写真3枚から、部屋がまるごと立ち上がる

スマートフォンで適当に撮った写真が、3枚。それを渡すと、部屋がまるごと立体で立ち上がる。撮っていない天井際の角度からも、床をすれすれに這うカメラでも、机の下をくぐり抜ける動きでも、その部屋を見ることができる。
写真に写っていなかった場所は、モデルが「たぶんこうなっている」と描き足す。机の脚の裏側、ソファの向こう側の床、廊下の先。人間が部屋に入ったときに無意識にやっている補完を、そのまま画素として吐き出す。
World Labsが2026年9月1日に公開した「Atlas」は、これを一つのモデルでやってのける。出力は最大1440p、最長1分の映像。しかも映像だけではない。同じモデルが、点群と3Dガウシアンスプラットという、そのままUnityやUnreal Engine、Blenderに持ち込める3Dデータを吐き出す。
3Dガウシアンスプラットというのは、空間に何十万個もの半透明な色つきの綿ぼこりを浮かべ、それを重ね合わせることで形と質感を表現する方式だ。従来のポリゴンメッシュのように「面」で物を作るのではないので、木の葉や髪の毛、湯気のような、面で表現しにくいものを軽く描ける。ゲームエンジンやVRヘッドセットでも動く程度に軽い。
もう一つ、Atlasのデモでわかりやすいのが「バレットタイム」だ。映画『マトリックス』で、弾丸をよける瞬間に時間が止まり、カメラだけがぐるりと主人公の周りを回っていく、あの映像である。あれを撮るには、何十台ものカメラを円周状にずらりと並べ、同時にシャッターを切る必要があった。Atlasは、ごく普通のカメラ3台から5台で撮った映像から、同じ効果を作る。撮影現場に円形のカメラリグを組む必要が消える。
さらに、スタンフォード大学のメインクワッドを地上から撮った写真だけを与えて、空撮のような俯瞰視点を生成してみせた。撮っていない高さから、撮っていない角度で、その場所を見る。
「空間知能」とは何か

World Labsの創業者フェイフェイ・リーは、AIの世界では「ImageNetを作った人」として知られる。2000年代後半、画像認識の研究が停滞していた時期に、1,400万枚規模のラベル付き画像データセットを作り、それが2012年のAlexNetを生み、今日のディープラーニング全体の出発点になった。「AIのゴッドマザー」と呼ばれるのはそのためだ。
そのリーが2024年から一貫して言い続けているのが、言語だけでは足りない、という主張である。2025年11月に公開した論説「From Words to Worlds」で、彼女は言語を「損失の多い、帯域の狭いチャネル」と表現した。人間が見ている3次元・4次元の世界を、テキストという細い管に押し込めて記述しようとするから、情報が落ちる。
具体的にどう落ちるか。現在のマルチモーダルモデルは、写真を見せて「この机の端からドアまで何メートルか」と聞くと外す。別の角度から撮った同じ椅子を、同じ椅子だと認識し続けられない。積み木を押したら倒れるか支えられるかの予測が怪しい。動画を数秒より長く生成すると、映っていたはずの物が消えたり別物に変わったりする。文章としてはもっともらしいことを言うのに、空間としては破綻している。
リーが処方箋として挙げるのが、三つの性質を備えた「世界モデル」だ。生成的であること、つまり新しい世界を作り出せること。マルチモーダルであること、つまりテキストでも画像でも深度でもカメラ位置でも受け付けること。そしてインタラクティブであること、つまり何か働きかけたときに世界がその先どうなるかを進められること。この三つが揃って初めて、AIは空間を扱っていると言える——というのが「空間知能(Spatial Intelligence)」の主張である。
Autodeskへの出資受け入れを発表した際、リーはこう言っている。「AIが本当に役に立つものになるなら、それは言葉ではなく世界を理解しなければならない」。

なぜAtlasは「動画生成AI」と違うのか

Atlasが技術的にどこで従来と分かれるのか。ここが今回の発表の核心で、Sora的な動画生成AIの延長で理解すると本質を取り逃す。
大規模言語モデルは「次のトークンを予測する」ことを基本単位にして作られている。動画生成モデルは「次のフレームを予測する」ことを基本単位にしている。どちらも、時間の順番に沿って一つずつ先へ進む構造だ。
Atlasの基本単位は「新しい視点を予測する」ことだ。共同創業者のジャスティン・ジョンソンは、a16zのポッドキャストでこれを「Atlasは本質的にnew view prediction(新視点予測)だ」と表現している。時間軸ではなく、空間の座標軸にすべてを紐づける。入力された画像一枚一枚に、それが3次元空間のどこから、どちらを向いて撮られたものかというカメラ位置と深度が付く。この束を、同社は「空間コンテキスト」と呼ぶ。
だから、時間的に隣り合っていない映像同士を突き合わせられる。任意のカメラ軌道に沿って「そこから見たらこう見えるはず」を問い合わせられる。動画モデルのように「パンして」「クレーンで上げて」という言葉で指示するのではなく、カメラの軌道そのものを数値で渡す。ピクセル単位でカメラを制御できる、というのはそういう意味だ。
リー自身は、この設計のいちばん新しい点を別のところに見ている。「生成と再構成が一つに統一されたのは、これが初めて」。従来、写真から3Dを起こす再構成の技術と、無から映像を作る生成の技術は、まったく別系統として発展してきた。再構成は撮ったものしか出せず、生成は幾何学的に整合しない。視点を共通の軸に置くと、この二つが同じ問題になる。見えている範囲は再構成が幾何を保証し、見えていない範囲は生成が埋める。
その帰結として、撮影の手間が桁違いに減った。NeRFの共同開発者でもある共同創業者ベン・ミルデンホールは、従来の高密度再構成では一部屋あたり100枚から300枚以上、しかもすべての面を3〜4回は映しておく必要があったのが、Atlasでは3枚程度で同等の結果が出ると述べている。撮影密度にして50分の1から100分の1。3D化するつもりで撮っていない、ただの記録映像からでも空間が起こせる、ということでもある。
もう一つ、投資家が注目したのはスケーリングの兆候だ。World Labsが立ち上がった時点で、空間知能に対してモデルを大きくすれば性能が上がるという法則が確立されていたわけではない。転機は2026年夏に訪れた。まだ小さいAtlasが、机の下をくぐり抜けるフライスルー映像を破綻なく生成した。その後、モデルを大きくし学習を長くするたびに品質が上がり続けた。公開されたチェックポイントは、アーキテクチャの限界ではなく計算資源とスケジュールの都合で切ったものだ、と同社は説明している。

創業から現在までの2年半

World Labsが世に出るきっかけは、2023年の一つの夕食だったと伝えられる。a16zのゼネラルパートナー、マーティン・カサドがフェイフェイ・リーらに、生成AIとコンピュータグラフィックス、そしてインタラクティブな世界モデルを一つに合わせたらどうか、と持ちかけた。会社の設立は2024年初頭。共同創業者にはリーのほか、その教え子でもあるジャスティン・ジョンソン、Gaussian Splattingの土台となる微分可能レンダラPulsarを作ったクリストフ・ラスナー、NeRFの共同開発者ベン・ミルデンホールが名を連ねた。3D生成の系譜で言えば、ほとんど反則に近い顔ぶれである。
2024年9月、ステルスを脱して2億3,000万ドル(約354億円)の調達を公表。10億ドル(約1,540億円)超の評価額だった。リードはa16z、NEA、Radical Ventures。エンジェルにはジェフリー・ヒントン、ジェフ・ディーン、リード・ホフマン、マーク・ベニオフらが並んだ。
2025年10月、リアルタイムで対話しながら世界を生成する研究プレビュー「RTFM」を公開。翌11月12日には、初の商用製品「Marble」を一般公開した。テキストや写真、動画、パノラマから、編集してダウンロードできる3D環境を作る。競合の多くが「探索している最中にその場で生成する」方式だったのに対し、Marbleは最初に世界を作り切って固定する。だから戻ってきても風景が変わらない。同時に投入した「Chisel」は、箱や壁を手で並べて空間の骨格を決め、見た目はテキストで指定するという編集ツールで、HTMLで構造を書いてCSSで見た目を当てる作業に近い。
料金は無料枠が4生成、月20ドル(約3,100円)から月95ドル(約1万4,600円)まで4段階。商用利用権は上位プランに置かれた。
11月20日にはシスコの投資部門Cisco Investmentsが出資。シスコのプレジデント兼最高製品責任者ジートゥ・パテルは「AIにおける次の大きなプラットフォームの転換は、空間知能を軸に起きる」とコメントしている。金額は非開示。
2026年1月21日、開発者向けの「World API」を公開。Marbleの生成能力を自社アプリに組み込めるようにした。課金はクレジット制で、1,250クレジットが1ドル。世界を一つ生成するのに1,500クレジット、つまり1.20ドル(約185円)である。高品質メッシュの書き出しが3,500クレジットで2.80ドル(約430円)。世界一つあたりの単価が公表されている世界モデル企業は、この時点でほとんどなかった。
そして2026年2月18日、10億ドル(約1,540億円)の追加調達。出資者はAMD、Autodesk、Emerson Collective、Fidelity、NVIDIA、Seaほか。会社は評価額を明かしていないが、ブルームバーグは1月時点で約50億ドル(約7,700億円)での調達交渉が進んでいると報じていた。累計調達額は12億3,000万ドル(約1,900億円)に達した。
4月2日にMarble 1.1と1.1 Plusを投入。1.1 Plusは、シーンが必要とすれば3D範囲を自動で広げていく。7月21日、ロボティクス・シミュレーションのSceniXを買収。条件は非開示。コロンビア大学の研究者2名が創業した会社で、現実のロボット作業を一つ取り込むと、それを多数の操作可能なシミュレーション世界に増殖させる「Real-to-Sim-to-Real(R2S2R)」エンジンを開発していた。
そこから約6週間後にAtlasが出た。社員はおよそ100人。一人あたり1,200万ドル(約19億円)を調達している計算になる。



Autodeskが2億ドルを出した理由

2月の調達で目を引いたのは金額そのものより、誰が出したかだった。
Autodeskの2億ドル(約308億円)は、同社史上最大のスタートアップ投資である。AutoCADやMayaを擁する、40年にわたって幾何とシミュレーションを扱ってきた会社が、単なる財務出資ではなく戦略アドバイザーの立場を取り、研究とモデルのレベルで協業する。同社のチーフサイエンティスト、ダロン・グリーンは「我々が彼らのモデルを取り込むことも、彼らが我々のモデルを取り込むことも、場面によってあり得る」と述べている。
投資家の視点で興味深いのは、この契約にデータ共有が含まれていないことだ。Autodeskが持つ膨大なCADデータをWorld Labsに流し込む取引ではない。つまりAutodeskが買ったのは学習データへのアクセスではなく、モデルとロードマップへの席である。最初の適用領域はメディア・エンターテインメント。ユーザーが世界モデルで空間のラフを起こし、細部をAutodeskのツールで詰める、あるいはその逆、という組み立てが想定されている。
CEOのアンドリュー・アナグノストは、この出資が「最も強力なAIは人を置き換えるのではなく、人が想像し設計し作れる範囲を広げるものであるべきだ、という共通の確信」の表れだと説明した。3D制作ツールのベンダーにとって、世界モデルは自社の市場を蒸発させかねない技術でもある。その相手に自社史上最大の小切手を切って中に入る、という判断だった。
同じラウンドにNVIDIAとAMDが並んで入っている点も、半導体業界の力学から見ると珍しい。両社が同じスタートアップの株主名簿に載ることはあまりない。空間知能が必要とする計算は、テキストのそれとは負荷の質が違う。どちらの陣営も、その負荷の形を早い段階で見ておきたい、という読み方ができる。
NVIDIAについてはもう一つ文脈がある。同社は2026年に入ってAI関連の出資に400億ドル(約6.2兆円)超をコミットしており、長期のGPU調達契約と引き換えに株式を取る形が多いと報じられている。World Labsのほか、AMI、Decart、Odysseyといった世界モデル勢のほとんどにNVIDIAが入っている。カテゴリー全体に賭けているのであって、World Labsだけを選んだわけではない。

ロボットのための「世界の量産」

創作用途は入り口にすぎない、というのがWorld Labsの一貫した立場だ。本命はロボティクスである。
理由はシンプルで、ロボットの学習データが決定的に足りないからだ。リーはa16zのポッドキャストで「いまロボティクスの最大の問題は、実はデータだ」と言い切っている。言語モデルにはインターネット全体があったが、ロボットには対応するものがない。実機を動かして集めるしかなく、ロボティクス用のデータセット一つに10万ドル(約1,540万円)以上かかることも珍しくない。
ここで7月に買収したSceniXのR2S2Rエンジンが効いてくる。現実の作業を一つ取り込み、照明や物体配置や摩擦条件を変えた多数のシミュレーション世界に増やす。その中でロボットの制御方策を訓練し、実機に移す。Atlasは、その入り口である「現実の空間をシミュレーションに変換する」部分と、ロボットのセンサーが見るはずのRGB映像と深度データを生成する部分を担う。スマートフォンで現場を撮るだけで、訓練環境ができる。
World Labsが7月28日に公開した検証はかなり具体的だ。ケーブルの取り回しや電源コードの操作、山になった物体を一つずつ分離する作業など、複数の実機プラットフォームで、シミュレーションだけで訓練した方策を現実のロボットに移した。実世界の訓練データはゼロ。チェックポイントごとにシミュレーション上で2,000回、実機で100回試行し、両者の順位が一致するかを見た。結果として、シミュレーションで成績のよい方策は実機でも成績がよく、性能が伸びる区間と頭打ちになる区間も一致し、失敗しやすい空間領域まで似た形で現れた。実機は1時間、人の介入なしで動き続けた。
投資家がこの手の発表で見るのは、生成映像がきれいかどうかではない。シミュレーションでの成績が現実の成績を予測するか、その一点である。順位が保存されるなら、シミュレーションは開発サイクルを回す道具として使える。保存されないなら、どれだけ写実的でも意味がない。

強み

World Labsの優位を、投資家が値付けするときに見る順に並べると、まず創業チームになる。NeRFの作者、Gaussian Splattingの土台を作った研究者、ImageNetの作者。この3D生成の系譜を一社に集めた再現は、資金があってもそう簡単ではない。
次に、一つのモデルで済む、という設計上の強みだ。従来は、写真から3Dを起こす専用モデル、視点を補間する専用モデル、映像を作る専用モデルを繋いだパイプラインで運用していた。継ぎ目ごとに座標系がずれ、破綻の原因になる。Atlasは生成と再構成を同じ座標系の上で扱う。実際、公開された3D再構成の評価では、7つの公開データセットにわたる誤差の平均で、この用途に特化したオープンソースモデル群を上回っている。
三つめは出口の形だ。Atlasが吐くのは映像だけでなく、点群と3Dガウシアンスプラットである。UnityとUnrealがゲームエンジン市場の半分以上を握っている以上、既存パイプラインに載る形で出せるかどうかは採用の分かれ目になる。「動画を作るAI」ではなく「3Dアセットを作るAI」として売れる。
四つめは、すでに売っているものがある点だ。Marbleは2025年11月から課金しており、World APIは世界一つ1.20ドルという単価まで公開している。研究成果しか持たない同カテゴリーの新興勢と比べたとき、単価と課金の仕組みが世に出ていること自体が、収益化の道筋を語る材料になる。

課題

一方で、9月1日の発表には、技術者と投資家の双方から厳しい指摘が出ている。
最大の問題は、何も公開されていないことだ。論文がない。arXivのプレプリントもない。モデルカードもない。パラメータ数も学習に使った計算量も出ていない。学習データは「大規模で多様なマルチモーダルデータ」としか説明されていない。評価コードもデータ分割も出力サンプルも公開されておらず、第三者による再現がなされていない。価格も、一般提供の時期も、早期アクセスの相手先の名前も出ていない。9月1日時点で、World APIのモデル一覧にAtlasは載っていない。
ベンチマークの取り方にも批判がある。カメラ制御生成の人間評価で、Atlasにはカメラ軌道そのものが数値で与えられた一方、比較対象の動画モデルには「パンする」「クレーンで上げる」といった文章での指示しか与えられていない。同社自身が、より工夫したプロンプトなら競合の成績は上がりうると認めている。同じ土俵で測った数字ではない、ということだ。評価者の人数も、判定手順も、信頼区間も公開されていない。
3D再構成の比較には、より具体的な問題が指摘された。比較対象の一つであるVGGT-Ω 1Bは、開発元が2026年8月18日に「学習データにベンチマークが混入しており成績が過大かもしれない」という警告をリポジトリに出していたモデルである。World Labsはその14日後に、警告に触れないままこれを基準線として使った。開発元はその後9月7日に再学習版を出しており、どちらのチェックポイントで測ったのかもわからない。
そして最も本質的な指摘は、Atlasはまだシミュレータではない、というものだ。Atlasはロボットの行動を入力として受け取らない。摩擦も接触も変形も、力の計算もしていない。実寸のスケールをどう扱っているのかも公開されていない。単一画像からの「再構成」には、見えていない部分の想像が必ず含まれる。それは測定ではない。ロボティクスのデモで物理を担っているのはSceniX由来のR2S2Rエンジンの側であって、その境界がどこにあるのかを同社は明示していない。生成モデルとしては本物だが、汎用シミュレータとしては未証明、というのが技術系メディアの共通した読み方である。
事業面の課題も残る。同社は長く売上を開示しておらず、Marbleの公開まで実質的に無収益だった。ロボティクスや産業シミュレーションの導入サイクルは5年から7年と長く、その間の収益をクリエイティブ領域で埋める必要があるが、そこは利益率が低く、買い手も分散し、AIツールへの反発も強い。創作ツールに寄りすぎれば、基盤AIではなくコンテンツ生成企業として値付けされることになる。

投資家はどう見ているか

2026年上半期だけで、世界モデルのスタートアップに30億ドル(約4,600億円)超が流れ込んだ。
顔ぶれを見ると、ヤン・ルカンがMetaを離れて設立したAMI Labsが3月に10億3,000万ドル(約1,590億円)のシードを、プレマネー35億ドル(約5,390億円)で調達した。欧州のシード史上最大である。Odysseyは6月にシリーズBで3億1,000万ドル(約478億円)を14億5,000万ドル(約2,230億円)の評価額で。Decartは3億ドル(約462億円)を約40億ドル(約6,160億円)で。General Intuitionは3億2,000万ドル(約493億円)を23億ドル(約3,500億円)で。動画側からはLuma AIが9億ドル(約1,390億円)、Runwayが3億1,500万ドル(約485億円)を53億ドル(約8,200億円)の評価額で調達している。
この並びの中でWorld Labsを見ると、位置づけがはっきりする。累計調達額はカテゴリー最大級である一方、評価額は突出していない。そして、売上を一切開示していない数少ない一社でもある。投資家が「調達額に対して、まだ何も見えていない」と言うときに指しているのはこの非対称だ。
AMIのCEOアレクサンドル・ルブランは、半年もすれば資金調達のためにどの会社も自社を世界モデルだと名乗り直すだろう、と予測した。実際、カテゴリーの境界は曖昧になりつつある。動画生成、3D生成、ロボティクス・シミュレーション、ゲームエンジン代替が、同じ「世界モデル」という語の下に流れ込んでいる。
Lightspeedは早い段階から、このカテゴリーのボトルネックを整理していた。フレームをまたいで状態を保持する仕組みがないこと、3D学習データが決定的に足りないこと、学習と推論の計算コストが高いこと、複数人が同じ世界を共有するときの同期が解けていないこと、そして学習データの著作権が未解決であること。この5つは2026年9月時点でもほとんど解けていない。World Labsが「世界を作り切って固定する」方式を採ったのは、少なくとも1つめの問題への回答ではある。
では投資家は何をもって判定するのか。この分野で繰り返し語られている基準は一つに収束しつつある。生成された世界の中で訓練した方策が、現実世界でどれだけ通用するか。その相関である。映像の美しさでも、人間評価の選好率でもない。World Labsが7月末に、2,000回のシミュレーション試行と100回の実機試行を並べて順位の一致を示したのは、この基準を意識した発表だったと読める。
なお、この分野の資金の出し手の構成にも特徴がある。NVIDIAが主要各社に横断的に入り、AMDが並走し、Autodeskやシスコのような事業会社が戦略投資として入る。純粋な財務VCだけで完結していない。裏返せば、この技術の買い手候補が同時に株主になっている。出口として事業会社への売却が最初から視野に入っている構造で、それは値付けの上限にも下限にも効く。

今後、何がいつ計測できるか

Atlasの評価を左右する観測点は、いくつかはっきりしている。
一つめは、Atlasを載せたMarbleがいつ出るか。会社は「将来のバージョンのMarbleを動かす」としか言っていないが、Marbleは2025年11月に公開され、2026年4月に1.1へ更新された。おおむね半年弱の刻みで動いている。ここに乗るなら、2026年後半から2027年前半が目安になる。
二つめは、World APIのモデル一覧にAtlasのモデルIDとクレジット単価が載る日だ。Marbleは世界一つ1,500クレジットという単価まで出している。Atlasに同じものが付いた瞬間が、この投資が売上に変わり始める起点になる。逆にここが長く空白のままなら、早期アクセスという言葉が製品未成熟の言い換えだったということになる。
三つめは技術レポートの有無。批判的な分析はおおむね3〜6か月以内、つまり2026年内から2027年初頭までに、パラメータ数や学習データの素性を含む技術文書が出るかどうかを試金石に置いている。同時に、第三者が同じベンチマークを再現できるかも見どころになる。特にVGGT-Ωの再学習版が9月7日に出た以上、揃った条件での再評価は近いうちに誰かがやる。
四つめはAutodeskとの統合だ。2億ドルの出資から12か月、つまり2027年2月までに、Autodesk製品の中にWorld Labsのモデルが姿を見せるかどうか。事業会社が最大の小切手を切った案件で、そこに何も現れないとなれば、この協業は財務出資だったという評価に落ち着く。
五つめは動きのある世界、いわゆる4Dである。チーム自身が、公開したチェックポイントは静的な再構成に重心を置いており、ダイナミクスが次の未解決領域だと認めている。時期は示されていない。ここが解けるかどうかが、Atlasが「空間を作るモデル」で止まるのか「世界を回すモデル」になれるのかの分岐点になる。
六つめは、ロボティクスの実名顧客だ。R2S2Rの検証は自社の実験として提示されており、外部のロボット企業が採用した事例はまだ公表されていない。
最後に資金調達。2024年9月から2026年2月まで、間隔は約17か月だった。同じペースなら次は2027年半ばになる。そのときに評価額がどう動くかは、上に挙げた観測点のうち何本が埋まったかで決まる。
フェイフェイ・リーの主張そのものは、この2年でほぼ主流になった。言語だけでは足りない、という命題に正面から反対する人はもう少ない。残っているのは、それを誰が最初に売れる形にするか、という問いだけである。Atlasは、その答えとして提出された最も野心的な設計であり、同時に、最も検証材料の乏しい提出物でもある。
