「HBMと2nmの黒子」——トリケミカル研究所とは何者か

スマートフォンの中にも、生成AIを動かすデータセンターのGPUにも、必ず半導体が入っている。その半導体をつくる工程では、シリコンの円板(ウエハー)の上に、絶縁膜・金属配線・電極といった「極薄の膜」を何十層も積み上げていく。トリケミカル研究所(英名 Tri Chemical Laboratories、以下トリケミカル)は、その膜の「原料」となる化学薬品——それも、ふつうの化学メーカーでは手が出せないほど純度が高く、種類が細かい薬品——を専門につくる会社である。個人投資家の分析記事が同社を「HBM(広帯域メモリ)と2nm微細化の黒子(くろこ)」と評したのは言い得て妙で、最終製品には名前が出てこないが、最先端チップの歩留まりを左右する「縁の下」に位置する。
規模感を押さえておこう。2026年1月期(同社は1月決算)の連結売上高は238.8億円、営業利益は59.0億円。売上高営業利益率は24.7%で、素材メーカーとしては際立って高い。従業員は単体で約230名、連結でも約310名にすぎず、山梨県上野原市の本社工場を中心に、300億円に満たない売上をこの人数で稼ぐ「小さく強い」会社である。株式は東証プライムに上場し、2026年7月10日の株価3,325円で時価総額は約1,080億円。創業者の竹中潤平氏が代表取締役会長として今なお筆頭個人株主(約12.8%)に名を連ねる、オーナー性の強い企業でもある。
事業のほぼすべてがシリコン半導体向けだ。2026年1月期は売上238.8億円のうち約227億円(9割超)が半導体材料で、残りが光ファイバー材料や化合物半導体材料などである。かつては光ファイバー用の高純度材料から出発した会社が、いまでは生成AIの演算とメモリを支える半導体前駆体で稼ぐ企業へと姿を変えた。以下では、まずその「超高純度化学材料」とは何かを具体的に見ていく。
超高純度化学材料・前駆体とは——半導体の「膜」を運ぶ分子

半導体の膜づくりで主役になるのが、プリカーサ(前駆体、precursor)と呼ばれる特殊な化学薬品である。膜にしたい金属——ハフニウム、ジルコニウム、チタン、モリブデン、シリコンなど——の原子を、常温〜加熱で蒸気になり、ウエハー表面で化学反応して固体の膜だけを残すような「有機金属分子」に設計したものだ。膜になりたい金属を、運びやすい蒸気の乗り物に乗せて届けるイメージで、この乗り物を分子レベルで設計・合成できるのがトリケミカルの中核技術である。
膜の付け方には大きく二つある。ひとつはCVD(化学気相成長)で、複数の原料ガスをチャンバーに流し込み反応させて膜を積む方式。もうひとつがALD(原子層堆積)で、前駆体を一吹きして表面に「原子1層だけ」吸着させ、余分を吹き飛ばし、酸化剤を流して反応させる——このサイクルを繰り返して、紙を1枚ずつ丁寧に重ねるように膜を成長させる。ALDは段差の被覆性に優れ、深く細い穴の底までぴったり覆えるため、立体構造が進んだ最先端メモリやロジックで欠かせない。トリケミカルは、このCVD/ALD用前駆体の開発企業である。
ここで決定的に重要になるのが「純度」だ。同社は自社製品を「純度99.9999%以上(6N)のウルトラファインケミカル」と位置づける。回路の線幅が2〜3nm(原子数十個分)まで微細化した今、膜の中に鉄やナトリウムといった不純物金属がわずかに紛れ込むだけで、そこが電気的な欠陥となりチップが不良になる。25メートルプールいっぱいの白い砂に、色のついた砂粒が数個混じっただけで製品全体が不合格になる——それくらいの潔癖さが求められる世界で、材料メーカーの純度がそのまま半導体メーカーの利益(歩留まり)を左右する。
具体例を挙げよう。DRAMでは、電気を溜めるキャパシタの絶縁膜に、酸化ジルコニウム・酸化アルミニウム・酸化ハフニウムを重ねた積層膜(ZrO₂/Al₂O₃/HfO₂)が使われ、これを窒化チタン(原料はTiCl₄)の電極で挟む。しかもその穴はアスペクト比(深さ÷幅)が50〜80という極端な縦穴で、ここをALDで均一に埋めるのが同社材料の主戦場だ。先端ロジックでは、トランジスタのゲート絶縁膜に酸化ハフニウム(High-k材料)が使われ、構造はFinFETから2nm世代のGAA(ゲート・オール・アラウンド)へと進む。トリケミカルは、ハフニウム前駆体の自社ブランド「HOC®」や、Zr系のTEMAZr、絶縁膜用の3DMAS、低誘電率(Low-k)材料のDMDMOS(世界で高いシェアを持つと報じられる主力品)など、こうした膜の一つひとつに対応する分子を品ぞろえしている。
なぜ生成AIが同社の需要を押し上げるのか。同社の技術資料は、直径300mmのウエハーの平面積は1,413cm²だが、微細なパターンを刻むと14nm世代では表面積が60,776cm²=約43倍にふくらみ、150枚をまとめて処理すると成膜すべき面積は900m²に達する、と示す。微細化・3D化・積層数の増加が進むほど、ウエハー1枚を覆うのに必要な前駆体の量と流量は跳ね上がる。だから、AI向けの先端ロジック、HBM/DRAM、大容量NANDが増産されるほど、同社の前駆体消費は構造的に増える。これが「AIブーム=前駆体消費増」という関係の正体である。

創業から現在まで——3人の光ファイバー材料屋から生成AIの縁の下へ

トリケミカルの原点は1978年12月、神奈川県相模原市にある。竹中潤平氏を中心とする3名で設立された。社名の「トリ(tri)」は化学の命名法で「3」を意味し、創業メンバー3人にちなむ。最初の代表製品は半導体ではなく、光ファイバー用の高純度化学薬品だった。創業まもない時期に電電公社(現NTT)の光ファイバー研究に化学面で協力し、母材用の高純度四塩化ケイ素(SiCl₄)などを供給したのが取引の起点になったとされる。無色透明の液体を極限まで精製する——この「超精製」の技術が、のちの半導体前駆体へと受け継がれていく。
1980年代後半から、同社は光ファイバーで培った精製技術を土台に、半導体向けのCVD/ALD前駆体(各種の金属錯体)へと事業を広げた。1984年に本社を神奈川県愛川町へ、1994年には現在地の山梨県上野原市へ移し、上野原に研究開発・受託合成の拠点を築く。1994年には日本エア・リキードとの合弁で、ドライエッチング材料である臭化水素(HBr)を手がける関連会社「エッチ・ビー・アール」を設立。少量多品種の難しい薬品を、顧客と装置メーカーに寄り添って作り込む——この独特のビジネスモデルがこの頃に固まった。
株式市場との関わりは2007年8月の大阪証券取引所ヘラクレスへの上場に始まり、市場統合を経て2018年1月に東証一部、2022年4月に東証プライムへと歩を進めた。2021年2月には公募増資で約50億円を調達して資本を厚くし、同時期に1株を4株にする株式分割で流動性を高めている。海外展開も着実で、2016年に韓国・世宗市でSK Inc.と合弁のSK Tri Chemを、2017年に台湾・新竹で100%子会社の三化電子材料を設立。台湾には2020年に苗栗県銅鑼の工場が加わり、東アジアの半導体クラスターに生産・供給の足場を広げた。
業績は一本調子ではない。半導体は好不況の波が大きく、2024年1月期には市況調整で売上が112.5億円へ前年比約2割減、純利益はほぼ半減した。ところが2025年1月期に売上189.1億円へV字回復し、生成AI需要が本格化した2026年1月期には238.8億円と一気に過去最高を更新する。10年でみれば売上は約4.8倍、純利益は10倍超に伸びた計算で、シクリカル(景気循環的)でありながら、微細化・積層化という長期の追い風を受けて右肩上がりのトレンドを描いてきた企業である。

数字で読む現在地——過去最高益、そして「増収なのに経常減益」の予想

2026年1月期の実績を整理すると、売上高238.8億円(前期比+26.3%)、営業利益59.0億円(+12.3%)、経常利益70.9億円(+7.7%)、純利益55.2億円(+11.1%)、EPS169.72円、ROE16.3%。売上の内訳をみると、用途別ではHigh-k材料が108.7億円と最大で、Metal(金属配線)材料51.1億円、エッチング材料33.2億円と続く。半導体の顧客タイプ別ではメモリー向け133.4億円がロジック向け81.8億円を上回り、いずれも過去最高を更新した。地域別(最終顧客の所在地ベース)では中国81.2億円と台湾80.6億円がほぼ並んで二大市場となり、日本45.0億円、韓国22.1億円が続く。海外比率は約81%に達する。
ここで押さえたい構造がある。経常利益70.9億円が営業利益59.0億円を約12億円も上回るのは、営業外に韓国合弁SK Tri Chemの持分法投資利益(12.8億円)が乗るためだ。この「持分法益」が、次期予想を読み解く鍵になる。
会社が示す2027年1月期予想は、売上高270億円(+13.1%)、営業利益60億円(+1.7%)、経常利益63億円(△11.1%)、純利益46億円(△16.6%)。売上と本業利益は伸びるのに、経常・純利益は減益という一見ちぐはぐな姿になっている。決算短信は減益の理由を明記しており、第一に持分法適用会社SK Tri Chemの利益が減少すること(12.8億円→計画4.0億円)、第二に為替を1米ドル=150円と保守的に置いていることが効いている。SK Tri Chemの利益減は、韓国メモリ向けの原材料高騰と販売単価下落による。営業段階が赤字化するわけではなく、あくまで持分法益の反落と保守的な前提が減益予想の正体だ。しかも足元の為替実勢は1ドル160円前後で、前提の150円より円安に振れている。営業利益の為替感応度は1円あたり約35百万円とされ、実勢が続けば会社予想には上振れ余地が生じる。
その上振れの一端は第1四半期(2026年2〜4月)に早くも表れた。売上高74.9億円(+14.0%)、営業利益20.7億円(+20.8%)、経常利益24.9億円(+51.5%)で、通期営業増益率+1.7%という慎重な計画に対し、四半期では二桁増益と好スタートを切った。ただし内容の吟味が要る。経常が+51.5%と跳ねたのは、前年同期の為替差損3.4億円が当期は差益1.4億円へと約4.8億円スイングしたことが大きい。加えて会社は、一部の中国顧客が地政学リスクに備えて在庫を積み増したため一時的に需要が増えた、と明かしている。実際、会社の上期計画は営業利益△6.9%と前年割れで置かれており、第2四半期は第1四半期の反動でむしろ弱含む想定だ。第1四半期の勢いをそのまま延長して読むのは危うい、というのが数字の教える教訓である。
投資指標を2026年7月10日の株価3,325円で置き直すと、時価総額は約1,080億円、予想EPS141.55円ベースの予想PERは約23倍、実績EPSベースでは約20倍、PBRは約3.0倍、予想配当利回りは約1.0%(年間配当35円)。自己資本比率は南アルプス新工場向けの長期借入で前期末の85.5%から76.5%へ低下したが、なお高水準を保つ。減益予想の年も配当を35円に据え置き、配当性向は20%台半ばに上がる。高配当株ではなく、微細化トレンドに乗って利益を積み上げる「質の高い成長株」として位置づけられる銘柄だ。



業界地図と競合——「ニッチのニッチ」に立つ多品種少量の専業

半導体前駆体(High-k・CVD/ALD金属前駆体)の世界市場は、調査会社の推計で2026年に約26億ドル(約4,200億円)前後、2032年にかけて年率7〜8%で拡大し40億ドル台(約6,500億円規模)へ向かうとされる。決して巨大市場ではないが、微細化と3D化が続く限り需要が構造的に増える、収益性の高い領域である。
この市場の上位はメルク(EMDエレクトロニクス)、エア・リキード(旧Versum Materialsを取り込んだエレクトロニクス部門)、そして日本のADEKA(アデカ)で、上位3社で市場の6割強を占めると分析されている。中でもADEKAは先端DRAM向けの高誘電材料「アデカオルセラ」で世界シェア約40%、16nm以下の先端向けでは50%超を握るとされ、High-k、とりわけメモリ分野の巨人だ。ほかにエンテグリス、デュポン、Gelestといった欧米勢に加え、韓国ではSK(SK trichem/SK Specialty)、DNF、ハンソルケミカル、UP Chemical、Soulbrainなどが台頭している。
この地図の中でトリケミカルはどこに立つのか。売上約238億円(約1.5億ドル規模)は、多角化した巨人たちと比べれば一桁小さい。最大ニッチであるDRAM High-kではADEKAが圧倒的で、そこで正面から戦う会社ではない。トリケミカルの真価は「多品種微量生産」にある。同社が開発してきた製品は約2,000種類に及び、需要がミリグラム単位という研究開発向けの一回限りの品まで請け負う。大手化学メーカーが「顧客には必須だが少量しか売れない」として作るのをやめてしまう領域を、分子設計から合成、超精製まで自社一貫で拾い上げる。ハフニウム前駆体HOC®やLow-k材料DMDMOSのように特定分野で高シェアを持つ品目を抱えつつ、High-k・Metal・エッチング・イオン注入・光ファイバー・化合物半導体材料まで横断する幅と、顧客・装置メーカーとの共同開発力——ここが参入障壁であり、「ニッチのニッチ」で世界トップクラスの半導体メーカーから真っ先に引き合いが来る、と同社は説明する。営業利益率24.7%という数字は、この代替の効きにくいポジションの裏返しでもある。

サプライチェーンと地政学——顧客・原料・そして「Local for Local」

トリケミカルは、金属原料の供給元と半導体メーカーの間に立つ。決算短信が開示する主要な販売先は、台湾の半導体材料商社TOPCO Scientific(約52.9億円で最大)、日本エア・リキード(約34.6億円)、そして中国DRAM大手CXMT(長鑫存儲)系のChangxin Xinqiao Memory(約25.9億円)である。TOPCOやエア・リキードは商社・ガス大手であり、これらを通じて台湾のファウンドリなど最終ユーザーに材料が届く。CXMT系は中国メモリメーカーとの直接的な関係だ。顧客の顔ぶれは、台湾のロジック、日本経由の広域供給、中国のメモリという同社の立ち位置を映している。
上流の原料側にはリスクがある。High-k材料の要となるハフニウムは、原子力用ジルコニウム精製の副産物として得られる希少金属で供給が細い。化合物半導体材料に使うガリウムは、中国が2023年以降に輸出管理を強めた品目そのものだ。中国は2025年にかけてガリウム・ゲルマニウム・レアアース・タングステンなどの輸出管理を一段と強化し、米中協議を受けて2026年11月ごろまで一部を一時停止する経緯をたどっている。ジルコニウムを含む品目も両用品目規制の対象範囲に入りうると指摘され、日本政府はレアメタルの備蓄(国内消費60日分)で防衛を図る。原料の地政学リスクは、超高純度材料メーカーにとって無視できない変数だ。
一方で、この地政学は追い風にもなる。米中対立と各国の国産化政策のもとで、台湾(TSMCの新工場群)、日本(TSMC熊本のJASMやラピダス、マイクロン広島)といった地域に最先端の生産が集まりつつあり、東アジアに拠点を張るトリケミカルには供給機会が広がる。さらに同社は、リスクを分散しつつ市場に残るための巧妙な布石を打っている。核になるのが3つの関連会社だ。韓国のSK Tri Chem(同社出資35%、2016年設立)はSKグループのメモリ・HBM供給網に前駆体を供給する持分法会社。日本エア・リキードとのエッチ・ビー・アールはHBr(臭化水素)の製造合弁。そして2025年9月、中国・安徽省合肥市に、現地の合肥安德科铭半導体科技(ADChem)と合弁で「安徳拓化(安徽)電子材料(AD-Trichem)」を設立した(同社出資33%、登録資本金5億人民元=約100億円、工場建設は2026年前半に着工予定)。
このAD-Trichemこそ、他社があまり語らない同社の要諦である。急成長する中国半導体市場は材料の現地調達化を強く進めており、輸出規制や関税を避けて中国市場に残るには、中国国内で作って中国で売る「Local for Local」の体制が要る。トリケミカルは、信頼関係を築いてきたADChemと組んで中国に次世代前駆体工場を建て、中国DRAM向けの供給を現地合弁へ移していく構えだ。中期経営計画でも「中国DRAM向けは現地競合の参入と、当社関係会社への一部移管」と明記されている。地政学の逆風を、合弁を使って順応するための布石——それがAD-Trichemの狙いである。


中期経営計画と成長ドライバー——Metal材料への軸足、後ろ倒しのエッチング

2026年3月に示した中期経営計画は、2027年1月期を起点に2029年1月期までの3か年を描く。数値目標は、売上高を270億円→290億円→317億円へ、営業利益を60億円→70.5億円→86.5億円へと引き上げ、売上高営業利益率を22.2%からいったん24.3%、最終年度に27.3%へと「25%程度の維持・回復」を掲げる。3年間の設備投資総額は約123億円、減価償却費は年々増え、増員は毎期20〜30名程度。為替前提は1ドル150円で通している。
計画の中身を読むと、成長ドライバーの移り変わりがはっきり見える。第一に、製品の主役がHigh-kからMetalへ移る。最大品目だったHigh-k材料は、計画上むしろ頭打ち〜減少(2026年1月期108.7億円→最終年度73億円程度)を見込む一方、ロジック向けのMetal材料はAI需要を受けて51.1億円から120億円規模へと倍以上に伸び、最大カテゴリーへ躍り出る計画だ。生成AIの2nm/GAAロジックに使う金属配線・電極材料が、次の主戦場という読みである。第二に、期待の大きかったエッチング材料の本格成長は「後ろ倒し」になった。会社は前回計画から明示的に時期をずらしており、次世代NAND向けの新規投資が業界全体で1年ほど先送り傾向にあることが背景にある。南アルプス事業所はこのエッチング材料・CVD材料の量産拠点であり、需要のタイミング次第で計画の振れ幅を生む。
第三に、地域の重心が台湾と日本へ移る。台湾はロジック(TSMCのAIチップ)を軸に80.6億円→120億円へと最大市場に育ち、日本も国内新工場の立ち上がりで45.0億円→84億円程度へ拡大する計画。対照的に、中国は現地競合の参入と合弁への移管で81.2億円前後で頭打ち〜微減の想定だ。ここで効いてくるのが前章のAD-Trichemで、中国分の一部を合弁に付け替えることで、地政学リスクを抑えつつ市場を手放さない設計になっている。
投資の実弾は、山梨県南アルプス市の新工場「南アルプス事業所」に集中している。敷地約30,136㎡・延床約5,690㎡、投資額は当初計画の約90億円から最終的に約120億円へ増額され、2025年4月に竣工。次世代半導体向けの新規エッチング材料・CVD材料を担い、2026年にかけて量産評価・設備増強・認証取得を進めながらフル生産へ立ち上げていく。短期的には減価償却の先行で利益率を圧迫するが、中期の増収と利益率回復(最終年度27.3%)を担保する成長投資である。前回計画では2028年1月期に売上315億円を目指していたことを踏まえると、今回の計画(2029年1月期317億円)は事実上1年ぶんの後ろ倒しであり、AI相場のなかでも同社が需要のタイミングを慎重に見極めている様子がうかがえる。


強みと課題

強みは四点に集約できる。第一に、約2,000品目という多品種・微量への集中と、分子設計から合成・超精製までを自社一貫で行うカスタム合成力。大手が降りる領域を拾い、代替が効きにくいポジションを築いている。第二に、半導体メーカー・装置メーカーと組んで次世代材料を共同開発する体制で、先端では純度だけでなく装置とのすり合わせが要るため、これ自体が参入障壁になる。第三に、24.7%という高い営業利益率と自己資本比率76%超の健全な財務、ROE16%台という収益性。第四に、創業者・竹中会長を筆頭株主とするオーナー性の強さと、地元・山梨中央銀行や従業員持株会を含む安定株主基盤で、短期業績に振らされにくい長期志向の経営が可能なことだ。
課題も明確である。まず、シクリカルな半導体市況への感応度。2024年1月期に純利益がほぼ半減したように、投資の一巡や在庫調整が来れば業績は大きく振れる。次に、顧客・地域・製品の集中リスク。海外比率8割、台湾・中国が二大市場で、TOPCOやエア・リキードなど少数の販売先への依存度が高い。第三に、中国市場のかじ取り。現地競合の台頭と輸出規制のなか、AD-Trichemへの移管がうまく回るかは実行力次第で、当面は合弁の立ち上げ費用が持分法損益の重しになる。第四に、韓国SK Tri Chemの持分法利益の変動が経常・純利益を大きく揺らす構造で、2027年1月期の減益予想はまさにこれが主因だ。第五に、南アルプス事業所の減価償却・立ち上げコストと、期待のエッチング材料が後ろ倒しになったことによる短期の利益率圧迫。加えて、ハフニウム・ジルコニウム・ガリウムなど希少金属原料の供給と価格の不安定さも、超高純度材料メーカーとして構造的に抱える課題である。
投資家はどう見るか——評価、強気と慎重の分岐点、今後のカタリスト

各紙・各サイトの報じ方は、おおむね「AI追い風の過去最高益」を軸にしつつ、慎重論を添える構図だ。日経など経済メディアは生成AI需要による最高益更新と南アルプス増産を取り上げ、ダイヤモンド系の記事は同社を先端半導体材料の「グローバル・ニッチトップ」型企業として紹介してきた。個人投資家の分析では、冒頭に引いた「HBMと2nmの黒子」という評価とともに、過去最高益ペースを評価しながらも中国市場の減速に警戒感を示す、という両にらみが目立つ。
セルサイドの評価は数こそ薄いものの強気に振れている。みんかぶが集計するアナリストのコンセンサス目標株価は4,160円(判断「買い」、対象は4名程度、2026年6月下旬時点)。大手証券も強気(買い)を継続し、目標株価は概ね3,800円〜4,800円台のレンジで示されてきた。株価は2026年6月に年初来高値3,810円を付けた後、7月10日には3,325円で、平均目標にはなお距離がある。予想PER約23倍・PBR約3倍という水準は、割安とは言えないが、微細化とAIを追い風にした二桁成長と高収益を織り込む「クオリティ・グロース」としての評価だ。カバレッジが薄く出来高も限られるため、決算のたびに株価が大きく動きやすい点は、機関投資家にとって妙味であり同時にリスクでもある。
投資家目線でこの銘柄を統合すると、強気の芯は三つだ。第一に、成長の軸が生成AIロジック向けのMetal材料へ移り、台湾(TSMC)と日本(国内新工場)という構造的な追い風地域に張っていること。第二に、会社予想が1ドル150円という保守的な為替と、慎重に置いた持分法益の前提の上に立っており、実勢の円安(160円前後)が続けば上振れ余地があること。第三に、オーナー主導・高収益・高財務健全性という「質」の高さである。逆に慎重論の芯は、中国DRAMの減速と現地競合の台頭、SK Tri Chemの持分法益の反落、High-kの頭打ちとエッチング材料の後ろ倒し、南アルプスの償却先行、そして半導体特有のシクリカリティと、決して安くない株価バリュエーションに集約される。第1四半期の急伸に一過性要因(為替スイングと中国の在庫積み増し)が混じっていた点も、慎重派には格好の論拠になる。
では、今後いつ、何を見ればよいのか。直近のカタリストは2027年1月期第2四半期(中間)決算で、1月決算の開示パターンから2026年9月ごろの発表が見込まれる。ここで焦点になるのは、第1四半期の勢いが反動でどこまで落ちるか(会社は上期営業△6.9%を想定)、そして保守的な通期予想が据え置かれるか上方修正されるかだ。年内から2027年にかけては、南アルプス事業所のフル稼働と新規エッチング材料の認証取得の進捗、Metal材料のロジック向け伸長が、増収の実現度を左右する。中国側では、AD-Trichemの工場建設(2026年前半着工)と、そこへの中国DRAM供給の移管がどう進むか。合弁は立ち上げ費用が先行し、製品出荷の本格化は2029年1月期ごろとされるため、当面は持分法損益の重しになる点に注意がいる。さらに、SK Tri Chemの利益が計画どおり底を打って反転するか、為替が前提の150円からどれだけ上振れるか、次世代NANDへの新規投資が「1年先送り」から動き出すタイミング、そして中国のレアメタル輸出管理の一時停止措置の帰趨(2026年11月ごろが節目)——これらが、この「縁の下の黒子」の次の一手を測るものさしになる。
