは人間による遠隔操作(テレオペ)に依存しており、宇樹のロボットは「まだ娯楽と研究の域を出ない」という評価も根強い。初期のG1ではモーターの過熱も指摘された。だからこそIPO調達資金の大半(一部報道で85%超)が「ロボット基盤モデルの研究開発」など具身知能の中核技術に振り向けられる。第二に、激しい価格競争で利益率が圧迫されている。人型ロボットの粗利率は2023年の約88%から2025年には約63%へ低下した。第三に、そして最も深刻なのが、安全保障とセキュリティのリスクである。2025年9月には、研究者がGo2・B2・G1・H1などに影響するBluetooth経由の乗っ取り脆弱性「UniPwn」を公表した(全機種共通のハードコードされた暗号鍵が原因で、ワーム的に拡散し得る。宇樹は「大半の修正を完了した」とした)。学術論文では、G1が5分ごとに中国国内のサーバーへテレメトリを送信していたとの指摘もある。さらに以前の四足ロボットGo1でも、2025年3月に外部から遠隔接続できる「バックドア」(CVE-2025-2894)が見つかっている。武器を積んだ宇樹ロボット犬が中国軍やその演習で使われた例も報じられ、「軍民両用(デュアルユース)」の色彩が濃いことも、西側の警戒を強めている。

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シリコンバレーのVC・海外メディアはどう見ているか

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シリコンバレーの視点を象徴するのが、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOの言葉だ。彼はCES 2025で「汎用ロボットの『ChatGPTモーメント』はすぐそこまで来ている」と述べ、CES 2026では「ロボティクスのChatGPTモーメントはもう来た」と踏み込み、GTC台北(2026年6月)では「ヒューマノイドは世界最大級の産業に物理AIをもたらし、数兆ドル規模の経済機会を開く」と語った。そのNVIDIAが参照設計の身体に宇樹H2 Plusを選んだ意味は大きい。NVIDIAはヒューマノイドの「頭脳」と開発基盤を握りにいく一方、身体は最も量産力のある宇樹に委ねた——分業の構図がここに透ける。

もっとも、資金の絶対量では米国勢が先行する。米フィギュアAI(Figure AI)は2025年9月に10億ドル超をParkway Venture Capital主導で調達し、ポストマネー評価額は390億ドル(約6.3兆円)——NVIDIA、インテル、クアルコム、セールスフォース、LGらが出資——と、宇樹の約6倍に達した。アプトロニック(Apollo)はグーグル主導で、2026年2月の増資後に約50億ドル(約8,100億円、報道により最大55億ドル)と評価され、アジリティ・ロボティクス(Digit)は2026年6月にSPAC合併で約25億ドル(約4,000億円)の価値でナスダック上場を目指す(フォックスコンが出資)。ノルウェー発の1X(NEO)はOpenAIスタートアップ・ファンドを背にして100億ドル(約1.6兆円)規模での調達交渉が報じられた。テスラの「オプティマス」は社内開発ながら、イーロン・マスクCEOが量産時の目標価格として2万〜3万ドル(約320万〜490万円)を掲げる。中国勢では、UBTech(優必選、香港上場)が産業用「Walker S2」の量産を2025年11月に開始し受注が8億元(約190億円)を超え、智元(AgiBot/Zhiyuan)は上場企業への「裏口上場」に加え香港でHK$400〜500億(約8,300億円〜1兆円)でのIPOを狙う。銀河通用(Galbot)は2026年3月に25億元(約600億円)を調達し評価額は約200億元(約4,800億円)と、宇樹を追う。宇樹の武器は、これらに比べて桁違いに安い価格そのものだ。Go2の1,600ドル、G1の1万3,500〜1万6,000ドル、R1の5,900ドルは、欧米勢の数万〜10万ドル超という水準を根底から揺さぶる。

海外メディアの語り口は、おおむね三つに整理できる。第一は「中国版ボストン・ダイナミクス/テスラ・オプティマスの対抗馬」「中国本土初の人型ロボット株」という期待の枠組み(ベンゾンガ、Caixin、CNBCなど)。第二は「低価格の破壊者」という枠組みで、フォーブスは「宇樹G1がロボティクス投資の構図を組み替えつつある」と評した。第三は警戒の枠組みで、IEEE Spectrumはセキュリティ脆弱性を、AxiosやCNNは武装ロボット犬の軍事転用を取り上げ、米議員は宇樹を「人為的に安い製品で市場を氾濫させている」と非難した。称賛と警戒が同居しているのが、いまの宇樹をめぐる言説の実相である。

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今後の展望:いつ、何が起きるか

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まず短期の最大イベントは、上海・科創板への上場そのものだ。CSRCの登録承認は2026年7月2〜3日に下りており、あとは発行価格と上場日の確定を残すのみで、7月下旬にも取引開始との観測が出ている。実現すれば中国本土初のヒューマノイド専業銘柄となり、その初値と時価総額は具身知能セクター全体のバリュエーションを測る"物差し"になる。生産面では、宇樹は2026年の出荷を約2万台に引き上げる計画を示し(SCMP報道)、IPO資金で建設する新工場は年産ヒューマノイド約7万5,000台・四足歩行約11万5,000台の能力を狙う。次の製品面の焦点は、2026年後半に供給が始まるNVIDIA向け「H2 Plus」と、テレオペ依存を脱するための基盤モデル(宇樹は動画ベースの世界モデルを重視すると伝えられる)の完成度である。

市場全体の時間軸も押さえておきたい。モルガン・スタンレーは、ヒューマノイド市場が2050年に約5兆ドル(約810兆円、うちハード約4.7兆ドル)へ、世界の稼働台数は約10億台(うち中国3億台、米国7,800万台)へ拡大し、1台あたりコストは2024年の約20万ドル(約3,240万円)から2050年に約5万ドル(約810万円)へ下がると見る。本格普及は2030年代後半、まず産業用途からというのが同社のシナリオだ。ゴールドマン・サックスも、2035年の市場規模を380億ドル(約6.2兆円、従来予想の約6倍)、出荷140万台へと上方修正した。中国側の政策も強力で、工業情報化省(MIIT)は2025年の量産化・2027年の世界最先端化を掲げ、具身知能は2025年3月の政府活動報告で初めて明記され、第15次五カ年計画(2026〜2030年)でも成長ドライバーに位置づけられた。国家AI産業投資基金(約82億ドル=約1.3兆円)、NDRCの最大1兆元(約24兆円)規模の国家ベンチャー誘導基金、北京の1,000億元(約2.4兆円)ファンドなど、桁違いの公的資金が背中を押す。2027年までに10万台のヒューマノイド配備という国家目標も掲げられている。

一方で、逆風のスケジュールも見えている。米国では2026年6月8日、宇樹が国防総省の「中国軍事企業(1260H)」リストに追加された(アリババ、百度、BYDなどと並ぶ。これは即時の販売禁止ではなく、国防総省の調達を2026年6月末以降、契約を2027年6月末以降制限するもの)。加えて、中国製の無人地上・人型ロボットの連邦調達を禁じる「American Security Robotics Act」(2026年3月提出)や、FCCの「対象リスト」を使って輸入を止められる「GUARD Act」(同6月提出、宇樹を名指し)といった法案が相次ぎ、2027会計年度の国防授権法(NDAA)が本格的な調達禁止の器になるとの見方もある。要するに今後1〜2年で注目すべきは、(1)科創板上場の初値と資金の使い道、(2)テレオペを脱するAI「頭脳」の進化、(3)米国の規制がどこまで踏み込むか、そして(4)Figureやテスラら資金潤沢な欧米勢に対し、宇樹が「安さ×量」の優位をどこまで利益に変えられるか——この4点である。身体では世界の頂点に立った宇樹が、頭脳と地政学という二つの山をどう越えるかが、次章の焦点になる。


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