ワークスアプリケーションズとは——ひとつの社名が抱える「二つの会社」

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ワークスアプリケーションズを理解するうえで最初に押さえるべき事実がひとつある。私たちが「ワークス」と呼んできた会社は、いまや実質的に二つに分かれているということだ。この一点を曖昧にしたまま議論を始めると、シェアの話も投資の話もすべてがねじれてしまう。

もともとのワークスアプリケーションズは、1996年に牧野正幸(まきの・まさゆき)氏が創業した独立系のソフトウェア企業である。大手企業の人事・給与という、それまで各社が自前で作り込むか、外資系の高価なパッケージに頼るしかなかった領域に、「ノーカスタマイズ(全顧客に単一のソースコードを提供する)」という思想の国産パッケージ「COMPANY」を引っさげて切り込み、国内シェアの首位を握った。就職活動生からは絶大な人気を集め、インターンシップ人気ではトップ級の常連だった。まさに国産ソフトの成功譚である。

その同じ会社が、次世代製品として鳴り物入りで打ち出した人工知能型ERP「HUE」の開発でつまずき、2010年代後半に経営危機へ転落する。資金が尽きる寸前まで追い込まれた末、同社は最も採算の良い人事(HR)事業だけを切り出し、2019年8月、米投資会社ベインキャピタル傘下へ売却した。この分割によって、成功資産と社名が別々の器に収まることになった。すなわち、看板製品COMPANYと人事領域は新会社「株式会社Works Human Intelligence(WHI)」へ移り、会計・購買・販売管理といった非人事のERPと「HUE」ブランドは、社名「ワークスアプリケーションズ」を保持する会社に残ったのである。

したがって、本稿タイトルの「人事ERP国内シェアトップ」を今日担っているのは、正確にはワークスアプリケーションズから分かれたWHIだ。COMPANYはWHIが、HUEはワークスアプリケーションズが、それぞれ開発・販売している。ややこしいが、この「成功したCOMPANY」と「つまずいたHUE」が同じ母体から生まれ、いまは別々の道を歩んでいるという構図こそが、この会社の物語の核心にほかならない。以下では、まずそれぞれの製品が「何であるか」を具体的に描いたうえで、創業からの歩み、業界構造、そしてベインやGICといった投資家がこの資産をどう値付けしたかへと分け入っていく。

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「COMPANY」——大手日本企業の人事給与を静かに握るデファクト標準

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COMPANYは、大企業の人事部と給与計算の現場を一つのシステムで丸ごと引き受ける統合人事システムである。イメージしにくければ、従業員数万人を抱える製造業や金融機関を思い浮かべるとよい。そこでは、社員区分や事業所ごとに異なる手当の体系、複雑な就業規則、毎年のように変わる社会保険料率や所得税の計算式、そして年に一度の年末調整という一大イベントが渦を巻いている。COMPANYは、こうした「日本の大企業ならではの複雑さ」を標準機能で吸収するように設計されている。WHIの製品説明が「会社・事業・職種・社員区分などによってルールや複雑さが異なる給与計算でも、ボタンひとつで計算できる」と謳うのは、まさにこの点だ。

機能の広がりも大きい。人事情報のマスター管理や組織図・異動のワークフロー、給与計算、勤怠・就業管理、Webでの年末調整によるペーパーレス化、社会保険のe-Gov電子申請とのAPI連携、生命保険や持株会・財形・社宅といった福利厚生の管理、さらにはスキルや後継者計画を扱うタレントマネジメント(COMPANY Talent Management)まで、従業員のライフサイクル全体を一枚のプラットフォームで覆う。自治体向けの版も持つ。

外資系ERP(SAP、Oracle、Workdayなど)との最大の違いは、その「日本の作法への標準対応」にある。海外製品は世界標準の人事プロセスを前提とするため、日本企業の込み入った手当計算やメンバーシップ型雇用に合わせようとすると、重いカスタマイズが避けられない。これに対しCOMPANYは、約1,200の大手法人グループの人事ノウハウを標準機能として作り込み、法改正やバージョンアップに追加費用なしで対応するという価格・保守モデルを取る。導入企業でつくる「COMPANYユーザー会」が製品ロードマップの共同開発に関わる点も、日本の大企業に刺さってきた理由である。

その結果が、圧倒的な市場ポジションだ。ITRの調査レポート「ITR Market View:ERP市場2026」(2026年3月公表)によれば、COMPANYはERP市場の人事・給与業務分野で売上金額シェア第1位を6年連続で獲得している。この「6年連続」はWHIが発足した2019年度から2024年度までの集計で、人事管理・給与管理・就業管理の三分野すべてでも首位に立つ。ITRは順位のみを公表しシェア率までは開示していないが、WHI自身の開示によれば、COMPANYは従業員3,000人以上の大手法人のおよそ3社に1社に導入され、管理する従業員データは約510万人分(2023年末時点)に及ぶ。年間契約継続率は95〜98%、平均継続利用年数は約12年という数字が、この製品の粘着性を物語る。日産自動車、キリン、三井住友フィナンシャルグループ、山崎製パンといった名だたる企業が顧客に名を連ねる。

投資家の視点で言えば、COMPANYは「クラウンジュエル(王冠の宝石)」の教科書的な例である。乗り換えコストが極端に高く、法改正のたびに使い続ける理由が更新される。顧客はブルーチップ揃いで解約はほとんど起きない。この性質こそが、後述するベインキャピタルの買収判断を支えた核心だった。

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「HUE」——世界初の人工知能型ERPという野心と、その挫折

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COMPANYが「静かな成功」だとすれば、HUEは「派手な野心とその代償」の物語である。

ワークスアプリケーションズは2014年秋(製品発表は10月)、次世代の大手企業向けERPとして「HUE(ヒュー)」を打ち出した。牧野CEOはこれを「世界初の人工知能型ERP」と呼び、応答速度0.1秒という体感、従来のリレーショナル・データベースを脱してNoSQL型の分散技術を採用したアーキテクチャ、そして人工知能による自動学習を売りにした。狙いは明快で、過去に入力したデータをAIが予測して自動でマッピングし、再入力の手間をなくす。ERPと完全連動した表計算ツールで作表を一瞬で終わらせる。要するに、伝票処理や作表といったルーティンワークを消し去り、人を創造的な仕事に振り向ける——同社が掲げる「『作業』を『創造』に変え、『仕事』を楽しくする」という理念を、そのままERPで体現しようとしたのである。HUEは2015年にグッドデザイン賞を受賞し、提供は2015年末に始まった。構想は間違いなく先進的だった。

問題は、構想と実装の距離だった。発表時点でAI機能は成熟しておらず、開発は想定を超えて長引いた。研究開発費と、後述する大量採用による人件費が同時に膨張し、導入現場では品質や機能が要求水準に届かず、プロジェクトの遅延や頓挫が相次いだ。ここから顧客との訴訟が生まれる。兼松エレクトロニクスは2017年6月、基幹システム刷新の未稼働・不具合を理由に約14億3,000万円の損害賠償を求めて提訴。翌2018年11月には古河電気工業とグループ会社が、HUE/COMPANYによる基幹系刷新の頓挫を理由に約50億4,600万円の支払いを求めて訴えを起こした。ワークス側は「パッケージは複数社への提供が前提で個社向け開発は約束していない」と反論したが、大型案件の火種は経営の重石となった。

ここで見落としてはならないのは、HUEの物語が単純な「失敗」で終わっていない点だ。人事領域のHUE(COMPANYと一体だった部分)は2019年にWHIへ移ったが、会計・購買・SCMといった非人事のERPとしてのHUEは、スリム化したワークスアプリケーションズ本体に残り、SaaS型ERPとして生き延びた。分社当初は約300企業グループにすぎなかった導入は、いまや約500グループ・2,400社規模へ広がっている。ITRの2026年予測では、HUEは売上100億円以上の大企業向け会計ERPというサブ領域で首位に立ち(フルスイートのERPでSAPを上回るという意味ではない点は後述する)、IDC MarketScapeの日本の中堅企業向け財務会計アプリケーション評価(2025年)でもリーダーに位置づけられた。2026年6月にはHUEを「AI-driven Platform」へと進化させると発表し、財務・経理人材の不足に応える新サービスブランド「OXYG(オクシグ)」を立ち上げている。つまずいた野心が、形を変えて再起した——HUEはその両面を抱えた製品なのである。

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創業から現在までの歩み——19期連続増収、MBO、そして首の皮一枚

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ワークスアプリケーションズの歩みは、日本のソフトウェア産業には珍しい急伸と急落のジェットコースターだった。

創業は1996年7月。牧野正幸氏が、石川芳郎・阿部孝司の両氏とともに3人の共同代表として立ち上げた。牧野氏は1963年神戸生まれ。大手建設会社に新卒入社した後にシステム開発の世界へ移り、日本IBMで契約・派遣のSE兼コンサルタントとして難案件を人の3〜4倍こなしたと語る。1994年に独立し、96年にワークスを設立した。創業半年で資金は枯渇し、100社を超えるVCに断られたが、グロービス創業者の堀義人氏が唯一の初期投資家として支援した。牧野氏は投資家に「5年で上場」と約束し、実際に2001年12月13日、JASDAQ上場を果たす。COMPANYを武器に、同社は創業以来およそ19期連続の増収を重ねた。

成長を支えたもう一つのエンジンが、伝説的な新卒採用だった。2002年に始めた「問題解決能力発掘インターンシップ」は日本最大級の採用直結型として知られ、優秀者には卒業後も一定期間いつでも入社できる「入社パス」(東洋経済によれば3年・5年の枠があった)が与えられた。約1ヶ月・実働19日ほどで日当1万円、参加者は1,800人規模。論理的な問題解決力を重んじる選考で「クリティカルワーカー」を育てるという思想は、就活市場で強烈な存在感を放った。2015年には国内新卒採用を1,000人規模へ拡大する計画を掲げている。だが、この積極採用こそが、HUEの開発費とあわせて人件費を押し上げ、のちの業績悪化の伏線となる。

2011年、同社はMBO(経営陣による買収)で株式を非公開化する。TOB価格は1株55,000円、前営業日終値に約34%のプレミアムを乗せ、同年6月に上場廃止となった。牧野氏はこの非公開化を、「世界初のAI搭載ERP」に長期・大型の投資を行うためだと説明した。上場を続ければ利益成長への期待に縛られ、研究開発に資金を注ぎ込めば赤字で株価が急落し、海外勢に買収されかねない——そのジレンマを断ち切るための決断だったという。前章のHUEの野心は、このMBOと表裏一体だったのである。同社は海外にも打って出て、2012年に上海・シンガポール、2013年にニューヨーク、2015年にロサンゼルスとインド・チェンナイへ拠点を広げ、2017年3月にはアジア拠点だけで約2,700名を抱えるまでになった。牧野氏はピーク時に売上高500億円超・利益30億円超まで成長させたと振り返る(自己申告のグループベースで、単体の決算公告では2017年6月期が446億円)。

転落は速かった。HUEの開発遅延と膨張したコストが業績を直撃し、2018年6月期には連結の最終赤字が約170億円に達し、純資産は約30億円まで縮んで債務超過寸前に陥った。翌2019年6月期は単体の決算公告で純損失が約345億円、利益剰余金は約670億円のマイナスと、実質的な債務超過へ沈む。金融機関筋は「夏には手元資金が尽きる」と見ていた。会社全体を海外企業へ売却する交渉が最終局面で破談し、同社は最も採算の良いHR事業だけを売って急場をしのぐ道を選ぶ。日経ビジネスが「首の皮一枚から大逆転」と表現したこの局面で、複数の海外ファンドが競った末にベインキャピタルが選ばれた。2019年6月21日に発表、8月1日に完了。譲渡額は複数メディアが約1,000億円と報じたが、正式には非開示である。人事事業はWorks Human Intelligenceとして再出発し、会計・販売管理・購買などはワークス本体に残った。創業者の牧野氏は2019年9月末に退任し、2020年10月に新会社パトスロゴスを立ち上げて再始動している。

分割後の両社は、対照的な軌道を描く。COMPANYを抱えるWHIはベインの下で堅実に伸び、後述するように高収益の優良企業へと磨かれた。一方、社名を継いだワークスアプリケーションズは、2022年にMBOで筆頭株主だったACAグループとの資本関係を解消して独立を回復し、2023年6月期に営業黒字へ転換。現在は秦修(はた・おさむ)CEOのもと、従業員885名(2025年6月)、2025年6月期の売上高は約111億円(秦CEOは会見で「115億円・前年比14%増」と説明)まで戻し、手元現金・純資産ともに約41億円という健全なバランスシートを取り戻した。直近の決算公告での当期純利益は4億3,400万円と、規模は小さいが黒字が定着している。かつて会社を沈めかけたHUEブランドが、いまはその再建を牽引しているのは皮肉であり、同時に救いでもある。

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業界の状況——競合とサプライチェーン

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両社が戦う市場は、いま構造転換の只中にある。ITRによれば、国内ERP市場は2024年度に2,558億円(前年度比18.0%増)へ拡大したが、その成長はほぼすべてクラウド由来だ。SaaS型が28.2%増と伸びる一方、従来のパッケージ型は3.5%増にとどまり、2024〜2029年度の予測ではSaaSが年平均20.0%で伸び、パッケージは0.9%のマイナスへ転じる。人事領域に絞ると、デロイト トーマツ ミック経済研究所の集計でHRテック・クラウド市場は2024年度に1,385億円(27.6%増)、2025年度は1,689億円(24.9%増)へと年20〜30%で膨張している。要するに、オンプレミス/パッケージで築いた牙城は、クラウド・ネイティブの新興勢に足元を掘られつつある——これが競争を読む出発点だ。

大企業の人事給与という本丸で、COMPANYの正面の敵は主に外資系だ。SAPのSuccessFactorsは国内で約1,800社に導入されているとされ(パートナー公表値)、Oracleは旧PeopleSoftの残存基盤とFusion Cloud HCMを持つ。とりわけ注視すべきはWorkdayである。直近の同社会計年度で日本の新規顧客獲得が前年比約3倍、更新率110%超、契約ユーザー100万人超と、日本はWorkday全体で最も成長の速い市場となり、2025年5月には国内データセンターも稼働させた。グローバル人事の標準化を狙う大企業を上位から攻める姿勢は鮮明だ。国産では、電通総研(旧ISID)の大企業向けHCM「POSITIVE」が3,000件超の導入を持つ実質的な競合であり、勤怠に強い日立の「リシテア」、2026年4月に「GLOVIA One」へ統合される富士通のERP、中堅で圧倒的な導入社数(累計82万社)を誇るOBCの奉行シリーズなどが層を成す。

クラウド・ネイティブの新興勢では、SmartHRの存在が象徴的だ。労務管理クラウドで7年連続シェア首位、登録社数8万社超、ARR(年間経常収益)は2026年7月に300億円へ到達し、2030年に売上1,000億円を掲げる。2025年6月には給与計算に参入し、COMPANYの本丸へじわりと踏み込み始めた。マネーフォワード(2025年11月期売上503.5億円、SaaS ARR約393億円)はAKASHI買収で中堅の人事労務を強化し、freee(2025年6月期売上332.7億円、ARR343.9億円)は小規模事業者の会計・労務・販売を束ねる。タレントマネジメントでは、ITR売上首位のタレントパレット、導入社数首位のカオナビ(2025年にカーライルによるTOBで非上場化)が競う。これらは中小・中堅から上位へ這い上がる構図で、大企業に確実に届くのは現状SmartHRくらいだが、その圧力は年々増している。

HUE(ワークス本体)の側の競合は、より広いERPの海だ。大企業の統合基幹系ではSAPが事実上の標準で、国内導入は約2,000社規模とされ、2025年には日本郵船のS/4HANA採用が話題を呼んだ。Oracle Fusion(東京海上ホールディングスが採用)、Microsoft Dynamics 365、そして会計に進出するWorkdayが続く。純国産ではGRANDIT(1,500社超)やmcframe(製造業のSCM/生産、1,500社超)が中堅・大手を狙う。経費や購買といった個別領域では、SAP ConcurやAriba、Coupaが強力な専業として立ちはだかる。HUEが「会計ERPのサブ領域で首位」だとしても、フルスイートのERPでSAPの牙城を崩したわけではない——この距離感は正しく捉えておく必要がある。

見落とされがちなのが「サプライチェーン」、すなわち製品が依存する基盤とパートナーの層だ。COMPANY(WHI)は主にAWS上でSaaSを提供し、AIにはAmazon Bedrockを用い、2027年までに全顧客のSaaS移行を目指す。HUE(ワークス本体)はAWS・Oracle Cloud・Azureのマルチクラウドで、生成AIにはマイクロソフトのAzure OpenAI Serviceを組み込む。ちなみにSmartHRはGoogle Cloud、奉行クラウドはAzureと、勢力図はクラウド各社にも投影されている。導入の現場を支えるのはSIerだ。SAP系ではNEC傘下のアビームコンサルティングが国内最多のSAP認定コンサルタント(2020年時点で約3,920名)を擁して首位を走り、アクセンチュアがこれに並ぶ二大勢力で、富士通・日本IBM・電通総研・NTTデータ・TIS・野村総研やデロイト、PwC、EY、KPMGのBig4が続く。そして市場全体の追い風となっているのが、経済産業省が2018年のDXレポートで警告した「2025年の崖」(放置すれば年間最大12兆円の経済損失)と、SAPの標準保守が2027年末(一部2030年まで延長)に切れる「2027年問題」である。国内のSAPユーザーの基幹系刷新需要は、まさにこれからの2〜3年で山を迎える。電通総研の2025年調査では、日本のSAPユーザーのS/4HANA移行比率は44.1%まで上がってきた。この移行の波は、SAPの受け皿を狙う全ベンダーにとっての号砲でもある。

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VC・投資家はどう見ているか——ベイン/GICの「クラウンジュエル」戦略と価値創造

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ここからが、他のどの記事も十分に描いてこなかった核心である。ワークスの物語は、実は近年の日本における「プライベート・エクイティ(PE)による優良資産の掘り起こし」の最良のケーススタディなのだ。

ベインキャピタルの投資判断は、きわめて明快なPEの定石に沿っていた。同社の担当パートナーは、親会社(旧ワークス)が赤字を垂れ流していたからこそ、採算の取れる人事事業を切り離して独立させる好機だと見たと語る。ベイン自身のケーススタディはこう総括する——買収前、COMPANYには「十分な価値提供を受けていない1,000社超の大手顧客」がいた。裏を返せば、乗り換えない優良顧客の分厚い基盤がそこにあり、経営とプロダクトさえ立て直せば、その価値は解き放たれる。ベインは米国のソフトウェア専門家を送り込んでSaaS移行のロードマップを描き、解約を防ぎ顧客生涯価値を高める「カスタマーサクセス」組織を一から作った。そして経営トップには、あろうことか外資ERPの雄SAPジャパンの元社長・安斎富太郎氏を2020年7月に据えた。日本の大企業人事でSAPを退けてきた製品を、SAPを知り尽くした人物に委ねる——競争を熟知した布陣である。

数字は、この立て直しの成功を雄弁に語る。ベインが取得した2019年当時、譲渡額は報道ベースで約1,000億円だった。それが2022年、ブルームバーグは、ベインが最大20億ドル(当時の報道で2,000億円規模)でのWHI売却を検討していると報じる。そして2023年3月31日、シンガポール政府系ファンドGICがベインからWHIの持ち分の約半分を取得し、両者が共同で支配する体制へ移行した。日経はこの取引でのWHIの評価額を約3,500億円(約26億ドル)と報じ、Dealogicはこれを日本におけるソフトウェア企業へのPE買収として過去最大と位置づけた。つまり、約1,000億円で仕込んだ資産が、4年で約3.5倍に化けた計算になる。ただし、評価額や出資比率、買収の内訳は当事者からは開示されておらず、3,500億円という数字はあくまで日経を中心とした報道値である点は明記しておく。

なぜここまで評価が跳ねたのか。答えはWHIの収益構造にある。官報の決算公告によれば、WHI(単体)の第8期(2025年12月期)は売上高576億6,900万円(前年比14.8%増)、営業利益197億3,500万円、当期純利益133億9,500万円。営業利益率は実に約34%に達する。1,200社の解約しないブルーチップから積み上がる保守・ライセンス収入が、驚異的な高収益を生んでいるのだ。しかも純資産は135億9,700万円と薄く、前期末(約101億円)に純利益約134億円を足した理論値を大きく下回る。これは、稼いだキャッシュの相当額が配当として株主(=PEスポンサー)へ還元されていることを強く示唆する。高収益で現金を吐き出し続ける「キャッシュカウ」——PEが好む姿そのものである。GICのような超長期の政府系マネーが2023年に共同オーナーとして加わったことは、この資産を腰を据えて育て、時機を選んでExit(出口)するという構えの表れと読める。

この評価軸を、同じ人事・バックオフィスSaaSの新興勢と並べると、投資家が何に対価を払っているかがくっきり見える。VCに支えられたSmartHRは、2021年のシリーズDで約1,700億円のユニコーンとなり、2024年のシリーズEでKKRとオンタリオ州教職員年金基金から約214億円を調達したが、CFOによれば評価額は前回とほぼ横ばいで、2025年11月にはジェネラル・アトランティックがコーラル・キャピタルの持ち分を二次取引で約9,600万ドル(約150億円)分買い取っている。上場組のマネーフォワード(時価総額約3,456億円)やfreee(約5,373億円)、ラクス(約4,162億円)は、成長は速いが利益はまだ薄い。対してWHIは、報道ベースで約3,500億円という上場SaaS勢に匹敵する評価を、34%という桁違いの利益率と現金創出力で裏打ちしている。成長性で語られる新興SaaSと、収益性で値付けされる成熟インカム資産——投資家にとって、WHIは明確に後者なのである。

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強みと課題

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強みを整理すれば、WHI(COMPANY)の堀は極めて深い。日本の大企業の複雑な人事給与を標準機能で捌く技術資産、法改正のたびに更新される乗り換え障壁、95〜98%という継続率と平均12年の利用年数、3社に1社という導入密度、そして34%の営業利益率とキャッシュ創出力。ここにベインが持ち込んだSaaS化とカスタマーサクセスの規律、SAPを知り抜いた経営陣が加わる。ワークス本体(HUE)の側も、30年の業務標準の蓄積で「ノーカスタマイズでも使える」ERPを磨き、規格化されたデータがAI分析に適するという構造的な利点を持ち、身軽な黒字体質へと生まれ変わった。

一方で課題も鮮明だ。第一に、クラウド移行の未完である。COMPANYはSaaS化を2027年までに完遂する途上にあり、その間はオンプレの保守収益に依存する部分が残る。第二に、下からの侵食だ。SmartHRは給与計算に参入して大企業帯へ這い上がり、Workdayは新規獲得を前年比3倍に伸ばしてグローバル大企業を上位から攻める。人事給与という本丸は、いまや上下から挟まれつつある。第三に、AIのコモディティ化だ。かつてHUEが「世界初の人工知能型」を独占的な旗印にできた時代は終わり、生成AIはどのベンダーも標準搭載する。差別化の源泉は、AIそのものから「規格化された良質なデータ」と「日本の業務知識」へと移っている。第四に、人材と評判の問題がある。かつての激務・大量入替わりの記憶は口コミサイトに色濃く残り、近年は採用を絞って定着を高める路線へ転じたとはいえ、優秀な技術者の確保は競争の生命線であり続ける。そして投資家にとって最大の論点が、WHIのExitという「時計」である。ベインは2019年から、GICは2023年から保有しており、PEの標準的な保有期間を踏まえれば、出口をめぐる圧力は年々高まっていく。

今後の展望——いつ、どんな動きが観測されるか

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では、これから何が、いつ観測されるのか。VCの視点で「時計の針」を三つ挙げておきたい。

第一に、WHIのExitである。2022年にベインが売却を探ったものの全面売却には至らず、2023年にGICを迎える資本再編(実質的なリキャップ)で凌いだ経緯を踏まえれば、次の一手はIPO(新規上場)か、二次売却か、あるいは再びの資本再編になる。ここで無視できないのが、足元のSaaS/AIバリュエーション調整だ。象徴的な出来事として、ブルームバーグは2026年7月8日、KKRなどが支えるSmartHRが2026年内としていた東京上場を延期したと報じた。目標時価総額の約1,600億円(約10億ドル)ですら投資家に高いと見なされたためで、AIブームの反動でSaaSの値付けが厳しくなっている局面を映している。この逆風は、WHIが上場や売却の窓を選ぶタイミングにも影響する。高収益・高配当というWHIの体質は、むしろこうした環境で相対的に評価されやすいが、いずれにせよ2026〜2027年は同社の資本イベントを注視すべき時期となる。公開情報の範囲では、2025〜2026年時点でWHIのIPOや新たな売却は発表されておらず、ベインとGICの共同保有が続いている。

第二に、製品とAIの実装競争である。ワークス本体は、HUEの新版を2026年夏と2027年夏に投入する計画で、企業ルールに基づき低リスクの申請を自動承認する「AI承認者」や入金消込を自動化するエージェントを重ね、2027年には業務の「完全自動実行」を掲げる。新ブランドOXYGでリサーチやデジタルワークフォース、コンサルティングを束ね、財務・経理の人材不足そのものをサービスで埋めにいく構えだ。WHIの側も、タレントマネジメントを生成AIで強化し(CYDASを取り込んだCTM2.0)、2025年11月には個人向けアプリ「COMPANY Me」を投入して「HCMフルスイート」構想へ舵を切った。安斎CEOは日経のインタビューで、生成AIによる人事業務の効率化と、日本型雇用が「就社」から「就職」へ移る変化を語っている。ここでの見どころは、AIが「人の判断をスキップ」してどこまで実務を自動化できるか、そしてそれが解約を防ぐ新たな堀になるかだ。

第三に、市場全体のカタリストである。SAPの2027年問題と「2025年の崖」に押された基幹系刷新の波は、まさにこれから2〜3年でピークを迎える。S/4HANAへの移行が44%まで進むなか、乗り換えを検討する大企業の一部は国産の受け皿も比較検討する。HUEにとっては会計ERPで存在感を高める好機であり、COMPANYにとっては人事給与を切り出して更新する需要が生まれる。加えて、PEによるHRテックの再編は続くだろう。カーライルによるカオナビの非公開化、KKR・GIC・ベインがワークスの二社を囲む構図が示すように、この領域は「上場SaaSを買い、磨き、時機を見て売る」PEの主戦場になりつつある。次に観測されるべきは、WHIの2026年12月期決算に表れる成長と配当、SmartHRの上場再挑戦の時期、そしてSAP-2027を控えた大企業の刷新判断である。成功したCOMPANYと、つまずいて再起したHUE。その二つの物語の続きは、これらの「針」の動きとともに書かれていく。